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    我が主と秘密遊戯を(前編)序章:十八人の参加者たち第一章:秘密遊戯、開幕第二章:あなたじゃない第三章:和泉守兼定、参上【遊戯概要】
     舞台は実在の中学校をモデルに作られた施設。神隠しされた審神者九名、彼らを神隠しした刀剣男士九名の計十八名が戦いを繰り広げる。遊戯の参加者にはそれぞれ『勝利条件(例:審神者と刀剣男士がそれぞれ○名以上遊戯に勝利する、全参加者と遭遇する等)』と『敗北条件(例:刀剣男士の○○が勝利する、○○時間経過した時点で参加者が○名残っている等)』が与えられ、自身の勝利条件もしくは自分を隠した刀剣男士(自分が隠した審神者)の敗北条件を満たすことで、遊戯に勝利できる。
     
     詳しいルール説明は話の冒頭にありますので、そちらをご覧ください。

    【注意事項】
    ・刀→主がほとんどの刀さに小説です。女審神者の方が多いですが、男審神者もいますので夢だけでなく腐要素もあります。
    ・神隠しや真名を使った呪い、刀剣男士の寿命(?)は九十九年等の非公式設定・独自設定を含みます。また、pixiv掲載時から一部設定をいじっています。
    ・ぬるいですが戦闘描写あり。審神者・刀剣男士共に死にネタあり。
    ・『汝は人狼なりや?』というゲームの特殊村(特殊ルール)を参考にルールを作りました。ですが、人狼要素は皆無です。また、遊戯の離脱条件を考えるにあたり、大元になったギャルゲー(エロゲー)の解除条件を参考にしましたが、プレイはしておりません。
    ・あくまで刀さに小説ですので、頭脳戦や心理戦、大どんでん返しのカタルシス等は期待しないでください……。

    【登場人物およびカップリング】
     参加者とカップリングは以下のとおり。
     ・にっかり青江×女審神者
     ・一期一振×女審神者
     ・燭台切光忠×男審神者
     ・歌仙兼定×女審神者
     ・山姥切国広×男審神者
     ・蜂須賀虎徹×女審神者
     ・髭切×女審神者
     ・へし切長谷部×男審神者
     ・鶴丸国永×女審神者

     他には五虎退、和泉守兼定、小夜左文字が話に絡みます。回想のみで堀川国広(故人)、参加者の女審神者の恋人であるへし切長谷部が登場します。


     最後に。すごく長いです。全部読むのに5時間かかったという感想をもらったことがあります。

    序章:十八人の参加者たち 彼が場に足を踏み入れると、円状に並んだ参加者たちの視線が一斉に集まった。暗闇の中ぼんやりと人影が浮かぶだけで、彼らの表情はわからない。いや、表情どころか彼らの性別や格好、審神者なのか刀剣男士なのかすらわからなかった。何か特殊な術を施しているのだろうと思いつつ、彼は自分のスペースへと進んだ。

    「皆様お集まりのようですね」
     聞き馴染みのある声だった。床に描かれた五芒星が淡く光り、その上に審神者をサポートするため作られた管狐が現れた。こんのすけだ。しかし目の前のこんのすけは本丸にいたのとは違い、青白い炎をまとっていて、人魂を連想させた。
    「私は魂之助と申します。この秘密遊戯の進行役──審神者様方には、GMと言った方がわかりやすいでしょうか──でございます」
     どうやら彼の知るこんのすけとは別の存在のようで、魂之助は自己紹介を早々にすませると、遊戯の説明へ入った。

    「この度は第一回秘密遊戯へのご参加ありがとうございます。遊戯はここにおります審神者九名、刀剣男士九名の計十八名で行います。まずは審神者様方、支給いたしましたタブレットをご覧ください」
     彼は先ほど受け取った六インチの黒いタブレットを取り出した。渡された時点で電源は既に入っていたが、どこにも触れていないのに真っ暗な画面に白い文字がゆっくりと浮かび上がる。

    『遊戯者名:茶坊主』

     なにこれ、どこからか声が聞こえる。彼と同じ審神者なのだろうが、声がぼかされていて年齢や性別はわからない。ただ、画面に現れた名を良く思っていないのは伝わってきた。

    「遊戯中、皆様は現在タブレットに出ている遊戯者名を名乗ってください。くれぐれも真名は名乗らないように」
    「真名を使ったら駄目なのはわかるけど、この名前どうにかなんないの?」
     先ほどの参加者だろうか。口調からして若い女性かもしれない。無駄だとわかっていたので彼は何も言わなかったが、内心では彼女(?)に賛同していた。彼に与えられた遊戯者名は、名前というより彼を隠したへし切長谷部のキーワードのようだ。
    「この遊戯者名は真名を隠す役割の他に、遊戯中使用する仮の器と魂の結びつけを強める役割もあるのです。遊戯者名を変えることはできません」
    「どういう意味?」
     異議を唱えた参加者とは別の参加者が、魂之助に更なる説明を求める。この参加者の声もぼやけていて、素性を特定するのは難しい。

    「遊戯が行われるのは実在の中学校をモデルにした建物ですが、本丸とはまた違う特殊な空間になります。そのため特殊空間に耐えられる器を用意しておりますが、審神者様方に所縁の深い刀剣男士様に由来する名を与えることで、皆様の魂と仮の器との結びつきがより強固なものへとなるのです」
    「……ごめんなさい。やっぱりよく意味がわからないわ」
    「仮の器ですから休息や食事は必要ありませんし、器が傷ついても生死に影響はしません。もちろん遊戯の勝敗にも。……そう認識していただければ結構です」
     さて、ここからが重要ですと魂之助が声を張り上げる。
    「刀剣男士の皆様もタブレットをご覧ください。『遊戯の決め事』・『参加者一覧』・『地図』と書かれた三つの四角がありますね? その内の『参加者一覧』を指で押してください」
     遊戯者名が浮かび上がっていた画面は消え、三つのアイコンが並んだホーム画面へと切り替わる。彼は魂之助に言われたとおり、中央にある『参加者一覧』をタッチした。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士1:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士2:一期一振
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 ???

    審神者3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士4:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:徳島
     勝利条件 ???
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    「ご自分の名が書かれた箇所をご覧ください。名前の下に勝利条件と敗北条件が書かれていると思います。今後はこの二つを合わせて離脱条件と呼びますが、離脱条件は参加者ごとに異なります。まずは勝利条件からご説明しましょう。遊戯中に勝利条件の欄に書かれた内容を達成すると、遊戯の勝者となります。逆に敗北条件に書かれたことを満たすと、負けが確定します」
     場がざわつく中、彼は自分の離脱条件をもう一度黙読した。彼の勝利条件は『審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する』。遊戯を離脱できるのは、早くても七組目になる。敗北条件はというと『遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く』。簡単なのか難しいのか、今の彼では判断がつかなかった。

    「注意していただきたいのは、貴方を隠した刀剣男士もしくは貴方が隠した審神者にも、同じく個別の離脱条件があるということ。たとえ貴方が敗北条件を満たしていなくても、先に貴方の対となる参加者が勝利条件を達成してしまえば、貴方の敗北が確定します。逆も然り。貴方が勝利条件を達成できなくとも、貴方の対となる参加者が敗北条件を満たしさえすれば、貴方の勝利が決まるのです」
    「ちょっといいかな?」
     斜め前にいた参加者が手を上げる。どうぞと魂之助が言えば、自分の画面には何も映っていないと言う。魂之助が参加者の元に駆けていくが、いいかげん使い方を覚えてくださいと愚痴が漏れ聞こえてくる。今度の発言者は刀剣男士か、機械に疎い審神者だろう。このご時世でタブレットも使えないようでは、疎すぎる気もするが。

     場の中央に魂之助が戻ってくると、彼の隣の参加者が質問をした。
    「僕の名の上に主らしき名があるのはわかるんだが、主以外の参加者の名も書かれているのは何故だ。しかも離脱条件と共にね」
     発言を受け改めて見てみれば、確かに彼のタブレットにも他の参加者の離脱条件が書かれていた。一期一振の勝利条件と、『徳島』という名の審神者の敗北条件だ。
    「同陣営の参加者一名の敗北条件、他陣営の参加者一名の勝利条件が貴方方には与えられます。わかりやすく言いますと、審神者様方なら他の審神者様一名の敗北条件と刀剣男士様一名の勝利条件が。刀剣男士様なら他の刀剣男士様一名の敗北条件と審神者様一名の勝利条件になります。遊戯に勝つにあたり他の参加者の離脱条件も重要になりますので、ぜひご活用ください」
    「まるで裏切りを促しているようですな」
     くすりと笑う声がする。口調からして、彼のタブレットにも名がある一期一振だろう。

    「自分の勝利条件の達成が難しい場合は、相手の敗北条件を狙うしかない。しかし、敗北条件を知っているのは本人か敵陣営の参加者の内の誰か。……なんらかの取引が行われてもおかしくはありません」
    「ははっ、恐ろしい発想だね。主催者からの反論はないのかい?」
    「タブレットに『遊戯の決め事』という項目があります。そちらに書かれていることを順守してください。私から言えることはそれだけです」
    「おやおや」
     他の参加者が邪魔して彼から発言者はよく見えないが、肩をすくめている姿が容易に想像できた。

     魂之助は参加者一覧の項目には、書き込みができることを追加で説明した。一部の特殊な仕様のタブレットを除き、参加者一覧の自動反映は原則ない(原則と言うだけあり例外も存在するようだが、その場面になったら別途追加で説明をするらしい)。
     情報を仕入れた時には、忘れないように自分で書き込む必要がある。しかし、既に表示されている参加者名や離脱条件を変更することはできず、また書き込んだ字は黒ではなく朱色になり、元からある物と区別される。
     ここまでで何かありますかと魂之助が振ったところで、場にそぐわない明るい声が聞こえてきた。
    「オレの離脱条件さ、他の人と変えてあげてくれない?」
    「そんなことできるなら俺の条件を変えろ! こんな条件、達成できるものか!」
    「離脱条件の変更はできません! はい、次に行きますよ!」
    「(そりゃそうだろうな)」
     彼は心の中でつぶやいた。

    「次は遊戯会場に用意された八つの道具についてです」
     冷静さを取り戻した魂之助は、遊戯会場内の『校長室』・『職員室』・『美術室』・『図書室』・『理科室』・『体育館』・『情報処理室』・『水泳プール』に、一つずつ異なる道具を置いてあると説明した。タブレットに地図があるので、地図を参考に探してみろとも言う。
    「道具と一概にいってもいろいろあるだろう。俺としては驚きのある物がいいんだが」
     参加者の一人がそう聞いたが、事前に教えることはできないと突っぱねられた。
     
     魂之助からの説明は終わり、全体を通しての質問の時間になる。真っ先に質問したのは彼の対面にいる参加者で、今まで発言した参加者の中で一番落ち着いていた。
    「刀剣男士の─────はどうなる?」
    「おやおや、僕たちの何がなんだって?」
    「そういう発言は感心しないな」
     質問者の発言の一部がマイクのハウリングノイズのように乱れ、それを別の参加者が茶化し、更に別の参加者が窘める。魂之助は道具の種類に引き続きお答えできませんと返したが、質問者は気にした素振りを見せず別の質問をする。
    「離脱者の所持していた道具はどうなる? 共に消滅するのか、道具だけ残るのか」
    「確認いたしますので、少々お待ちください」
     魂之助は黙って座っているだけに見えたが、政府の関係者と連絡を取っているようで、五分ほどして道具は残ると答えた。質問者はそれ以上何も聞かなかった。

    「他にご質問のある方は? ないようでしたら、遊戯を開始いたしますが」
    「あの」
    「なんですか?」
    「遊戯が始まる前に、他の参加者の人と話すことはできない?」
    「なりません。他には?」
    「遊戯の開始位置はどうなる? 全員同じ場所か?」
    「参加者ごとに場所は異なります」
    「それだったら僕は一番高い場所がいいな。その方がかっこいいよね」
    「他にご質問は?」
    「質問じゃないけどいいかしら」
     女性らしき参加者の声がする。神隠しは子供と女性に多いというが、彼が女性と推測した参加者はこれで四人目になる。

    「この遊戯に勝てば、本当に現世に帰れるのよね?」
     場に緊張が走るのがわかった。審神者たちがこの秘密遊戯に参加した理由は、ただ一つ。遊戯に勝利した暁には、神隠しされた刀剣男士の神域から解放され、現世に帰ることができるからだ。
    「もちろんです」
    「俺が勝てば本霊と同格の神格が手に入り、主と永遠の時を過ごせる。違いないな?」
    「もちろんです」
     刀剣男士の勝利、即ち審神者が負けた場合は、輪廻の輪から外れ永久に刀剣男士の神域に囚われる。魂之助は審神者に返したのと同じトーンで、刀剣男士にも同じ言葉を返した。

    「茶坊主様、貴方は何かありませんか?」
     ノイズ混じりの音で聞き取れないはずなのに、彼は自分の遊戯者名が呼ばれたとわかった。彼は目を閉じ、深呼吸をする。
     逃げ出してしまいたい気持ちも確かにある。負けた時のことを考えると、恐ろしくて仕方がない。しかし、彼はデメリットを承知のうえで遊戯に参加したのだ。どんな恐怖も、現世に残してきた人たちに会いたいと望む気持ちには勝てない。
    「ない。遊戯を始めよう」
     彼は目を開け、真っ直ぐに魂之助を見た。魂之助は十八人の参加者全員を見渡し、高らかに宣言する。
    「それでは第一回秘密遊戯、開始です。皆様のご健闘をお祈りいたします」

    第一章:秘密遊戯、開幕 ルール説明が終わり開始の宣言がされると、彼は暗闇から抜け見知らぬ場所に立っていた。周りには木製の長机が並び、目の前には黒板。彼から見て右手側には背の低い棚があって、その上に石膏の胸像が並んでいる。左手側には白いキャンバスが重ねられているのが見えた。
     彼は支給されたタブレットで地図を開くが、現在地どころか部屋の名称すら書いていない。道具探しは難航しそうだが、自分がいるのは道具がある美術室で間違いないだろうと彼は思い、懐にタブレットをしまった。
    「とりあえず道具探すか」
     彼は手始めに胸像が置かれている棚から探すことにした。道具を探しつつ考えるのは、自分がこの秘密遊戯に参加することになった経緯だ。

     遊戯中は茶坊主と名乗るよう言われた彼は、自分が顕現したへし切長谷部に神隠しされた。神隠しの危機に遭った者の中には、何がきっかけだったのかわからないという者も多くいると聞く。しかし彼には、心当たりがあった。
     彼が審神者になったのは、霊の見えない環境に行くためだった。二十歳の誕生日に突如霊感に目覚め悩まされていた彼は、審神者の適正があると診断された時、迷わず審神者になることを選んだ。本丸には結界が張られており、審神者に害を及ぼすものを退ける力があるからだ。
     しかし、周りに影響を与えることもできない弱い霊の侵入は許していた。冗談のような話だが、御神刀や霊剣に相談しても、見つけたら祓うが侵入自体を阻止することはできないと言われてしまう。彼らからすれば常識らしく実にあっさりとした反応だったが、そんな中自分の無力さに憤っていたのが長谷部だった。
     だから彼はつい言ってしまったのだ、結果が伴わなくてもお前が俺のことを思ってくれるのは嬉しいと。今思えば軽率な発言だったが、その時はまさか自分が神隠しに遭うとは夢にも思わなかった。

     長谷部の神域に連れていかれ、霊は見えないが少しも嬉しくない生活を送っていた彼の元に、ある日長谷部の本霊が訪ねてきた。本霊曰く、彼と彼を隠した長谷部が合意すれば、政府主催の『秘密遊戯』に参加できるのだという。
     これは双方にとってメリットがあり、遊戯に勝てば彼は現世に帰ることができ、長谷部は本霊と同等の神格が手に入る。長谷部の本霊からの説明で初めて彼は知ったのだが、審神者が顕現させる刀剣男士の寿命は九十九年と決まっているらしい。九十九年を過ぎれば分霊は本霊へと吸収され、分霊が培った力は本霊の糧となる。それ故、刀剣男士の本霊は政府に力を貸すのだそうだ。
     だが、同時にデメリットも存在した。遊戯に参加せず長谷部の寿命が尽きるのを待てば、神域から解放され次の世に転生できる。しかし遊戯に参加して負けてしまったら、本霊と同様に永遠の存在になった長谷部に、未来永劫囚われることになる。
     長谷部は長谷部で、負けた瞬間罰として本霊に吸収される。欲を出したために、自分の存在も愛しい者も、すべてを失ってしまう。

     デメリットを承知のうえで、彼は遊戯に参加することを決めた。元は普通のサラリーマンだった彼からすれば、たとえ魂は同じでも転生した自分は自分ではない。それに現世に残してきた家族や友人に会いたいという思いは何事にも勝った。
     頭の中では後悔や敗北の恐怖が渦巻いていたが、顔には億尾にも出さず、彼は黙々と棚の中を調べていく。本人は単に表情筋が死んでいるだけだと公言しているが、周りから冷静沈着と評される所以である。

     棚の最後の段を調べていると、ガチャリとドアの開く音がした。音のする方向を見れば、黒板がある壁の右隅にすりガラスのドアがあり、美術室に入ってきた女と目が合った。
    「こんにちは」
    「……こんにちは」
     挨拶を返すのに少し間が空いたのは、『おはよう』や『こんばんは』でなく、『こんにちは』と挨拶すべき時間帯で当たっているのかがわからなかったからだ。タブレットの右隅に遊戯の経過時間は表示されるが、時刻を示す物は何もない。
     時間はわからないが外は明るく、相手が『こんにちは』と言っているので自分も『こんにちは』でいいだろう。そう判断し彼は挨拶を返したのだが、女は警戒されていると思ったようだ。苦笑いを浮かべ、両手を上げる。
    「そんなに警戒しないでよ、怪しい者じゃないから。『爪紅』っていいます。君は?」
     しかし、彼が抱いた女の第一印象は『太郎とにっかりを女にして、足して二で割ったような怪しいやつ』だった。腰まで伸びたストレートの黒髪に切れ長の目の日本美人という太郎太刀要素に、にっかり青江要素の胡散臭さと年齢不詳さが混じっている。

     すごく怪しい。が、名乗るくらいはいいだろう。そう判断し、彼は自分の遊戯者名を告げた。彼の名を聞くと女はタブレットを操作し始め、少ししてからつぶやいた。
    「嘘つきじゃないようだね」
    「どういう意味ですか?」
    「私の勝利条件は『全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く』。そんな条件なものだから、特別に会った人間の名が参加者一覧に自動反映されるんだよ。審神者8の茶坊主君」
    「魂之助が言っていた特殊仕様のタブレットですか」
    「……君、落ち着いてるね。もう少し動揺したら?」
    「動揺していますよ。表情筋が死んでいるだけです」
     茶坊主が審神者8であるとわかるのは、本当に爪紅の言うとおりか、もしくは爪紅が彼の敗北条件を知っているかだ。徳島が審神者6であると彼がわかるように。

