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    しおり
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    しおり
    名を呼んでも神隠しできない審神者はへし切長谷部にへしかわと告げる俺の主は名前を呼んでも神隠しできない私のへし切長谷部に今日もへしかわと告げる俺の主は名前を呼んでも神隠しできない
     へし切長谷部の主は、現世で所用があると言い、三日前本丸を後にした。盆と正月に許される帰省以外に、彼女が現世へ戻るのは珍しい。主が不在の間、近侍の長谷部が代理で指揮を取ったが、それも今日で終わりだ。各部隊への最後の命を出し彼らを見送った後、彼は門の前に立ち主の帰りを待った。主から連絡のあった時刻より一時間も前だったが、いの一番に主君を出迎えるのが近侍の務めである。
     ……本当はやりすぎではないかとか、一時間の間に主の仕事を少しでも減らしておくべきではないかとか考えもしたが、主のことが気になって仕事にならなかったので、彼は開き直ることにした。

     そんな長谷部の性格を主はよく知っているようで、約束の時間より三十分前に本丸へ帰ってきた。そして長谷部が声を発するより前に、こう言った。
    「ただいま。そんなに私が恋しかった?」
     彼は顔を赤くして押し黙るより他なかったが、彼の主は満足そうに笑うと、持っていた大きな紙袋を二つ長谷部へ差し出した。
    「これお土産。みんなで分けて」
    「お心遣い感謝いたします。……主、そちらの荷物もお持ちしましょう」
    「ああ、悪いね」
     主が持っていたキャリーバッグに手を伸ばせば、彼女も遠慮せず持ち手を長谷部に渡した。しかし何を思ったのか、離した側からまた長谷部の手のすぐ横に手を置いた。

    「主、どうされましたか?」
     しげしげと二つ並んだ手を見つめる主に、長谷部が声をかける。彼女は視線を動かさないまま、長谷部って……と話し始めた。
    「よく見ると大きいよね。……ああ、手のことだよ?」
    「どこぞの脇差のようなことを言わないでください」
    「青江君だっけ? レアでもないのに、なんで彼は私の本丸に来ないんだろう」
     それは初期刀の歌仙の血管が切れてしまうからだと彼は思ったが、思うだけに留めて口にはしなかった。
     この審神者は霊力こそ並だが将としての才があり、霊力の質が物を言う審神者の世界で、中の上の成績を収めている。優秀な審神者であることに間違いはないが、意味深な発言をしては周りをからかい楽しむという悪癖があった。それ故付いたあだ名が『女にっかり』だ。私もポニーテールにしてみようかと主が言った時の、心底嫌そうな歌仙の顔を長谷部は未だ忘れることができない。

     もっとも、最大の被害者は雅を好む初期刀ではなく、主に懸想している近侍の長谷部だ。主の視線が己の手から顔へ移っただけで、心臓の鼓動が速くなる。
    「太郎さんいるから小さく見えるけど、背も百八十近くあるんだし、十分高いよね。あとさ、やっぱり私好みの綺麗な顔をしてる」
    「はぁ」
    「毎晩この顔が寝屋を訪ねてきてくれるなんて、審神者になった甲斐があるね」
     近侍が主の床の準備をする決まりになっているだけのことなのだが、彼は未だに上手い返しができない。困り果てていると、ごめんごめんと主が笑いながら謝った。

    「なんでこんな話するかっていうと、現世に戻っている間に、背が高くてイケメンだと思ってた男と久しぶりに会ったんだけどさ。普通だと思ってた長谷部と同じくらいの背で。それだけならまだしも、長谷部の顔に慣れてるから芋やカボチャにしか見えないんだよ! これは婚期が遅れ……」
    「あるじさま~!!」
     主が言い終わる前に、今剣の声が聞こえてきた。庭から走ってくる今剣に主は両手を広げ、今剣はその胸に勢い良く飛び込んだ。
    「あるじさま、おかえりなさい」
    「ただいま。元気にしてた?」
    「はい!」
    「そっか。それは何より」
     くしゃくしゃと頭を撫でられ、今剣は目を細める。そして長谷部からすれば媚びた甘ったるい声で、主人を遊びに誘った。

    「いまみんなで、かくれんぼしてたんですよ。あるじさまもいっしょにあそびましょう!」
    「今剣、主は長旅でお疲れだ」
    「まあまあ。怒らないの」
     長谷部が今剣を咎めるが、その長谷部を主が宥める。しかし今剣に目をやれば、主の体に顔を埋めたまま、勝ち誇った顔で長谷部を挑発してくる。長谷部のこめかみに青筋が浮かんだのは、言うまでもない。


     **********


     長谷部は主の部屋に荷物を運んだ後、土産の入った袋を持って厨へ向かった。皆がそろう食事の時に出そうと主が言ったからだ。
     中央に置かれた台の上に紙袋を置くと、ひよこのイラストが印刷された菓子箱を取り出す。この菓子は前に現世に帰った時も土産に買ってきていた。短刀たちがひよこの形をした饅頭を見てはしゃいでいたのを、覚えていたのだろう。
     彼は自室から持ってきたペーパーナイフを取り出し、丁寧に包装紙を剥がしていった。刀剣男士が遠征帰りに買ってくる土産なら、適当にちぎり丸めてゴミ箱に突っ込むのだが、主からの物なら話は別だ。結局は捨てることになる包装紙だって、丁重に取り扱わなければならない。

     計四箱の包装紙をきれいに剥がし終え、一番上の箱に『摘まみ食い禁止。食ったやつは圧し切る』と書いた紙を貼ると、今度は紙袋を折り畳む。こちらは何かと使う用途があるので、残しておくつもりだ。一つ目の袋を畳み、二つ目も同じようにしようとしたところで、彼は底に何か落ちているのに気がついた。
     最初は菓子の注意書きかと思ったが、手に取ってみれば葉書だった。ごく普通の葉書なのだが、書かれているのは異国の言葉であり、彼は無意識のうちに更なる情報を求めて葉書を裏返す。裏面に書かれていたのもやはり異国の言葉だったが、左半分にある写真を見て目を見開いた。

