【刀剣】お題を使った短い話まとめ その2【両思い拗れ話】 あんたは知らないだろうけどなぁ、と勢いで口にした御手杵だが、はっ、と我に返ったか一瞬動きを止め、いやなんでもない、と気まずそうに大典太から顔を逸らした。
酒のせいで口が軽くなっていると自戒しつつ、珍しく酒が過ぎている大典太の様子を、ちら、と窺えば、言い淀んだ御手杵の言葉など元から耳に届いていなかったか、握り込んだ盃の揺れる水面を凝視したまま、ただひたすら悲しそうに肩を落としている。
ここまで延々と愚痴というか泣き言というか、とにかく首を突っ込みたくないこと第一位の恋愛話を聞かされていた御手杵からすれば、ようやっと落ち着いたか、と一安心と言ったところだ。
これがまだ万屋の店子がかわいいとか、本丸の外の話ならばまだマシであった。
だが、大典太の意中のお相手は、残念ながらこの本丸の者であった。
そして不運なことに御手杵は二日連続で巻き込まれている。
昨日はそのお相手である鬼丸の話を延々と聞いていたのだ。
双方の言い分を聞いた今、御手杵が言えることはただひとつ。
「めんどくせぇなぁ」であった。
酒を持ち寄りふたりで飲むような仲ならば、好意もそれなりに持ち合わせていると思うのが普通だろう。
それを踏まえた上で、大典太はもう一歩踏み込み、結果だけを言えば玉砕したのだ。
「おれ達は刀だ」との鬼丸の返答はいろいろな意味に受け取れるかなり曖昧なものではあるが、それが実際に発せられた際の表情、声音、口調を知っているのは大典太しかおらず、その彼が「断られた」と判断したのならば、そういうことなのだろう。
しかし、鬼丸側の話を聞いた御手杵からすれば、一概にそうとは言えないと思ってしまったのだ。
言葉が足りないにも程がある、と昨夜速いペースで酒を流し込んでいた鬼丸の姿を思い返し御手杵は、あー……、と低く呻きながら天井を仰ぐ。
「遡行軍との戦い、本丸を維持することがまず第一であり、あいつを一番に考えることは出来ないし、そうしてしまったら刀としての存在意義がなくなる。戦いに出る以上、無事に帰れる保証はなく、無駄に心を痛める要因を作るのは合理的ではない」と、珍しく内心を吐露する鬼丸に、それそのまま言ってやれば良かったのに、と御手杵からすれば至極真っ当なことを言ったつもりであったのだが、鬼丸は盃に目を落としたまま、言わなくともわかるだろう、とここで大典太に対するいらぬ信頼を見せてきたのだった。
御手杵自身、人が良いと言われることは少なくない。篭手切のれっすんにもなんだかんだで付き合っていた。
結局のところ両思いであるにも関わらず無駄に拗れているだけという、一番厄介な状況に巻き込まれた御手杵が一番の被害者であった。
「俺が一番愚痴を聞いてもらいてぇよ」と御手杵はそう小さく呟いた。
2023.01.03
【世界線が混線する鬼丸さん】 ちりっ、と視界にノイズが走ったかのような感覚に、鬼丸は一瞬動きを止めたが直ぐさま何事もなかった様子で、慣れない手つきながらも、ぱちん、と小気味よい音をさせ、目の前の胡瓜を収穫していく。
次はトマトを、と立ち上がった瞬間、またしても視界にノイズが走り、反射的に片目を押さえてしまった。
あぁくそ……、と知らず悪態が滑り出るも、閉じた瞼の裏では、ぱちぱち、と閃光のようにある情景が流れては消えていく。
そちらを見るまいと険しい表情のまま、そろり、と目を開ければ、間の悪いことに別の場所で作業をしていたはずの大典太がそこにおり、鬼丸は先とは違う意味で眉を寄せた。
「立ちくらみか?」
収穫した野菜が入っている籠をわざわざ地面に置き、更に一歩前へ出た大典太を鬼丸は手で制する。
「いや、いつものやつだ。気にするな」
「どうにもならないのか」
「無理だな。おれだって見ようと思って見てる訳じゃない」
ゆうるり、と頭を振り、休憩だ、と一方的に告げるや、鬼丸は自分の籠を拾い上げ木陰へと大股に向かった。
