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    我が主と秘密遊戯を if…(前編)序章:十八人の参加者たち第一章:バタフライエフェクト第二章:狂い始めた運命第三章:変わった男 『我が主と秘密遊戯を』シリーズのIF版です。とある参加者が遊戯中にタブレットを落としたことにより、遊戯は本編とは異なる展開に……という話。


    【シリーズ未読の方へ】
    ・神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する刀さに小説です。
    ・女審神者の方が多いですが、男審神者も出ます。夢だけでなく、腐要素もあります。
    ・神隠しや真名を使った呪い、刀剣男士の寿命(?)は九十九年等の非公式設定・独自設定を含みます。
    ・シリーズ未読でも問題ありませんが、本編を意識した描写・展開があります。また、本編と違い参加者の離脱条件を始めから開示しますので、推理要素はありません。


    《登場人物およびカップリング》
     ・にっかり青江×女審神者
     ・一期一振×女審神者
     ・燭台切光忠×男審神者
     ・歌仙兼定×女審神者
     ・山姥切国広×男審神者
     ・蜂須賀虎徹×女審神者
     ・髭切×女審神者
     ・へし切長谷部×男審神者
     ・鶴丸国永×女審神者

     他には五虎退、和泉守兼定、小夜左文字、堀川国広(故人)、参加者の女審神者の恋人であるへし切長谷部が登場します。

    序章:十八人の参加者たち「皆様お集まりのようですね」
     十八番目の参加者が到着すると、どこからか声が聞こえてきた。会場中央の床に描かれた五芒星が淡く光り、管狐が現れた。管狐……初めて見るはずなのに、青白い炎まとった動物のような何かが管狐であると、何故自分はわかったのだろうと彼女は不思議に思った。
    「私は魂之助と申します。この秘密遊戯の進行役──審神者様方には、GMと言った方がわかりやすいでしょうか──でございます」
     GMという言葉はわからなかった。彼の本霊が言うには、彼女は審神者と呼ばれる存在のはずなのだが。

    「この度は第一回秘密遊戯へのご参加ありがとうございます。遊戯はここにおります審神者九名、刀剣男士九名の計十八名で行います。まずは審神者様方、支給いたしましたタブレットをご覧ください」
     他の参加者たちの姿は、暗闇の中ぼんやり浮かぶだけで、表情どころか格好、性別すらわからない。しかし、参加者の半分ほどが一斉に下を向いたのはわかり、彼女も先ほど渡されたタブレットの画面を見た。

    『遊戯者名:灯篭』

     真っ暗な画面に、白い文字がゆっくりと浮かび上がった。なにこれ、どこからか声が聞こえる。

    「遊戯中、皆様は現在タブレットに出ている遊戯者名を名乗ってください。くれぐれも真名は名乗らないように」
    「真名を使ったら駄目なのはわかるけど、この名前どうにかなんないの?」
    「この遊戯者名は真名を隠す役割の他に、遊戯中使用する仮の器と魂の結びつけを強める役割もあるのです。遊戯者名を変えることはできません」
    「どういう意味?」
     別の参加者が、魂之助に更なる説明を求める。先ほどの参加者もだが、二人とも声がぼやけていて、男女の判別すら難しい。
     魂之助は、遊戯会場は特殊空間故に耐えられる器を用意する必要があり……と説明し始めたが、彼女だけでなく質問した参加者も理解できなかったようだ。ただ、休憩や食事は必要なく、体が傷ついても遊戯の勝敗には影響しないことだけ覚えておけばいいと魂之助が言うので、それ以上は誰も追及しなかった。

    「さて、ここからが重要です。刀剣男士の皆様もタブレットをご覧ください。『遊戯の決め事』・『参加者一覧』・『地図』と書かれた三つの四角がありますね? その内の『参加者一覧』を指で押してください」
     遊戯者名が浮かび上がっていた画面は消え、三つの四角が並んだ画面へと切り替わる。彼女は魂之助に言われたとおり、中央にある『参加者一覧』を押した。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 審神者が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する
     敗北条件 嘘を吐く。真偽は審神者の認識に基づく
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士2:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者3:長船
     勝利条件 ???
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士4:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:友切
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
     敗北条件 ???

    審神者8:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士8:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???


    「ご自分の名が書かれた箇所をご覧ください。名前の下に勝利条件と敗北条件が書かれていると思います。今後はこの二つを合わせて離脱条件と呼びますが、離脱条件は参加者ごとに異なります。まずは勝利条件からご説明しましょう。遊戯中に勝利条件の欄に書かれた内容を達成すると、遊戯に勝利できます。逆に敗北条件に書かれたことを満たすと、負けが確定します」
     場がざわつき、空気が変わる。彼女はその空気の変化に戸惑った。自分が場違いな場所にいる気がして、彼の姿を無意識のうちに探していた。けれど、同じような人影が並ぶばかりで、彼がどこにいるかはわからなかった。
     そんな中、正面の人影が手を上げ、タブレットの使い方がわからないと言い魂之助に怒られていた。質問した参加者と魂之助には悪いが、二人の漫才のようなやり取りに彼女は小さく笑った。

     場の中央に魂之助が戻ってくると、別の参加者が質問をした。
    「僕の名の上に主らしき名があるのはわかるんだが、主以外の参加者の名も書かれているのは何故だ。しかも離脱条件と共にね」
    主という言葉に引っかかりはしたが、タブレットを見れば質問した参加者の言うように、参加者らしき人物の名が複数書いてある。灯篭、にっかり青江、長船、友切、髭切。彼女の遊戯者名である灯篭以外に離脱条件が書かれているのは、長船と髭切だけで、青江と友切は名前しかない。
    「同陣営の参加者一名の敗北条件、他陣営の参加者一名の勝利条件が貴方方には与えられます。わかりやすく言いますと、審神者様方なら他の審神者様一名の敗北条件と刀剣男士様一名の勝利条件が。刀剣男士様なら他の刀剣男士様一名の敗北条件と審神者様一名の勝利条件になります。遊戯に勝つにあたり他の参加者の離脱条件も重要になりますので、ぜひご活用ください」
    「まるで裏切りを促しているようですな」
     くすりと笑う声がする。変わったしゃべり方の人だなと彼女は思った。

    「自分の勝利条件の達成が難しい場合は、相手の敗北条件を狙うしかない。しかし、敗北条件を知っているのは本人か敵陣営の参加者の内の誰か。……なんらかの取引が行われてもおかしくはありません」
    「ははっ、恐ろしい発想だね。主催者からの反論はないのかい?」
    「タブレットに『遊戯の決め事』という項目があります。そちらに書かれていることを順守してください。私から言えることはそれだけです」
    「おやおや」
     魂之助は参加者一覧の項目には、書きこみができることを追加で説明した。書きこんだ字は黒ではなく朱色になり、既に表示されている参加者名や離脱条件とは区別される。彼女は試しに自分の遊戯者名の欄に文字を打ってみようとしたが、いくら画面を押しても反応がなく眉をひそめていると、魂之助が黒文字の情報は変更できないと言う。そこで刀剣男士9の欄に入力すると、『あああ』と赤く表示された。

     ここまでで何かありますかと魂之助が振ったところで、今までの参加者とは違う明るい声が隣から聞こえた。
    「オレの離脱条件さ、他の人と変えてあげてくれない?」
    「そんなことできるなら俺の条件を変えろ! こんな条件、達成できるものか!」
    「離脱条件の変更はできません! はい、次に行きますよ!」
     隣からちぇっと拗ねた声が聞こえたが、魂之助は無視して遊戯会場に用意された八つの道具について話し始めた。
     遊戯会場内の『校長室』・『職員室』・『美術室』・『図書室』・『理科室』・『体育館』・『情報処理室』・『水泳プール』に、一つずつ異なる道具が置いてあるらしい。タブレットに地図があるので、地図を参考に探してみるように言われたが、地図を開いても彼女には道具のある部屋がどこなのか、まったくわからなかった。
    「道具と一概にいってもいろいろあるだろう。俺としては驚きのある物がいいんだが」
     参加者の一人がそう尋ねたが、事前に教えることはできないと突っぱねられた。

     魂之助からの説明は終わり、全体を通しての質問の時間になる。彼女は気になっていたことを聞いてみようとしたが、先に他の参加者が質問をした。
    「刀剣男士の─────はどうなる?」
    「おやおや、僕たちの何がなんだって?」
    「そういう発言は感心しないな」
     質問をした参加者の発言の一部は、不快な音に変換され、上手く聞き取れなかった。それを別の参加者が茶化し、さらに別の参加者がそれを咎めたのだが、きっとあの茶化した人物は彼だろうと彼女は思った。彼は彼女のことを子ども扱いするくせに、彼自身もああやってふざけて楽しむ子供っぽいところがあるのだ。

    「それに関してもお答えできません」
    「では離脱者の所持していた道具はどうなる? 共に消滅するのか、道具だけ残るのか」
    「確認いたしますので、少々お待ちください」
     それから魂之助は五分ほどその場に黙って座っていたが、道具は残りますと突然しゃべりだし彼女をびっくりさせた。質問者の追加の質問はなく、魂之助が次の質問を募集するので、彼女は慌てて手を上げた。
    「あの」
    「なんですか?」
    「遊戯が始まる前に、他の参加者の人と話すことはできない?」

     ある日彼女のもとに、一緒に暮らすにっかり青江とそっくりな人が現れた。彼はにっかり青江の本霊だと言い、彼女と彼女を隠した青江が合意すれば、政府主催の『秘密遊戯』に参加できるのだと言った。

     ──君が遊戯に勝てば現世に帰れる。そこの彼が勝てば、僕と同じ神格を得られる。
     ──君が勝てば、分霊の彼は存在が消滅する。彼が勝てば君は輪廻の理から外れ、永遠にこの神域にとらわれる……とも言えるね。

     彼女にはにっかり青江の本霊と名乗る人物の言うことが、一つも理解できなかった。彼女の最も古い記憶は、にっかり青江の神域に招かれたところから始まる。だから彼女は、自分が遡行軍と戦う審神者だったことも、青江とは異なる存在であることも、神隠しされた結果神域で暮らしていたことも、何一つ知らなかった。

     本霊から真実を聞かされ、口ではわかったと言った彼女だが、わかったと言うしかない状況だった。青江が望むので遊戯に参加したが、やはり不安だった。一度青江と話がしたかった。
    「なりません。他には?」
     しかし、彼女の願いは魂之助に切り捨てられる。
    「遊戯の開始位置はどうなる? 全員同じ場所か?」
    「参加者ごとに場所は異なります」
    「それだったら僕は一番高い場所がいいな。その方がかっこいいよね」
    「他にご質問は?」
     質問ではなかったが、二人の参加者が遊戯の目的を再確認する。

    「この遊戯に勝てば、本当に現世に帰れるのよね?」
    「俺が勝てば本霊と同格の神格が手に入り、主と永遠の時を過ごせる。違いないな?」
     二つの投げかけに、魂之助はまったく同じ調子でもちろんですと答えた。そして魂之助は円状に並んでいる参加者の中から、一人の参加者に問いかける。
    「───様、貴方は何かありませんか?」
     また声が乱れ、遊戯者名が聞き取れなかった。この参加者が返事をするのには、少しばかり時間がかかったけれど、離脱後の道具について聞いた参加者と同じくらい落ち着いていたし、短い言葉の中に強い意志を感じた。
    「ない。遊戯を始めよう」
     魂之助は十八人の参加者全員を見渡し、高らかに宣言する。
    「それでは第一回秘密遊戯、開始です。皆様のご健闘をお祈りいたします」

    第一章:バタフライエフェクト 青江の本霊は、遊戯に勝てば現世に帰れると言った。けれど、彼女に──灯篭に──帰りたいと思う記憶はない。一方で青江と永遠を共にできると聞いても、漠然としすぎていて興味を引かれなかった。ただ青江が参加したいと言ったので、彼女も参加に合意した。
    「私はどうすればいいの?」
    「好きにすればいいさ」
     青江の答えは灯篭の想像と違っていた。
    「外の世界を見て、小屋の外に出たくなったら出ればいいよ。うさぎさん」
     青江は彼女のことを『主』と呼んでいたが、時々『うさぎ』とも呼ぶ。自分の本当の名前はどちらなのか聞いたことがあったが、彼は君が好きな方にすればいいと言うだけだった。

