【風男子】冒険者養成学校ネタ ――三日間の野外実習。
その内容を教師から聞かされた時、一年生の誰もが『なんだそんな事か』と軽く考え、その過酷さに微塵も気づいていなかったのだ。
唯ひとりを除いて。
洞窟探索をする訳でもなく、モンスターを討伐する訳でもない。指定された薬草の採取でもなく、三日間の野営が今回の課題であった。
ただし条件としていくつか提示された物がある。
所持を許されたのは武器や防具と言った普段から自身が使用している物のみで、携帯食を含む全ての食料の所持は禁止された。当然ここには水も含まれている。
他にもロープや火口箱、松明などの基本装備も不可であった。
監督役兼補佐役として上級生が数名同行しているが、彼らも行動を共にする以上、不正を防止する為に同条件であった。
つまりは全て現地調達をしろという事なのだが、指定された場所に到着し、まずなにをするべきかと言った段階でも、一年生はまるでピクニックにでも来ているかのような気楽さで、太陽の位置に気を配る者すら居なかった。
そんな彼らを眉尻を下げて見つめる了太郎の隣に、するり、と並んだ蒼斗は低く、小さく、ぽそり、と吐息混じりに呟く。
「……ダメっすね」
「そうだな」
仲間達に悪気がないのは理解しているが、昔から叔父やその仲間に連れられ冒険者という物を間近で見て育ち、実戦で知識と経験を得てきた蒼斗からすれば、彼らの行動は心配しかないのだろう。
「だが、伊礼あたりはそろそろどう動けば合理的か、答えが出る頃だと思うぞ。俺は立場上、助言は出来ないが……」
ちら、と寄越された了太郎の視線に蒼斗は軽く頭を上下させると、来た時同様、するり、と自然に離れていき仲間達の輪に加わった。
「ほんと、もっちーは空気みたいな子よねぇ」
入れ替わりに了太郎と並んだ芹弥の言葉に了太郎が、うん? と僅かに首を傾げる。
「あぁ悪い意味じゃ無いわよ。いつでも自然体っていうか変に気負ったところが無いから、こっちも安心して見ていられるのよね」
「そうだな」
康人が提案している役割分担に概ね賛成しつつも、足りない部分を言葉少なに補っている蒼斗を見ながら、了太郎の眦が若干下がった。
「武器の選択間違えたぁ~」
うぁ~……、と頭を抱えている桜晴の肩を隆良が軽く叩き、次がんばろうな、と励ましている。
「連射が効かないクロスボウで狩りが出来る腕前じゃないのは、自分が良くわかってるでしょうに」
ぽい、とたき火に枯れ枝を放り込みながら康人が呆れた声を出せば、反論出来ないからか桜晴は更に喉奥で呻く。
「幸いにも望月が別の獲物を仕留めてくれましたから、食事抜きにならなくて済みましたけど」
いやぁ餓死は勘弁ですよ、と本気か冗談かわからない事を笑顔で口にする康人相手に、まぁまぁ、と隆良が穏やかな声で場を納めようとしている。その様子を少し離れた場所で眺める了太郎の足下では、蒼斗がしゃがみ込んで作業をしていた。
「手慣れているな」
「そうっすね……戦闘に参加出来なかった頃は、よくこういう雑用をやってたんで」
いづるに投擲用のナイフを借り、握って指が余る程度の太さをした枝の先を削っている蒼斗の返答に、あぁなるほど、と了太郎は声に出さず納得する。
今日の夕飯はこれと同様の簡易槍で仕留めた物で、備えあれば憂いなしと言ったところだろう。
「そう言えばひとりで別行動をしてる時間が長かったが、なにをしていたんだ?」
「ちょっと仕掛けを……」
「罠でも仕掛けてきたのか?」
道具もなしに? と目を丸くしている了太郎を振り仰ぎ、蒼斗は、ふるり、と首を横に振った。
「水を……葉っぱに溜まった朝露を集めるのに、ちょっと……」
沢を見つけるも往復するには距離に難があるため、無いよりはマシといった程度なのだろうが、0と1では圧倒的な違いがある。