     写真には主と若い男が写っていた。主は光沢のある青いドレスを着、男はタキシード姿である。主が言っていた現世で会った男というのがこの写真の男なら、芋やカボチャと貶した男になんという顔を見せているのだろう。飄々として掴みどころのない彼女はどこにもおらず、年相応の朗らかな笑みを浮かべている。
     盆や正月でもないのに現世に帰ったのは、この男に会うためだったのかもしれない。そんな考えが長谷部の脳裏に過る。そして同時に、今まで抑えていた暗い感情が顔を出した。

    『主は僕たちの扱いが上手いよね。自分こそが主の特別だと錯覚させてくれる』
     以前、燭台切が言っていた言葉だ。彼の言葉を聞くまで、自分こそが主の一番であると長谷部は思っていた。顕現されてからすぐ近侍に任命され、頼み事があれば真っ先に彼が呼ばれた。
     だが周りをよく見れば、厨で食事の支度をする燭台切に主はいつもねぎらいの言葉をかけているし、判断に迷う時は部屋に歌仙を呼び意見を仰ぐ。庭の散歩をする時供に呼ばれるのは今剣で、秋田は年の離れた従弟に似ていると可愛がられている。
     そう、彼だけが特別ではなかったのだ。現に、彼はまた自分以外の主の特別を見つけてしまった。耐えきれずに写真を机に伏せ、茫然と読めない文字を見下ろす。

     どのぐらいそうしていただろうか。葉書を見つめるうち、彼はアルファベットの羅列の中に、自分でも読める単語があることに気づいた。彼の主はできるだけ刀剣男士でもわかる言葉を使い話をするが、時々外来語を口にする。
     聞き返すのは失礼だと思った長谷部は、主の生まれた時代の言語について一通り勉強をした。アルファベットと簡単な英単語、ローマ字の表記の仕方も覚えた。

     ──Marie Hirakawa

     マリエ・ヒラカワ。左上隅に書かれた単語は、ローマ字でそう読める。順番がおかしくはあるが、『ヒラカワ』という苗字はあるし、『マリエ』は日本の女の名前だ。

     通常、審神者は刀剣男士に自分の名を隠す。名は最も短い呪いというように、神である刀剣男士に名を知られれば、彼らを押さえつけられなくなる。神格より持ち主であることを重視する刀剣男士が、主の名を暴いて主従を逆転させようなど思いはしないが、ぞんざいに扱われている者や長谷部のように主人に懸想している者となると話は違ってくる。
     真名さえ掴めば、審神者を生かすも殺すも刀剣男士次第だ。自分の神域に連れていき、妻にすることだって可能になる。


     **********


     あれはいつだったか。書類仕事をする主の側に控えていると、突然彼女が心理学を知っているかと長谷部に話を振ってきたことがあった。彼が知らないと返せば、人の心に関する学問だと言い、バーナム効果やプラシーボ効果等の専門用語を例に挙げて説明した。
    『もっと簡単な例だと、感情が仕草に表れるっていうのがある。たとえば、男は好きな女の話を聞く時、相手の目を見るとか。……目が合っちゃったね長谷部、どうしてかな?』
     彼女の性格を考えるに、主の話ならば他愛ない世間話でも真剣に聞く彼をからかったのだろう。だがこのことで、彼は主に抱く敬愛とは別の感情の名を知った。そしてその感情は今、抑えることができないところまで来ている。

     現世から帰ってきた主の周りにはいつも人がいて、長谷部が主と二人きりになれたのは夜になってからだ。床の準備のため寝室を訪ねた長谷部は、報告書に目を通している彼女に葉書を返した。土産の紙袋の中にあったと言えば、彼女は渋い顔をした。
    「道理で探しても出てこないわけだ」
    「お渡しするのが遅くなり、申し訳ありません」
    「ああ、気にしないで。探してたのは現世でだから。全然見つからなくて、結局書き直して出したんだけど。まったく、慣れないことはするものではないね」
     ありがとうと礼を言い、彼女はまた報告書へ視線を戻した。自分の名を書かれた文を見られたというのに、少しも慌てる気配はない。
     やはり、刀剣男士にアルファベットはわからないと思っているのだろう。このまま知らない振りをするのが、最も賢明な判断だと彼もわかっていたが、無防備な主の横顔が彼を狂わせた。もう見ているだけでは足りない。
    「マリエ」
     意を決して、恋焦がれた女の名を口にする。報告書を捲ろうとした女の手が止まった。長谷部はその手を取り白い指に唇を落とすと、彼女の耳元で甘くささやいた。
    「マリエ、俺を見てください」
     そう命じれば、体は机に向けたまま首だけ長谷部の方へ動かす。彼女の切れ長の目は大きく見開かれ、瞬きもせず長谷部を見つめる。

     今まで感じたことのない高揚感だった。戦場で敵を前にした時だって、これほど気持ちが高ぶったことはない。長谷部は彼女の手を下ろすと、今度は彼女の頬へ手を伸ばした。色の白さで言えば鶴丸や宗三の方が上だったが、男にはない柔らかさに喉が鳴った。手袋を外し損ねたのを少々後悔したが、逸る気持ちは抑えられず、そのまま顔を寄せる。
     だが、唇が触れる寸でのところで、女の手が彼の口を覆った。何が起こったか理解できない彼の耳に、喉の奥で押し殺すように笑う声が聞こえた。
    「寝屋で他の女の名を呼ぶなんて、マナー違反じゃないか。そうだろ、へし切長谷部」
     主は丸くしていた目を三日月に細めると、長谷部の体を畳の上に押し付けた。

    「何か言いたいことある?」
     長谷部の顔の横に両手をつき、覆いかぶさって逃げ道をふさいだうえで聞いてくる。
    「刀解してください」
    「おやおや物騒な」
    「俺は主を裏切りました。元より覚悟はできています」
    「私に一人寂しい夜を過ごせって? 酷い男だねぇ」
     からかうような言葉こそ普段と変わらないが、彼女の顔から笑みが消える。
    「刀解はしない、自害も許さない。へし切長谷部、これは主命だ」
    「……」
    「それからお前以外を近侍にするつもりもない。わかった?」
    「主の御心のままに」

