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    我が主と秘密遊戯を2(中編)第三章:ダプネーと空蝉第四章:二羽の小鳥第五章:再会第三章:ダプネーと空蝉
    「違う、違う、違う、違う……」
     竜胆は一人会場内をさ迷いながら、同じ言葉を繰り返しつぶやく。

     ──刀解処分は当たり前です。貴方がしたことは重大な守秘義務違反だ。
     ──やめてください! やめて、痛いっ、やめて!!
     ──またリストカットだ。早く先生呼べ!
     ──どうしてこんな……。私の育て方が悪かったの?

     頭の中で蘇る人々の声に、彼は違うと否定をし続ける。僕の刀剣たちは悪用などしない、貴方を傷つけようとは思わなかった、医者は呼ばずにこのまま死なせてほしい、母さんは悪くない何も悪くない。
     全ての声に違うと答えていると、頬を叩かれた。その場には彼以外誰もいなかったが、右の頬がじくじくと痛んだ。ふらついて壁に寄りかかると、鶴丸の声が聞こえてくる。

     ──違うんだ主。俺が見たいのは、その顔じゃない。
     
     そう言って鶴丸はもう一度右の頬を叩き、彼の顔を見る。彼の反応は、その時々の精神状態によって異なった。

     涙を零した時は、鶴丸は喜々として彼を罵り始める。刀解された仲間や彼に顔に傷をつけられた看護師のことを思えば、たいした痛みではないと言い、彼を責める。しかし最後は決まって泣き続ける彼を抱き寄せ、言い過ぎたと詫びた。
     鶴丸の行動の真意を尋ねたり、状況の改善を模索したりした時は、懐かしげに目を細める。本丸にいた頃を思い出しているのだろう。問答を繰り返し、それ以上の暴力は振るわなかった。

     けれど鶴丸が最も喜ぶのは、頬を叩かれた彼が鶴丸をにらむ時だった。

     ──いいぜ主、その顔だ。

     鶴丸は目を爛々とさせ、抜き身の自分の本体を彼に握らせ耳元でささやく。

     ──俺が憎いなら、これで俺を切ればいい。お綺麗な理念を捨て、感情のままに行動しろ。

     彼は何度も首を振り拒否するが、焦れた鶴丸は彼の真名を呼ぶ。

     ──きみの思うままに行動しろ、―――!
     
     鶴丸が彼の体を突き飛ばすと、刀を持った彼の腕は自然と上に上がり、鶴丸目がけて刀を振り下ろす。白の中に浮かぶ歓喜に満ちた金が見えたかと思えば、次の瞬間には眼前は真っ赤に染まる。
     腕に、胸に、顔に。生温かいものが飛び散ってくる。彼は手を広げた。グレーのスーツの裾は赤くなり、乾いた血が手にへばりついている。

    「違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、僕は望んでない」
     過去と現在が混同し、手に付いた血が誰のものかもわからないまま、彼は近くにあった壁に手をこすりつけた。白い壁に薄い朱色が引かれるが、徐々に色は濃くなり、スーツの裾のシミはますます大きくなる。
    「違う、違う、違う、違う、違う」
     彼は壁に手を擦りつけながら、なおも繰り返すのだった。


     鬼札が審神者陣営から誕生したことで、五七桐の離脱条件は『政府の用意した8種の道具を全て破壊する』に変わった。しかし離脱条件が難しくなったところで、引き分け狙いの彼には関係がない。むしろ、誤って勝ってしまう可能性が低くなり、ありがたいくらいだ。
     けれど宗三は違う。彼は己の主を助けるため遊戯に参加した。仮に唯一離脱条件の変わらない鬼札だったとしても、燭台切だけでなく鬼札の敗北を願う審神者たちからも主を守らねばならない。
    「宗三にあげる」
     五七桐は魂之助がいなくなったのを見計らってから、宗三にタブレットを差し出した。宗三は五七桐の真意を図りかね手を下したままでいたが、五七桐はほらと言い、タブレットを彼の胸に押しつけた。

    「俺のことはいいからさ! これ持って主を助けに行きなよ」
    「……いいんですか?」
    「うん。前も言ったけど、自分のわがままで動いてる俺と現世に帰りたい宗三の主とだったらどっちを優先すべきか。バカな俺でもそれくらいはわかる」
    「そうですね、貴方は馬鹿ですよ」
    「え~!?」
     せっかく譲ったのにずいぶんな言い草だ。五七桐は抗議の声を上げたが、宗三の表情は彼の想定していたのとは違った。宗三が彼の何を馬鹿だと言ったのかわかり、五七桐は空笑いをしたが、宗三の表情は晴れない。
     宗三はタブレットを受け取り、考えを変える気はないんですね? と確認する。彼は迷うことなく答えた。
    「うん。俺は一期の神域には戻らないし、一期も死なせはしない」
    「わかりました」
     宗三は一礼し、彼に背を向ける。共にいたのは五時間にも満たない間だけだ。宗三からすれば、彼は数多く見てきた人間の内の一人にすぎないだろう。だが五七桐にとって、宗三は人間らしい会話を交わした最後の相手になる。
    「ありがとう、がんばってね!」
     去っていく背にエールを送ると、宗三が振り向いた。目を丸くして、その後、溜息を吐く。最後に宗三らしい宗三の姿が見られて良かったと、五七桐の頬は自然と緩んだ。彼が再び振り向くことはなかったけれど、五七桐は宗三が見えなくなるまで手を振った。

     宗三は体育館の一階の出口から出ていった。ならばと五七桐は体育館の二階へ繋がる階段へ向かう。彼の通っていた学校では、体育館の二階といえば音響施設くらいしかなかったが、螺旋階段を上りきると両隣に大きな部屋が現れた。両方とも音響施設とは思えない大きさだ。
     まずは左の部屋を開けてみると、中は会議室だった。ビジネスドラマに出てきそうな立派な会議室だが、ここにも壁にステンドグラスがあった。音楽室といい、会議室といい、この学校の校長はステンドグラスが好きらしい。そんなピントのずれたことを考えつつ、宝珠は見当たらなかったので、今度は右の部屋へ入る。
     ドアの種類が同じだったので二つ目の会議室を予想していたが、ドアを開けてすぐに靴を脱ぐスペースがあり、一段上がった先にもう一枚ドアが設けられていた。本丸にいた礼儀にうるさい面々の顔が頭に浮かんだが、五七桐は土足で部屋の中に入った。

     両サイドが鏡で覆われた板張りの部屋が現れ、学校にバレエ教室があるなんてと彼は思った。そしてバレエ教室には先客がいた。青い狩衣を着た男がゆっくりと振り返る。天下五剣の内、最も美しいと評される刀──三日月宗近──だった。三日月はドアハンドルを持ったまま硬直する彼を見、袖で口を隠し笑う。
    「ははは、これは気づかなかった。隠居生活ですっかりなまってしまったらしい」
    「……」
    「こうして出会ったのも何かの縁だ。じじいの頼みを聞いてくれぬか?」
    「……」
    「返事ぐらいしてくれ。ああ、刀が心配か? 心配せずとも切るつもりならとうに切っている」
     五七桐は我に返り、慌てて頭を下げた。
    「ごめん! 俺の本丸は三日月いなくて、演練でもちらっとしか見たことなくて、三日月ってホントにキレーなんだな〜って、見惚れちゃって」

     五七桐の慌て様に三日月は目を点にしたが、すぐに軽快な笑い声が聞こえてきた。
    「ははははっ! 美しいとは言われ慣れているが、面と向かって言われるのは久しぶりだな」
    「ごめんってば」
    「よいよい、褒められるのは気分がいいものだ。俺の主は俺のことをクソジジイとしか言わん」
    「えぇ……」
     この美貌に対しクソジジイと言い放つ胆力は五七桐にはない。信じられないと顔に書いてある五七桐がおかしいらしく、三日月はひとしきり笑った。だが、すっと笑いを引っ込め好々爺から参加者の顔へ戻った。
    「まどろっこしいのは抜きだ。タブレットを見せてくれ」
     その変わり様に五七桐は戸惑ったが、三日月は月の浮かぶ瞳を細め、見せろと改めて命令する。たたえた微笑はやはり見惚れるほど美しいが、得もいわれぬ圧迫感に五七桐のこめかみを汗が伝った。

     タブレットを渡さなければいけない。無条件にそう思わせるだけの何かが三日月にはあった。けれど幸いなことに、五七桐はタブレットを手放していた。
    「タブレットは持ってないんだ」
    「ほう」
    「嘘じゃないよ。ボディチェックしてくれてもいい。宗三にあげたんだ」
     審神者が刀剣男士にタブレットを渡すという事態は想定外だったらしい。三日月から説明を求められたので、五七桐は宗三について語った。
     彼の説明はたどたどしかったが、三日月が要所要所で話をまとめくれたおかげで、宗三は政府の用意した道具であり、燭台切に隠された主を助けるために遊戯に参加したこと、宗三にタブレットを渡して別れたことが伝わった。
    「そうか、これで合点がいく」
    「何が?」
     話しやすいよう傍に寄ってきていた三日月が、ぼそりとつぶやく。五七桐が尋ねても三日月は笑ってごまかし、彼に神隠した刀剣男士の名を聞く。伏せる理由もないので、五七桐は素直に答えた。
    「一期一振」
    「一期か。あれも昔から苦労が絶えんなあ」
    「……」
     懐かしむように一期の名を口にする姿を前にし、五七桐は苦い思いが込み上げてきたが、究極のマイペースと言われるだけあり、三日月は話の流れを無視して、自分の関心事に話を移す。

    「俺の主を見なかったか?」
    「審神者とは会ってないけど、どんな人?」
    「白子の子供だ」
    「白子?」
     五七桐の頭に浮かんだのは鍋に入れたら美味しい食材で、首を傾げていると三日月が白うさぎのような男だと付け加える。しかしそれでも白子とうさぎと少年が頭の中で結びつかず、大量の疑問符を頭の上に浮かべていると、三日月は別の質問に切り替えた。
    「主が審神者の何番かは知らないか?」
    「え? ……ああ、俺に割り振られたのは多分鶴丸の主」
    「そうかそうか。あいわかった」
    「……俺が言うのもあれだけど、俺のこと信じていいの?」
     あまりに物わかりが良すぎて、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。しかし三日月は、また軽快に笑う。
    「亀の甲より年の劫というだろう。長年生きていれば、嘘を吐いているかどうかはだいたいわかる。それよりも、俺からすればお主の方が不思議だ」
    「俺?」
     五七桐が自分を指さすと、三日月は頷いた。

    「タブレットを譲るなど、酔狂なことをする。これは勝つのに必要だろう」
     三日月は自分のタブレットを袖から抜き出し、顔の前に持ってくる。五七桐は自分の目的はまだ話していなかったと思い出す。
    「俺は宝珠を使って棄権する。宗三にタブレットをあげたのは俺がいい人だからじゃなくて、なくても困らないからだよ。俺はただ宝珠を探して校舎の中を歩き回ればいいんだから」
    「……一期も難儀な相手を好きになったもんだ」
     三日月の言葉に、自分の真意を見透かされた気がしてドキリとした。三日月はそれ以上は何も言わず、彼の横を通り過ぎて部屋から出ていった。


     五七桐は部屋の奥へ進み、鏡に映る自分の顔を見つめた。神隠しされた時、彼は二十三だったが、いつも一回り近く上に間違えられた。大人びているからではなく、長年の苦労が顔に滲み出ているからだろう。物心がついた時には養護施設におり、頼れる家族も友人もなく、一人で生きてきた。
     それに比べて三日月はどうだったか。刀剣男士は皆美しいが、三日月はその中でも群を抜いている。遊戯中にも関わらず見惚れてしまうほど、彼は美しかった。

     ──臣下でなく、一人の男として貴方を好いております。

     畳に額をつけ、刀解覚悟で好意を告げた一期。五七桐はあの時の胸の高鳴りを今も覚えている。だが嬉しく思う一方、彼には恋の終わりも見えていた。

     源氏物語に空蝉という女が出てくる。彼女は身の程を弁えた聡明な女性として書かれ、作者の紫式部がモデルとも言われている。際立ったものを持たない中流の女が、光源氏の気を引くためにはどうすればよいか。その術を彼女は知っていた。

     ──君の気持ちは嬉しいけど、神と人は結ばれてはいけないんだ。

     空蝉が見つけた方法は『拒絶』。いくら光源氏に求められても逃げ続け、拒絶により自分の存在を刻みつけた。
     五七桐は一期の永遠になりたかった。けれど藤四郎兄弟たちのように強い絆があるわけではなく、夫婦刀と呼ばれる三日月のように美しくもない。だから彼は空蝉に倣い、拒絶という手段を選んだ。
     彼の思惑どおり、拒絶することで一期は強く彼を求めるようになった。愛の言葉と共に菓子や装飾品を贈り、時には和歌を詠み、それでも五七桐の心が変わらないとわかると今度は弟たちを使い始める。
     五虎退の泣き落としも心が折れかけたが、一番厄介なのは骨喰だった。一期から託された贈り物を渡すことに関しては誰よりも意思が強く、食事も睡眠も取らずに三日三晩執務室の前に座り続けたこともあった。これには彼も根負けし、受け取らざるをえなかった。

     ──決断を先延ばしにしてはいけないよ。

     骨喰から受け取った梅の花を眺めていると、初期刀の歌仙がそう忠告してきた。歌仙としては手遅れになる前に刀解しろと言いたかったのかもしれない。だが彼には、先延ばしし続けると、永遠になる前に飽きられてしまうぞと聞こえた。梅の花は美しくあったけれど、三日経ち、所々花弁が落ちて匂いも薄れていた。

     その晩、久しぶりに一期が彼の部屋を訪れた。一期の姿を見て、彼の心はさらに揺れた。そこにいたのは絵本から抜け出た王子様ではなく、叶わぬ恋に身を焦がす一人の男だった。

     ──お慕いしております主。

     優しい声に惹かれ、品の良さが滲み出る所作に惹かれ、物憂げな笑みに惹かれた。彼が好ましく思っていた一期一振らしさは、彼の前に立つ男には一つも残っていなかったけれど、今まで一番強く惹かれた。

     ──……駄目だよ。

     だが、それ故に五七桐は彼を拒んだ。彼に強く惹かれるからこそ、終わりが怖かった。

     ──ならば刀解してください。
     ──そんなことできない。
     ──もう自分でも、自分の気持ちが抑えられんのです。

     今思えば、あの日が転機だったのだと五七桐は思う。一期の声は悲しみより怒りを感じさせ、彼に向ける眼差しは純粋な好意から愛憎入り混じったものへ変わってしまった。


     五七桐は体育館から校舎に戻り、近くにあった階段で三階に上がった。三階には普通教室の他に、コンピューター室や坪庭が上から見下ろせるテラス、文化部の部室などがあったが、目的の宝珠はどこにもなかった。
    「俺が探してるのは宝珠なんだけどな」
     彼が望遠鏡の置かれた部室でそうつぶやいたのは、政府が用意した道具の内の一つを見つけたからだ。ナースコールのような手のひらサイズのスイッチで、側に置いてあった説明書きがなければ、部室の備品と勘違いしていたに違いない。
    「……でも宗三の役には立つかな」
     体育館で別れた宗三を思い浮かべるも、問題はどうやって渡すかだ。手渡しできれば一番いいのだが、今後彼と会える保証はなく、かといってこのまま部屋に置いておけば他の参加者に取られてしまう。
     彼は悩んだ末、宗三にだけわかるメッセージを黒板に書き、道具を持って坪庭へ向かった。本当は説明書きも一緒に持っていきたかったが、貼り付けてある机から剥がせなかった。

     目的を終え坪庭を後にした五七桐は、通りかかった白いタイル敷きのホールで、スーツの男を見つけた。ホールの隅に置かれたピアノの椅子に座り、背を丸め胸を押さえている。具合が悪いのだろうか、五七桐は男に駆け寄った。
    「大丈夫?」
     声をかければ、男はゆっくりと顔を上げる。刀剣男士には及ばずとも、現世にいる時はイケメンともてはやされたであろう美貌の持ち主だが、彼は青白い顔をしていた。
    「具合悪いの?」
     再び尋ねれば、時間はかかったが男は緩慢に首を振る。とても大丈夫そうには見えず放っておけなかったが、五七桐は男の手が赤いことに気づく。
     最初は赤い手袋をはめているのかと思ったが、所々肌が覗き、スーツの裾には赤黒いシミが広がっている。五七桐は無意識に後ずさりしていたが、男の方は二人の間に距離ができたことに気づいておらず、赤い手で胸元を押さえて聞いてくる。
    「宝珠を見ませんでしたか?」
     宝珠という言葉を聞いた以上、無視はできなかった。五七桐が無言でいるのは、宝珠を探す理由がわからないからだと男は思ったらしい。棄権したいんですと続けて言った。

     五七桐が薄々感じていた嫌な予感は的中し、彼は自分の顔が強張るのを感じた。
    「諦めるのは早いよ。俺も協力するからさ、一緒に頑張ろう?」
     宝珠は一度使うと、再び使えるようになるまで二時間かかる。男を諦めさせるための嘘だったが、男は敏感に嘘を感じ取った。
    「何を隠している?」
    「隠してなんて」
    「貴方もか? 貴方も、宝珠のことを隠すのか!? どうしてみんな僕に隠すんだ、僕にはそれしか道はないのに!」
     先ほどまでのぼんやりとした姿が嘘のように、男は早口で捲し立てる。そして五七桐の胸倉を掴み、激しく揺さぶった。その間も早く言えと脅され、五七桐はたまらず彼を突き飛ばした。大きな音がし、男がピアノの椅子もろとも床に倒れ込む。
    「ごめん」
     五七桐は謝罪を口にしたが、返ってきたのは憎悪に満ちた強い眼差しだ。男は立ち上がると、ピアノの椅子を掴み頭上に振り上げた。五七桐にはその様子が、スローモーションのように見えた。振り上げられた椅子は、ゆっくりと彼に迫ってくるのに体は動かず、一連の動きを目で追うしかできなかった。


     突如聞こえてきた悲鳴は自分の主のものだと、鶴丸にはすぐにわかった。彼が現世にいる間も神域に連れてきてからも、限界を迎えるとよく叫んでいた。主が今浮かべているだろう表情を考えると、鶴丸は笑いが堪えられなかった。
    「光坊来いよ。面白いものを見せてやるぜ!」
     高揚する気分に身を任せ、声がする方に走り出す。しかし二階中央の広い通路に来ても、彼の主は見当たらない。第六感に従って一階の白い広場を見れば、広場の隅に彼の主がいた。いたのは主だけでなく、主の足元には着物の男が倒れており、鶴丸は彼らの間に何が起きたのかを瞬時に理解する。
    「酷いやつだな、きみは」
     俺が来るまで待っていてくれないなんて。鶴丸は階段を探す時間さえ惜しく、手すりを乗り越えると一階に飛び降りた。少ししてから燭台切も降り立つ音が聞こえたが、彼の目は主に釘づけになっていた。

