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    【FGO】天草のことがお気に入りな大変残念なマスターの話なんなのあの子天使なの?あの聖杯はバグっていたそうですからラッキースケベは男の浪漫だろぉ難儀なことだなぁアンタ。色々と獣耳キタコレ体質改善的な?なんなのあの子天使なの?※天草のことがお気に入りなぐだ男の戯れ言に付き合わされる不憫枠なロビンがいます。


     本人曰く「戦闘向きのサーヴァントではない」とのことだがなかなかどうして、マスター目線では十分に前線でも通用すると踏み、よーしこのまま一気に練度上げだー! と調子に乗って連戦した結果──
    「てったーい! 撤退ーッ!! ロビン煙幕的なヤーツ!!!」
    「ちょっ! 便利道具扱いしないでくれます!? ありますけど!!」
     片膝をついた天草の姿に即座に撤退を声高に叫んだマスターは、ロビンフッドの反論など聞いていないのか、彼同様後方に控えていたもう一騎のサーヴァントに声を張った。
    「ちちうえー! 天草拾って先に逃げてー!!」
    「……承知した」
     何度訂正しても直らぬ「ちちうえ」呼びに一瞬眉を寄せるも、ランサー・オルタは愛馬の足を進ませそのまま馬上から腕を伸ばし、天草からも伸ばされた手を取ったと同時に軽々となんなく自分の前に引き上げた。
    「片手……」
    「筋力Aは伊達じゃないっすね」
     指示通り天草を回収し、これまた指示通りに一足先に離脱する背を見つつ呆然と呟いたマスターにロビンフッドが軽く肩を竦める。
    「なにあの子そんなに軽いの? 天使なの?」
    「妄言はあとでにしてもらえませんかねぇ」
     ホラ俺たちも逃げますよ、とこれっぽっちも人の話を聞かないマスターの首根っこを掴み引きずるロビンフッドの背後では、マシュが先を行くふたりを守るため必死に盾をかざし、しんがりのエミヤは夫婦剣を手にしたまま呆れたように嘆息したのだった。


     木々の陰に身を隠しつつ無事合流した一行はその場で軽く反省会(という名のエミヤのお小言タイム)を終え、暫し身を休めてから帰還するということで話は纏まった。
     木の根元に腰を下ろし、はー……、と柄にもなく深い息を吐くマスターが少々心配になったか、ロビンフッドは何気なさを装って隣に並び、懐から水袋を取り出すや相手に勧める。それを素直に受け取ったマスターは、ちびちび、と水を口に含んでから、再度嘆息した。
     これは赤い弓兵のお小言が相当こたえたのかと、そっ、と様子を窺うも、相手がなにかしらを見据えていることに気づき、ん? とその先を追う。
     すーっと直線を引っ張った先にいたのはランサー・オルタだ。しかもご丁寧に天草を抱えたままで。
    「ちちうえの男前度がカンストしててツライ」
     わっ! と両の掌で顔を覆ったかと思えばそのままの格好で、ぶんぶん、と勢いよく首を横に振り「騎士王様、マジ騎士王!」と褒め言葉なのかどうなのかよくわからないことをほざいている。
    「それに加えて天草はなんで横座りなの!? なんでおとなしく抱えられたままなの!? なんなの天使なの!?」
    「そりゃあんだけダメージ喰らえば動きたくもないでしょうさ」
     引っ張り上げられたまま、ぐったり、している天草を、無事逃げおおせたからと降ろすわけにも行かず、ランサー・オルタもさぞ困っていることであろう。
    「だがしかし。これはこれ、それはそれ。なんでちちうえはフツーに乳枕してて、天草もフツーに乳枕されてんの!? 俺も乳上の乳にご挨拶したい! 他のアルトリアには不可能なチョコが挟めちゃうご立派な乳に!!」
     うらやまけしからん! と拳を固めて無駄に力説するマスターにロビンフッドは半眼を向け、「アンタのそういう無駄に潔いところは美徳だと思いますよ。ただ、同意するかは別の話ですがね」と言うのが精一杯であった。


     先日の反省を活かし、計画的な練度上げを行っている合間の休息日。なぜかマスターに捕まり、食堂の片隅でよくわからない話を聞かされているロビンフッドの姿があった。
    「ジャックとかブーディカとか牛若丸とか、とにかく露出の高い子を目で追ってるから、おやおやお年頃ですなドゥフフとか思ってたらさぁ、『女性が身体を冷やしてはだめですよ』ってジャックに綿入れ半纏着せてて、なんなのあの子天使なの!? 素直に着ちゃうジャックも天使なの!?」
    「お年頃って、見た目は若くても実際は違いますからね? いい加減なれてくださいよホント」
    「俺が同じように見てたらマルタ辺りから鉄拳制裁受けるだろうなぁと思うとちょっと理不尽。あ、なんか涙出てきた」
     やはり人の話を聞かないマスターにロビンフッドは肩を落とす。とにかくこの男が天草を気に入っているのだということはよくわかった。さらに年頃の男子らしく女性サーヴァントにも興味があることはよぉぉぉくわかった。しかし残念なことにそれらが積極的に知りたい情報でないことは確かである。
    「もー、なんで俺なんですか」
     雑談相手なら誰でも良いではないか、と隠すことなく思ったままを零せば、うん? とマスターは緩く首を傾けた。
    「だってロビン庶民派じゃん? 他は王様だったり王様だったり王子様だったり魔王様だったり領主様だったりと次元が違うというかなんというか」
    「庶民派言うなら赤いのだってそうでしょうが。むしろあっちの方が時代的に話しやすいんじゃないですかねぇ」
    「えー……エミヤは庶民派って言うより、所帯じみてるって言うか……」
     オカン過ぎてなんか違う、と真顔で返してきたマスターに、あっはいソウデスネ、とロビンフッドは素直に頷いた。
     そのエミヤはといえば、厨房にほど近い席で天草と同じ時期に召喚されたアストルフォにパンケーキを振る舞っている真っ最中であった。
    「なにこれおいひぃ!」
     あーん、と一口頬張り、途端に、ぱぁっ、と辺りに花を撒き散らさんばかりに破顔するアストルフォの隣では、アルトリアが我がことのように誇らしげに、そうでしょうそうでしょう、と言わんばかりに大きく頷いている。
     当然のことながら彼女の前にも三段重ねのパンケーキが鎮座しており、アストルフォ同様、花が綻ぶような笑みを浮かべながら丁寧に切り分けたそれを着々と消費していく。
    「あれで男って世の中わかんないよねー……」
     はー、と溜息をつくマスターの視線の先にいるピンク色の頭を、ちら、と見やり、ロビンフッドは、そうですね、と気のない声を返した。
     ちなみに食堂に来た時点でエミヤから声はかけられていたが、ふたりはその申し出を丁重にお断りし、こっちのことは気にしなくていいと告げてある。
     それもあってか舌鼓を打つふたりも敢えて声をかけてくることはなく、アルトリアの隣に居る天草が軽く目礼をしてきただけだ。
    「なんか女子会っぽい」
     フフフ、とこちらも花を撒き散らかしそうなだらしのない顔で寝言をほざくマスターに、ロビンフッドは、ゆるゆる、と頭を振る。霊基再臨を行い確かに天草の髪は伸びたが、アストルフォのような可憐な姿になったわけではない。あの姿は東洋のサムライそのもので、むしろ雄々しくなったのではないだろうか?
    「たまにアンタがなに言ってるのか理解できない時がありますわ」
    「えー? だって天草、楚々として物腰柔らかだし、女子力高そうじゃない?」
    「女子力とか俺に言われたって知りませんよ」
     ほんとワケわかんねぇわ、ととうとう頭を抱えてしまったロビンフッドを尻目に、マスターは三人の様子に目を細める。
     早々に食べ終わったアストルフォが「もっと食べたーい!」と声を上げ、アルトリアも形だけとはいえ遠慮しつつおかわりを所望する。それに対し厨房に引っ込んでいたエミヤが「おやつでおなかいっぱいにするつもりかね? 夕飯まで我慢したまえ」と正論をぶちかませば、「ごはんとおやつは別腹ー!」とまさに女子な発言がアストルフォの口から飛び出した。
     そこにやんわりと割って入ったのが天草だ。
    「私が手をつけた物でよろしければどうぞ」とふたりの方に押し出された皿は、一枚目がほんの少し三角に切り取られただけのもので、ナイフを二度入れただけの、つまりは一口分しか減っていない状態であった。
     やったー! ありがとうシロウ!! とアストルフォは諸手を挙げて喜び、一切の躊躇もなくパンケーキを両断するや、はいアルトリアの分、と縦半分になった物をいそいそと空の皿に載せ替えた。
    「なにあの子天使なの?」
    「赤いのがコワイ顔してますけどね」
     ロビンフッドの言うとおり、渋い顔をしたエミヤが、ちょいちょい、と手の動きだけで天草を呼ぶ。素直に腰を上げた天草が横手の扉から厨房内に入ってしまい、ふたりの会話はここからでは聞くことが出来なくなった。
    「オカンおこ? おこなの?」
    「さぁ? どうですかね。泣かされて戻ってきたら慰めてあげればいいじゃないですか」
     軽口を叩きつつも、心配なら止めに行け、と目で促せばマスターは、きょとん、とした後、エミヤ優しいしまぁ平気でしょ、とあっさり言い放ったのだった。


