キュートなのセクシーなの「わんこくんはさぁ」
教務課に呼ばれた先生の居ない研究室に、ぼそりと瑠衣子の声がじんわりと沁み渡る。急に呼ばれた尚哉は彼女の方へ振り返り、目をキラキラとさせてこちらを見る瑠衣子に僅かに身体を引かせた。
「可愛い系とキレイ系だったらどっちが好き?……いや違うな。ここは王道として、キュートなのセクシーなの、どっちがタイプ?!」
そのキラキラの瞳のままにじり寄ってくる瑠衣子に、本棚から後ずさるも時すでに遅し。本棚と瑠衣子に挟まれ尚哉は身動きが取れなくなってしまった。
「え、何ですか急に」
「急にじゃないわよ。前から思ってたの」
「こわ……」
「ひどいなぁわんこくんはぁ。最近アキラ先生と扱いが似てきてない?」
傷ついちゃうなぁと微塵も思っていなそうな笑顔で尚哉に詰め寄る瑠衣子の目は充血している。尚哉が怖いと思うのも最もだ。瑠衣子は今の今まで床で転がって寝ていたし、その周りにはいつも以上に本や資料が転がっている。「瑠衣子くん、今煮詰まってて……」という高槻の言葉が脳裏に浮かんだが、だからどうして自分がこんな風に詰め寄らなければいけないのだろう。心の中でため息を吐いて、この状況を打開するには、尚哉がきちんと答えるしか道は無さそうだと腹を括った。
「何でしたっけ?可愛い系かキレイ系?」
「違う違う!キュートなのセクシーなの、どっち?」
「き、キュー……」
これはもう、酔っ払いに絡まれているようなものだ。早く答えなければと焦ると、余計に何も言えなくなってしまう。そんなこと、普段から考えないから余計に言葉に詰まるもので。あーだのうーだの言葉を濁していると、煮え切らない態度に瑠衣子の眉間にどんどん皺が深まっていく。
「えー?そんな難しいかなぁ……。んー、あ!じゃあ、キュートなアキラ先生と、セクシーなアキラ先生、どっちが好き?」
思いついた!といった風体で瑠衣子が提案すると、今度は尚哉の眉間に皺が寄る。
「ええ……なに言ってんですか」
「はい、今!想像して!」
「もう、無茶苦茶ですよ……」
ちなみに「キュート」では頬に両手が添えられて目をパチパチさせ、「セクシー」ではなぜか胸を突き出したポーズをされた。大袈裟な振る舞いに、余計彼女が煮詰まってるのを理解する。
しかし、高槻のキュートでセクシーな姿とは?こちらの方が勿論、今まで考えたことは無い。更なる難解が尚哉の頭を悩ますも、頭を掻きながらちらりともう一度瑠衣子を見つめれば。彼女は、必死だった。そんな必死な瑠衣子のために自分が出来ることは何だろう。――そうだ、真剣な彼女の問いに、本気で答えることである。
「瑠衣子先輩。ちょっと待ってくださいね」
時間がかかりそうだと認識し、一言告げる。そんな尚哉に、瑠衣子はうんと小さく頷いた。
さぁ、考えるんだ。
まずはキュートな高槻先生。まずはその見た目だ。髪の毛ががふわふわしていて、丹精な顔はいつも微笑みに溢れていて、それは可愛いと思う。そういえば、理性を手放して怪異のことを話している先生は可愛い、もとい、キュートな気がする。目をキラキラせさせて、怪異の説明をする時も、同じく。
では今度はセクシーな高槻先生だ。セクシーなんて日本ではあまり使わないが、「色っぽい」と簡単に変換してはどうだろう。色っぽいと言えば、思い出すのは以前怪異の依頼で泊まりの調査に行った際、旅館の窓際に浴衣で寛ぐ先生は色っぽかった、気がする。見てはいけないものを見た気になったのは、あの時が初めてだ。
さて、うまく二人の先生が浮かんだ。
ここで問われているのは、どちらが好きか、ということ。キュートな先生と、セクシーな先生……可愛い先生と、色っぽい先生……。尚哉の頭の中に二人の高槻が交互に現れては消えていく。キュート、セクシー、キュート、セクシー、キュート。
頭の中がついに混迷を極めたとき、一つの最適解が尚哉の脳裏に浮んだ。そうだ、もうこれしか無い。尚哉が好きなのは。
「どっちも……」
「え?」
迷ったのは一瞬だった。今まで宙を彷徨っていた視線をしっかりと瑠衣子に戻し、彼女の手を取る。どちらかなんて選べない。どんな先生も魅力的だし、好きになる自信がある。だから、尚哉の答えは――
「どちらも…………好きです!!」
ええいままよと、一瞬で想像出来てしまった高槻の、キュートとセクシーに頬を赤らめながらも誠実に気持ちを告白すれば。
「――……え……っあ、ごめんね、僕邪魔だったよね」
尚哉が丁度「好きだ」と言い放ったタイミングで高槻が帰ってきてしまった。
尚哉は勢いあまって瑠衣子の手を握っているし、これは誰がどう見ても、高槻は深町から瑠衣子への告白シーンに居合わせた無粋者だ。そんなこと全く無いのに。あからさまな勘違いに、尚哉は一人蒼白になる。
「た……高槻先生……」
「ごめんね、ちょっと席外すね、ごめんね深町くん」
「え、ちょ、違います!先生?!」
「アキラ先生?早かったですねぇ。ちょっと聞いてくださいよぉ、今ね、わんこくんがね――って……ああ!!」
急に大声を出した瑠衣子に高槻と共に驚いたのも束の間、次に彼女を見た時には荷物を一気に整理しトートバッグに投げ込むその姿だった。
「バイト忘れてました!じゃ!私は失礼します!」
「えっうん、またね」
「わんこくんありがとねー!」
「えっ、瑠衣子先輩?!ちょっと?!」
ダダダと走り去る音を聞きながら、まるで漫画のようにその場から消えた瑠衣子にポカンとするも、高槻が恐々と尚哉に振り返る。
「深町くん、聞いてもいい?さっきのって……」
「あれは……、瑠衣子先輩が、俺の好きなタイプ?知りたいって……」
「好きな、タイプ……」
そう言いながらも、高槻がどこかほっとしたように見えたのは、見間違いだろうか。
「それで?」
「それだけです」
告白間に入ったわけではないとわかると、先程までのしおらしさはどこへ行ったのやら、高槻がにんまりと尚哉を見つめてくる。
「僕も聞きたいなぁ!深町くんの好きなタイプ!」
「あんた、何急に元気になってんですか。嫌ですよ、言いません」
頑として拒否を通す尚哉に、ふふふと笑って高槻は持っていた書類を置き、飲み物を準備する。
「じゃあ、深町くんに僕のタイプ聞いてもらおうかなぁ」
「はぁ……」
先程あれだけ高槻のことを考えていたはずだったのに、尚哉には興味の無い話だった。一瞬芽生えたような恋心か何かを忘れてしまう残念な彼をもろともせず、コーヒーとココアのカップを置くと、高槻は満面の笑みで振り返りこう言った。
「僕はね、黒髪で眼鏡かけてて、ショートカットの子が好きだな!」
Fin