     青江は髪を耳にかけ、そのまま彼女の唇に口付けた。チュッと軽い音を立てて唇はすぐに離れたが、吐息がかかる距離のままで青江がささやく。
    「口付けする時は、目を閉じるのがマナーだよ」
    「青江も閉じてなかった」
    「僕は君の姿を目に焼きつけるためさ」
    「……貴方は私のこと、どう思ってるの?」
     何度となく体を重ねてきたのだから、嫌われてはいないのだろう。けれど、自分を愛しているのなら、どうして引き止めないのか。
     灯篭は目で問いかけたが、青江は意味深に笑ってまた口付けるだけだった。普段見えない赤い瞳が髪の隙間から見えたが、何を考えているかなど少しもわかりはしない。記憶があればわかったのだろうかと、唇を重ねながら彼女はぼんやりと考えるのであった。

     遊戯の説明が終わると同時に、周りが一瞬にして明るくなり、次の瞬間彼女の目に飛びこんできたのは、今まで見たことがない変な光景だった。
     同じ形をした机と椅子が部屋中に置かれ、壁や床はよくわからない材質でできている。壁はまだ漆喰に近かったが(漆喰にしては表面がつるつるしているが)、床は畳でもなければ板張りでもなく、ましてや石材でもない。灯篭の知識の中にはないものだった。
     彼女は部屋を一通り見渡すと



     ”廊下に出ようとしたが、手を滑らせ持っていたタブレットを落としてしまった。”



     急いでタブレットを拾い上げ画面を確認するが、画面にヒビはなく操作も問題なくできる。ほっと一安心したところで、彼女は遊戯説明の場でのある参加者のことを思い出した。ちょっといいかな? と手を上げ魂之助にタブレットの操作方法を聞いた参加者は、きっとタブレットの操作に慣れていなかったのだろう。 
     しかし、彼女もタブレットを見たのはあの時が初めてだった。それなのに、魂之助の指示どおりに操作することができた。
    「……」
     彼女は考えるのをやめ、廊下に出た。

     部屋の外も相変わらず変な物で構成されており、扉らしきものもいくつか見えたが、目の前にある硝子でできた大きな柱が一番気になり、近くまで行ってみた。
     柱に手を突き下をのぞくと、桜の樹が立つ小さな中庭が見える。どうやら柱だと思っていたのは、吹き抜けだったらしい。



     ”満開の桜は気になりはしたが、灯篭はまず今いる階から見て回ることにした。”



     右手には似たような扉がずらりと並び、左手にはとても大きく鉄でできた扉が、短い階段を登った先にどっしり構えてある。青江と離れ一人きりになった不安は残っていたが、見たことがない変わった物に囲まれ、不安以上に気分が高揚していた。彼女はより興味を引かれた左へと進み、重い扉を開けると感嘆の声を上げた。
     灯篭の白い髪が風でなびき、赤い瞳に空に浮かぶ池が映る。どこを見ても気になるものばかりだったけれど、灯篭は真っ先に池の側に行き、両手で池の水をすくった。透明な、けれど独特な臭いがする水だった。そのせいだろうか、これほど透き通った水だというのに魚はどこにも見当たらなかった。

     次は辺り一帯を区切っている金網に近づき、下をのぞきこんだ。彼女は自分がとても高い場所にいることに驚いた。中庭の時は、硝子の柱という変わった物と桜に気を取られそこまで感じなかったが、今は幾ばくかの恐怖を感じる。
     だが、むき出しの地面がどこまでも広がっているかと思えば、端の方に申し訳程度に緑があったり、地面の上に奇妙な物体がところどころあったりなど、恐怖より好奇心が勝った。
    「すごい……」
     ここだけで何時間でもいられる気がした。実際その誘惑に負けそうにもなったが、灯篭は首を横にブンブンと振る。

     青江は好きにすればいいと言ったが、どんな場所かもわからない現世より、青江と共に神域でこれからも暮らしたいと彼女は思っている。
     だから『嘘を吐く。真偽は審神者の認識に基づく』という敗北条件は、好きな時に負けることができるいい条件ではあるが、青江が青江の勝利条件を満たせば、彼女の敗北条件は関係なくなる。
    それに勝利条件が『審神者が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する』である以上、審神者が一名勝利条件を達成した時点で、負けておくのが安全だろう。
     時間は有限だ。名残惜しいが、灯篭は別の場所に向かうことにした。せっかく外の世界にやって来たのだ、いろんな場所を見て回りたかった。

     元いた場所へ戻ることも考えたが、下りの階段が見えたので、そのまま階段を下った。わくわくしながら新しい階へ下り立つが、相変わらずたくさんの扉と硝子の柱が見えただけで、あまり代わり映えはしない。
     期待しすぎた分残念に思う気持ちも大きく、彼女は扉を吟味することなく、一番近くの部屋に入った。その部屋は、小さな穴が無数に空いた壁に囲まれていた。机が並んでいるのは最初にいた部屋と同じだったが、机の種類が違う。そして部屋の奥には黒くて大きな物体が置かれており、その隣には少女がいた。

     上下紺色の服を着た髪の短い少女で、年は彼女と同じくらいに見えた。小さな耳に、たくさんつけられた耳飾りが印象的だった。
    「(女の子だから、きっと審神者)」
     青江の本霊に、刀剣男士に女性はいないことと聞いているが、念のために確認しようとした。
    「審神者さんです……」
    「早く閉めて」
     少女の責めるような物言いに戸惑っていると、より強い調子でドア! と言われ、灯篭は開けっ放しにしていた扉を慌てて閉めた。

     扉を閉めてから振り返るが、少女の警戒した眼差しは何も変わっていない。何故扉を閉めなかっただけで、こんなににらんでくるのか。それとも気づかないうちに、少女に対して失礼な態度を取ってしまったのか。考えてもわからず、かといって理由を尋ねようにも場の空気が許さず。彼女は黙るより他なかった。
    「その体、どうしたの?」
     無言のまま互いに見つめあっていたが、先に口を開いたのは少女だった。
    「……何かおかしいですか?」
    「だって全身白とか。相手、鶴丸?」
     鶴丸というのは誰かわからなかったが、全身白と言われる理由はわかる。髪も、肌も、着ている服も。彼女は全身雪のように白い。灯篭の体の中で唯一色があるのは、瞳の赤だけだった。

    「生まれつき、だと思います」
     幼い頃の記憶がないので定かではないが、彼女の記憶の中では彼女はずっと今の姿だった。言葉以上の意味はなかったけれど、少女はばつが悪そうに視線を斜め下に落とし、ごめんと謝った。
    「名前は?」
     初めて少女の警戒が緩んだ。それが灯篭には嬉しかった。
    「『主』か『うさぎ』だと思います」
    「ふざけてんの?」
     しかし、すぐ少女の顔が不快そうに歪む。彼女としては一切ふざけたつもりはなく、少女の機嫌を損ねた理由を必死に考え、ようやく答えるべき名前が頭に浮かんだ。
    「『灯篭』です!」

     けれど少女の機嫌が直ることはなかった。警戒心こそ薄れたが、代わりにいら立ちが伝わってくる。それでも灯篭と会話を続けようという意思は残っているようで、誰に隠されたのかと聞いてくる。
    「青江です」
    「青江がね……。私は『友切』。私は髭切に。ねえ、髭切の勝利条件持ってない?」
    「持ってます」
    「……」
     教えてと続く流れだと思ったのに、何故か友切と名乗る少女は口を閉ざす。勝手に言ったと怒られるのが嫌なので、言いますねと前置きしたうえ、彼女はタブレットに書かれた髭切の勝利条件を読み上げた。

    「『自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない』」
    「なにそれ」
    「髭切さんの勝利条件です」
    「私が、神隠しに合意? なにそれ、馬鹿じゃない。変なうそ吐かないでよ」
    「嘘なんか……」
     吐かない、というより吐けない。だが、ことごとく会話が嚙み合わない友切相手に言葉を重ねても、悪い結果にしかならない気がした。灯篭は自分のタブレットを友切に見せることにした。
     灯篭の敗北条件と髭切の勝利条件は、朱色ではなく黒色で表示されている。タブレットさえ見れば、彼女が言っていることは本当だとわかってもらえるはずだった。

     しかし、友切は差し出されたタブレットを叩き落とした。タブレット越しに伝わった衝撃に、灯篭は動けなくなる。理不尽な仕打ちに覚えたのは、怒りではなく恐怖だ。今までこれほど強く拒絶されたことはなかった。
     灯篭は床のタブレットから目が離せず、ごめんと謝罪の言葉が聞こえても、視線を上げられなかった。
    「もうやだ」
     泣き声だった。
    「もうやだ、全部やだ! 家に帰りたい……」
     友切はその場にうずくまり、膝をかかえて泣き始める。子供のように声を上げて泣く姿に良心が痛んだが、灯篭は自分のタブレットを拾い、その場を後にした。


     怖かった。怒られた時より、友切が泣き出した時の方がずっと。自分でもよくわからない感情に支配され、灯篭は友切から逃げた。
     逃げた先の部屋には、小さな妖精がいた。妖精はついて来いと目で合図し、四角い物体が並べられた長机の方ではなく、廊下に面していない扉へ灯篭を案内した。妖精が扉の前に立つと扉は自動で開き、小さな作業場が現れた。
     煌々と光る炉の炎に、壁に立てかけられた大槌、長方形の水槽……。
    「鍛刀部屋」
     灯篭のつぶやきを肯定するように、妖精はこくこくと頷いた。

     だが、ここから二人の苦難が始まる。灯篭は、鍛刀部屋は何をする部屋なのか知らなかった。妖精は声帯を持っておらず、審神者と意思疎通を図るため看板は用意していたが、『残り一本!』と『完売』の二種類しかなかった。
     妖精は一生懸命身振り手振りで伝えようとするも、灯篭は突如踊りだした妖精に困惑しその場を離れようとしたが、それを妖精が彼女のスカートを引っ張り引き止める。
     その繰り返しの末、タブレットの参加者一覧のメモ機能を使うことに二人が気づいたのは、四半刻後だった。

    「この四つの資源を五十以上ずつ選べば、刀剣男士ができるの?」
     床に置いたタブレットを二人でのぞきこみ、妖精が入力した内容を読んで彼女がそう聞けば、妖精はこくこくと頷いた。心なしか、目が輝いているように見える。
     木炭・砥石・冷却水・鉄鋼は、それぞれ百五十あった。各五十で三回鍛刀することもできるし、いっぺんに百五十投入することもできる。彼女は妖精におすすめを聞いたが、鍛刀するかどうかも含め、自分で決めろと返されてしまった。
    「……」
     嬉々として鍛刀に挑戦するのが自分という人間だと彼女は思っている。だから、やりたくないと思うことが信じられなかった。

    「……」
     灯篭は立ち上がると、鍛刀部屋に入った。妖精が前に回り込み、彼女の顔を見上げてくる。言葉も身振り手振りもないのに、いくつ資源を投入するのか聞かれている気がした。
     やりたくない、けど自分らしくない行動を取るのが怖い。彼女は資源を指さし、木炭が百で砥石が七十五で……と妖精に指示している途中で声が聞こえた。

     ──みんなちがう みんなして私をだました

     反射的に振り返るが、誰もいない。気を取り直し続きを言おうとするのに、体の震えが止まらない。そのうち立っているのも気持ちが悪くなり、灯篭は鍛刀部屋から走り去った。

     衝動のまま廊下を走るが、友切と会った部屋の前に戻ってきてしまい、彼女は階段を駆け下り、近くの戸が開いたままになっている部屋に飛びこんだ。見たことのない白い小ぶりな機械が並べられていたが、彼女の目には入ってこなかった。
     青江の本霊から、神隠しとは審神者を無理に刀剣男士の神域に連れ去ることだと彼女は聞いた。恐ろしいことなのだとは思う。しかし、恐ろしいとは思わなかった。そう思わせるだけの記憶が、彼女にはない。
     けれど、衝動的に友切から逃げ出したのは、泣く友切の姿に自分を重ねたからだと気づいた今。彼女は恐ろしい想像に取りつかれている。

    「(私も助けてと叫んだの?)」
     神域なんかに行きたくない、現世に帰りたい、お願いだから助けてと泣き叫び……青江に連れ去られたのだろうか? 彼との神域での日々を思うとありえなかったが、今度は鍛刀部屋で聞こえた声が邪魔をする。

     ──みんなちがう みんなして私をだました

     深い絶望に陥った女性の声。あれは彼女の声だった。だが灯篭にそんな発言をした記憶はなく、記憶がないのは青江が記憶を消したからだと本霊は言う。
     灯篭が辛い思いをしないように、青江が記憶を消してくれたと少し前の彼女ならそう思っただろう。しかし今の彼女は、青江こそが彼女を絶望に追いこんだのではないかという疑念が消えずにいる。