     音に反応し、主の視線は倒れた男から鶴丸へ移る。その時、彼の目にはまだ憎悪の余韻があった。鶴丸の背筋をぞくぞくと快感が走り、気づけば笑いが零れていた。しかし憎悪はすぐに怯えに変わり、彼の目が逃げ場所を探し始めたので、鶴丸は先手を打った。
    「―――、じっとしてるんだ」
     主の真名を呼んで動きを封じた後、鶴丸は主に近づき、彼の上着の釦を外す。その際上目で主の様子を伺うが、鶴丸の一挙手一投足に怯え、今にも泣き出しそうである。このまま堪能したいところではあったが、鶴丸はスーツの内ポケットからタブレットを取り出し、離脱条件一覧を開いた。
     離脱した二人以外に名前が埋まっているのは、審神者3のみだ。彼は竜胆の花言葉の一つに『悲しんでいる時のあなたが好き』というのがあるのを思い出し、くすりと笑った。
    「光坊も見るかい? ま、きみの欲しいものはないが」
     タブレットを見終え、燭台切に投げて渡す。燭台切が受け取ったのを確認してから、彼はまた主に向き直った。

    「きみも可哀想なことをするなあ」
     鶴丸が言っているのは、床に倒れている男のことだ。近くで見ると額に痛々しい青あざが浮かび、血も流れていた。
    「まだ彼は男だからいいが、年頃の娘さんに手を出した時は、さすがの俺もどうかと思ったぜ。嫁入り前だろうに、顔に大きな傷がついた」
     視線をさ迷わせる主に、鶴丸は何かしゃべれと新たな命令を出す。すると彼は、違うと否定する。
    「違う、僕はやっていない」
    「またそれか。違わない。あの娘さんもここにいる彼も、きみがやったんだ」
    「彼が先にやったんだ! 僕は悪くない!」
    「右の頬を叩かれたら左の頬を差し出すことはしないが、頬を叩いた理由を聞く。きみはそう言っていたはずだ」
     本丸にいた頃、一緒に庭を散策した時の言葉を持ち出すと、竜胆の体が震えた。
    「俺はきみにきみの右の頬を叩いたらどうするか聞いた。きみは頬を叩いた理由を聞くと言った。きみが気に食わないからだと言ったらどうすると言えば、何故気に食わないのかを聞くと答えた。感情で片づければ、そこで思考は停止し改善は生まれない。物事には必ず原因があるはずだと、きみが言ったんだぜ」
     戦地にいる人間とは思えない言葉に、当時の鶴丸は目眩がした。しかし目眩といっても否定的な意味合いはなく、その魂の美しさがまぶしく、愛おしかった。だが、鶴の性には逆らえない。真っ白であればあるほど、どうしても朱を垂らして鶴らしくしたくなる。

    「なあ主、俺が憎いか? 憎いんだろう?」
     腰にある刀を目の前に差し出すと、竜胆は嫌だ! と叫んだ。
    「僕はそんなこと望んでいない!」
    「じゃあいつものように、きみの心に聞いてみようか! ……俺が憎いと素直に認めろよ。認めて、また俺を切ってみせろよ。俺を切るあの時のきみこそが、真実のきみの姿だ」
    「鶴さん」
     後ろから溜息混じりの声が聞こえ、鶴丸が振り返ると、声どおりの表情をした燭台切がいた。
    「そこまでにしたら? 好きな相手にすることじゃないよ」
    「きみがそれを言うか」
     燭台切から聞いた神隠しに至るまでの経緯を思い出し、鼻先で笑うと燭台切の眉がピクリと動いた。燭台切光忠は普段温厚な分、一度怒らせると面倒なことは彼も重々承知していたので、それ以上からかうのはやめた。
    「すまん、俺が悪かった。……そうだ、俺の話は途中で終わっていたな」
     鶴丸は主の背に回ると、彼の首に腕を回し体を密着させ、彼の耳元でささやく。
    「俺と主のどちらが悪かったか、光坊に判断してもらおうぜ。客観的な視点は大事だと、きみはよく言っていただろう?」


     俺みたいなのが来て驚いたか。どこの本丸の俺も審神者に呼ばれた時はこう言うらしいが、俺の方が顕現早々驚かされた。新しい主になる男は、見目も良かったが何より魂が美しかった。今まで見てきた中で随一の美しさといい。
     だが驚きはこれだけではなかった。薬研に本丸の案内をしてもらった後、主の部屋に招かれたんだが、そこでこの本丸の決まりを教えられる。

     一つ、思っていることは隠さず言うこと。主だからといって必ず正しいとは限らず、誤っていると思うならば遠慮せず指摘すること。
     二つ、主に物を贈ってはならない。刀剣男士が触れた物には神気が宿り、物を介して主が神気に侵食されてしまう。
     三つ、審神者と刀剣男士は恋仲になれない。恋愛感情がなかったとしても、親密になりすぎてはいけない。政府に神隠しの疑いを持たれてしまう。
     四つ、許可なく主の部屋に入ることを禁じる。部屋には主の真名を記した書類があり、刀剣男士が無意識に真名を利用することを阻止するための措置である。

     驚くなという方が無理がある。自ら真名の在処をばらしたんだぜ? 正気の沙汰とは思えない。話の最後に何か質問はあるかと聞かれたので、刀剣男士に手の内を明かす理由を聞いた。
    「事前に話しておけば、不幸な事故は防げるだろう」
    「悪用されるとは思わないのか?」
    「信用されたいならば、まずは相手を信じてからだ。違うか?」
     真意を探るため注意深く観察していたんだが……偽りの臭いは一切しなかった! それからの生活でも驚くことだらけだった。主は政府が禁止しているにも関わらず、俺たちに現世の知識を習得することを勧めた。本はもちろんのこと、望めばパソコンも貸し与え……そうさ、俺があの板をパソコンだと言ったのは使ったことがあるからだ。
     パソコンは偉大だぞ、知りたいことが何でもわかる。ただ調べるコツを掴むまでに時間がかかるもんだから、慣れないうちは主に尋ねることが多かった。彼は大抵のことは答えてくれたが、一つ難点を挙げるとすれば、聞いたこと以上にあれやこれやとしゃべることだな。夜空の星の名を聞き、その流れで異国の神の話になったと言っただろう? 

    「あれがアークトゥルス、それからスピカ、デネボラ。春の大三角形と言われている。アークトゥルスが牛飼い座、スピカは乙女座、デネボラは獅子座だ」
    「点と点を結んで女の姿を見出すとは。西洋の男はそんなに女に飢えてるのかね」
    「日本だって似たようなものじゃないか。それに乙女座のモデルになったデメテルは豊穣の女神だ。敬う気持ちの方が大きかったと思う」
     主、覚えているか? ……酷いな、俺はきみの話したことは一つも忘れちゃいないのに。きみはその後、日本の神話との類似点について語った。デメテルの娘は冥界のザクロを食べてしまい、食べた粒の分だけ冥界に囚われることになったのは黄泉戸喫。娘を奪われた怒りで姿を消し、大地が荒廃したのは天岩戸。女が逃げ通した話は少ないと言ったのも、その流れだったか? 
    「逃げ通したと言っていいかわからないが、僕が知っているのは月桂樹の話くらいだな」
     きみは神妙な顔をして月桂樹にまつわる神話を俺にし、女性の尊厳が云々と立派なことを言っていた。……そうだよな、覚えてないよな。覚えていたら、若い娘に怪我なんぞさせない。

     ああ、悪いな光坊。これも言ったと思うが、この後光坊が来て説教を食らったわけだ。その晩はそれで解散し、翌日主に聞いてみた。
    「きみは俺がいらん知恵をつけて、謀反を起こすとは考えないのかい?」
    「鶴丸はそんなことしないだろう? 主である僕が君を信じないでどうするんだ」
     はははっ、今となっちゃ笑い話だな。俺がどんな質問を投げかけようと、主は決して揺るがなかった。いつだってお綺麗な理想論を論じ、魂が陰ることはない。俺は認めざるをえなかったさ、この男の魂の輝きは本物であると。
     綺麗な見目をした、綺麗な魂を持つ主。最高だろう? 俺は鋼の身でありながら恋をしたんだ! だがきみと違い、好いた相手を慈しみ守ろうという気にはならなかった。どんなに真っ白な美しさを好んでも、白いだけでは物足りない。白いものには朱を垂らして、鶴らしくしたくなる。

     さっきの星座の神とは別の神の教えに『右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ』というのがある。俺は主に聞いてみた。
    「俺が右の頬を叩いたら、きみはどうする?」
     主は驚いていたな、俺がそこまでの知識を身につけているとは考えてなかったんだろう。
    「長谷部ならともかく、君の口から聞くことになるとは」
    「あいつは格好だけだぞ」
    「僕もそれぐらいわかってる」
     真面目な話をしてるんだから笑うなよ。もっとも俺もあの時は、右の頬を打たれる前に相手を叩き切る長谷部を想像して笑ったな。
    「左の頬を差し出しはしないが、何故僕を叩いたのか理由を聞くな」
    「君が気に食わないからだと言ったらどうする?」
    「何故僕が気に食わないかを聞くさ」
    「気に食わないから気に食わないんだ。そこに理由は存在しない」
    「感情で片づければ、そこで思考は停止し改善は生まれない。物事には必ず原因があるはずだ」

     頬を叩いた時、本当に理由を聞くだけですむだろうか。初めのうちはそうかもしれない。だが幾度となく繰り返せば、負の感情が……真っ白な中に赤が芽生える。そんなことを思ったもんだから、善良だった鶴丸国永は、とち狂った鶴丸国永になってしまったのさ。
     それからは空想の中で主の頬を叩いた。そうすれば主は俺を殺さんばかりの勢いでにらみ、罵詈雑言を浴びせる。たまらなかった。戦で敵を前にした時のようにぞくぞくした。
     だが、どんなに強い刺激もいつかは慣れてしまう。より強い刺激が、欲しくなる。繰り返すうちに想像の主に飽きて、本物の主で試したくなったんだ。そこで主の執務室に潜り込み、政府宛の書類から主の真名を得た。
    「何故僕の真名を知っている?」
     主が一人になる時を狙い、真名で主の動きを奪って……はははっ、自分が教えたんだろうが! なのにこの時はまだ俺が言いつけを破ったと思っていなかった。そんな発想、主にはなかったんだ!
     主の頬を打つと、事態を上手く把握できず、呆気に取られていた。二回目はもっと力を入れて叩いた。望んだ表情に近くはなったが、理想とは程遠い。
    「違うんだ主。俺が見たいのはその顔じゃない」
     あの時は俺も冷静でなかった。早く望む結果が欲しかった。俺が真名を入手した方法を教え、神気を十分注いだからいつでも神隠しができると教えた。
     それでも踏み切らなかったから、本丸の決まりを政府にばらすと言った。そうすれば全員刀解の憂き目に遭うだろうと、そう言った時。俺は主に見惚れて動けなくなった。白一色だった魂に朱が差し、俺の想像の何倍もいい顔をしていた!


     竜胆は鶴丸から刀を奪った。体が動かなかったのは見惚れていたのと、彼が害した初めての他者になりたいという欲があった。審神者ごときに何ができると高を括っていたのもある。
     しかし鞘を握る竜胆の霊力が一気に跳ね上がり、鶴丸の全身に痛みが走った。幾多の死線を潜り抜けてきた彼であっても、耐え難い痛みだった。その場へ崩れ落ち、声を発することすらできない。
    「全身にひびが入り、内からこぼれていく感覚……。きみは気分を害するかもしれんが、炎に焼かれた方がマシだと断言できる痛みだった」
    「それで長谷部君に合意なき刀解について聞いたのかい?」
     刀解とは一度依り代に降ろした神を、本霊の元へ還す儀式だ。審神者と刀剣男士の双方の合意の元、儀式を行うに相応しい場で執り行われる。一切の手順を無視し、強制的に刀解を行うことを、審神者たちは合意なき刀解と呼んでいる。

    「おっ? 信じてくれるのか」
    「疑っても話が進まないからね」
    「そりゃすまんな」
    「ただ、刀解されたのにどうしてここにいるのかは気になる」
     刀解され本霊に戻ったのならば、竜胆が顕現した鶴丸国永という分霊は消滅しているはずだ。だが当人である鶴丸も、どうして自分が本霊に還らなかったのかはわかっていない。再び意識を取り戻した時には肉の器を失い、政府の職員を前に取り乱す竜胆を見下ろしていた。
    「刀解といっても、本霊の元へ戻すまではできないんだろう。それか本霊が受け取り拒否をしているかだな」
    「受け取り拒否って荷物じゃあるまいし」
    「まあそこはいいんだ。肝心なのは、俺は肉体を失った代わりに、現世に干渉できるようになったってことだ」
     竜胆がいたのは、現世にある政府の隔離施設だった。職員と彼の会話から察するに、前々から鶴丸国永に神隠しの兆候ありと警告されていながら対応を怠り、なおかつ政府が認めていない合意なき刀解を行ったことで、懲罰対象になったらしい。
     隔離施設の一室で過ごす彼は、本丸での自信に満ち溢れた姿が嘘のように憔悴していた。時には部屋の隅に蹲り、涙を流すこともあった。

    「初めての挫折に落ち込む普通の人間であれば、興味を失っていたかもしれない。だが彼が涙を流したのは、俺を殺めたことに対してだった。俺だって鬼ではない、かわいそうだと思ったのさ。それで俺に謝る機会を作ってやったんだ」
     鶴丸が常に傍にいるというのに、竜胆は彼の存在に気づいていなかった。そこで鶴丸は竜胆の夢に干渉した。鶴丸が作った夢の舞台は彼らがいた本丸だ。あの日と同じように池にかかった橋の上で、鶴丸は主と向き合う。
    「主は俺を見るなり謝ろうとしたが、俺は主の右頬を打った。光坊、何だその目は。あれほど痛かったんだ、それくらいしても許されるだろ」
     さらに彼は主に抜き身の自分の本体を握らせ、真名を呼び、思うままに行動しろと命じた。
    「主は俺に詫びるのではなく、刀を振り上げた。だが、刀は寸でのところで止まる。主は人を切る恐怖に囚われていたんだ。あれは悪い驚きだった」
     やれやれと言わんばかりに鶴丸は首を振るが、そう言いたいのは燭台切の方だった。

    「悪い驚きでやめとけば良かったのに」
    「きみは俺のことを本当によくわかっている。もちろん諦めきれずに、夢への干渉を続けたぞ。憎しみが恐怖を上回るのにはそう時間はかからなかった」
     きっかけは竜胆の本丸にいた刀剣男士が、全員刀解されたことだった。当初は他本丸への譲渡が検討されていたが、刀剣男士への聞き取りをする中で、竜胆が彼らに機密情報を漏らしていたことが発覚。刀剣男士の希望に関わらず、皆刀解処分となった。
     政府の職員からそのことを聞かされ、竜胆の鶴丸に対する憎しみは頂点に達した。真名で命じられる前に鶴丸を切り、全身を赤く染めた。彼の目には憎しみしか宿っておらず、理性も理念も何もかもを捨てた姿は、まさに鶴丸の求める姿だった。
    「あれは最高の驚きだったぜ。そう、最高の驚きだったんだが……それからが良くなかった」
     越えてはならない一線を越え、竜胆は狂ってしまった。感情が抑えられず、施設の職員に暴力を振るい、そんな自分に絶望して自傷行為を繰り返す。若い女性看護師をパイプ椅子で殴打し重傷を負わせてからは、ますます自傷行為が酷くなった。

    「俺は夢の中で主と会えればそれで良かったんだ。それなのに主は死へと逃げようとする。死なれてはつまらないし、死後の魂を捕らえられる保証もなかった。だから俺は神隠しをしたんだ」
     そこで燭台切が溜息を吐き、鶴丸は一旦口を閉じる。神域での驚きと物足りなさについて話したかったのだが、燭台切にはもう十分なようだ。
    「鶴さんと竜胆君、どちらが悪いと思うか言えばいいんだよね?」
    「……ああ」
     返事に間が空いたのは、語りたいがために適当な理由を付けたのを忘れていたからだ。燭台切は鶴丸を見て苦笑するが、すぐに表情を引き締めた。
    「一番悪いのは鶴さんだけど、竜胆君にも非はあると思う」
    「人を信じることの何がいけないんだ!?」
     たまらず竜胆は言い返すが、燭台切は冷静だった。竜胆のように声を荒げることなく、そう考えた理由を伝える。
    「君の信じるというのは一体何なんだい? 僕には単に考えることを放棄したようにしか思えないな。君の将としての怠慢が、皆を刀解に追い込んだ。もし鶴さんがいなかったとしても、遅かれ早かれ、君の本丸は同じ運命を辿っていたんじゃないかな」
     燭台切は鶴丸に味方するためではなく、真に自分の思うことを伝えていた。だからこそ竜胆はそれ以上言い返せず、視線を逸らすしかできない。

     鶴丸は竜胆の体から腕を離し、燭台切の隣に歩いていった。感謝の意を込め彼の肩を叩き、振り返って竜胆と向かい合う。
    「なあ主、俺とゲームをしよう」
     唐突な提案に、竜胆が上目遣いに鶴丸を見る。前髪の隙間から見える瞳には警戒心が色濃く浮かび、鶴丸は口角を上げた。


     政府が作った予定調和な遊戯は退屈だ。彼と主のための特別な遊戯を提案するため、彼はまず己の離脱条件を告げた。
    「俺の離脱条件は『自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に1時間半いる』だ」
     驚く燭台切を手で制し、鶴丸は続けた。
    「制限時間は一時間半。その間俺はきみに触れないし、きみの行動を制限もしない。だが、きみがどこに行こうと3.28メートル以内の距離を保ち続ける。それに対し、きみが取れる手は三つだ」
     一つと言い、鶴丸は人差し指を立てる。
    「一時間半の間にきみの離脱条件を達成する。やろうと思えばできなくはない。鬼札さえ負ければ審神者6が勝ち、自動的にきみも勝利する。もう一つは宝珠を見つけ棄権する。離脱条件の変更もあるが、きみは棄権したいんだろ?」
     二本目の指を立て、竜胆の破滅願望を指摘する。
    「三つめ。俺で俺を切れ。この時は例外で、俺は制限時間が終わるまで切られた場所から動かない」
     鶴丸は腰に下げていた刀を竜胆へ投げるが、竜胆が体を引いたので、刀は音を立てて床に落ちた。おいおい酷いなと鶴丸は笑う。