その背に続いた大典太は鬼丸と並んで腰を下ろし、根元に置いておいたクーラーボックスから冷えた濡れタオルを取り出し、先に鬼丸へと渡す。礼と共に受け取ったそれで鬼丸が顔を覆ったのを見てから、大典太も自分のタオルを取り出し軽く顔を拭った。
いつまで経ってもタオルを押し当てたまま顔を上げない鬼丸を横目に、大典太は困ったように眉を寄せる。
他の『鬼丸国綱』がどうかは知らないが、この鬼丸国綱はよく『混線』するらしい。
どの世界線の物とも知れぬ『鬼丸国綱の得た情報』が流れ込んでくるのだという。
意識も自我もしっかりしている起きている時ならばさほど問題はないが、眠っている時にこれが起こると少々厄介であると、以前魘されていた鬼丸を起こした際に大典太は聞き及んでいる。
夢の領域を侵され意識が引っ張られると、どちらが現実かあやふやになってしまうというのだ。
最悪、意識を浸食され、眠ったままになる可能性もあると危惧しており、当然のことながら審神者も手を打とうとはしているものの、稀少な事例であるため有効な策は模索中というのが現状だ。
「仮に別の世界線に捕らわれたとしても、現実と決定的に異なる部分に気づければ戻って来られるだけ、まだマシだがな」
これまで何度も危険な領域まで踏み込みかけるも、辛うじて戻って来ているという綱渡りな状況を、鬼丸自身決して楽観視している訳ではない。
ようやっと顔を上げた鬼丸が溜息交じりに押し出した言葉に、大典太は僅かに首を傾げた。
「これまで見てきた『決定的な違い』というのは、どういう物だったんだ」
そういえば聞いたことがなかった、と何気ない口調での問いであったが、ほんの一瞬ではあったが鬼丸の口端が、ぴくり、と不自然に動いた。
そのまま何事もなかった顔ではぐらかされるかと思いきや、鬼丸は含みを持った人の悪い笑みを浮かべて見せる。
「そうだな。強いて言えば、おれの扱い方、だな」
誰とは明言せずとも、投げ出されている大典太の足を意味深に辿る指先が、全てを告げていた。
煽るような仕草と態度に大典太は渋面を浮かべることなく、むしろ楽しそうに口角を上げる。
「今晩にでもゆっくり、おしえてくれ」
悪戯な指先を、そう、と握り込み、耳元で囁きを落とせば、仕掛けた側も楽しげに口角を上げた。
2023.01.08
【RPG風パロ】 ぴん、と張られていた糸が切れた様な感覚に、鬼丸は嘆息と共に刀を手に立ち上がった。
ここは鬱蒼と茂った森の、迷い人すら辿り着かぬであろう最深部である。周囲に張られている結界は侵入を阻む物ではなく、侵入者を知らせるための物だ。
だが、鬼丸は焦燥感の欠片もなく住処を出ると、森を抜けてくるであろう人物を待ち構える。
毎度毎度性懲りもなく……、と内心でごちていれば、薄闇の中から、のそり、と男が現れた。
「何度来ても返答は同じだぞ」
「……そうか」
冷たく言い放つも男は気にした様子もなく、それは残念だ、と小さく漏らすに留める。
ここで素直に回れ右をすれば良い物を、男は決まって手中の物を掲げて見せるのだ。
「なら、せめてこれは受け取ってくれ」
取っ手の付いた籠から覗く瓶の口に、ぎゅっ、と鬼丸の眉根が寄る。男には既に無類の酒好きが知られており、渋々と言った体で住処に招く事は最早様式美と化していた。
馴れた様子で扉をくぐり、簡素な椅子を引く男を肩越しに見ながら、鬼丸は嘆息と共に扉を閉める。
扉を入ってすぐの部屋は仕切りも何もなく、壁際には炊事場や食料が詰められた棚が並び、小さなテーブルが反対の壁際に二脚の椅子と共にある。奥の扉の先はいくつかの空き部屋と寝室へと続く廊下だ。
グラスをふたつテーブルに置き、鬼丸も椅子を引く。苦もなく素手でコルク栓を引き抜く男を前に、鬼丸は苦々しい顔で口を開いた。
「戻って来たらこちらから使いを出すと言っているだろう。なんでそれを待たずに何度も来るんだ」
目の前に押し出されたグラスに注がれた赤い液体を一舐めして、鬼丸は一瞬、目を見張るも、直ぐさま先と同じ渋面を作り、そんなに暇なのか大典太の嫡男は、と嫌味を籠めて口端を攣り上げる。
「そういう訳ではないが……」