     愚行としか言いようがないが、温情を受ける身でとやかく言う資格はない。渋々ながらも長谷部が了承の言葉を口にしたことで、主の雰囲気も元に戻った。
    「ローマ字知ってたの?」
    「はい」
    「もしかして、他の子もわかったりする?」
    「他の連中は読めないと思います。俺は主にいただいた辞書で学びましたから」
     主は視線を横にずらしたが、『ああ、あれか』と言ってまた長谷部の目を見た。彼女は話をする際、相手の目を見つめて話す癖がある。
    「ところで主」
    「何?」
    「この体勢は如何なものかと」
     今この場に第三者が入ってきたら、主が長谷部を押し倒しているようにしか見えない。至近距離で見つめられることに耐えられなくなり、長谷部は顔を逸らした。彼の真っ赤になった顔を見て、主は『へしかわ』という謎の言葉をつぶやいた。


     **********


    「これあげる」
     主の部屋を辞す時、彼女は長谷部に例の葉書を渡した。新しく書いて郵便に出したので、もういらないのだと言う。つい左隅に書かれた『Marie Hirakawa』の文字に目が行ってしまい、押し黙る彼に主は更に言う。
    「この手紙は私の物で間違いないよ。大学の恩師に宛てて書いた」
     それは暗に『Marie Hirakawa』は自分の名だと告げていることになる。顔にこそ出さないが混乱する彼に、彼女は追い打ちをかけた。
    「次に他の女の名前読んだら許さないよ。マナー違反の長谷部君」

     ──できるもんなら真名掴んでみろ。

     脳内でそう変換された時、長谷部の中で何かが切れた。
    「麻里江」
    「だから」
    「真理恵、鞠絵、麻利枝。いや、茉莉江か!?」
     正しい字を思い浮かべなかったのがいけなかったのかと思い、思いつく限りの『マリエ』の漢字を言ってみる。しかし、聞いている側からすれば、名前を連呼しているようにしか聞こえない。
    「クソッ、だったらマリエ! マリエ! マリエ!」
     今度は字では伝わらないが、それぞれアクセントの位置が違う。発音の仕方に問題があったと考えたのだ。
     主は真顔で本日二回目の『へしかわ』なる謎の言葉を言い、自分よりも高い位置にある彼の頭を撫で、部屋に戻させた。その晩ずっと頭に血が上っていた長谷部だが、翌朝起きて死にたい気分になった。主命があるので死にはしなかったが。

     さて、落ち着きを取り戻した彼は、主からもらった葉書を訳してみることにした。彼に葉書を渡したのは、葉書に書かれた内容をヒントに真名を当ててみろということだろう。彼の読みは当たっていたらしく、主に英語の辞書と英文法がわかる本を借りに行くと、既に教材が準備されていて、がんばってねと手渡された。
     彼はさっそく空き時間を使い、和訳にとりかかった。英語の基本構造と単語の意味さえわかれば、おおよその内容は理解できた。

    『茶色氏
     貴方は元気ですか? 私は元気です。先日、私は出席しましたヨシムラの結婚式。貴方は覚えていますか彼? 彼は中、貴方のゼミナール。理由私は写真を撮りました、送ります貴方に。私は美人です、彼は若干美形です。(私は感謝します、寛容な花嫁に!)茶色氏、来てください未来の私の結婚式』

     ぎこちないことこの上ないが、ローマ字読みしかできなかった男が一日でここまで漕ぎつけたのだから、大したものだろう。
    「茶色は主の言っていた大学の恩師でいいとして、ヨシムラはこの男か?」
     主の隣に写る男を指で弾く。力が強くなってしまうのは仕方ない、本当はこの男が写る部分を破り捨てたいくらいなのだから。
     彼に新郎は白いタキシードを着るという知識があれば断定できたのだが、生憎現世の結婚式事情に明るくなかった彼は、写真の男=ヨシムラと断定はできず、そのうえで考察を続けた。

    「主が現世に帰ったのは、おそらくヨシムラの結婚式に出るためだろう。写真の様子からして仲が良いのはわかる。茶色は結婚式に出席していない。出なかったのか出られなかったのかはわからないが、恩師だと茶色を慕っている主は、手紙を書くことにした。……ここから一体何がわかる?」
     長谷部は文の最後に書き添えられた文字を見る。ここにも『Marie Hirakawa』と書かれてあった。文の締め括りに書くのだから、名前で間違いないはずだ。彼は主が真名を呼ばれても平気な特殊体質である可能性を考えたが、すぐに違うと切り捨てた。彼女の霊力は決して多くないし、そんな人間聞いたことがない。

     彼はその後も英語の辞書片手に和訳を進め、一週間経った時、主からどの程度進んだか聞かれたので訳文を披露した。
    「ブラウン先生へ。お元気ですか? 私は元気にしています。先日、ヨシムラの結婚式に出席しました。覚えていますか? 貴方のゼミナールに所属していた、あのヨシムラです。写真を撮りましたので送ります。美人に写っているでしょう? 彼もそこそこハンサムに写っています。新郎を貸してくれた寛大な花嫁に、感謝しないといけませんね。ブラウン先生、私が結婚した時には是非結婚式に来てください」
    「……」
    「主? どこか間違っていましたか?」
     茫然としていた主は、慌てて首を振る。
    「ううん、百点満点あげる。長谷部、英語知ってたの?」
    「いいえ。主から貸していただいた本で勉強しました」
    「上達早すぎでしょう。もしかして博多君に『長谷部より速~い』って言ったの気にしてる?」
    「はははっ! 何のことでしょうか」
     しかし肝心の名前の謎を解く鍵は、まだ掴めずにいた。どれだけ綺麗に訳そうと、『Marie Hirakawa』との繋がりは見えてこなかった。

     手紙の内容は関係ないのではないかと思いついたのは、その日の夜だ。彼はしばらく手にしていなかった『現代用語辞典』を開いた。これは主からもらった物で、ローマ字の読み方を書いた一覧表が付いている。
    「……駄目か」
     ローマ字の読み方が誤っていた可能性に行きついたのだが、調べ直しても『MA』が『マ』で『RI』が『リ』、『E』が『エ』で間違いなかった。
    「ローマ字を知っているのかとおっしゃったのだから、読みに間違いはないか」
     一週間前のやり取りを思い出し、長谷部は溜息を吐いた。だが、辞書を本棚に戻そうとしたところで、自分の発言に違和感を覚えた。
    「ローマ字……?」
     昼間の主の言葉との違いに気づくと、彼は急いで英語の辞書を取り出した。


