おとこのこのすきなもの いつも誰かといる難波が、中庭の隅で男同士集まってにやにやしてる現場を目撃した。聞こえてくるのは「まじ良かった」だの「最高傑作」だの。聞こえてくる言葉達からは嘘じゃないと分かるから、映画か何かの品評会でもやってるんだろうと他人事のようにその場を通り過ぎようとしたら、見つかった。
「おっ深町じゃねえか!いいところで会ったなぁ」
「……なんだよ、ニヤニヤして」
「まぁまぁまぁ。そういや深町って地雷ある?」
「地雷?」
何のことを言ってるのかさっぱり分からない。頭にハテナマークを複数個飛び交わせていると、先程の軍団から声がかかる。
「これって結構普通の話じゃね?誰でも観れるって」
「そうか?」
「基本的にノーマルだしな」
「まぁそうか。でもあったら途中で切れよ!」
そういって、書店の袋に入った何かを手渡されて肩をポンポンと叩かれる。小声で愉しめよ、とも言われたが未だに何のことか分からない。
「え?……え、なんだよ、ちょ、難波!」
「それおススメだから!……高槻先生と観てもいいかも」
言うだけ言って、じゃーなーといつものように疾風の如く立ち去られて、尚哉はその場にポツンと立ち尽くしてしまった。左手に握らせられたのは長方形でプラスチック製の何か。恐らく難波の口ぶりからして、映画のDVDでも押し付けられたのだろう。高槻と観ればいいなんて言われたから、ホラーものかもしれないと尚哉は思案する。
あの難波が薦めるなら少し観てみたいが、ホラーものは苦手だ。誰かと一緒なら……難波の言う通り、高槻となら恐怖が紛れるかもしれないと中身を確認しようと袋を開けて、――見えた肌色に直ぐに口を閉じた。
(難波……何が、「高槻先生と観てもいいかも」だよ……こんなの一緒に観れるわけないだろ……!)
とりあえず手に持っているのは危ないと判断した尚哉は、リュックの奥深くに取扱危険物を仕舞い込んだのだった。
*****
それから数日経ち、リュックの底に眠る存在も、難波への非難も忘れかけていた時、高槻のアルバイトの帰り道突然雨に降られた。
幸い、ほとんど高槻の家から近い場所だったので、高槻と二人雨の下を大急ぎで走り、二人ずぶ濡れになりながも無事に高槻の家へ着くことが出来た。
先に風呂に入れと無理やり通された高槻家のバスルームで熱いシャワーを浴びながら、尚哉はそういえば、リュックの中身を出しておかねばと思いつく。授業の資料は入っていないが、今回の依頼の資料が入っていたはずだった。リュックもぐっしょりと濡れていたし、紙だからすぐに出して乾かさなければ……と考え、ふと、忘れかけていた存在に気づいてしまった。
「先生!お風呂ありがとうございます!次どう……」
ぞ、が言えなかった。暖房は付いているものの、先程濡れ鼠になったそのままの姿で、高槻が手に持っていたのは――。
「深町くん、これって……」
高槻が立つ側には机の上に乾かしてある尚哉のリュックの中身たち。ああ、先生が濡れた中身を気にしてくれたんだ、なんて現実逃避の様に考える。いや、それよりも。
「先生!髪の毛もそのままじゃないですか、風邪ひきますよ、服も早く脱いで」
「……じゃあ、脱がして?」
そう言ってにっこりと尚哉に向かって笑いかける高槻は、いつも大学で見せる笑顔の彼では無かった。尚哉と居る時にだけ見せる、ただの男の顔。その笑みに夜の妖艶さが垣間見えて、ふるりと震えそうになる。
高槻のこの笑みの理由は、100%その手元にある品だ。
難波から押し付けられて、ちらりと中身を見たまま忘れかけていたもの。その表紙には豊満な肉体の女性が、あられもない姿で微笑んでいる。きっと高槻は、このDVDが尚哉の所持品だと勘違いしたのだろう。自分という恋人がいるにも関わらず、こんな既製品を持っているなんてと。自分だけでは物足りないのかと。
そんな訳はない。自分には十分すぎる、身に余る程の高槻からの愛を受け取っていると自覚している。
(先生、違うんです。先生以外誰も俺の心にはいません。勿論心だけでなく、身体も……)
――いや、弁明はあとだ。
「〜〜っまずは!お風呂、早く行きましょう」
尚哉の心情より先に、高槻に風呂に入ってもらうことが優先だと尚哉は腹を括る。ずかずかと高槻に近づき、その手にあるDVDのパッケージを机に置き、背中を押して風呂に向かう。まるで誤魔化すような尚哉の行動に、何か言われるかと思ったが、高槻は思ったよりもあっさりと尚哉に身を任せ二人して浴室へ向かった。ほっと安心していると、ジャケットを脱いだ高槻からポロリと投げられた言葉にギクリとする。
「ねぇ深町くん。後で、一緒にさっきの観ようか」
尚哉に服を脱がされながら、さも愉しそうな声色でそう提案する高槻に、まだ明日が休みで良かったと口元を引き攣らせる尚哉だった。
Fin?
「深町くんっておっぱい大きい子が好きなの?」
なるべく高槻の顔を見ないように、ベストを脱がせて、カラーピンに悪戦苦闘し、ネクタイピンを外し、ネクタイを首元から抜き取って、現れる喉仏にドキドキしながら、さぁこれからシャツのボタンに取り掛かるぞという時だった。頭上からそんな声が聞こえてきた。
「別に……そんなこと無いです」
「ふぅん」
脱がせて、と言うから脱がせているだけだ。本当なら事務的に行えばいいだけの動作も、高槻に近づいて作業しなければいけないためにその香りも、衣擦れの音にも一々反応してしまう。いくら浴室暖房が付いていても高槻の身体は冷えているし、早く風呂に入れなければと思うほど、尚哉の指は動いてくれない。
いつもはカッコイイと見惚れる、きっちり第一ボタンまで留めた高槻のシャツも、何だか尚哉を嗤っているようで余計に苛立たしい。
しかし、先程はびっくりした。高槻の口から「おっぱい」という単語が出てくるなんて。学校にいる女子生徒に聞かせたらどんな反応が返ってくるだろうか。
「……ふふ」
やっと一つ目のボタンが外れたことに浮かれていたのだろう。きっと黄色い悲鳴が上がるだろうな、卒倒する生徒もいるかもしれないと想像して笑ってしまったことがダメだった。
「随分と、余裕だね深町くん」
「え、いや、そんなこと……ひゃっ」
急に、脇腹を撫でられた。慌てて距離を取ろうとするも叶わず、ぐいと力強い腕で抱きしめられる。
「きっと、難波くんに押し付けられたんだろうな、可哀想だから今日は許してあげようかな、なんて思ってた僕が浅はかだったね」
「えーと……先生?」
恐る恐る見上げると、そこにはまるで捕食者のような目付きの高槻がいた。笑っているから、余計に恐い。
「せっかくだから、あのDVDと同じことするのはどう?二人で新しいことにチャレンジするの、楽しみだねぇ」
「ひぇ……」
じゃあ、いい子で待っててねとさらりと尚哉の頭を撫でた後、いつのまに全部脱いだのか風呂場に消えていく高槻。自分は何かをしでかしてしまったと気づくも既に遅し。尚哉は、脱ぎ散らかされた高槻の衣服を洗濯機に入れ、気もそぞろで浴室を出ていくことになったのだった。
Fin