     彼は警戒しつつも、爪紅に尋ねた。
    「爪紅さんは長谷部の勝利条件を知っていますか?」
    「ごめん、私が知ってるのはハニー」
    「……蜂須賀、ですか?」
    「そ。蜂須賀虎徹」
     あいつ神隠しなんてするんだ。それが彼の率直な感想だった。彼の本丸の蜂須賀は、浦島ばかり可愛がって彼には塩対応だった。刀剣男士は本丸ごとに性格が違うとわかっていても、つい自分の本丸に置き換え考えてしまう。
    「君は加州の勝利条件持ってない?」
    「やっぱり隠されたの加州なんですね」
    「爪紅といったら、ね。それで、どうなんだい?」
    「俺が知っているのは、一期一振です」
    「ああ、麗しのロイヤル様か。私の本丸にはいなかったけど」
    「俺もです」

     互いの持っている勝利条件を交換したところで、会話は途切れた。どこまで自分の情報を開示するか、彼は迷っていた。きっと爪紅も同じなのだろう。しばらく互いに出方をうかがっていたが、先に迷いを断ち切ったのは茶坊主だった。
    「爪紅さんはこれからどうするつもりですか?」
    「会場内を回って、他の参加者に会うつもりだよ」
    「貴方の勝利条件だと、他の組が離脱するまでどこかに隠れて、最後に加州に会いにいけばいいじゃないですか」
    「勝利条件だけ考えればそうだけど、加州に先を越されたら意味がないし、敗北条件のこともある。積極的に動いていくよ」
    「だったら俺と組みませんか?」

     彼の勝利条件は遊戯後半にならないと達成できず、その間に長谷部が勝利条件を満たすのをなんとしても阻止しなければならない。そのためにはできるだけ多くの参加者に会って情報を入手する必要があり、爪紅と目的は一緒だ。
    「一人でできることなんて高が知れているから、他の参加者と協力した方がいいに決まっている。この手のデスゲームで、単独で行動したやつが勝ったことってありますか?」
     デスゲームという単語が自然と口を吐いて出て、自分の発言でありながら彼は驚いた。しかし、確かにこの遊戯はデスゲームだ。殺し合いこそないが、代償は未来永劫神に囚われるなんていう、死よりもひどいものである。

     彼の言葉を聞き、薄らと笑っていた爪紅の目つきが鋭くなる。真意を探るように、切れ長の目が彼を見つめる。彼女の目の力の強さに圧倒されかけたが、ふと女性は目を見て嘘を吐き、男性は目をそらして嘘を吐くという心理実験を思い出し、彼も彼女の目を見つめ返した。
    「約束してほしいことがある」
     目をそらさぬまま、爪紅が言う。
    「なんですか?」
    「できる限りの協力はしよう。私としても、一人でも多くの審神者に未来に帰ってほしい。けど、私は私が勝利することを何よりも優先させる。場合によっては、君を裏切るかもしれない。それでもいいんだね?」
    「貴方も同じことを約束してくれるなら、いいですよ」
    「もちろん。君も君が未来に帰ることを、第一に考えればいい」
     爪紅は顎に手を当てると、フフッと妖しく笑う。彼はその笑みを見て、太郎よりにっかり要素の方が強いなと思った。
    「男前だね、君。フリーだったら告白してたかも」
     彼はゲイなので告白されても応えることはできなかったが、単なる社交辞令だと受け止め黙っておいた。黙る彼を見て何を思ったか、爪紅はもう一度笑う。

    「君に謝らないといけないことがあるんだ。私を隠したのは世界一可愛い加州じゃなくて、自称文系名刀の歌仙兼定。遊戯者名も爪紅ではなく、本当は『雅』だ」
    「……」
    「無表情のまま笑うのはやめてくれないかな」
     そうは言われても、政府の歌仙に対する認識を思うと我慢するのは難しかった。雅と遊戯者名を訂正した女は、確かに私もひとしきり笑ったよと白状したうえで、彼に向かってタブレットを見せた。


    ≪参加者一覧≫

    刀剣男士3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:雅
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:???


    「これで名前以外は嘘を吐いていなかったって、信じてもらえるかな?」
     雅が見せてきたのは、参加者一覧の一部だった。自身の敗北条件は彼女の指で隠されていたが、審神者4と刀剣男士4の名前および離脱条件は黒く表示されており、書き換えられていないとわかる。
    「貴方の敗北条件は?」
    「君が信用できる人だってわかったら見せてあげる」
     雅はタブレットを伏せてしまい、彼もそれ以上は追及しなかった。
    「そういえば、審神者の敗北条件は誰のを持っていますか? 俺は徳島っていう審神者のを持っています」
    「その審神者って審神者6じゃない?」
    「……なんでわかるんですか?」
    「ハニーが刀剣男士6なんだよ。私が審神者4で歌仙が刀剣男士4だし、番号は対になってるようだね」
    「それもありますが、なんで徳島って単語から蜂須賀が連想できたんです?」
    「徳島藩主蜂須賀家に伝来したから、蜂須賀虎徹。本人も言ってたでしょ」
     彼は記憶をたどってみたが、顕現させた当初はあのきらびやかな衣装に気を取られ、他のことがあまり印象に残っていない。

    「私は審神者7の『友切』のを持ってるよ。相手は髭切で間違いないと思う」
    「髭切?」
     聞いたことがない刀だった。雅に説明を求めれば、茶坊主にとっての最新の実装刀は誰かと聞き返され、彼は明石国行と答えた。
    「それなら君が隠された後に実装された刀だね。源氏の重宝、髭切。鬼丸、獅子ノ子、友切と呼ばれてたこともある。何回教えても名前が覚えれない弟がいて……見かけはね、鶴丸ほどじゃないけど、白め。和装じゃなくて軍服。それと普段はふわふわしてるんだけど、戦闘に入ると雄叫び上げる系男士」
    「俺はどこからツッコミを入れればいいですか?」
    「刀剣男士あるある。みんなツッコミだらけ」

     髭切の説明はともかく。自分が隠された後の刀剣のことを知っている雅と手が組めたのは、彼にとってプラスに働くだろう。もっとも、鵜呑みにし過ぎないよう注意しないといけないが。
    「う~ん……あとこれも言っておこうかな」
    「なんですか?」
    「私、自分のとこの長谷部と付き合ってる」
    「そうですか。俺からもいいですか?」
    「なんだい?」
    「俺の前でい抜き、ら抜きでしゃべるのはやめてください」
     雅が彼を隠したへし切長谷部の同位体と付き合っていることより、彼には彼女のしゃべり方の方が重大な問題だった。ちなみにい抜きとはい抜き言葉のことで、『している』を『してる』などと言うのがい抜き言葉になる。ら抜きも同じで、『見られる』を『見れる』などらを抜いた言葉だ。

     彼は基本的に細かいことは気にしない性格だったが、い抜き・ら抜きに関しては神経質だった。政府の公式文章にら抜き言葉を見つけ、担当者の上司を引っ張り出して注意したこともある。ここまで強いこだわりを見せるのは文学部出身だからかと思いきや、彼は理工系の高専卒だ。
    「それくらいよくない?」
    「だめです、い抜きとら抜きだけは我慢できないんです」
    「……善処する」
    「お願いします」
     雅が心の中で変なやつと思ったのは言うまでもない。


     遊戯者名『徳島』は、渋る蜂須賀をなんとか説得し遊戯に参加した参加者だった。しかし、遊戯が始まっても配置された部屋から出ることはなく、教材が乱雑に置かれた埃っぽい部屋の隅で、体を丸めて座っていた。
     遊戯に負ければもう現世に帰るチャンスはない。そんなプレッシャーが、彼女を動けなくさせた。未来には両親や友人、それに高校時代から付き合っている恋人がいる。彼らに会いたいと思えば思うほど、プレッシャーは強くなり、動けなくなった。

     一人きりの空間で思うのは、本丸での出来事と何故こんなことになってしまったのかという後悔だった。彼女の本丸運営は、決して楽なものではなかった。彼女が審神者をしていた頃は、まだ極の刀剣男士は存在しておらず、短刀や脇差ばかりの本丸は、慢性的な戦力不足に陥っていた。
     そんな中彼女を支えたのが、初期刀の蜂須賀だ。彼は戦闘だけでなく、資源のやり繰りや隊の編成など様々な面で彼女をサポートしてくれた。

     自分を支えてくれる見目麗しい青年と、か弱く保護欲を掻き立てられる女主。いつしか二人でいると、どことなく甘い雰囲気が漂うようになったのは、そう不思議な話ではなかった。
    「女性が体に傷をつけるのは感心しないな」
     蜂須賀が彼女のピアスに触れ、そうつぶやいたことがある。子供の見目をした短刀ならともかく、縁側に並んで座る二人の距離は少し近すぎた。
    「古臭いこと言うのね。私の時代だったら普通よ」
    「普通だったとしても、俺なら主を傷つけるような物は贈らないよ」
     蜂須賀の声が少し低くなったのは、恋人からもらったプレゼントをきっかけに穴を開けたと、以前話したことがあったからだろう。

     嫉妬めいた感情を向けられ嬉しくなるほど、彼女は蜂須賀に惹かれていた。それでも主と部下でいられたのは、堀川国広の存在が大きかった。
    「おやつできましたよ~」
     堀川の明るい声がして、二人とも我に返り慌てて距離を取った。堀川は二人の後ろに座ると、蒸かした饅頭と緑茶を乗せた盆を置く。もちろん彼の分もあった。
    「主さんは赤いピアスは持ってないんですか?」
     先ほどの会話を聞かれていたのがわかり、気まずく思いながらも彼女は持っていないと答えた。
    「どうしてそんなこと聞くの?」
    「だって赤いピアスなら、僕と兼さんとおそろいですよ」
    「和泉守も堀川と同じピアスしてるの?」
    「はい! 相棒の証です」
     この時、彼女の本丸にまだ和泉守兼定は来ていなかった。堀川から常々話を聞いており、ぜひ会わせてやりたいと思っていたが、当時は太刀の刀剣男士であった彼を顕現するのは、彼女には難しかった。
    「それだと私も相棒の仲間入りしちゃうわよ」
    「僕は兼さんの助手ですけど、主さんの助手でもありますから! だからいいんです」
     からかい混じりに言ったのに、堀川は屈託なく笑う。そんな堀川が、彼女は実の弟のように可愛かった。堀川がいたから、彼に恥じない振る舞いをしようと、蜂須賀と一線を越えずにすんだ。

     蜂須賀と堀川の二人の存在によって、彼女は自分の中でバランスを取っていた。しかし、その堀川が折れたことで、バランスは一気に崩れたのだった。
     堀川が折れたのは、彼女が進軍を許したからである。敵の本陣を前に堀川は重傷になり、彼女は撤退するよう命じたのだが、彼はまだ大丈夫だと帰城を拒否した。政府から成績が悪いことを責められているのを、堀川は知っていたのだ。
    「堀川……ごめんね……」
     粉々になって戻ってきた彼を思い出し、彼女の目に涙が浮かぶ。いくら時間が経っても、堀川の最期を思い出すと涙があふれた。時間が経った今でさえそうなのだから、彼が亡くなった当時の彼女は抜け殻も同然だった。主としての役目をすべて放棄し、一日中部屋にこもって泣いて過ごした。
     蜂須賀は毎日のように彼女の元を訪れ、傷ついた彼女を慰めた。彼の行動が純粋な善意によるものではないとわかっていながら、彼女は蜂須賀にすがり、そして神隠しされた。

     蜂須賀に惹かれていた、思わせぶりな態度も取った。けれど、神隠しなど望んでいなかった。刀剣男士が神であることを忘れていた代償だといわれればそれまでだが、まだ若い彼女には重すぎる代償だった。
    「お願い、帰して……現世に帰して……」
     蜂須賀に何度となく懇願した言葉を、彼女は泣きながらつぶやいた。


    「友切、ねぇ。名前以外ヒントがないって、ハードル高すぎじゃね?」
     遊戯者名『長船』は、自分の敗北条件を見てうなった。彼の敗北条件は『審神者7の友切が遊戯に勝利する』。普通ならば友切の勝利を全力で阻止するところだが、彼は違う。友切にはなんとしても勝ってもらいたかった。
     彼は他の参加者とは違い、自ら望んで燭台切光忠に神隠しされた審神者だった。遊戯に参加したのも未来に帰るためではなく、愛する燭台切に永遠の命を与えるため。まかり間違っても、遊戯に勝ってはいけなかった。
     そして彼を悩ますのは、敗北条件だけではなかった。『遊戯開始から28時間が経過する』、それが彼の勝利条件だ。つまり二十八時間以内に友切が勝つか、燭台切が勝利条件を満たさない限り、自動的に彼の勝利が確定してしまう。
    「この条件さぁ、真剣に現世に帰りたい審神者にあげるべきだよなーホント」
     彼の申し出を一刀両断した狐を思い浮かべ、長船は溜息を吐いた。

     彼がいる場所は、普通教室の一つと思われた。黒板の隣には時間割が貼ってあり、他にも生徒用の机と椅子が並んでいる。彼は近くにあった机に座り(燭台切が見たら行儀が悪いと注意しそうだが)、どうすれば友切と会えるか考えた。
     彼はどちらかというと直感で物事を決めるタイプであり、理論的に物事を考えるのは苦手だったが、燭台切との未来のためだと自分に言い聞かせる。
     始めに思いついたのは、道具が置かれている部屋で待ちかまえることだった。遊戯を有利に進めたいなら、道具は皆欲しいだろう。しかし問題は、八つある部屋のうちどの部屋で待つかだ。すべての部屋を回ってくれればいいが、欲しい道具は手に入ったので他の部屋には行かないという可能性だってある。

     彼はタブレットの表示を、参加者一覧から地図へ切り替えた。
    「そもそも、どこ行きゃいいかわかんねーんだけど。何なのこのマップぅ」
     言ったところで仕方がないとわかっていても、不満がこぼれる。地図には自分の位置情報どころか、部屋の名称も表示されていない。これでは直接部屋を見るまで、どれが何の教室なのかわからない。彼はまた画面を見ながらうなったが、名案は何も浮かばなかった。
    「あ~、もう無理! 光忠に任せた!」
     彼は早々に考えるのを諦め、燭台切に一任することに決めた。頭の回転の速い彼に任せるのは、ある意味無難な判断といえたが、これにも難点がある。

     長船と燭台切は神域で別れたきり、一度も会っていない。魂之助による遊戯説明の場に共にいたのはいたが、暗闇に浮かんだ十七の人影の内どれが燭台切なのかはわからず、遊戯開始前に話す機会も設けられなかった。そのうえスタート地点は参加者ごとにバラバラというのだから、燭台切が今どこにいるかなんてわかりはしない。
    「光忠、光忠、光忠……」
     目を閉じて恋人の名を繰り返しつぶやき、彼ならどこに行きそうかを想像する。

    「……調理室かなぁ」
     本人がいれば盛大に抗議しそうだが、燭台切といって真っ先に思い浮かぶのは厨だった。彼にとって燭台切は料理上手な世話焼き女房で、刀を持ち戦場を駆けめぐる姿より、どうしても包丁を持って台所に立つ姿が先にイメージされる。
    「とりあえず調理室探して~、見つけたらそこで光忠待って。その間に審神者見つけたら、友切さんっすかって聞く。……よっしゃ、完璧だな!」
     これからの行動指針が決まり、長船は勢い良く立ち上がった。そして頬を叩いて気合を入れ、恋人の決め台詞を口にする。
    「せっかくの晴れ舞台だ。かっこ良く行こう!」


     彼女に神隠しされる前の記憶はない。一番古い記憶は、にっかり青江の神域に招かれたところから始まる。だから彼女は、自分が遡行軍と戦う審神者だったことも、青江とは異なる存在であることも、遊戯の説明に来た本霊によって初めて教えられた。『君が呼んだ僕は悪い男だねぇ。いや、それとも優しいのかな?』、本霊はそう言ってにっかり笑った。
     勝てば現世に帰られると言われても、帰りたいと思わせる記憶がない。一方で青江と永遠を共にできると聞いても、九十九年と永遠の違いがわからなかったので、特に興味は引かれなかった。ただ青江が参加したいと言ったので、彼女も参加に合意した。
    「私はどうすればいいの?」
    「好きにすればいいさ」
     青江の答えは彼女の想像と違っていた。
    「外の世界を見て、小屋の外に出たくなったら出ればいいよ。うさぎさん」
     青江は彼女のことを『主』と呼んでいたが、時々『うさぎ』とも呼ぶ。自分の本当の名前はどちらなのか聞いたことがあったが、彼は君が好きな方にすればいいと言うだけだった。

     青江は髪を耳にかけ、そのまま彼女の唇に口付けた。チュッと軽い音を立てて唇はすぐに離れたが、吐息がかかる距離のままで青江がささやく。
    「口付けする時は、目を閉じるのがマナーだよ」
    「青江も閉じてなかった」
    「僕は君の姿を目に焼きつけるためさ」
    「……貴方は私のこと、どう思ってるの?」
     何度となく体を重ねてきたのだから、嫌われてはいないのだろう。けれど、自分を愛しているのなら、どうして引き止めないのか。
     彼女は目で問いかけたが、青江は意味深に笑ってまた口付けるだけだった。普段見えない赤い瞳が髪の隙間から見えたが、何を考えているかなど少しもわかりはしない。記憶があればわかったのだろうかと、唇を重ねながら彼女はぼんやりと考えるのであった。

     遊戯の説明が終わると同時に、周りが一瞬にして明るくなり、次の瞬間彼女の目に飛び込んできたのは、今まで見たことがない変な光景だった。
     同じ形をした机と椅子が部屋中に置かれ、壁や床はよくわからない材質でできている。壁はまだ漆喰に近かったが(漆喰にしては表面がつるつるしているが)、床は畳でもなければ板張りでもなく、ましてや石材でもない。彼女の知識の中にはないものだった。
     彼女は部屋を一通り見渡すと廊下に出た。部屋の外も相変わらず変な物で構成されており、扉らしきものもいくつか見えたが、目の前にある硝子でできた大きな柱が一番気になり、近くまで行ってみた。
     柱に手を突き下をのぞくと、桜の樹が立つ小さな中庭が見える。どうやら柱だと思っていたのは、吹き抜けだったらしい。
    「あっ」
     満開の桜の側に、紫色の頭が見える。細かなところまでは見えないが、外套を羽織った男性のようだ。話を聞いてみようと、彼女は一番近くの階段を駆け下りた。

     だが中庭のある一階に着いた時には、既に男の姿は消えていた。残念に思いつつ、他に人はいないか辺りを探す。
     一階は彼女が初めにいた階と同じようで、少し違った。先ほどいた階の東側は部屋で塞がっていたが、一階の東側は広い空間になっており、金属の大きな箱と簀子が均等に置かれている。その先には硝子でできた扉があり、硝子越しに広い庭が見えた。
     しかし庭といっていいのか迷うほど、庭木もなければ池もなく、ただむき出しの地面のみが広がっている。興味を引かれ庭に出てみようと硝子の扉の前に行ったが、扉は押してもびくともしない。試しに引きもしたが、結果は同じだった。