    「今度は何を企んでいる?」
    「今も昔も、俺はきみが鶴になることしか考えてない」
    「ふざけるな!」
    「はははっ、威勢がいいな。だが、早く決めないと時間切れになるぞ」
     竜胆は不快そうに顔をしかめながらも、足元の刀に目を向けた。鶴丸は上機嫌で彼を見つめていたが、彼の表情の変化を感じ取り、おいと低い声が口を吐いて出た。
     竜胆は鶴丸ではなく、刀を自分に使おうとした。考えが過ぎっただけで、鶴丸が何も言わなかったとしても、行動には移さなかったかもしれないが、鶴丸は考えることすら許さない。自傷行為に走る彼が、自分以外の血で赤く染まる彼が、鶴丸は許せなかった。
     竜胆は鶴丸のつぶやきに敏感に反応し、その場から逃げ出した。
    「大事な物忘れてるぞ」
     竜胆を追いかける途中で、床に落ちていた太刀を拾う。そして走りながら、後ろにいる燭台切に向かって手を上げた。
    「じゃあな光坊! きみの勝利を祈ってるぜ」
     燭台切も手を振り返したが、しょうがないなと言いたげな顔である。けれど呆れているというよりは、やんちゃな子供を見守るような温かさがあって、世話好きな燭台切光忠らしい。

     ──彼女は傷ついたと思う、でも僕が守ってあげないといけなかった。

    「(慈愛と狂気は隣り合わせか)」
     燭台切の言葉に、鶴丸は苦笑した。

     竜胆は図書室と中庭の間の通路を走っていき、鶴丸もその後を追った。階段の前を通り過ぎたところで右に曲がれば、視界が一気に開けた。白一色の空間だったが、扉のある校庭側は硝子張りになっており、そこから講堂らしき建物が見える。
     窓に結界を張り、動かぬよう固定しているのだから、外に通じる扉も同じはずだ。鶴丸はそう思っていたのだが、竜胆は体当たりするように扉を開け外に出ていく。おいおいと口の中でつぶやき、彼も続いて外へ出た。
     竜胆は一瞬立ち止まり左右を見た後、左へ走っていった。鶴丸はちらりと右手を見て、遠くにテニスコートがあるのを確認し、それから門に向かって走っていく竜胆の背中を見た。
    「(校外に出られるのか?)」
     門の前には川が流れているが、橋を渡ればビルが立ち並ぶ現世の街並みだ。現世の光景が見られた嬉しさより危機感の方が上回ったが、やはり政府は参加者が逃亡しないよう結界を張っていた。門を潜ろうとした竜胆が、何かに弾き飛ばされたように倒れて尻餅をつく。

     竜胆は何もない宙を叩き始めた。
    「何でだ、何で……何でだよ!」
    「無駄なことはよせ」
     鶴丸が空中に向かって刀を投げると、刀は見えない壁にぶつかり竜胆の隣に落ちた。座ったままの姿勢で竜胆は後ずさりしたが、目はアスファルトに落ちた刀に釘づけになっている。
    「俺から逃げるには俺を切るしかないんだ」
    「……」
    「夢の中で、神域で。きみは幾度となく俺を切った。何を今更躊躇する?」
     それでも竜胆の手は地面から離れず、鶴丸は笑みを深める。
    「当ててやろうか。きみは俺を切るのが嫌なんじゃない、俺を切るのに抵抗がなくなっていく自分が怖いんだ」
    「違う」
    「ああ、そうだな。抵抗がなくなっただけでなく、俺を切ると胸が透くんだろう? 血だらけになった俺を見て、ざまあみろと思うんだろう?」
    「違う!」
     必死に否定する主を見、鶴丸は手で口を覆った。押さえておかねば、歓喜の声が漏れてしまいそうだった。
     彼はさらに竜胆に追い打ちをかけようとしたが、校舎から放送が流れてきた。思わぬ邪魔に舌打ちをするが、放送の内容は彼にとって喜ばしいものだった。


    「離脱者の発表を行います。審神者1の五七桐が遊戯を棄権しました。五七桐の棄権に伴い、刀剣男士5の一期一振も遊戯を離脱します」

     五七桐と一期一振が引き分けに終わったと告げた後、放送は宝珠についても触れた。当初の説明どおり、宝珠はこれから二時間使用できないとのことだった。
     結界の壁に寄りかかったままうつむく主を見、彼が切りやすいようにと鶴丸は目の前に座った。しかし竜胆は力なく首を振る。
    「もう諦めるのか? 根性のない」
    「……」
     竜胆が錯乱状態に陥りながらも遊戯に参加できていたのは、偏に宝珠の存在があったからだ。今の彼にとって二時間は永遠に等しく、鶴丸を切って逃げる気力は失われた。
     あっけないゲームの終わりに物足りなさを覚えた鶴丸は、少しばかり遊んでみることにした。

    「宝珠が現れるまで待ってやろうか?」
     鶴丸のささやきに、竜胆が顔を上げる。心奪われた澄んだ瞳でも、深く愛した憎悪に染まった瞳でもないが、最も厭う死へ向かうものではなくなった。
    「俺と一緒にいた燭台切光忠、彼には世話になってな。勝たせてやりたいんだ」
     ただ、何の条件もなしに待ってやるほど彼は優しくない。
    「きみに光坊の審神者を捕まえてきてもらいたい。なに、縄で縛って引きずってこいとは言わない。きみは審神者だ。仲間のふりをして取り入って、指定の場所まで連れて来るくらいはできるだろ」
     竜胆ができない理由を挙げる前に、先手を打つ。けれど彼はあがき、指定の場所とはとゲームの追加ルールを聞いてくる。鶴丸は質問には答えずに、彼の覚悟を問うた。
    「燭台切光忠が未来永劫、彼の主を神域に閉じ込めることに合意する。……詳細はきみがそう誓ってからだ」
     竜胆が顔をそらすが、鶴丸は主の横顔を見て目を細めた。彼は既に答えを出している、ただそれを口にする勇気がないだけだ。鶴丸は急かすことなく彼の葛藤する様を楽しんでいたが、思いの外早く、竜胆は了承の言葉を口にした。

     だが鶴丸は『わかった』なんて簡単な言葉で終わらせはしない。鶴丸の言った言葉を復唱するよう求める。竜胆は鶴丸の目を見、神隠しに合意した。
    「燭台切光忠が未来永劫、彼の主を神域に閉じ込めることに合意する」
     竜胆がそう誓うと、放送がまた流れてきた。

    「離脱者の発表を行います。刀剣男士3の鶴丸国永の勝利。審神者4の竜胆、敗北です」
    「もう一組発表いたします。刀剣男士4の堀川国広の勝利。審神者8の豊玉、敗北です」

     鶴丸が刀剣男士8だと告げたのは、ゲームを始めるための嘘だった。鶴丸の本当の離脱条件は『自分が神隠しした審神者が神隠しに合意する』。主の真名を握っている彼からすれば容易く、つまらない条件だった。
     鶴丸は刀剣男士8だと主に信じ込ませたうえで、神隠しに合意するよう仕向け、主に最高の驚きを与えようと彼は考えていた。だが、五七桐の離脱で絶望する竜胆を見て、いたずら心が湧いた。
     刀剣男士に肩入れする政府ならば、自分が神隠しした審神者が『神隠しに合意する』とさえ言えば、たとえ自身のことを指していなかったとしても、離脱条件の達成と認めるのではないか。
     認められれば、我が身を優先させたばかりに負けた主を見られて儲けもの。仮に認められなかった場合も、主とさらに二時間ゲームができる。どちらに転べど鶴丸には好都合……のはずだった。

     放送が流れ自分の敗北を知った瞬間、竜胆の瞳の色が変わった。白でも赤でも紅白が混ざったものでもない、無色の瞳になった。
     鶴丸はとっさに彼の腕を掴んだが、遊戯のため作られた仮の器は、勝敗が決まったため空気に溶け消えようとしていた。だから掴んだ手に感覚はないはずなのに、何故か樹の感触がする。

     ──アポロンには相手に恋する金の矢を、ダプネーには相手を厭う鉛の矢を。

     愛の神エロスに金の矢で撃たれたアポロンはダプネーに恋をする。一方のダプネーは、鉛の矢を撃たれたのでアポロンを拒絶する。アポロンはダプネーを追い回し、ダプネーはアポロンから逃げ続けたが、ついに河畔まで追い詰められ逃げ場を失うと、父である河の神に自らの身を変えるよう願う。

     ──当時の女性が自分の尊厳を守るには、そんな手段しかなかったんだろう。

     月桂樹に変わった哀れな女について、主はそう語った。共に夜空を見上げながら聞いた異国の神話だ。あまり例のない、神の求愛から逃れた話。

    「違う!」
     鶴丸は叫んだ。
    「きみはダプネーではない。尊厳を守るため? ふざけるな、きみはただ逃げているだけだ!!」
     鶴丸は竜胆の右の頬を叩くが、彼の瞳は無色のままだ。鶴丸は遊戯会場から姿が消えるまで何度も彼の頬を打ったが、竜胆の反応は返って来ず、木の葉が揺れる音だけがした。


     話は鶴丸と竜胆がホールを去った直後に遡る。残された燭台切は気絶している男を抱きかかえ、ホールと隣接する図書室へ運んだ。一組目が離脱する前に訪れた時、ソファが置いてあったのを覚えていたのだ。成人男性が横になるには長さが足りなかったが、硬く冷たい石の上よりはいいだろう。
     男をソファに寝かすが起きる気配はなく、燭台切は血が流れる男の額にハンカチを当て、それから男の懐を探った。しかし懐には何もなかった。羽織を脱がして裏地まで確認したけれど、目的の物はどこにもない。
    「タブレットは?」
     男を運んだのは紛れもない善意からの行動ではあったが、情報を得る機会をみすみす逃しはしない。だが目当てのタブレットは存在せず、燭台切は男の肩を掴み軽く揺すったが、男は起きなかった。
    「困ったなぁ」
     今すぐにでも主を探しに行きたい、けれど男が彼女に関する情報を持っている可能性は否定できない。思い立ったが吉日、急がば回れ。相反する諺が頭に浮かび、燭台切は唸る。

     悩む中、男の羽織を見て引っかかりを覚えた。伊達男の彼の目を引くような洒落た物ではなかったが、何故か気にかかる。もやもやの原因を突き止めるため記憶を探っていると、突如ピンと閃いた。緑青色をした羽織紐の飾りに覚えがあったのだ。
     燭台切の本丸は備前にあったが、一度だけ主に付き添い相模の本丸に行ったことがある。そこの審神者が彼女の父親の知り合いだったようだが、帰りに相模の万屋に寄り、新人らしき審神者を見かけた。
     羽織を買いに来たようで、一期一振に助言を受けながら試着をしていた。燭台切は微笑ましく眺めていたが、彼の主は新人審神者に別の羽織を勧めるよう万屋の主人へ言った。
     唐突な申し出に万屋の主人は気の抜けた返事をし、燭台切もつい口を出してしまった。いつも上等な物を身につけている彼女には貧相に見えるかもしれないが、見る限り彼は着物に慣れていない。初心者には気兼ねなく使える、ちょうどいい品に思えた。

     ──そんなことを気にしてるんじゃない。

     主は眉をひそめ、小声で燭台切に返す。彼は改めて新人審神者の様子を観察したが、彼が試着している羽織には、隣にいる近侍の髪色とよく似た玉の飾りが付いていた。

     燭台切は万屋にあまりいい思い出がない。楽しいこともあったが、苦い記憶の方が多い。苦い記憶の最たる例が、主に渡した簪だ。万屋に行く度、彼女が欲しそうに蜻蛉玉の簪を見つめていたから、燭台切は彼女に内緒でプレゼントすることにしたのだ。
     刀剣男士からの贈り物は受け取れないと、断られるのは覚悟していた。それでも彼女のために何かしたかったし、少しでも喜んでくれれば受け取ってもらえなくても構わなかった。しかし善意は裏目に出、彼女を傷つけてしまう。

     ──僕は永遠に女を清算したんだ。
     ──何それ。
     ──川島芳子の言葉だ。
     ──その人がどんな人かは知らないけど、そんなのおかしいよ。
     ──……君にはわからないさ。

     彼女は自分の家について多くを語らなかった。それでも女の身でありながら狩衣を着、無理に自分を僕と呼ぶ姿を見れば、大方の予想はついた。簪を遠くから眺めるしかできないことに、どれだけ傷ついていただろう。

     それなのに彼女の周りは勝手だ。彼女が審神者を辞め家に戻ると聞いた時、燭台切は家を継ぐのだと思った。だがあの日、退任前に一時帰省することになった彼女が、結婚するために辞めるんだと打ち明けた。
     燭台切が聞いたからではなく、会話の流れを無視し突然言い出したので驚きはしたが、彼は彼女の結婚を祝福した。相手の女性はどんな人? と聞いたのは、女を清算した彼女の相手は女だと、疑うことなくそう思っていたからだ。しかし、彼女は歪な顔をして笑う。

     ──永遠に女を清算したつもりでいたのは、僕だけだったらしい。

     彼は主の体を抱き締めていた。彼とは違い、細くて小さな体だった。これ以上傷ついては壊れてしまうと思った、だってこんなに小さな体なのだから。

     燭台切は主を本丸の一室に隔離し保護したが、彼女が部屋から抜け出し現世に戻ろうとしたので、仕方なく自分の神域に呼び寄せた。主を守るには必要なことだったが、結果として、燭台切は主から人として生きる未来を奪ってしまった。
     だからこそ彼は、彼女を守ると強く誓った。誰にも傷つけさせない、女を清算したなんて悲しい言葉を二度と言わせはしない。
    「……」
     自分のすべき選択がわかり、燭台切は主を探しに向かった。意識が既に他へ向かっていたので、男が薄らと目を開けたことも部屋の奥が明るくなったことも、燭台切は気づかなかった。


     目を開ければ、高い場所に天井があった。天窓から注ぐ太陽の光に、五七桐は目を細める。体を起こすと頭がずきりと痛み、手で押さえた箇所にはハンカチがくっついていた。半ば無意識にハンカチを剥がすと、また痛みが走る。見覚えのない白いハンカチには、五七桐の血がついていた。
     ふわふわとした意識は痛みで覚醒し、参加者の男に椅子で殴られたのだと思い出す。彼の記憶が確かならば、彼は白いタイル敷きのホールにいたはずなのだが、何故か図書室らしき場所で寝ていた。せめてもの罪滅ぼしにと、あの男が運んだのだろうか?
    「そんなことでチャラにするかよ」
     悪態を吐きつつ辺りを見渡すが、彼以外には誰もいない。五七桐は立ち上がるが、その際、受付カウンターの奥がぼんやりと明るくなっているのを見つける。
     不思議に思い受付カウンターに近づくと、カウンターの奥に小部屋があり、どうやらその小部屋から明かりが漏れているようだった。だが、部屋の位置からして窓の光とは思えない。
    「もしかして……!」
     彼は急いで奥の小部屋へ行った。扉を開けると光は一気に強くなり、宙には説明の場で見た宝珠が浮かんでいた。
     
     五七桐はしばらくの間宝珠を眺めていたが、我に返ると宝珠に手を伸ばした。すると宝珠は自ら五七桐の手のひらの上に降り、魂之助の声が宝珠から聞こえる。
    「宝珠を使用しますか?」
     驚いて落としてしまいそうになり、慌てて宝珠を両手で掴み返事をする。
    「は、はい!」
    「離脱条件を変更しますか? 遊戯を棄権しますか?」
     一瞬言葉に詰まった。魂の消滅などと言われても彼にはピンと来なかったが、漠然とした死への恐怖はある。けれど恐怖を打ち消すほど、彼の決意は固かった。
    「棄権します」
    「もう一度お聞きします。離脱条件を変更しますか? 遊戯を棄権しますか?」
    「遊戯を棄権します」
     彼がそう答えると手の中にあった宝珠が砕け散り、五七桐は反射的に目をつぶった。

    「離脱者の発表を行います。審神者1の五七桐が遊戯を棄権しました。五七桐の棄権に伴い、刀剣男士5の一期一振も遊戯を離脱します」

     恐る恐る目を開けるが、どこにも怪我はなかった。だが体の輪郭がぼやけて水蒸気のようになり、空気へ同化していく。痛くもない、寒くもない、苦しくもない。ただ自分という存在が溶けて消えようとしている。不思議な感覚だった。
    「俺死ぬんだ」
     口にするも、いまいち実感が持てない。彼は消えていく自分の体を観察していたが、元の色がわからないほど薄れたところで、羽織がないことに気づく。五七桐は小部屋を出、カウンターから羽織を探した。
    「あった!」
     羽織はソファの背もたれにかけてあった。カウンターを飛び越えようとするが、足が動かない。それもそのはず、彼の足は空気に溶けもう存在しなかった。

     自分は死ぬのだと、この時彼は初めて自覚した。襲ってきたのは恐怖ではなく、寂しさだ。緑青の飾りの付いた羽織が側にないだけで、寂しくて仕方がない。羽織を見つめる五七桐の目に涙が溢れる。
     寂しい、一期が側にいないと寂しい。彼は自分が盛大な勘違いをしていたと知る。一期の特別になりたかったのではなく、ずっと一期の側にいたかったのだ。だから飽きられ見向きもされなくなって、彼が側からいなくなる未来が怖かった。

     ──私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな。

     最期の時、脳裏に浮かぶのは愛しい人の姿だ。あまりにも遅すぎたが、彼は隠し続けた本心を告げた。
    「愛しているよ一期一振」


     誰よりも何よりも、君のことを愛している。






    ≪離脱条件一覧≫

    審神者1:五七桐 【引き分け】
    離脱条件(易)政府の用意した8種の道具のうち、2つ以上を使用する
    離脱条件(難)政府の用意した8種の道具を全て破壊する

    鬼札(審神者2):長船
    離脱条件 刀剣男士を1口刀解する

    審神者3:茶坊主
    離脱条件(易)5時間以上他の参加者と遭遇しない
    離脱条件(難)24時間以上誰とも遭遇しない

    審神者4:竜胆 【敗北】
    離脱条件(易)審神者が1名以上遊戯に勝利する
    離脱条件(難)審神者が4名以上遊戯に勝利する

    審神者5:播磨 【敗北】
    離脱条件 遊戯開始から328分が経過する

    審神者6:爪紅
    離脱条件(易)遊戯の勝者が2名以上になる
    離脱条件(難)審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する