    「こんにちは」
     あいさつと同時に、コンコンと戸を叩く音がする。気づけば男性が一人、彼女の隣に立っていた。
    「考え事? ああ、つけるような真似してごめんね。君たちの時代では、こういうの『すとーかー』って言うんだっけ」
     黒いシャツに白いジャケットを肩にかけた男性が、ふんわりと笑う。彼女ほどではないが、色の白い人だった。
    「審神者さんですか?」
    「ううん。源氏の重宝、髭切さ」
     髭切とは、友切を隠した刀剣男士だ。叫びそうになるのをなんとか堪えるが、髭切は灯篭の変化を見逃さなかった。笑顔のまま、じわじわと彼女に圧をかけてくる。

    「僕の妹ちゃんは、若い女の子なんだ。左の耳にピアスを三つ、右に二つ付けてる。あと、紺色のセーラー服っていうのを着ているよ。可愛いから、見ればすぐにわかると思うんだ」
     髭切が一歩前に進み、灯篭との距離を縮める。彼女がその分後ろに下がれば、また一歩前に出る。知らないと嘘を吐けば負けてしまう彼女は、無言を貫くしかないが、彼女は気づいた。友切を守りたいなら、嘘を吐き遊戯から離脱すればいい。それなのにそうしようとしない自分がいることに。
    「ねえ、君は僕の妹ちゃんの場所知らないかな?」
     限界を感じた彼女は、走って逃げようとしたが、髭切の方が早かった。彼女の体が後ろを向く前に、左手に持っていたタブレットを奪い取る。

     髭切に灯篭を害する気はなかったのだろう、タブレットを奪うための必要最低限の力しかかけなかった。しかし、予想外の方向からの力に彼女はバランスを崩し、左手を伸ばした不自然な格好のまま大きな音を立て床に倒れこんだ。
     受け身を取れなかったのもあるが、場所も悪かった。硬い床の上に打ちつけられ、彼女は左腕に強い痛みを感じ顔を歪めた。
    「ありゃ……大丈夫?」
     続いてごめんね、立てる? と髭切の声が聞こえ、視線だけ上に向けると、彼女に手を差し出す髭切と目が合った。しかし、彼の手を取ろうとするとまた強い痛みが走り、彼女は声を出すこともできず体を丸めた。

     その時、どこからか魂之助の声が聞こえてきた。

    「離脱者の発表を行います。刀剣男士4の歌仙兼定、敗北。審神者4の雅の勝利です」

    「離脱者の発表を行います。審神者2の太閤桐の勝利。刀剣男士2の一期一振、敗北です」



     離脱者が発表され、一期は現実を受け入れられないまま消えていった。残された鶴丸は、柄から手を離した。
    「いやいや、驚いた驚いた……」
     そうつぶやきたくなるのも無理はない。遊戯はまだ始まったばかりだというのに、二組も離脱してしまった。さらにどちらも勝者は審神者というのだから、なおさら驚きである。この遊戯は会場こそ彼ら刀剣男士に馴染みのない場所になっているが、真名による呪いや抜刀は禁止されておらず、圧倒的に刀剣男士が有利なはずなのだ。

    「これより遊戯を一時中断し、補足説明に入ります」

     魂之助の声が聞こえたかと思えば、先ほどまで一期がいた場所に魂之助が現れる。本丸にいたこんのすけにそっくりではあるが、目の前の管狐は青白い炎をまとい、まるで人魂のようだ。
     魂之助にタブレットの参加者一覧を見るように言われ、鶴丸は懐に入れていたタブレットを取り出した。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士1:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:太閤桐/勝利
     勝利条件【???】
     敗北条件 ???
    刀剣男士2:一期一振
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 ???
    刀剣男士3:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者4:雅/勝利
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件【???】

    審神者5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:友切
     勝利条件 自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 ???
     敗北条件 審神者が2名刀剣男士の敗北条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者8:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 ???
     敗北条件 刀を使用し、物を傷つける。ただし、審神者は除く

    審神者9:竜胆
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 審神者と24時間行動を共にする
     敗北条件 4人以上の参加者の敗北条件を把握する


    「おい、なんで長谷部と友切の情報が増えているんだ?」
     遊戯開始時点で鶴丸が持っていた他者の離脱条件は、長船の勝利条件と髭切の敗北条件だけだった。それなのに、タブレットには友切の勝利条件と長谷部の敗北条件が増えている。『4人以上の参加者の敗北条件を把握する』が敗北条件である彼にとって、看過できない事態だ。
     しかし魂之助は順に説明しますと言い、彼の疑問にすぐには答えなかった。
    「最初の説明の際に、参加者一覧は原則自動反映されないと申しました。ですが、離脱者が出た時は別です。遊戯の離脱者が出た場合、離脱者の名前と勝敗が自動で反映されます。また、どの条件を満たし離脱したかがわかるよう、該当の離脱条件は【 】で括っております」
     確かに太閤桐の勝利条件と歌仙の敗北条件の前後に【 】のマークがあった。魂之助の言うとおりだとすれば、一期は太閤桐が先に勝利条件を達成したため、歌仙は自身の敗北条件を満たしてしまったため、負けたことになる。

    「それともう一つ。離脱者の最も近くにいた同陣営の参加者に、離脱者が持っていた他者の離脱条件が譲渡されます」
    「俺は一期一振の最も近くにいた刀剣男士だったから、一期の所持していた友切の勝利条件と長谷部の敗北条件が譲渡されたというわけか」
    「そのとおりです」
     長机と簡素な椅子がロの字に配置された部屋から遊戯を開始した彼は、彼の勝利条件である『審神者と24時間行動を共にする』のため審神者を探したが、開始場所付近では見つけられず、廊下で繋がった別建屋に移動したが、会えたのは刀剣男士の蜂須賀と一期だけだった。

     蜂須賀は、自分とは関係のない離脱条件まで知りたがったのは気になるが、鶴丸は話す気がないとわかるとすぐ引いた。一緒に見つけた手伝い札を譲ってやったのが功を奏した……わけではなく、元々無用な戦いを好まない性格なのだろう。
     反対に、一期は好戦的だった。蜂須賀と別れた後、二階建ての簡素な造りの小屋に来た彼は審神者探しを続けたが、出会ったのは豊臣秀吉の愛刀、一期一振だった。彼は太閤桐の情報を求め、鶴丸が知らないと言っても食い下がり、果てにはタブレットを見せろと言い始める。
     いくら同陣営とはいえ、鶴丸は敗北条件を知られて弱みを握られたくなかったし、一期の態度が癪に障った。一期は友切と長谷部の条件しかないと言うが、まずは自分から証明しようという姿勢すら見せなかった。ついには互いに刀に手をかけ、まさに一触即発の事態に発展したのだが、そこへ離脱の発表がされたのだった。

    「こんな形で一期の言っていたことが証明されるとは。こりゃ驚きだねぇ」
    「もし貴方が次に離脱した場合、貴方の所持している長船の勝利条件と髭切の敗北条件、そして一期一振から譲渡された友切の勝利条件とへし切長谷部の敗北条件が、貴方の最も近くにいた刀剣男士に譲渡されます。この措置は最後の一組になるまで続きます」
    「これは審神者間でも?」
    「もちろんです。審神者も最も近くにいた審神者に、離脱条件が譲渡されます」
    「そうかい」
     審神者と聞いて思うのは、やはり彼の審神者──遊戯者名『竜胆』──のことだ。遊戯の説明の場で、音が乱れて聞き取れなかった質問をしたのは、きっと彼女だろう。元政府の役人である彼女だからこそ知っている情報をあの場で確かめようとし、他の参加者に知られたくなかった主催者は、彼女の言葉を術でかき消した。

     あの様子からして、彼女は恐怖を感じていない。ただ遊戯に勝つことだけを考えている。この補足説明で明かされた遊戯の規則も、彼女なら……。
    「(本当にあれは彼女だったのか?)」
     そこまで考えたところで、鶴丸の顔から笑みが引いた。本丸にいた頃より美しくなった神域での彼女。鶴丸の神気を浴びて見目麗しくなったのに加え、上に立つ者として振る舞う必要がなくなり、女性らしい柔らかさをまとうようになった。鶴丸が摘んできた花だって、拒否せず素直にありがとうと言い受け取る。
     そう、彼女は美しくなった。けれど……。

     ──それなのに、ね。……ふふっ、蛙の子は蛙だ。

    「それではご健闘をお祈り申し上げます」
     魂之助の言葉で彼は我に返るが、魂之助の姿は既になかった。彼は苦笑いを漏らすも、意識して別の表情に切り替えた。本丸で驚きを仕込む時の表情だ。
    「さてさて、せっかくなら面白い審神者と出会いたいものだな」
     自分の離脱条件を他に譲ってやってほしいと言った審神者が一番突飛だが、のんきに他の参加者と話がしたいと言っていた審神者も面白いかもしれない。二人が雅と太閤桐でないことを鶴丸は願った。
     もっとも、利害が一致したところで、拒絶される可能性が高いことは鶴丸もわかっている。神隠しされた審神者とは、即ち刀剣男士から裏切られた審神者なのだから。
    「こういう催し物は、楽しんだもんが勝ちだよな」
     審神者探しと驚きの発見のため、彼はまだ調べていない部屋へと足を進めた。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 審神者が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する
     敗北条件 嘘を吐く。真偽は審神者の認識に基づく
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 刀剣男士9の鶴丸国永が、四組目に遊戯を離脱する
     敗北条件 遊戯の経過時間が28時間に達する

    審神者2:太閤桐/勝利
     勝利条件【遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する】
     敗北条件 30分以上同じ部屋に留まる
    刀剣男士2:一期一振
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 刀剣男士5・6・7のうち1名以上が、遊戯に敗北する

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する
     敗北条件 刀剣男士が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者4:雅/勝利
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が3名勝利条件を満たし、遊戯に勝利する
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 審神者が2名以上、勝利条件を達成できない状況になる。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件【遊戯中に刀剣男士が審神者に重傷を負わす】

    審神者5:写し
     勝利条件 刀剣男士を2口刀解する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、参加者が12名以上残っている
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 勝利条件を達成し勝利した刀剣男士が2名以上、審神者の敗北条件を達成し勝利した刀剣男士が1名以上になる
     敗北条件 刀剣男士8のへし切長谷部が敗北条件を満たし、遊戯に敗北する

    審神者6:徳島
     勝利条件 自分と自分を神隠しした刀剣男士が最後の一組になる
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀虎徹
     勝利条件 全参加者の離脱条件を把握する
     敗北条件 勝利条件を達成し、遊戯を離脱した参加者が4名以上になる

    審神者7:友切
     勝利条件 自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件 審神者が3名遊戯に敗北する
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
     敗北条件 審神者が2名刀剣男士の敗北条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に3時間いる
     敗北条件 刀を使用し、物を傷つける。ただし、審神者は除く

    審神者9:竜胆
     勝利条件 刀剣男士が4名遊戯に勝利する
     敗北条件 審神者が3名遊戯に勝利する
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 審神者と24時間行動を共にする
     敗北条件 4人以上の参加者の敗北条件を把握する


    ≪道具一覧≫
    校長室:クラッカー
    職員室:位置情報アプリ
    美術室:拘束札×2
    図書室:参加者Aの日記帳
    理科室:和泉守兼定
    体育館:手伝い札
    情報処理室:鍛刀部屋
    水泳プール:遊戯の経過時間を止める懐中時計


    第二章:狂い始めた運命 燭台切光忠は、合意の下で主を神隠しした刀剣男士である。彼と彼の主が秘密遊戯に参加した理由は、神域で永久に共に生きるためであった。
     彼は秘密遊戯のルールを聞いた時、主との合流を何よりも優先せねばと思った。彼の勝利条件は『刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する』ではあるが、彼には相手が望まない神隠しなんてカッコ悪いという持論がある。
     山姥切や髭切まで、彼と同じ合意のうえで神隠しした刀剣男士ということはないだろうから(燭台切のような刀剣男士ばかりでは遊戯が成り立たない)、長船という遊戯者名を与えられた彼の主の敗北条件をまずは確かめるべきだ。

