おねがいダーリン 高槻の部屋のある一室で、神妙な表情をして膝を突き合わせて座る高槻と尚哉がそこにはいた。
「深町くん。一生のお願いがある」
高槻は驚くほど真剣な顔をしているが、尚哉は理解していた。仕様も無いことをまた言われるのだと。
――と言うのは、以前より似たような状況が何度かあり、その全てにおいて、どうしようも無いことを言われていたのを経験則として知っていたからだ。
恐らく、いや100%また目の前の人物はどうでもいいことをお願いしてくる。だから尚哉がおざなりな返事をすることも、致し方ないのだ。
「はぁ、何ですか。一応聞きますよ」
*****
「このセーターを着て欲しい」
そう言いながら突然バサっと高槻の背中から出てきたのは、所謂『童貞を殺すセーター』だった。前から見ると、ただのノースリーブでタートルネックのセーターだが、残念なことに前身頃部分にしか布面積が割かれていない。横から後ろ身頃に向かっては、布らしい布はなく、着用した人の脇腹と背中から尻にかけてを大胆に誰かの眼前に晒すことになるシロモノだった。
じゃじゃーんと嬉しそうにそれを効果音付きで見せつけてくる高槻を(やっぱり大したこと無かったなぁ)と他人事の様に見つめる尚哉は相反して、同じ(様な)展開を以前にもしたことがあるためか、切ない程に冷静だった。
「あんたバカですか」
「バカじゃない」
「そんな、エロ親父みたいなお願い……いい歳したおじさんじゃないんだから」
「おじさんに見えなくてもいい歳したおじさんなんだよ、悲しいことにね!」
「いや胸を張らないでください!」
むんと胸を反る高槻を横目に、目の前いっぱいに拡張されたセーターから顔を背けながら、尚哉は高槻の趣味に力いっぱいため息を吐いた。
「これって胸が大きい子が着るものでしょ」
「分かってるねぇ深町くん!」
「ええ……鬱陶しいなこの人……」
「でも胸が大きい子だけじゃない!このセーターはどんな体型の子でも平等に魅力を引き出せるんだよ!」
「そんな力説されても着ませんからね」
「えっ何で?」
「逆に着るって思ってる方が何で?です」
え〜着てくれないの?可愛いよ?と上目使いされるが、着ないものは着ないそんな寒そうなもの。
自分が着たときの事を想像し、寒気でぶるりと震える。暖房が効いている室内だが、真冬だし絶対寒いし何かが減る気がする。想像だけで尚哉がブルブルと震えていると、そうだ!と高槻が何かを思いついたのか立ち上がった。
「僕が最初に着るよ!そしたら着てくれる?」
「いや、見ませんし。着ませんし」
「何で?」
「何でって……」
逆に着るって思ってる方が何で?と思い直し、あれ、こんなことさっきも考えたぞとどこか既視感を覚える感覚に、はてと首を傾げる。
「とにかく。僕は着ませんけど……」
そこまで言ったところで、名案が尚哉の頭にピカピカと浮かんだ。
「先生よりも、佐々倉さんに着てもらったらどうですか?筋肉が見えてカッコイイんじゃないですか?」
佐々倉さんなら胸も大きい!と一人納得する尚哉に高槻はどこかショックを受けているようだった。しかし尚哉はそんな高槻の様子に気が付かない。
うんそうだ。それがいい。ガタイの良い佐々倉なら、きっと薄ら寒いセーターを着てもそこまで寒く無いだろうし、むしろ今まで服で隠されていた佐々倉の魅力を十分に引き出せるはずだ。
「ちょ……ちょっと待って。さっき僕が着るって言ったら全然興味無さそうだったのに、健ちゃんってだけで何か楽しそうだよね深町くん」
「だって見たいですもん」
間髪入れずに尚哉が答えると、高槻は大袈裟にガクリと頭を落とす。「僕の方が恋人なのに……」とボソボソと呟いているが悲しいかな尚哉には届いていない。
思い立ったら段々と佐々倉のセーター姿が見たくなってきた。大胸筋は見られないので、上腕二頭筋と、腹斜筋、背筋ともしかしたら大臀筋も見れるかもしれない……それは見たい、見たすぎる!
「それじゃ佐々倉さんに着てもらうということで!早速電話しましょ……う……か……」
尚哉の言葉尻が徐々に消えていったのは、そこで高槻の様子がどこかおかしいと気づいたからだ。
「……ふふ、可愛いね深町くんは」
先程の落ち込み様はどこへやら、ふふふと急ににこにこと微笑みだす高槻に、何か地雷を踏んでしまったらしいことに、やっと尚哉の理解が追い付く。
「何だか楽しそうだねぇ深町くん」
口元は笑っているのに、その瞳は笑っていない。そんな高槻を見て、尚哉の背筋にぞくりと寒気が差す。自分はもしかしたら、とんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない。後悔あとに立たず、という諺が無惨に尚哉の脳裏に駆け巡る。
「健ちゃんより、やっぱり僕は深町くんに着てほしいなぁ。きっとすごく似合うよ?」
――ねぇ?と優しく同意を求められて、その圧力に尚哉は頷くことしか出来無かった。
Fin