「……そういう些細な事が生死を分けるんだ」
至極真面目な顔でそう口にした後、冒険者としての経験はお前の方が豊富だし俺が言うまでも無いな、と柔く笑む了太郎に巧く返す言葉が見つからず、蒼斗は一瞬目を泳がせてから作業に戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
手分けして拾い集めてきた枯れ枝を一カ所に集め、康人がそれに、えい、と火を点ける。最小限の出力で放たれた火球は線香花火の先端にぶら下がる球ほどの頼りない大きさだが、枝の下に置かれた枯れ葉に触れるや瞬く間に燃え上がり、パチパチ、と小枝を鳴らした。
「伊礼は魔力の制御が巧いな」
比較的安全に火を扱う事の出来る『着火』ではなく、攻撃魔法である『火球』を使った事に了太郎が感心した声を上げれば、康人は隣に立った先輩を片膝をついたまま見上げ「似たような呪文を覚えるのは効率が悪いですから」と事も無げに返す。
「ただ、水系はどうもイメージが掴みにくいんですよね。困った事に出力が安定しません」
見つけた沢が遠い為、水汲みが容易でない事は解決していない。
ならばこれも魔法でどうにかならないかと桜晴が言い出し、物は試しとやってはみたものの、水球の大きさはマチマチで容器に落とす前に弾けたり、狙いが逸れて地面を水浸しにするなどざらであった。
「イメージか……。そうだな、なら固めてしまうというのはどうだろう?」
要はこれに収まればいいんだろう? と了太郎が指さす鍋を、じぃ、と見つめ、とんとん、と指先で膝を叩きながら何事か考えていた康人だが、あぁそういう事ですか、と小さく漏らす。
「確かに液体にこだわる必要はないですね。盲点でした」
言うが早いか立てた人差し指を、くるり、と回し、円を描く事で大きさの目安としたか、それに近い大きさの氷の塊が、ごとり、と鍋に落ちた。
「融かす手間はあるが沢への往復を考えれば……」
「こっちの方が万倍マシですね」
ごとん、ごとん、と氷を鍋に落とし続ける康人に後は任せ、了太郎は他の者の様子を見る為に、ぐるり、首を巡らせる。
桜晴と隆良は採ってきた木の実や野草を前に調理方法をあれこれ話しており、いづるは自分の武器である投擲ナイフがすっかり調理道具と化したことに諦観の笑みを浮かべながらふたりの話を聞いている。
問題はなさそうだと小さく頷きながら了太郎が視線を移動させれば、平たい石の上でなにかの葉を磨り潰している蒼斗と目が合った。なにか言いたげな眼差しに首を傾げながら傍に寄れば、作業の手は止めずに蒼斗が、ぼそり、と一言。
「助言は出来ないんじゃないんすか」
指摘され、あっ、と目を見開き、瞬時に気まずそうに口元を手で覆った了太郎は、二度三度と視線を彷徨わせてから、ちら、と蒼斗を窺うように見やった。
「…………芹には内緒にしてくれ」
ややあって空気に解けそうなほどの小声で囁かれた言葉に、蒼斗は僅かに眦を下げるも「ひとつ貸しですね」とわざと真面目な声音で応じたのだった。
まいったな、と困ったように笑う了太郎に座るよう蒼斗が身振りで示せば、問い返されること無く膝が折られる。
「染みたらすみません」
磨り潰していた葉をひとつまみ、了太郎の首筋へと擦り付ける。ピリリ、とした刺激に一瞬肩が跳ねた。
「無意識だと思うんすけど、何度も掻いてたんで……O型は虫に刺されやすいって、本当なんですかね」
「どうだろう。望月も刺されやすいならそうかもしれないな」
「あとで虫除けになるやつ探してきます」
その返答で、なるほど刺されやすいんだな、と了太郎は内心で頷いた。
◇ ◇ ◇
実習期間が三日で良かったと、了太郎は広げた地図を前に小さく息を吐いた。