    「そこは開かないのかい?」
     後ろから声をかけられ、振り向けば全身真っ白な男が立っていた。男はゆっくりと歩いてきて、彼女と同じように扉を開けようとしたが、こりゃ駄目だなとつぶやいた。隣に立ってわかったのは、男は青江より背が高く、けれど体の線は彼の方が細い。
     儚げな面立ちと先ほどのつぶやきがミスマッチな男で、金色の瞳を除けば髪も肌も真っ白である。
    「審神者さんですか?」
     男は目を丸くした後、腹を抱えて笑った。
    「こりゃ驚きだね! こんな状況で冗談が言えるとは、見かけと違って肝が据わっている」
     男は一通り笑った後、鶴丸国永と名乗った。それでも彼女がまばたきを繰り返していると、鶴丸と名乗る男は怪訝そうに顔をしかめた。

    「おいおい、本当に知らないのか? 名前くらい聞いたことはあるだろう」
    「すみません、神隠しされる前の記憶がないんです」
    「ああ、そういうことか。笑ってすまなかったな」
     記憶がないという発言を、鶴丸はすんなり受け入れた。神隠しした審神者の記憶を消すのは普通なのか聞いてみれば、俺はしなかったが気持ちはわかると鶴丸は言った。
    「あまりにつれない態度を取られると、記憶を消して一からやり直したくなる」
    「私は無理矢理隠されたんでしょうか?」
    「合意のうえなら記憶を消す必要はないだろう。そもそも、合意のうえの神隠しなんてありえん」
    「……想像がつかないですね」
     青江ははぐらかすことは多いが、無理強いはしない。彼女の意思に反する行為をする青江というのが想像できなかった。

     彼女は改めて鶴丸の顔を見た。見かけと中身は合っていないようだが、悪い人には見えない。けれど先ほどの口振りからして、彼も審神者を無理に神域へ連れ去ったのだ。
     恐ろしいことなのだとは思う。しかし、恐ろしいとは思わなかった。そう思わせるだけの記憶が、彼女にはない。彼女はタブレットの地図を開くと、気になっていたことを聞いてみた。
    「校長室ってお部屋はどれですか?」
    「ばっ」
    「ば?」
    「馬鹿かきみは! 負けるつもりか!?」
     彼女は鶴丸に向かってタブレットの画面を見せたが、それを鶴丸が慌てて手で塞ぐ。しかし、彼女には彼が慌てる理由がわからない。

    「負けるのはもうちょっと外の世界? を見てからにするつもりです」
     青江は好きにすればいいと言ったが、どんな場所かもわからない未来より、青江と共に神域でこれからも暮らしたい。ただ良い機会なので、神域以外の世界を堪能しようと彼女は考えていた。そう言えば、鶴丸はあきれた声を出した。
    「ずいぶんと簡単に言うじゃないか」
    「私、負けようと思えばいつでも負けられるんです。私の敗北条件は……」
    「あ~~~~!!!」
     突然叫ばれびっくりしていると、鶴丸が彼女の両肩を掴んだ。心なしか目が血走っているように見える。

    「そんな簡単にタブレットを見せるな、離脱条件を言うな。きみが良くても他のやつが困るかもしれないだろう」
    「すみま、せん?」
     本当はよく意味を理解していないが、とりあえず謝っておく。鶴丸は、今度は自分の頭を抱えた。

    「きみを隠したのは誰だ?」
    「にっかり青江です」
    「青江か。彼は一体何を考えているんだ? こんな危なっかしい子をほったらかして」
     鶴丸は頭を抱えたまま、横目で彼女を見た。
    「……きみが良ければ、俺と一緒に行動するか?」
    「いいんですか?」
    「このままきみを一人にすると、俺の心の臓に悪い」
    「ご一緒していただけると助かります。よろしくお願いします」
     彼女からすればありがたい申し出だ。一人で見知らぬ場所を見て歩くのは、やはり不安があった。鶴丸は丁寧にお辞儀する彼女を見て苦笑いを漏らすと、彼女の名を問うた。

    「名はなんという?」
     自分だけ名乗っていないことに気づき、彼女はすみませんと謝った後、自分の名と思しきものを言う。
    「『主』か『うさぎ』だと思います」
    「待て待て待て! 遊戯者名だ! 刀剣男士に真名を言おうとするな! きみは説明を聞いていなかったのか!?」
    「あ、ごめんなさい。え~と、それでしたら『灯篭』です」
     鶴丸は再び頭を抱えたが、彼女にその意味は伝わっていない。鶴丸は頭が痛むのを感じながら教えてやった。
    「名は最も短い呪いというように、他のやつに知られたら悪用される可能性がある。安易に教えちゃいけないぜ」
    「わかりました」
    「それと、主もうさぎもきみの真名ではないはずだ。主はきみが審神者だった頃、青江の主だったから。その名残だ。うさぎというのも、きみの見た目から付けた愛称だろう」
     俺なら兎ではなく鶴にするがなと鶴丸は付け加える。赤い瞳以外は鶴丸とそっくりの白い髪と肌を持ち、白い衣服を身にまとう灯篭は、少しだけ残念に思った。

    「私って自分の名前も知らないんですね」
    「悪いことばかりじゃないさ。特に今回の遊戯のような場合は、な」



     髭切が隠した審神者は十六の娘だった。髭切のような兄が欲しいと言われたので、妹にしてやろうと隠したら、毎日泣きながら非難される破目になった。弟にはついぞ来なかった反抗期なのかもしれないが、最低とか嫌いとかいう否定の言葉ばかり浴びせられるのは、なかなか辛いものがある。
     本霊から今回の遊戯の話が来た時、神域に連れてきてから初めて、彼女が否定以外の言葉を口にした。『遊戯に参加したい』。可愛い妹の願いを叶えてやるのが兄というものだろう、彼はその願いを快諾した。もちろん、現世に帰してやるつもりなんて更々ないが。

    「千年も刀やってると、新しいことが覚えられないんだよねぇ」
     彼は政府から支給されたタブレットを天にかざしたが、画面は暗いままで何も映らない。はてあの狐はどうやって画面を明るくしただろうかと首を捻るが、一向に思い出せなかった。いいいかげん覚えてくださいと言うわりには、操作する足が速いのだあの狐は。
     うんともすんとも言わないタブレットをしまうと、彼は改めて自分のいる部屋を見渡した。彼の生まれた時代とは大きく異なるが、厨だろうとは見当がついた。半年ほどいた本丸の厨よりは多いが、『こんろ』や『おーぶん』らしき物が見受けられた。

     本丸にいた頃は、厨で二人並び食事の手伝いをしたなと髭切は昔を思い出す。料理番から玉葱を切るよう言われ、今代の僕の名はみじん切りになるのかななんて、二人で笑いあったこともあった。
    「やっぱり反抗期なんだろうな。女の子は早いって言うし」
     別人になってしまった妹を悲しみつつ、考えても仕方がないので部屋を出て妹を探すことにした。彼が勝利条件を達成するには、妹と会う必要があった。
     戸を引くと、まったく同じ音が向かいから聞こえてくる。そしてまったく同じタイミングで、白い布を被った男が向かい合わせの部屋から出てきた。白い布から見える金髪は、見覚えがある。確か彼の名は……。
    「山姥切国広だ」
    「あんた、弟以外の名前は覚えれるんだな」

     弟は名前がころころ変わりすぎなんだよと自分のことは棚に上げつつ、髭切はタブレットを取り出した。
    「いいところにいた。これの使い方を教えてくれないかい?」
     山姥切は髭切の顔を見た後タブレットを見、また髭切の顔を見返した。
    「さっきから画面に何にも映らないんだ。壊れたのかな?」
    「あの時操作方法を聞いてたのは、あんたか」
    「そうそう。またあの狐に聞けばいいのかもしれないけど、いいかげん怒られそうかなって」
    「もう怒っていたと思うぞ」

     山姥切は髭切の手にあるタブレットを取るといいか? と言い、髭切に手元が見えるよう彼の横へ並んだ。
    「ここの出っ張りを押す」
    「ほうほう」
    「その後、こうやって画面を指で払う」
    「おぉ! 画面に絵が出てきたね」
     髭切は手をパチパチ叩き、続いて一番聞きたい質問をした。
    「それで、どうすれば僕の妹ちゃんの場所がわかるのかな?」
    「妹ちゃん?」
    「僕の今代の主のことだよ」
    「知るか!」

     タブレットを髭切に押しつけ、山姥切は布を深く被り直す。そして階の中央へ向かって歩き出したが、その背に髭切が声をかける。
    「妹ちゃん見たら教えてね」
    「写しに何を期待しているのやら。第一、俺はあんたの審神者がどんなやつか知らない」
     渋い顔をしつつ、歩を止めて髭切の方へ向き直る。髭切はへらりと笑い、若い女の子だよと答えた。
    「左の耳にピアスを三個、右に二個付けてる。あと、紺色のセーラー服っていうのを着ているよ」
     可愛いからすぐにわかるよとのろけられ、山姥切の眉間の皺はますます深くなった。

     すぐさま立ち去ろうとしたが、彼は念のために忠告をしておくべきだと思い直した。へらへら笑ってはいるが、相手は源氏の重宝。邪魔をされては面倒だ。
    「俺の主に手を出したら、誰であろうと切る」
    「君の主がどんな子か、僕は知らないよ?」
     自分が指摘したことと同じことを指摘され、山姥切は舌打ちする。だが、髭切は気にした様子もなく大らかに笑っている。
    「今度俺を見たら、それを俺の主と思え!」
     髭切が詳しく聞く前に、山姥切は足早に去ってしまった。髭切はその場に留まって、山姥切の言葉を推察していたが、あまり時間をかけずに答えが出た。新しいことは苦手だが、古いことは得意である。
     きっと彼が隠したのは男の子だろう。女の子だった時のことを想像し、悪趣味過ぎて笑ってしまったが、男の子でも十分悪趣味だと気づき、彼はまた笑った。


     彼女が遊技会場で初めて会ったのは『眉月』と名乗る女性だった。黒のタートルネックに黒のパンツスーツという威圧感を与える服装だが、いざ話してみると友好的な人物であった。
    「説明の場では裏切りを促すなんて言っていましたが、あれこそが刀剣男士の罠です。互いに協力して、現世に帰りましょう」
     眉月は見るからに年下の彼女にも丁寧な言葉で話し、信用してもらうためにと自らの離脱条件を打ち明けた。
    「私を隠したのは三日月宗近です。それと勝利条件は『審神者2の太閤桐が遊戯に勝利する』、敗北条件は『刀剣男士が4名遊戯に勝利する』」

     『太閤桐』と自分の遊戯者名を呼ばれ、彼女は驚いて自分の口を両手で覆う。目でどうしたのか聞かれ、彼女は自分が太閤桐だと告げた。それを聞き眉月も驚いた様子だったが、すぐに良かったと言い胸をなでおろす。
    「貴方が現世に帰ることで、私も現世に帰られます。ね? 私に協力してもらえませんか?」
     彼女に断る理由などなかった。元々一人で行動するのは、心細いと思っていたのだ。眉月が男性だったらもっと警戒しただろうが、同性だというのも誘いに乗る大きな要因となった。

    「私の勝利条件は『遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する』なんです。他の人とも早く会って、皆で協力すればきっと……!」
    「そうですね。ただ、それよりも優先させたいことがあるんです」
     眉月はそう言い、タブレットの地図を開く。参加者一覧同様、地図にも書き込みができるのだが、いくつかの部屋にバツ印が付けられていた。
    「太閤桐さんは、何故遊戯会場に中学校が選ばれたと思いますか?」
     会場の意味など考えたことはなく、突然の質問に何も返せない。眉月も答えは期待していなかったようで、彼女の顔を一瞥すると話を続けた。

    「私は審神者に有利になるよう、中学校にしたんだと思います。義務教育を終えた者なら誰でも一度は通った場所ですし、校舎の造りは違っても、部屋の名前は共通のものが多い。学校によって『家庭科室』と『調理室』といった違いはあるでしょうが、字を見ればどの部屋を指すかはおおよそわかります」
     眉月は三階の中央の一室を指さした。
    「貴方はここを体育館だと思いますか?」
    「いいえ」
    「そうですよね。四階建の校舎の三階にある部屋、しかもこんな小さな部屋を体育館だとは思いませんよね。それが私たちの常識です」

     けれど刀剣男士の常識は違うと彼女は言った。
    「審神者が教えていれば別ですが、彼らにそんな常識はありません。彼らは革張りのソファーがある部屋を見ても校長室だとはわからないし、職員室を理科室と勘違いするかもしれない。……さて、ここからが本題です。道具がある『校長室』・『職員室』・『美術室』・『図書室』・『理科室』・『体育館』・『情報処理室』・『水泳プール』と聞いて、どれが一番イメージしづらいと思いますか?」
     どれがと言われても、やはり彼女にはわかりかねた。え~と、え~と、と意味のない言葉で時間を稼ぐが、思い切って情報処理室と言ってみる。この部屋だけが彼女が通った学校にはなかったからだ。恐る恐る眉月の顔を見るが、彼女は正解ですとにっこり笑った。
    「少なくとも私はそう思います。情報処理という概念は、彼らの時代にはありませんから」
    「はぁ」

     彼女も情報処理の概念がいまいちわからなかったが、聞ける雰囲気ではなかったので曖昧に相槌を打つ。
    「私は刀剣男士が一番想像しにくい部屋に、一番いい物を置いていると思っています。他の参加者と合流するのも大切ですが、刀剣男士に道具を渡しては危険です。私たちでゲットしちゃいましょう」
     二人は情報処理室に行くことを第一の目標とし、道具がある図書室も途中で見つけたが、部屋の中を一周回ってそれらしき物がないとわかると、早々に部屋を出て次に向かった。
     自分たちがいた階の探索を終え階段を上れば、プールのある屋上に出た。眉月は彼女の巫女装束が濡れてはいけないからと、自分一人で行こうとしたが太閤桐も一緒に付いていった。気を使わせて申しわけなく思ったのもあるが、一人きりになるのが怖かった。

    「真面目な方なんですね」
    「え?」
    「巫女装束は強制ではないのに。私にはとても真似できません」
     審神者の服装に決まりはないが、女性は巫女装束、男性は狩衣が推奨されている。彼女は二年以上審神者を務めていたが、いつも巫女装束を身にしていた。
    「私はあまりいい審神者じゃなかったから、せめて格好くらいちゃんとしないと」
    「ご謙遜を。二年もされているのなら、十分立派でしょう」
     図書室と同じようにざっと見るだけで終えたため、水泳プールでも道具は見つからなかった。

     屋上、四階とすんだので、次は三階へ向かう。階段を下りてすぐの部屋には音楽室があり、音楽室の先は行き止まりだったので、逆方向へ進んだ。
     廊下を右に曲がり、普通教室らしき部屋を二つ通りすぎたところで、今まで見てきた特別教室と同じ種類の戸の部屋に行きついた。この学校の普通教室の戸は、上半分にガラスが嵌めこまれ部屋の中が見えるようになっているが、特別教室の戸にガラスはない。また、引き手も窪みではなくロングハンドルになっている。

     戸を開けてみると中は二部屋続きになっており、長机の上には四角いプラスチックの塊が、それぞれ五つずつ置かれていた。
    「思いの外早く見つかりましたね」
    「あの……」
    「ああ、あれは開発初期のパソコンです。情報処理室で合っていますよ」
     太閤桐はパソコンと言われた物の一つをまじまじと観察したが、異様に厚みのあるそれは彼女の知るパソコンとは違っていた。魂之助は中学校だと言っていたが、二千二百年代の中学校ではないようだ。
     目当ての部屋にたどりつき、二人はさっそく部屋の中を調べ始めたが、探し物は簡単に見つかった。眉月は部屋の後方、太閤桐は部屋の前方を探していたが、教卓の下に本丸にいた刀鍛冶が座っていた。
    「妖精さん?」
     彼女が聞けば、刀鍛冶はこくこくと頷く。そしてついて来いと目で合図し、廊下に面していない扉の前に行く。場所からして教員の準備室だろうか。刀鍛冶が扉の前に立つと扉は自動で開き、鍛刀部屋が現れた。本丸にあるのよりは小さいが、刀を鍛えるための設備は整っている。

    「眉月さん、鍛刀部屋があります!」
     捜索を続けていた眉月を呼ぶと、彼女が小走りでやって来る。そして簡易の鍛刀部屋に積まれた資源を見、全部百五十かとつぶやいた。
    「オール五十の短刀にしましょう。オール百のレシピで必ず脇差が来るとは限らないし、オール五十ずつにすれば私と貴方以外に、もう一人護衛用の刀剣男士を作れます」
    「鍛刀するんですか!?」
     刀剣男士に裏切られ隠されたというのに、同じ刀剣男士を頼るなど彼女には信じられない発想だ。それに短刀というのが尚更嫌だった。彼女を隠したのは一期一振だが、彼の弟たちも兄の神隠しに加担した。短刀を鍛刀すれば、高確率で藤四郎の誰かが来てしまう。

     しかし、眉月は引かなかった。
    「恐らく、参加者の刀剣男士は偵察値と隠蔽値が無効化されます。けれど、これから作る刀剣男士は参加者ではない。戦闘では役に立ちませんが、刀剣男士の動向を探るのに使えます」
    「遊戯の決め事にそんなことは書いてありませんでした」
    「書いてないでしょうね。魂之助が回答を拒否したぐらいなんだから」

     ──刀剣男士の─────はどうなる?
     ──お答えできません。

     遊戯の説明時、一つだけ内容が聞き取れない質問があった。そして魂之助は、その質問に対して回答できないと言った。
    「あの質問は貴方がしたんですか」
    「ええ」
    「魂之助は答えなかったのに、なんで無効化されるって言いきれるんですか? そもそもなんであんなこと聞いたんですか?」
    「……これからのこともありますので、少しお話しましょう」

     眉月がオール五十で鍛刀を依頼すると、刀鍛冶は作業に取りかかる。時間表示は二十分で、厚藤四郎と平野藤四郎は避けられたようだ。
     眉月は近くの椅子を指し座って話そうと言い、長机の真ん中にある椅子に座ったが、彼女は迷った。それは眉月に対して芽生えた猜疑心と、彼女の敗北条件故だった。太閤桐の敗北条件は『30分以上同じ部屋に留まる』。
     そのためタブレットの右隅にある遊戯の経過時間とは別に、自分の審神者名の横に敗北条件達成までの残り時間が表示される。
    「(そろそろ三十分経つはず)」
     そう思いタブレットを見たが、残り時間が何故かリセットされている。初めは見間違いかと思った彼女だが、鍛刀部屋に入ったことでリセットされたのだとわかると、胸をなでおろした。

    「(鍛刀が終わったくらいで部屋を出れば大丈夫ね)」
     眉月が寂しそうに苦笑するのを見て少し心が痛んだが、やはり隣に座るのはためらわれ、一つ間を空けて座った。
    「まず、お話するのが遅くなったことをお詫びします。私は審神者になる前は、審神者局の職員でした」
    「職員さん……?」
     審神者局とは、審神者に関する諸制度の制定や審神者のサポート等を行っている政府の機関だ。審神者にとって、最も身近な存在ともいえる。
    「元、ですが。私が職員だった頃、この遊戯のプロジェクトが設置されました。刀剣男士の能力操作に関して知っているのは、私がプロジェクトを立ち上げたメンバーの一人だったからです。途中で別のプロジェクトに異動しましたので最終的にどうなったのかはわかりませんが、上層部は刀剣男士の能力操作に前向きでした。公平性の観点からしても、実施されたと考えて問題ないでしょう」