     **********


    「貴女の名前はローマ字で『マリエ』と読むのではなく、英語で『マリー』と読む。違いますか?」
     翌日、遠征のため早朝から本丸を留守にしていた長谷部は、夜になり帰還してから主に自分の推理を披露した。頬杖をついて聞いていた主はしばし黙り込んだ後、ご名答と言い拍手した。
    「私の父親は日系アメリカ人でね。日本生まれ日本育ちではあるけど、名前は英語。M・A・R・I・Eで、マリー。よくできました」
     にっこり、ではなくにっかり笑った主は、名前を暴かれたというのに平然としている。拍手できたことからもわかるように、神に名を呼ばれても動きは封じられていない。

    「あれ? 驚かないんだね」
    「予想はしていましたから」
     真実にたどりついた時こそ歓喜したが、このカラクリは時間さえかければ誰でも解ける。特に勉強熱心な長谷部なら辞書の『wedding』の欄で、別の表現と説明された『marriage』も調べると主は踏んでいただろう。『marriage』のページから一枚前に捲れば、『Marie』のページに行きつく。
    「本当に貴女はマリー様なのですか?」
    「はい、私がマリーです」
     教科書の例文のような返しをすると、主は立ち上がった。

    「無事答えにたどりついたお祝いに飲もう。現世で赤ワイン買ってきたんだ」
    「俺はまだ仕事が……」
    「主の酒に付き合うのも立派な仕事でしょう」
     次郎太刀や先日来た日本号ほどではないが、彼女も相当な酒飲みである。彼女の部屋には酒とグラスが常備されている。
    「さあ、この杯を取りなさい。これは、私の契約の血です。……なんてね」
     長谷部にグラスを握らせると、彼女はそこへ並々とワインを注いだのだった。



     へし切長谷部を初めて見た時思ったのは、なんとも胡散臭い笑顔だということ。そして少し接してわかったのが、面倒な性格をしているということだった。
    『元彼に捨てられてズタズタになったプライドを、今彼に愛されることで取り戻そうとしている。そのくせ、泣いてすがるのはプライドが許さないから絶対しない』
     長谷部の性格をそう分析し、あまり深入りしない方が賢明だと彼女は判断した。面倒な性格の相手に深入りすれば、必ずと言っていいほど面倒な事態に巻き込まれる。算術の苦手な歌仙の代わりに近侍を任せはしたが、彼女はビジネスライクな付き合いで済まそうと考えていた。
     しかし、それから一年二年と経ち、彼女の考えに変化が現れる。長谷部がいじらしく思えてきたのだ。迎えに来てくれるのならいつまでも待つなんて台詞も、他の男が言えば重いことこのうえないのに、彼が言えば心を打つ。
     そうなってしまったのは、彼が審神者好みの顔だったからか、彼女が面倒な性格の男ばかり好きになってしまうからか。どちらかはわからないが、彼女にとって長谷部は特別な存在になった。
    私のへし切長谷部に今日もへしかわと告げる
    「今更だけど、平気?」
    「大丈夫です。死ななきゃ安い!」
    「うん、ごめん。私が悪かった」
     ワイングラスを握り締めたまま、虚ろな目をしている長谷部に声をかけるが、彼らしからぬふわふわとした返事だった。皆で集まってする宴会では、涼しい顔で日本酒をあおっていたのだが、どうやらワインは苦手らしい。彼女は床に転がった二本のワインボトルを見て、少々後悔した。

     そもそも、何故長谷部とサシで飲むことになったかというと、切欠は一枚の葉書だった。アメリカ在住のため教え子の結婚式に出られない恩師に、葉書という古風な形で新郎と写真を送ったのだが、それを長谷部に見られてしまったのだ。
     刀剣男士に審神者の真名が知られれば、主従が逆転し、審神者をどう扱おうと刀剣男士の自由となる。主へ忠義を誓った彼らが謀反を起こすなどありえないが、この世に絶対はない。
     そのため審神者は自らの名を隠す。自らの名を書いた葉書を見られたのは、審神者にとって致命的であるが、彼女は落ち着いていた。彼女の真名は他の者とは勝手が違うし、何より葉書は英語で書かれている。刀の付喪神である彼らに読めるはずがない。

     そう高を括っていたのだが、長谷部は葉書の中から『Marie』の文字を見つけ出し、彼女を『マリエ』と呼んで魂を掴もうとした。彼女は『マリエ』ではなかったので真名を掴まれた振りをしたのだが、なかなか刺激的な展開が待っていた。主、主と忠犬のごとく後ろを付いてまわっていた長谷部が、男の顔をして唇を重ねようとしてきた。
    「(まぁ、あのままキスしても良かったんだけど)」
     反射的に手で遮ってしまった自分が恨めしい。長谷部の目には普段どおりの主に映ったかもしれないが、あの時彼女は動転していた。名前を知られたからではなく、長谷部の男の顔を見て……である。

    「マリー様」
    「なんだい?」
    「マリー様、マリー様、マリー様」
    「はい、はい、はい。私がマリーですよ」
     今目の前にいる長谷部は、あの時見せた男の顔はしていなかったが、こちらも同じくらい色っぽい。頬は蒸気し唇に付いたワインを舌で舐める様は、普段のお堅い彼を知っているからこそ、余計にいやらしく感じた。

     彼女の名はローマ字で『マリエ』と読むのではなく、英語の読み方の『マリー』が正しい。英和辞書を与えた時点でいずれ気づくとは思っていたが、一週間で謎解きを終えたのはさすが長谷部といったところか。
    「貴女がマリーなら、どうして俺のものにならないんですか!」
    「強く出たね酔っ払い」
    「俺は酔ってなどいません」
    「はいはい」
     酔っ払いの常套句を受け流し、彼女は部屋につまみがなかったか記憶をたどる。今更だが、この酔っ払いに何か食べさせた方が良いと考えたのだ。しかし、酒のつまみは塩だと豪語する彼女の部屋に、腹に溜まる物は置いていなかった。