誰ひとり怪我もせず、大きな問題も無く、明日の昼には撤収となる。少量とは言え全員分の三度の食事を確保出来たのは評価したいところだ。
ただし、調味料と言った物は無い為『腹に入ればいい』といった状態ではあったが、肉に関しては「臭み消しになる」と蒼斗が香草を摘んで来たのでかなりマシと言えた。
「少しいいすか」
たき火を挟んで向かいに座っていた蒼斗が控えめに声を掛けてくる。見張りのふたり以外は眠りについている為、気を遣ってのことだろう。
「あぁ、構わない」
地図を畳むこと無く了太郎が手招きをすれば、一瞬困ったように眉尻を下げるも、蒼斗は黙って移動し先輩の隣に腰を下ろした。
「それ、俺が見てもいいんすか」
「大丈夫だ。今更見られて困る物じゃ無い」
周辺の探索も課題の内であったが、一年生の作成した地図は及第点であった為、隠す必要もなくなったのだ。
「ただ、まぁ……皆にはひとつ謝らなければならない事が出来てしまったな」
「……水場すね」
「気づいていたか」
さすがだな、との穏やかな声音での称讃に蒼斗は、もご、となにか言いかけるも音にはならず、代わりに黙って僅かに頭を下げる。
「本来ならばここに水が湧いている洞窟があったんだが……」
とん、と了太郎が地図の一部を指さし、蒼斗が手元を覗き込む。
「入り口、崩れてましたね」
地盤の緩みのせいか崩落した岩や土砂ですっかり埋まっていた洞窟を前に、了太郎と芹弥は顔には出さずとも内心真っ青になっていたのだ。
洞窟が崩れていたのは想定外の事態であったが、実のところもうひとつ想定外の出来事があった。
「まさか沢まで行くとは思わなかった」
お前の行動力、移動力を甘く見ていた、と了太郎は苦笑交じりに再度蒼斗を称讃する。
下手に違う水場が見つかった事で本来の水場のことを言い出せず、さてどうしたものか、と了太郎と芹弥は頭を悩ませていたのだと言う。
「伊礼が氷雪系も覚えていて良かったよ。どうにもならなければ水の確保は俺がするつもりだったんだ」
桜晴の一言が切っ掛けで監督役が介入すること無く済んだのは、まさに僥倖であった。
「了太郎先輩は魔法も使えるの、凄いと思います」
「そう言って貰えるのは嬉しいな」
どこか困ったように笑う了太郎に蒼斗はもどかしげに眉を寄せる。
剣も魔法もバランス良く使えるが故か、了太郎に対する周りの評価は『器用貧乏』というあまり嬉しくないものだと蒼斗は知っているのだ。当然、表立って言う者は居ないが、聡い了太郎は空気を感じ取っているのだろう。
前衛、後衛どちらのフォローも出来る為、「一緒に組む側としては心強いのではないだろうか」というのが蒼斗の率直な感想だ。
「本当に、凄いと思います」
「うん、ありがとう」
たき火を見つめたまま組み合わせた両の指を、ぎゅう、ときつく握る蒼斗に気づいた了太郎は、穏やかな声音で応じながら後輩の背を、ぽん、とひとつ叩いた。
◇ ◇ ◇
学校に着くまでが実習よ、と見るからに気の緩んでいる後輩たちに後ろから芹弥が声を掛けるも、素直な返事とは裏腹に彼らの様子に変化は無い。
夜は固い地べたにごろ寝をし、交代で見張りをする為に睡眠時間が少なかった事もあるが、なによりも育ち盛りの彼らには食事面が一番堪えたらしい。
正直甘く見てた、と米を口にすることが出来なかったのが余程つらかったのか、桜晴が真顔で口にすれば蒼斗以外の一年生も無言で首肯した。戻ったらまず腹を満たすことに意識が向いているようで、こればかりは仕方が無いと了太郎も苦笑いをしている。
左手側には木々が生い茂り、右手側は斜面になっている。道幅はふたり並んで多少余裕がある程度だ。隆良と並んで先頭を進んでいたいづるの足が不意に止まった。
「どうした?」