     淡々と説明する眉月を見て、彼女は驚くより先に納得した。道理で頭がいいわけだと。政府の仕事の仕組みについて詳しいことは知らないが、神隠しされた審神者の救済に関するプロジェクトの立ち上げ人になるなど、よほど頭が良くて上からも認められていない限り無理だろう。
    「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?」
    「審神者の多くが、政府に良い感情を持っていません。不誠実だとわかりながらも、できれば隠していたいと思っていました」
    「私は職員さんたちのこと、そんな風に思ってません!」
     自分で思っていた以上に大きな声が出、彼女は慌ててすみませんと謝る。だが、審神者局の職員に心から感謝している彼女からすれば、自分たちが嫌われているなどと思ってほしくなかった。

     太閤桐は真面目だが要領が悪く、がんばりに見合うだけの評価をされてこなかった。大学受験も一生懸命がんばったが滑り止めの大学しか受からず、仕方なく受かった大学に進学したものの、派手な校風が合わずに辞めてしまう。
     その後は第一志望だった大学に入るため勉強し直したが、二年連続で落ちてしまい、途方に暮れていたところに審神者の勧誘を受けたのだ。自暴自棄になって審神者になった感はあるが、彼女を担当した若い職員は献身的に彼女をサポートしてくれた。
     彼は彼女の努力をちゃんと見てくれ、彼女が挫けそうになる度に貴方ほどがんばっている人は他にはいない、きっと結果に結びつくはずだと励ましてくれた。そうして良い結果が出た時は、自分のことのように喜んでくれた。
    「親以外の人から褒めてもらったのって、初めてだったんです。ずっと自分のこと駄目なやつだと思ってたけど、少しは認めてあげてもいいかなって思えるようになって」
     その職員に一期が嫉妬したせいで神隠しされてしまったのだが、彼を恨んだことは一度もない。それどころか、現世に帰ったら何よりも先に彼にお礼が言いたかった。

     彼と同じ政府の人間ならば、眉月のことを信用してもいいと思い、太閤桐の中にあった彼女への不信感は消えた。あえて触れなかった自分の敗北条件も思いきって打ち明け、眉月は驚きつつも、的確なアドバイスをくれた。
    「刀剣男士に見つかるリスクを考えると、移動は最小限にした方がいいでしょうね。そうなると、やはり廊下に出るよりは鍛刀部屋に入って、時間をリセットする方が安心かな……。私が刀を受け取ったら、鍛刀部屋にすぐ入ってください。鍛刀したくないあなたの気持ちもわかりますが、鍛刀するだけ鍛刀して、どうしても駄目なら私の刀に鍛結させてください」
    「はい、わかりました」
     彼女は話しながら、眉月と会えた己の幸運を心の底から嚙みしめるのだった。油断できない状況下には違いないが、きっと上手くいく。彼女はそう信じていた。

     二十分経ち、できたのは五虎退だった。しかし眉月は顕現させようとしなかった。鍛刀が終わるのを待つ間に、藤四郎兄弟たちの話をしたので気を使っているのかもしれない。私は大丈夫だからと噓を吐くことができず、彼女は眉月に代わって鍛刀部屋に入ろうとした。だが眉月に待ってと足止めされる。
    「タブレットの経過時間、教えてもらえませんか?」
     疑問に思うこともなく、彼女はタブレットに視線を落としたが、その瞬間膝を思いきり蹴られ、彼女は背中から床に倒れた。背中に痛みが走るが、自分の身に何が起こったのか、彼女には理解できなかった。それもそうだろう。自分の味方と信じて疑わなかった人間が、自分を蹴飛ばし刀で切ろうとするなんて、一体誰が想像できるだろうか。

     上半身を起こしたところで顔を切られ、とっさに手で顔を押さえるが、眉月は太閤桐にまたがると彼女の髪を鷲掴みし、容赦なく床に叩きつける。
     創作物の中だと殺人犯に襲われた女性は、甲高い悲鳴を上げ助けを求めるものだが、本当に恐怖を感じた時に声は出ない。太閤桐はただ逃げることだけを考え眉月の体の下でもがいたが、そんなささいな抵抗も許さないと言わんばかりに、彼女の体に刀を何度も突き刺す。
     徐々に薄れていく意識の中で、太閤桐の頭に政府職員の彼の笑う姿が浮かんだ。刀剣男士と比べれば、ぱっとしない男だ。けれど、彼の言葉の一つ一つに一喜一憂した。
    「好き……」
     現世に帰ったら真っ先に彼に会いたいと願った本当の理由がわかり、彼女の目から涙がこぼれる。しかし、顔の傷から流れてくる血と、刺されるたびに喉からせりあがってくる血とで口内は溢れかえり、彼女の言葉は音にならなかった。


    「離脱者の発表を行います。審神者2の太閤桐、敗北。刀剣男士2の一期一振の勝利です」

     校内アナウンスが流れ、床に倒れたままの太閤桐の体が徐々に透明になっていく。消えつつあるのは彼女の体だけでなく、遊戯者名『竜胆』が見ていた太閤桐のタブレットも、彼女の手の中から消えようとしていた。
     彼女は太閤桐とそのタブレットが完全に無くなったのを確認してから、よろめきつつ立ち上がったが、自分がまだ短刀を固く握りしめているのに気づいて、慌てて手を離す。そして血でぬるつく右手を、ズボンに何度も擦りつけた。

     自分の勝利条件が『刀剣男士が4名遊戯に勝利する』で、敗北条件が『審神者が3名遊戯に勝利する』だと知った時、彼女の心は決まった。彼女を隠した鶴丸国永の敗北条件を狙う手もあるが、そんな悠長なことは言っていられない。
     彼女が太閤桐に話したことのすべてが、嘘だったわけではない。元政府職員だったのも、秘密遊戯の立ち上げに関わっていたのも本当だ。だが、審神者に有利になるよう政府が便宜を図っているというのは大嘘だ。
     元々秘密遊戯が企画されたのは、神隠しされた審神者のためではない。神無月に出雲に集まる神々のための余興として考えられたのだ。刀剣男士が圧勝してはつまらないので偵察と隠蔽の能力は無効にされているが、神々は刀剣男士が勝つことを望んでいる。
     だからその他の値はそのままであるし、何より彼らは真名の使用どころか抜刀も禁止されていない。これは遊戯会場を中学校にするのでは釣り合わないほどのアドバンテージだ。

     最初に会った参加者が太閤桐だったのは、まるで天が彼女の決意を肯定しているかのようだった。彼女が持っている他者の敗北条件は太閤桐のもので、だから嘘の勝利条件に太閤桐の名が使えた。自分のように名前を偽っている可能性も考えたが、彼女のタブレットが太閤桐その人だと証明した。
    「(私は必ず現世に帰る。現世に帰るべきは私のような優れた人間だ、こんな女じゃない)」
     未だに激しく動悸する胸を押さえ、彼女は自分に繰り返し言いきかせる。ふと視線を感じ顔を上げれば、一部始終を目撃していた刀鍛冶が、眉を吊り上げ彼女を睨んでいた。しかし彼女は刀鍛冶を鼻で笑った。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:太閤桐
     勝利条件 遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する
     敗北条件【30分以上同じ部屋に留まる】
    刀剣男士2:一期一振/勝利
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 ???

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:雅
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 ???
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:徳島
     勝利条件 ???
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀虎徹
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:友切
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:竜胆
     勝利条件 刀剣男士が4名遊戯に勝利する
     敗北条件 審神者が3名遊戯に勝利する
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???


    ≪道具一覧≫
    校長室:???
    職員室:???
    美術室:???
    図書室:???
    理科室:???
    体育館:???
    情報処理室:鍛刀部屋
    水泳プール:???


    第二章:あなたじゃない 茶坊主と雅は他の参加者を探す前に、美術室の探索を行った。美術室は第一と第二に部屋が分かれており、道具があったのは彼らがいたのとは別の部屋であった。
     用意されていたのはお札で、他の印刷物に紛れ掲示板に貼られていた。札の説明書きも併せて貼ってあり(特殊な力ではがせないようになっていた)、刀剣男士の動きを二時間封じる力があるらしい。ちょうどいいことに二枚あったので、彼らは一枚ずつ持つことにした。

     無事道具を確保し、次はどこへ行くかという話になった時、雅が一階から回ろうと提案した。
    「校長室とか職員室って、一階にあると思うんだよね」
     彼らの目的は他の参加者と会うことだが、政府の道具を回収しながらの方が効率はいい。他の部屋は何階にあるか見当がつかないが、来客対応のため校長室や職員室は一階にあるはずだというのが雅の推理である。
    「わかりました。じゃあ一階からで」
     彼が通った学校も一階に校長室と職員室があったし、仮にその二部屋がなくても一階から上に向かって順々に探していけばいい。そう考えた彼は、雅の提案に同意した。

     階段は雅が遊戯開始時にいた外階段を利用した。彼は試しに外へ手を伸ばしたが、見えない壁に阻まれた。結界が張ってるみたいだよ、何もない場所で手が止まっている彼を見て雅が言う。どうやら彼女も校舎の外に出られないか試したようだ。彼は自分の感想については言わず、『張っている』ですと注意するにとどめた。
     外階段の一番下まで下りればグラウンドに行く道と校舎内に戻る道とがあったが、グラウンドには出られそうにないので、彼らは再び校舎に入った。
    「保健室ですね」
     彼は薬品棚を見て言った。雅はベッドを見て、唇に人差し指を当てる。
    「長谷部を連れてきたら面白そうだね」
    「へしかわの極みとかいう雅さんの長谷部ですか?」
    「そう、君のおっかない長谷部と違ってへしかわな私の長谷部だよ」

     美術室を探す間、二人は互いの本丸についても話をした。彼が初期刀は加州で、三日月と一期、明石以外は集まったと当たり障りのない話を選んだのに対し、雅は自分の本丸の長谷部について熱弁を振るった。
     ある日得意げな顔をして『My sweet』と呼んできたので、そんな軽い呼び方は嫌だと言えば見るからにしゅんとしょげてへしかわだったとか。呼ぶなら『Darling』か『Honey』にしろと言うと、今度は顔を赤くしてHoneyと呼んできてへしかわだったとか。Honeyと呼んだ後に、蜂須賀をハニーと呼ぶのはどういうことかと突然ヤンデレてへしかわだったとか。彼の記憶が正しければ、話の後半はへしかわしか言っていなかったように思う。

    「連れてきたい理由は言わなくていいですよ。下ネタ嫌いなんで」
    「やだな。さっきのは君が勝手に勘違いしただけじゃないか」
     へしかわへしかわ連発している流れで、『長谷部が私の布団に来るたびに思うんだけどね、長谷部って思ってたより大きいなって』と言い出し、彼にしては珍しく露骨に顔をしかめたのだが、雅は満面の笑みで『身長のことだよ?』と某脇差のような返しをしてきた。
     彼は内心よくも長谷部に隠された人間の前でのろけられるなと思ったが、初対面の時感じたほどミステリアスな人間ではないとわかり、ほっとしたのも事実であった。
     保健室を突っきり、保健室の隣の部屋から探索を開始したが、その間他の参加者に会うことはなく、政府の道具も見当たらなかった。

    「離脱者の発表を行います」

     保健室と同じ並びの部屋を探し終え、中庭の前を通って建物の奥へと進もうとしたところで、校内放送が流れてくる。魂之助の声だ。
     放送は審神者の敗北を伝えた。覚悟していたとはいえ、彼の心はざわつく。これが審神者の勝利を伝えるものだったら、どんなに良かったか……! タブレットで時間を確かめれば、遊戯開始から四時間が経とうとしていた。

    「これより遊戯を一時中断し、補足説明に入ります」

     追加のアナウンスが流れると、タブレットの時間表示がぴたりと止まる。茶坊主君と肩を叩かれ、雅の視線の先を見れば、少し離れた所に魂之助がいた。魂之助は頭を下げると彼らの側まで近づき、お二人同時に説明してもよろしいですか? と聞いてくる。茶坊主と雅は顔を見合わせ、雅がいいよと返事をした。
    「まずはタブレットの参加者一覧をご覧ください」
     茶坊主は言われるまま、参加者一覧のアイコンをタップした。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士1:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:太閤桐
     勝利条件 ???
     敗北条件【???】
    刀剣男士2:一期一振/勝利
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 ???

    審神者3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:雅
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 ???
    刀剣男士4:歌仙
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:徳島
     勝利条件 ???
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:友切
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:髭切?
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???


     審神者4・7、それに刀剣男士の4・6・7は雅から得た情報を基に書き込んだものだ。しかし、書いた覚えのない審神者2の名前と勝敗についても、画面では記されていた。
    「最初の説明の際に、参加者一覧は原則自動反映されないと申しました。ですが、離脱者が出た時は別です。遊戯の離脱者が出た場合、離脱者の名前と勝敗が自動で反映されます。また、どの条件を満たし離脱したかがわかるよう、該当の離脱条件は【 】で括っております」
     確かに太閤桐の敗北条件の前後に【 】のマークがあった。魂之助の言うとおりだとすれば、太閤桐は自身の敗北条件を満たしてしまい、負けたことになる。
    「それともう一つ。今回貴方方は該当いたしませんが、離脱者の最も近くにいた同陣営の参加者に、離脱者が持っていた他者の離脱条件が譲渡されます」
    「どういうことだ?」
    「例えば、審神者Aが遊戯を離脱したとしましょう。この際の勝敗は関係ありません。審神者Aは刀剣男士Aの勝利条件と審神者Bの敗北条件を持っていましたが、審神者Aが離脱した際最も近くにいた審神者Cのタブレットに、刀剣男士Aの勝利条件と審神者Bの敗北条件が反映されます」

     次に審神者Cが離脱すれば、審神者Aから引き継いだ刀剣男士Aの勝利条件と審神者Bの敗北条件、更に審神者Cが元々持っていた刀剣男士Bと審神者Dの敗北条件が、審神者Cが離脱した時に最も近くにいた審神者に受け継がれる。この措置は最後の一組になるまで続くと魂之助は説明した。
    「離脱した当人の離脱条件は引き継がれないのかい?」
    「そのとおりです。あくまで引き継がれるのは、他参加者の離脱条件です」
    「例えば俺が雅さんに一期一振と徳島の離脱条件を教えたとする。その後雅さんが離脱したら、最も近くにいた審神者に一期一振と徳島の離脱条件は譲渡されるのか?」
     雅に引き続き彼も質問したが、魂之助はいいえと首を横に振る。
    「他参加者から聞いて得た離脱条件は譲渡されません。参加者一覧に書かれている自分以外の黒字の離脱条件が譲渡されると考えれば、わかりやすいかと思います」
    「聞くまでもないけど、これって刀剣男士も同じだよね」
    「もちろんです。刀剣男士も最も近くにいた刀剣男士に、離脱条件が譲渡されます」
    「政府は俺たちを現世に帰す気があるのか?」

     魂之助の説明が終わっても、遊戯はなかなか再開されなかった。理由を聞けば、全参加者への説明が終わり次第再開することになっているのだという。彼にはさほど難しい内容には思えなかったが、遊戯が再開されたのはそれから十分ほど経過してからだった。
    「それではご健闘をお祈り申し上げます」
     そう言い残し、魂之助の体は目の前から消えた。彼は頭を切り替え、再び探索を始めようとしたが、隣で雅がくすりと笑った。
    「君が持ってる……」
    「持っている」
    「……君が持っているロイヤル様の勝利条件、価値が上がったね」
    「なんでです?」
     一期は既に離脱した。彼の勝利条件などもはや何の役にも立ちそうにないのだが……。雅はハニーの例があると言った。

    「ハニー以外に他者の離脱条件が必要な参加者がいるかは知らないけどさ、少なくともハニーは君から是が非でも一期一振の勝利条件が欲しいと思う。何せ本人がいなくなった以上、君しか彼の勝利条件を知らないからね」
    「蜂須賀の離脱条件とは?」
     雅は目を丸くしたが、すぐにごめんと言い苦笑いをした。
    「言ってな……言っていなかったね。ハニーの勝利条件は『全参加者の離脱条件を把握する』」
    「蜂須賀に会いたくなくなりました」
     一期の件に加え、彼は蜂須賀が隠したと思われる徳島の敗北条件まで知っている。

     その時、隣からウゲッと雅の雅でない声が聞こえてきた。
    「(だからといってお前に会いたかったわけじゃないんだが)」
     前方の廊下の曲がり角から、歌仙兼定が姿を現したのだ。歌仙も二人の存在に気づくと、彼らを交互に見、そして蕩けるような笑みを浮かべた。
    「主、その男は誰だい?」
     歌仙は笑顔のままだったが、自身の本体を鞘から抜く。彼の後ろには大きなステンドグラスがあり、そこから差し込む色のついた光が刃に反射して光った。
     茶坊主は頭の中で遊戯のルールをおさらいしたが、どこにも『刀の使用を禁じる』という文言が見当たらない。彼の頭に三十七人目という言葉が浮かんだのと、歌仙が絶叫したのは同時だった。

    「この浮気者!!」
     歌仙が叫んだのを合図に、茶坊主と雅は後ろに走り出した。振り向く余裕はないが、足音と殺気から歌仙が追いかけてきているのがわかる。
    「雅さんの雅なんだから、雅さんが雅なんとかしてくださいよ」
    「雅雅うるさいな、君は歌仙か! 歌仙の機動っていくつだっけ!?」
    「石切丸より上で長谷部より下です」
    「つっかえない知識だね!!」
     茶坊主の淡々としたしゃべりに雅が切れ気味に返す間も、彼らは全速力で走ったが、刀剣男士の歌仙の方が速いに決まっている。差はどんどん縮まっていった。

     彼らは昇降口へ逃げ込みグラウンドに出ようとしたが、はめ殺しのように扉はびくともしない。そこで外に出られないことを思い出したが、時既に遅し。歌仙も昇降口の前まで来ていた。
    「長谷部にちょっかいを出したかと思えば、また新しい男かい? きみも懲りないね」
     歌仙の顔にもはや笑みはなく、見開かれた目で主の隣にいる男を睨んでいる。明確な殺意を向けられ、彼が背を預けていた扉はカタカタと揺れた。しかし雅がすっと茶坊主の前に立ち、歌仙からの視線を遮った。
    「心外だな。私はこう見えて一途なんだ」
     先ほどまで騒いでいたのが嘘のように、雅は冷静だった。動揺を隠すため、茶化した言い方をしているようにも見えない。

    「どの口が言うんだか」
    「長谷部に愛をささやくこの口がさ」
    「ははっ、そんな口利けないように削ぎ落してやろうか」
     姿が見えなくても歌仙の怒気が強くなるのが伝わってきたが、雅は怖気づくことなく胸ポケットから札を取り出し、叫んだ。
    「歌仙兼定の動きを封じよ!」
     歌仙に向け投げられた札は、意思を持っているかのように真っ直ぐ歌仙へと飛んでいく。歌仙は自身に飛んでくる前に札を切ったが、札は落ちることなくぴたりと刀へと貼りついた。