    「キミの口には合わなかったかな」
    「エミヤさんの作る物はどれも大変おいしいですよ」
     当たり障りのない返答にこれ以上の追求は意味がないとエミヤは即座に判断し、眉間のしわを解くと「彼女は底なしだからあまり甘やかさないでくれたまえ」と冗談交じりに肩を竦めて見せた。
    「だが、キミの気持ちもわからんでもない」
     彼の生い立ちを知っていればこそ、余り深刻にならぬよう極力軽めに言葉を継げば、天草は相手の気遣いに柔らかな笑みを浮かべるも、それは隠しきれぬ悲壮さを秘めていた。
    「食べたくとも食べられないというのは、とてもつらいですから」
     飢えの苦しみを知っている青年は何かに耐えるように、ふっ、と瞼を伏せ、掠れた声で「すみません」と小さく漏らした。なにに対しての謝罪かは判然としないが、エミヤは僅かに片眉を上げ、ふむ、と思案するように顎に軽く手を当てる。
    「だからといってキミが我慢する道理はなかろう」
     そう言うが早いかエミヤは通り過ぎざまに天草の背を促すように軽く叩き、そのまままっすぐに冷蔵庫へと向かった。
    「新作があるのだが、是非に感想を聞かせてもらいたい」
     皆には内緒だ、と肩越しにいたずらっぽく笑うエミヤに「私でよければ喜んで」と天草も笑った。

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    2016.04.10
    あの聖杯はバグっていたそうですから※副題『バグ聖杯に喚ばれた天草のパルプンテ的な可能性を模索したい』


     自室の風呂掃除を終え、エミヤは満足そうに息を吐くと、とすん、とベッドに腰を下ろした。さて、この後はどうするかと思案し、着々と増えていくサーヴァントに対応するためにも、出来るときに空き部屋の片付けもしておくべきかと結論づけた。
     善は急げと腰を上げたその時、部屋の外から「エミヤー、居るー?」とやや間延びしたマスターの声が届き、応えを返す前に扉は、するり、と横に滑った。
    「休みの日に悪いんだけど、今手空き?」
     やや遠慮してか言葉を選び直球で「ヒマか?」とは聞いてこなかったマスターに、エミヤは若干ではあったが警戒心を抱く。これはロクでもないことを言い出すぞ、と内心構えた相手を知ってか知らずか、マスターはどこか疲れた顔で「特に用がないなら素材集めするから一緒に来て欲しいんだけど」とお願い事を口にしたのだった。
    「素材集め? それは一刻を争うのかね?」
     休息日に定めた日は突発的な事象が起こらない限り、マスターは勿論のこと全サーヴァントもレイシフトはしないことになっている。
    「ルーラー殺すマンが、要約すると『とっとと霊基再臨させろ』を無駄に難解な言い回しで日に何度もせっついてくるのでそろそろ俺が限界です」
    「それはある意味、一刻を争うな」
     先日、マスターの魂のみを監獄塔へと引っ張り込んだ巌窟王を思い浮かべ、エミヤは苦笑を漏らす。正規に召喚されてなお、マスターの都合はお構いなしときた。
    「だが、そう赤裸々にバラすのはやめてあげたまえ。他者におねだりがバレたと知れば、さすがの彼も羞恥で身を震わせることだろう」
    「それくらいの意趣返しは許して欲しいかな。ちなみの俺の精神的苦痛の代償として、ジャンヌにも素材集めを手伝ってもらいます」
     淡々と普段使わぬですます調で受け答えをするマスターの様子から察するに、相当しつこくやられたらしい。巌窟王は目の敵にしているルーラーから施しを受ける形になるのか、と地味な嫌がらせを忘れないマスターにエミヤは呆れるべきか、感心するべきか非常に微妙な心境である。
     ふと、そこでひとつの疑問が首をもたげた。
    「天草ではなく革命の乙女と、かね?」
     驚異的な速度で最終再臨までこぎ着けたお気に入りの天草を、ここぞとばかりに連れて行くと思っていただけに、ジャンヌの名が出たのは意外だったのだ。
    「あー、うん。声かけたんだけどなんか調子悪いみたいで。風邪ひいちゃったかな?」
     だるそうだから寝かせてきたよ、と布団を掛ける仕草を再現して見せたマスターに、エミヤは間髪入れずに「莫迦かキミは」と辛らつな言葉を投げつけた。
    「えっ!? なに!? いきなりヒドイ!」
    「よく考えたまえ。サーヴァントは風邪をひかない」
     もっともな指摘にマスターは、あっ、と目を丸くした。


     実際に相対した天草は確かに『風邪をひいている』ようであった。
     起き上がろうとした彼を制し、傍まで椅子を寄せて改めて顔を覗き込めば、当然のことながら天草は居心地悪そうに「なんでしょうか?」と尋ねてきた。
    「マスターから話を聞いてね。どういう状況か確認に来たわけだが、なるほど確かにこれは『風邪をひいている』な」
     そっ、と額に掌をあてがえば僅かに湿った感触と熱さが伝わってくる。
    「だが、サーヴァントは病気とは無縁のはずだ。この不調になにか心当たりはあるかね?」
     Dr.に見て貰った方が、と今にも駆け出しそうなマスターの腕を取り、大事にしたくないから天草も黙っていたのだろうと窘め、更に言うなればすでにレイシフトの準備に取りかかっているロマニのことを思い、エミヤは自分が様子を見るからということで、この件に折り合いをつけた。
     なにかあればすぐにDr.に知らせると約束した以上、エミヤは原因を探らなければならないのだ。
    「心当たり、ですか。そうですね……ないわけではありません」
     存外、素直に頷き、確証はありませんが、と前置いて天草は困ったように笑う。
    「小さな英雄王曰く、あの聖杯はバグっていたそうですから」
     本来、全盛期の姿で喚ばれるはずの英霊が子供の姿で現界したのは事実だ。それと同時に喚ばれた天草にも、なんらかの影響が及んでいた可能性は確かにゼロではない。
    「そうなるとアストルフォにもなんらかの変調があってしかるべきなのだが……」
     シャルルマーニュ十二勇士随一の美丈夫が、どう見ても少女にしか見えない姿であることがすでにおかしい、とエミヤは深く考えるのをやめた。彼に関してはさすがにこれ以上設定を盛ってはいけないと、聖杯が空気を読んだのかも知れない。
    「それにこれが初めてというわけではないのですよ。マスターに見られたのは想定外でしたが」
     包み隠さず白状する天草の言葉にエミヤの片眉が、ぴくり、と上がる。
    「ほぉ……それは聞き捨てならんな」
     一切合切全て吐いて貰おうか、と氷の刃のような声音が形の良い唇から吐かれたが、天草は意に介した様子もなくごくごく普通に「すみません」と詫びの言葉を口にした。
     見た目こそ年若いが別の世界線では、己の目的のために奸計を巡らせた狡猾さも持っている男だ。ただただ理想を口にするだけのおとなしい少年ではないと、その胆力に改めて恐れ入る。
    「数時間から最長でも一日で元に戻るので明日は問題なく動けます」
    「症状はいつも同じかね?」
    「いえ、その都度違いますのでなんとも……」
     言葉を濁し苦笑する天草の様子からして、今回は風邪のような症状が出たというだけで、大雑把に言えば『なにかしら身体に変調をきたす』ということらしい。
    「ただ、共通している点がひとつだけあります」
     ふっ、とここにきて初めて心底困ったように眉尻を下げた天草に、エミヤは真剣な面持ちで次の言葉を待つ。
    「両腕が動かなくなります」
     まいりました、と力なく笑う天草がなにを言ったのか即座に理解できなかったか、エミヤは僅かに目を丸くし、その表情を天草が「あ、なんか幼い」と思ったことなど気づきもせず、「……は?」と少々間の抜けた声を漏らした。
    「なんだそれは大問題ではないか!?」
     はっ、と我に返ったエミヤが声の勢いのままに立ち上がれば、当の本人は驚きつつも「まぁ落ち着いてください」と静かに言葉を発する。
    「こうなってしまうと霊体化もできないのが、一番の問題と言えば問題ですかね」
    「なんだってキミはこうも大事なことを今まで黙っていたのかね!?」
     甘かった、私の考えが甘かったッ! とエミヤは頭を抱えたいのを必死に押さえ込み、柔和な笑みを浮かべたまま見上げてくる天草を強めた眼差しで見やる。
    「これは私自身の問題であり、マスターや他の方の手を煩わせることではありませんから」