最後尾の了太郎からの問いかけに、いづるは元から小さな声を更に潜め、人が……、と目だけで、きょろり、と辺りを窺ってから口にする。
道の先には誰もおらず、木々の間に目をやるも人影は捉えられない。姿は見えぬが気配に敏感ないづるの言葉を信頼している面々は、斜面を背に康人と桜晴を囲うように扇状に隊列を組んだ。
「……ねぇ、なにか聞いてる?」
「いや……」
ひそ、と芹弥が小声で問えば、了太郎は言葉少なに否定する。
「そう……これが抜き打ちのテストならいいんだけど……」
「違うだろうな」
山菜採りや狩りに来た者ならば問題は無い。だが、道行く者を襲撃し金品や最悪、命を奪う質の悪い者もいるのだ。
隆良が背負っていた盾を構え、桜晴がクロスボウを手にする。
全員、防具を身につけているが、見える場所に武器を持っていたのは桜晴だけだ。頭数はいてもこれでは良いカモとしか言い様がない。
「……芹」
「わかってるわよ。出し惜しみはナシね」
丸腰かと思われた芹弥だがおもむろに左腰の小さなポーチに手を伸ばし、ぱちり、と蓋を開けた。そこから取り出された物に康人と桜晴の目が丸くなる。
芹弥が左手に構えたのは一体どうやって収まっていたのかと目を疑うほどの、身体をすっぽりと覆い隠せる大盾であった。
続けて右腰のポーチも開き、ずるり、と大鎚を引き抜く。
「うわ、えげつな……」
思わずといった調子で漏れ出た康人の声は、幸いなことに芹弥の耳には届かなかったようだ。
並ぶ了太郎も同じようにポーチから大剣を取り出し、切っ先を軽く地面へ触れさせた状態で僅かに腰を落とす。模擬戦ではない対人戦闘の経験は数える程しか無いが、一年生はこれが初となる。出来ることなら自分と芹弥でどうにか片を付けたいと、了太郎の目つきが若干険しくなった。
普段、穏やかな先輩の纏う空気が変わった事を感じ取ったか、蒼斗はひとつ深呼吸してから、静かに声を押し出す。
「自分も、いけるんで」
大丈夫す、と前を見据えたまま構えた拳を軽く握り直した。
最後のひとりが斜面を転がり落ちていったのを全員で見届け、はぁぁ~……、とその場にへたり込む。
「皆、怪我は無いか」
いち早く立ち上がった了太郎が確認の声を上げれば、康人、桜晴、いづるからは大丈夫との声が返り、隆良と蒼斗からは掠り傷との返答があった。
襲撃してきたのは四人であったが、芹弥の大鎚フルスイングの初撃で早々にひとりが斜面の向こうへと消え、三年生が各々ひとりずつ、一年生全員でひとりを相手にする形に出来たのは、今取れる最善手であったと了太郎と芹弥は胸を撫で下ろす。
一年生の戦い振りは横目に、ちら、としか見ることが出来なかったが、隆良が守りに徹し、その後ろから康人は魔法で、桜晴はクロスボウと小弓で援護をし、木々の間に身を隠したいづるが背後や死角からナイフを投擲していた。
蒼斗は援護が途切れた隙を突かれぬよう敵との距離を適切にはかり、不意に懐に飛び込んでは一撃を決めていた。
このような場所に長居は無用と、芹弥を先頭に疲れた身体に鞭打って帰路を急ぐ一年生の背中を見ながら、了太郎は隣に並んだ蒼斗と共に殿を務める。
「……芹弥先輩、凄いすね。あの鎚、両手持ちの装備ですよね」
「あぁ、元々の膂力もあるが、あいつが身につけてる装飾品全て、魔力付与されててステータス補正が付いてるんだ」
イヤリングにネックレス、指輪にブレスレット、隠れて見えないがアンクレット、髪留めにベルトのバックルもだな、と指折り数える了太郎に、蒼斗はただただ「凄いすね」としか言い様がない。
「とにかく無事に切り抜けられて良かった。その腕、戻ったらちゃんと見て貰うんだぞ」
手甲も修理に出さないとな、と申し訳なさそうに眉尻を下げる了太郎に、蒼斗は僅かに眉根を寄せると、俺の心配よりも自分の心配してください、と渋い声を出す。