    審神者7:眉月
    離脱条件(易)7つ以上の離脱条件の所持者を特定する
    離脱条件(難)刀剣男士陣営全ての離脱条件の所持者を特定する

    審神者8:豊玉 【敗北】
    離脱条件(易)5時間以上嘘を吐かない。ただし、真偽は審神者の認識に基づく
    離脱条件(難)24時間以上嘘を吐かない


    刀剣男士1:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者の真名を把握する

    刀剣男士2:明石国行 【勝利】
    離脱条件 遊戯開始後、6名以上の参加者と遭遇する

    刀剣男士3:鶴丸国永 【勝利】
    離脱条件 自分が神隠しした審神者が神隠しに合意する

    刀剣男士4:堀川国広 【勝利】
    離脱条件 刀剣男士1、3、5、7のうち、1名以上が遊戯に勝利する

    刀剣男士5:一期一振 【引き分け】
    離脱条件 2回以上、離脱条件が変更される

    刀剣男士6:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者と30分以上同じ部屋に留まる

    刀剣男士7:加州清光
    離脱条件 審神者1、3、5、7のうち1名以上と、2時間行動を共にする

    刀剣男士8:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に1時間半いる


    ≪道具一覧≫
    道具1:宗三左文字
    道具2:秘密遊戯の候補者リスト
    道具3:???
    道具4:拘束札×3
    道具5:???
    道具6:刀装用祭壇
    道具7:???
    道具8:とある打刀の赤縄




     遊戯を棄権し、五七桐の魂は消滅した。一期一振は本霊に還るその日まで、一人神域で過ごすことになった。
     一期の本霊が神域にやって来たのは、遊戯が終わって間もない頃だった。ただ時間の感覚を失った彼には、それが数日後だったのか数年後だったのか、わからなかった。
    「因果応報ですな」
     挨拶も抜きに、本霊は彼を非難した。それに対し、彼は自嘲気味に笑う。
    「内からの炎に焼かれたことのない貴方にはわかりますまい。……それは?」
    「開けてみなさい」
     本霊は持っていた風呂敷包を一期に渡した。一期は言われるまま紺色の風呂敷を解いたが、出てきた物に目を見開いた。丁寧に折り畳まれた羽織の紐には、緑青の玉の飾りが付いている。一期が顔を上げると、本霊は貴方の主の物ですと言った。
    「貴方の主の魂が消滅した時、他の物は一緒になくなりましたが、これだけは離れた場所にあって消えなかったのです」
     この羽織は一期にとって思い出深い物だ。彼は比較的早い段階で五七桐の本丸に呼ばれたのだが、五七桐は自分に威厳がないことを気にしていた。そこで一期は五七桐に着物をこしらえるよう勧めた。五七桐の生まれた時代では洋服が主流になり、着物を着るのは限られた場面のみだという。それならば特別な装いをすれば気分も高まるだろうし、時には形から入ることも重要である。

     一期が勧めたその日のうちに万屋で着物を仕立てたが、羽織は翌月の給金が出てから買った。一期の助言を受けながら五七桐は羽織を選んだが、結局は最初に手に取った羽織に決めた。派手好きな彼としては無難すぎるように感じたが、主がいたく気に入っていたので良しとした。
     しかし、買う直前になって万屋の主人が別の羽織を勧め出す。こちらの方がお客さんに似合うと言い、今の羽織より安くするとも言った。確かに主人が勧める羽織の方が上質で、一期も値段さえ合えばと横目で見ていた物だった。
     だが五七桐は自分の選んだ羽織にすると言い張り、最後は奪い取るようにして買っていった。温和な彼にしては珍しい反応だったので、一期は気になって帰り道で理由を聞いた。

     ──怒らない?
     ──怒りません。
     ──本当?
     ──気が変わりました、理由を聞いてからにしましょう。
     ──これ怒られるやつじゃん!

     笑いながら頭をかばう仕草が愛らしいと彼は思った。同時に、自分を煽るのが上手い人だとも。この時既に一期は、主へ抱いてはいけない想いを抱いていた。

     ──この羽織の飾りに一目惚れしたんだ。

     五七桐も本気で怒られるとは思っておらず、早々に選んだ理由を告げた。一期が目を丸くしていると、呆れないでよと腕を叩かれる。羽織紐は付け替えられるんですよと教えてやったが、一期は内心驚いていた。五七桐が選んだ羽織の飾りは一期の髪色とよく似た色で、まるで自分が褒められたような気がした。
     五七桐はその後洋服より着物で過ごすことが多くなり、羽織を他に作りもしたが、羽織紐は必ず一期と一緒に買った羽織に付いてきたのを選んだ。一期はそのことが誇らしくも、気恥ずかしくもあった。

     羽織に目が釘づけになっている彼に、本霊は遊戯中の五七桐の様子を聞かせる。五七桐は遊戯開始直後、道具として参加した宗三左文字を発見し、しばらくは彼と共に行動していた。しかし一組目が離脱すると宗三と別れ、タブレットを宗三に譲ってしまう。主らしい、一期は心の中で苦笑した。
     一人になった五七桐は会場を回る中、三日月と会い、竜胆と出会った。竜胆とは宝珠をめぐって争いとなり、彼は椅子で殴られ気絶をする。
    「主の叫び声を聞き、鶴丸殿が駆けつけるのですが……貴方には関係ないので飛ばしましょう。気絶している貴方の主を燭台切殿が図書室に運び、彼は自分の審神者を探しに戻りました。燭台切殿がいなくなってから貴方の主は目を覚まし、宝珠を見つけた」
     本霊はそこで区切り、彼の持つ羽織に目をやった。
    「彼は遊戯の棄権を選びましたが、羽織がないことに気づきます。羽織を見つけはしたものの体の大半はその時既に消えており、羽織を手にすることは叶いませんでした。そして消える直前、彼は……」
    「主はどうしたのです?」
     本霊は躊躇いを見せたが、一期に五七桐の最期の言葉を伝えた。

     本霊が神域を去った後も、一期は羽織を手にしたまま動けずにいた。彼は本霊の言葉が信じられずにいた。

     愛しているよ一期一振。

     五七桐はそう言って涙したそうだ。愛しているのなら、どうして自分の想いを拒絶した? 現世に未練があるならわかるが、本霊の話では遊戯開始時点で棄権すると決めていたらしい。
     そもそも、五七桐はそんな振る舞いを一切彼に見せなかった。何度愛をささやこうと拒絶し、弟たちを使い物を贈ろうとしても、骨喰からしか受け取らなかった。彼が骨喰を特別扱いしていたわけではなく、骨喰は主が贈り物を受け取るまで梃子でも動かなかったからだ。
    「骨喰……」
     いつか骨喰が変なことを言っていたのを思い出す。

     ──主が俺を時々小君と呼ぶ。理由を聞いてもごまかされる。

     その時は他の弟たちが羨ましがって、なだめているうちにうやむやになってしまったが、残された羽織と骨喰の言葉がぴたりと合った。

     源氏物語に空蝉という女が出てくる。源氏に惹かれながらも最後まで源氏の求愛を拒み、薄衣一枚を残して逃げ去った。彼女の弟の小君は、源氏の文を空蝉に渡す役を担った。
    「まさかな」
     ぽつりと羽織に滴が落ちた。
    「そうだとしたら、私はそれほど信用のならない男でしたか?」
     空蝉は身の程を弁えた聡明な女と言われるが、源氏の唯一無二となるため、あえて拒み続けたのだと考える説もある。五七桐がもし空蝉と自分を重ねていたのだとしたら……あまりに酷い話だ。
    「愛しております。誰よりも何よりも貴方を愛しているのに、どうして信じてくださらなかった」
     嗚咽交じりの問いかけに、答えてくれる人はもういない。残された羽織を握り締め、一期はただ涙した。主が求めた織紐の飾りは、彼の髪と同じ色をしていた。

    第四章:二羽の小鳥
     物心がついた時には、彼は既に本丸にいた。彼の周りにいたのは刀の付喪神と管狐だけで、『人』は彼以外誰もいなかった。何故刀を鍛えるのか、何故刀剣男士を戦わせるのか、何故本丸の外には行けないのか。その理由を彼は知らされておらず、けれどそれが普通なのだと思っていた。
    「かわいそうな主様、恵まれた霊力を持つばかりに自由を奪われて」
     彼が思う普通が普通でないことを教えてくれたのは管狐だった。そして管狐はたとえ戦いが終わったとしても、彼が解放されることはないと言った。
    「私に貴方を助ける力はありません。ですが主様、私は貴方に知恵を授けましょう。いつか自由になるチャンスが訪れた時、そのチャンスを逃さないための知恵を貴方に授けます」
     狐の言葉に彼は揺れた。己の刀剣男士は、本丸の外は危険な場所なのだと言う。実際、彼らは本丸の外に出るといつも怪我をして帰ってくる。だが、年を重ねるにつれ自分の目で外の世界を見たいという欲求は強くなっていった。
     しかし同時に、彼は狐に罰が下るのを恐れた。彼にとって狐は母親のような存在で、狐が酷い目に遭うかもしれないと思うと胸が苦しくなった。自然と胸に伸びた手を見、狐はいけませんと彼をたしなめる。
    「貴方に他者を気遣う余裕などないのです」
     政府の厳重な監視下に置かれている以上、一度チャンスを逃せば次はない。その貴重なチャンスを物にするには、己のことのみ考えなければならない。
    「どんな手を使っても、人から恨まれたとしても。自由な世界に行きなさい。それだけの価値がある場所なのです」


     あの青い板が並んだ場所、何かあると思うんです。堀川は加州を呼び止め、そう伝えた。遊戯会場を探索中、三階の窓から同じ高さに並ぶ青い板を見、あれは何だろうねと二人で話していたのだ。
     加州は不思議に思いこそすれ特段気にしていなかったが、堀川はずっと気になっていたらしい。ただの勘なんですけどと頬をかいていたが、加州は堀川の助言に従い、当初の行き先を変えて元いた建物の三階へ向かった。
     青い板が見える場所まで行き、そこで地図を開く。二階分の高さがある一階の空間(傍を通り過ぎただけだが、本棚が並ぶ部屋とその隣のホールは天井が高かった)の上に青い板は並んでいるらしい。
    「どっから行けんのかな」
     入口らしき場所が近くになく、きょろきょろと辺りを見渡すが、視界の端に何かきらめくのを見つけ、加州はタブレットを投げ捨て刀を抜いた。

     相手は目の前まで迫っており、攻撃を受け止めるのが精一杯だった。歯を食いしばり耐える加州と違い、襲撃者の宗三左文字は涼しい顔をして、さらに刃に力をかけてくる。
    「どういう、つもり……? 宗三」
     刀剣男士が刀剣男士を攻撃する理由が、いくら考えても思いつかなかった。鬼札の刀剣男士とは利害が対立するが、それでも攻撃して排除することの意義がどれほどあるか。
    「タブレットを渡せば見逃しましょう」
    「信用できねーな!」
     加州は足払いをし一旦離れようとするが交わされ、体勢が崩れできた隙をついて床に叩きつけられる。刀を握り直し立ち上がろうとした時には、宗三の刀が彼の眼前に突きつけられていた。
     最悪の結果を覚悟した加州だが、少し離れた場所に審神者がいるのに気づく。髪を結い上げ墨色の着物を着る女は、奇数の疑いがあるあの女審神者だ。彼女は壁から顔を覗かし、彼らの様子を見守っている。

    「――、助けて!」
     とっさの判断で女の真名を呼び、助けるよう命じた。宗三は刀を振り上げたが、途中でその手が止まる。加州を助けに来た女審神者がどう行動するか読めず、彼女の身を優先したのだ。
     女審神者は二人の間に割り入り、加州をかばうように前に立った。彼には彼女の背中しか見えないが、きっと大いに戸惑っていることだろう。加州は立ち上がり、一歩後ろへ足を引いた。宗三は動かない。
    「(怒ってるのはありありと伝わってくるけど!)」
     加州は自分のタブレットを回収すると、その場から撤退した。

     四階に逃げてしばらくは身構えていたが、宗三が追ってくることはなかった。ほっと一息吐くが、安全が確保されるとつい欲が出てしまう。女審神者は奇数の審神者である可能性が高く、そうでなかったとしても彼の主に関する情報を持っていたかもしれない。
    「(あ~あ、宗三さえいなかったら。だいたい、宗三が審神者に協力するメリットって?)」
     宗三の反応からして、宗三は女審神者が隠れて見ていたのを知っているようだった。宗三が加州のタブレットより長谷部の審神者の身を優先した理由は何だ? 冷静になって考えれば、他にもおかしな点がいくつか浮かぶ。参加者の刀剣男士の数もそうだ。
     加州、堀川で二。二人が持っていた離脱条件は鶴丸と一期、これで四。刀装について教えてくれた三日月で五。離脱した明石で六。女審神者を隠したであろう長谷部が七、それから『鬼札:長船』の対となる長船派の刀剣男士と宗三……。
    「刀剣男士が九振りいる」
     後出しで重要なルールを発表する政府なので、今更参加者が一組増えようと驚きはしないが、彼らの離脱条件は何故示されないのだろうか。後出しの離脱条件で自分の勝利が危うくなることはないか?

     加州は頭を掻きむしったが、その後慌てて手櫛で髪を整えた。彼は堀川と会った四階北側の廊下に来ていたが、あいにく青い板は見えても三階廊下までは見えない。
     宗三たちがいなくなったことさえ確かめられれば良く、彼はいろいろな角度から見えないか試行錯誤を繰り返したが、そんな中、青い板がある場所に一期一振が現れた。一期は辺りを見渡しながら、青い板の間を行ったり来たりする。そしていきなり立ち止まったかと思えば、腰を屈めて何かを見ているようだった。加州は嫌な予感がし、一直線に階段へ向かった。


     見当たらなかった入口は、下りてきた階段の踊り場にあった。ガラス戸を開け中に入ると、奥まった場所に一期が立っていた。快晴の空を背景に、にっこりと加州に微笑みかける。
    「お久しぶりです加州殿」
    「俺あんたのところの加州清光じゃないってば」
    「わかっていますが、そう言いたくなるもんです」
    「まあね」
     加州は自分の本丸にいた一期と親しくはなかったけれど、それでも彼の顔を見ると懐かしさが込み上げた。主と二人きりの生活に満足していても、ふとした瞬間に本丸の賑やかさが恋しくなる時はある。

    「ところで何見つけたの?」
     しかし一期の返答に、ノスタルジーな感傷は一瞬で吹き飛ぶ。
    「さて、何のことですかな」
     わざとらしくとぼけてみせるのは、白を切りとおせると信じているからではなく、気づかないふりをしてやるという高慢さから。加州は拳を握り締めるが、一期はなおも作った微笑を崩さない。
    「刀剣男士5は他の刀剣男士とは仲良くできないってか」
    「私のことはかまわず、奇数の審神者を探されては?」
     何でと思いはしたが、加州の番号が割り当てられるのは七分の一(堀川は違ったので六分の一)の確率であり、驚くことではない。加州が反論しようと口を開いたところで、およしなさいと一期が止める。
    「私が実力行使に出て困るのは貴方だ」
     図星を突かれ言葉に窮する加州に、彼も自覚している勝てない理由を一期が言葉にしていく。

    「極、と呼ぶそうですな。鶴丸殿から聞きました。ですが、貴方はまだその姿に馴染んでおらず、真の実力を発揮できていない」
     一期の指摘するとおり、加州は修行にこそ出してもらったが、常に遠征要員だった。鍛結は後回しにされ、ステータスは修行から帰って来た時のまま。むしろ修行前より体が馴染んでない分、弱体化したと言っていい。
    「……」
    「道を開けてくれますな?」
     最後通告だと一期は言う。刀剣男士のプライドが一矢報いよと彼に告げるが、彼は抱えた腕に爪を食い込ませることで耐え、左に退き道を譲った。候補者リストのように道具の説明書きがあれば、一期が去った後に彼が何を手にしたのか確認できる。あの紙は机に貼りついて取れなかった。
     一期は加州を一瞥し、横を通り過ぎていく。屈辱に耐える加州だったが、そこへ魂之助の声が流れてきた。

    「離脱者の発表を行います。審神者1の五七桐が遊戯を棄権しました。五七桐の棄権に伴い、刀剣男士5の一期一振も遊戯を離脱します」

     一期の名が呼ばれ、加州は一期を見た。彼は入口の前に立っており、ガラスに彼の顔が映っているはずだが、加州からは見えなかった。一期の背を見ているうちに、彼の体はだんだんと薄れていき、カツンとタブレットが落ちる音が聞こえる。一期の首が下を向く。
    「貴方はそこまでして私を拒むのか?」
     その言葉を最後に、一期は会場から姿を消した。加州はショックのあまり、しばらくの間一期のいた場所を見つめるしかできなかったが、彼のタブレット以外に札らしき物もタブレットに重なるように落ちているのが見え、加州は札を拾いに行った。上質な紙に書かれた文字はかなり崩してあり一見絵のように見えるが、拘束と読める。

    「離脱者の発表を行います。刀剣男士3の鶴丸国永の勝利。審神者4の竜胆、敗北です」
    「もう一組発表いたします。刀剣男士4の堀川国広の勝利。審神者8の豊玉、敗北です」

     再び放送が流れた。彼は主を探しに駆け出したい衝動を堪え、四階から見た時一期がいた場所へ走る。思ったとおり、地面には道具の説明書きと思われるものがあった。

    『参加者および宝珠の位置情報を地図に反映させるアプリをダウンロードできます。「遊戯の決め事」の「八種の道具について」を選び、以下のパスワードを入力してください。』

     馴染みのない言葉だらけだが、『以下のパスワードを入力してください』と書いてあるのに、以下に当たる部分に不自然なほど広い余白があるだけで、何も書いてないのが気になった。
     何かしら工夫をすれば文字が浮かぶのかもしれないが、視線は一期のタブレットに向く。彼はまた入口に走り、一期のタブレットを拾った。電源を押せば再び画面が明るくなり、地図が映った。
     加州の地図と一見変わらないように見えるが、青い点が一つ、彼が今いる場所に点灯していた。指で払い他の階を出せば、今度は青だけでなく赤い点も現れる。
     青と赤の点は全部で九個あった。一階から順に青い点が三つ、二階が青が一つ赤が二つ。青い点と赤い点の一つは横に並んでいる。三階は加州がいる場所に青い点が一つだけで、四階の北西に赤い点が二つあり、それが北東の階段へと進んでいる。


     彼がショックを受けたのは一期の離脱ではなく、棄権を選ぶ審神者の存在だった。彼の常識に照らせば、誰も棄権など選ばないと高を括っていた。けれど一期の審神者は、そんな当たり前すらわからなくなるほど追い詰められた。
     赤の鞘が綺麗だったからと彼を選んだ主。顕現されたその時から、綺麗で華やかなこの人に愛されたいと願った。
    「(主に限って棄権なんてありえない)」
     そう、ありえないはずなのに彼の中で不安はどんどん大きくなっていく。そのため地図上の点が十ではなく九しかないことにまで考えが至らず、彼は審神者に会うため北東の階段へ向け走った。
     階段の踊り場に着いた時にちょうど二人の審神者が四階から下りてきて、彼の強張っていた顔は自然と綻んだ。一方の彼の主は彼を見て逃げようとしたが、隣にいた白子の少年が彼女の手を掴み阻止する。
    「何すんのよ!」
     金切り声を上げ、彼女は手を振り払おうとしたが、今度は痛いと叫ぶ。
    「やめろ」
     声に怒りが滲むが、少年は平然としており、守りたかった主の方が怯えてしまう。加州はクールダウンするため、大きく深呼吸し、もう一度審神者たちに向き合った。