     ──奇跡を起こした少年は常に、人々の救済のためにまっすぐ立つことしか知らぬのだ。
     ──彼は膝を折り、腕を伸ばし、人に縋る術を知らぬのだ。

     天草は「他者に話したところでどうにかなることではない」と捨て鉢になっているわけではないのだ。そこに感情が加味されることはなく、事実をそのまま受け入れているだけなのだ。
    「だが、現状はマスターに心配させ、こうして私がここにいるわけだが?」
    「それについては申し訳ないと思っています」
    「関わった以上、私は全力で世話を焼くぞ。キミのことを任せてくれたマスターの期待を裏切るわけにはいかないからな」
     有無を言わせぬ強い口調でエミヤがそう言い切れば、今度は天草が僅かに目を丸くし、その表情をエミヤが「やはり幼いな」と思ったことなど気づきもせず、「……はい?」と少々間の抜けた声を漏らした。
    「腕が動かぬと言うならまずは身体を拭いてやろう。汗をかいて気持ちが悪いだろうからな。それから食事をしよう。あぁ、安心したまえ。一匙一匙丁寧に食べさせてやるからキミはなにも心配しなくていい」
    「えっ? いや、あのッ!?」
     咄嗟に言葉が出ないのか、腕を使わず腹筋の要領で勢いよく身を跳ね起こした天草が困惑も露わに声を上げれば、すでに浴室へと足を向けていたエミヤが肩越しに振り返る。
    「なにかね?」
    「そこまでしていただくわけには……」
     なにもせずただじっと横になっていれば済む話だ、とでも言いたげな天草をエミヤは「『病人』は黙って世話をされていろ」とばっさり斬り捨てたのだった。


     戦闘時ならいざ知らず、常にあの和装では生活しにくいと天草が数日で悟ったのは幸いだった、とエミヤは脱がせたカソックを前にしみじみ思う。
     女性サーヴァントと比べればしっかりした腕だが、年相応の若干頼りない太さのそれを持ち上げ、タオルを滑らせていく。
    「令呪はないのだな」
    「あぁ、ルーラー特権のアレですか。今回の聖杯戦争はこれまでと趣が異なりますし、そのシステムは適用されていないのだと思います。それに召喚されたサーヴァント全員分の令呪となれば、それこそ膨大な数になるでしょう」
     あまり想像したくありません、と緩く頭を振る天草に、同感だ、とエミヤも首肯する。サーヴァント一騎につき二画が付与されるのだ。服の下は令呪に埋め尽くされていましたといった姿は確かにぞっとしない。
    「もしかしたらジャンヌ・ダルクにはあるかもしれませんが。なにしろ私はバグ聖杯に喚ばれたルーラーですし」
     ふふ、と冗談めかして笑う天草に自嘲は感じられず、知らずエミヤは安堵の息を吐く。
    「バグか。腕が動かなくなるのとなにか関係があると思うかね?」
    「さぁ。無理矢理こじつけるなら、私の宝具が両腕に起因しているということくらいしか考えられません」
     おそらく考えても無駄です、と早々に話を終わらせたところを見ると、そこにはあまり触れて欲しくないらしい。
    「そうか。回路が一時的に閉じているのかも知れないな」
     難儀なことだ、と軽く肩を竦めたエミヤに、まったくです、と天草はやや不服そうに返した。
    「参考までにこれまでどのような『変調』があったのか聞かせてもらいたいのだが」
     タオルを折り返しつつエミヤが問えば、一度は流れた話題を再び持ち出され、天草はあからさまに目をそらすことはしなかったが、困ったような羞恥を押し隠すような微妙な笑みを浮かべた。
    「その、大したことはないのですが、視力が若干落ちたり、声が出なくなったりとそれくらいですよ」
    「なら先ほどそう言えば良かったのではないかね?」
     下手に言葉を濁す必要などないではないか、と更に畳み掛ければ無駄な問答だと諦めたか、天草は観念したように小さく息を吐くと「お耳を」とエミヤに顔を寄せるよう所望する。
     誰が聞いているわけでもないだろうに、と思うもエミヤが要望通り口元に耳を寄せれば、天草は一瞬、躊躇うように開きかけた口を噤むも腹を括ったか「実は……」と掠れた声を押し出した。
    「幼子の姿になったことと、あと、女性のように乳房が……」
    「わかった。すまなかった。それは聞くべきではなかった」
     皆まで言わせずエミヤは即座に謝罪の言葉を口にすると、僅かに赤らんでいる天草の顔にタオルを押し当て、「そのことはマスターには報告しない」と告げれば、「助かります」とくぐもった声が手の下から漏れたのだった。

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    2016.04.16
    ラッキースケベは男の浪漫だろぉ※ぐだ男とロビンのぐだぐだな会話からの温泉へGOな話です。
    途中から天草に乳がつくのでご注意ください。
    ぐだ男が天草の乳を揉んでますがeroではありません。むしろなぜeroにならなかった……?


    「なんていうの? ルーラー超優しいよね……」
     ばったり、とテーブルに突っ伏したまま、げんなり、といった様子を隠すことなく垂れ流すマスターの言わんとすることを察しつつ、ロビンフッドは「来るまでが超ツライですけどね」と現実を突きつけた。
    「素材、集まらなかったんですね」
    「うぅ、八連双晶が足りないですぅ。ピースとモニュメントしか使わないルーラーまじ優しい」
     巌窟王にせっつかれ、休息日にも関わらずジャンヌ達を連れてレイシフトしたと聞いたときは「ご愁傷様」くらいにしか思わなかった。だが、随分と駆けずり回ったのか疲れ果てて帰還した姿を目にしたロビンフッドは、こういうときにいち早く労いにやって来る赤い弓兵がどういうわけか現れないため、代わりと言ってはなんだが少しは労ってやるかと仏心を出したのだ。
    「初っ端から十個必要とか言われてもこーまーりーまーすー。嫁王様に使ったばかりでオケラですぅ」
     むーりーほんとむーりー、と半ば泣き言じみたマスターの発言に、竜の牙と虚影の塵を二桁必要とするロビンフッドは、そっ、と目をそらした。
    「あー、それじゃやっこさんにねちねち言われたでしょ」
     執念深さにおいては清姫を抜き現状トップであろう巌窟王の言動を想像し、ロビンフッドは、ぶるり、と身を震わせる。
    「いやそれが、俺も覚悟して戻ってきたんだけど、ジャンヌが『安易に力を求めるのは好ましいことではありませんが、貴方も一日でも早くマスターのお力になりたいのですね』って聖女スマイル全開で言うもんだから、エドモンすんごい顔のまま黙りこくっちゃってさぁ……うん、なんかごめんって気になった」
     ちょっとやりすぎちゃったかなテヘペロ、と女性がやれば愛らしい仕草かも知れないが、マスターのはないわー、とロビンフッドが引いていることなど露知らず、身を起こしたマスターは、ぐっ、と力強く拳を握った。
    「こんだけ頑張ってる俺にご褒美として、そろそろ水着回とか温泉回とかあってもいいんじゃないかな!」
    「ほんとアンタがなに言ってんだか時々理解できませんわ」
    「なんで! オケアノスでなにもないわけ!? 海! 海ですよ!? 海ときたら水着で! 浜辺で!! きゃっきゃうふふで波がざぶーんでビキニの紐が外れてポロリもあるよ!!! だろ!?」
    「あの状況下でそんなこと考えてたとか、ある意味感心しますわ……」
     正直、黒髭のキャラが濃すぎてあの辺りの記憶は曖昧なのだが、それでもそんな阿呆なことが入り込む余地はなかったはずだ。
    「水着が季節モノでダメなら温泉! 温泉なら季節関係ないし!!」
     あっこれは本格的にマスターはお疲れだぞ色々な意味で、とロビンフッドが可哀想な生き物を見る目を向けていることに気づいていないマスターの口はくるくると回り続けている。
    「混浴と知らずに入ってきてばったり鉢合わせて、その拍子にタオルが外れて『きゃーマスターのえっちぃ』的なヤーツ!」
    「そんな初々しい反応するのがここに居るとは思えないんですけど」
     普段から、谷間とおへそがセクシーですね! な聖女様や、それもう乳首も見えますよね!? なぽんぽこや、それ見せパンですか!? な暴君や、チューブトップがとても健康的ですね! な叛逆の騎士様と、女性サーヴァントは常に露出度の高い者が多いのだ。性格的にも裸を見られて、きゃー、などと殊勝な悲鳴を上げるとは到底思えない。
    「そっそんなことはないんじゃないかな! ほら、アルトリアなんかどーよ!? 普段、毅然としてる分、突然のことにはわわったりしないかな!」
    「騎士王様は羞恥で宝具ぶっ放す系だと思いますけどねぇ」
    「ごめんなさいさすがに宝具ぶっぱは問答無用で死んじゃう」
     仮にこれがビンタでもただの人であるマスターでは結果は大して変わらないと思うのだが、想像だけですでに、しょんぼり、しているマスターに追い打ちをかけるのは酷であると、ロビンフッドは口にすることは控えた。
    「ラッキースケベは男の浪漫だろぉ……」
     さめざめと顔を覆ってしまったマスターの肩を、ぽん、と叩き、明日はイイコトありますって、と気休めを言うしかなかった。