「一番派手にやられたの先輩ですよ」
片頬を腫らし口端を切った了太郎は、それを言われたら返す言葉も無い、と困ったように笑った。
2022.06.16
2022.08.08
2022.08.09
2022.08.14
寄せては返す波のように次々と訪れる後輩と了太郎のやり取りを眺めていた芹弥は、隠すこと無く大きな溜息を吐いてから腰を上げた。
「ちょっといいかしら」
「どうした」
後輩が本棚の向こうへ姿を消したのを確認してから声を掛ければ、手元に広げた魔法書と数行も書かれていないノートに目を落とそうとしていた了太郎が顔を上げる。
「後輩に手を貸すのもいいけど、自分の課題は大丈夫なの?」
課題はグループでこなす物、個人でこなす物があり、グループを組む際は人数の制限はあるが他学年の者も許可されている。
剣技や魔法に関するアドバイスだけならまだしも、薬草や鉱石採取、低級モンスターの討伐課題への助力など、先ほど聞いていただけでも相当頼られていると知れた。
「あぁ、大丈夫だ」
それだけ答えると伏し目がちに、ぺらり、と書物を繰る了太郎を見下ろし、芹弥は漏れかけた溜息を飲み込む。
頼まれると嫌と言えないのは気が弱いからでは無い事はわかっている。
自分が出来る事があるのならばしてやりたいと、ただそう思っているだけなのだ、この男は。
「そう? ならいいけど。でも、ほどほどになさいよ」
三日後にはアタシたちも実習があるんだから、と芹弥が釘を刺せば、了太郎はいつも通りの涼しげな顔で、あぁわかっている、と答えたのだった。
ガタゴト、と揺れる幌付きの荷馬車の手綱を握りながら芹弥は、肩越しに、ちら、と背後の様子を窺う。隣町への輸送を依頼された荷物にもたれ、了太郎は完全に寝入ってしまっている。
荷馬車の速度に合わせて隣を行く馬上の愛実には、幸いにも気づかれていないようだ。
「そろそろ交代したらどうだ?」
「ん~そうねぇ」
暫し考える素振りを見せてから芹弥は、にこり、と笑んでみせる。
「アタシは大丈夫よ。それよりそっちの方が心配だわ」
お尻大丈夫? などと戯けて聞いてくる芹弥に愛実は、そんな柔な尻してねーって、と軽快な声を上げた直後に真顔を向けてきた。
「……で? なんで了太郎はあんな疲れてるんだ」
「あらやだ、バレてたのね」
軽く目を見張った芹弥に、わからいでか、と愛実は僅かに眉を寄せる。
「放課後に後輩の課題を手伝ってるのよ。アタシもそれなりに助っ人を頼まれたりするけど、了太郎は度を超してるわ」
先日の図書室での一件など氷山の一角であったと、芹弥は改めて後輩たちから話を聞き頭痛を覚えたほどだ。
「気持ちはわかるわよ? 魔法関係で聞きたいことがあっても、篤影や弥彦に声を掛けるのはそりゃ勇気がいるでしょうし……」
「お前や篤影の無茶振りに、なんだかんだで応えてる姿も見てるしなぁ」
痛いところを突かれたか、うっ、と言葉に詰まるも即座に持ち直した芹弥を見ながら、了太郎もこれくらい強かならなぁ、と思うも、さすがに愛実は口にも顔にも出さない。
「とにかく、安請け合いが過ぎるのよ。本人に言った所で『大丈夫だ』で終わっちゃうし。でもこうして影響が出てるんだから、ここいらで、ガツン、と言ってもいいわよね?」
「言って聞くようならいいけどなぁ」
芹弥の気持ちもわかるが了太郎の性格を考えると難しいだろうな、というのが愛実の見解だ。それは芹弥もわかっているのか、力強く握った拳が見る見る力をなくしていく。
「そうなのよねぇ」
「むしろ了太郎にじゃなくて後輩たちに言った方が効果あったりしてな」
愛実からしてみれば深く考えての発言では無かったが、それだわ、と真顔で芹弥に返された。
「あの子たちならちゃんと話せばわかってくれると思うわ」