     そしてもう一つ、彼が主との合流を急ぐ理由がある。彼の主は心根が優しく善良で、なおかつ愛嬌もある魅力的な人物だが、調子に乗りやすく短絡的という欠点があった。燭台切からすればそんな欠点も含めて愛おしいのだが、腹の探り合いをする遊戯には壊滅的に向いていない。燭台切と長船が各自思考をめぐらせ、最適な行動を選び勝利を目指すなど、到底ありえない話だった。
     そこで燭台切は、遊戯説明の途中で機会を見、会場の一番高い場所で会おうとメッセージを送ったのだ。

     ──それだったら僕は一番高い場所がいいな。その方がかっこいいよね。

     言った後で露骨だったかなと心配になったが、一時間半ほどで一番高い場所である屋上へ着いてから、一組目・二組目の離脱放送が流れるまで、彼以外の参加者は誰も来ていない。そう、誰も……。

    「……そうだ、決めつけるとか良くない」
     遊戯開始直後に長谷部と会い、階段の踊り場で青江に話しかけられ、四階でちょっとしたトラブルに巻きこまれ……燭台切だって屋上に来るまで一時間半もかかったのだ。主も何かしらの理由で、屋上に来られないのかもしれない。
    「……」
     押えたこめかみが、ピクピクしているのがわかった。彼の主が腕を組み、眉間に皺を寄せながらこう唸る姿が頭に浮かんだ。

     ──光忠、光忠、光忠…………調理室かなぁ。

     幸い厨の場所は、青江から聞いている。二階の階段近くの部屋だと言っていた。彼は遊戯の補足説明のため出していたタブレットを胸ポケットにしまい、厨に向かった。

     燭台切が早々に見切りをつけたのは、リアルな主の姿が思い浮かんだからだけではない。もし離脱した組の勝者が刀剣男士だったら、彼はまだ屋上で主を待っていただろう。
     明言はされていないが、遊戯は刀剣男士が有利になるよう設計されている。だが、予想外にも審神者が立て続けに勝利した。合意に基づかない神隠しを否定する彼にとって、審神者の勝利は喜ばしいことではあるが、遊戯に参加する刀剣男士としては喜んではいられず、燭台切に焦りが生じていた。

     最寄りの階段で二階まで下りると、廊下を挟んで二つの部屋が並んでいた。右手の部屋は戸が閉まり、反対に左の部屋は戸が開いていた。その左の部屋で、彼は信じられない光景を見た。
     白いワンピースを着た少女が床に座っている。そして無抵抗の少女に、髭切が刀の切っ先を向けている。燭台切の視線に気づいたのだろうか、少女を見下ろしていた髭切の顔が燭台切に向けられる。
     彼は獅子ノ子と呼ばれていた時代があると聞くが、獅子を思わせる眼差しに、戦い慣れている燭台切でさえ背筋に冷たいものが走った。
     だが、彼が燭台切光忠である以上、見て見ぬふりをするなどありえない。彼は主が待つだろう右の部屋ではなく、髭切と少女がいる左の部屋を選んだ。抜きこそしないが、柄に手を添え髭切と対峙する。

    「君の審神者ではないよね」
    「そうだよ。けど黙って見過ごすなんてカッコ悪いことできないな」
     髭切を牽制しつつ少女の様子をうかがえば、少女も左手をかばうように体を丸めた状態で彼らを見ていた。彼女の表情から怯えは見えなかったが、汗をかき顔を歪めているのが気になった。
    「わざとではないとはいえ、怪我をさせたのは悪かったと思ってる」
     髭切は少女に向けて言うが、燭台切に向けられた言葉でもあった。
    「これ以上、君を傷つけるのは本意ではない。だから、『嘘を吐いて』?」
    「……」

     少女は何もしゃべらないが、髭切の目を真っすぐ見つめ返し、彼の言葉の意味を理解しているようだった。理解できないのは燭台切だけだったが、だからといって静観するつもりはなかった。
    「それは髭切さんの勝利に必要なこと?」
     髭切の視線が再び燭台切に向けられる。燭台切はできるだけ明るく応えた。
    「そうでないなら僕に免じて彼女のこと見逃してほしいな」
    「必要ではないけど放置はできない」
    「僕と戦うことになったとしても?」
    「……そこまでして彼女をかばう理由は?」
    「格好悪いことは見過ごせないからね」
     そこで会話は途切れ、膠着状態に陥る。極の燭台切に対し、髭切は特だ。一見燭台切が有利に思えるが、戦いになった場合引かないといけないのは彼の方だった。

     燭台切は相手が望まない神隠しなんてカッコ悪いと思っているし、被害者である審神者は救われるべきだとも思っている。だが、彼は優先順位を決して見誤らない。彼の勝利条件に髭切が絡む以上、髭切を傷つけるわけにはいかなかった。

     膠着状態は続き、燭台切が撤退を考え始めた時、少女が声を上げた。
    「青江と会ってから、どうするか決めたいんです」
     痛みでうずくまっているにしては、しっかりとした声だった。
    「どうするかって何?」
    「……負けるかどうかを」
     髭切が聞き、少女が返答する。燭台切にはあからさまな命乞いに思えたが、髭切に目立った変化はなく、彼はしばらく様子を見ることにした。
    「私は、神隠しされる前の記憶がありません。今まではそれでいいと思っていたし、ここには青江に負けるつもりで来ました。けど」
    「遊戯に参加する他の審神者を見て気が変わった」
    「……」
    「やっぱり君、妹ちゃんに会ったんだね」
     なんとでもごまかせただろうに、少女は押し黙ってしまった。嘘が吐けない少女の生真面目さが面白かったのか、髭切がくすっと笑い、雰囲気がやや和らいだ。

    「いいよ、見逃してあげる。君にはひどいことしたしね。そのかわり、君が知っている妹ちゃんの情報を教えてほしいな」
    「友切さんとは、遊戯が始まってすぐの時に会っただけで」
    「僕の勝利条件、教えたんでしょ」
     少女はまた黙ってしまう。つまりはイエスだ。しかし髭切は怒らなかった。普通はそうするだろうねと言い、あっさりとしたものだった。
    「妹ちゃんが僕の勝利条件を知っているっていうのは、いい情報かな。他には何がある? 妹ちゃんとはどこで会った?」
    「友切さんは私のこと嫌いだと思います」
    「え~? なんで?」
    「会話が思うように続かなくて。タブレットを見せようとしても、嫌がられました」
    「人見知りするような子じゃないんだけどなぁ。それで、君は妹ちゃんとどこで会った?」

     少女がわざと話をそらしても、髭切は追及の手を緩めない。少女の黙秘はもう許されないと悟った燭台切は、試してみることにした。
    「髭切さんの主って、セーラー服を着た子かな」
     髭切が妹ちゃんと呼んでも違和感のない審神者に、燭台切は会っていた。名を聞くことすらできなかったが、髭切の反応を見るに、彼女が髭切の審神者で間違いないようだった。


     燭台切が初めて会った参加者は、長谷部だった。燭台切が遊戯開始時に配置された場所は二階の一室だったのだが、その部屋を出た直後に、長谷部と廊下で鉢合わせた。
     彼は相手の望まぬ神隠しがいかにカッコ悪いかを説いたのだが、長谷部には一切伝わらず。その後、屋上に向かう途中の階段で青江と会い、青江にも同じように力説したのだが、にっかりと笑うだけで暖簾に腕押しだった。
     さらにその後に会ったのが、極の山姥切とセーラー服を着た審神者だった。会話をしているというより、審神者が山姥切を引き止めているように燭台切には見えた。しかし、山姥切は彼の姿を見るなり、走り去ってしまう。屋上に用があるので追いかけはしなかったが、予想外の出来事にびっくりしていると、その隙をつき少女の審神者にまで逃げてしまった。

    「屋上のドアの前で会ったから、遊戯開始から二時間から二時間半くらいの頃かな。彼女がいつ髭切さんの主と会ったのかは知らないけど、僕が会ったより前なら、場所を聞いても無駄だと思うよ」
     セーラー服の審神者を見かけた時間は、少しだけ盛った。あとは『遊戯が始まってすぐ』と言った少女の時間感覚が、燭台切の感覚と同じことを祈るばかりだったが、少女は一時間も経っていなかったと思うと答えた。燭台切は心の中でガッツポーズをした。
    「セーラー服の色は?」
    「紺に赤いリボンだった。髪は短かったね」
    「それじゃあピアスは?」
    「左に三つ、右に二つ」
     それ以上は聞かず、髭切は刀を鞘に納めた。そして少女の前にタブレットを置いた。

    「僕が言うことではないけど、もしまだ迷っているなら、あまり悠長なことは言っていられないよ。君の勝利条件の半分はもう達成されたんだから」
    「わかってます」
    「本当? ……ふふっ、本当か」
     少女と話す髭切に、背筋が凍るほどの殺気はなくなっていた。燭台切の方へ向き直ると、あるお願いをする。
    「向かいの部屋、厨なんだ。そこで冷やせば、少しは痛みが治まると思う。……彼女のこと、任せてもいい?」
    「元からそのつもりだけど」
    「君の言いたいことはわかるよ。でも怪我させたやつより君の方が怖くないだろ」
     じゃあねと少女に言い、髭切は部屋を出ていった。燭台切は髭切がいなくなるのを見届け、床に座りこんだままの少女の元へ行く。

     白い肌に、白い髪の白子の少女。着ているものまで白く、彼女と髭切の会話を聞いていなければ、鶴丸に隠された審神者だと勘違いしそうだ。
     燭台切は少女の前に膝をついた。怪我した場所を見せるように言えば、少女は左腕を差し出した。肘下あたりが青黒く膨張し、事前に断ってから幹部に触れるが、少女は言葉にならない声を上げ、上半身が前に倒れた。
    「骨折かな。立てる?」
     燭台切が差し出した手に少女が右手を重ねようとし、寸でのところで止まる。あまりに素直すぎて心配だったが、まだ冷静に判断する余裕は残っているようだ。記憶がない彼女のため、彼はまず名乗ることにした。

    「僕は燭台切光忠。青江君と同じ刀剣男士だよ。僕は主を合意のうえで神隠しした。主はここでは長船という名前みたいだね」
    「長船……」
    「彼は多分隣の部屋にいる。痛いだろうけど、移動してもらえるかな」
     少女はこくりと頷き、燭台切の手を取った。立ち上がるので精一杯な彼女のため、床に置かれた少女の物らしきタブレットを彼が代わりに拾うが、何も言われなかった。

     少女を連れ燭台切が隣の部屋に行くと、彼の主は作業台に腰を掛けタブレットをいじっていた。戸の開く音を聞きタブレットから顔を上げると、長船は人好きのする笑みを浮かべ、抱擁のため駆けよってくる。しかし、燭台切の後ろにいる少女の存在に気づくと、わざとらしくよろめいた。
    「そんな、浮気だけはしないって信じてたのに!」
    「主の悪ふざけに付き合ってる暇はないから」
    「んだよ、ノリわりーなー。その子は……どうしたのそのケガ!?」
    「大声を出さない」
     遊戯中だという自覚はあったらしく、燭台切に注意され慌てて口を押え、目で彼にどうすればいいかを問う。燭台切は腕をつるすための布と患部を固定できる物を探してほしいと指示し、自分は少女を連れ一番近くの調理台に行き、蛇口をひねった。しかし、水は出てこなかった。捻り足りないのかと限界まで捻るが、水は一滴も出てこない。

    「そっちの蛇口捻ってみて」
     燭台切は別の調理台の引き出しを探していた長船に声をかけた。長船は怪訝そうな顔をしながらも、蛇口を捻ったが水は出ず、後は燭台切とまったく同じ行動を取った。
    「だまされた」
    「え、何が?」
    「ううん、なんでもない」
     つい声に出てしまったが、こんなくだらない嘘を吐く必要はないのだから、髭切も知らなかったのだろう。

    「そうだ!」
     突然長船が叫ぶ。
    「だから大声を出さない」
    「保健室! 保健室行こう! 学校モデルにした建物なら保健室あんだろ」
    「場所はわかるのかい?」
    「……」
    「オーケー、主。まずは情報交換しよう」
    「そんな暇は」
    「今は遊戯中だ。慎重にいこう」

     長船は不服そうだったが、燭台切は反論を許さなかった。言葉にしなくても長船には伝わり、彼は燭台切の側に行くと差し出された手に自分のタブレットを置いた。燭台切は長船に礼を言い、続いて少女を見た。
    「君のも見せてくれるね?」
     燭台切が預かったままになっている少女のタブレットをポケットから出し、少女に聞く。少女は大丈夫ですと答えた。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭さん
     勝利条件 審神者が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する
     敗北条件 嘘を吐く。真偽は審神者の認識に基づく
    刀剣男士1:青江君
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者2:太閤桐/勝利
     勝利条件【???】
     敗北条件 ???
    刀剣男士2:一期一振
     勝利条件 ???
     敗北条件 刀剣男士5・6・7のうち1名以上が、遊戯に敗北する

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する(灯篭さん)
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する
     敗北条件 刀剣男士が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者4:雅/勝利
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が3名勝利条件を満たし、遊戯に勝利する(主)
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 ???
     敗北条件【???】

    審神者5:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:友切さん
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない(灯篭さん)
     敗北条件 ???