    「なんだ……これは……」
     歌仙の戸惑った声が聞こえ、雅の背の後ろから歌仙をのぞけば、彼は札を切った格好のまま止まっていた。いらだちが露わになった表情から動こうともがいているのはわかるが、体は少しも動かなかった。
    「逃げるよ!」
     茶坊主の腕を掴み、雅は歌仙の横を通り過ぎる。
    「貴様! 次に会った時は、その首はないものと思え!!」
     間近で歌仙の殺気に触れ、彼は腰が抜けそうになったが、雅は表情一つ変えず彼を保健室の方へ引っ張っていく。外階段から上の階へ逃げるつもりのようだ。単なる下ネタ好きな女と思っていたが、雅の評価を見直す必要があると彼は痛感した。


     遊戯の再開が遅れたのは、遊戯者名『友切』がパニックを起こしていたからだった。
    「もうやだ! 帰して! 帰して、帰してよ! ねぇ、帰してよ!!」
    「落ち着いてください。説明が終わらなければ、遊戯が再開できません」
    「帰して!!」
     魂之助の説明を拒否し、ただただ叫び続ける。彼女は恐怖と戦いながら遊戯を進めていたが、同じ審神者の敗北を聞き、限界に達してしまった。そこへ政府の使いが現れたものだから、藁にもすがる気持ちで魂之助に助けを求めたのだ。

     刀剣の収集に関していえば、彼女は運の良い審神者だった。出ないと嘆く審神者も多い三日月宗近や謙信景光を就任早々に入手し、その後もいわゆるレア刀と言われる刀を次々鍛刀で呼び出した。彼女の本丸で、鍛刀で入手できていないレア刀といえば、膝丸くらいだ。
    「膝丸はいいよね。私も髭切みたいなお兄ちゃんが良かったな」
     まだ見ぬ膝丸について、髭切とそんな会話をしたこともあった。髭切と話していると調子が狂うと言う審神者もいるが、彼女は彼の大らかなところが好きだった。
    「君に兄上はいないのかい?」
    「いるけど、すっごいクズ」
    「へぇ、茨木童子くらい?」
     小言を言わない点も良かった。歌仙に同じことを言ったら、説教を食らってしまった。

    「じゃあ僕の妹になればいい」
     あまりに平然と言うので彼女は自分の耳を疑ったが、彼はにっこり微笑んでもう一度妹になればいいと言った。
    「膝丸が嫉妬しない?」
    「嫉妬は良くないよ。鬼になっちゃうからね」
     答えになっていない答えだったが、彼女もまあいいかで済ませた。彼女の本丸に膝丸はおらず、あくまで兄のように妹のように振る舞うだけなのだから。

     けれどそう思っていたのは彼女だけだったようで、髭切は彼女を本当の妹にしようとした。髭切が本丸に来て半年経ったある日、彼女は突然髭切の神域に連れていかれた。これで僕の妹だよと言われても、意味がわからなかった。
     それから何度も未来に返せと訴えたが、髭切は不思議そうな顔をするばかり。秘密遊戯の参加でようやく未来に帰られるチャンスを得たが、周りに頼れる者は誰もおらず、放送で流れてきた他の審神者の敗北が未来の自分に思えた。

    「お金も全部返すから助けてよ! 政府ならどうにかできるでしょ!?」
     泣きながら魂之助にすがるが、魂之助は冷たかった。
    「いいかげんにしなさい。遊戯の進行を妨げたと見なし、貴方を敗北にしますよ」
     なんの温かみもない声に、彼女は息を飲む。彼女が静かになったのを確認してから、魂之助は参加者一覧の自動反映と離脱条件の譲渡について説明した。一通りの説明が終わり何か質問はあるかと聞かれたが、彼女は反射的に首を振る。魂之助はご健闘をお祈り申し上げますと感情のこもらない声で言い、姿を消した。
     
     一人取り残された彼女は、その場に呆然と立ちつくす。誰も助けてくれないのだと思い知らされ、泣き叫ぶ気力も尽きた。だが山姥切が階段を下りてくるのが見え、彼女の目に光が戻る。彼は彼女の勝利条件に深く関わる参加者だった。
    「さっき騒いでいたのはお前か」
     山姥切も彼女に気づき、階段から声をかける。それは彼女の知る山姥切国広ではなかった。目の前の山姥切は極らしく、彼女の山姥切のように白布はかぶっていない。しかし彼女の感じる違和感は極めたかどうかといった単純なものではなく、長い前髪からのぞく碧眼も冷たく言い放つ声も、どこをとっても山姥切国広らしくない。

    「刀剣男士ともう会ったか?」
    「……」
    「どうなんだ、答えろ」
    「まんばが初めてだよ」
     いらだった声で急かされ、慌てて返す。自分が知らない山姥切との間に沈黙が走るのが嫌で、彼女は聞かれる前に自分の遊戯名と隠された刀剣男士を告げた。

    「髭切? ……ああ、実装されたな」
     山姥切は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得をした。それ以上彼女に用はなかったのだろう、三階のフロアに降り立つと無言のまま彼女に背を向け、吹き抜けの方へ歩いていく。
    「待って!」
     呼び止めたのは無意識だったが、山姥切が振り返ったことで彼女は覚悟を決めた。彼女の勝利条件は『自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く』。そして敗北条件を把握しているのは審神者5の『写し』。髭切に隠された彼女が友切なら、写しは山姥切に隠された審神者と考えるのが自然だろう。

     自分の勝利条件を知った時、彼女は戸惑った。未来には帰りたいが、自分と同じ目に遭った審神者を犠牲にするなど良心が許さなかった。その気持ちは太閤桐離脱の放送までずっと続いていたけれど、あの放送を機に、なんとしてでも未来に帰りたいという気持ちが強くなった。
    「私……まんばが隠した審神者の敗北条件、知ってる」
     彼女がそう言うと、山姥切は深刻な顔つきをして彼女の元まで戻ってきた。
    「審神者ナンバーと名は?」
    「審神者5の写し」
    「俺……の主で間違いない。それで? 敗北条件は?」
     いざ告げる断面になると抵抗はあったが、それでも未来に帰るためには言うしかない。
    「『遊戯の経過時間が24時間に達した際に、参加者が12名以上残っている』」

    「そうか、わかった」
    「……っ!」
     山姥切に突然腹を殴られ、彼女はその場に崩れ落ちた。腹を押さえ咳きこむが、山姥切は容赦せず低くなった彼女の頭を蹴り飛ばし、倒れた彼女の体を何度も踏みつけた。
    「やだ、まんば! やめて!!」
    「黙れ、このクソガキ!!」
     頭を両手でかばうが、山姥切の攻撃はやまなかった。体を丸めて耐えていたが、隙間をすり抜け腹に思いきり蹴りが入る。運の悪いことに蹴りは鳩尾に入り、彼女の意識はだんだんと遠のいていった。


     審神者になってほしいと父親から頭を下げられたのは、友切が高校一年生の時だった。その日は一学期の終業式があった日で、彼女が学校から帰ると両親がそろって家にいた。珍しいこともあるものだと思いつつ、二人の横を素通りしようとしたところで、突然父親が土下座をしてきた。
     お兄ちゃんの手術にお金が必要なの。お願い、×××ちゃん。お兄ちゃんを助けてあげて。父親に引き続いて母親も、泣きながら頭を下げてきた。

     彼女の兄は重い病を抱えていた。病名は知らない。兄の主治医から説明されたことはあったが、彼女に覚える気はなかった。治療が難しく、いつ死んでもおかしくない病気。それさえわかれば十分だった。
     彼女の家は病気の兄を中心に回っていた。両親が彼女の学校行事に顔を見せることはなく、お兄ちゃんが病気で苦しんでいるのにお祝いなんてと、彼女は誕生日を祝ってもらったことすらない。自分を見てもらいたい一心で、中学一年生の時にピアスを開けたが、兄が指摘するまで母親は気づかなかった。彼女はショートカットで耳を常に出しているのに、だ。父親に至っては、未だにピアスをしているのすら知らないだろうと彼女は思っている。

     彼女はそれ以来、親は独立するまでの単なる金蔓だと割りきり、期待するのをやめた。それでも兄と天秤にかけた結果兄を取ったと、言外に示されたのはショックだった。
    「あいつが助かるんだったら私は死ねって?」
     審神者の存在はあまり世間に知られていなかったが、一年前に募集要件が高卒から中卒に引き下げられた際、大々的にニュースで取り上げられ、一気に認知度が高まった。歴史修正主義者との戦いの最前線に、義務教育を終えたばかりの子供を就かせるべきではないと、批判的な意見が世論を占めたが政府は断行し今に至る。
     
     彼女が兄をあいつと呼ぶ度、彼女の母は烈火の如く怒っていたが、この時は違う違うと言い泣くだけ。彼女にはその姿が、酷く滑稽に映った。彼女は追いすがる両親を無視し、友達と遊ぶ約束をしていたのでそのまま家を出た。
     彼女はその日家に帰らず友達の家に泊まり、友達に家に帰ると言った足で兄の病院に向かった。ピアスを指摘されて以来見舞いにはいかなかったから、三年ぶりのことになる。兄は彼女の姿を見て驚いたが、苦しげな顔を見せた後、うつむいてすまないとつぶやいた。
     三年ぶりに見る兄の容姿は、薬の副作用で顔が腫れている以外変わりなかったが、彼女に対する態度は大きく違った。お前はなんでも自由にできていいよな、彼女のピアスを目敏く見つけ、そう吐き捨てた彼の姿はどこにもない。

    「(毛嫌いする妹に頭下げてまで生きたいの?)」
     そうののしってやろうかと思ったが、やめた。
    「気にしないで」
     それだけ言うと彼女はその場で母親に電話し、審神者になることを了承した。電話の向こうから聞こえる嗚咽がうるさいので、用件だけ言うと電源ごと電話を切った。そして彼女は拳を握り締め震える兄を尻目に、病室を後にした。
     その晩彼女の耳のピアスは左右一つずつ増え、左に三つ、右に二つとなったが、彼女の両親はやはり何も言わなかった。

     高校を休学し審神者になった彼女だったが、本丸での生活は想像と違っていた。映画に出てくるような悲惨な戦場を思い浮かべていたが、本丸は広く綺麗で、初期刀の陸奥守吉行も初鍛刀の薬研藤四郎も荒れた感じはしなかった。
     それどころか、陸奥は彼女の格好を見て水兵みたいじゃと目をキラキラさせ、薬研は見た目に似合わぬ低い美声で、これからよろしく頼むと握手を求めてきた。
     二人が特別かと思いきや、後から来た刀も彼女を蔑ろにしなかった。話しかければちゃんと顔を見て話を聞いてくれるし、体調が悪ければ告げずとも察して気づかってくれる。生まれた時代や立場の違いから考えが合わないこともあったが、彼女は血の繋がった肉親より、彼らの方が何倍も親しみが持てた。

     彼女にとってピアスを開けることは、自分の存在を伝えるための手段だったので、本丸に来てから開けることはなくなった。だが時々、無性に開けたい衝動に駆られはした。
     例えば薬研が、
    「どうだ大将……兄弟たちは元気にしているか?」
     と聞いてきた時。例えば蜂須賀が、
    「浦島虎徹は弟でね……誰とでも仲良くなれる、可愛いやつだよ」
     と自慢してきた時。他にも次郎太刀が
    「アタシはほら、兄貴と違って現世寄りだからねぇ」
     と太郎太刀を引き合いに出した時。刀剣男士に兄弟の話をされると、どうしようもなくピアスが開けたくなった。それは髭切の時も同じだった。

    「弟の……う~んと、なんだったかな。ええと……」
     名前はど忘れしたと言いつつ、彼は弟を頼むとお願いしてきた。彼女の本丸に膝丸はおらず、会いたいのかと尋ねれば会いたいと目を細める。
     兄弟の話をする時、刀剣男士は皆髭切と似たような目をする。彼らは主である彼女のことを大切にしてくれるが、兄弟刀には敵わないのだと彼女はその目を見る度思い知らされた。彼女は自分の中に芽生えた衝動をごまかすため、自分も髭切のような兄が良かったと言った。


     その日安全ピンをライターで炙っていた理由は覚えていない。小豆長光を顕現した日だったような気もするが、定かではない。彼女はピアスを開ける時、ピアッサーでなく安全ピンを使う。学生でお金がないのも理由の一つだが、思い立った時にすぐ開けられるのが良かった。
     安全ピンを炙りはしていたものの、新しいピアスホールを開けるかは迷っていた。これ以上は開けすぎだと思う一方で、まだ軟骨部分があると逃げてしまう気持ちもあった。そこへ妹君いるかい? と障子の向こうから声をかけられた。髭切は兄妹ごっこを始めてから、彼女を妹君と呼ぶようになった。

     彼女は机の引き出しを開けたが、少し考えた後そのまま閉め、ライターと安全ピンを机の上に放り投げる。
    「どうぞ」
     椅子を回転させ戸の方を向けば、髭切が部屋に入ってくる。しかし彼は入ってすぐの所で立ち止まり、ありゃとつぶやいた。
    「火の臭いがする」
     刀剣男士の五感が鋭いことは知っていたが、これには彼女も驚いた。驚きが顔に出てしまい、髭切は火遊びはいけないよと注意する。

    「火遊び……火遊びになるのかな」
    「何してたんだい?」
     近寄ってきた髭切が、彼女の視線の先にある物をのぞきこむ。安全ピンとライターを見ただけではわからないようで、彼は無言のまま首を傾げた。
    「えっと、これのことピアスっていうのは前に教えたよね?」
     耳たぶを掴み、髭切にピアスを見せる。彼は首を縦に振った。
    「本当はちゃんとした開け方があるんだけど、こうやって火を点けてピンの先を炙って消毒して。で、耳に刺してピアスを付ける穴開けんの。軟骨に開けようかな~って」
    「まだ増やすのかい?」
    「やっぱり多いよね」
     彼女は苦笑いを漏らし、ライターと安全ピンを引き出しの中に入れた。ピアスの話は終わりにし髭切の用件を聞こうとしたが、髭切は彼女のピアスに手を伸ばす。
    「これ以上目印を付けなくても、僕は君のこと見つけられるよ」

     彼女の多すぎるピアスに刀剣男士は様々な反応を見せたが、彼女のメッセージを正確に読み取ったのは髭切が初めてだった。けれど驚きの後に来たのは、嬉しさではなく気まずさだ。
    「そんなんじゃない」
    「そう?」
     子供のように愛情を欲しがる自分を、彼女は恥じていた。仮にも部下である髭切に見透かされたのは、ばつが悪くもあった。しかし否定する一方で、一度も満たされることのなかった承認欲求が顔をのぞかす。
     兄弟刀に勝てるはずがない。でももしかしたら。自分を選んだとしても、それは単なるリップサービスだ。リップサービスでもいい、自分を選んでもらいたい。葛藤の末、彼女は髭切に聞いた。
    「もし、ね」
    「うん?」
    「もし、弟刀と私が崖から落ちそうになって。一人しか助けられないとしたら……髭切はどっちを助ける?」
     尋ねる声はか細く、目を合わせることはできなかった。髭切は一拍置いた後、君かなと答えた。両親に裏切られ続けた彼女は素直に喜べず、どうしてと理由を求める。

    「弟の……えっと」
    「膝丸」
    「膝丸は崖から落ちても自分でどうにかできるけど、妹君は違うだろう」
    「……」
     出かけた言葉を飲み込み、彼女はわざとらしく溜息を吐いて、耳たぶに触れたままの手を払った。
    「膝丸が来るまでに名前覚えてあげなよ? で、何の用事……」
     最後まで言い終わる前に、払ったはずの手が彼女の首の後ろに回り、体を引き寄せられる。体を固くする彼女をよそに、髭切は彼女の首に顔を埋め、色素の薄い柔らかな髪が皮膚をなでた。

     彼女は人との身体接触が苦手だったが、嫌いではなかった。体同士が触れ、相手の体温が伝わってくるというのは緊張するが、心地良くもある。離れてと言い出せずにいると、髭切が耳元でささやいた。
    「それにね。弟も大切だけど、異性の妹の方が可愛いものだよ」
    「……そんなこと言ったら、膝丸泣いちゃうよ」
     それが彼女の精一杯の返しだったが、髭切は普段と変わらない調子で笑った。
    「泣いてしまったら、妹君も一緒に謝って?」
    「なんで私が謝らないといけないの」
    「弟より妹の方が可愛くなってしまったのは、妹君のせいだから」
     
    「(嘘だ。全部嘘)」
     そう思いつつ、彼女も髭切の背に回した。拒絶の色を少しでも見せてくれたら良かったのに、髭切はいいこいいこと更に彼女の体を引き寄せる。
    「子供扱いしないで」
    「子供じゃないよ。君は僕の妹君だから」
    「前から思ってたんだけどその呼び方、仰々しくて好きじゃない」
    「う~ん、じゃあ……妹ちゃんでどう?」
     彼女が短刀たちを時々『短刀ちゃん』と呼ぶのにならったのだろう。違和感はあったが、妹君という距離を感じさせる呼び方よりずっといい。それでいいよと彼女が許可したので、それ以来髭切は彼女を妹ちゃんと呼んだ。


     髭切は彼女をよく抱きしめるようになった。そこに性的なニュアンスはなく、彼女が求めてやまなかった無償の愛を感じさせた。最初こそ疑いの気持ちが強かったが、彼女は髭切の言葉を信じるようになった。だから膝丸が来なければいいと考えてしまう醜い感情も白状したし、今まで固く口を閉ざしてきた家族のことも話した。
     あの子が来ても僕は君の方が好きだよ、そんな酷いやつらなら殺してしまおうか? 物騒な物言いもあったが、彼は必ず彼女の欲しい言葉を言う。
    「(信じてた。髭切のこと信じてたのに……)」
     涙が頬を伝う感触で彼女は目を覚ました。周りは薄暗く、膝にかかった紺色のスカートがすぐ目の前にあった。身じろぐとガタンと大きな音がし、上から箒が落ちてきて頭に当たる。痛いと言い頭をさすろうとしたが、後ろ手に縛られたうえ口にはガムテープが貼ってあった。

     三階の廊下にいたはずなのに、彼女はいつの間にか掃除ロッカーに押しこまれていた。足は胸につくような形で三角に曲げられ、両手は背中と壁に挟まれている。力任せに拘束を解こうとしたが、今の体勢以上に体を伸ばすことはできず、それどころか力を入れた途端体に痛みが走って、思わず顔をしかめた。長時間窮屈な体勢を取らされていたのもあるだろうが、山姥切に蹴られたことによるダメージの方が大きい。
    「(まんばまで私を裏切った)」
     彼女を蹴った山姥切と彼女の本丸にいた山姥切は別人だが、心の痛みで別人だと思えなくなっていた。自分が山伏や堀川だったら、彼は裏切らなかったろうか? 頭に過った考えを振り払うように、彼女は外に出ようともがいたが、そこへ人の足音が聞こえてきた。

     動くのをやめ聞き耳を立てれば、足音は徐々に大きくなっていく。助けが来た。そう思い、彼女は自分の存在を知らせるため、ロッカーの壁を力いっぱい蹴った。
     足音は一度ピタリとやみ、少ししてから先ほどより速いペースで聞こえてくる。そして人の気配を近くに感じたところでロッカーのドアは開かれ、急にまぶしくなった世界に彼女は目を細めた。
    「妹ちゃん?」
     覚えのある呼び方に目を開けば、髭切が立っていた。テープで口を塞がれてなければ、きっと彼女は悲鳴を上げていただろう。体に手が伸ばされた瞬間体が跳ねたが、髭切はかまわず彼女を抱き寄せ外に出した。