     仕方がないので、厨に行って取ってこよう。運良く燭台切がいれば、何か作ってもらうのもいい。そう考え立ち上がろうとしたところで、机についた手を強く引かれ、彼女はまた元の体勢に戻った。ワイングラスが拍子に倒れたが、幸い中身は飲み干していた。
    「どこに行くんですか? 他の男の所?」
     口調は柔らかだが、先ほどまでとろんとしていたのが嘘のように据わった目をしている。だが酔っている彼女には、それすら可愛らしく思えた。
    「ああ、他の男の所……っつ」
     悪戯心からそう言った瞬間、手首を掴んでいる力が格段に強くなり、長谷部の爪が皮膚に食い込む。からかい過ぎたと気づき、冗談だと言って宥めてどうにか離してもらった。

    「ねぇ長谷部、私の真名を知ってどうしたい?」
     未だ目つきの悪い彼にそっと手を伸ばすと、煤色の髪を耳へかけ、そのまま頬に手を添える。普段なら慌てふためくところだが、頬に触れている彼女の手に自分の手を重ね、幸せそうに目を細めた。彼の目が熱っぽくなっているのは、決して酒のせいだけではないだろう。
    「隠したい」
    「Oh……」
     とろけるような甘い声とはかけ離れたヘビーな返しに、普段は使わない英語が思わず出た。とは言っても、名前を呼ばれキスされそうになった時点で予想はついていたが。

    「神隠しは手段であって、目的ではないだろ。お前は神隠しという手段を使って、何を得たい?」
     今まで考えたことがなかったのか、長谷部は目を伏せて考え込む仕草を見せる。その間も彼女の手は一切離そうとしないのだから、素面に戻った時発狂しないか心配だ。時間にして五分ほどしてから、彼は貴女の特別になりたいと言った。
    「つれないことを言う。お前はとっくに私の特別だけど?」
    「嘘だ」
    「おやおや」
     身から出た錆と言われればそれまでだが、遠まわしの告白を否定され、彼女は内心苦笑した。
    「この本丸にいる刀剣すべてが主にとっての特別だ。やつらと同じ特別なんていりません。……ねぇ主、俺は優秀でしょう? 貴女のためなら、何だって切って差し上げます。だから主、俺だけを見てください。俺にとって貴女が特別であるように、貴女の特別も俺だけにしてください」

    「Do you promise to love and cherish me, in sickness and in health, for richer for poorer, for better for worse, and forsaking all others, keep yourself only unto me, for so long as you both shall live?」

     彼女は長谷部の顔を見たが、彼は瞬きを繰り返すだけだった。当然の結果とわかっていながら、残念だなとつぶやいた。
    「明日起きて覚えていたらでいい。日本語に訳して、それから……返事を聞かせて?」
     そして彼女は空いた手で、彼の目を覆う。
    「おやすみ、へし切長谷部」
     既に酔いが限界まで来ていたのだろう、長谷部の体から力が抜け、後ろへと倒れた。思ったより大きな音がし、彼女は慌てて長谷部の様子を確かめたが、穏やかな顔をして寝ており起きる気配はない。
     普段より幼く見える彼の頭を撫で、彼女はもう一度おやすみと告げた。


     **********


     部屋に行くか厨に行くか迷った末厨に行ってみると、いたのは燭台切でなく歌仙だった。彼は彼女の顔を見るなり、顔をしかめた。
    「どれだけ飲んだんだ君は」
    「大丈夫大丈夫。酔ってなんかない」
    「酔っ払いの常套句だね」
     歌仙は朝食の下ごしらえをする手を止め、グラスに水を汲むと主に手渡した。受け取った側から喉を鳴らして一気に飲み干せば、歌仙が更に顔をしかめた──恐らく雅じゃないと言いたいのだろう──のがわかったので、彼女はお小言が来る前に話を逸らした。
    「ありがとう、生き返った。そういえば、今日の厨の当番はみっちゃんじゃなくて歌仙だったね」
    「燭台切に用事だったのかい?」
    「ああ。みっちゃんは優しいから、頼めばやってくれると思って」
    「心外だね、それではまるで僕が優しくないみたいじゃないか。僕で良ければ、用件を聞こう」
    「長谷部を潰しちゃったから、部屋まで運んでくれない? ……ああ、酔い潰したんであって抱き潰したんじゃないよ」
    「わかった主、そこに直れ!」
     いつもの流れで説教タイムに突入しかけたが、酔っ払い相手には無意味だと悟った歌仙は、大きな溜息を吐き彼女に椅子を勧めた。

    「説教は明日だ。とりあえず座って」
    「ありがとう。ふふっ、私の初期刀様は優しいな」
    「煽てても何も出ないよ」
    「そんなんじゃないって」
     空になったグラスに水を注ぎ彼女の前に置いてやり、自分も隣の席に座ってから、歌仙はそれでと問うた。
    「明日も出陣するのに、長谷部を酔い潰した理由を聞こうか」

     次の日に仕事がある時、彼女は嗜む程度しか飲まない。それが酒に強い長谷部を酔い潰すほど飲んだというのだから、何か理由があるのだろう。彼女は横目で歌仙を見、口角を上げた。
    「男と女の夜の出来事を詮索するなんて、雅じゃない」
    「君は意味深な発言をしないと死んでしまう病にでもかかっているのかい?」
    「そうなんだよ。これが厄介でね、不治の病なんだ」
     呆れる歌仙を横に彼の主は一人ケラケラ笑い、事の真相を話し始めた。

     葉書から始まった真名を巡る応酬。長谷部が酔っ払って寝てしまったところまで聞くと、歌仙は頭を抱えた。
    「雅じゃない」
    「そう? 男女の恋の駆け引きほど雅なものはないと思うよ」
    「長谷部の気持ちを試すような真似は良くない」
    「試しもするさ。こっちは人間辞めないといけないかもしれないのに、主でなくなった途端そっぽ向かれてごらん? 死んでも死にきれない」
     彼女も長谷部の好意を疑いはしていない。ただ、その好意が主に対するものなのか、一人の女に対するものなのかがはっきりしないのだ。キスしようとした点を考えれば、女として見られているのだろうが、主に対する好意の延長線上である可能性も否定できない。