    「主の手を放せ」
    「お前が加州清光か」
    「は? 何素人みたいな質問してんの? いいから放せ」
    「この女が必要ない離脱条件なのか?」
     加州が少年の発言の主旨を理解するより前に、主が放せ! と顔を歪めて叫び、少年の手を振り払う。刀剣男士の彼にとって、審神者を捕まえるなど赤子の手をひねるより簡単であるが、従来の関係性から追いかけて体を拘束するという発想が出なかった。代わりに彼女の真名を叫ぶ。
    「『せいりん』、待って!」
     秘密遊戯の候補者リストに書かれた彼女の名前は『星凛』だった。読み方がわからず、名前とは思えない名前を呼ぶと、彼女の足は止まった。しかしそれは一瞬のことで、彼女は今まで以上の速さで階段を駆け上がっていった。
     主の姿が見えなくなってようやく加州は冷静になり、主を追いかけるため階段を上ったが、少年の横を通り過ぎた時、少年が言う。
    「俺は審神者7だ」
     加州が振り返ると、少年は上の段にいる加州へタブレットを持った手を伸ばす。後ろ髪を引かれる思いだったが、階段を下り少年からタブレットを受け取ると、既に離脱条件一覧が開かれている状態だった。



    ≪離脱条件一覧≫

    審神者1:五七桐 【引き分け】
    離脱条件 政府の用意した8種の道具を全て破壊する

    鬼札:???
    離脱条件 刀剣男士を1口刀解する

    審神者3:茶坊主
    離脱条件 24時間以上誰とも遭遇しない

    審神者4:竜胆 【敗北】
    離脱条件 審神者が4名以上遊戯に勝利する

    審神者5:播磨 【敗北】
    離脱条件 遊戯開始から328分が経過する

    審神者6:爪紅
    離脱条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する

    審神者7:眉月
    離脱条件 刀剣男士陣営全ての離脱条件の所持者を特定する

    審神者8:豊玉 【敗北】
    離脱条件 25時間以上嘘を吐かない


    刀剣男士1:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者の真名を把握する

    刀剣男士2:明石国行 【勝利】
    離脱条件 遊戯開始後、6名以上の参加者と遭遇する

    刀剣男士3:鶴丸国永 【勝利】
    離脱条件 自分が神隠しした審神者が神隠しに合意する

    刀剣男士4:堀川国広 【勝利】
    離脱条件 刀剣男士1、3、5、7のうち、1名以上が遊戯に勝利する

    刀剣男士5:一期一振 【引き分け】
    離脱条件 2回以上、離脱条件が変更される

    刀剣男士6:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者と30分以上同じ部屋に留まる

    刀剣男士7:???
    離脱条件 審神者1、3、5、7のうち1名以上と、2時間行動を共にする

    刀剣男士8:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に1時間半いる


    「誰に隠された?」
    「見りゃわかるだろ、三日月宗近だ」
     そんな鶴丸みたいな見た目をしておいてと言いたくなるのは、一旦置いておくとして。参加者が書き加えた文字は赤く、初期表示や自動反映された文字は黒く表示される。少年のタブレットで赤いのは審神者3の茶坊主だけであり、残りは全て黒だ。また、加州の持つ情報とも齟齬はない。
     だが気になる点はあった。候補者リストに載っていた三日月の相手は、目の前の少年ではない。豊前江が三十代の肉体年齢で顕現されていればこんな感じだろうなと思わせる、成人男性だった。
    「宗三じゃなくて?」
    「義元左文字のことか?」
    「まあそうだけど」
     発言も微妙におかしい。加州の沈黙をどう捉えたのだろうか、眉月は加州の離脱条件について自身の考えを述べた。

    「『審神者1、3、5、7のうち1名以上と、2時間行動を共にする』。あいまいな離脱条件だと思わないか? 行動を共にするとはなんだ? 俺が二時間お前の隣に並んで歩いたとして、本当にそれは行動を共にしたと言えるのか? たまたま隣にいたと判定される恐れは?」
    「何が言いたいわけ?」
    「同じ動作をするのではなく、同じ目的に基づき動くことが求められると言ってんだ。三日月を気にしてるのか? あんなクソジジイ放っとけ。あいつは協力するふりして寝首掻くタイプだぞ」
    「へえ~、主従そろってそっくりじゃん」
     奇数の審神者の申し出を素直に受け入れられないのは、偏に彼の主を──爪紅を──眉月が傷つけたからだ。爪紅は気の強い女性だが、一方でとても繊細である。眉月に裏切られたとわかった時、一瞬ではあるが、彼女は酷く傷ついた表情を見せた。彼女の心情を思うと、到底許せなかった。

     加州の怒りは確実に眉月に伝わったはずだが、彼の様子は変わらず淡々と話し続ける。
    「選り好みしている場合か? 審神者3は刀剣男士に協力するくらいなら舌噛んで死ぬぞ。それに俺もあんたの返答次第では、あんたでなく鬼札の刀剣男士を選ぶ」
    「鬼札の刀剣男士じゃなくて俺に話を持ちかけた理由は?」
    「お前に先に会ったから。今まで三日月を気にして動けなかった分、護衛をつけて自由に動きたい。俺が鬼札の刀剣男士に寝返るのを危惧してるなら、あんたが鬼札の刀剣男士と交渉しろ。俺の思ってるやつならあんたが勝つまで待つだろうし、俺はあんたが交渉を有利に進めるためのネタを持っている」
    「ネタって?」
    「その前に決めろ。俺を選ぶのか、茶坊主を選ぶのか。話はそれからだ」
     先延ばしするのもここまでのようだ。加州は心の中で主に謝る。主に酷い仕打ちをした男など、本当は切り捨ててやりたいが、彼は主のため遊戯に勝たねばならなかった。

    「見つけたぞ主」

     加州が言ったのではない。もちろん眉月でもなく、廊下の向こうに三日月宗近が立っていた。


     三日月がいたのは、加州が宗三の奇襲に遭った場所だ。三日月の体勢が変わった瞬間、彼は叫んだ。
    「逃げるよ!」
     加州は眉月を俵担ぎにし、階段を駆け下りた。眉月の頭を背の方に向けて担いだのは、彼に実況役をさせるためで、眉月は追ってきてるぞと三日月の様子を加州に伝える。
     逃げながら彼は最善手を模索した。三日月を倒すのは無理だ、宗三や一期の時より勝てる気がしない。いっそ眉月を引き渡して、自分が勝利するまで待ってもらう作戦に傾きかけたが、眉月の言った寝首を搔くタイプというのが妙に信憑性があった。話し合いは最終手段とし、加州は眉月と二時間逃げ切る道を選んだ。
     一階に着き、加州は真っすぐ伸びる廊下を駆け抜けた。堀川と外の様子を見に行く時使った玄関(結局結界に阻まれ遠くへは行けなかった)を通りすぎると、それとはまた別の出入り口が見える。お偉いさんが使う専用の扉、現世に詳しくない彼でも場の雰囲気からそんな感想を抱いた。
    「何してるんだ、追いつかれるぞ!」
    「やだもう練度差のせい!?」
    「お前打刀だろ! 長谷部はもっと速かったぞ!」
    「文句言うならお前が走れ!」

     加州は扉を潜らずに角を曲がり、大きな剣術道場のような場所へ繋がる道を進んだ。一度来たことがあるので、道場内の様子はわかっている。中に入ったらすぐに曲がり、螺旋階段で二階へ上がって、それから……。頭に地図を浮かべ逃走経路を考えるが、全速力で走っているので、考えが上手くまとまらなかった。

     ──え? 刀装作るの? 信じられな~い。

     堀川が刀装を作ると言った時の自分を思い出し、加州は心底後悔した。刀装の使い道は審神者に使うだけとは限らなかったのだ。
    「勝ちたかったら死ぬ気で走れ!」
    「わかってる!」
     眉月が声を張り上げるので、加州も釣られて大声を出す。加州は眉月に聞かずとも、音で三日月の接近を把握していた。ただ三日月は一気に距離を詰めてきながら、それ以上は近づいてこない。
    「(性格悪すぎるだろクソじじい)」
     三日月が本気になれば、修行から帰還後鍛結されていない加州に追いつくのは容易なはずだ。あえて一定の間隔を保ったまま追って来ているのは、刀剣男士8『自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に1時間半いる』の戯れだと考えていいだろう。

     螺旋階段を駆け上がって元の建屋に戻り、中庭が見える廊下を走っていると、また階段が見えた。今度は階段を上がったが、四階には行かず三階で止まる。ロの字型になっている一階から三階までと違い、四階は一方通行だ。階段を使うチャンスを逃がせば、刀装用の祭壇があった庭園で追い詰められる。
    「(あそこはフェンスがある上に、フェンスの外も結界が……)」
     そこまで考えたところで、加州はにやりと笑った。散々彼を馬鹿にした性格の悪い主従に、意趣返しする計画が浮かんだのだ。
     三階に着くと廊下を進んだ先で左に曲がり、階の北側にある階段へ向かう。ただし、階段を使うためではなく、青い板の並ぶ屋上へ行くためだ。
    「おい!」
     地図を頭に叩き込んでいるのだろう、眉月が加州の背を叩いた。対して加州はこう返す。
    「しっかり掴まってなよ!」
     四階の屋上庭園と違い、青い板のある屋上を囲っているのは腰壁だ。さらに会場の中央にあるので、屋上のように結界は張られていない。加州は眉月を抱えたまま、中庭に向かい飛び降りた。

     石畳の中庭に着地した拍子に、加州は眉月を抱え直した。今度は眉月の頭を腹の方に向ける。ふてぶてしい少年も、三階から飛び降りた衝撃に呆然としていて、少しばかり胸がすいた。
     ただし三日月が後を追って飛び降りたのもわかっていたので、彼はすぐさま二つの道具を渡した。必要最低限の情報を小声で眉月に伝える。
    「一期が持ってた政府の道具。地図で参加者と宝珠の位置情報、札の方は用途不明」
     丁寧に説明しなかったのは、三日月に聞かれては困るのと説明に振る余力がなかったから。それに眉月なら理解できるはずだと判断したのも大きい。主にした仕打ちを許せはしないが、眉月と勝利を目指すと決めた以上、私情は捨て客観的な視点で少年を評価した。
     眉月は札を握り締め、もう片方の手でタブレットを操作する。彼が『刀、青』とつぶやくので加州は『OK』と二文字で返す。次は『審神者、赤』と来ると思っていたが、眉月は違うことを言った。
    「鬼札がいない」
     発言の意味を聞き返すが、眉月は何事もなかったかのように『審神者、赤』と言う。加州は『OK』と返したが、『鬼札の名は?』とのつぶやきには『知らない』と答えておいた。


     私が顕現した彼は、至って普通の『燭台切光忠』だった。身だしなみに人一倍気を遣い、面倒見が良く、主に対し保護者のように振る舞う。そう、彼は保護者だった。私を女としては見ていなかった。一度簪をもらったことがあるけれど、それは彼が燭台切光忠であるからで、注意すれば二度としなかった。
    「運が悪かったな」
    「そんなことないさ。リフレッシュしてきて」
     不在の間の指揮を託したのは、たまたまその週の近時が彼だったからにすぎない。お父様の言いつけを守り、特別な刀を作らないよう努めてきた。彼とは長い付き合いだったが、個人的な話をしたことはなかった。
     けれどあの時は、全て打ち明けて楽になりたい誘惑にかられた。簪の記憶が頭をかすめて、彼ならば受け止めてくれると、踏み止まれなかった。
    「退任するのは、結婚するからなんだ」
     驚いただろうにそんなことはおくびにも出さず、おめでとうと微笑んだ。彼はそういう人だった。

     私は未だ旧態依然とした価値観が残る家に生まれた。待望の第一子であっても女には価値はなく、お父様は私に一切関心を示さなかった。
     男の子になればお父様から愛してもらえると思った。長い髪もかわいいスカートも、お父様の興味が引けるなら惜しくはなかった。男のふりをする私を、お父様は女にしては上等だとほめてくれ、跡継ぎとして認めてくれた。
     だが所詮私はまがい物だ。家の外でできた弟には勝てなかった。お父様は私に家同士を繋ぐ女になることを求めた。
    「相手の女性はどんな人?」
    「何で女が女と結婚するんだ。男だよ。どんなやつかは知らない」
    「……永遠に女を清算したんじゃなかったのかい?」
    「ああ、そんなことも言ったな。永遠に女を清算したつもりでいたのは、僕だけだったらしい。滑稽だろう?」
     自分の愚かさに乾いた笑いが漏れた。弟が生まれた年と私が審神者になった年は同じだ。跡取りとしての箔をつけるためと言い私を体よく追い出して、裏では弟を嫡子として迎える準備を進めていたのだろう。

     辛かったねと、彼ならそう言ってくれると思ったし、それで十分だった。けれど、気づけば抱き締められていた。私が考えていた以上に彼が深刻に捉えたのだと知り、自分の発言を悔いる。私は平然を装い、燭台切の肩を叩いた。
    「嫌な話に付き合わせたな。僕なら平気さ、心配しないでくれ」
    「……せない」
    「何だ?」
     語尾しか聞き取れず、聞き返せば行かせないと言われた。
    「君を傷つける場所になんて行かせない」
     ようやく解放されたと思ったのも束の間、燭台切にキスされていた。刀剣男士と性的関係を結べば、制御していた力のギャップが外れ、主従関係が逆転する。急いで引き離そうとするが力で勝てるはずもなく、もがく手はいつしか彼の腕に添えられるだけになっていた。

     燭台切が何を思いそうしたのかはわからないが、彼は私を自分の神域には連れて行かず、本丸の一室に監禁した。でもあそこは燭台切の神域だったと言っていい。結界が張られて部屋から出ることは叶わず、彼以外に部屋を訪れる者もなく。
     私の体も三週間で大きく変容した。少年のような薄い体でいたかったのに、体は女特有の丸みを帯び、短かった髪も胸の辺りまで伸びた。
     かわいいと言って、髪に触られるのが嫌だった。黒い革の手袋をはめた手が、その流れで私の首に触れる。それだけでもう駄目だった。触れられた箇所から、理性がぐずぐずに溶けていく。
    「初めての時は仕方がなかったけど、君が望まない限りもうしないよ。けど君が望むのなら、僕は何だってしてあげる」
     彼の言うとおり、初めの時以外は私が乞わない限り、燭台切は私に手を出さなかった。だが、無理やり抱いてくれた方が、自分の浅ましさを知らずにすんだ。

     ──…………った。

    「だ……しい」
    「なあに?」
    「だいて、ほしい」
     希望を言えば、口付けが待っている。気持ち良かった。何故唇が触れるだけで、あれほど気持ちがいいのだろうか。でも求めている快感には程遠く、唇が離れた合間にもっととねだろうとすれば、その前に燭台切がキスを深くし、私の言葉を封じる。

     最初の一言さえ言えば、後は何も言わなくても私の望むとおりにしてくれた。革の手袋をはめた手が私の体の線をなぞっていく。

     ──…………かった。

     あの手に触れられるだけで、自分の欲が下着を濡らし、彼を受け入れたいと疼いていた。ベルの音でよだれを垂らす犬と、私は何ら変わらなかった。

     ──……私はずっと…………。

     何だろう、さっきから変な声が聞こえてくる。とても耳障りだ。だから僕は変な声が聞こえないよう事実を口にする。
    「僕は自分を監禁した男に抱かれて喜ぶ浅ましい人間だ」

     ──…………手が……。

    「自分から足を開いて、嬌声を上げて。燭台切に無理やり言わされたんじゃない。いつだって僕は物欲しそうな顔をして燭台切を見ていたんだ。だってそうじゃないか。そうじゃないとあんなに風にはならない。初めての時から気持ちが良かった。何をされても、ずっと、痛かったことも気持ち悪かったことも一度もなくて、ずっと気持ち良くて、ずっと、もっともっとって思っていて……!」
     息を大きく吸い、続きの言葉を吐く。

    「私はずっと、あの手袋をはめた手が怖かった!」

     ああ、もう無理だ。無理。気づいてしまった。快楽を感じていたのは本当。でも私は、あの手に触れられるのが怖かった。


     暴行を受け薄れていた意識が、恐怖で覚醒する。暗く狭い部屋は、体を這う男の手を否応なしに思い出させる。縄で縛られ拘束された体は、あの日のように何の抵抗もできない。
    「やめて、怖い、怖い! 怖いの!」
     長年押し込めていた感情が引っ張り出された反動は大きく、怖いと泣きながら叫び続ける。
    「宗三」
     無意識のうちに彼を呼んでいた。燭台切の檻から逃げるチャンスをくれた刀。一度彼の名を口にすると止まらなくなり、閉められた扉に向かって助けを乞う。
    「宗三、宗三、宗三……」
     彼は言った。そこから出てどうするのかと。燭台切の鳥籠を出たところで、貴方に待っているのはそこより少し大きな鳥籠だと。それでもそこから出たいのかと聞かれ、長船は自分が世界だと信じていたものは、単なる鳥籠だったのだと気づかされる。

     ──出られる外があるとは、思ってもみなかったな。
     ──は?