    審神者8:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士8:長谷部君?
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者9:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士9:鶴さん
     勝利条件 審神者と24時間行動を共にする(主)
     敗北条件 ???


     燭台切は長船と少女──灯篭──の情報を、自身のタブレットに入力した。三人分の情報が集まると、一人の時より戦略が断然練りやすくなった。
     まずは彼の主の敗北条件がわかったことで、目標が定まった。『審神者7の友切が遊戯に勝利する』と『刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する』では、どちらを優先すべきかは明白だ。
     友切と遭遇していながら、彼女を保護できなかったのは痛恨のミスだが、次に繋がる情報は入手できた。彼女の容姿、行動パターン、そして彼女が髭切の勝利条件を知っているということ。

    「(髭切さんが灯篭さんの言葉は信じるわけだ)」
     髭切は彼女のタブレットを見ており、彼女に質問を投げかけることで、彼の主に関する情報を入手しようとした。
    「なあ光忠」
     長船が燭台切の名を呼ぶ。
    「なんだい?」
     タブレットに視線を落としたまま返事をする。
    「長谷部の後ろのハテナは何?」
    「ああ、遊戯開始直後に長谷部君と会ったんだけどね。刀剣男士6と8のどちらかわからないから、8に仮で書いてる」
    「ふうん」
    「僕は相手が望まない神隠しなんてカッコ悪いだけだよって言ったんだけど、長谷部君は全然聞いてくれなかったんだよ」
     青江君もいつもの調子で……と言いかけたが、隣に灯篭がいることを思い出し言葉を引っこめる。

    「そう言うってことは、オレと光忠が考えてることは同じってことだよな」
     燭台切が顔を上げると、長船がじっと彼の顔をのぞきこんでいる。あまりに当然のことを聞かれ、意図を理解するのに少しばかり時間を要したが、燭台切は主に向かって拳を突き出した。
    「当然だよ、友切を助けにいこう」
    「ああ。それともちろん灯篭も」
     突然話を振られた灯篭の体がびくりと跳ねる。長船は慌てて謝った。
    「ごめん、呼び捨てまずかった? いや、オレお前……じゃなかった、君みたいなお嬢さんっぽいの周りにいなかったから、どう接すればいいかわかんなくて」
    「いいえ、灯篭と呼んでもらってかまいません」
    「本当に? 無理してない?」
    「彼女の場合は本当だよ」
    「……あ、そっか」
     灯篭の敗北条件を思い出し、長船は納得した。長船らしいといえば長船らしいが、彼女の反応の意味を深くは考えず、それより保健室がと別の話をしだした。髭切とのやり取りを見ていた燭台切は、彼女が何故あんな反応をしたのか、察しがついていた。


     蜂須賀の主は、審神者としての資質に欠ける人だった。彼女は霊力に恵まれなかったせいでほとんど鍛刀ができず、顕現できたとしても短刀や脇差ばかり。彼女が審神者として活動していた頃は、極の刀剣男士どころか夜間の出陣もなかったので、太刀や大太刀のいない本丸運営は、決して楽なものではなかった。
     そんな中彼女を支えたのが、初期刀の蜂須賀だった。彼は戦闘だけでなく、資源のやり繰りや隊の編成など様々な面で彼女を支えた。
     いつしか二人でいると、どことなく甘い雰囲気が漂うようになったのは、そう不思議な話ではなかった。けれど、蜂須賀は彼女に恋人がいることを知っていた。学生時代から付き合っている同じ年の男で、男から金剛石に似せて作った石の耳飾りを贈られたのを機に、彼女は耳に穴を空けたという。
    「女性が体に傷をつけるのは感心しないな」
     彼女の耳飾りに触れながら、そう言ったことがある。上司と部下の間柄にしては、距離が近すぎる自覚はあった。だが、彼女は彼の手を払わなかった。
    「古臭いこと言うのね。私の時代だったら普通よ」
    「普通だったとしても、俺なら主を傷つけるような物は贈らないよ」
     醜い嫉妬心から出た言葉を、彼女は微笑を浮かべて受け止めた。

     しかし、主はそれ以上彼が踏みこんでくることを許さなかった。折に触れ現世と恋人の話を蜂須賀にし、蜂須賀を牽制する。彼も虎徹の真作としての誇示があったので、無理に彼女を隠そうとはしなかった。
     だが、堀川国広が折れたことで状況は一変する。堀川は蜂須賀、今剣に続き彼女の本丸にやって来た三番目の刀で、彼も蜂須賀のように主へ懸想していた。
     主は彼の気持ちに気づいておらず、身の回りの世話を買って出る彼に、可愛い弟ができたと残酷なことを言っていたが、大切に思っていたことは確かだった。堀川を失った彼女は本丸の主であることを放棄し、一日中部屋にこもって泣いて過ごした。
     指揮は主に代わって蜂須賀が行うようになったが、彼は主を見限らなかった。むしろ、前以上に彼女が愛おしくなった。審神者としての資質に欠けるこの人には、自分の加護が必要だと。偽物の石を贈る男ではなく、本物の自分こそが彼女を守らねばと。

    「やっかいな物があるようだね」
     壁に貼られた説明書きを読み、蜂須賀はつぶやいた。彼は遊戯会場の三階にいるのだが、政府の道具のある部屋──絵や彫刻が並べられているので美術室と思われる──で、道具があったであろう場所を見つめていた。

    『刀剣男士の動きを二時間封じることができる札です。動きを封じたい刀剣男士の名を呼びながら、その刀剣男士に向かって札を飛ばしてください。』

     壁には複数の印刷物が貼られているが、説明書きの隣は不自然な空間ができている。見つけたのは審神者か、刀剣男士か。
    「……これぐらいは許容範囲か」
     たとえ審神者が札を手に入れていたとしても、刀剣男士が圧倒的に有利であることに変わりはない。審神者側にもこれぐらいの対抗手段はあってもいいだろうと思い直し、蜂須賀は次の場所へと向かった。

     廊下に出るが、蜂須賀が部屋の戸を閉める以外、何も聞こえなかった。硝子の吹き抜け沿いに廊下を歩くも、他の参加者の気配は感じられない。二組が離脱し、現在残っている参加者は十四名だが、蜂須賀以外の十三名は他の階にいるのだろうか。しかし仮にそうだとしても、審神者の気配がしないというのは、やはりおかしかった。
     蜂須賀の練度は五十弱しかなく、高練度の刀の気配が読めないのはまだわかるが、審神者なら多少の距離があっても居場所はわかるはずだ。それがわからないとなると、何か特殊な術が施されていると考えるのが自然かもしれない。
    「(審神者相手だからといって、油断は大敵だな)」
     廊下の一番奥まで進むと、外から中の様子がうかがえない部屋に行きついた。この会場の部屋の扉は、上半分に硝子がはめられ中の様子が見えるものと、そうでないものとがある。そして硝子がはめられた部屋は机が並んだ似たような部屋ばかりであるのに対し、そうでない部屋は先ほどの政府の道具があった部屋のように、特殊な部屋であることが多い。

     扉を開ければ中は二部屋続きになっており、長机の上には四角いよくわからない塊が、それぞれ五つずつ置かれている。最初に配置された二階建ての小屋にも変な物は多かったが、この四角い物体よりは、まだ何をする物か見当はついた。
     部屋に足を踏み入れたところで、彼は先客に気づく。金色の髪をした、彼の本丸にもいた刀剣男士だった。しかし、蜂須賀は彼の姿を見て混乱する。
    「山姥切……?」
     どこからどう見ても山姥切国広なのだが、頭の白布がない。蜂須賀に極の知識があれば混乱しなかったかもしれないが、彼の知る山姥切国広はいついかなる時も、顔を隠すための布を手放さなかった。

     素顔を見られたからだろうか、蜂須賀に気づくと山姥切の肩が大げさなほど跳ねる。それなら何故布を取った? と蜂須賀は思ったが、混乱する気持ちを抑えつけ、山姥切に話しかけた。
    「君も参加していたんだね」
    「……」
     しかし、山姥切は警戒を解かない。蜂須賀としては、『全参加者の離脱条件を把握する』という勝利条件のため協力を仰ぎたいところだが、鶴丸以上に協力をしてもらえる気配がない。やはり勝利条件を打ち明けるしかないのか? だが、安易に手の内をさらけ出すのも……。
     攻め方を考えあぐねていた彼だったが、山姥切の後ろから刀鍛冶がひょっこり姿を現す。山姥切の足元に現れた刀鍛冶は、『完売』と書かれた板を蜂須賀に見せてくる。

    「ここに鍛刀部屋があるのか?」
    「お前には関係ないだろ!」
     刀鍛冶に聞いたのだが、山姥切が声を荒げて否定する。この山姥切は、『山姥切国広らしくない』。彼は気が短いところはあるが、声を荒げるようなことは滅多にしない。怒るにしても、もっと静かに怒る刀だ。蜂須賀は山姥切の姿を注視し、やっと違和感の正体に気づいた。
    「刀はどうしたんだい?」
     山姥切がおかしいのは、いつもの白い布をかぶっていないだけではない。彼の本体である刀が腰にないのだ。もちろん手に持っているわけでもなく、見える範囲のどこにも刀がない。
    「俺の敗北条件は『右手で刀に触れる』ことだ。もしものことを考え置いてきた」
    「それなら君のタブレットを見せてほしい」
    「バカか! 誰がそんな」
    「山姥切国広の離脱条件が見たいわけではない。山姥切国広の審神者の欄が、どうなっているか見たい」

     もし彼が本当に山姥切国広なら。蜂須賀の主である徳島のように、タブレットの離脱条件はどちらも『???』になっているはずだ。仮に一期や歌仙から勝利条件を譲渡されたとしても、敗北条件は空欄もしくは赤い文字で表示される。
     タブレットを見せることで蜂須賀との戦闘が避けられるのならば、見せてしまうのが一番簡単だ。けれど、山姥切は蜂須賀をにらむだけで、タブレットに触れようともしない。
    「君は、山姥切に隠された審神者だね」
     刀剣男士が審神者に神気を注ぐことで、審神者の見目が変わることがある。写しであることを卑下する彼が、審神者を自分そっくりに変えた心境はわからないが、目の前の人物が山姥切国広でないとなれば、彼に姿を変えられた彼の主以外考えられなかった。
     山姥切の審神者は、もう言い逃れはできないと悟ったのだろう。苦々しい顔をし、クソがと吐き捨てる。汚い言葉遣いに思うところはあったが、蜂須賀は改めて、山姥切国広の主として彼に話しかける。

    「俺は仲間を裏切るつもりはないが、君が協力してくれるのなら、俺も君にできる限りの協力はしよう」
    「刀剣男士の言葉を信じる審神者がいると思ってるのか」
    「虎徹の名に懸けて、卑怯な真似はしないと誓おう」
     胸に手を当て誓いを立てる蜂須賀を、審神者が長い前髪の合間から値踏みするように見てくる。信頼を勝ち取るため、蜂須賀は急かすことはせず審神者の言葉を待った。
    「お前の言うできる限りの協力とは?」
    「山姥切の離脱条件以外で君が知りたいことは?」
     蜂須賀は山姥切の離脱条件を持っていなかったし、持っていたとしても教えるつもりはなかった。審神者はしばしの沈黙の後、また口を開いた。
    「参加者以外の刀剣男士を知らないか?」
     蜂須賀の顔を見て、審神者は言葉を付け加える。

    「このドアの向こうに、鍛刀部屋がある。木炭、砥石、鉄鋼は百ずつあるのに、冷却水だけがゼロだ。どっかのクソ野郎が、冷却水だけ全部使って鍛刀しやがったんだ!」
    「その言葉遣いどうにかしてくれないか?」
    「いいから答えろ」
    「知らないよ」
     協力する気がだんだんとなくなってきたが、知らないものは知らないので正直に答える。だが彼はそこで、ポケットにしまったままの手伝い札のことを思い出す。鶴丸から譲られ捨てずにとっていたが、この部屋のために用意された道具だったのだろう。
    「鍛刀したいのなら、これをあげよう」
     手伝い札を取り出すと、審神者の目の色が変わる。しかし、すぐ顔をしかめた。

    「今更それがあったところでどうしようもない」
    「君は同胞を疑っているようだが、元から冷却水がなかった可能性もあるだろう。冷却水だけが政府の道具として、別の場所に隠されている……とかね」
     審神者は蜂須賀の指摘した可能性には思い至っていなかったらしく、口元を手で覆い、そうかと低くつぶやく。審神者は口元を隠したまま、上目遣いに蜂須賀を見たが、目だけで彼の意思をうかがい知ることができた。
    「その手伝い札との交換条件は?」
    「俺の主の離脱条件を」
    「審神者ナンバーと名は?」
    「六の徳島」
    「六は持ってない」
    「君の言葉だけでは信用できない」
     審神者相手にこんなことは言いたくないが、目の前の人物が信用に足る人物とは、どうしても思えなかった。

     山姥切の審神者は一歩後ろに退くと、タブレットの背を蜂須賀に見せた。
    「虎徹の名に懸けて、卑怯な真似はしないと言ったな」
    「ああ」
     審神者は蜂須賀の答えを聞くと、タブレットを操作し、今度はタブレットの表を彼に向けた。


    ≪参加者一覧≫
    審神者6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士6:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者7:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???
    刀剣男士7:???
     勝利条件 ???
     敗北条件 ???