     ちょっと痛いよと前置きされ、口のテープをはがされる。言われたとおり若干の痛みがした後、新鮮な空気が急に入ってきて、彼女は背を丸め咳きこんだ。髭切は続いて彼女の手首に触れ、手で拘束を千切った。手を動かした時の感覚で薄々察してはいたが、ガムテープで巻かれていたらしい。はがされた後も、ベタベタした感触が残った。
    「誰にやられた?」
     彼女の呼吸が落ち着いたのを見計らい、髭切が聞いてくる。静かな声だったが、ひしひしと怒りが伝わってきた。おっとりとした髭切しか知らない彼女は、無意識に体が震えていた。

    「ああ、ごめんね。妹ちゃんに怒ってるんじゃないよ」
     彼女の頭をなで微笑みかけるが、目は少しも笑っていない。怒りに支配された目で、髭切はもう一度誰にやられた? と尋ねる。答えなければ自分が殺されてしまいそうで、彼女は震える声でまんばと告げた。
    「まんば?」
    「あっ……山姥切、のこと」
    「彼か」
     あの時切っておけば良かったと髭切がつぶやくのを、彼女は聞き逃さなかった。顔が青ざめている彼女に気づき、髭切はごめんごめんと言い、また彼女の頭に手を置いた。
    「ちょっと待っていて。切り殺してくる」
    「どこにいるか、わかるの?」
     気にする点が違う気はするが、髭切の怒気に当てられ彼女も感覚が狂ってしまっていた。

     髭切はタブレットを取り出し、慣れた手つきで地図を開く。校舎の見取り図が表示されるのは彼女のと同じだったが、髭切の地図には青と赤の点が複数散らばっている。多くの点が動いている中、三階の端にある青い点とその近くにある赤い点は、一箇所に止まったままだ。
    「二階の細長い部屋であぷり? を、だうんろーど? したら参加者の位置がわかるようになったんだ」
    「私もこれで?」
    「そうそう。変な所に点があるな~と思って」
     彼女は何故髭切のタブレットだけ特別なのか不思議に思ったが、政府が用意した道具の存在を思い出す。髭切の言う細長い部屋というのは、指定された部屋のどれかだろう。髭切が立ち上がったので目で追えば、手をひらひらとさせた後、フロアの中心へと歩いていく。
    「待って!」
     彼女の声に反応し、髭切が足を止める。一時より落ち着いたとはいえ、怒りに身を任せた彼は恐ろしかったが、彼女としてもこの好機を逃すわけにはいかなかった。

     彼女の勝利条件は『自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く』。彼女が把握している敗北条件は、審神者5の写し以外にもう一つあった。
    「私の敗北条件は」
     髭切の顔つきが変わる。彼女はかまわず一気に叫んだ。
    「『審神者が3名遊戯に敗北する』!!」
     勝った。言いきった瞬間、彼女は勝利を確信した。しかし、いくら待っても太閤桐の時のような放送が流れてこない。彼女は天井を見上げ、なんで……とつぶやいた。

    「あっははは!」
     髭切の笑い声で、彼女は我に返る。楽しそうに笑う髭切が一歩、また一歩と近づいてくる。彼女は座ったままの姿勢で後ずさりしたが、先ほどまで自分がいたロッカーに背中を打ちつけた。
    「一体どうしたの? 僕たちの家に帰るつもりになった?」
    「なんで……」
    「僕に自分の敗北条件を言うのが、君の勝利条件だったのかな? でも君が勝ったっていう知らせが流れないのは、どうしてだろうね」
    「やだ、来ないで」
     いやいやと首を横に振るが、髭切は彼女の目の前にまで歩いてくる。彼は立ったまま、ねえ妹ちゃんと彼女に語りかけた。

    「君はどうしてこの遊戯に勝ちたいんだい? 現世に戻ったところで、誰が君を待っているの?」
    「友達がいる」
    「その友達っていうのは、君のことわかってくれた? 受け止めてくれた? 君の五つもある目印、ちゃんと見てくれた?」
    「……」
    「君が崖から落ちそうになった時、相手が誰であろうと君を助けてくれる人が現世にいる?」
    「やめて」
    「君の親は君と兄だったら兄を選んだ。兄も自分が助かるために、君を崖から蹴落とした」
    「やめてって言ってるでしょ!! もうやだ、やだ! 全部やだ! 私は家に帰るの!!」
     もう聞きたくないと耳を塞ぎ叫ぶ。だが、次に彼女の耳に聞こえてきたのは、髭切の声ではなく離脱者を告げるアナウンスだった。

    「離脱者の発表を行います。刀剣男士7の髭切の勝利。審神者7の友切、敗北です」


     口は災いの元だと、誰も彼女に教えてやらなかったようだ。髭切が彼女の前に跪けば、宙を見上げていた可愛い妹の顔が彼に向く。彼は妹の目元に溜まった涙を拭い、ネタばらしをすることにした。
    「僕の勝利条件は『自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない』」
     しかし、それだけでは伝わらなかったらしい。彼女の顔にはまだ何故と書いてあった。
    「ねえ妹ちゃん、君の家ってどこだろうね? 僕の妹になった君の家は、一体どこなんだろう」
    「……」
    「僕たちの家に帰りたいって言ってくれて嬉しいな」
     そこでようやく彼女は自分の失言に気づいた。違う、そんなつもりで言ったんじゃない! 彼女は声を荒げ否定したが、もう遅い。せめて髭切が『僕たちの家』と表現した時に訂正していれば、結果は変わっていたかもしれないが、彼女は狼狽えるだけだった。沈黙は即ち肯定になる。

     髭切は向かい合う妹の体が薄れていくのに気づき、自分の手を確かめれば、見えないはずの床が手から透けて見えた。同時に体の内側から霊力が湧き上がるのを感じ、永遠の命を得たのだと確信する。髭切に遅れて彼女も体の異変を知り、透けていく自分の体を見ていやぁ!! と声を張り上げた。
    「お母さん! お父さん!」
     この場にいない者に助けてと叫んだ後、彼女は彼を呼んだ。
    「お兄ちゃん!!」
     彼は暴れる妹の体を抱きしめ、その声に応えた。
    「なんだい? 僕の妹君」

     愚かな、けれど誰よりも愛しい妹。彼女に危害を加えた男を切り殺せなかったのは申しわけないが、神域で永遠に愛を注ぐことで補おうではないか。
     その時妹のピアスが彼の目に入った。薄緑色の花の形をしたピアス。一番のお気に入りだと彼女が自慢していたのを、彼は覚えていた。薄緑というのはいい色ではあるけど、自分の要素がどこにもないのは面白くなかった。
     家に帰ったら自分の紋の形に変えてしまおう。そうすれば今以上に、兄妹らしくなる。神域に帰った時の楽しみが増え、彼は喜色を露わにした。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:太閤桐
     勝利条件 遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する
     敗北条件【30分以上同じ部屋に留まる】
    刀剣男士2:一期一振/勝利
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 ???

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:雅
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 ???
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:写し
     勝利条件 ???
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、参加者が12名以上残っている
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:徳島
     勝利条件 ???
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀虎徹
     勝利条件 全参加者の離脱条件を把握する
     敗北条件 ???

    審神者7:友切
     勝利条件 自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件 審神者が3名遊戯に敗北する
    刀剣男士7:髭切/勝利
     勝利条件【自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない】
     敗北条件 ???

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:竜胆
     勝利条件 刀剣男士が4名遊戯に勝利する
     敗北条件 審神者が3名遊戯に勝利する
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???


    ≪道具一覧≫
    校長室:???
    職員室:???
    美術室:拘束札×2
    図書室:???
    理科室:???
    体育館:???
    情報処理室:鍛刀部屋
    水泳プール:???


    第三章:和泉守兼定、参上 二組目の離脱者の放送を、竜胆は苦々しい気持ちで聞いていた。勝利条件が『刀剣男士が4名遊戯に勝利する』である彼女にとっては喜ばしいことなのだが、あの二人を上手く処理できていれば今頃は……と思うと、素直には喜べなかった。

     太閤桐を罠にはめた彼女の元に、魂之助が現れた。彼は彼女が返り血を浴びていることには一切触れず、参加者一覧の自動反映について説明をした。言われるままタブレットを見れば、刀剣男士2に一期一振の名が新たに書かれ、名の隣に『勝利』と記されている。
    「何故燭台切光忠の情報まで書かれている?」
     離脱者の情報が反映されるのはわかったが、追加されたのは一期だけでなく『刀剣男士3:燭台切光忠』もだった。追加されたのは名前以外にも勝利条件があり、内容は太閤桐のタブレットに書いてあったのと同じである。

    「それは貴方が離脱した審神者の最も近くにいた審神者だったからです」
     魂之助は併せて、離脱者からの離脱条件の譲渡についても説明した。太閤桐のタブレットは彼女の体と共に消えてしまったが、確かにタブレットにあった他参加者の離脱条件は、燭台切と竜胆のものだった。だから燭台切の勝利条件しか更新されないのだ、竜胆の敗北条件は既にタブレットに書かれている。
     離脱条件の譲渡。彼女が知らない遊戯のルールだった。そしてこの消えない血だまりも。グロテスクなものは神々に見せないように調整されていたはずなのに、刺激が足りないとでもクレームが入ったのだろうか。
     
     説明に手間取っている参加者がいるため遊戯の再開は遅くなったが、彼女にとっては好都合だった。再開までの間に、太閤桐殺害──仮の器なので生死には関係しないが──の形跡を消すことにした。
     鍛刀部屋の冷却水が使って血を流そうとするも、鍛刀以外には使用できず、仕方なく着ていたジャケットを使って床の血を拭う。彼女は手を動かしながら、今後の動きを考えた。今は補足説明中のため行動を制限されているが、遊戯が再開されれば自由に動けるようになる。
    「(そうすれば手洗い場に行って……いや、水道と電気は使えない。四階の教室だ)」
     遊戯が始まってすぐ近くのトイレで試したことを思い出し、四階の教室で体操着に着替える方向へ切り替えた。教室のロッカーに体操着が入っていたことも確認済である。

     遊戯が再開されると、彼女は予定どおり四階の教室に駆けこんだ。ロッカーの中から自分のサイズに近い体操服を選び、返り血を浴びた服を代わりに突っこむ。黒のパンプスをどうするかは迷ったが、少しでも不審に思われないよう、また動きやすさを優先し体育館用のシューズに履き替えた。そして使わなかった体操着で、五虎退を念入りに拭った。
     太閤桐には護衛用にすると言ったが、彼女は現時点では五虎退を顕現させる必要はないと考えていた。刀剣男士の動向を探るには役立つかもしれないが、刀剣男士を連れていては他の審神者に警戒される。それでは太閤桐のように、油断させたところを罠にはめるという手が使えない。
     それに、五虎退が素直に命令に従うかも怪しいところだ。彼は臆病だが、芯は強い。彼が考える『主にとっての最善』を選ぶだろう。少なくとも彼女の本丸にいた五虎退はそうだった。

     彼女は自分の手のひらを見つめた。ほのかに赤いのは布で何度もこすったからか、血がぬぐい切れていないからか。
    「(現世に帰るべきは私のような優れた人間だ、あんな女じゃない)」
     『審神者が3名遊戯に勝利する』が敗北条件である審神者の存在を知っていながら、参加者同士が協力できると本気で信じていた、どうしようもなく愚かな女……。彼女はわざと舌打ちをした。
    「(使い方をよく考えないとな)」
     思いの外後始末に時間がかかってしまった、刀本来の使い方はできるだけ避けた方がいい。今後の方針を練り直しつつ、彼女は五虎退を握りしめ、図書室へ向かった。

     太閤桐には何もなかったと言ったが、彼女は図書室で政府の道具らしき物を見つけていた。受付カウンターの下に錠付の本があり、本は全部で三冊。『参加者Aの日記帳です。限られた者だけが読むことができます』と表紙に紙が貼ってあった。しかし辺りに鍵はなく、情報処理室へ行くのを最優先に考えていた彼女は、太閤桐に嘘を吐いた。
     彼女のいた教室と図書室は同じ廊下に面しているが、教室を出て吹き抜けの近くまで来たところで、図書室から男女の二人組が出てきた。彼らも彼女の存在に気づいたらしく、軽く会釈をしてくる。だが、近づいてはこない。
     きっと五虎退のせいだろう。けれど、彼女には自信があった。太閤桐を騙した時のと、同じ表情を作る。

    「よかった、審神者に会えて。ずっと心細かったんです」
     男は二十代半ばから後半、髪を短く刈り上げ、雰囲気がどことなく大倶利伽羅と似ている。愛想がないせいでそう思うのかもしれないが。一方の女はというと、年齢を当てるのが難しい。十代の学生にも見えるし、三十二の彼女より年上にも見える。だが、文句なしの美人だ。好みを別にすれば、十人中十人が美人と認めるだろう。
    「失礼を承知で聞きます」
     口を開いたのは男の方だった。
    「その刀はなんですか?」
     想定どおりの問いかけに、彼女はよどみなく答える。
    「水泳プールで見つけた五虎退です。恐らく、政府が用意した道具でしょう」
    「何故顕現させないんですか?」
    「……そうした方がいいのかもしれません。けど、私には無理です。神隠しされたのにそんな……」
    「嫌なことを聞いてすみません。だが、それならば何故持ち歩くのです?」
    「もしもの時のためです。使わずに済むのが一番ですが」
     既に使用済みだとは億尾にも出さず、彼女は五虎退を床に置き両手を上げた。

    「私は眉月といいます。三日月宗近に隠されました。勝利条件は『審神者が3名遊戯に勝利する』。敗北条件は『刀剣男士が4名遊戯に勝利する』。疑心暗鬼に陥っては、刀剣男士の思う壺です。現世に帰るため、互いに協力しませんか?」
    「眉月さんですか! 私は爪紅、加州に隠されました」
     女が男の体を押しのけ、食い気味に返事をする。彼女と男の会話を横目で見るだけで、ずっとタブレットをいじっていたから、話に入る気がないのだと思っていたから意外だった。男は爪紅を一瞥すると、爪紅の後ろへ下がった。

    「おっしゃるとおり、被害に遭った審神者同士、協力した方がいいに決まってる」
    「決まっている」
    「ちょっと黙っていようねぇ?」
     男が言葉の一部分だけ復唱し、女は『いようね』の『い』に力を込める。
    「でも、はいそうですかって簡単に信用するのはさすがにできません。貴方は刀を持っているから尚更」
    「刀解すれば信じでもらえるでしょうか?」
    「そうですね……。刀解する前にその刀、ちょっと使わせてもらえません?」
    「……」

     もしこの二人が負ければ、彼女の勝利は一気に近づく。そのためなら五虎退を刀解するのも厭わないが、渡すとなると話は別だ。渡した途端、刀で襲われるかもしれない。現に彼女が刀を手に入れ、真っ先にしたことがそれだ。
    「ああ、ごめんなさい。使ってもらえないかの間違いです」
     顔が強張っていたのだろう。爪紅は顔の前で手を振り否定する。そして親指で後ろにある図書室の扉を指した。
    「ここ図書室なんですけど、政府の道具らしき物は見つかったんですが、鍵が付いていて。その五虎退で壊してもらえません?」
    「そういうことでしたら、お安い御用です。……ごめんなさい、協力しようと言い出した私が疑うようなことをして」
    「お互い様ですよ」
     爪紅が図書室の扉を開け、その後を男が続き、やや遅れて開かれたままの扉から彼女も入った。

     受付カウンターは入口から見える場所にあるのだが、カウンターの上に三つ、彼女も見た日記帳が重ねられていた。二人は受付カウンターから離れた場所に立っており、男がそれですと指をさす。
     彼女は一番上の本を山から取り、カウンターの空きスペースに置いた。そして五虎退を鞘から抜き、錠に刃を当て上から力を込めて押す。錠といっても玩具のようなもので、女の力でも壊すのに苦労はしなかった。二冊目も同じようにして壊し、三冊目に取りかかろうとしたところで、後ろから机や椅子が動く大きな音がした。
    「ちょ、ちょっと!?」
     女の戸惑う声が聞こえ、彼女が振り返った時には、男が爪紅の手を引き奥のドアから部屋の外へ飛び出していった。突然のことに判断が遅れてしまい、慌てて追いかけた先で見たのは、誰もいない外階段だった。

     彼女は階段を駆け下りたが、途中で追いかけるのをやめた。どこに逃げたかわからないうえに、追いかけても意味がないと悟ったからだ。何が原因だったかはわからないが、男は彼女の行動に危機感を覚え逃げたのだ。
     逃げるという行為に繋がるほど、決定的な何かがあったのだろう。そんな中彼らに再度近づいても、太閤桐の時のように上手くいくとは思えなかった。
     彼女は受付カウンターに戻ると最後の錠を壊し、日記をパラパラとめくった。三冊目は途中でページが引き千切られており、読む量は少なくて済むと思われたが……。
    「私は対象外か」
     日記帳には何も書かれていなかった。他の二冊も見てみたが、結果は同じだった。

     参加者Aと、あえてアルファベットを使っているのは審神者のためのものだからか。しかし政府が審神者に対し便宜を図るとも思えず。彼女は迷った末、受付カウンターの下に日記帳を戻し、図書室を後にした。


     その後も校舎内の探索を続けたが、結果は思わしくなかった。政府の道具は見つからず、他の参加者とも会えなかった。中庭の近くを通りかかった際、ガラスが割れる派手な音がした直後に、燭台切が男を横抱きにして空から降ってきたが、声をかける間もなく走り去ってしまう。……ついに気が触れたのかと思われるかもしれないが、彼女にはそう表現するより他なかった。
     それから少し経って流れてきたのが、二組目離脱の放送だ。勝利条件が『刀剣男士が4名遊戯に勝利する』である彼女にとっては喜ばしいことなのだが、あの二人を上手く処理できていれば今頃は……と思うと、素直には喜べなかった。

    「(まぁ髭切が勝ったのは大きな前進か)」
     彼女は二人の刀剣男士の勝利条件を持っている。一人は太閤桐から譲渡された燭台切光忠。燭台切の勝利条件は『刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する』。そしてもう一人、遊戯開始から所持している山姥切国広。勝利条件は『勝利条件を達成し勝利した刀剣男士が2名以上、審神者の敗北条件を達成し勝利した刀剣男士が1名以上になる』だ。
     燭台切の勝利条件のうちの片方が勝ったのだ。あとは山姥切にさえ勝ってもらえれば、刀剣男士の二人が勝ち抜け、彼女も未来に帰られる。もっとも、山姥切の勝利条件では時間がかかるので、審神者の敗北条件を狙ってほしいところだが、彼女のタブレットには、他参加者の離脱条件は増えていなかった。そう上手くはいかないようだ。