     いつも気だるげな雰囲気をまとい、斜めに構えた彼が面食らった顔をするのでおかしかった。長船は言った。自分が鳥だとして、燭台切の鳥籠にいたままでは風切羽を切られてしまう。けれど、そこより少し大きな鳥籠は、頑丈な鍵はかかっていても羽根を切られることはない。足掻き続ければいつかは出られるかもしれない。

     ──鳥籠の外が良いものだとは限りませんよ。
     ──そういう発言は、鳥籠の外に出た者がするんだろう。
     ──……。
     ──ははっ、ごめん。

     きつくにらまれたというのに、怖いとは思わなかった。むしろ気分は清々しかった。
    「宗三左文字!」
     数多くいた刀の一つ、お世辞にも親しいとは言えない間柄だった。けれど、何故かいつも彼のことを思い出す。

     ──元の鳥籠に戻ったら、足掻いてみるよ。だから、……。

    「助けて!! 私はここだ!」
     まるで彼女の呼びかけに応えるように、ガチャリと扉の開く音がした。扉の隙間から光が差し込み、部屋を訪れた人物の姿が浮かび上がる。その姿を見て、彼女の目からほろりと涙が零れた。

     扉を開けたのは宗三ではなかった。当たり前だと、長船は自分に言い聞かせる。ここは神隠しされた審神者と刀剣男士が戦う秘密遊戯の会場であり、彼がいるはずがない。そもそも、宗三が彼女を助けたのは単なる偶然だった。燭台切の結界が緩んだ日に、監禁されている部屋の前をたまたま宗三が通ったにすぎなかった。
    「一体、何が……」
     へし切長谷部は目の前の光景を理解できずにいるようだった。しかし頭の回転が速い彼は、すぐに一つの結論に達する。
    「お前、鬼札か」
     長谷部の問いに、長船は素直に頷いた。もう痛いのも怖いのも嫌だった。しかし長谷部は彼らしくもなく、固まったまま動かない。暴行を受け弱りきった女を憐れんでいるのかと思いきや、彼が放った言葉は辛辣だった。
    「泣いてどうにかなると思ってるのか。勝ちたいなら動け」
     キラリと何か光る物が見え、長谷部が刀を抜いたのだと認識した時には、彼女の太腿の上に切れた赤縄が落ちていた。

     長船は後ろに回されていた手を体の前に持っていき、じっと手のひらを見つめた。自由になった手を見てもどこか信じられずにいたが、血が再び体に流れ出すのを感じた。
    「僕をどうする気だ?」
     彼女からすれば当然の質問であったが、長谷部はどうもしないと即答する。彼女が頭上の長谷部を見上げると、彼は嫌そうに眉をひそめた。
    「俺は主が望まれることをしただけだ」
    「主が、望む?」
    「主を侮辱するならその首、ないものと思え」
     彼女の言葉に含まれた微妙なニュアンスを感じ取り、長谷部の目が鋭くなる。刀は未だ鞘に納められておらず、長船は口をつぐんだ。

     長谷部は刀を納めると、ハンカチを彼女に差し出した。長船は折り目がきっちりとついたハンカチを見つめていたが、長谷部は舌打ちをし、彼女の膝の上にハンカチを落とす。
    「それを濡らして顔を冷やせ。そのみっともない顔で俺の主に会うのは許さん」
    「君は一体、何が目的だ?」
    「うるさい。だから俺は……」
     苛立った雰囲気は若干和らいだが、唐突かつ不自然な間に、長船の体に力が入った。燭台切に差し出す、もっと人目のつかない場所に閉じ込める、彼の主の離脱条件について聞かれる。考えられる限りの展開を頭の中に浮かべるが、長谷部の問いはそのどれとも違っていた。
    「審神者は、合意なき刀解ができるのか?」
    「できるわけないだろ」
     答えた後になって安易な対応だったと後悔するが、長谷部は彼女の答えを聞くと無言のまま部屋を後にし、戻ってくることはなかった。

     解放されたものの、会場内の探索を再開しようという気にはなれなかった。少年に蹴られた腹部が傷んで真っすぐ立つことも難しかったし、何より何をすればいいのかがわからなかった。ただ、いつまでも監禁された場所にいるのは嫌だったので、彼女は小講堂から出た。
     小講堂を出ると、斜め前にトイレのマークを見つける。少しばかり躊躇したが、彼女はもらったハンカチで顔を冷やすことにした。目と鼻の先にあるトイレに行くだけで、脂汗が浮かぶ有様だったがどうにか手洗い場に着き、彼女は蛇口の下にハンカチをかざす。
     しかし、いくら待っても水が出てこない。彼女は四階の理科室とトイレでの出来事を思い出し、濡れないハンカチを見てつぶやいた。
    「知らなかったんだろうな」
     その後鏡を見たのは自然な流れだった。むしろ、それまで壁の上半分に設置された大型鏡が、目に入らなかったのがおかしかったと言える。
     まずは鏡に映った自分の顔を見て驚いた。女性に叩かれた左頬が、赤黒く腫れていた。それに目の周りも涙が乾いてこびりつき、白く汚れている。驚いた後は、長谷部がみっともないと評するのもわかる気がすると、他人事のように思った。
     それから顔だけでなく服まで酷かったので、乾いた笑いが漏れた。狩衣についた縄の跡と腹部を中心についた黒い汚れ。最後に彼女は洗面台に手を突き……。


     二階と四階だけ水道が使えないと考えるより、会場内の水道は全て止められていると考えた方が自然だろう。彼女は四階の屋上庭園へ行くことにした。屋上庭園には刀装用の祭壇の近くに、冷却水を溜めた水桶があった。
     時間が過ぎるのをただ待つのは辛いからであったが、体は彼女が思う以上にダメージを受けていた。壁に手を伝いながら進むが吐き気が悪化し、三階で一旦休憩を取る必要があった。
     長船が身を隠すため入った部屋は、部室のようだった。望遠鏡の他に展示がどれも星空に関するものだったので、天文部かもしれない。部屋には黒板もあり、右下隅にチョークで何か書かれていた。長船は初め、部活関係の連絡事項かと思い読んでいたが、途中で遊戯の参加者からのメッセージだと気づく。

    『君が最初にいた場所に ここの道具を隠しとくよ  五七桐』

     五七桐の名には覚えがあった。監禁されている間に離脱した三人の審神者のうちの一人だ。窓側の机を見てとも書いてあったので窓際に行き確かめれば、政府の道具に関する説明書が貼ってあった。
    「(五七桐の離脱条件は、政府の道具の破壊だったはず)」
     自分の勝利を捨ててまで、助けたい人がいたのだろうか。人間の善性を突きつけられ、長船はその場に座り込んだ。トイレの鏡で自分の姿を見た時、彼女は洗面台に手を突き、あの二人を思い浮かべて……。

    「あんな人たち負ければいい……そっくりそのまま、あなたに返すわ」

     長船の横に、播磨が立っていた。座っている彼女の目の高さに、播磨の指がなくなった丸い手がある。
    「あなたは私を見捨てた。あなたにあの二人を責める権利がある?」
    「……」
    「誰もあなたを助けない。だってあなたは私を助けなかった! 自分のことしか考えてなかった!」
    「……」
    「あなたに現世に帰る資格なんてない」
    「……」
     何も答えられずにいると、播磨は姿を消した。長船は床に肘をつき、そのまま体を丸めて蹲る。涙は出なかったが、再び立ち上がるまでには時間がかかった。

     長船は途中休みながらも三十分ほどかけ、屋上庭園にたどり着いた。庭園と校舎を区切るガラス戸を開けると、美しい花々が彼女を出迎える。最初に屋上庭園を訪れた時──播磨から逃げてきた時──には気づかなかった。
     しかし今の彼女に花を愛でる余裕はなく、祭壇近くに置かれた水桶へ一直線に向かうと、水桶にハンカチを落とす。絞ることすら億劫で、水が滴るハンカチをそのまま顔に当てた。
     ハンカチが触れた瞬間は痛かったが、痛みが和らいでいく気がした。視線の置き場がなく、しばらくは桶の水面を眺めていたが、ふと冷却水に含まれる神気が気になった。だが、今更だった。
    「(僕は無駄なことばかりしてたな)」
     あれほど気をつけて刀剣男士と接していたのに神隠しされ、父の愛情を得るため男のふりをしたのも何の意味もなかった。
    「(現世に帰ったところで……)」
     温くなったハンカチを再度冷やそうと、冷却水に浸した時だ。辺りが急に明るくなり、彼女が顔を上げると、宝珠が光を放ちながら宙に浮かんでいた。

     彼女は立ち上がり、宝珠に向かい手を伸ばす。すると宝珠は自ら彼女の手の上に降りてきて、彼女に選択を迫った。
    「宝珠を使用しますか?」
    「……」
    「離脱条件の変更、もしくは遊戯の棄権が選べます」
    「……離脱条件の変更はしない」
     離脱条件を変更すれば、今以上に難易度が上がる。それにどう足掻いても、長船が鬼札であることは覆らない。
    「では、遊戯を棄権しますか?」
     宝珠から魂之助の声がし、長船ははいと答えた先の未来を想像した。自身の完全なる消滅に対する恐怖はあったが、恐怖を補うほど魅力的に思えた。燭台切からも、父からも、醜い自分からも。全てから解放されたかった。

     ──元の鳥籠に戻ったら、足掻いてみるよ。だから、私に力を貸してくれ。

     開きかけた口を閉じる。
    「もう一度お聞きします。宝珠を使用しますか?」
     再び問いかけられると、気持ちは簡単に揺らいだ。さらに彼女の決意をあざ笑うかのように、開いたままにしていたガラス戸の向こうから、緊迫した声と屋上庭園へ走ってくる音が聞こえてくる。


     燭台切かもしれないと思うと、体が震えた。それでも彼女は叫んだ。
    「僕は棄権しない!」
    「宝珠は俺が使う! 離脱条件の変更だ!」
     先に声が聞こえ、参加者が屋上庭園に駆け込んでくる。加州と加州に担がれたアルビノの少年で、少年といた女性の姿はなかった。二人からワンテンポ遅れて、三日月宗近もやって来た。
     加州は祭壇の近くで少年を下すと、二人の審神者の前に立ち、刀を構える。加州の背で三日月の姿は隠れてしまったが、それでも視界の端に太刀が抜かれるのが見えた。
    「確認します。離脱条件の変更でよろしいのですね?」
    「二度も言わせるな、離脱条件の変更だ。俺は勝って現世へ行く!」
     少年の儚げな見た目に反した荒々しい宣言だった。長船の手から少年の手に移った宝珠が、彼の手の上で砕け散る。長船は目をつぶったが、少しして薄っすらと目を開けた時に、スピーカーから魂之助がした。

    「離脱条件変更の発表を行います。審神者7の眉月が離脱条件を変更しました。眉月の変更に伴い、刀剣男士8の三日月宗近の離脱条件も変更されます」

    「やっぱりそうだったか。なあ、今の気分はどうだ? 刀剣男士8のクソジジイ」
     少年の挑発的な物言いに、三日月は鷹揚に笑う。
    「なあに、主が手に入るのならこの程度かまわんさ」
     世間話をするような軽い調子で話しているのに、周りの温度が一気に下がったように感じたのは、長船だけではない。背中越しにも、加州が追い詰められているのはわかった。加州の後ろには審神者の二人、さらに二人の後ろには高いフェンスが張り巡らされている。
     そんな中、審神者7の眉月だと判明した少年が、長船の前に手を伸ばす。横から伸びてきた手に身構えるが、彼が指に挟んでいる物を見て目を見開く。眉月が持っていたのは、一期に奪われた拘束札だった。
    「これはどう使う?」
     驚きによる沈黙は肯定とみなされ、少年が視線だけ長船に向ける。
    「言え。言わないと殺すぞ」
    「ストップ、ストップ! 女の子相手に物騒な言葉使わないの!」
     加州は彼の人間性を把握しているようで、単なる脅しではないと察し、待ったをかける。しかし彼も長船の味方ではなかった。三日月から目は離さぬまま、長船の真名に呼びかけた。

    「――、知ってたら眉月に耳打ちして」
     視界の端で三日月が動くのが見えた。けれど彼女は逃げることもできず、真名に命じられた内容のとおり行動する。彼女は眉月の耳に顔を近づけ、貼り紙に書かれた説明文を読み上げる。加州が低いうめき声を上げたのと、眉月が長船の体を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。
    「三日月宗近の動きを封じろ!」
     地面に倒れ実際の光景は見えなかったが、明石の時と同じことが起きたのだろう。首を横に向けると、三日月が離れた場所に立っていた。危険を察知して後方に退いたようだが、やはり札から逃げられず、不自然な体勢のまま微動だにしない。
    「大丈夫?」
     赤い爪の手が伸びてきて、彼女を抱き起こす。加州の体に怪我らしい怪我は見当たらなかった。
    「って、全然大丈夫じゃない! うわ、その顔どうしたの? 痛そ~。ってお前か眉月!」
    「顔をやったのはあんたの主だ」
    「ごめんね~、主ってめちゃくちゃ美人だけど小動物的なかわいさもあって。自分を守るために、追い詰められて攻撃したんだと思うんだ」
     加州のころころと変わる表情に、長船は呆気に取られる。だが、眉月は慣れているようで(もしくは一切興味がないのか)、顎をしゃくり、三日月を見るように指図する。

    「あのジジイ、札が飛んでくる前にタブレット切りやがった」
    「さすが三日月! ありがと、おかげで俺勝てそう」
     語尾にハートマークがついていそうな言い方だった。加州は長船を座らせると、彼女の肩から手を離す。そして長船と目が合うとにっこりと微笑んでみせた。場違いな笑みの理由を、彼女はすぐに理解することになる。

    「離脱者の発表を行います。刀剣男士7の加州清光の勝利。審神者6の爪紅、敗北です」

     離脱放送が流れ、彼女は息をのんだ。今までの情報から推測するに、加州の主は小講堂で長船の頬を叩いた女性だ。彼女へ抱いた強い怒りは未だ残っているけれど、それでも罪悪感は打ち消せなかった。
     自分が負けなかったから、負けてしまえと彼女を呪ったから……。口を押えうつむいていると、頭上から加州の声がした。
    「お前が主にしたこと、俺は絶対許さない」
     気づかぬ間に加州は立ち上がり、眉月と対峙していた。二人は協力関係にあったはずだが、空気は緊迫している。加州の体は徐々に透明になっていくが、それでも視線に込められた敵意は薄まらない。
     眉月は加州の鋭い視線を動じることなく受け止めていたが、フッと笑った。人を小馬鹿にした時の笑みではない。年相応の少年らしさが含まれていた。
    「呪いたきゃ呪え。それも鳥籠の外に出た者の特権だ」
     眉月の視界に長船はいない。だが彼女は自分に言われているように感じた。




    ≪離脱条件一覧≫

    審神者1:五七桐 【引き分け】
    離脱条件(易)政府の用意した8種の道具のうち、2つ以上を使用する
    離脱条件(難)政府の用意した8種の道具を全て破壊する

    鬼札(審神者2):長船
    離脱条件 刀剣男士を1口刀解する

    審神者3:茶坊主
    離脱条件(易)5時間以上他の参加者と遭遇しない
    離脱条件(難)24時間以上誰とも遭遇しない

    審神者4:竜胆 【敗北】
    離脱条件(易)審神者が1名以上遊戯に勝利する
    離脱条件(難)審神者が4名以上遊戯に勝利する

    審神者5:播磨 【敗北】
    離脱条件 遊戯開始から328分が経過する

    審神者6:爪紅 【敗北】
    離脱条件(易)遊戯の勝者が2名以上になる
    離脱条件(難)審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する

    審神者7:眉月
    離脱条件(易)7つ以上の離脱条件の所持者を特定する
    離脱条件(難)刀剣男士陣営全ての離脱条件の所持者を特定する
    離脱条件(極)???

    審神者8:豊玉 【敗北】
    離脱条件(易)5時間以上嘘を吐かない。ただし、真偽は審神者の認識に基づく
    離脱条件(難)25時間以上嘘を吐かない


    刀剣男士1:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者の真名を把握する

    刀剣男士2:明石国行 【勝利】
    離脱条件 遊戯開始後、6名以上の参加者と遭遇する

    刀剣男士3:鶴丸国永 【勝利】
    離脱条件 自分が神隠しした審神者が神隠しに合意する

    刀剣男士4:堀川国広 【勝利】
    離脱条件 刀剣男士1、3、5、7のうち、1名以上が遊戯に勝利する

    刀剣男士5:一期一振 【引き分け】
    離脱条件 2回以上、離脱条件が変更される

    刀剣男士6:???
    離脱条件 自分が神隠しした審神者と30分以上同じ部屋に留まる

    刀剣男士7:加州清光 【勝利】
    離脱条件 審神者1、3、5、7のうち1名以上と、2時間行動を共にする

    刀剣男士8:三日月宗近
    離脱条件(易)自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に1時間半いる
    離脱条件(難)???


    ≪道具一覧≫
    道具1:宗三左文字
    道具2:秘密遊戯の候補者リスト
    道具3:位置情報アプリ
    道具4:拘束札×3
    道具5:???
    道具6:刀装用祭壇
    道具7:???
    道具8:とある打刀の赤縄



    第五章:再会
    「どこよ、どこにいんのよ!?」
     爪紅は燭台切を探していた。狩衣の女に吐かせた鬼札の対となる刀剣男士、彼女が遊戯に勝つには燭台切を頼るしかなかった。
     彼女は今、圧倒的に不利な状況にある。眉月が彼女を裏切り加州と手を組んだだけでなく、加州は彼女の真名を知っていた。『星凛(あかり)』が読めなかったおかげで難を逃れたが、眉月が読みを教えることは十分考えられた。
     加州が刀剣男士1ならばその時点でアウト、刀剣男士6と8の場合は次に鉢合わせた時に真名で縛られる。残った刀剣男士7でも駄目だ。眉月は審神者7であり、二時間後に爪紅は負ける。
    「(こんな所じゃなければ、あんなガキ相手にしなかった! 私は……私は……もっと!)」
     自分を裏切った少年に対し殺意にも似た怒りを覚える一方、逃げるしかできなかった自分自身にも腹が立った。爪紅は手入れを欠かさなかった唇を思い切り噛んだ。

     彼女の母親は、男にだらしのない女だった。若い男に入れ込んでは捨てられ、また別の若い男を見つけて夢中になる。稼いだ金は全て男に貢ぎ、爪紅は幼少期から貧しい生活を強いられた。
     当然満足な教育を受けられるはずがなく、やせ細っていたので運動も人並み以下。そんな彼女が唯一誇れたのは、父親譲りの類まれなる美貌だった。彼女は父親と会ったことはないけれど、優れた容姿を授けてくれた点に関してだけは感謝している。おかげでその美貌の利用価値を正しく理解してからは、衣食住に困らなくなった。
     彼女が審神者という高級取りになれたのも、才能ではなく美貌によってだった。爪紅には審神者になれるほどの霊力はなかったが、高校時代の『パパ』の一人が審神者局の官僚だったので、彼に口を利いてもらい審神者になった。

     審神者になってからも、彼女は自分の美貌を大いに利用した。資源のやり繰りに困れば、審神者局の役人に近づき資源を横流しさせ、また別の役人に色目を使っては、解体された本丸から優先的にレア刀剣を融通させた。
     悪い噂はすぐに広がるもので、彼女がレア刀剣を引き連れて演練に出れば、あからさまな敵意をぶつけられた。だが、爪紅は気にしなかった。むしろ、その視線が快感だった。口では何と言っても、皆が自分を羨んでいる。底辺にいた自分が、ついに見上げられる立場になったのだと、当時の彼女は有頂天になっていた。
     だがレア刀剣を融通させた男とホテルに泊まったのをきっかけに、彼女は気づいてしまう。
     ベッドで煙草をふかしていた男が、彼女の出自について聞いた。彼女は田舎の地主の娘だと返した。田舎が嫌になって家出をし、それ以来親とは会っていないと男たちには説明していた。だが男は作り話はいいと下卑た笑みを浮かべる。
    「育ちって、ちょっとした仕草に出るんだよ」
     お嬢様よりお前くらいの方が気楽でいいぜと、男はフォローになっていないフォローを入れたが、爪紅はそれでも自分は名家の出身だと主張し、身支度をすませると一人でホテルを出た。