     人と神が添い遂げようとした場合、多くは人が輪廻の理から外れ、神の元へ迎え入れられる。彼女自身人として生涯を終えたいと考えているが、好きになった男に求められれば、すべてを捨てる覚悟もある。だが、自分を愛していない男にすべてを捧げるほど酔狂ではない。
     神との恋愛がいかに重いものか歌仙もよく知っているので、彼女の言葉に何も反論できなかった。
    「ところで、君の真名のカラクリはどうなっているんだい?」
    「歌仙まで私が欲しいの……ああ、ごめんなさいなんでもないです」
     彼の顔が般若に変わりかけたのを察し、彼女はすぐさま謝った。

    「うちの本丸でいえば、長谷部と歌仙ならカラクリの謎が解けるかな。あ、あと小夜とか?」
    「僕がかい?」
     名を挙げられたが、彼にはまるで見当が付かなかった。カラクリを解く鍵は、彼女が西洋の名を持つことに関係するのだろうが、文系名刀といえど西洋の文化に関しては門外漢だった。
    「黒田如水と細川忠興。これがヒント」
     彼女は新たなヒントを出した。
    「愛妻家?」
    「君の元主を愛妻家ですますのはどうかと思うが、いい線ではある」

     黒田の奥方についてはよく知らないので、彼は細川忠興の妻である珠から答えを導き出そうとした。
     珠は見目麗しい女性で、見惚れた庭師が忠興に斬られたなんてこともある。斬ったのはもちろん忠興の愛刀である歌仙だが。あとは夫の異常な行動に慣れてしまい、目の前で人が殺されても平然としていたとか、最後は忠興の命に従い自害しただとか、彼女に関することを思い出していくうち、彼は答えに行きついた。
    「洗礼名か」
     彼女は珠でなく、ガラシャというもう一つの名を持っていた。そこまでわかれば、黒田如水というヒントの意味もわかる。豊臣の命で改宗しこそしたが、彼はキリシタン大名として有名だ。

    「ご名答。どうやらマリーという親に与えられた名より、神に与えられた名こそが真名になるらしい」
    「道理で君は余裕があるわけだ。たとえ僕たちが君の真名を得て呼んだとしても、異国の神の保護下にある君は隠せない」
    「それはどうだろう。形ばかりのキリスト教徒でミサもろくに出たことないから、守ってもらえないかもしれないね」
    「長谷部には言うのかい?」
    「いいや。長谷部なら自力でたどりつくよ。まぁ、宿題の答え次第では言ってもいいけどね」
    「……駆け落ちはよしてくれよ」
    「その時は私を追いかけてきて。愛しい初期刀様」
     実に雅な構図になるじゃないか。そう言って笑う主に、雅のなんたるかを説く気力も失せ、歌仙は本日二回目の溜息を吐いた。


     **********


     翌朝、雀がチュンチュン鳴く中、彼女は頭を抱えていた。朝チュンなのに隣には誰もいないからではない。本当に頭が痛いのだ。
     頭痛の原因は二日酔いではなく、また歌仙の説教が待っているからでもなく。酒の勢いとはいえ、長谷部にプロポーズまがいのことをしてしまったからだ。
     彼女が長谷部に訳すよう言った言葉は、herからmeに替えはしているけれど、結婚式で牧師が新郎新婦に問いかける文句だ。これは誤解されても仕方ないし、まったくその気がないわけでもないから尚更性質が悪い。
    「まぁ長谷部が聞き取れるとは思えないし……いや、それはそれで羞恥プレイだ」
     あの長文を英語初心者の彼が聞き取るのは、至難の技だろう。そのことに彼女は一瞬ほっとしたが、もう一度聞かせてくれと言われた時のことを考え、再び撃沈した。彼女は痛む頭をさすりながら、長谷部が記憶が飛ぶタイプの酔っ払いであることを祈った。

     長谷部が彼女を起こしに来たのは、それからすぐのことだった。朝が苦手な彼女を起こすのも、近侍の務めの一つである。襖越しに気配を察し、彼女はおはようと声をかけた。
    「おはようございます。体調はいかがですか?」
    「大丈夫だよ。長谷部こそどう?」
    「問題ありません」
    「昨日は随分酔ってたみたいだけど。体調悪いなら、ちゃんと言うんだよ? 二日酔いにも寛大なクリーンな本丸を目指してるから」
     いつもの軽口を叩くが、手にはじっとりと汗をかいている。昨日のことを覚えているかどうか、どうやって探ろうか思案していれば、長谷部がフッと笑う気配がした。

    「健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、良き時も悪き時も、私を愛し、他の者に寄らず、私にのみ添い、命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
    「……」
    「酔っていないと、俺は言いましたよ。ね? 主」
    「狸め」
     いろいろと言いたいことはあったが、どうにかそれだけ言うと、また長谷部が笑う気配がした。彼女は当初、襖越しの会話なら動揺を悟られずにすむ分、自分に有利だと考えていたが、その考えが間違っていた。優勢なのは長谷部の方で、表情や仕草から情報を得られないのは痛い。

     すべてを覚えている長谷部を相手に、はぐらかすのは得策ではないと判断した彼女は、意を決して彼へ聞いた。
    「お前の答えを聞こうじゃないか」
    「これはキリシタンの婚礼での言葉らしいですね」
     だが、長谷部は訳した誓約について話し始めた。
    「キリシタンの男女がキリストに対して誓う言葉だと、俺は理解しています。主は『彼女』を『私』に変えられていますが、根底にある考えは変わらない。つまり、俺は貴女への想いを他の神に対して誓うことになる」
     そこで一旦区切った後、長谷部は低い声でつぶやいた。
    「胸糞が悪い」

     彼は敬語があまり得意ではないが、主相手に汚い言葉は使わない。彼女は初め自分の聞き間違いかと思ったが、彼の言葉は段々とヒートアップしていく。
    「他の男のものである貴女を、大切にするから自分にくださいと許しを請う台詞なんですよ結局は。いえ、自分にくださいと言うのも間違っている。共にいる権利を与えられるだけで、貴女は永遠に他の男のものだ。そんなこと、俺は認めやしない!! ねぇ主。真名を呼ぶ以外にも、隠す方法はあるんですよ。黄泉竈食ひはご存じですか? ああ、契るのも手ですね。貴女は……」
    「あ~長谷部ストップ、じゃなくて止めて。いや、やっぱりストップでいい」
     英語で言った後日本語に言い直したが、彼には不要な気遣いだと思い出す。