     放送後に彼女が訪れたのは、外階段に繋がった二階の一室だった。部屋は東西に細長く伸び、置かれているのは生徒用の机ではなく事務机だった。配置や事務机の上にそれぞれノートパソコンが置かれていることから、職員室に違いない。そして職員室には先客がいた。
    「蜂須賀虎徹、ですね」
    「そうだ。君は参加者の審神者だね、誰に隠された?」
    「三日月宗近です」
     蜂須賀は部屋の中央に立っていた。あまり勝算は見いだせなかったが、贅沢は言っていられない。彼女は交渉を持ちかけた。

    「私と手を組みませんか、蜂須賀虎徹」
     蜂須賀の顔つきが険しくなったのを見、背中に冷汗が流れるのを感じる。それでも彼女は冷静さを失わず、やや芝居がかった動きで五虎退を胸の前にかざした。
    「私の勝利条件は『刀剣男士が4名遊戯に勝利する』。貴方方にはなんとしても勝ってもらわねばなりません。生憎私が持っている敗北条件は太閤桐ですのでお役に立てませんが、貴方の代わりにこの五虎退を使って偵察等はできます」
     偵察と隠蔽が無効化しているのを知らされなくても、彼らは体感で気づいているはずだ。しかし、蜂須賀は即座に彼女の申し出を断った。
    「俺は仲間を裏切るつもりはない。第一、嘘を吐くような人間は信用できない」
    「嘘など吐いていません」
    「俺は刀剣男士6。一組目に離脱した一期一振は刀剣男士2、二組目の髭切は7。そして俺が敗北条件を知っているにっかり青江は、刀剣男士1。髭切のことはよく知らないが、恐らく参加者の並びは刀帳順だ。……つまり、三日月宗近はこの遊戯に参加していない」

     彼女が偽りの相手として三日月を選んだのは、三日月宗近は遊戯に参加していない可能性が高いと知っていたからだ。彼女が秘密遊戯のプロジェクトメンバーだった頃、参加者候補としてあげた三日月宗近が、上層部の意向で真っ先に外されたのを覚えていたのだ。
     偽名として使うにはちょうどいいと使っていたが、刀帳順から見破られるとは彼女も思っていなかった。蜂須賀の情報と彼女が持っている情報を合わせれば、刀剣男士1:にっかり青江、刀剣男士2:一期一振、刀剣男士3:燭台切光忠、刀剣男士5:山姥切国広、刀剣男士6:蜂須賀虎徹、刀剣男士7:髭切、刀剣男士9:鶴丸国永。
     確かに刀帳順になっている。だが、すんなり引き下がるわけにはいかなかった。

    「それは貴方の推測でしょう。実際、私は審神者9ですし」
    「審神者9は鶴丸国永に隠された審神者のはずだ」
     鶴丸と言い当てられ、五虎退を握る手がじんわりと汗をかく。もう結果は見えていたが、彼女は負けを認めたくない一心で理由を問うた。
    「どうして、そう思われるのです?」
    「彼に会って聞いたからだよ。青江に隠された女の子と、一緒に行動していたよ」
     胸に痛みが走ったが彼女は痛みを無視し、降参宣言をした。
    「……貴方のおっしゃるとおりです。私は審神者9の竜胆。鶴丸国永に隠された審神者です。……嘘と認めても、貴方は協力してくださらないでしょうね」
    「当然だよ。不誠実な相手に協力するなんて、贋作じゃあるまいし。それに君からは……血の臭いがする」
     何も言えなくなった彼女に、刀剣男士でなければ気づかないほどだけどねと付け加える。そして彼女が入ってきたのとは別の扉から出ていこうとしたが、足を止め彼女を見た。

    「この部屋と奥の小部屋は探す必要はないよ。ここはもう他の参加者が道具を取っていったみたいだし、奥の部屋にあるのはただのクラッカーだ」
     それだけ言い、蜂須賀は扉を閉める。彼女は足音が遠のいたのを確認してから部屋の中を見てまわり、机の上に置かれた説明書きを見つけた。どうやら職員室では、参加者の位置情報を地図に表示させる機能が付加できたらしい。
     奥の部屋の扉を開けてまず見えたのは、革張りのソファーとトロフィーが飾られた棚で、中に入ると窓の前に職員室のより一回り大きな机が置かれていた。そして蜂須賀が言っていたとおり、来客用の机の上にはパーティーグッズのクラッカー、その下には『政府特製のクラッカーです。気分が明るくなります。(特別な効能はありません)』というメモ書きがある。

    「お人好しめ」
     協力できないと言っておきながら、助言をするなんて。本当に協力する気がなければ、部屋の中を探させて無駄に時間を使わせればよかったのだ。
     
     ──あなたはとても優秀な人だ、それは初期刀である俺が一番よくわかっている。

     ──けれど、少しくらい不出来でも俺たちを頼ってくれる主の方が、俺たちはがんばれるんだよ。

     自分の本丸にいた蜂須賀の言葉が頭に浮かび、彼女は首を振った。何を感傷的になっているのだろう。彼は政府が支給した一本目の刀、それだけだ。強い思い入れがあるわけではない。

     ──主は自分が今どんな顔をしているか知ってるかい?

    「うるさい!」
     鶴丸からもらった花を蜂須賀に渡した時の言葉が聞こえてきて、彼女は思いきり壁を叩いた。


    「茶坊主君、一体どういう……」
    「しっ」
     美術室の戸の前に座り、雅は茶坊主に先ほどの行動の真意を尋ねたが、彼は二つの美術室を繋ぐドアに目を向けたまま、口の前に指を立てる。
     彼女たちがいるのは美術室でも札があった方の部屋で、外階段とは直結していない。どうやら茶坊主は、もう片方の美術室で音がしたらまた逃げるつもりらしい。疲れて座った彼女と違い、彼はまだ立ったまま警戒を解いていない。

     座ろうと雅が自分の横の床を叩けば、彼はドアをにらみつつ隣へ座った。そして小声で彼女に確認を取る。
    「さっきの女性は眉月ではないんですよね?」
    「ああ、本当は審神者9の竜胆。多分、鶴丸に隠されたんだろうね」
     特殊仕様のタブレットを持つ彼女は、タブレットを見れば遭遇した参加者の名がわかる。刀を持つ女の対応を茶坊主に任せタブレットの操作に専念していたのは、女が嘘を吐くか見極めるためだった。
     女は竜胆でありながら眉月だと言い、三日月に隠されたと嘘を吐いた。しかし嘘を吐いたからといって、すぐに危険視するべきではない。裏切られる可能性がある以上、自分の素性を隠したいと思うのは当然である。実際彼女も茶坊主と会った時には、偽名を使った。

     竜胆と協力するかはしばらく様子を見て……と彼女は考えていたが、突然茶坊主に手を引っ張られ、今に至る。全体重をかければ止められただろうが、茶坊主と竜胆のどちらを信じるかといわれれば、やはり茶坊主だ。
     い抜き・ら抜きにこだわる変な男だが、根は善良な青年なのだと思う。すぐに撤回したとはいえ嘘を吐き、そのうえ自分を隠した長谷部と恋人だという彼女を、彼は受け入れた。
    「それで、なんで竜胆から逃げたの?」
    「雅さんは見えませんでしたか?」
    「何が?」
     質問を質問で返され、また質問をする。すると茶坊主は、竜胆が五虎退を使い女性を刺す映像が見えたのだと言った。

    「一瞬でしたけど、巫女装束の女性にまたがって刺していました」
    「一瞬だったのに、何故竜胆だと言いきれる?」
     茶坊主を疑うつもりはないが、できれば嘘であってほしいものだ。彼の言うことが事実なら、この遊戯に殺人も厭わない参加者が紛れこんでいることになる。
    「あれは目で見たというより、心で感じたようなもので……。五虎退が俺たちを逃がそうと見せたのかもしれません。雅さんも審神者やっていたならわかるでしょう?」
    「悪いねぇ、零感審神者なもので」
     コンプレックスを刺激され、彼女は自嘲気味に笑った。彼女の霊力は一般人とさほど変わらず、そのためレアリティが特以上の刀は、長谷部の執念により手に入れた日本号と日光一文字だけだ。そもそもその長谷部でさえ、来るのが遅かった。

     霊力の乏しさを戦術で補い、成績は常に良かったが、霊力の壁というのは厚く、上位陣の中に躍り出たことはない。
     茶坊主の話では、彼は就任一年弱で三振り以外すべて顕現させたらしいから、霊力は高い方なのだろう。彼女には見えないものを、彼は見ることができる。思春期の少年少女ではあるまいし、いちいち傷つくことはないが、いい気はしないのも確かだ。
     茶坊主は謝罪もフォローもしなかったが、見えないなら見えない方がいいですよと言った。
    「人殺しの場面なんて、いつ見ても気分のいいものじゃありません」
     彼は相変わらず無表情で、表情から心情を読み取るのは不可能だった。

     その後しばらく竜胆の襲来に備えていた二人だったが、人の気配はしなかったので、まだ見ていない三階を探索することにした。彼らは北にある二つの音楽室を見てから、四つの普通教室と会議室を回り、西の奥にある部屋へと進んだ。
     音楽室と同じ種類の戸を開けると、部屋の中には見慣れない機械が並んでいた。
    「パソコン、でしょうか」
    「ブラウン管テレビってやつに似てるけど、多分そうじゃない?」
     以前見た西暦二千年前後の映像にあったテレビを思い浮かべるが、茶坊主が気にする点はそこではなかった。
    「似ている」
    「細かいなぁ」

     茶坊主の指摘を聞き流しホワイトボード付近へ行くと、茶坊主は反対側のプリンター(これもかなりの旧式だ)等がある部屋の後方に向かった。互いに口にはせずとも、ここは情報処理室であり、政府の道具を探すべきだとわかっていた。
     雅は並べられたテーブルの下を一つずつのぞき、その延長で教卓の下ものぞいたのだが、そこで彼女は意外な人(?)を見つけた。
    「妖精さんだ」
     刀鍛冶はこくこくと頷く。そしてついて来いと目で合図し、廊下に面していない扉の前へ歩いていく。刀鍛冶が扉の前に立った途端、扉は自動で開いた。

     扉の先にあったのは、小さな鍛刀部屋だった。急いで茶坊主を呼ぼうとしたが、彼女は自分の足元が茶坊主のいる場所より色が濃いことに気づく。情報処理室の床は茶色のプラスチックタイルが使われているのだが、彼女のいる箇所だけチョコレートブラウンのような暗い色になっている。そのうえ色ムラまであり、模様というよりは空雑巾で汚れを拭いたような……。
    「雅さん、どうしました?」
    「ああ、うん……。えっと、鍛刀部屋があった」
     血を拭いた跡ではないかという推測を、彼女は自分の胸の内に留めておくことにした。幸い茶坊主は鍛刀部屋近くに来ても気がつかないようで、積まれた資源の数を目で数えていた。

     木炭・砥石・冷却水・鉄鋼はそれぞれ百ずつしかなく、最低レシピで短刀二振りを鍛えるか、全資源を投入して脇差を狙うかしかない。鍛刀をしないという選択は、彼女は端から外していた。
    「私は鍛刀するよ。君は?」
    「俺もします」
     茶坊主はそう言いながら、右の拳を胸まで上げる。彼女が右の拳の意味を目で問えば、じゃんけんですと茶坊主は言った。
    「こういう時はレディーファーストだろう」
    「ぶん殴って横取りしないだけ、俺はフェミニストです」
    「……最初はグー」
    「「じゃんけんホイ!!」」
     彼女が出したのはパー、対して茶坊主はチョキ。無表情ながら茶坊主はガッツポーズをし、雅はその場に崩れ落ちた。チョキは出しにくいので、パーを出せばまず負けないはずなのに……。やっぱりこいつ変人だと雅は改めて思った。

     茶坊主が刀鍛冶にオール五十で鍛刀を頼めば、残り時間は二十分と表示された。時間を確認すると茶坊主は近くの椅子に座り、テーブルに突っ伏した。
    「疲れた」
     護身用の刀が手に入るとわかり、緊張の糸が切れたのだろう。机に顔を伏せたまま、起き上がろうとはしない。お疲れ様。この部屋に来る前ならそんな労りの言葉も出ただろうが、今の彼女には言えなかった。
    「君はそこで休んでいるといい。私は近くを歩いてくるよ」
     色の変わった床が、彼女を不安にさせた。茶坊主が悪い人間でないのはわかっている、彼女を陥れるつもりなら五虎退の映像について話す必要がない。それでもこの床の上に立っていた女性のように、刀で刺されるのではないかという不安が消えなかった。

     一時の気の迷いとわかりつつ、彼女は茶坊主と同じ部屋にいたくなかった。
    「危ないですよ」
    「全参加者に会わないと勝てないからね、時間が惜しいんだ」
     俺も一緒に行きましょうと言われないかひやひやしたが、茶坊主は気をつけてと言うだけだった。彼は顔を伏せていたが彼女は笑顔を作り、鍛刀が終わる頃には戻ってくるよと言って部屋を後にした。
     三階の探索は終えていたので、彼女は音楽室の手前にある階段から二階へ向かった。中庭の吹き抜け部分はガラスで囲まれているのだが、のぞきこめば中庭だけでなくその周りの廊下も一緒に見える。彼女は吹き抜けの横を通る時、何気なく下の階を見下ろしたのだが、視界の端に紫色の頭が映った。

     踵を返しガラスに張りついてよく見たが、やはり紫色の頭の正体は歌仙だった。札の効果が切れたのだ。歌仙は中央付近の廊下を通りすぎ見えなくなったが、彼の消えていった方向には先ほど自分が使った階段があることに気づく。
     歌仙が二階に来れば、鉢合わせしてしまう。余計なトラブルを避けるため、彼女は急いで外階段に繋がっているだろう角部屋を目指した。
     逃げ込んだ部屋は美術室や保健室と同様に細長く、置かれている事務机の配置や数からして職員室だとわかった。

    「(一階じゃなかったか)」
     自慢の推理は外れてしまったが、今はそれどころではない。彼女は外階段の位置を目で探すが、その前にダークブラウンの扉を見つけた。扉は木製で高級感があり、職員室の中では浮いていた。彼女は迷った末、階段でなく木製の扉を選んだ。
     にらんだとおり部屋は校長室で、革張りのソファーとトロフィー等が飾られた棚がある。彼女は内鍵をかけ、扉に耳を付けて部屋の外をうかがった。

     扉が開く音がしたのは、彼女がもういいだろうと耳を離しかけた時だった。コツコツと部屋の中を歩く靴音が聞こえ、彼女は自分の腕を掴んだ。靴音が近くで止まり、緊張はピークに達したが、次に聞こえてきたのは歌仙ではない男の声だった。
    「ありゃ?」
     歌仙なら絶対言わない言葉に安堵しつつも、声の主の正体を探る。
    「あぷり? だうんろーど? 位置情報? 妹ちゃんならわかるかな」
     その後も『あれ? また真っ黒になった』とか『えっと、この出っ張りを押して……え、切っちゃ駄目だよ』などと聞こえ、タブレットの操作に四苦八苦しているのが伝わってきた。

     多分、髭切だ。彼女の本丸に髭切はいなかったが、彼に関するある程度の情報は持っているし、演練会場で見かけたこともある。未来の技術の前に右往左往する髭切の姿が、容易に想像できた。
     彼女は自分のタブレットを確認したが、参加者一覧の『刀剣男士7:髭切』は朱色のままだ。該当の参加者と遭遇したと判断されれば、タブレットの文字は自動で黒く変わるはずだ。おそらく、互いに存在を認識しないと遭遇したと判断してくれないのだろう。
    「(ここから出るか、出ないか)」
     勝利条件の達成のためには、ここから出て髭切と顔を合わせないといけない。扉の向こうの様子をうかがうに、幸いにも刀剣男士の中では危険度が低い部類のようではある。
    「(友切を売るのか)」
     彼女のタブレットには友切の敗北条件が載っている。いくら害が少なそうとはいえ、タブレットを見せずに切り抜けられるとは思えない。

     ──私は私が勝利することを何よりも優先させる。場合によっては、君を裏切るかもしれない。

     どくりと心臓が大きく鳴る。あの言葉は嘘ではない、遊戯のルールを聞いた時から、いや遊戯に参加すると決めた時から、覚悟は決めたのだ。彼のもとに帰るためならばなんでもすると。
    「できた!」
     決心がつかないうちに、髭切の嬉しそうな声が聞こえた。そして、声の代わりに小さくなっていく足音も。彼女は内鍵に手を伸ばしたが、焦る気持ちとは反対に、震えて上手く掴むことができない。何をしている、早くしないと髭切がいなくなってしまう。
    「(行け! 行け! 行け!!)」
     彼女は大きな音が立つのもかまわず、内鍵を捻ると両手でドアノブを掴み、勢いのまま扉を押し開けた。

     けれど、髭切の姿は既になかった。

     よろよろとその場にしゃがみ込み、顔が自然と下を向く。結果的に友切を裏切らずにすんで良かったとは思えなかった。ただただ、言葉だけでなんの覚悟もできていなかった自分が情けなかった。


     タブレットに表示された時間は、茶坊主と別れてから五十分経ったことを示していたが、彼女は戻る気になれず三階ではなく一階へ向かった。茶坊主ではないが、疲れた。横になりたかった。階段を下り保健室へ入った彼女は、靴を履いたままベッドの上に寝転んだ。
     遊戯開始前の説明では睡眠は必要ないと言われたが、それでも体を横にし目を閉じると、睡魔が襲ってくる。恐らく体を維持するための睡眠は必要ないのだろうが、彼女の体は心を休めるための睡眠を欲していた。寝ているところを他の参加者に──特に歌仙に──見つかれば一環の終わりだが、彼女は眠ることを選んだ。

     夢うつつの状態で思うことは、やはり恋人の長谷部だった。長谷部が今の自分を見れば、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるだろうに、今ここにいるのは自分一人だと思うと寂しさが募った。
    「お前、私の真名を知りたがって暴走したことがあったよね。私の特別になりたい、だから神隠ししたい、それなら真名が必要だって」
     夢の中の自分が長谷部に問いかけているのか、現実の自分が過去の出来事を思い出しているのか。今の彼女には判断がつかなかったが、長谷部の反応は昔とまったく同じだった。
    「もうお忘れください」
     苦虫を嚙み潰したような顔をして、それだけ言う。彼女の本丸にいた長谷部は、他の個体とさほど差はなかった。強いて差を挙げるとすれば、考えがやや顔に出やすい点だろうか。自分の一挙手一投足に様々な反応を返す長谷部が彼女は好きで、へしかわと言って皺の寄った眉間を指で押した。

    「なんでだい? お前が暴走してなければ、私とお前は恋仲になってなかったろうし。いい思い出じゃないか」
    「……」
    「へしかわ」
    「おやめください」
     長谷部は顔を赤らめつつ、丁寧に彼女の手をどかせた。
    「何故そんな昔の話をするのです?」
    「いやあね、お前今でも神隠ししたいって思ってるのかなって」
     長谷部が言葉を発しようとするのを、彼女は手で制する。長谷部にとって彼女は恋人であると同時に主人でもあり、命じられるまま口を閉じた。