    審神者8:???


    「お前の主は女か?」
     タブレットを見せてもらった礼を言おうとしたが、それより先に審神者が聞いてくる。
    「女性だよ」
    「名前は聞いてないが、女には一人会った。セーラー服着た女子高生だった」
    「じゃあ違うな。彼女じゃない」
    「あとは燭台切を見かけた」
    「いろいろ教えてくれてありがとう。だが、俺が知りたいのは離脱条件なんだ」
    「待て! お前が手伝い札を持っていても何もならないだろ!?」
     交渉を打ち切られると思い、審神者が慌てだす。蜂須賀は誤解を与えたことを詫びると、参加者の離脱条件なら誰のでもいいと伝えた。

     何か裏があると思うのが普通だろう。実際、山姥切の審神者は即答しなかった。だが、彼は手伝い札がどうしてもほしかったようだ。
    「審神者1の灯篭と、刀剣男士8の長谷部なら教える」
    「仲間を売る気か?」
    「箱入りとは聞いていたが、相当だな。外道と罵られようが何しようが、勝って現世に帰るために俺はここに来た。お前に俺の覚悟をとやかく言われる筋合いはない」
    「……そうだね、俺が悪かった。二人の離脱条件と手伝い札の交換、それでいいよ」
     審神者は審神者6の離脱条件を見せたのと同じ要領で、灯篭の敗北条件と長谷部の勝利条件を見せた。蜂須賀は画面の文字を読み上げ、自分のタブレットに反映されたことを確かめる。『全参加者の離脱条件を把握する』が勝利条件である彼のタブレットは特殊仕様で、正しい離脱条件を読み上げるとタブレットに自動反映されるようになっている。

     蜂須賀は約束どおり手伝い札を渡した。彼の覚悟を見習うのならば、タブレットを奪い彼の離脱条件を確かめるべきだったが、蜂須賀はそうしなかった。
     いつかはこんな甘いことは言っていられなくなるとわかっている。それでも虎徹の真作として、彼女の刀として恥じない自分でありたかった。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 審神者が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する
     敗北条件 嘘を吐く。真偽は審神者の認識に基づく
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 刀剣男士9の鶴丸国永が、四組目に遊戯を離脱する
     敗北条件 遊戯の経過時間が28時間に達する

    審神者2:太閤桐/勝利
     勝利条件【遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する】
     敗北条件 30分以上同じ部屋に留まる
    刀剣男士2:一期一振
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 刀剣男士5・6・7のうち1名以上が、遊戯に敗北する

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する
     敗北条件 刀剣男士が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者4:雅/勝利
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が3名勝利条件を満たし、遊戯に勝利する
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 審神者が2名以上、勝利条件を達成できない状況になる。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件【遊戯中に刀剣男士が審神者に重傷を負わす】

    審神者5:写し
     勝利条件 刀剣男士を2口刀解する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、参加者が12名以上残っている
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 勝利条件を達成し勝利した刀剣男士が2名以上、審神者の敗北条件を達成し勝利した刀剣男士が1名以上になる
     敗北条件 刀剣男士8のへし切長谷部が敗北条件を満たし、遊戯に敗北する

    審神者6:徳島
     勝利条件 自分と自分を神隠しした刀剣男士が最後の一組になる
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀虎徹
     勝利条件 全参加者の離脱条件を把握する
     敗北条件 勝利条件を達成し、遊戯を離脱した参加者が4名以上になる

    審神者7:友切
     勝利条件 自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件 審神者が3名遊戯に敗北する
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
     敗北条件 審神者が2名刀剣男士の敗北条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に3時間いる
     敗北条件 刀を使用し、物を傷つける。ただし、審神者は除く

    審神者9:竜胆
     勝利条件 刀剣男士が4名遊戯に勝利する
     敗北条件 審神者が3名遊戯に勝利する
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 審神者と24時間行動を共にする
     敗北条件 4人以上の参加者の敗北条件を把握する


    ≪道具一覧≫
    校長室:クラッカー
    職員室:位置情報アプリ
    美術室:拘束札×2
    図書室:参加者Aの日記帳
    理科室:和泉守兼定
    体育館:手伝い札
    情報処理室:鍛刀部屋
    水泳プール:遊戯の経過時間を止める懐中時計


    第三章:変わった男 遊戯者名『茶坊主』は、へし切長谷部に隠された。神隠しの危機に遭った者の中には、何がきっかけだったのかわからないという者も多くいると聞く。しかし彼には、心当たりがあった。
     彼が審神者になったのは、霊の見えない環境に行くためだった。二十歳の誕生日に突如霊感に目覚め悩まされていた彼は、審神者の適正があると診断された時、迷わず審神者になることを選んだ。本丸には結界が張られており、審神者に害を及ぼすものを退ける力があるからだ。
     しかし、周りに影響を与えることもできない弱い霊の侵入は許していた。冗談のような話だが、御神刀や霊剣に相談しても、見つけたら祓うが侵入自体を阻止することはできないと言われてしまう。彼らからすれば常識らしく実にあっさりとした反応だったが、そんな中自分の無力さに憤っていたのが長谷部だった。
     だから彼はつい言ってしまったのだ、結果が伴わなくてもお前が俺のことを思ってくれるのは嬉しいと。今思えば軽率な発言だったが、その時はまさか自分が神隠しに遭うとは夢にも思わなかった。

     長谷部の神域に連れていかれ、霊は見えないが少しも嬉しくない生活を送っていた彼の元に、ある日長谷部の本霊が訪ねてきた。本霊曰く、彼と彼を隠した長谷部が合意すれば、政府主催の『秘密遊戯』に参加できるのだという。
     これは双方にとってメリットがあり、遊戯に勝てば彼は現世に帰ることができ、長谷部は本霊と同等の神格が手に入る。長谷部の本霊からの説明で初めて彼は知ったのだが、審神者が顕現させる刀剣男士の寿命は九十九年と決まっているらしい。九十九年を過ぎれば分霊は本霊へと吸収され、分霊が培った力は本霊の糧となる。それ故、刀剣男士の本霊は政府に力を貸すのだそうだ。
     だが、同時にデメリットも存在した。遊戯に参加せず長谷部の寿命が尽きるのを待てば、神域から解放され次の世に転生できる。しかし遊戯に参加して負けてしまったら、本霊と同様に永遠の存在になった長谷部に、未来永劫囚われることになる。
     長谷部は長谷部で、負けた瞬間罰として本霊に吸収される。欲を出したために、自分の存在も愛しい者も、すべてを失ってしまう。

     デメリットを承知のうえで、彼は遊戯に参加することを決めた。きっと『雅』もそうだったのだろう。スタート地点の美術室で会った雅という参加者は、意思の強さを感じさせる女性だった。そして彼も自分が変わっているという自覚はあったが、彼女も大概だった。
     年齢不詳の絶世の美女、けれど何故か無性にうさんくさい。そうかと思えば、長谷部に隠された審神者を前にして、自分の恋人の長谷部はへしかわの極み(へしかわとはへし切長谷部かわいいの略らしい)だと言い、へしかわへしかわ連呼する。
     自称文系名刀のタイプとは思えない性格だったが、ゲイの彼ですら慄くほどの美人なのだ。多少性格に難があっても神に気に入られるのは当然……か? と思っていたところに、雅の勝利を告げる放送が流れた。

     茶坊主と雅は美術室で二枚の拘束札を見つけた後、一階に下りて部屋を順々に回っていた。彼女の勝利条件は『全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く』であり、放送が流れてきた時二人の顔には、なんで? と書いてあった。
     しかし、そこからの雅の行動は早かった。自分のタブレットを渡すと、茶坊主にタブレットへ離脱条件を書きこむように言う。茶坊主が入力している間も、彼が隠されている間に起きた出来事や刀の知識などをしゃべり続けた。
     時間が経つにつれ雅のタブレットは輪郭があいまいになり、次第に重さを感じなくなったが、それは彼女も同じだった。空気に溶けていくように、雅の姿は徐々に徐々に薄く、見えなくなっていく。

    「雅さん」
     彼は自他共に認める表情の乏しい男だ。喜怒哀楽は備わっているが、感情と表情が結びつかない。それでも彼女のため、精一杯の笑顔を作った。
    「おめでとうございます」
    「……」
     彼女は様々な知識を彼に与えてくれた。何より、短時間ではあったが、彼女が側にいてくれて心強かった。
     茶坊主の言葉がよほど意外だったのか、雅はぽかんとした顔をして彼を見ていたが、我に返ると持っていた札を差し出した。茶坊主は札を受け取るが、雅は札を握ったまま彼の目を真っすぐに見つめる。

    「私は私が勝利することを何よりも優先させる。……そう私が言った時、君は自分も同じだと言ったよね」
     協力しようと申し出たのは茶坊主を、切れ長の目が真意を探るように見つめた。彼女の目の力の強さに圧倒されかけたが、それでも茶坊主が目をそらさず受け止めれば、できる限りの協力はすると前置きしたうえで、彼女は先ほどの言葉を言ったのだった。
    「忘れないで、君は君が勝つことを何よりも優先させるんだ。人を切り捨てることを躊躇するな。現世に帰れるなら、恨まれても憎ま……も、そんなのどうだ…………じゃないか! 必ず……」
     雅の声は途中から途切れ途切れになり聞こえなくなったが、姿が消えるまでずっと彼女の口は動いていた。最後まで茶坊主を激励し続けていたのだろう。

     残された茶坊主は、雅から渡された札に視線を落とす。へしかわへしかわ連呼する変なやつだと思っていた人は、とてもいい人だった。彼は己の認識を改めると同時に、勢いに圧倒され雅に必ず勝つと誓えなかったことを悔いた。


     魂之助による補足説明を受けた後、茶坊主は会場の探索を再開した。保健室と用務員室らしき部屋まで見たので、用務員室の隣の部屋から順々に見ていき、四部屋目で理科室にたどり着いた。
     美術室と似たような机の配置だったが、こちらの机には流し場とガスの元栓がある。九つの実験台の他には、ビーカーやフラスコ等を保管しているキャビネットに、顕微鏡が置かれた棚。黒板の隣には扉が透明なケースに入った人体模型があり、さらにその隣には準備室へ続くと思われるドアがあった。
     彼はさっそく道具探しに取りかかったが、結論から先に言うと、道具は見つからなかった。物が多い準備室から取りかかったのだが、思いの外没頭してしまい、気づいた時には二十分経っていた。理科室に戻りはしたものの、同じだけ時間をかけるわけにはいかず、キャビネットの中など物が隠してありそうな場所に絞り探したが、政府の道具らしき物は出てこなかった。

     ──まだ探してんのか?