    「あのさ、私もお前も大事なことを忘れてる」
    「真名のことでしたら、貴女はキリシタンで洗礼名が」
    「いや、そうじゃなくてね。……I love you」
     ヤンデレ染みた告白を聞いても、彼女は長谷部を怖いと思わなかった。それどころか、彼が熱くなっていくのと反比例するように、彼女は冷静になっていった。
     なんで付き合ってもいないのに、結婚の話しているのだろう。根本的なところに行きつくと、彼女は今までのやり取りが馬鹿らしく思えてきた。
     神との恋愛は気楽なものではない。長谷部の想いは単なる主従愛なのかもしれない。ただ自分も長谷部も互いのことが好きなのだから、とりあえず付き合ってみて、後はそれから考えればいいのだ。いろいろと吹っ切れた彼女は、もう一度自分の想いを告げた。

    「I love you」
     布団の中から返事を待ったが、長谷部は何も言ってこない。しびれを切らして布団から出ると、彼女は襖を開けた。
    「返事は?」
    「……」
     長谷部は正座したまま、口元を押さえていた。その顔は昨晩飲んでいた時よりも赤く、目も若干潤んで見える。レイプ発言までしておきながら初心な反応を見せる彼がおかしくて、彼女は笑いそうになるのを堪え、もう一度尋ねた。
    「返事は?」
    「……Me too」
     消え入りそうな声で告げた後、長谷部はとうとう顔を覆ってしまった。
    「へしかわ」
    「以前から気になっていたのですが、その単語はなんですか? 辞書には載っていませんでした」
    「英単語ではないよ」
    「現代用語辞典にもありませんでした」
    「おや、使えない辞書だね。今度持ってきてごらん、書き加えてあげる」



     後日、長谷部の持ってきた辞書に彼女はこう書き加える。

     ──へしかわ:へし切長谷部可愛いの略。主にMarieの近侍に対して使う。

     そこで一旦ペンを置いたが、近侍の複雑そうな顔を見てもう一度ペンを取り追記する。

     ──I love you と同義。

     書いた後長谷部の顔を確認し、彼女はへしかわと愛をささやいた。



    さいこ Link Message Mute
    2022/08/28 1:00:52

    名を呼んでも神隠しできない審神者はへし切長谷部にへしかわと告げる

    pixivからの再掲。タイトルどおりの審神者に振り回される長谷部と、実はその長谷部に振り回されていたけどやっぱり振り回す女審神者との話。(pixiv掲載:2015年10月)

    #刀剣乱夢 #刀さに #へしさに

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    • 壊れる三角形2015年に出した同人誌の再録。

      【あらすじ】
       吸血鬼の赤司は招かれた園遊会で、黒子男爵の一人息子テツヤと出会う。殺された男爵夫妻の代わりに赤司がテツヤを育てることにしたが、その話を弟の征十郎が聞きつけ……。

      #黒子のバスケ #赤黒 #赫黒 #腐向け
      さいこ
    • 痛みをあげるpixivからの再掲。女審神者と源氏兄弟は幼馴染として転生したけれど、髭切は刀としての性を忘れられず……という話。(pixiv掲載:2017年8月)

      #刀剣乱夢 #刀さに #髭さに
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を if…(前編)神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する刀さに小説のIF版。とある参加者が遊戯中にタブレットを落としたことにより、遊戯は本編とは異なる展開に……。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 俺を産んでくださいpixivからの再掲。義理の兄妹として転生した長谷部と女審神者だけど、女審神者はモブと婚約中で……という話。話を要約するとタイトルになるので、人を選びます。(pixiv掲載:2015年10月)

      #刀剣乱夢 #刀さに #へしさに
      さいこ
    • シックスマンメーカー~キセキの黒子育成プレイ日記~pixivに掲載していたキセキ黒で育成シミュレーションもの。先に上げた黄黒版の続きです。
      元ネタがわかる人はまずいないはず。

      #黒子のバスケ #キセキ黒 #黒子総受け #腐向け
      さいこ
    • キミはボクの弟2014年に出した同人誌の再録。義理の兄である黒子の影を追い求め続ける赤司と、巻き込まれるキセキたちの話。

      #黒子のバスケ #赤黒 #キセキ黒 #腐向け
      さいこ
    • シックスマンメーカー~黄瀬涼太の黒子育成プレイ日記~pixivに掲載していた黄黒で育成シミュレーションもの。高1のWC後の話です。
      元ネタがわかる人はまずいないはず。

      #黒子のバスケ #黄黒 #黒子総受け #腐向け
      さいこ
    • 華族令嬢テツナちゃんとお兄様の緑間君、赤司君①pixivに掲載していた赤黒+緑黒の暗記マーカーサンドの話。黒子のみ女体化、設定はタイトルそのまま。今だから白状しますが、蝶毒パロのつもりでした。2014年の作品なので、僕司君です。

      #黒子のバスケ #腐向け #女体化 #赤黒 #緑黒 #暗記マーカーサンド
      さいこ
    • 狂ってしまったお姫様pixivに掲載していた赤黒+緑黒の暗記マーカーサンドの話の後日談。黒子のみ女体化、設定はタイトルそのまま、黒子と赤司の子供が出てきます。今だから白状しますが、蝶毒パロのつもりでした。

      #黒子のバスケ #腐向け #女体化 #赤黒 #緑黒 #暗記マーカーサンド
      さいこ
    • 華族令嬢テツナちゃんとお兄様の緑間君、赤司君②pixivに掲載していた赤黒+緑黒の暗記マーカーサンドの話。黒子のみ女体化、設定はタイトルそのまま。今だから白状しますが、蝶毒パロのつもりでした。2014年の作品なので、僕司君です。

      #黒子のバスケ #腐向け #女体化 #赤黒 #緑黒 #暗記マーカーサンド
      さいこ
    • 華族令嬢テツナちゃんとお兄様の緑間君、赤司君③pixivに掲載していた赤黒+緑黒の暗記マーカーサンドの話。黒子のみ女体化、設定はタイトルそのまま。今だから白状しますが、蝶毒パロのつもりでした。2014年の作品なので、僕司君です。