     けれど彼女は本丸に帰り、男の言うことが正しかったと知る。彼女を出迎えたのは鶴丸だったが、彼は串に刺さった団子を手に現れ、しれっとした顔で光坊には黙っていてくれと頼んだ。
     全てを察した彼女は冷たい視線を送ったが、鶴丸は軽快に笑い、団子にかぶりつく。そして証拠隠滅とばかりに、袖の中にぽいっと残った串を放り込んだ。
     初めこそ呆れた気持ちで鶴丸を見ていた爪紅だが、鶴丸の一連の行動に頭を鈍器で叩かれたような衝撃を受けた。下品な行動なのに、彼の所作からは品を感じた。『育ちって、ちょっとした仕草に出るんだよ』と言った男の声が、頭の中で木霊する。
     黙り込む主を見て、鶴丸はきみの分は手を出していないと慌てて弁解したが、爪紅は部屋に逃げ込むのが精一杯だった。しかし鶴丸から逃れても、演練会場にいた審神者たちの視線が彼女に突き刺さった。

     何を得意げな顔をして。自分の品のなさを──育ちの悪さを──見せびらかしているだけではないか。

     彼らの視線は羨望や妬みではなく、嘲りだったのではないか。どこからかせせら笑う声が聞こえてきて、彼女は乱暴に壁を叩いた。

    「主、入ってもいい?」
     障子に影が差し、控えめな声がした。加州だ。時間から考えるに、遠征の報告をしに来たのだろう。八つ当たりした音を聞かれていないか気になったが、彼女は何事もなかったかのように取り繕い、加州に入るよう命じた。
     爪紅の予想どおり、加州は遠征の報告のため彼女の部屋を訪れ、遠征中の部隊の様子や持ち帰った資源について話をした。しかし彼女の頭に話はろくに入ってこず、彼の身なりや仕草ばかりが気になった。
     長期遠征からの帰りにしては、加州は身綺麗にしていた。服や髪に乱れはなく、膝の上に置かれた手の爪はきちんと塗られて剥がれていない。手入れされた爪はやはり彼の自慢なのか、時々彼女に見えるように報告書を指さした。
     加州は彼女の初期刀だが、レア刀ではないので遠征要員にしている。だから彼と接する機会は遠征の報告を受ける時くらいであり、この時初めて彼の所作が綺麗なことに気づいた。ただ、それは全て計算されたものだ。鶴丸のような自由さはない。

    「俺の顔、何かついてる?」
     加州が困ったように首を傾げる。これも自分がどうすればより良く見えるか、わかっていてやっている。彼女は何だか自分を見ているようでイライラしたが、鶴丸の時のような惨めさは感じずにすんだ。
    「明日非番?」
    「そうだよ」
    「近侍やる?」
    「やってもいいの!?」
    「嫌なら別にいいわよ」
    「やる! やる! 絶対やる!!」
     首をぶんぶん振っているが、これは素で興奮しているようだった。

     爪紅は初期刀を選ぶ時、赤い鞘が綺麗だからと彼を選んだ。だが本当は、彼と自分が似ていることを本能で感じ取っていたのかもしれない。どれだけ着飾ろうと努力しようと、彼は所詮川の下の子。彼女同様、上流階級の空気は身につかないのだ。


     爪紅はそれからも演練にはレアリティの高い刀を連れて行ったが、本丸にいる間は加州に近侍を命じるようになった。彼を見ていると苛立つことも多かったが、コンプレックスを刺激されずにすむのは楽だった。
     そうやって月日を重ね、気づけば審神者になり十年が経とうとしていた。彼女はいつものように鏡に向かい化粧をしていたのだが、右の目尻の下に汚れが付いていた。肌より僅かに茶色いそれを取ろうとしたが、指で払っても一向に取れない。
    「シミ」
     ある可能性を口にすると、心臓がドクドクとうるさく鳴り始めた。彼女はできるだけ鏡を見ないようにしてニキビ用のコンシーラーを取り出し、茶色の点が見えなくなるまで塗り重ねた。その後も化粧を続けながら、シミではないと心の中で繰り返す。最近忙しくて肌に疲れが出ただけだ、しっかり休めばそのうち消える。爪紅は必死に自分に言い聞かせた。

     その日も最近実装された面々を部隊に入れ演練に赴いたが、本丸を出た時間が遅かったのもあり、受付には既に列ができていた。彼女は仕方なく最後尾につき、順番が回ってくるのを待った。
     受付が終わった審神者は、列の横を通り演練会場へと入っていくのだが、彼女の横を巫女装束の女審神者が通る。化粧はばっちりしているがあどけなさが残り、まだ十代のように見えた。少女は爪紅と目が合うと、隣を歩いている男の腕にそっと手を添えた。
     男は爪紅がレア刀剣を融通させた男だった。気まずそうな男と勝ち誇った顔をする少女に、男からの連絡の頻度が下がった理由を爪紅は知った。
     その日の演練は内容どころか、勝敗さえよく覚えていない。男と一緒にいた少女は、爪紅により格下の女だった。顔はもちろん、体型も、所作も、全て爪紅の方が優れている。ただ一つ、『若さ』を除いて。
     自慢の美貌で成り上がってきたが、その武器が通じなくなる日が近づいていることを、彼女は初めて思い知らされた。

     演練を終え本丸に帰ると、加州が門の前で待っていた。爪紅が自分をかわいがってくれるようになったのが(彼女は全くそんなつもりはないのだが)嬉しくて仕方ないらしく、時間があればこうして門の前で彼女の帰りを待っている。
    「お帰りなさい」
     爪紅には語尾にハートが付きそうな声色を使い、残りの六振りにはお疲れと簡単にすませる。爪紅は返事をしなかったが、それでも加州は嬉しそうだった。馬鹿みたい、爪紅は内心そう思った。
    「主、何か付いてるよ」
     満面の笑みだった加州が、切れ長の目をパチパチとさせ、彼女の目元に手を伸ばした。加州が触れた先は右の目尻の下、入念にコンシーラーを塗った場所だ。その後の展開を考え爪紅の顔は引きつったが、加州はにこりと笑ってみせる。
    「取れたよ」
     加州の手が離れ、指をすり合わせてゴミを捨てる仕草をする。予想外の結果に彼女は呆気に取られ、辛うじてありがとうとだけつぶやく。どういたしましてと言う加州は、やはり笑顔を浮かべていた。

     その晩、爪紅は化粧を落とし改めて鏡を覗いたが、シミはどこにも見当たらなかった。光の加減、もしくは下地が固まってシミに見えたのか。もやもやとしたものは残ったが、彼女はただの勘違いだったとすませた。
     それ以降、シミで悩んだのが嘘のように肌の調子が良くなった。指で押すと肌が吸いついてきて、洗顔後に鏡を見るのが楽しくなった。また、調子がいいのは肌だけでなく、髪も艶やかさが増し、憧れのエンジェルリングが浮かぶようになった。
     彼女の変化に誰よりも早く気づいたのは加州だった。
    「化粧品変えた? それにシャンプーも」
    「何も変えてないわ。ほら、手を貸して。爪塗ってあげる」
     喜々として差し出された手を取り、爪紅は自分の手と見比べた。加州の手は刀を持つ人間特有のマメができていたが、若い肉体故に瑞々しさがある。けれど、彼女の手だって負けてはいない。三十に近づいたというのに、まるで少女のようだ。
    「そういえば最近政府の担当者変わった?」
    「ええ。……前のと違ってかわいいでしょ」
    「ほどほどにしときなよー」
     あの男が若い女に乗り換えたように、彼女も若い男に乗り換えた。前の男は叩き上げだったが、今度の男は政府高官の御曹司で将来有望だ。

    「主のネックレスってアクアマリン?」
     加州が話題を変えるが不自然な変え方ではなく、だから彼女も気にすることなくそうだと答えた。
    「詳しいわね」
    「まあね。ね、アクアマリンって三月の誕生石だよね。主、誕生日もう来ちゃった?」
     共に過ごすうちに加州の前では取り繕うのをやめた爪紅は、ブラシをテーブルに叩きつけた。いくら若々しく見えるといっても、年齢には大きな価値があった。
    「ババアだって言いたいわけ?」
    「俺は主のこと大好き。おばさんになったって、おばあちゃんになったって、俺は主のこと大好きだよ」
     人によっては極上の愛の言葉になりえるが、爪紅は違う。煽りにしか思えなかったが、何故か怒りより先にうす気味悪さを感じた。爪紅と視線が合うと、加州はすっと目を細め、小首を傾げる。妖しい色香に、背筋に悪寒が走った。
     危険を感じ立ち上がろうとした時には、既に彼女の体は動かなくなっていた。主とささやき、加州がテーブルに置かれた爪紅の手に、手を重ねる。赤い爪は、彼女が上機嫌で塗ってやったものだ。
    「俺は主のことちゃんとわかってるよ。主は若くて綺麗なままでいたいんだよね? だから……」



    「俺が隠してあげる」



     椅子を頭上に掲げる茶坊主を見、宗三左文字が声をかけたのが始まりだった。宗三曰く、当初はしばらく様子を観察するつもりだったが、物理でパソコンを壊そうとしているのに呆れ、つい声をかけてしまったとのことだった。
     彼は自分を政府の用意した道具の一つであると言ったが、茶坊主がその時点で把握していた刀剣男士は長谷部、明石、堀川、加州、三日月のみであり、素直に信じることはできなかった。
     二人の間を取り持ったのは、本丸の鍛錬所にもいた刀鍛冶だ。廊下から金属音がするので何かと思えば、向かいの部屋の厚い金属扉(扉の種類からして機械室など、生徒や教師が出入りしない類の部屋だったのかもしれない)がわずかに開いており、その隙間からプラカードが出たり入ったりを繰り返す。金属音は扉にプラカードが当たる音だった。
     少し落ち着きなさいとぼやきつつ、宗三が廊下に出て金属扉を限界まで開けると、刀鍛冶の全身が見え、彼は持っているプラカードを振り茶坊主にアピールをした。
    「アンタ政府の道具なのかい?」
     茶坊主がそう聞いたのは彼女の勘が冴えわたっていたからではなく、プラカードに書いてあったからだ。刀鍛冶がこくこくと何度も頷く。

    「貴方が審神者1もしくは審神者2であることを期待しているみたいですね」
     しゃべれない刀鍛冶の代わりに、宗三が刀鍛冶の思いを汲み取って伝える。二人の審神者の離脱条件を思い出し、茶坊主は刀鍛冶に駆け寄り、彼と視線を合わせるためしゃがんだ。
     審神者1の『政府の用意した8種の道具を全て破壊する』は、刀鍛冶にはかわいそうだが仕方がないとして、不可能だと思っていた審神者2、つまりは鬼札が勝利する光明が見えた気がした。
    「ここで鍛刀ができるのかい!?」
     金属扉の部屋に近づいたことで、部屋の中が鍛錬所になっていることがわかり、彼女の期待はますます高まった。しかし刀鍛冶は首を横に振る。茶坊主は刀鍛冶の肩を掴み、何でと言いながら体を揺さぶった。
     刀鍛冶は身振り手振りで理由を伝えようとするが、茶坊主にはまったく伝わらない。だが、ぴょんぴょん跳ねている刀鍛冶ではなく部屋全体を見渡したことで、彼女は鍛刀ができない理由を察した。
     資源置き場に資源が一つもないのだ。彼女は空の資材置き場を見て落胆したが、まだ希望は持っていた。どこかに資源が隠されているかもしれないと。

     刀鍛冶の仲介もあり、茶坊主は宗三を信じることにした。彼が刀鍛冶とグルになって茶坊主を騙している可能性は消えなかったが、彼女は自分の勘を信じた。
     宗三から遊戯に参加した理由を聞き、互いの持っている情報を交換するうちに、宗三の主が鬼札であるとわかったが、彼女の考えは変わらなかった。むしろ、鬼札も助けたくて眉月たちと袂を分かったのだから、宗三に協力しない理由はない。
    「五七桐のためにこの子を殺さずにすむのは良かったとして、これからどうする? アンタ何か考えはあるかい? 悪いけど私は戦略立てるのはさっぱりだよ」
    「刀剣男士を見つけたら奇襲をかけ情報を引き出し、その後折りましょう」
    「いいね、そういうわかりやすいの私好みだよ」
     二人の方針が決まった後に現れたのが加州だった。計画は順調に進んでいるように思えたが、加州が彼女の真名を知っていたことで事態は一変する。
     加州が去った後、宗三が茶坊主に真名の呪いをかけ直したことで加州の命は解かれたが、問題は彼女の真名の出所だった。茶坊主はそこで初めて候補者リストが保存されたパソコンのことを宗三に話す。彼女の中では終わったことだったが、彼女から話を聞き宗三は加州を追うのではなく、パソコンがある部屋に行くことを選んだ。

    「もう一組発表いたします。刀剣男士4の堀川国広の勝利。審神者8の豊玉、敗北です」

     四組目の離脱放送を聞いた時、彼女は手の甲に筋ができるほど強く、拳を握り締めた。機械音痴だからではすまされない失態だった。堀川の勝利は鶴丸の勝利によってもたらされたものだ、堀川が豊玉に真名を使ったかはわからない。けれど、堀川に会ってからたったの三時間後に豊玉が負けてしまい、彼女は自責の念にかられた。
    「貴方が気に病んだところで結果は変わりませんよ」
     正論であり、素直でない宗三なりの慰め方だとわかっている。だが、茶坊主はわかっているからこそ、彼を腹立たしく思う自分を抑えるのに必死だった。

     宗三がノートパソコンを真っ二つに切ったのを見届けると、彼女は加州と堀川を探そうと宗三に言った。二人が主の真名を得たのは疑いようがなく、加州が単独で行動していたのも茶坊主は気になった。彼らの関係性を考えると、理由もなく別行動を取るようには思えなかった。
     茶坊主は必死に訴えたが、宗三の反応は冷めたものだった。神隠しに遭った以上、遊戯前から真名を握られている可能性はあり、第一、二人がどこにいるのかわからない。焦ったところで意味がないと宗三は言った。
    「五七桐って子は」
     再燃した憤りから目を逸らすため、茶坊主は五七桐の名を挙げた。彼は自分のタブレットを宗三に譲ったのだという。しかしそのタブレットも、彼の離脱を告げる放送と共に消えてしまった。
    「五七桐って子は、棄権したがってたんだよね?」
     宗三がええと肯定する。
    「俺は一期の神域には戻らないし、一期も死なせはしない。……だそうですよ」
     短時間とはいえ、共に過ごした審神者の魂が消滅したというのに、茶坊主にはあまりに冷淡に感じた。


     自分の中の感情を処理するため、茶坊主は大きく深呼吸をしたが、宗三に肩を抱かれ無理矢理屈まされた。ついきつくにらみつけてしまったが、彼の左右で色の違う瞳は前方を見ていた。
    「長谷部がいます」
     息が止まる思いだったが、危機感がかえって彼女を冷静にさせた。芯の通った声で宗三に聞き返す。
    「どこだい?」
    「向かいの通路に」
     茶坊主たちは候補者リストが保存されたパソコンの部屋から、同じ階にある職員室へ来ていた。彼女が学生時代、職員室とはどこか敷居が高く入りづらい印象だったが、遊戯会場の学校はオープンスペースになっている。身を屈め机の陰に隠れていなければ、今頃長谷部に見つかっていたかもしれない。
    「やりますか?」
    「やるって、何を?」
    「長谷部に決まっているでしょう。倒すのに多少時間がかかるでしょうから、何か他に策があるならそちらを優先します」
     彼女には見えないが、宗三の目は長谷部の背を追っているようだった。

     茶坊主は、宗三の提案に驚いている自分に驚いていた。一度失敗した作戦を再度試そうとしていることにではなく、自分が無意識の内に長谷部を対象から外していたことに対してだ。けれどすぐ『審神者』として考え、結論を出す。
    「長谷部は放っておいていい」
    「他に策が?」
    「ない」
    「僕が負けるとでも?」
    「違う。長谷部から情報を引き出すより、アンタの主を探す方が優先度は高い。長谷部は審神者に害はなさないから、放っておいていい」
     長谷部は遊戯中でも彼女の意向を汲み取った行動をすると、茶坊主は断言できた。けれど宗三は渋い顔をする。
    「何だいその顔は」
    「神隠しした男に言うセリフとは思えませんね」
    「あの子に関して言えば、神隠しされたのは100%私が悪いからね」
     宗三は彼女の過去を探るような無粋な真似はしなかったが、口を滑らせた気まずさに、茶坊主はわざと明るい調子で宗三に話を振った。

    「というか、私が決めちまって良かったのかい? 私は戦略立てるのとか、全部長谷部に頼ってた女だよ」
    「紛いなりにも貴方が今の僕の主なので」
    「人を紛い物扱いするなんて嫌な子だねぇ」
    「行きますよ」
    「ちょっと、結局自分で決めるのかい!」
     もちろんその場の雰囲気を壊さないための冗談で、茶坊主も場所を移すことに異論はなかった。彼女は宗三へ付いて一階へ移ったが、その道中、講堂で矢が刺さった椅子を見かけた。弓といえば、短刀もしくは脇差。足が止まりそうになったが、顔を逸らし見ないように努めた。

     講堂の一階は校舎と繋がっておらず、二人は一度外に出てから再び校舎へ入った。来客用と思われる出入口から入り、下駄箱が並ぶ昇降口へ差しかかったところで、茶坊主はふと思いついたことを口にする。
    「この学校の天井って、3.28メートルあると思うかい?」
    「それくらいはありますよ。いきなり何ですか?」
    「いやね、もし長谷部が刀剣男士8で、まだ二階にいて、ちょうどこの上辺りにいたとしたら。天井の高さが3.28メートルない場合、今この瞬間からカウントが始まるのかと思ってね」
    「音楽室の方に向かって行きましたから、急に来た道を戻らない限りは大丈夫ですし、そもそも3.28メートル以上ありますから」
    「あ、そういや音楽室と職員室の間の部屋に、政府の道具があったのは見たかい? 『とある打ち刀の赤縄』って、使い道わからないから置いてきたけど、宗三は何かわかるかい?」
    「わかりません」
    「もう少し考えてから……」
    「僕は一切わかりません」
     昇降口を通過した先にあるのは食堂で、食堂の更に先には右手に作法室、左手に調理室がある。左の壁に沿って歩いていた流れで、二人は調理室に入った。