ナイスアイデアよ、と親指を立ててくる相手に愛実は曖昧に笑うしか無かった。
後日、急に誰も相談すらしてこなくなり「皆に何かしてしまったんだろうか」と気落ちしている了太郎に、愛実と芹弥はもちろんの事、事情を知っている後輩代表として蒼斗が懸命に説明している姿が見られたという。
◇ ◇ ◇
図形や記号、文字と数字が組み合わされた物が描かれた紙を前に、了太郎は静かに目を閉じている。魔法に関しては門外漢な蒼斗は何を記した魔方陣であるか全く見当が付かないが、集中している了太郎に聞く訳にも行かずただただ黙っているしかない。
放課後の空き教室に居る了太郎をたまたま見かけ、蒼斗は何の気なしに声を掛けただけで特に用はなかったのだ。
何をしているのかと問えば、これから魔力付与アイテムを作るのだという。邪魔をしてはいけないと思いつつも、蒼斗が興味を惹かれていることに気づいたか、了太郎の方から「見ていくか?」と問われ首を縦に振ったのだった。
伏せられていた睫毛が、ゆうるり、と持ち上がり、色の薄い瞳が姿を現す。
揃えられた指先が、そぅ、と紙の端に触れた途端、陣全体が仄かに発光し徐々に中央へと集束していく。
光の集まる先には指輪がひとつ。
輝きの最後の一粒が指輪に吸い込まれたところで、了太郎が小さく息を吐いた。
「できたんすか」
「あぁ、巧くいって良かったよ」
そう言いながら傍らに置いてあったノートを引き寄せ、卓に置かれた魔方陣と同じ物が書かれたページになにやら書き付けていく。
「魔法のことはわからないすけど、手間がかかるもんなんですね」
「いやなに、俺はそこまで魔力の制御が巧くないからな。篤影や弥彦はこれくらいなら陣なしでさっとやってしまうよ」
了太郎の性格からして己を卑下しての言葉ではないことは理解出来るが、蒼斗からすればこれもやはり凄いことなのだ。
きゅっ、と唇を引き結んでしまった蒼斗を不思議そうに見ていた了太郎だが、なにを思ったかノートと共に積んであった紙束を手に取り、ぺらぺら、と順番に捲り出す。
目的の物を見つけたか先に置いていた物と入れ替え、魔力付与の素材が入っている箱から取り出した物を中央に置いた。
そして先と同じ手順を繰り返し、出来上がった物を確認した後、ほら、と蒼斗に差し出す。
「……なんすかこれ」
反射的に受け取ってしまった蒼斗が、きょとん、とした顔を向ければ、了太郎は、うん? と軽く首を傾げた。
「速度+5だ」
「はい?」
答えになっていない答えに蒼斗も首を傾げる。
「ブローチだから邪魔にならないところに着けられるだろう?」
「いや、そうじゃなくて、なんで……」
「お前は芹みたいに指輪やネックレスだと邪魔になりそうだから……」
やはり噛み合っていない会話に了太郎もやっと気づいたか、あぁそうかすまない、と口早に謝ってきた。
「前々からなにか作ってやりたいと思ってたから……色々説明を飛ばしてしまった」
もご、と気まずそうに口元を手で覆い僅かに目を逸らしている了太郎を前に、蒼斗自身に非は無いはずなのだが何故か焦ってしまい、いや、その、と上擦った声を漏らしてから、ありがとうございます、とどうにか礼の言葉を押し出したのだった。
◇ ◇ ◇
そのブローチ素敵ね、と一仕事終えた所で芹弥に声を掛けられ、蒼斗はどう答えたものかと思案した後、ありがとうございます、とまず礼の言葉を口にした。
胸や襟元と言った目立つ場所にでは無く、服の裾近くに着けていた親指より若干大きい程度のそれに、同級生たちは誰ひとり気づかなかったのだ。
目聡い芹弥に内心で感嘆するも蒼斗の表情に変化は無い。
「了太郎先輩が作ってくれました」
「あらそうなの? 良かったわね」
集めた鉱石を種類別に袋に入れる芹弥に倣って、蒼斗も手を動かす。