      #黒子のバスケ #腐向け #女体化 #赤黒 #緑黒 #暗記マーカーサンド
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を(後編)pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。
      IF版を掲載するにあたり、まとめて上げ直します。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を(前編)pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。
      IF版を掲載するにあたり、まとめて上げ直します。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を(中編)pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。
      IF版を掲載するにあたり、まとめて上げ直します。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を2(後編)pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説の続編。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。前作とのつながりはほぼないので、単独で読めます。いつになるかわかりませんが、そのうち番外編とIF編を上げるつもりです。

      【登場人物およびカップリング】
       参加者とカップリングは以下のとおり。活躍には偏りがあります。

       ・三日月宗近×男審神者
       ・一期一振×男審神者
       ・明石国行×女審神者
       ・燭台切光忠×女審神者
       ・加州清光×女審神者
       ・堀川国広×男審神者
       ・へし切長谷部×女審神者
       ・鶴丸国永×男審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を2(中編)pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説の続編。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。前作とのつながりはほぼないので、単独で読めます。

      【登場人物およびカップリング】
       参加者とカップリングは以下のとおり。活躍には偏りがあります。

       ・三日月宗近×男審神者
       ・一期一振×男審神者
       ・明石国行×女審神者
       ・燭台切光忠×女審神者
       ・加州清光×女審神者
       ・堀川国広×男審神者
       ・へし切長谷部×女審神者
       ・鶴丸国永×男審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を2(前編)pixivに掲載していたすごく長い刀さに小説の続編。神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する話です。前作とのつながりはほぼないので、単独で読めます。

      連載につまって軽い気持ちで過去作の手直しを始めたら、流れが不自然だと思うところが多くて、かなりの修正になりました。(大筋はpixiv掲載時から変わっていません)

      【登場人物およびカップリング】
       参加者とカップリングは以下のとおり。活躍には偏りがあります。

       ・三日月宗近×男審神者
       ・一期一振×男審神者
       ・明石国行×女審神者
       ・燭台切光忠×女審神者
       ・加州清光×女審神者
       ・堀川国広×男審神者
       ・へし切長谷部×女審神者
       ・鶴丸国永×男審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
    • 鬼が来りて笛を吹く(後編)pixivに掲載していた大正パロの刀さに。再掲するにあたり、加筆しています。膝さに、髭さに、うぐさにです。選択肢2回しかないですが、後編からゲームブック風になっています(作品内のページの飛ばし方がわからないので、自分で所定のページまで移動してください……)。

      ED内訳:トゥルーエンド1(9/28更新)、バッドエンド2、とっても酷いバッドエンド1(9/28更新)

      #刀さに #髭さに #うぐさに #膝さに #源氏さに #刀剣乱夢
      さいこ
    • 鬼が来りて笛を吹く(前編)pixivに掲載していた大正パロの刀さに。再掲するにあたり、構成を見直しています。膝さにを前提とした膝さに・髭さにで、髭切はモブと結婚した状態からスタートします。また、前編ではほとんど出番がないですが、うぐさに要素もあります。
      これも蝶毒パロですが、そんなにきちんとパロディしてないので、知らなくても問題ありません。知っていたらネタ元あれかってなって少し楽しいかも。

      #刀さに #髭さに #膝さに #源氏さに #刀剣乱夢 #うぐさに
      さいこ
    • 私、死んでもいいわとうらぶホラーのようなシリーズ名ですが、ホラーではありません。審神者見習いが刀剣男士の幽霊(?)に会い彼らの話を聞くシリーズ。ようやくメインの燭さに回です。

      #刀剣乱夢 #刀さに #女審神者 #燭さに #見習い
      さいこ
    • 五日間の恋とうらぶホラーのようなシリーズ名ですが、ホラーではありません。審神者見習いが刀剣男士の幽霊(?)に会い彼らの話を聞くシリーズ。かなり期間が空きましたが、長義さに回できました。
      次回の燭さに回はもう少し早くできる予定。燭台切さんは出てきてすらないので、今回燭さにタグなしです。

      #刀剣乱夢 #刀さに #女審神者 #長義さに #見習い
      さいこ
    • 恋を知らない一期一振とうらぶホラーのようなシリーズ名ですが、ホラーではありません。審神者見習いが刀剣男士の幽霊(?)に会い彼らの話を聞くシリーズ。今回は一期さんと未亡人の話。
      今回も燭さに要素ほぼないですが、シリーズ通してのメインになる予定なのでタグ付けています。

      #刀剣乱夢 #刀さに #女審神者 #いちさに #燭さに #見習い
      さいこ
    • 祖国への愛は貴方への愛ほどではないとしてもとうらぶホラーのようなシリーズ名ですが、ホラーではありません。審神者見習いが刀剣男士の幽霊(?)に会い彼らの話を聞くシリーズ。
      今回燭さに要素ほぼないですが、シリーズ通してのメインになる予定なのでタグ付けています。

      #刀剣乱夢 #刀さに #女審神者 #明さに #燭さに #見習い
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を こぼれ話神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する刀さに小説の創作メモ的なもの。シリーズを読んでくれた人向け。
      (2023/4/21追記)鶴丸組以降を追加、矛盾に気づいたらサイレント修正します。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに #男審神者 #女審神者
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を if…(後編)神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する刀さに小説のIF版。とある参加者が遊戯中にタブレットを落としたことにより、遊戯は本編とは異なる展開に……。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに #男審神者 #女審神者
      さいこ
    • 我が主と秘密遊戯を if…(中編)神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する刀さに小説のIF版。とある参加者が遊戯中にタブレットを落としたことにより、遊戯は本編とは異なる展開に……。

      【登場人物およびカップリング】
       ・にっかり青江×女審神者
       ・一期一振×女審神者
       ・燭台切光忠×男審神者
       ・歌仙兼定×女審神者
       ・山姥切国広×男審神者
       ・蜂須賀虎徹×女審神者
       ・髭切×女審神者
       ・へし切長谷部×男審神者
       ・鶴丸国永×女審神者

      #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに
      さいこ
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