     宗三は茶坊主の手を引き、部屋の奥にある小部屋へ身を隠した。二回目ともなれば、聞かずとも他の参加者の気配がしたのだとわかった。宗三は小部屋の奥に彼女を避難させ、自分はドア付近に控えた。柄を握り、いつでも仕掛けられるよう準備をしている。
    「(燭台切、長谷部、加州、三日月……私の出る幕はないか)」
     宗三が戦闘態勢に入ったので、近くにいるのは刀剣男士だと彼女は思った。対加州戦のことを思い出し大人しく身を隠しておくつもりだったが、存在を隠す気のない戸を引く音と続く女の金切り声で、彼女は冷静さを失った。
    「何でどこにもいないのよ!!」
     宗三の制止を押し切り、茶坊主はドアを開ける。調理室の中央にいたのは爪紅で、彼女もドアの開く音に気づき、茶坊主を見た。
     茶坊主がまだ彼女と共に行動していた頃、爪紅は窓の前を通る度、窓に映る自分の姿を確認していた。さすがに立ち止まりはしなかったけれど、髪が乱れていればすかさず直していた。だが、茶坊主に駆け寄ってくる今の彼女は、髪は乱れ、大量の汗のせいで化粧も崩れている。

    「燭台切見てない?」
     爪紅は茶坊主の腕を掴んだ。爪紅の変化と燭台切の名が出されたことに戸惑い、何も言えずにいると、爪紅は彼女の体を強く揺らした。
    「何黙ってんのよ!!」
    「い、いや見てない」
    「あのクソ野郎! どこいんのよ!!」
    「落ち着きな。一体何があったんだい?」
     爪紅は血走った目で茶坊主をにらむが、後ろに控える宗三に気づき、逃げる構えを取る。茶坊主はとっさに爪紅の腕を掴み、宗三は政府が用意した道具で審神者の味方だと教えた。彼女の性格を考えるに、何か証拠を示さねば信じないだろうと考えていた茶坊主だったが、爪紅は茶坊主の横を通り過ぎ、宗三にしがみつく。
    「お願い、助けて! 加州を倒して!」
    「アンタ、一体何があったんだい? 眉月は?」
    「うっさいわね、あんたには言ってないのよ! お願い宗三!」
     茶坊主は爪紅を落ち着かそうと後ろから声をかけるが、彼女には宗三しか見えていない。だが、宗三しか見えていないのならば、何故気づかないのだと茶坊主は思う。宗三が彼女を見る目は、無感情に見えてその奥に怒りが隠れている。

    「燭台切を探す理由は?」
     宗三の言葉に被せるように爪紅が言う。
    「鬼札の相手は燭台切なの。あの女を餌にすれば、燭台切だって私の言うこと聞くしかないでしょ」
    「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」
     茶坊主は慌てて二人の間に割って入る。爪紅に宗三が遊戯に参加した理由まで伝えなかった自分を責めたが、今更宗三の前で教えるわけにもいかず、爪紅が気づいてくれることを祈った。
    「もう八人も離脱してんのよ!? あの女さえいなけりゃ、私はもっと早く勝ってた。現世に帰ってた。あの女が負けないと私は勝てないのよ!」
    「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。第一、鬼札がどこにいんのか知らないだろ? 今は鬼札より加州をどうにか……」
     爪紅を助けたい一心で茶坊主は言葉を重ねるが、彼女に茶坊主の真意は伝わらない。それどころか邪魔をする茶坊主を敵と認定し、鬼札の居場所を知らないと言われたのも、馬鹿にされたと捉えた。
    「あの女なら赤縄のあった部屋で縛ってある!」
     
     勝ち誇った顔をする爪紅に、茶坊主は絶句した。すがる思いで茶坊主は宗三に視線をやったが、彼が茶坊主と目を合わせたのは一瞬だけ。それも底冷えするような冷たい眼差しだった。
    「この子は今興奮してるだけなんだ。落ち着けば、自分が馬鹿なことしたってわかる! だから助けてやってくれないか?」
    「僕は言ったはずですよ。貴方に力を貸すのは、僕が主を助ける手助けをするのが条件だと」
    「もちろんアンタの手伝いもする! けど今は」
    「僕は貴方と違い慈善事業をする気はありません」
     皮肉めいた物言いに頭にカッっと血が上り、それまで閉じ込めていた思いが一気に爆発した。
    「五七桐も豊玉も! アンタが見殺しにしたようなもんじゃないか。自分の主さえ良けりゃいいのかい!?」
    「ええ、そう思っていただいてかまいません」
    「え……何……だってあんた、審神者の味方だって……」
     二人のやり取りを見ていた爪紅が、ようやく自分の過ちに気づく。しかし既に挽回の余地はなく、爪紅は宗三に追いすがるが、彼は爪紅を一度も見ることなく部屋を出ていった。


     何で先に言わなかったのかと爪紅から責められ、自分勝手な主張に反論したくなったが、自分の宗三への態度を振り返り、茶坊主は口を閉じた。あの場では土下座してでも宗三を止めるべきだったと後悔もした。しかし、過ぎたことばかり考えても事態は好転しないと、頬を叩いて気合を入れた。
    「加州を倒してって言ってたのは何でだい? 加州を倒した方が有利なのはわかるけど、別に倒さなくても……」
    「あのガキが私を売ったのよ!」
     茶坊主と別れた後も爪紅は眉月と共にいたのだが、そこへ加州が現れた。眉月は爪紅を裏切り、爪紅はその場から逃げはしたが、事態は深刻だった。加州が刀剣男士1なら眉月が彼女の真名の読みを教えた時点で、刀剣男士7なら一時間後に彼女の敗北が確定する。
    「真名の字……」
     加州が彼女の真名の字を知っていたと聞き、茶坊主は無意識に彼女の言葉を繰り返していた。宗三は遊戯前から真名を握られている可能性はあると言っていたが、爪紅に関しては違うだろう。茶坊主は拳を強く握り締めた。

    「燭台切は駄目だ。長谷部を探そう」
    「長谷部って」
     自分を隠した刀剣男士に会いにいこうと言うのだから、爪紅が戸惑うのは当然である。しかし宗三に見放され、鬼札と爪紅の両方を助けるには、長谷部しかいなかった。爪紅を安心させるため、彼女は明るく振る舞った。
    「私が負ける代わりに、加州を倒してもらおう! なあに、あの子はうちの本丸一の腕前だったんだ。加州に負けたりしないさ」
     本音を言えば、長谷部のためにも勝ちたかった。それが駄目ならせめて宝珠による棄権を選びたかった。だが、自分たちより他の参加者を優先すべきという考えに変わりはないし、何より、豊玉が救えなかった分爪紅だけはどうしても助けたかった。茶坊主は黙り込む彼女の右手を両手で握る。
    「アンタには綺麗事に聞こえたんだろうけどさ、私のことよりアンタたちを助けたいって言ったのは本気だから。だからアンタは何も気にしなくていい」
     爪紅が黙っている理由を、茶坊主は好意的に捉えていた。だから爪紅の反応が自分の予想と違っても、危機感は抱かなかった。

    「あんたのタブレット見せてよ」
     爪紅にしては珍しく抑揚のないしゃべり方だった。
    「いいけど、壊しちまったから見れないよ」
    「なんで?」
    「ほら、私は審神者3だろ。刀剣男士7に見られたらまずいと思って、椅子でガツーンと……」
     からからと笑ったが、爪紅は彼女の手を振り払い距離を取った。そこでようやく、茶坊主は話がおかしな方向へ転がりつつあることを感じ取った。爪紅の表情は彼女を敵視した時から何も変わっていなかった。
    「あの女が言ってたことの方が正しかったんだ……あの女が本当の『茶坊主』なら……」
    「何ブツブツ言ってんだい? こんなところで道草食ってる時間はないだろ」
    「私は燭台切を探す」
    「私が長谷部に頼むって言ってんだから、それでいいだろ」
    「私に燭台切探されたら、あんた何かまずいわけ!?」
     爪紅は近くにあった調理台の流しの下を開けると、包丁を取り出し茶坊主に刃先を向けた。茶坊主が審神者として前線で戦っていた頃は、まだ戦争が始まってすぐの頃だ。命を狙われる場面に多々遭遇したけれど、爪紅の目はその時向けられた目と似ているようでどこか違う。

    「あんたが本当の鬼札なんでしょ!?」
    「馬鹿言ってんじゃないよ。私は茶坊主だ。私のタブレット見ただろ」
     鬼札のタブレットは柳のカスの絵が浮かび上がる。魂之助の補足説明の場に、爪紅も同席していたのだから、彼女のタブレットがそうでなかったことは知っているはずだ。しかし爪紅は間髪入れず、彼女の言い分を否定する。
    「偽のタブレットでも用意したんでしょ! だってあの女は自分が茶坊主だって言った。一期から逃げる途中で落としたって、あんたみたいな変な言い訳しなかった。あのガキが何回も蹴るから、それで自分が鬼札だって嘘吐いて……あのガキなんか信じたのがいけなかった!」
     爪紅の話は要領を得ず理解しがたかったが、彼女の中で茶坊主が鬼札になっていることだけは確かだった。茶坊主は焦った。こんな無意味なやり取りをしている間に、爪紅のデッドラインはどんどん迫っている。

    「仮に私が鬼札だったとして」
     自分が茶坊主であると認めさせるのは諦め、別の切り口で説得を試みる。
    「私を刺したところでアンタの離脱条件は変わらない。いい加減冷静になりな、時間がないのはアンタが一番よくわかってるだろ」
    「命乞いしても無駄なんだよ!」
    「馬鹿野郎! 誰が命乞いなんかするもんか!」
     話の通じなさにイラつき啖呵を切れば、爪紅も美しい顔をさらに歪め、包丁を突き刺そうと肘を引く。茶坊主は爪紅の動きを見切ってかわしたが、彼女はなおも茶坊主に襲いかかった。とっさに目に入ったプラスチックのまな板で刃を受けとめるが、爪紅はひるむことなく体重をかけてくる。
    「私みたいな女に命乞いするくらいなら、死んだ方がマシだって!?」
    「誰もそんなこと言ってないだろ!」
    「あんた金持ちなんでしょ。わかんのよ、育ちのいい人間は私と全然違うって!!」
     爪紅がまな板から包丁を抜き、包丁を大きく振り上げる。茶坊主はまな板を捨て避けようとしたが、爪紅の気迫に圧倒され、たじろいでしまう。一瞬の出来事だったがその隙を爪紅は見逃さず、彼女の肩に刃を突き刺しそのまま床へ押し倒した。

    「あんたもそう、あの女もそう。僕女でもそんなしゃべり方でも、あんたたちはお上品でいいわね。育ちは仕草に出るって、あのクソ野郎の言うとおりだわ。私はね、あんたたちと違って何もなかった金もないまともな親もいない縁もない学歴もない才能もない。だから! 私は私が持ってる唯一の武器で戦ってきた。それの何がいけないのよ!!」
     包丁を抜こうとする爪紅の手を、茶坊主は歯を食いしばって掴んだ。利き手ではない左手では力が入らず、爪紅が力を入れる度傷がえぐられ激痛が走ったが、次に狙われるのは心臓だ。
     命の危機を感じる一方で、彼女は爪紅を憐れんでいた。彼女は茶坊主を通して別の何かを見ているようだった。場所さえ違えば彼女の心の叫びに耳を傾け、力を貸せたかもしれない。そうできないことを残念に思いながら、茶坊主は最後の力を振り絞って声を張り上げた。

    「聞け!!」
     激しい剣幕に動揺し、爪紅の手が柄から外れる。武器を手放し、血が飛び散った自分の手を見て、彼女を支配していた殺意は急速に失われた。代わりに恐怖が芽生える。茶坊主の体の上からどいたのはいいものの、その場に座り込み、意味のない言葉を発してうろたえている。
     茶坊主はもう一度聞けと一喝し、髪留めを外して爪紅に差し出した。審神者になって初めての給金で買った本真珠の髪留めで、神隠しされる前から愛用していた物だ。
    「私はもう付いていって、やれないから。……これ持って長谷部のとこ行きな」
     しかし爪紅はわなないて受け取ろうとせず、茶坊主は無理矢理彼女の手に握らせた。それだけの動きでも傷に響き脂汗が流れたけれど、彼女は口の端を上げた。
    「加州清光を倒せ。……これが最後の主命だって、あの子に伝えておくれ」
     爪紅は渡された髪留めを何度も握り直し、ついには泣き出してしまったが、茶坊主が活を入れる前に立ちあがり、駆けていった。
     茶坊主は彼女の姿が見えなくなるまで見届けると、その場に倒れた。炎は迫ってこないが、あの日と同じように体が熱かった。

     ──何戻って来てんだい。早くお逃げ。

     本丸が手薄になったところを遡行軍に狙われ、勝ち目がないと判断した彼女は長谷部に本丸に火を放つよう命じた。自分が逃げることは考えなかった。一番の情報は自分の頭の中にあり、最も敵に渡してはいけないものだったから。

     ──今までよく仕えてくれたね長谷部。だから、もういい。早くお逃げ。

     本丸に火を放った長谷部は彼女の元に戻ってきたが、長谷部を連れていくつもりは端からなかった。だから逃げろと、彼だから逃げろと言ったのに……あんなにも傷ついた顔をさせてしまった。
    「(私はどうしていつもこう、やることが裏目に出るのかね)」
     弱々しく笑う顔に、解けた髪が一房かかった。邪魔だったが、顔に張りついて上手く取れなかった。


     こんな時にと思いはしたが、宗三は顕現されて間もない頃を思い出していた。新刃の教育の一環で、主に付き添い万屋に出かけたことがあった。
     彼の主は上得意らしく、彼女が来るなり店の主人が奥から出て来て対応に当たった。紙に書いてきた代物を用意させる間、宗三は店の中を何気なく眺めていたが、主がある一点を熱心に見つめているのに気づいた。
     主が見ていたのは、簪だった。青い蜻蛉玉の付いた簪は、十代の娘には背伸びしすぎだが、二十後半の女では今度は若作りに見える。ちょうど主くらいの年齢の女がつけるのにぴったりだった。
     買えばいいじゃないですかと宗三は言った。近くで見れば少々安っぽかったが普段使いなら支障ない。しかし主は取り繕った表情で言った。

     ──男が簪をつけるものか。

     そこへ店主が戻ってきて簪の話は終わりになったが、その時、ささやかながらあった同情は一気に吹き飛んだ。
     彼の主は自分の身の上について語らなかったが、男としての生を強いられているのは、本丸に来て日が浅い彼でもわかった。それなのに彼女は女に未練があった、女に未練があるのに男として生きるのが当然と受け入れていた。不満を持ちながら何もしない態度に、宗三は腹が立った。
    「(鳥籠の鳥が言えたことではないのに)」
     過去の自分に対し思ったことは、主から指摘されたことでもあった。あの日の主の姿が脳裏に蘇る。

     ──助けて! 僕はここだ!

     彼は二階の赤い縄がある部屋の前に来ていた。扉を開けるが、彼の主の姿は見当たらない。爪紅に騙されたと思い片眉を上げるが、部屋の奥に別の扉があるのを見つける。
     中に入れば折り畳まれた机や椅子がしまってあり、物置のようだった。そして床には切られた赤い縄が落ちていた。
    「遅かったか」
     縄を拾い切り口を見れば、刀で切られたものだとわかった。彼女が解放されたのはいいとして、問題は彼女を解放したのが誰かだ。
    「(明石はないとして。一期、鶴丸、堀川……)」
     堀川だったとしても、離脱してから二時間近く経つ。彼女の行き先は予測できない。
    「(加州、三日月、長谷部)」
     もしあの時だったらと宗三は思う。職員室に長谷部が近づいていると、茶坊主を逃がした時。長谷部は音楽室のある方面、つまりはこの赤縄がある部屋の前を通ったはずだ。長谷部の主を自分が助けている間に、長谷部が自分の主を助けていたとしたら、何とも間抜けな話だ。
    「(燭台切)」
     自然と縄を掴む手に力が入った。燭台切だった場合、一刻の猶予もない。宗三は駆け足で廊下へ出た。
    「あれ? 宗三君?」
     部屋から出たところで名を呼ばれ、声のする方を見れば、廊下の向こうに燭台切が立っていた。




    ≪離脱条件一覧≫

    審神者1:五七桐 【引き分け】
    離脱条件(易)政府の用意した8種の道具のうち、2つ以上を使用する
    離脱条件(難)政府の用意した8種の道具を全て破壊する

    鬼札(審神者2):長船
    離脱条件刀剣男士を1口刀解する

    審神者3:茶坊主
    離脱条件(易)5時間以上他の参加者と遭遇しない
    離脱条件(難)24時間以上誰とも遭遇しない

    審神者4:竜胆 【敗北】
    離脱条件(易)審神者が1名以上遊戯に勝利する
    離脱条件(難)審神者が4名以上遊戯に勝利する

    審神者5:播磨 【敗北】
    離脱条件遊戯開始から328分が経過する

    審神者6:爪紅 【敗北】
    離脱条件(易)遊戯の勝者が2名以上になる
    離脱条件(難)審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する

    審神者7:眉月
    離脱条件(易)7つ以上の離脱条件の所持者を特定する
    離脱条件(難)刀剣男士陣営全ての離脱条件の所持者を特定する
    離脱条件(極)???

    審神者8:豊玉 【敗北】
    離脱条件(易)5時間以上嘘を吐かない。ただし、真偽は審神者の認識に基づく
    離脱条件(難)25時間以上嘘を吐かない


    刀剣男士1:???
    離脱条件自分が神隠しした審神者の真名を把握する

    刀剣男士2:明石国行 【勝利】
    離脱条件遊戯開始後、6名以上の参加者と遭遇する

    刀剣男士3:鶴丸国永 【勝利】
    離脱条件自分が神隠しした審神者が神隠しに合意する

    刀剣男士4:堀川国広 【勝利】
    離脱条件刀剣男士1、3、5、7のうち、1名以上が遊戯に勝利する

    刀剣男士5:一期一振 【引き分け】
    離脱条件2回以上、離脱条件が変更される

    刀剣男士6:???
    離脱条件自分が神隠しした審神者と30分以上同じ部屋に留まる

    刀剣男士7:加州清光 【勝利】
    離脱条件審神者1、3、5、7のうち1名以上と、2時間行動を共にする

    刀剣男士8:三日月宗近
    離脱条件(易)自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に1時間半いる
    離脱条件(難)???


    ≪道具一覧≫
    道具1:宗三左文字
    道具2:秘密遊戯の候補者リスト
    道具3:位置情報アプリ
    道具4:拘束札×3
    道具5:???
    道具6:刀装用祭壇
    道具7:刀鍛冶
    道具8:とある打刀の赤縄



    さいこ Link Message Mute
    2024/03/12 1:15:20

    我が主と秘密遊戯を2(中編)

    pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説の続編。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。前作とのつながりはほぼないので、単独で読めます。

    【登場人物およびカップリング】
     参加者とカップリングは以下のとおり。活躍には偏りがあります。

     ・三日月宗近×男審神者
     ・一期一振×男審神者
     ・明石国行×女審神者
     ・燭台切光忠×女審神者
     ・加州清光×女審神者
     ・堀川国広×男審神者
     ・へし切長谷部×女審神者
     ・鶴丸国永×男審神者

    #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに

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