さすがに、むっ、とした様子で声音には僅かに険が滲むも、相手から言われたことを無視し続けている自覚はあるのか、言葉の先が押し出されることはなかった。
「三日月の放浪癖にはおれも困っているんだ。それをせっつかれてもどうにもならないと、何度も言っているだろう」
ちびり、ちびり、と鬼丸の目と同じ色をした液体が彼の口内に消えるのを、大典太は食い入るように見つめている。それに気づいていないのか、鬼丸は瓶と共に並べられた焼き菓子をひとつ手に取り、さくり、と一口囓り取る。
「それに、今更『星読み』に頼る事もあるまいよ」
さくさく、と小気味よい音を立てながら焼き菓子が消える先で、ちら、と犬歯が覗く。
「お前の父親がここに来たのは十年前だったか」
「十五年前だ」
短く訂正してきた大典太を目だけで見やり、鬼丸は、大して変わらん、と興味もなさそうに言い放つ。
大典太の父親が家の行く先を見て欲しいと、星読みである三日月の元を訪れた際、齢十の息子はその時初めて鬼人を目にしたのだった。
三日月の背後に影のように立ち、ただ黙って大人達の様子を燃えるような柘榴の瞳で、だが冷淡に見据えていた姿は子供の脳裏に強く焼き付いたのだ。
それから一日たりともその姿が頭から離れることはなく、月日が経ち、精神も情緒も育ち、己の感情を理解するに至ったのだった。
自覚をしてから毎月のように通い詰め、その理由を問われた時に、気恥ずかしさから「星読みに会いに来た」と咄嗟に口にしてしまったのは失敗だったと、大典太は正直思っている。
「大典太家始まって以来の天才治癒士様が、しょっちゅうこんな所に来るもんじゃない」
なにかあっても責任は持てないぞ、と護衛もつけずに来ることを咎められ、大典太は僅かに眉根を寄せる。
「……それを言ったら、こんな所にひとりで居るあんたの方が心配なんだが」
「おれの事はいいだろう」
今はお前の話をしている、と真っ直ぐに見据えられ、大典太は言葉に詰まる。
「わかったらこちらからの連絡を待て」
「転移のスクロールを使っているから道中に危険はない」
毎月一本の巻物を消費していると言ってきた大典太に、鬼丸の目が軽く見開かれた。
「莫迦か、そんな貴重な物を……」
「自分で作った物を使ってなにがいけない」
ぐっ、と身を乗り出してきた大典太にも、その口から飛び出た言葉にも、鬼丸は信じられないと言わんばかりに目を丸くする。
治癒士も魔術士も等しく魔力を使うことに変わりはないが、その術系統は異なる。両系統を使う者は皆無ではないが、習得の手間や熟練度の関係で稀少であることは周知の事実だ。
「それなら尚のこと、こんな所で油を売ってる時間などないだろう」
鬼丸に会うためだけに魔術士としての熟練度も上げているのだとはさすがに言えず、大典太は過去の自分を恨んだのだった。
2023.01.11
【記憶喪失話】 道場で手合わせをしている大包平と大典太の姿を眺めながら、こうしてるとなにも変わらないように見えるんだけどなぁ、と漏らした御手杵に鬼丸は、そうだな、と静かに返した。
迷いのない太刀筋も、無駄のない身のこなしも、これまでと寸分も違わない。
ただひとつ相違点があるとすれば、今の大典太には記憶がないということであった。
自身が刀の付喪神であること、時間遡行軍と戦っていること等、基本的なことは理解しているが、この本丸で過ごした時間がなかったことになっている状態だ。
「……折れると皆あぁなっちまうのかなぁ」
「さぁな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
折れてみないことにはわからんな、と事も無げに言い放った鬼丸に、そういうこと言うのやめろよ、と御手杵は隠すことなく顔をしかめた。
もしもの時のために出陣する者は支給されたお守りを身につけているが、この本丸ではこれまで折れた者は居なかったのだ。
手入れを終えた大典太を連れ、記憶喪失になりました、と皆に淡々と告げてきた審神者はそれ以上のことは語らず、また、当事者を前に追求出来る空気でもなく、この話は有耶無耶のまま終わってしまったのだった。
