君とサングラス「深町、ちょっと付き合ってくんね?」という気の置けない友人の誘いに「別にいいけど」と安請け合いした自分を、尚哉は呪った。
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「え?俺ヤバくね?カッコ良すぎね?」
「あーカッコいいカッコいい」
「何でも似合う俺……プライスレス……」
「……」
「カッコいいオーラが出ちゃうからなぁ、隠さないと……やだ!俺ってばモテちゃう!」
「谷村さんにチクるぞ」
「深町ぃ!それだけは!!」
決してコントをしているわけではない。
授業終わりに難波に誘われて、尚哉はサングラスを見に来ていた。何でも彼女の愛美らと今度川辺でバーベキューをするらしい。その時にいつもよりカッコいい俺(by難波)を見せつけて、彼女を更に虜にする(by難波)作戦らしい。
学生でも安心して購入出来る価格帯のメガネ屋に行ってからは、あれもいい、これもいいと難波は数点サングラスを手に取り、難波劇場を繰り広げていた。最初は素直に感想を述べていた尚哉も段々疲れてきて、対応がおざなりになる。致し方なし。これもそれも難波が悪い。
「付き合わせて悪かったな。俺、これにするわ」
好みのものが見つかったのだろう。笑顔で一つのサングラスを取って、尚哉に見せる。尚哉にサングラスの種類も詳しくは分からないが、確かに今手に持っているものは難波に似合っていた。難波には言っていないが、愛美にも好評だろうと思う。
「深町は?サングラス使わねぇの?」
「俺はいいよ。夏休み、そんな夏らしいことする予定無いし」
この夏休みは、今のところ高槻のバイトが一つあるだけだ。海辺の町で、水泳客の足を引っ張るという浜辺に現れる妖怪の調査をするだけで。
「ちょっと海行くくらいだから」
「海?!」
そのワードチョイスがダメだった。海行くならサングラス必要だろ?深町はなぁ、どんな形が似合うかなぁ。無難にウェリントン型で行くか?いや、ここは攻めてボストン行っちゃう?ヒューカッケェ!などと、一人ではしゃいでいる難波を尚哉は止められなかった。しまいには、これかけてみろって、と渡されて何点か試着をする始末。そんなすったもんだの末、難波の中でビビッと来たらしいのは、何だか丸型の、レンズは青色の付いたもの。
「いやいやいやいや、似合うわけない」
「それが一番似合ってたぞ、深町は前髪重ためだけど、こうやって真ん中から分けたら……ホラ!」
ホラじゃないホラじゃ。鏡を見るが、自分では分からない上にこんなオシャレなサングラスなんかかけてたら、笑われるに決まってる。
「お客さま、めちゃくちゃお似合いですね!」営業トークだろうと話しかけてきた店員さんからは、嘘が感じられなくて余計に身体を縮こませる。サングラスなんて、普段掛けないし、服装も、合うものなんて無いし、とそれでも抵抗すると、難波が、じゃあ服も買いに行こうぜ!と眩しい笑顔で言われた。
「深町が海なんて……デートだろ?深町も相手にキュンとさせちまおうぜ」
店員さんに聞こえないよう、こそっと告げる難波は、尚哉の心を見透かしているようでどきりとする。確かに、海へは好きな人と行くが、調査だし、遊びじゃないし。
「普段と違った深町見せたら、距離も縮まるかもだぜ」
ぐるぐると迷っていた尚哉を押したのは、難波のその一言だった。
*****
「じゃあ、帰ろうか」
ほっとしたような、どこか残念そうな高槻の声を聞いて尚哉は頷く。今回の依頼内容はただの噂に過ぎず、その噂も地元民が注目されたいがために流したものだった。誰も被害者はいない状況で解決出来たのだが、もう少し経っていたら被害が出ていたかもしれない。ほっとしたのはこのことだ。もちろん、残念そうなのは本物の怪異では無かったことで。
「潮風に当たり過ぎたし、うちでお風呂に入っていきなよ」
そう提案してくれた高槻に有り難く便乗させてもらう。日焼け止めを塗ってこなかった肌はヒリヒリと痛みを感じ始めたし、髪の毛はゴワゴワして何だか重い。
「久しぶりに、ほぼ一日中海の近くに居た気がします」
「そう?」
「はい、耳がこうなってから、家族とも海へ行くことも無くなりましたし」
「そっか」
ただそれだけを言って、高槻は駅までの道を少し先に歩いた。同情してもらいたいわけでは無い。悲しんで欲しくも無いから、素気ない様に見える高槻の態度は有難かった。
「それにしても――」
少し無言で歩いた後、前を歩く高槻が急に弾んだ声で振り返る。