     和泉守兼定の呆れた声が脳裏に蘇る。あれはいつだったか。乱藤四郎のリクエストで借りた絵本を返却のため大広間に置いていたのだが、目を離した隙に絵本が消えてしまった。本が床に置いてあったのを見た歌仙が本棚に戻したからだったのだが、そうとは知らず、茶坊主は大広間を探し続け、見かねた和泉守が探すのを手伝ってくれたのだ。
     和泉守の後は新選組の面々が来、粟田口短刀が続き、ついには平安刀まで加わって大騒動に発展した。
    「(意外だな)」
     審神者にならなければ神隠しに遭わなかったのに、彼は本丸の日常を懐かしいと感じていた。

     理科室の捜索を諦めた茶坊主は、次の行先を決めるため、タブレットで地図を開いた。一階で見ていないのは、別建屋に続く北側だけだ。三階の美術室と一階の保健室は外階段でつながっており、一階へ下りる時は外階段を使ったのだが、その時見えた景色からして別建屋は恐らく体育館か講堂だろう。
    「(体育館か)」
     体育館にも政府の道具はある。しかし、体育館なのだから見通しはいいはずだ。身を隠す場所がないのは不安だ。
    「(いや、今行っておくべきだ)」
     茶坊主は懐にしまった札に着物の上から触れた。刀剣男士の動きを二時間封じることができる札。雅から譲られ、今は二枚とも彼が持っている。リスクを伴う行動をするならば、札が二枚残っているうちだと考え直し、彼は体育館へ行くことにした。

     廊下を真っすぐ進むと、ステンドグラスがはめこまれた壁に行き当たった。そこで廊下は左右に分かれ、地図によるとどちらに行っても併設された別建屋へと行く。体育館と講堂、もしくは体育館が二つある学校をモデルに作られているようだ。
     どうせ両方に行くことになるのだからと、迷うことなく右に進もうとした茶坊主だったが、背後からの声に引き止められる。
    「お兄さん、ストップ!」
    「だから大声を出さない」
     彼を呼び止める男性の声はまだいい、けれどそれを咎める声に身がすくんだ。茶坊主が声の主を確認すると、一人は男性の審神者だった。明るい色の髪を後ろで一つにくくり、彼と同年代に見える。しかし彼の後ろには、燭台切光忠がいた。

     無意識のうちに体が逃げようとするが、茶坊主は理性でどうにかその場に踏みとどまった。彼の離脱条件は『審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する』と『遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く』。不確実な要素の多い敗北条件を考えれば、二十四時間立つ前に遊戯を抜けたいところだが、勝利条件を満たすのは早くても七組目である。
     だから長谷部の敗北条件を得ることは彼にとって重要であり、長谷部の敗北条件を知るためには、刀剣男士とコンタクトを取らねばならない。
    「無抵抗の相手を攻撃するのは、めちゃくちゃ格好悪いぞ」
     両手を上げ降参のポーズを取るが、少しでも近づいてくれば札を使う気満々ではあった。攻撃なんてしないよと燭台切は言い、刀を隣の審神者に預けた。

    「見ればわかるだろうけど、僕は燭台切光忠。こっちの彼は僕の主。この遊戯では長船って名前だよ。君は?」
     目の前の燭台切は、彼が知っている燭台切の姿とは少し違っていた。肩回りの防具の形が違い、服も細部が違う気がする。雅から聞いた、極という姿に違いない。
    「……茶坊主」
    「お兄さん、長谷部に隠されたの?」
    「そうです」
    「ああ、敬語なんていいよ。お兄さんの方が年上でしょ? ついでにオレは二十歳」
     実年齢より老けて見られるだけで、本当は長船と二つしか違わないのだが、茶坊主は面倒なので敬語を使うのをやめた。
    「君はどうして燭台切と一緒にいる?」
    「やっぱそこ聞くよね~」
     年齢に差はあまりないはずなのだが、茶坊主と違い長船のノリは軽い。しかし嫌な感じはせず、むしろ人と壁を作らない姿に好感を持った。

     二人の間で役割分担ができているようで、長船ではなく燭台切が理由を説明した。
    「信じられないかもしれないけど、僕と主は愛しあってる。僕は合意のうえで主を隠したんだ。この遊戯に参加したのは、永遠に共にいるため」
     茶坊主が目で長船に尋ねれば、長船は何度も頷くことで答えた。だが、記憶喪失かよほどのお人好しでない限り、燭台切の言葉を鵜吞みにする審神者はいないに違いない。雅という前例はあるが、神との恋愛は言うまでもなくタブーだ。なおかつ、彼は神隠しの被害者でもあったので、長船と名乗る審神者の勝利条件が審神者を裏切ることで、そのために燭台切と行動を共にしていると考えた方が納得できた。

    「そう簡単には信じられない話だが、まあいい。俺になんの用だ?」
     疑惑は残ったままであったが、彼は話の続きを促した。
    「僕たちは友切っていう女の子の審神者を探してるんだ。君、彼女について何か知らないかな?」

     ──私は審神者7の『友切』のを持ってるよ。相手は髭切で間違いないと思う。

     誰の離脱条件を持っているかという話になった時、雅は刀剣男士6の蜂須賀虎徹と審神者7の友切だと答えた。彼女が遊戯を離脱した時に最も近くにいた審神者である彼は、二人の条件を譲渡された。

     ──人を切り捨てることを躊躇するな。

     茶坊主は知らないと答えようとしたが、また雅の言葉が聞こえてきた。友切を売って燭台切に協力を仰ぐべきだと、わかっていながら考えないようにした選択を促されたようだった。

     心臓がバクバクとうるさく鳴っている。それでも彼は持ち前のポーカーフェイスで、知らないと言おうとしたが、まだ決断の時ではなかったらしい。
    「あと保健室! 保健室どこにあるか知らない?」
     長船の言葉で彼は冷静さを取り戻し、燭台切に詳しく説明するよう求めた。


     調理室ににっかり青江に隠された灯篭という少女がいるらしい。彼女は左腕を骨折しており、彼女の手当のため長船たちは保健室を探していた。そして友切について知りたかったのは、長船の敗北条件が『審神者7の友切が遊戯にする』であるから。
     もちろん茶坊主はすぐには信じなかった。だが、長船は自分のタブレットを茶坊主の顔に突きつけた。燭台切は考えなしの行動を怒ったが、長船が燭台切に隠された審神者であることも、友切の勝利のために彼女を探していることも証明された。
     
     茶坊主は二人を保健室に案内したが、薬品棚の中は確認していなかったので、三人がかりで探すことにした。茶坊主と長船は棚の中を探し、燭台切は出入口の監視を兼ね別の場所を担当した。
    「へえ、その雅っていう人、どんな人だった?」
    「変な人だった。ここに来た時もへしかわしか言っていなかった」
    「へしかわ……?」
     三角巾と添え木はすぐに見つかったが、痛み止めが見当たらず、戸棚の中を探しながら二人は話をする。長船たちの話は保健室に来る道中で聞いたので、今度は茶坊主が話をする番だった。
    「美人?」
    「太郎とにっかりを女にして、足して二で割ったようなかんじだ」
    「美人かどうか聞いてるのに男持ち出すのやめてよ、萎えるじゃん」
    「主」
     燭台切は二人から離れた場所を探しているが、話はしっかり聞いていたらしい。恋人の浮ついた発言に釘を刺す。

     結局痛み止めは見つからず、氷を求めて冷蔵庫の中も見たが、電気が通っておらずただの箱と化していた。さらに手洗い場の蛇口から水が出ないと由々しき事象の連続だったが、茶坊主にはそれより重要なことがあった。
    「二人に言っておかないといけないことがある」
    「なんだい?」
     冷蔵庫の中を見るため身をかがめていた燭台切が姿勢を正す。
    「俺の前でい抜き、ら抜きでしゃべるな」
     茶坊主は真剣そのものだったが、たっぷりの間を空けて、長船が口を開く。

    「なにそれ」
    「い抜き言葉とら抜き言葉を使わないでくれと言っている」
    「言ってる意味わかんない。い抜き、ら抜きって何? 初めて聞いたんだけど」
     茶坊主は強い衝撃を受け、目を見開いた……つもりになっているのは当人だけで、実際は微塵も表情は変わっていない。いかにショックを受けたか長船には伝わらないまま、彼はい抜き言葉とら抜き言葉について説明した。
     本来『い』や『ら』を入れるべき場所で省略するのが、い抜き言葉とら抜き言葉だ。彼は基本的に細かいことは気にしない性格だったが、このことに関しては神経質だった。政府の公式文章にら抜き言葉を見つけ、担当者の上司を引っ張り出して注意したこともある。ここまで強いこだわりを見せるのは文学部出身だからかと思いきや、彼は理工系の高専卒だ。

    「『してる』は『してる』でいいじゃん。『見れる』は『見れる』だし。めんどくさい!」
    「『している』と『見られる』だ。い抜き、ら抜きがトリガーになるミソフォニアのようなものだと思ってくれればいい。理屈ではないんだ、これは神経の問題なんだ」
    「難しい単語使わないでよ。オレ考えながらしゃべるなんて無理!」
    「遊戯中は考えながらしゃべって」
    「燭台切、お前もだぞ」
    「オーケー、善処するよ」
    「ほら、光忠だってクソどうでもいいって思ってる!」
    「『思っている』」
    「「(変なやつだなぁ)」」
     長船主従は心の中で同じことを思った。

     一悶着あったが三角巾と添え木を手に、今度は長船たちが茶坊主を調理室に連れていく。調理室の奥には準備室があり、そこでアルビノの少女が待っていた。
     アルビノはメラニンを生成することができないため、体の色素が薄い。それ以上でもそれ以下でもなく、神秘性を押しつけるのは間違っているというのが彼の考えだ。たが、目の前の少女は別次元の存在に思えた。自分たちより刀剣男士に近い存在、床に座る彼女に近づくのさえ躊躇われた。
     しかし、彼らを見上げる少女の顔に幼さが残っているのを見て、茶坊主は自分を恥じた。
    「人の手当の心得はない。任せてもいいか?」
    「もちろん……といっても、患部を固定するぐらいしかできないけどね」
     燭台切が灯篭の前に跪き、手当を始める。茶坊主は二人の様子を観察したが、燭台切だけでなく灯篭も不審なそぶりは見せなかった。

    「俺は刀剣男士のへし切長谷部に隠された茶坊主という」
     灯篭の手当が終わるのを待ち話しかける。赤い瞳が彼を見返した。
    「君のことは長船君たちから聞いている。君も含めて情報交換がしたい」
     ゆっくりと灯篭が頷いたのを確認し、茶坊主は長船たちに向き直った。
    「君たちに関することで、俺と彼女に情報の差はあるか?」
    「君にはまだ教えていない離脱条件がある、くらいかな」
     燭台切が立ち上がり、自分のタブレットを茶坊主に差し出す。燭台切のタブレットに三人分の情報をまとめてあると言われたが、茶坊主は残り二人のタブレットも見たいとお願いした。
     暗に燭台切を疑っていると言っているようなもので、長船の顔が曇ったが、当の燭台切はすぐに燭台切光忠らしい笑みを浮かべ、わかったと承知する。そして長船と灯篭にタブレットを見せるねと、茶坊主の代わりに了承を取った。

     相手に信じてもらうには、まずは自分が相手を信じること。刀剣男士の中でも人に近い感性を持つこの刀なら、そんな考え方をしても不思議ではない。だが、茶坊主は三人のタブレットを見、燭台切の書きこみに嘘がなかったことを確認した後に気づいた。不審な動きをすれば、いつでも切り捨てられると思っているが故の余裕なのだろうと。
     ただ、彼は燭台切の考えは何も間違っていないと理解していたし、彼の考えをわかったうえでの対応をすればいいとも思っている。見た順にタブレットを燭台切に返していき、最後の灯籠のタブレットを渡す時に、礼を言った。
    「今度は俺の番だな。長船君たちには繰り返しになるが、一から説明する」
     茶坊主は遊戯の開始から今に至るまでの出来事を、三人に話した。雅に会い、拘束札を手に入れ、その後彼女が先に離脱し、一階の探索を一人で続けたが理科室では何も見当たらなかったこと。

     茶坊主は長船にタブレットを差し出した。
    「俺は雅さんから友切の敗北条件を譲渡された」
    「え」
    「大声を出さない」
     叫びかけた長船の口を燭台切が押さえる。見ても? と聞かれたので、かまわないと返す。燭台切が真剣な面持ちでタブレットを見ながらつぶやく。
    「油断はできないけど、これなら」
    「そうだな。髭切の『自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない』と友切の『審神者が3名遊戯に敗北する』。差し迫った危険はないだろう」
    「それと。言い忘れていたけど、灯篭さんが髭切さんの勝利条件を友切さんに伝えてる……伝えているよ」
     茶坊主の視線に気づき、燭台切が言い直す。
    「ただ信じてはいないみたいだ。灯篭さんがタブレットを見せようとしても、拒否したそうだし」
    「危ういな」
    「僕もそう思うよ。でも、信じていなくても知っているというのは大きいと思うな」