     割と楽天的な発言が多いため疎かにしがちだが、やはり心のケアも大切だよね、とロビンフッドから相談されたロマニは二つ返事で頷くや、即座に最適な場所の検索に入った。
     マスターひとりで行かせるのも味気ないし、それ以前に世界で最後のマスターには護衛が必要だろうと、数人のサーヴァントを同行させることにしたのだった。
     それを踏まえた上で翌日には温泉街付近へのレイシフト準備を滞りなく済ませたロマニは、えっへん、と胸を張るも、
    「ラッキースケベを体験させてあげたかったんだけど、力及ばずで申し訳ない」
     居並ぶ面々を前に大真面目な顔で頭を下げれば、「その気持ちだけありがたく受け取っておくよ」とマスターは乾いた笑いを漏らした。
     平たく言えば女性サーヴァントを同行メンバーに加えることができなかったのだ。マスターの名誉のために付け加えるが、希望者が居なかったわけではない。むしろ多くてそこから数名を選ぶことができなかったのだ。
     公平を期すために男性サーヴァントのみに絞り、平和的に話し合って貰った結果がここに居るメンバーである。
    「お風呂好きのマリーは酷く残念がっていたから、また今度機会を作って全員が行けるといいねぇ」
    「いっそ何組かに分けて慰安旅行ってのもいいかもね」
     ははは、と笑いながら呑気なことを言っているロマニとマスターを一歩下がったところで見ているエミヤが溜息をつけば、隣の天草が「思ったよりお元気そうで良かったです」と小さく笑った。
    「じゃあそろそろ行きますか」
     このままではいつまでも雑談をしていそうなふたりの間に割って入ったロビンフッドは、『言い出しっぺ』として問答無用でメンバーに加えられたのだ。
     エミヤと天草は見た目からして兄弟で通用するだろうが、そこにロビンフッドが加わると途端にどういった関係かわからなくなる。怪しさ全開だろ! と抗議するもマスターの「だいじょーぶ! 堂々としてれば誰も突っ込んでこないから!!」との根拠のない自信に押し切られてしまったのだった。


     あー生き返るぅ……、とだらしなく湯に沈み込んだマスターに、溺れないでくださいよ、と冗談を飛ばし、ロビンフッドも、そろり、と湯に入り込んだ。
     ぐーっ、と湯の中で手足を思い切り伸ばし、ロビンフッドは空を見上げる。茜色と紫紺が混ざった空には星がいくつも瞬き始めている。
     特に催し物がある時期ではなく、飛び込みでもどうにかなるだろう、とエミヤが率先して宿探しをし、無事に腰を落ち着けたのが昼を回った頃であった。ちなみにどのような関係かを聞かれた際はシンプルに「友人です」で通すと決めていたが、幸いなことにその点について触れられることはなかった。
     畳に横になり、ちょっと休憩、と言ったマスターがものの数秒で寝息を立ててしまったため、この時間に温泉を堪能することとなったのだった。
     この場にいない二騎は、念のため辺りを一通り確認してくると言って出て行き、各々、別ルートを行ったので戻り次第来ることにはなっているが、一体どれだけかかるやら、とロビンフッドは胸中でごちる。
     偵察ならば天草よりも自分の方が向いていると言ってはみたが、例の全てをやんわりと拒絶する笑みを浮かべて首を横に振られてしまっては打つ手がなかった。
     柔軟なようで居て非常に頑固なのだ、あの聖人は。
    「ふたりとも遅いねー」
     存外気の短いマスターが出入り口に顔を向け、まだかなーまだかなー、と言わんばかりに首を伸ばす。
    「早くエミヤのボディ生で拝みたいなー。楽しみだなー」
    「はい!?」
     思いもかけぬ言葉にロビンフッドは思わず裏返った声を上げてしまった。
     え? なに? と不思議そうな顔で首を傾げるマスターに、聞き間違いであってくれとの願いを込めて「今なんて言いました?」と問い返すも、返ってきたのは一言一句違わぬ言葉であった。
     アァソウデスカ、とロビンフッドが片言になっていることには一切構わず、マスターは言葉を重ねてくる。
    「逆三角形で超かっこいいし、俺エミヤの身体超好きなんだー」
     ガッとしててキュッとしててすごい触ってみたい、と擬音と身振り手振りで主張するマスターは特段邪な感情を抱いているわけではなさそうだが、それにしたって誤解を招きそうな発言である。
    「でも筋力Dって、現実は残酷だよね」
     ふっ……、と苦い笑みを漏らしたマスターに、「英雄補正は如何ともし難いですねぇ」と筋力Cのロビンフッドは遠い目をするしかなかった。


     その頃、脱衣所では天草が渋い顔で立ち尽くしていた。
     チリチリ、と断続的に走る腕の痺れに、間が悪いですねぇ、と肩を落とす。これは例の変調の前触れなのだが、なにが起こるかわからない以上、無視して呑気に湯に浸かるわけにはいかない。
    「マスターにはあとでお詫びをしましょう」
     まだ腕が動くうちに着替えやタオルを抱え、そろり、と忍ぶように出入り口へと向かうも、背を向けた露天風呂側の出入り口が、がらり、と勢いよく引き開けられると同時にかけられた声に、天草は反射的に背筋を伸ばした。
    「あー天草やっと来た!」
     マスターのカンとでも言おうか、まるで見計らったかのようなタイミングに天草は内心で神を罵倒しかけるも寸でのところで思いとどまり、ゆうるり、と振り返った際も笑みは忘れなかった。
    「遅いから迎えに行こうと思ったんだけど、なんで出て行こうとしてんの?」
     忘れ物? と疑うことなく純粋な眼差しで問うてくるマスターに、天草は内心で謝り倒しつつ、はい、と完璧な笑みを浮かべたまま頷き、では失礼します、と踵を返し足早に立ち去ろうとするも時既に遅し。
     痺れが回りきった腕は最早感覚が無く、己の意思に反して、だらり、と横に垂れ下がった。
     ばさばさ、と取り落とした物に、しまった、と舌打ちする間もなく、即座に駆け寄ってきたマスターが「どうした!?」と焦りも露わに肩を掴み、くるり、と天草の身体を反転させた。
     刹那。
     ばつん! と弾け飛んだボタンがマスターの眉間を直撃したが、それは些細なことであった。
     ゆさり、と質量を伴って揺れる、白いシャツの下から零れんばかりに現れたものは、どう見ても男にはあるわけのないモノで。
     今回はよりにもよってこれか、と天草は自分の胸を見下ろし、絶望感に打ち拉がれる。
    「あの、マスター、これはですね……非常に申し上げにくいのですが、その……」
     目を皿のようにして自分の胸元を凝視するマスターにさすがに羞恥心が湧いたか、天草は状況を説明しようとするもしどろもどろでちっとも先に進まない。
    「きちんとまだ説明できていませんでしたが──ぎゃっ!?」
     距離を取ろうにも肩を掴まれたままで、それでもどうにかしようと身じろいだ瞬間、ものすごい勢いで両の乳房を鷲掴みにされ、天草の口から悲鳴が上がった。
    「まっますた、いたっ、痛いですっ」
    「えっなに? ちょ、なんで天草におっぱいついてんの!? 本物? 本物なの!?」
     痛い痛い、と訴えてくる天草の声など聞こえていないのか、もにゅんもにゅん、を通り越し、もぎゅんもぎゅん、と揉み倒してくるマスターは、完全に加減を忘れている。
    「掌に収まらないとか、なにこのワガママボディ!? ベビーフェイスに乳上並のおっぱいってなんなの? エロゲなの!? リアルにボタン弾け飛ぶとか男の浪漫詰め込み過ぎだろ!? ラッキースケベは実在したよドクタ……」
    「このたわけがッ!」
     ふわぁお、とまるでお花畑にいるようなふわふわした笑顔で、今にも豊満な谷間にダイブしそうなマスターの頭を、スパーンッ! と張り倒したのは、一足も二足も遅れてやってきたエミヤであった。
    「キミのはただのスケベだ!」
    「ふぎゃん!」
     さすがに手加減はしたであろうが、それでも、ゴロゴロ、と床を転がり積んであった脱衣カゴに突っ込んだマスターを横目に、エミヤは散らばっていた衣服の間からバスタオルを拾い上げると天草の肩にかけた。
    「なになに? どうした?」
     騒ぎを聞きつけたロビンフッドが顔を出すも、脱衣所の惨状に言葉が出ない。マスターは床に転がってカゴに埋もれているわ、天草ははんべそでタオルの前をきつく握り締めているわ、エミヤは眉間のしわが倍増だわ、どう考えても首を突っ込める空気ではない。
    「どういうことか説明して貰おうか、マスター」
     うー、と唸りながら起き上がったマスターの前に仁王立ちになり、エミヤが静かに説明という名の申し開きを求めれば、マスターは叩かれた頭をさすりながら、こてん、と首を倒した。
    「そこにおっぱいがあったから?」
    「たわけ。カエサルの腹を掴むのとはわけが違うのだぞ」
     まさか本当にエミヤの胸に触ったのか? とロビンフッドは先のマスターとの会話を思い出すも、それだと天草がべそをかいていることに説明がつかない。
    「なに? どうしたの?」
     さすがにマスターとエミヤの間には割って入れず、ロビンフッドは天草に近づくと、こっそり、声をかけた。
    「マスターがおっぱいとか言ってるけど……なに?」
     ロビンフッドに悪気がないのはわかっているので、天草は、うぅ、と逡巡するも諦めたようにタオルを少し開いて見せた。
    「これです……」
    「え? あれ? おたく女の子だったっけ?」
     天草の顔と胸元を数度往復したロビンフッドの視線が胸元で止まり、天草は「違います」と否定するも羞恥からかその声は小さい。
    「こりゃ派手に掴まれたな。赤くなってる」
     そりゃべそもかくわなぁ、とロビンフッドはマスターの所行に呆れるしかない。
    「まったく。引きちぎる勢いで掴んでいいのはカエサルの腹だけですよ、マスター」
    「ふたり共カエサルになにか恨みでもあるの!?」
    「カエサルの腹はさておき。私はキミに天草が変調をきたした際、腕が動かなくなることを報告したな?」
    「はい、聞きました」
     強要されたわけではないが自然と正座になっているマスターを見下ろし、エミヤが淡々と事実確認をしていく。
    「では、先ほどの行為は抵抗できない相手と知った上での凶行ということでよいのだな?」
    「いや、そこまで考えてないというか、おっぱいに全部持っていかれて、すっかり忘れてたというか」
     おっぱいに目が眩みました、と真顔で言い切るマスターに、はぁー、とエミヤが肩を落とす。
    「大体、男の天草に乳房がついてる時点でおかしいと思わなかったのかね」
    「おっぱいは別腹? 的な?」
    「おやつ感覚で言われても困ります」
     あまりにも悪気なくおっぱいおっぱい言うマスターに、天草は泣いていいのか笑っていいのかよくわからなくなっている。まぁ引かれるよりはいいか、とこの辺りで場を納めようと天草が口を開きかけたその時、怪訝に眉を寄せていたロビンフッドが「なぁ」と先に声を発した。
    「天草の腕、ちゃんと動いてんだけど」