「深町くんのサングラス、すごく似合ってたなぁ!」
「えっ今言いますか」
「今じゃなかったらいつ言うのさ」
ふふふと笑ってサングラスをかける素振りをする高槻に、嫌そうな顔をしてみる。難波に言われて結局購入したサングラスは、今回とても役に立った。真昼間に海を凝視しなければいけなくなり、キラキラと光る波間に目を細めていたのだがそこで思い出したのはサングラス。高槻から少し離れ、こそこそとカバンから出して付けてみたらなんと、全く眩しく無く、とても見易かった。
(サングラスってすごい)
ただおしゃれになるだけではないのだ、ちゃんと直射日光から目を守っているのだと一人感動して。
(いやいや、それがサングラスだから)
と、一人百面相をしてノリ突っ込みが終わった尚哉を待ち受けていたのは高槻の声だった。
「え!何それ!深町くんカッコいい!ズルい!」
「えっ声でか……ちょっ、ちょっと!近いです!」
一気に距離を詰められて、キラキラした目で見下ろされる。まるで怪異の話を聞いたときのように興奮した高槻に首を傾げながら、慌てて距離を取るもその度に近づかける身体。
「今日の深町くん、髪型も、服装もちょっと違うな〜と思ってたんだよね。でもこれで分かった!サングラスに似合う格好してきてくれたんでしょ?深町くんだけズルいよ」
先程からズルいズルいと言われているが、一体何がズルいのか?というか近い。ズルいはいいから離れて欲しい。とほぼサングラスだけを隔てた高槻との距離に、体温が上がるのを感じながらも、頭を回転させにさせまくった尚哉の解答はこうだった。
「あ!すみません俺だけ。眩しくないのがズルいですよね。良かったら先生が使ってください」
「え?いや、僕は大丈……」
いくら目の良い高槻だからと言っても、これだけ眩しいとしっかりと海の状況を見られないだろう。それがズルいのだと納得がいった尚哉がとった行動は、高槻から思い切り距離を取ったあと、サングラスを取りそのまま高槻に渡したことだった。
「……えっと……ありがとう、深町くん」
そう言って戸惑いながら尚哉の方を向いた高槻は……スーツ姿も相まってここは本当に日本か?と思うほどの、その、なんだ、英国紳士?いや、モデル?……うん、多分、モデルの様な出立ちとなり、尚哉の心臓部に鋭い一撃を喰らわせた。
「あ!本当だねぇ!すごく良く見えるようになったよ」とか何とか言って、何かに気づいた高槻が行動を開始して、そこから何やかんやで解決に向かったのだが、あの時の衝撃は忘れない。心のシャッターを何度も押した夏だった、と遠い目をしそうになった尚哉である。
――と、それがサングラスの件である。
「あの時ちゃんと深町くんに、サングラスが似合ってるって言って無かったなぁと思って」
「そうでしたっけ?」
似たようなことを言われた気がする。でも尚哉にしてみれば、自分の姿よりも初めて見る高槻のサングラス姿の方がショックが大きかった。
「海とサングラスが似合う深町くん、カッコよかったよ」
「それは……どうも、ありがとう……ございます」
未だに褒められることに慣れていないが、嬉しくて、でも少し気恥ずかしくて下を向いてしまう。それでも口元は正直で口角が上がるのを抑えられない。そんな深町を優しく見守った高槻は、思い付いたような声を出した。
「ねぇ、今度は僕にトータルコーディネートさせてよ。難波くんにヤキモチ焼き過ぎて焦げちゃう前にさ」
「……え?」
今、高槻は何と言ったのだろう?『ヤキモチ』と聞こえたが、そんな、まさか。難波と買い物に行ったことも伝えていないはずなのに。はてなマークを頭の上に飛び散らせながらも高槻の提案は続く。
ほら、言うでしょ?好きな子を自分色に染めたいって。あー、でも安心して、僕そんなに独占欲は強くない方だから!難波くんと遊ばないでなんて言わないから、でも飲み会行く時は言って欲しいなぁ……いや、大丈夫、深町くんのね、世界を広げてないとだもんね。うん、我慢する。僕が我慢してること、気に病まなくてもいいよ。大人だから、我慢出来るから!
「……ね、深町くん」
息継ぎ無く一息でそう言ったあと、少しはにかみ尚哉に熱っぽい視線を投げかける高槻に、尚哉の脳みそは理解が追いつかず、あまりにも純粋な質問を投げかけてしまった。
「……あんた、俺のこと好きなんですか」
蝉が忙しなく鳴く小道で、濃い緑に息が詰まりそうな夏の日、波の音にかき消されないように尋ねた問いは、高槻による満面の笑みで返されることになる。
「もちろん!大好きだよ!」
Fin