姿形は一部も違うことなく元に戻ろうとも、一度存在が無に帰したという事実は覆らない。
刀剣男士は人々の思いという不確定な物が存在の根底にあり、有り様を左右されるという、ある意味脆弱な存在であるとも言えた。
不安定な状態であるため出陣は出来ないが、記憶を取り戻す一助になればと、大典太を特別扱いすることなくこれまでと変わらぬ生活を送り、身体が覚えていることもあるだろうと、こうして手合わせや畑仕事、馬当番などもこなしている。
これまでと変わらぬ生活となると、鬼丸は大典太と酒を飲むことになる。何故、と訝る大典太と再び陰気陽気の話をする気にもならず、鬼丸は「気が進まないならいい」とあっさり身を引こうとするも、嫌な訳じゃない、と引き留められたのだった。
三日に一度程度ではあるが互いの部屋を訪れ、ぽつり、ぽつり、と本丸内であった出来事の報告会のようなことをしている。
互いに口数が多い質ではないことは理解しており、本丸から出ていない大典太の話題が乏しいことも理解している。沈黙する時間が多いのは仕方がないと双方承知の上だ。
だが、最近はなにか言いたげな顔を見せることが増えた気がする、と鬼丸は大典太の視線が変わってきたと感じているのだった。
記憶がなくとも大典太の酒の飲み方は変わらず、ほぼほぼ安酒しか持って行かなかったが、今日は良い物を用意して大典太の部屋を訪れた。
珍しいこともあるものだ、と目を丸くする大典太に、たまにはな、と返し、暫くはこれまでと変わらず思い出したように、ぽつぽつ、と他愛のない話をするだけであったが、瓶の中身が半分になった頃、鬼丸は、すっ、と背筋を伸ばし大典太を見据えた。
「なにかおれに言いたいことがあるんじゃないか」
急な問いに大典太は言葉に窮するも、鬼丸の真剣な眼差しにどこか気まずそうな顔を見せる。
「……いや、なにも」
「気に掛かってることがあるんじゃないのか? 我慢しなくていいから言ってみろ」
笑ったり莫迦にすることは絶対にしない、と更に続いた鬼丸の言葉に背中を押されたか、大典太は戸惑いは消せぬまでもゆっくりと口を開き始めた。
「自分でも、おかしなことを言おうとしているのはわかってる……」
うん、と先を促すように鬼丸が小さく頷く。
「あんたに、触れてみてもいいか」
そう言うと同時に、ぬぅ、と伸びてきた指先が鬼丸の頬に触れ、掌全体で包み込む。
互いに真剣な表情のまま大典太はもう片方の手でも鬼丸の頬を包み、親指の腹で眦に引かれた紅をなぞる。反射的に降りた瞼を縁取る色の薄い睫毛が微かに震える様に、大典太の口元が知らず綻んだ。
光の加減で色を変える髪に指を梳き入れ、やわり、と角の根元に指を這わせれば、降りたままの睫毛が更に震え、唇が、きゅっ、と引き結ばれる。
眼帯に手を伸ばそうとするも動きで察したか、それはだめだ、と言葉で制された。
そぅ、と鬼丸の背中に腕を回し、背骨の隆起を指先で数えるようになぞれば、堪えきれなかったか、鬼丸の口から、ふっ、と軽く笑いのような息が漏れ出る。
どこまでなら許されるのかと、探り探り触れてくる手に、鬼丸は笑いたいような泣きたいような気持ちを押し殺しつつ、どうだ? と問いではあるが曖昧な言葉を投げかけた。
「よく、わからないが……」
鬼丸の背に腕を回してはいるが抱き締めるまでには至っていない状態で、大典太は困ったように眉尻を下げる。
知らないはずなのに知っている。
この身体を一分の隙もなく抱き締めた感触を、この腕は知っているというのだ。
今も確かに覚えていると、全身が訴えてくるのだ。
「思い切り抱き締めたいと、思って、しまった……」
俯き、まるで罪を告白するかのような悲痛な声音に、鬼丸は一瞬、表情を曇らせるも、そうか、と常と変わらず落ち着いた声で返してから、微かに震える背中に腕を回し、自ら身体を押しつけるように強く抱き締めた。
互いに大きく跳ねた心音にどちらからともなく、ふは、と笑みが零れ落ちる。
「嫌じゃ、ないのか……?」
「嫌では、ないな」
そうか、と安堵の息と共に肩の力が抜けた身体を、鬼丸は再度強く抱き締めた。
2023.01.13