    「あくまで推測でしかないが、意見をまとめるとこういうことか?」
     いつまでも脱衣所で話しているのもなんだ、とロビンフッドが率先して場所を露天風呂に移して色々と考えた結果。
     バグ聖杯の影響で天草は魔力の循環に狂いが生じ、変調をきたす。
     腕が動かなくなるのは宝具の暴走を防ぐための安全装置である。
    「おそらく、マスターが直に触れたことによって、魔力の流れが補正されたのだろう。だが、正常な状態に戻せる程ではない、と」
     腕は動くようになったが姿形は戻っていないことから、一同はこう結論づけた。
    「じゃあ、次そうなったらまた揉めばいいってこと?」
    「今回はたまたまこうなっただけで、いつも乳房がつくわけではありませんよ」
     エミヤの後ろに身を隠しながら困ったように顔を覗かせる天草に、隠れなくてもいいのにー、とマスターは不満顔だ。
    「どの口がそれを言うか」
     隙あらば男の浪漫とやらを堪能しようとするマスターを、じとり、と見やり、エミヤはわざとらしく嘆息する。
    「エロゲの主人公に俺の気持ちがわかるかー! 今も背中に天草のおっぱい押しつけられてるくせになにその涼しい顔ーッ!!」
     俺だってラッキースケベになりたいーッ! とお世辞にも褒められたことではない内容を大声で嘆き、わぁっ、と顔を覆ってしまったマスターの肩を、ぽん、と叩き、ロビンフッドは「これが格差社会ってヤツですよ」とトドメを刺したのだった。

    ::::::::::

    2016.04.20
    難儀なことだなぁアンタ。色々と※前回の話の後日談的なヤーツ。
    ぐだ男がおっぱいおっぱい言いすぎたからフォローするハズが、違う方向でダメさを発揮した。


     すっ、と目の前に差し出された物に天草は二、三度瞬きをしてから、それを持っている腕を伝うように顔を上げた。
    「なんでしょうか?」
     僅かに首を傾げて問えば、クリスマスカラーのリボンが不満そうに揺れた。
    「よい子にプレゼントだ」
     さぁ受け取れ、と言わんばかりに堂々と立ち、微動だにしないサンタオルタの表情は乏しいが、目元は穏やかなことから察するに、なにか含みがあるわけではないようだ。
     カルデアの職員が健在の頃は喫煙所として使われていたここは、若干隔離されている上に染みついた煙草の匂いを厭うてか滅多に人も通らず、ひとり静かに聖書を読むにはうってつけの場所であった。
    「クリスマスはまだまだ先ですよ」
    「よい子がいればプレゼントを渡す。サンタさんは細かいことは気にしないものだ」
    「ですが私はなにもしていませんよ?」
    「先ほど幼女の相手をしていただろう。あれがえらくご機嫌だったからな」
     幼女と言われて思い当たるのは、一時間ほど前に、ひょこり、と現れたナーサリー・ライムしかいない。
     だが、「あなたもご本が好きなの?」と壁の向こうから伺うように顔を覗かせてきた彼女を手招き、しばし他愛のないお喋りをしただけである。
     会話が途切れた際、遠慮がちにではあったが胸に手を伸ばされ、二度三度と撫でられたのにはさすがの天草も面食らったのだが。
     何事かと言葉を無くしている天草を見上げ「今日は女の子じゃないのね」と幼女が心底残念そうに言い、更に言葉を失うも「色々なモノになれるなんて魔法みたいで素敵だわ」と続けられた言葉で、かろうじて天草はダメージを受けずに済んだのだった。
    「よい子の相手をした貴様もよい子で良かろう」
     受け取るまではテコでも動かぬといった、間違った方向にサンタ魂を無駄に燃やしているサンタオルタに負けたか、天草は開いていた聖書を膝上で静かに閉じた。
    「それではありがたく頂戴します」
     両手で恭しく受け取れば、よろしい、と満足そうにサンタオルタは頷いたが、ふと思案顔になるや引っ込めかけた手で天草の頭を、よしよし、と撫でた。
    「あの……」
     突然のことに天草が困惑も露わに上目でサンタオルタを見れば、サービスだ、と返された。
    「トナカイの我が儘を聞いてやったのだろう? ご苦労だったな」
     それでは、と颯爽と去っていくサンタオルタの背中を見つめ、なにがなんだか……、と天草は呆然と呟いたのだった。
     気分を変えようとナーサリー・ライムに貰った飴を口に含み、再び聖書を手にしたその時、ふらり、と現れた人物に天草は僅かに目を丸くする。
    「お、ここに居たか」
     よっこいしょ、と隣に腰を下ろしてきたのはキャスターのクー・フーリンで、天草は知らず背筋を伸ばすと僅かに身を引いた。その様子に気づいてはいるがクー・フーリンは触れることなく、身を屈めて天草の顔を覗き込んだ。
    「今日は大丈夫なのか?」
     自分の腕を、ぽん、と叩いて示してみせるクー・フーリンの言わんとすることを察し、天草は、はい大丈夫です、と頷く。
    「しかし、難儀なことだなぁアンタ。色々と」
    「はぁ……」
     クー・フーリンの言う「色々」全てが思い当たるワケではないが、確実に言えるのは今朝のことだろう。
     先日の二泊三日の温泉レイシフトから帰ってきてから数日は何事もなかったのだが、今朝になっていきなりマスターが天草に向かって土下座をしたのだ。
     そして──
    「温泉ではおっぱいおっぱいすみませんでしたぁ!」
     と力の限りに叫んだものだから、その場に居合わせた事情を知らない者達は目を剥き、その叫びを聞いたエミヤは厨房からすっ飛んできた。
     そう、ここは食堂であった。
    「えっそんな、やめてくださいマスター」
     何事にも動じずいつも微笑んでいる天草が狼狽える様を珍しいと思う余裕もなく、サーヴァントたちはマスターの行動にドン引きである。
     おろおろ、と膝をつきマスターを起こそうとする天草を制し、エミヤが背後からマスターの脇の下へ腕を入れ、ばりばり、と床から引き剥がすように強引にその身を引き起こした。
    「なにをしているマスター」
     ぶらーん、とぶら下げられたままマスターは首を捻ってエミヤを見るや、「筋力Dでもさすがサーヴァント」と偽らざる本音を漏らし、エミヤの眉間のしわが一層深くなる。
    「いや、改めて自分の行動を振り返ったら、即物的すぎて死にたくなったというかなんというか」
     温泉でのアレは知らず溜め込んでいたストレスの反動であぁなったのだろうと、温泉に同行した者の間ですでに話はしていたため、カルデアに戻ってから蒸し返すつもりは三人にはなかったのだ。
     それでも自分の行動を顧みることができるようになったのは良いことだが、スライディング土下座からのあの第一声はいただけない。
    「死なれては困るが、時と場所を考慮してくれればもっと良かったと言うべきか」
     はー、とエミヤが深い深い溜息をつきながら、ゆるゆる、と首を横に振る。天草自身、どこまで『変調』のことを皆に黙っているつもりだったのかは知る由もないが、こうなってしまった以上隠し通せることではなく。
     なし崩しに天草の『特異な体質』は皆の知るところとなったのだった。
     一通りの説明を終え、既に食事の済んでいた天草は食堂を後にしたのだが、問題はその後起こったらしい。
     そうでなければこれまで天草とそれほど関わりの無かったクー・フーリンが、わざわざやってくるわけがないのだ。
    「温泉から戻ってきたマスターが憑き物が落ちたみたいに、随分とスッキリしたツラぁしてたからなにかあったとは思ってたが……」
     そこまで言ってクー・フーリンは膝に肘をつき掌に頬を乗せると、心底呆れたように目を細めた。
    「マジで乳枕してやったわけ?」
    「はい。一生のお願いと言われては無碍にもできませんし」
     揉んだり吸ったりしないからほんと一生のお願い! おっぱいに優しく受け止められて癒されたいんですぅ!! と鬼気迫るお願いをされては『断る』という選択肢は天草にはなかった。
    「散々揉まれて痛い目みただろうに、気が知れないねぇ」
    「まぁ驚きはしましたが、マスターも悪気があったわけではありません、し……?」
     受け答えをしながらなにかおかしいと気づいたか、天草は笑顔のまま凍り付くと、あの……、と恐る恐るクー・フーリンに問いを投げた。
    「マスターは、どこまで、お話されたので、しょうか……?」
     土下座と共におっぱいという単語が飛び出した以上、不本意ながら乳房がついたことまでは説明に含めたが、なにが起こったのか詳細は割愛したのだ。
     内心の動揺が隠せないのかつっかえつっかえ言葉を押し出した天草に、クー・フーリンは、そうさな、と宙に目をやってから、ひーふー、と数えながら指を何本か折りたたむ。
    「どこまでと言われれば全部だな。まぁ、アンタの話が終わってから割と早めにアーチャー……あぁいやエミヤが残ってたヤツらを散らしてたからな、実際になにがあったかを全部聞いたのは四~五人ってトコか」
    「あぁ、それで……」
     先のサンタオルタの言っていたことにようやく合点がいき、天草は聖書を額に押し当て、ゆるゆる、と息を吐いた。
    「参考までにその場にどなたが居たか教えていただけませんか?」
    「ん? 直接マスターと話したのは俺と子ギルだが、近くで確実に聞いてたのはサンタオルタと巌窟王だな。ちびっこいのは居たには居たが聞いてたかどうかまではわかんねぇな」
     そこにアストルフォの名がなかっただけでも僥倖だ、と天草は額の聖書はそのままに神に感謝する。あの理性が蒸発したポンコツ騎士に知られた日には、一体どんな目に遭うか想像もつかない。なにが一番厄介かというと、彼の行動には一切悪気がないのだ。
     名の上がった者達ならば他者に触れ回ることもないだろう、と安堵で胸をなで下ろし、天草はようやっと顔を上げるとクー・フーリンに軽く頭を下げた。
    「わかりました。ありがとうございます」
     そう言うなり立ち上がった天草に、クー・フーリンは隠すことなく苦笑する。
    「おいおい、エミヤには懐いてるのに俺には素っ気ないのな」
    「そんなことありませんよ」
     柔和な笑みと共に寄越されたそれは、果たしてどれに対する否定の言葉であったのか。穏やかな口調と微笑みで煙に巻くことに長けた聖人の腕を掴み、クー・フーリンは僅かに語気を強めた。
    「俺は誤魔化されるのは嫌いなんだが」
    「そのようなつもりはないのですが、お気に障ったのでしたら申し訳ありません。正直に申し上げると、信仰する神は違えども、神の血を引くあなたと言葉を交わすのが畏れ多いのですよ」
     天草は困ったようにそう告げると、やんわり、とクー・フーリンの手を外し、失礼します、と一礼し去っていった。
    「まさか神様扱いされるとはねぇ……」
     遠離る足音を耳にしつつ、クー・フーリンはおもしろいものを見たとでも言いたげに口角を上げる。
     暫しじっとしていたが辺りに動く者の気配がないことを確認してから、クー・フーリンはおもむろに天井の隅に設置されてる監視カメラに向かって口を開いた。
    「どうせ覗き見してんだろマスター。良かったな、怒ってないぞアレ」
     話は終わったからとすぐに食堂を出た天草に他意はなかったのだが、自分の不用意な行動で彼を怒らせたと思ったマスターに泣きつかれ、クー・フーリンは探りを入れに来たのだった。
    「『仏の顔も三度』ってことわざがあるんだろ? 次になんかあっても俺は知らねぇからな」
     ビシッ、とカメラに向かって杖の先を突きつけてから、クー・フーリンは音も立てずに監視カメラの有効範囲から姿を消したのだった。