     燭台切は茶坊主のタブレットを自分のタブレットに書き写し、それを長船が横からのぞき見ている。だが灯篭は座ったままだ。彼女の痛々しく腫れた左腕を見ているので、仕方がないと思うと同時に、消極的な姿勢が気になった。
    「君から話すことは?」
     問いかけられ、灯篭が顔を上げる。茶坊主は長船たちから聞いている彼女の情報を、かいつまんで話す。そのうえで他に話すことはないかと再度聞いた。彼女は視線を落とし、しばらく考えた後、口を開いた。
    「私は四階の部屋にいました。そこで建物の中なのに、大きな池があって……」
    「屋上の水泳プールだね。道具見つからなかったんだけど、もしかして灯篭さんが持ってる?」
    「持っている」
    「……持っている?」
     灯篭は燭台切が言い直した意味がわからず不思議そうにしていたが、道具は見ていないと答えた。

    「鍛刀部屋にも行きました」
    「学校に鍛刀部屋?」
    「魂之助は実在の中学校をモデルにした建物と言っていたが、モデルなだけでなんでもありなんだろう」
     灯篭が言うには、資源はそろっており刀を作ることもできたが、彼女は作らなかったそうだ。部屋の位置は三階西の一番奥の部屋で、一階からではなく美術室のある三階から探索していれば、今頃茶坊主は自分の刀を手にしていたかもしれない。
     それだけ言うと彼女は黙りこんでしまった。茶坊主は急かさず彼女の言葉を待つつもりだったが、長船が大丈夫? としゃがみ、彼女と目線を合わせて聞く。灯篭はこくりと頷き、また話し始めた。

    「私は青江に負けるつもりでここに来ました」
    「長船君」
     長船が何か言おうとしたのを、茶坊主が制した。灯篭は茶坊主に対し軽く会釈し、しゃべるのを再開した。
    「でも友切さんに会って、友切さんは家に帰りたいって泣いていたんです。その姿を見たら胸がざわざわして、それから鍛刀部屋でも……」
     含みを持たせた言い方だったが、彼女は鍛刀部屋でのことはそれ以上口にしなかった。代わりに自分でもよくわからないんですと彼女は言った。
    「本当にこのまま青江の神域に帰ってもいいのか、わからないんです。だから、青江に会って、彼と話をしてからどうするか決めたい。青江に会ったら、私はここにいると伝えてもらえませんか?」
    「……」
    「え?」
     灯篭の言っている意味が瞬時に理解できず、きょとんとした顔をしていた長船だったが、意味がわかると戸惑った様子に変わった。やはり根が善良な人物なのだろう、怪我した少女を一人残して置いていくなど、端から頭になかったのだ。

    「やっぱり青江が好きってなったらいいと思うよ。オレも灯篭と同じで負けるつもりで参加してるしさ。でもやっぱり嫌だってなった時、一人でどうすんの? 灯篭は知らないのかもしれないけど、刀剣男士ってオレたちがどうこうできる存在じゃないんだよ。な、光忠からもなんか言えよ」
     長船が燭台切を見上げるが、燭台切は困った顔をしたまま何も言わない。そんな燭台切を見て、長船は言葉を失う。
     茶坊主も灯篭と視線を合わせるため、長船の横に行き膝をついた。病気や怪我と無縁の人生を送ってきた彼に、骨折の痛みがどれほどのものかはわからないが、目の前の少女は痛みで頭が朦朧としているわけではなさそうだった。だから茶坊主も自分の意見を伝えた。

    「青江には君の記憶を消さないといけない理由があった。長船君たちのように互いに想いあっているのなら、記憶を消す必要はなかっただろう」
     長船が言ったように、灯篭を調理室に置いていくというのは、彼女を見捨てるのと同義だ。情報が物を言う遊戯で情報を入手する手段を絶たれ、部屋を訪れた参加者にタブレットを奪われ嘘を吐くよう強要されれば、彼女は負ける。
    「現世には君の帰りを待っている人がいる。仮にいなかったとしても、君が君の意志で、大切に思う人を作ることはできる。現世に帰りさえすれば、君にはいくつもの可能性が待っている」
     彼女に負けてほしくなかった。だから現世への希望を諦めないよう説く。
    「君はこれ以上しゃべるな。しゃべらず、あと一人審神者が勝利条件を達成して勝つのを待つんだ。それが一番確実だ」
     そのうえで、茶坊主は灯篭を見捨てる。

    「これからお前たちと一緒に行動させてもらえないか?」
     立ち上がると彼女に背を向け、燭台切に言う。
    「足手まといになると判断すれば、そこで切り捨ててもらってかまわない」
    「そんな風に言わないでほしいな。僕は望まない神隠しにあった子は助けてあげたいと思ってるんだよ? いいよ、一緒に行こう」
    「ちょっと待てよ!」
     長船が遮るように二人の間に入る。表情豊かな彼は、怒り、悲しみ、失望が混ざった面持ちをしている。燭台切に任せるか、あえて第三者の自分から話をするべきか。考えをめぐらせていた時、着物の裾を引っ張られ、彼は反射的に振り返った。
     だが、振り返った後で振り返るべきではなかったと後悔した。赤い瞳が彼を見上げていた。視線が合うと、彼女の瞳が切なく歪む。
    「ありがとう」
     非難される覚悟ならあったのに。灯篭が口にしたのは、思ってもいない言葉だった。


     調理室を出ると、長船が突然茶坊主に抱きついてきた。
    「ごめんお兄さん! オレお兄さんのこと勘違いしてた」
    「していた」
    「うんうん、めちゃくちゃ面倒くさい人だってこともよくわかった」
     がんばろうねお兄さんと抱きつかれたまま背中を叩かれるも、茶坊主にはよく飲みこめない。燭台切に視線で解説を求めると、燭台切が苦笑する。
    「君は自分が思っているほど無表情ではないよ」
     しかし燭台切まで訳のわからないことを言い、彼の謎はますます深まった。ただあれほど反対していた長船が前向きになったので良しとした。

     長船たちは友切を探すという目的はあるが、友切の居場所がわからない以上、行き先は茶坊主に任された。当初は体育館に行くつもりだったが、彼は行先を鍛刀部屋に変えた。
    「護身用に刀がほしい」
    「オーケー。……主はそろそろ離れようか」
    「は〜い」
     ようやく長船が離れ、茶坊主は溜息を一つ吐く。気を取り直し、タブレットで灯篭から聞いた鍛刀部屋の場所を確認しようとした。

     ──理科室に戻って。

     タブレットから顔を上げ、何もない後方の空間を凝視する茶坊主に長船が聞く。
    「どしたの? お兄さん」
     だが、茶坊主は返事ができなかった。どこかで聞いたことのある声だった。小さな少年の声、けれど少年らしい溌剌さはなく……。しばらく考えた後、小夜左文字の声に似ているのだと思い当たる。

     何故小夜の声が聞こえたのか、何故何もなかった理科室に行けと言うのか。胸騒ぎを覚え、頭は混乱していたが、彼は自他共に認める表情の乏しい人間だったので、表には一切動揺が出なかった。燭台切にも、彼が突然立ち止まり何もない空間を見つめているようにしか見えなかった。
    「鍛刀部屋に行くので良かったんだよね?」
    「あ、ああ」
     咄嗟に返事をした後、先ほどの幻聴のことを話すか迷う。
    「君の言ってた札のことだけど」
    「言っていた」
     反射的にい抜き言葉を指摘し、燭台切が言い直して話し始めたので、彼は幻聴の件を話すタイミングを失ってしまった。
    「僕にいい案があるんだ」
    「なんだ?」
    「せっかく動きが封じられるのなら……」

     その後鍛刀部屋のある情報処理室にたどり着くが、資源が冷却水だけなくなっており、鍛刀はできなかった。再び小夜の声が頭を過ぎったが、茶坊主は理科室ではなく体育館に行くことを選んだ。一人ならいざ知らず、長船たちを巻きこんで理科室の捜索をもう一度することはできなかった。


    ≪参加者一覧≫

    審神者1:灯篭
     勝利条件 審神者が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する
     敗北条件 嘘を吐く。真偽は審神者の認識に基づく
    刀剣男士1:にっかり青江
     勝利条件 刀剣男士9の鶴丸国永が、四組目に遊戯を離脱する
     敗北条件 遊戯の経過時間が28時間に達する

    審神者2:太閤桐/勝利
     勝利条件【遊戯経過10時間以内に、審神者が1名遊戯に勝利する】
     敗北条件 30分以上同じ部屋に留まる
    刀剣男士2:一期一振
     勝利条件 審神者が3名敗北条件を満たし、遊戯に敗北する
     敗北条件 刀剣男士5・6・7のうち1名以上が、遊戯に敗北する

    審神者3:長船
     勝利条件 遊戯開始から28時間が経過する
     敗北条件 審神者7の友切が遊戯に勝利する
    刀剣男士3:燭台切光忠
     勝利条件 刀剣男士5の山姥切国広と刀剣男士7の髭切が、遊戯に勝利する
     敗北条件 刀剣男士が2名勝利条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者4:雅/勝利
     勝利条件 全参加者と遭遇する。ただし、遭遇前に離脱した者は除く
     敗北条件 刀剣男士が3名勝利条件を満たし、遊戯に勝利する
    刀剣男士4:歌仙兼定
     勝利条件 審神者が2名以上、勝利条件を達成できない状況になる。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件【遊戯中に刀剣男士が審神者に重傷を負わす】

    審神者5:写し
     勝利条件 刀剣男士を2口刀解する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、参加者が12名以上残っている
    刀剣男士5:山姥切国広
     勝利条件 勝利条件を達成し勝利した刀剣男士が2名以上、審神者の敗北条件を達成し勝利した刀剣男士が1名以上になる
     敗北条件 刀剣男士8のへし切長谷部が敗北条件を満たし、遊戯に敗北する

    審神者6:徳島
     勝利条件 自分と自分を神隠しした刀剣男士が最後の一組になる
     敗北条件 参加者に真名を知られる。ただし、遊戯開始前に把握している者は除く
    刀剣男士6:蜂須賀虎徹
     勝利条件 全参加者の離脱条件を把握する
     敗北条件 勝利条件を達成し、遊戯を離脱した参加者が4名以上になる

    審神者7:友切
     勝利条件 自分が把握しているすべての審神者の敗北条件を、その審神者を隠した刀剣男士に伝える。ただし、遊戯から離脱した者は除く
     敗北条件 審神者が3名遊戯に敗北する
    刀剣男士7:髭切
     勝利条件 自分が神隠しした審神者が、神隠しに合意する。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
     敗北条件 審神者が2名刀剣男士の敗北条件を達成し、遊戯に勝利する

    審神者8:茶坊主
     勝利条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ3名以上遊戯に勝利する
     敗北条件 遊戯の経過時間が24時間に達した際に、勝利条件を達成できなくなった審神者が存在する。ただし、遊戯を離脱した者は除く
    刀剣男士8:へし切長谷部
     勝利条件 自分が神隠しした審神者の半径3.28メートル以内に3時間いる
     敗北条件 刀を使用し、物を傷つける。ただし、審神者は除く

    審神者9:竜胆
     勝利条件 刀剣男士が4名遊戯に勝利する
     敗北条件 審神者が3名遊戯に勝利する
    刀剣男士9:鶴丸国永
     勝利条件 審神者と24時間行動を共にする
     敗北条件 4人以上の参加者の敗北条件を把握する


    ≪道具一覧≫
    校長室:クラッカー
    職員室:位置情報アプリ
    美術室:拘束札×2
    図書室:参加者Aの日記帳
    理科室:和泉守兼定
    体育館:手伝い札
    情報処理室:鍛刀部屋
    水泳プール:遊戯の経過時間を止める懐中時計


    さいこ Link Message Mute
    2023/03/18 21:49:59

    我が主と秘密遊戯を if…(前編)

    神隠しされた審神者と神隠しをした刀剣男士が勝負する刀さに小説のIF版。とある参加者が遊戯中にタブレットを落としたことにより、遊戯は本編とは異なる展開に……。

    【登場人物およびカップリング】
     ・にっかり青江×女審神者
     ・一期一振×女審神者
     ・燭台切光忠×男審神者
     ・歌仙兼定×女審神者
     ・山姥切国広×男審神者
     ・蜂須賀虎徹×女審神者
     ・髭切×女審神者
     ・へし切長谷部×男審神者
     ・鶴丸国永×女審神者

    #刀剣乱夢 #刀剣乱腐 #刀さに

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