見せるなら、あなたに大学に、時々ギョッとする格好をしてくる生徒がいる。
主にそれは女性で、胸元が見えていたり、背中が大胆に開いていたり、スカートのスリットが太ももギリギリまで入っていたりと目のやり場に困ることが多々。今はそういう服装が流行っているのだろう、惜しげも無く晒される素肌に、尚哉は暑いものな、夏だからなぁと遠い目をすることにしていた。
しかし、油断していたところから刺客が来た。勝手知ったる高槻の研究室へ、挨拶と共に入ると見えるのは人の足。散乱する本。瑠衣子が床で寝ているのは明白で、またかと思い声をかける。
「瑠衣子先輩、風邪ひきますよ」
いくら夏でも、夏風邪というものがある。パワフルな瑠衣子でも床で寝ていては身体を壊すというもの。
「起きてください、瑠衣子せんぱ……」
「ん〜わんこくん?今何時?」
「15時ですけど……ってなんて格好してるんですか!」
机の下から起き上がってきた瑠衣子の髪は乱れ、メガネの痕がくっきりついていたがそれよりも、丈が短いTシャツなのか、瑠衣子の引き締まったお腹が露わになっている。慌てて目を背けるも時すでに遅し。可愛い後輩、もとい、おもちゃを見つけた彼女はにんまりと笑った。
「最近暑いじゃない?でもクーラーを強くするのも身体にも悪いし、だったら、布を減らそうと思って」
「減らすとこ、そこじゃないと思います」
「しかも見てよわんこくん!アキラ先生といたらいっぱい食べちゃって太っちゃうからね、今筋トレ頑張ってんの!筋が入ってきたかなぁと思うんだけどどう思う?」
「知りませんよ。ちょっ、近いですって!」
わざと見せつけるように近づく瑠衣子に、壁際に追い込まれる尚哉。見ないと解放してくれないような雰囲気になり、恐る恐る彼女の方へ顔を向けた尚哉に、やっと部屋の主が現れた。
「瑠衣子くん、深町くんをからかっちゃダメだよ」
「アキラ先生、おかえりなさい〜」
「ただいま。今日はまだ時間大丈夫なの?」
その言葉に、ハッとした瑠衣子が腕時計に目を凝らす。
「今10分だから、帰ってあれして、あれすると、よし間に合う!じゃあ!アキラ先生失礼します!わんこくんもまたね!」そして荷物を引っ掴んで出ていってしまった。
嵐のような人だと、まだ壁際に張り付いていた尚哉はほっと息をついた。
「ごめんね深町くん。瑠衣子くんは深町くんが大好きだけど、加減を知らなくて」
「いえ、先生が来てくれて丁度良かったです」
夏は恐ろしいと、新たに認識を深める尚哉だ。
「そういえば、最近肌の露出してる女性多いですよね。先生も目のやり場に困るんじゃないですか?」
高槻がコーヒーを入れてくれるのを見ながら、自分ですらこうなのに高槻ほど人気の教師は大丈夫なのかと心配してしまう。
「そうなんだよ。わざとそういう服を着て僕に見せてくる子もいるからね、教師としてきちんとした対応をしなければとも思うんだけど」
「はい、コーヒー」「ありがとうございます」という一連の流れを終えてから、尚哉はふと考える。今はコンプライアンスが厳しい時代だ。少しでも女生徒に触れたり、不快と思われる発言をしてしまえばセクハラだのなんだのと騒がれることもあるだろう。
しかし高槻はその点安心なのではないか、女生徒は高槻に見て欲しいから露出をした格好で近づいてくる。それに対して高槻は彼女たちを不快にさせるどころか、喜ぶ言葉を投げそうではある。そうする高槻が簡単に想像出来て、尚哉は無意識にムッとする。きっと言われた彼女たちは舞い上がるだろう。
「深町くん?」
「先生でも、やっぱり肌を見せる服装が好きですか?」
少し眉根にシワを寄せながら、ぶっきらぼうに質問する。何だか少し、イライラする。
「そうだなぁ、普段あんまりそういう格好をしない子に、少し肌を見せられるとドキッとはするかな」
やっぱり彼も男なのだ。想像していた答えから外れていたことが余計に面白くなくて、一気にコーヒーを飲み干す。けれど残念ながら、その苦味がもやもやから覚醒させてくれることは無かった。
「深町くんは?」
逆に質問されて、今気づいたとばかりに高槻の方を見つめる。いつもと変わらない笑顔。ただの世間話に、だけど、少しだけ興味があるという顔をされる。
「別に……ドキッとはしますけど、何か嫌だなと思います」
「……いや?」
「だってもしその人の恋人だったら、肌……とか、他の人に見られるの嫌じゃないですか」
「…………ふぅん」
細められる瞳に、尚哉は居心地が悪くなる。自分は何か変なことでも言ったのだろうか。
「……何ですか、ハッキリ言ってください」
急に笑みが深くなった高槻に、眉根に更にシワが寄る。高槻にしては珍しく、含みのある表情だ。何かを見透かされていそうで、答えを急かす。
「深町くんの恋人になる人は羨ましいなって」
そう言った高槻は嬉しそうに笑った。
「だってそれってヤキモチでしょ?服で隠してる秘められた素肌は自分だけのものだって、そう言ってるようなものだよ」
――深町くん。それって何だか、いやらしいよね。
そう言って色気を含み微笑む高槻の雰囲気に飲み込まれたくなくて、尚哉は「いやらしいのは、そんなことを考えるあんたです」と一刀両断した。
*****
それは、ただの准教授と生徒であった二人の思い出話だった。身を寄せあいながら、そんなこともあったね、と笑い合う。もぞりと、隣の高槻が身動ぎをしたのが尚哉に伝わる。今や二人は、相手の体温無しでどうやって生きていたのか、分からなくなるほど近い距離にいる。
「ねぇ、深町くん?」
「何ですか?」
声をかけた割に、少しの間のあと、高槻がややあって口を開く。
「僕の肌も、誰にも見せたくないって思ってくれる?」
少しの不安が覗く高槻の問いかけに、尚哉はふっと笑った。何て当たり前のことを訊くのだろうか。そんなこと、あなたにしか思わないのに。
だから尚哉は、高槻を安心させるために彼の手を取り、その瞳を見つめ返した。
「――だってあなたは、俺のものでしょ?」
だから、俺だけに見せて欲しい。
他の誰をも寄せ付けないその物言いに、高槻は安心したように息を吐いて、ゆっくりと尚哉の首に両手を回した。
Fin