    「天草なんなのあの子マジ天使なの……?」
     クー・フーリンが喫煙所に来る前から監視カメラの映像をモニタリングしていたマスターは、天草がひとりで聖書を読んでいるところはもちろんのこと、ナーサリー・ライムとのやり取りもばっちり見ており、「天使がふたり……!」とモニタ前で、わぁっ、と顔を覆い、サンタオルタに撫でられているところでは「サンタオルタ優しい! 天使かっ!? 上目遣いの天草も天使かッッ!!」とやり場のない昂ぶった感情を、ばんばん、と操作パネルに叩きつけ、クー・フーリンとのやり取りは真面目な顔で息を詰めて見守っていたが、最後の最後で「神様尊い(意訳)しちゃう天草マジ天使……!」と息も絶え絶えになっていた。
    「自分のマスターにこういうのもアレですけど、あの人サーヴァント好きすぎてびっくり通り越して真顔になりますわ……」
     マスターがこれ以上おかしな行動を起こして裏目に出ないよう、こっそり様子を窺っていたロビンフッドとエミヤは「俺のサーヴァントが天使すぎてツライ」と震えているマスターの背中を生ぬるい眼差しで見守るしかなかった。

    ::::::::::

    2016.04.23
    獣耳キタコレ※一度はやっておきたい獣耳。全然活かせてないけどやりたかったんや('、3_ヽ)_
    今回はいつにも増してぐだ男がダメでアレな感じ。


     常々、天草はエミヤに懐いているし、エミヤは天草に甘いなぁ、とマスターは思っていた。ただ、エミヤに関しては割と誰に対してもそのような傾向にあり、天草はといえば「頼れる仲間がいるというのはいいですね」と控えめに口にすることがあったので、お兄さんができたくらいの感覚なのだろうと、そう思っていたのだ。
     そう思っていたのだが──
     扉の先の光景にマスターは言葉を発することができず、ぽかーん、と阿呆面を晒している。
     ここは天草の部屋で、彼が居るのはわかる。
     そこにエミヤが居ても、なにか用事があったのだろうと解釈できる。
    「マスター? なにを呆けている」
     わからないのはエミヤが真顔で天草を膝枕している目の前の現実であった。天草はこちらに背を向けているため表情は窺えないが、着ている物も彼が寝間着としている浴衣で、ぴくり、とも反応しないことから眠っているのだと推測される。
    「今日は長髪なんだ……」
     現実逃避のようなマスターの呟きにエミヤは怪訝に眉を寄せたが、話を進めるのが最良であると判断したかそれについては華麗にスルーをした。
    「彼に用かね? それとも私にかね?」
    「あ、あぁエミヤに用が。厨房にエミヤがいなくてアルトリアがこの世の終わりのような顔をしてたから」
     素材探しのレイシフトから帰還し、疲れを癒すには甘い物ですよね! とセイバー・リリィが無邪気に辺りに花を撒き散らし、今日のおやつはなにかなー? とアストルフォが足取り軽く食堂へと踏み込めば、普段はそこそこ女性サーヴァントが居る時間であるにも関わらず、今日は驚くほどに静まり返っていた。
     一体どうしたことか? と室内を見回した一行が目にしたのは、明かりの落とされた厨房の前に佇む騎士王の背中であった。
     彼女たちを食堂に残し、マスターはエミヤを探してカルデア内を駆け回った結果、ここに辿り着いたのだった。
    「もうそんな時間か」
     やれやれ、と言わんばかりに肩を軽く竦め、エミヤはいつまで経ってもその場を動こうとしないマスターを手招く。
    「はらぺこ王をこれ以上待たせるのも酷だろう。代わって欲しいのだが」
    「代わるって、え? 膝枕すんの?」
     おそるおそるといった体で近づき天草の顔を覗きこもうとしたマスターだが、違和感を覚えたか一瞬動きを止め、再度、慎重に天草の様子を窺う。
     下ろされた髪に紛れてわかりにくいが、耳の形状が明らかに人の物ではなくなっている。
    「……獣耳キタコレ」
    「朝食時にも昼食時にも姿がなかったので様子を見に来たらこの状態でな。ずっと微睡んでいるから話を聞くことすらできん」
     耳の形状と状況から察するに猫かー、とマスターが呑気に考えていることなど知らぬエミヤの説明は続く。
    「寝てるだけなら一緒にいる必要ないんじゃ?」
    「離れようとするとぐずるのだから仕方あるまい」
     困ったものだ、と言いつつもその手は優しく髪を梳き頬を包むように柔く撫でれば、天草からも擦り寄るように僅かに頭が揺れた。
     その様に、なにこの生き物マジ天使ッ! と身悶えんばかりにマスターの内心が荒ぶっていることに気づかぬエミヤは、早く代われ、と目で訴えてくる。
    「それに、ただぐずっているだけならいいのだが、どうやらカルデアから供給される魔力だけでは足りないらしい」
    「えっなにそれ?」
    「言っただろう? 話を聞くことができんと。だから憶測でしかないが、他から供給してやらなければ最悪、消えてしまうかもしれないということだ」
    「待って待って!? それ超困るー! 天草いなくなるのダメ! 絶対!!」
     さらり、ととんでもないことを言い出したエミヤにマスターは、ぎゃー! と悲鳴を上げるもなにに気づいたか、はた、と動きを止めた。
    「ひょっとして、ずっと魔力わけてあげてた?」
    「最低限だがね。他の英霊と比べて私の魔力が質、量共に劣っているのは、自分がよくわかっている」
     自嘲でもなんでもなく事実のみを考慮した結果、現状維持しかできなかったという報告だが、マスターは「グッジョブ!」と親指を立てた。
    「できれば他の者にも協力を仰ぎたいところだが」
    「大事にして天草が居心地悪い思いするのもやだしなぁ」
     神話級のサーヴァントならば魔力の質、量共に一級品だが、他者の手を煩わせたと知れば、天草が落ち込むだろうことは容易に想像がつく。
    「長くても今晩一晩だから、俺とエミヤでどうにか頑張ろう。ダメそうだったらロビンも呼ぼう」
     本人のあずかり知らぬところでアテにされているロビンフッドを不憫に思うも、これまでも散々巻き込まれているし今更か、とエミヤはエミヤで酷いことを考え、こくり、と首肯する。
    「では、失礼して……」
     天草の頭を、そっ、とベッドに下ろし、立ち上がったエミヤと入れ違いにマスターが腰を下ろせば、その僅かな時間すらも不満であるのか、うっすらと目を開けた天草が恨めしそうに鼻を鳴らしエミヤの姿を追いかけた。
    「あっあっ! ごめん、ごめんね!?」
     すかさずマスターが、ずしゃぁ! と寝そべり天草の頭を抱え込むように撫で回せばその勢いに怯むことなく、むしろ嬉しそうに、ぐりぐり、と天草の額がマスターの胸に押しつけられる。
    「エミヤー、天草の髪、超さらさらー、それになんかいい匂いするー」
     ドゥフフ、と黒髭もびっくりな幸せそうな顔で、エミヤ的にはどうでもいいことを報告してくるマスターに一抹の不安を覚えるも、任せられるのは彼しかいないため、ここは目をつぶるしかない。
    「ではあとは任せた」
    「うん、任された。でも俺の魔力もたかがしれてるからなるべく早く戻ってきて」
     なんとも情けないことを決め顔で言いながら、手は休むことなく天草の頭を撫で回しているマスターに、エミヤはやはり不安を覚えたのだった。