     彼女は二人きりの時まで部下であることを強いる気はなかったけれど、どこまでも従順なのが長谷部のいいところでもあり可愛いところでもある。それにたまに命令に違反して暴走するのが、なお可愛い。
     長谷部の可愛さに意識が変な方向に行きかけたが、彼女の言葉を待っている長谷部を見て我に返った。
    「ああ悪い。……別に神隠ししたいって言っても、怒ったり愛想尽かしたりはしないさ。お前の独占欲の強さは、付き合い始めてからよ~くわかった。でもさ、神隠ししてもお前はきっと満足できないよ」
    「どうしてですか?」
    「隠された私は、もはや私じゃない」
     意味がわからないと長谷部の目が言っていたので、彼女はもう少しかみ砕いて説明してやることにした。

    「この世界のありとあらゆるものから刺激を受けて、私という人間は成り立ってる。だからこの世界から切り離されれば、私は私でなくなる。……まあ、お前が主人ならなんでもいいって言うなら話は別だけど」
    「貴方は俺のことをそんな風に思ってたんですか」
    「馬鹿だな。そんな男と付き合うほど、私は酔狂じゃない」
     彼女は長谷部の手を取ると、自分の頬に当てた。手袋越しでも彼の手はひんやりしており、刀の付喪神だとを思い出させる。だが、愛しいと思う気持ちは揺るがなかった。
    「I love you, my darling」
    「Me too. I’m yours forever」
     彼女は長谷部の特別になりたいという思いを満たしてやるため、時々こうやって英語を使う。英語がわかるのは彼女と、彼女のために英語を勉強した長谷部だけ。この本丸において、英語は二人のためだけの言語だった。

     会いたい。長谷部に会いたい。永遠に私のものだと言ったのだから、勝手に自害していたら許さない。彼女は目を開け、体を起こした。


     雅は背伸びをし、それから首を回し肩を回した。体も心もすっきりしていた。ベッドから下りタブレットで時間を確かめれば、茶坊主と別れてから二時間経っていた。
    「あっちゃあ……」
     茶坊主はもう情報処理室にいないだろう。思わず顔を手で覆ったが、彼女としては情報処理室に行くより他はない。茶坊主がいなかったとしても、護衛用の刀は作りたい。彼女は外階段を使い三階まで上がろうとしたが、二階の踊り場に着く手前で放送が流れた。

    「離脱者の発表を行います。刀剣男士7の髭切の勝利。審神者7の友切、敗北です」

     彼女はその場でタブレットを操作し、参加者一覧を開く。そして髭切の勝利条件が【 】で括られているのを見て、タブレットを地面に叩きつけたくなった。彼女の敗北条件は『刀剣男士が3名勝利条件を満たし、遊戯に勝利する』であり、あと二人の刀剣男士が勝利条件を満たせば、彼女の敗北は確定する。
     彼女は乱暴にズボンのポケットにタブレットをしまったが、自分の言動を振り返り自己嫌悪に陥った。
    「まずはごめんなさい、だろ」
     彼女は友切の情報を髭切に渡さなかったが、彼が政府の道具を取得するのを妨げもしなかった。残された道具の説明書きを読めば、参加者の位置情報を地図に表示させるアプリであったらしく、友切は髭切に居場所を突きとめられ、負けたのかもしれないのだから。
    「(……罪悪感を覚えるうちは、まだマシかもしれない)」
     遊戯が進み追いつめられた自分の未来を想像し、暗い気持ちになる。だがいつまでも立ち止まっているわけにはいかず、彼女は階段を上った。

     美術室に入り、そこから廊下の逆の端にある情報処理室を目指したが、変わり果てた廊下の様子に彼女は愕然とした。吹き抜けのガラスは割れ、デスクトップのパソコンやキーボード、モップ、それから野球のボールが床に散らばっている。
     廊下に落ちたそれらは投げ飛ばされたらしく、壁に物がめり込んだような跡が残っていた。何が起こったかはわからないが、何かが起こったのだけは確かである。彼女は茶坊主が心配になり、床に落ちた物を避けながら情報処理室へ急いだ。
     情報処理室の戸は既に開いていたが、中の様子は廊下より酷かった。ガラスというガラスが割れ、大量のパソコンがホワイトボートの下に固まって落ちている。ホワイトボードにも物がめり込んだ跡があるので、彼女がいない間に三階で暴れまわったやつがいるようだ。

     そんな壮絶な部屋の中にいたのが、山姥切だった。極の彼はいつもの赤い鉢巻を外しており、端正な横顔がはっきりと見えた。部屋には彼しかおらず、茶坊主の姿はどこにもない。山姥切は彼女に気づくと視線だけ寄こし、彼女の情報を得ようとする。
    「審神者ナンバーと名は?」
    「女性は秘密主義者なんだよ。切国ってば知らなかった?」
    「言え。殺すぞ」
     彼女がはぐらかそうとしたのは、審神者ナンバーを聞かれたからだ。名前だけならまた爪紅と名乗ろうと考えていたが、下手に審神者ナンバーを偽ると山姥切が把握している番号と被った場合、一発で嘘だとばれてしまう。
     
     しかし、目の前にいる山姥切は彼女が顕現した山姥切と違い凶悪で、冗談を許そうとしなかった。彼女は迷った末、真実を告げることにした。
    「審神者4の雅」
    「本当だろうな」
    「本当だけど証明する術はないな」
    「タブレットを見せればいい」
    「それは反則じゃない?」
    「見せろ」
     初めて山姥切の体が、彼女の方を向く。殺気だった目でにらまれ、彼女はパニックになりそうな自分を諫めながら、このピンチをどう切り抜けるか必死に考える。

     タブレットを見せてもすぐに害があるわけではない。彼女が離脱条件を持っている審神者は、先ほど負けた友切だけであり、自分の離脱条件を知られても敗北には直結しない。ただし、離脱条件が山姥切づてに歌仙へ伝わるのは避けたかった。茶坊主にしたように、大切な所を隠して見せることも考えたが、きっとこの山姥切は無理矢理奪う。
     それならばいっそ逃げてしまおうかと一瞬考えたが、歌仙と追いかけっこをした経験上、愚策としか言いようがない。危害を加えられたうえ、タブレットを取り上げられる可能性だってある。

     苦渋の決断だったが、彼女はタブレットを見せることにした。わかったと言い目の前まで迫った山姥切を制止し、タブレットを取り出す。画面をタッチし参加者一覧を開いたところで、彼女の手は止まった。
    「何をしている?」
     早くしろと促されるが、彼女は彼の腰を見て乾いた笑いを漏らす。山姥切が不快そうに顔をしかめたが、彼女にとってもはや目の前の男は恐怖の対象ではなかった。
    「審神者5の写し」
     山姥切と思っていた男の肩が跳ねる。


    ≪参加者一覧≫

    審神者4:雅
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:写し
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???


    「私の勝利条件は『全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く』。そんな条件なものだから、特別に会った人間の名が自動反映されるんだよ。君は刀剣男士の山姥切国広じゃない、審神者5の写しだ」
    「そんなハッタリ、誰が信じるものか」
    「ハッタリはそっちだ! もし君が本物の山姥切だというなら、本体はどうした? まさか自分の本体置いてきましたなんて言わないよね。特の切国のふりして白布被っていたらごまかせたかもしれないのに、詰めが甘いな」
     冷静さを欠いていた彼女は気づくのが遅くなったが、彼は刀を差していなかった。いくら容姿が似ていようと、刀剣男士であるはずがない。写しはしばらく黙り込んだ後、クソがと吐き捨てる。思えばこんな粗雑な態度は、まったく山姥切らしくない。彼女は心の中で自分の本丸にいた山姥切に謝った。

     彼女は改めて写しを見たが、何もかもが山姥切そっくりだった。顔はもちろん長い前髪や体つき、声だって瓜二つだ。彼女のタブレットにだけある特殊な機能がなければ、最後まで気づかなかったかもしれない。
    「もしかして君、合意のうえで神隠しされたクチ? 切国そっくりに整形までしちゃって、せめて双子コーデで満足しなよ」
    「ふざけんな! 誰があんなホモ野郎の顔に整形するか!!」
     写しは近くにあった机を蹴り飛ばし、部屋中に響き渡る大きな音に、彼女は思わず耳を塞いだ。そしてそれ以上詮索するのをやめた。刀剣男士でないとはいえ、男と女の力の差は歴然としている。
    「審神者1じゃないならお前に用はない。さっさとどっか行け!」
    「いやだね。私はここに鍛刀しに来たんだから」
    「一足遅かったな、俺がもう鍛刀した」
     慌てて鍛刀部屋に駆けこんだが、残り時間の表示は十分となっており、残っていた資源はすべてなくなっている。彼女は天を仰いだ、本当に一足遅かった。

     写しは早く去れと急かすが、彼女には確かめたいことがあった。彼が持っている参加者の離脱条件とこの部屋の惨状、そして茶坊主の行方だ。
    「君は誰の離脱条件を知ってるの?」
    「お前が山姥切の勝利条件を知ってたら教えてやる」
     非協力的な態度だが、彼女は腹を立てなかった。写しの今までの言動を見れば素直に教えるとは思えなかったし、そもそも彼が歌仙の勝利条件を持っている確証はない。彼女は続いて部屋の惨状について尋ねたが、彼が来た時には既に荒れており誰もいなかったという。だから彼にも情報処理室で何が起こったかはわからない。
     彼女はありがとうと礼を言ったが、謎は何も解明されなかった。これからどうしようかと思い、髪をかき上げた。

    「お前、参加者以外の刀剣男士を知らないか?」
     また出ていくよう急かすのかと思いきや、写しは変なことを聞いてくる。
    「どういうこと?」
    「俺の勝利条件は『刀剣男士を2口刀解する』。とんでもない条件だと思ったが、鍛刀部屋があって納得した。参加者でなく、遊戯中に作った刀を刀解すればいいんだろ。俺が勝つためには、あと一口足りない」
    「その子刀解するの? もったいない」
    「うるさい。早く答えろ」

     言い方が癪に触るが、気に食わないから教えてやらないとへそを曲げるほど子供ではない。彼女は刀の在り処について教えてやることにしたが、茶坊主のことまで教える義理はないと判断した。
    「竜胆という女性の参加者がいる。彼女が五虎退を持っている」
    「どこで会った?」
    「四階の図書室。ただ彼女と会ってからけっこう時間が経っているから、もういないだろうね」
    「どんな女だ?」
    「三十過ぎの女性で、中肉中背。私たちと会った時は、眉月という偽名を使っていた」
     写しが口元に手を当て何か考えているようなので、どうしたの? と聞けば、写しは竜胆の格好について質問してきた。

    「その女、全身黒づくめじゃなかったか?」
    「いいや、切国みたいな芋ジャージだったよ」
    「いちいちやつの名を出すな!」
     写しがヒステリックに叫び、雅は見せつけるように指で耳に栓をした。けれど、ふとある可能性が頭に浮かび、その可能性を口にする。
    「あの格好は着替えた後だったのかもね。茶坊主君は竜胆の格好については何も言っていなかったし」
     彼女は茶坊主が見た映像について話すことにした。竜胆の五虎退を狙うなら、彼女の危険性について知っておくべきだろう。

     彼女は茶坊主が見た映像の中身と、鍛刀部屋前の色の変わったタイルの話をした。写しはやっぱりあいつかとつぶやいた。
    「知り合い?」
    「審神者局の後輩だ」
    「え~と、何からツッコめばいいのかな?」
     数少ない審神者局からの出向審神者が遊戯に二人も参加し、しかも顔見知りなんて話ができすぎている。そもそも知り合いかと聞きはしたが、本当に知り合いだとは微塵も思っていなかったのだ。
     写しが言うには、彼は遊戯開始直後に巫女装束の若い女性に、後輩とよく似た女が話しかけているのを見かけたらしい。

     写しが彼女たちに声をかけなかったのは、今の彼の姿では警戒されるからではなく、本当に後輩の女だったらとてもではないが協力できないと考えたからだった。
    「あいつはやり手だった。上司連中も、俺たちの世代で一番出世するのはあいつだと言っていた。だが一緒に仕事していると、あの滲み出る性格の悪さがだな……!」
     同族嫌悪じゃないかなと雅は内心思ったが、言わないでおいた。
    「あの女だったら殺しくらい平気でしそうだ。まったく、面倒なやつが持ったもんだ」
    「うん、まぁ……気をつけて?」
     じゃあねと片手を上げ、彼女は部屋を出た。その背中に、お前もなとぶっきらぼうな言葉がかけられた。


     情報処理室を出たものの、彼女はどこに行くか決めていなかった。まだ見つけていない政府の道具を狙うのもありだが、既に遊戯開始から十時間は経っている。もう残っていないと思った方がいいだろう。それならば茶坊主と合流するのを優先したい。
     今まで出会った審神者の中で、彼が一番信用できるというのもあるが、彼は美術室で手に入れた札と短刀を持っている。刀剣男士に対抗できる術を持つ彼と行動できれば、これほど頼もしいことはない。
     問題は彼がどこにいるか、だった。掴みどころのない彼が、どういう考えに基づきどこにいるのか。彼女にはまったく見当がつかなかった。

    「(また会えたらラッキーぐらいに思っとくか)」
     そう頭を切り替え、これからのことについて考える。彼女がまだ見ていないのは二階と四階、それから一階の一部分。道具はもうないとしても、もしもの時に備え、会場全体の構造は把握しておきたい。
     今度は上から順に見ていくかと、フロアの中央の方へ歩いていく。タブレットを開くも、辺りが薄暗くてよく見えず、日の光が入る吹き抜け付近なら見えるだろうと考えたからだ。
     照明装置は設置されているが、遊戯が始まってから一度も点灯していない。省エネかなと思い、そんな発想ができるということは自分が思うより余裕が残っているようだと、彼女は続けて思った。

     ガラスが割られた吹き抜け部分は、彼女が思ったとおり光がよく入り、タブレットの地図を見ながら順路を頭の中で組み立てていく。しかしその途中で、光が差し込む角度が今までと違うことに気がついた。
    「日が……陰っている?」
     よくよく考えれば、魂之助は一度も日の入り沈みについて触れていない。睡眠を取らなくていいと言われ、彼女が勝手に夜は来ないと解釈していただけだ。彼女はタブレットを閉じ、一階へと急いだ。夜に備え、灯りを確保しておきたかった。一階を探索した時、用務員室らしき部屋に懐中電灯があったのを彼女は覚えていた。

     中央階段を使い一階に下りると、用務員室へ行く。用務員室の懐中電灯は、彼女が見た時と同じ場所に置いてあり、彼女は懐中電灯を手に取り、ほっと一息吐いた。念のためスイッチを入れれば、きちんと光を発している。
    「歌仙が大太刀だったら良かったんだけど」
     夜戦で弱体化したところで、刀剣男士には逆立ちしたって叶わないことは重々承知していたが、気持ちの問題だった。
     
     一階まで下りてきたので、彼女は予定を変更し一階の探索をすることにした。歌仙に邪魔されて行けなかった方面(地図と外階段から見た景色から考えるに、恐らく体育館や講堂などの別棟の建物がある)ではなく、用務員室から直進し、西端の部屋へ向かった。手始めに入った部屋は、美術室と似たような机の配置だったが、こちらの机には流し場とガスの元栓がある。他にも部屋には、ビーカーやフラスコ等が保管されているキャビネットがあった。
    「理科室か」
     実験台は全部で九つあり、各台に椅子が五つずつ置かれている。キャビネットはビーカーやフラスコの他に、顕微鏡が置かれたのもあったが扉は付いていない。黒板の隣には扉が透明なケースに入れられた人体模型、その隣には準備室へ続くと思われるドアがある。道具が残っているとしたら物が多い準備室だろうと踏み、彼女は人体模型の前を通り準備室のドアを開けた。

    「ん?」
     だが、視界に変な物が横切り、彼女は後退してまた人体模型の前に行く。人体模型は全身型で臓器が見えるタイプだったが、首に紐が巻かれているように見えたのだ。戻ってみれば見間違いではなかったようで、首に肌(?)と同色の縄が巻かれており、後ろに何かが括られている。
     ケースの扉に手をかけるが、扉は抵抗なく開いた。そのまま首の後ろに手を伸ばし、彼女は確信した。これは刀の柄だ。柄を掴んだままもう片方の手で縄を解き、刀を引っ張り出す。その際人体模型が体に密着して鳥肌が立ったが、悲しいかな、悲鳴を上げても愛しの恋人はやって来ない。

     刀は赤みのある暗い茶色の鞘で、長さは目測で七十から八十センチ。柄に鳳凰と牡丹唐草の模様がある刀といえば、彼女の本丸にもいた和泉守兼定だ。彼女は教壇の上に和泉守を置き、タブレットで参加者一覧を見るが、参加者情報は更新されていない。
     刀の姿では更新されないという制限があるのかもしれないが、参加者が刀の姿に戻され人体模型に括りつけられるなど、レアケース中のレアケースまで考えていたらきりがない。
     彼を道具として隠した政府のセンスを疑いつつ、刀に意識を集中する。少しすればどこからともなく桜の花びらが舞い、一人の美丈夫が目の前に現れた。

    「オレは和泉守兼定。かっこ良くて強い! 最近流行りの刀だぜ」
     お決まりの文句を言い登場した和泉守だが、拍手をして出迎えた彼女を見ると、頭をガシガシ掻いた。
    「ま、そう上手くはいかねーか」
    「おやおや、私じゃご不満かい?」
    「いや、あんたが悪いんじゃないが」
     そう言って一区切りつけた後、彼は道具としてこの遊戯に参加した理由を語った。
    「オレは蜂須賀虎徹に隠された主を助けるためにここに来た」


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:太閤桐
     勝利条件 遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する
     敗北条件【30分以上同じ部屋に留まる】
    刀剣男士2:一期一振/勝利
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 ???

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する
     敗北条件 ???

    審神者4:雅
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が3名勝利条件を満たし、遊戯に勝利する
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:写し
     勝利条件 刀剣男士を2口刀解する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、参加者が12名以上残っている
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 勝利条件を達成し勝利した刀剣男士が2名以上、審神者の敗北条件を達成し勝利した刀剣男士が1名以上になる
     敗北条件 ???

    審神者6:徳島
     勝利条件 ???
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀虎徹
     勝利条件 全参加者の離脱条件を把握する
     敗北条件 ???

    審神者7:友切
     勝利条件 自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件 審神者が3名遊戯に敗北する
    刀剣男士7:髭切/勝利
     勝利条件【自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない】
     敗北条件 ???

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:竜胆
     勝利条件 刀剣男士が4名遊戯に勝利する
     敗北条件 審神者が3名遊戯に勝利する
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???


    ≪道具一覧≫
    校長室:クラッカー
    職員室:位置情報アプリ
    美術室:拘束札×2
    図書室:参加者Aの日記帳
    理科室:和泉守兼定
    体育館:???
    情報処理室:鍛刀部屋
    水泳プール:???


    さいこ Link Message Mute
    2023/03/18 18:37:35

    我が主と秘密遊戯を(前編)

    pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。
    IF版を掲載するにあたり、まとめて上げ直します。

    【登場人物およびカップリング】
     ・にっかり青江×女審神者
     ・一期一振×女審神者
     ・燭台切光忠×男審神者
     ・歌仙兼定×女審神者
     ・山姥切国広×男審神者
     ・蜂須賀虎徹×女審神者
     ・髭切×女審神者
     ・へし切長谷部×男審神者
     ・鶴丸国永×女審神者

    #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに

    more...
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