    「あー、天草マジ天使」
     頬ずりせんばかりの勢いで、ぎゅうぎゅう、と天草を抱き締めては顔を覗き込み、ドゥフフ、と客観的に見て気色の悪い笑みを浮かべるを数度繰り返し、指先で獣耳を摘んでは、ぴるぴる、と動いて指を払うその様にやはり、ドゥフフ、と笑みを漏らす。
    「尻尾……は無いのか」
     ふと思い立って手を伸ばし腰から下、尾てい骨の辺りを触るも変わった様子はなく、少々がっかりした気持ちになる。
     エミヤと話しているときは気がつかなかったが、くるくる、と小さく喉が鳴っているのは、機嫌がいいのか気持ちがいいのか。
     どっちにしても悪いことではない、と天草の首や頬に掌を滑らせるその顔は締まりがなく、普段の天草が見れば「だらしないですよマスター」と笑顔で苦言を呈しているところだ。
     両手で頬を包んで、まじまじ、と見つめれば、強い視線が気になったか、うっすらと瞼を持ち上げた天草はしばらくそのままでいたが、不意に、ふにゃり、と相好を崩した。
     瞬間、ずばーん! と目に見えないメーターが臨界点を突き抜け、マスターの良心がせっせと築き上げていた最後の砦は脆くも崩れ去ったのだった。
    「もー! 可愛い!! ばか! 好き!!」
     抱き枕よろしく抱え込んで、ごろんごろん、と転げ回りたいところだが、さすがに無機物と同じ扱いをするわけにもいかず、代わりのように、ちゅっちゅちゅっちゅ、と額や瞼、頬、鼻先へと何度も何度もキスをする。
     鬱陶しいと思えば天草から猫パンチなりキックなりが飛んでくるだろうが、くすぐったそうに身をよじるだけで明確な拒絶はなかった。むしろ先ほどより大きく喉が鳴っており、調子に乗って唇に、ちゅっ、と軽く触れれば、天草からも、ちゅっ、と返された。
     それが好意によるものか、単純に魔力の接触供給を求めてかはわからないが、マスターを更に調子づかせるには十分であった。
     薄く開いた唇を柔く食むように塞ぎ、そろり、と舌を差し込めば、探るまでもなく天草の方から舌先を伸ばしてくる。つい、意地悪をしたくなりすぐに唇を離せば、天草は不満たっぷりに鼻を鳴らしたかと思えば、追いかけてきた腕がマスターの首裏へと回り、そのまま、ぐい、と引き寄せられた。
     やだこの子超積極的ぃ! と目を見張るも、体液による魔力供給の方が効率が良いのだと思い出し、そんなに足りなかったのかそっかー、と気分はすっかり餌付けへと傾いてしまった。
     一瞬にして冷静さを取り戻したマスターは逆に舌を吸われながら、これはもう本能で動いてるんだろうなぁ、と必死に取りすがってくる天草の頭を、ゆるゆる、と撫でる。
     今の天草は穴の空いた水瓶に水を注いでるようなもので、エミヤが戻る前に干涸らびるかもしれない、と最悪の状態が脳裏をよぎるも、キス自体は気持ちいいなどと思う余裕はあるのだった。
     ただちょっと苦しい、と身を起こし深呼吸をしている間も天草はマスターを引き寄せようと腕を伸ばしてくるので、その間は全体重をかけて相手の肩を押さえ込む。普段ならば軽く振り払われてしまうだろうが、変調をきたしている時の身体能力は常に人並みのようだ。
     自分の下で、うー、と拗ねたように眉を寄せる天草の表情が新鮮で、ついつい口元が緩んでしまう。
    「さすがにそれはどうよー」
     不意に耳に届いた平坦な声にマスターが、はっ、と顔を上げれば、一体いつの間に入ってきたのか扉の前にはロビンフッドの姿があった。
    「ロビン? なんで居るの?」
    「赤いのの代わりですよ。やっこさん『顔色が悪い』って騎士王に捕まって身動き取れなくなったんで、どうしてもって頼まれたから仕方なく来てみれば……」
     そこまで言って、はー……、と大仰に溜息をつくロビンフッドの言わんとすることがわからず、マスターはただただ首を傾げるだけだ。
    「若さ故の過ちってヤツですかい? 見なかったことにします?」
     これでも口は固いんで、と真顔で提案してくるロビンフッドに、ますます意味がわからない、とマスターの頭上に巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。
    「あー、じゃあ天草に聞くわ。同意の上ってことか? この状況は」
    「はい。マスターに非はありません」
    「はぇ!?」
     間抜けな声と共にロビンフッドに向けていた顔を天草へと戻せば、いつもの穏やかな微笑を見せる顔がそこにはあり、彼が元に戻ったことを喜ぶ以前に、マスターはここにきてやっとこれが客観的に見てどういう状況であるかを理解したのだった。
     一言でいえば『マスターがサーヴァントを押し倒しています』というやつだ。
    「むしろマスターにはご迷惑をおかけして申し訳ない限りです」
    「いや全然ちっともまったく迷惑なんかじゃないしむしろ役得というか天草超可愛かったです!」
     動揺からかいらぬことを口走るマスターにロビンフッドは、だめだこいつはやくなんとかしないと、と額を押さえ、天草はなにも言わず、ただただ微笑を浮かべるだけだった。


     後日改めてことの顛末を聞いたエミヤは「大事に至らずなによりだ」としか言わなかったが、天草が三日ほど霊体化して誰にも姿を見せなかったことから、獣耳になっている間のこともしっかり記憶にあり相当恥ずかしかったのだろうと、そのことには触れないようマスターに言い含めたのだった。

    ::::::::::

    2016.05.02
    体質改善的な?※バグ聖杯に喚ばれた天草はこのままじゃマズいよね?とぐだ男もちょっとは考えてたんだよって話。


     ここ数日、カルデア内には異様な空気が流れている。原因は明らかなのだが誰も突っこむに突っこめず、ただただひたすらにそれを意識しない、見ないようにしているのだった。
    「清姫に背中から刺される未来しか見えないんですけど」
    「同感だな」
     主にマスターが、と緑色と赤色の弓兵が前方を行くマスターの背中を眺めながら物騒なことを漏らす。それを知らぬマスターは自分の隣を歩く天草になにやら話しかけ、それに応じる天草はいつも通り微笑を浮かべている。
     そこだけ見れば何らおかしなことなどない普段と変わらぬ光景なのだが、常と異なる点がひとつあった。

     マスターと天草が手を繋いでいる。

     これが現在カルデアの空気をおかしくしている原因であった。
     特に変わった様子のなかったふたりが一夜明け、仲良く手を繋いで食堂に現れたときの衝撃を、凍り付いた食堂内の空気を、エミヤとロビンフッドはつい先ほどのことのように思い出せる。
     先日の獣耳の一件で「天草ぎゃんきゃわぁぁぁぁ!」を隠さなくなったマスターがとうとう一線を越えてしまったのかと、ロビンフッドは青い顔になり、エミヤはその場の空気にそぐわぬ満面の笑みを浮かべ、「説明を。マスター」と柔らかな声音でありながら、事と次第によっては脳天ぶち抜く、と心の声だだ漏れ状態でふたりの前に立った。
     だが、当の本人達は不思議そうな顔でエミヤを見上げ、次いで互いの顔を見やり、再度エミヤを見上げ、こてん、と首を傾げた。
    「なにかありましたか?」
     なにを問われているかわからない、と天草が口にすれば、マスターも、うんうん、と首を上下させる。
     天草はともかく、嘘や隠し事の下手なマスターがここまで堂々としているということは、とぼけているわけでもからかっているわけでもないと判断し、エミヤは笑みを引っ込めると同時に眉間に深いしわを刻んだ。
    「なぜ手を繋いでいる」
     言葉を選ぶのも面倒になったかエミヤが直球で切り出せば、マスターは今思い出したと言わんばかりの顔で、あぁ、と漏らすと、繋いでいる手を軽く持ち上げた。
    「体質改善的な?」
     その一言で理解できる者など居るわけもなく、順を追って話を聞けばロマニとダ・ヴィンチにも相談した結果だという。
    『マスターの魔力を継続的に流すことで乱れている魔力を補正し、正常な流れに近くなれば、バグ聖杯起因の変調を完全になくすことはできなくとも、ある程度は相殺できるのではないか』とのことだ。
     天草の特異な状況は先日、マスターの軽率な行動で皆の知るところとなった。幸いにも戦闘中にその症状が出たことはないが、この先もそのような幸運が続くとは限らず、なにかしら手を打つべき案件ではあった。
    「なんか『ドロドロ血液をサラサラに』みたいなノリだな」と誰かが呟いたが、仮に姿形が変わっても両腕が動くのであれば、確かに雲泥の差である。ふざけているわけでもマスターの趣味でもなく、予想外に真面目な話であったため、結果的に誰も突っこむに突っこめない状況となったのだった。
    「だからといって四六時中コレはなぁ」
    「互いに不便ではないのかね?」
     思い切って先を行く背中に問えば、マスターは「別に?」と本気でなんでもない顔で答えるも、天草は申し訳なさそうに眉尻を下げている。
    「気をつけてはいますがマスターを振り回さないか、正直不安です」
     サーヴァントにとっては何気ない動きでも、生身であるマスターには大きな負担になると、天草は危惧しているようだ。
    「あー、瞬間的に強い力で引かれて、肩が抜けないとは限りませんからねぇ」
    「やめて! コワイこと言うのやめて!!」
     ロビンフッドの発言にマスターが悲鳴じみた声を上げる。
    「だからといって腕を組んだり腰を抱いたりは論外だぞ」
    「それは考えつかなかった! つか、肩をすっ飛ばして腰とか!? くそぅこのプレイボーイめ!!」
     続けられたエミヤの発言に対し、リア充爆発しろ! と先とは違った意味で悲鳴じみた声を上げるマスターを優しい眼差しで見つめていた天草は、なにか思いついたか声には出さなかったが口を「あ」の形に開けた。
    「私がマスターをおんぶすればいいんじゃないでしょうか」
     悪気など微塵もなく、むしろとても良い考えだと本心から思っている天草の聖人スマイルに、うっかり頷きそうになるもマスターは寸での所で踏みとどまった。
    「うん、天草が常識派のようでいてカッ飛んだ思考の持ち主だってのは理解してるし、慣れるよう努力はするからとりあえずそれは却下させてくれないかな! しかもそれただのおんぶじゃなくておんぶ紐着用前提だよね!? なんとなくだけどそんな顔してる!!」
    「抱っこの方がお好みですか?」
     マスターの激しい拒絶もなんのその。ゆるり、と解かれた天草の手が見えないなにかを抱える動きをとり、それを目にしたマスターは先の自分の直感が間違いではなかったと知る。その手つきは横抱きではなく、小さな子を抱えるソレであったからだ。
    「姫抱きでも俺の中の何かが確実に折れるけど!」
     わぁっ! と顔を覆ってしまったマスターと、なにか失礼なことを言っただろうか? とオロオロする天草を前に、ロビンフッドとエミヤは深々と溜息をつく。
    「いやー、逆に天草をおんぶするとか言い出したらどうしようかと思いましたわ」
    「これまで通り手を繋いで貰うのが一番平和ということか」
     我々もこの状況に早く慣れなければな、とどこか遠くを見ながら呟くエミヤに、ロビンフッドは「そっすね……」と力なく同意するしかなかった。


    「それで実際のところ、効果の程はどうなのかね?」
     マスターが素材集めに繰り出している昼下がり。カルデア内の食堂でスプーンを差し出しながら問うてくるエミヤに対し、素直に口を開けた天草は運ばれた物を十分に咀嚼し嚥下してから、そうですね、と自分の手を胸元まで上げた。
    「動くには動きますが、物を掴むまではいかない、といったところでしょうか」
     例の体質改善宣言から半月が経過している。冷たい緑茶をストローで一啜りしてから、悪くない成果だと思います、と穏やかに笑う天草に再度スプーンを差し出すエミヤの向かいでは、興味津々と言った体で青タイツのクー・フーリンがエミヤの隣に座る天草を眺めている。
    「本当に見てくれが変わるのな」
     おもしれー、と人差し指を立てた状態で腕を伸ばすクー・フーリンの先手を打ち、エミヤがテーブルの向こうから進んでくる男の甲を、ぴしゃり、と叩いた。
    「ってぇな!」
    「なにをする気だキミは」
     邪魔をするならよそへ行け、とあからさまに追い払う仕草を見せるエミヤに、クー・フーリンは不満たっぷりな顔で叩かれた甲をこれ見よがしに撫でさすって見せる。
    「ンなモン生やしてたら触ってみたくなるだろうが」
     クー・フーリンの視線の先では髪の間から覗く獣耳が声に反応してか僅かに上下し、天草は「お見苦しい物ですがご容赦ください」と大真面目に頭を下げた。
    「いやまぁ、獣耳生やしてるのは他にもいるし、別に見苦しくはねぇが……」
     軽口が通じない相手は調子が狂うのか僅かに言い淀んだクー・フーリンだが、他にもソワソワしてるのが何人かいるぞ、と小声で囁き目だけで食堂内を、ぐるり、見回す。
     俊足の女狩人は見目麗しいが非常に堅物で気難しく「耳を触らせてくれ」などと、とてもではないが冗談でも言える相手ではない。その点、天草なら性格的にも頼めば触らせてくれるのではないかと、期待している者が少数だがいるのだ。図らずもその先駆けがクー・フーリンとなったわけだが、エミヤという鉄壁の守りに阻まれ若干落胆ムードだ。
    「しっかし、マスターもまどろっこしいことしてんな。腹ン中に魔力直接ぶち込んじまえばいいのによ。その方が早ぇだろ」
     詳しい描写は割愛するが性行為を想起させる品のない手つきを見せるクー・フーリンに、エミヤは冷ややかな眼差しを向けると、はっ、とわざとらしく鼻で笑った。
    「マスターは駄犬とは違うということだ」
    「犬って言うな!」
     怒るのはそこなのか、と天草が内心で漏らしていることなど知らぬふたりは、暫し睨み合うもどちらからともなく顔をそらし、エミヤは何事もなかったように先と変わらぬ動きでスプーンを天草に差し出した。
    「しかし、彼の言うことにも一理ある。仮にだ、マスターからそのような提案があったらどうする?」
     エミヤの言葉を口中の物と一緒に飲み下し、天草はまるで明日の天気の話をするかのような自然さで「マスターがそう望むのでしたら私に断る理由はありません」と答えた。
    「……おいおい」
    「私が言うのもあれだが、キミはもう少し自分を大切にしたほうがいい」
     ふたりから寄越される呆れとも憂慮ともつかぬ眼差しが理解できなかったが、天草は常と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて見せた。
     だが、耳だけは戸惑うように僅かに伏せられていたのだった。
    「ただいまーお腹空いたーエミヤーお昼ごはんなにー?」
     よほど苦戦したのか、ぶえええ……、と気の抜けた音を吐きながら食堂に現れたマスターであったが、エミヤに、あーん、されている天草を目にするや、一瞬にして生気の抜けた目に輝きが戻った。
    「また獣耳だー! ぎゃんきゃわぁぁぁぁ!!」
     無駄に俊敏な動きで駆け寄ったかと思えば頬ずりせんばかりの勢いで後ろから抱きつき、やっぱり髪の毛超さらさらーいい匂いするぅー、とまるでまたたびにやられた猫のようにだらしない姿を晒すマスターに呆れた顔ひとつせず、天草はもたれかかってくる頭に、ぽんぽん、と優しく触れ「お疲れさまでした」と労いの言葉をかける。
     アニマルセラピーか、とその光景を目にしている各々が胸中で突っこむ中、エミヤとクー・フーリンは、そっ、と目を合わせ、
    「マスターがこれでは手を繋ぐ以上のことはないな」
     と声には出さずとも通じ合ったのだった。

    ::::::::::

    2016.05.24
    茶田智吉 Link Message Mute
    2018/07/26 9:08:02

    【FGO】天草のことがお気に入りな大変残念なマスターの話

    #FGO #天草四郎 #ぐだ男 #エミヤ #ロビンフッド #腐向け ##FGO
    (約3万字)
    ・表紙画像はかんたん表紙メーカーで作成したものです。
    https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

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