「もしかして芹弥先輩が着けてるのも、そうですか?」
ブローチを選んだ理由を口にした時に了太郎が「芹みたいに」と言っていたことを思い出し、尋ねてみれば、そうよ、と返された。
「最初は課題で作った物を譲ってくれたのが切っ掛けだったんだけど、了太郎は変なところ凝り性だから、魔方陣の構成を変えてあれこれ試してるうちに、気がつけばどんどん増えちゃって」
ふふ、と笑う芹弥の耳で揺れるイヤリングを見るとはなしに見ていた蒼斗は、重装備を難なく取り回していた先日の彼の姿が脳裏を過り、すごいすね、と改めて感想を述べる。
「了太郎が作る物は堅実というか、ずば抜けて強いって訳じゃないんだけど、耐久値が安定してるから購買部で地味に人気があるのよ」
「……売ってるんすか?」
初めて聞いた、と顔に書いてある蒼斗に、あら、と芹弥は意外そうな顔をしてから、なにか思い至ったか、そうよね~、と頷いて見せた。
「魔法実技系の授業取ってないと知らないわよね。課題で提出した物は評価が出た後、自分で持ち帰るか学校が買い取るか決められるの。もちろん、買い取るのは実用に耐えうる評価が出た物だけね」
「買い取られた物が購買部に並ぶんすか」
「そうよ。誰が作ったかは基本的にはわからないんだけど、一部の鑑定能力持ちにはわかるみたいで、実技課題があった後なんか数日間は何人も購買部に張り付いてるわよ」
町に行けば質の良い物は手に入るが、価格はやはりそれ相応になる。手頃な価格で能力値に補正が掛かるのは、充分魅力的と言えた。
「俺、貰って良かったんですかね……」
対価もなしにただ貰うだけでいいのかと、急に不安になったか顔を曇らせた蒼斗に、芹弥は対照的に、カラカラ、と明るい声を上げる。
「そんな事気にしなくていいのよ。練習に付き合ってやってるんだ位の気持ちでいなさいな」
それでも、シュン、と耳を伏せた犬のようになっている蒼斗の表情は晴れない。
仕方ないわねー、と芹弥は言わないでおこうと思っていた事を敢えて口にした。
「了太郎がアタシにくれるのは『試しに作った物』が大半だけど、もっちーのそれは違うでしょ」
すい、と手入れの行き届いた指先が示すのは小さなブローチ。
「綺麗な緑色の石よね」
誰かさんの瞳と同じ色の、と優しく目を細める芹弥になんと言っていいかわからず、はく……、と声の出ない唇が二度三度と小さく動く。
「変な気は回さずに貰っておきなさい。あれは、そうね……おじいちゃんが孫にお菓子をあげるような感覚に近いんだから」
「なんすかそれ」
あまりの例えに、ふはっ、と吹き出した蒼斗に芹弥は戯けたように言葉を続ける。
「後輩が可愛くて仕方ないのよ。素直に可愛がられてなさい。あっもちろんアタシも皆のこと可愛いと思ってるわよ」
頑張り屋さんばかりですものね~、とニコニコ顔の芹弥に気恥ずかしさが勝ったか、蒼斗は視線を左右に泳がせてから、観念したか小さく、ありがとうございます、と返した。
「普段はしっかりしてて大人びてるから、そういうギャップもいいのよねぇ」
照れちゃってかーわいー、と頬をつついてきそうな芹弥に「やめてくださいよ」と眉尻を下げ、蒼斗は照れ隠しか袋の口を、ぐるぐる、と必要以上に紐で厳重に括る。
後輩を構うのが好きな芹弥は多少強引なところがあるとは言え、相手を不快にさせない為の見極めは巧く引き際を弁えている。
「じゃあ帰りましょうか」
話しながらも適切に仕分けを終えた袋を手早くバックパックに詰め、蒼斗が手を伸ばす前に芹弥は、ひょい、と背負ってしまった。
「俺が持ちます」
「いいのいいの、大して重くないし。それに何かあった時、もっちーは身軽な方がいいでしょ?」
蒼斗の戦闘スタイルは剣や魔法では無く、素早く相手の懐に飛び込み一撃を加える、文字通り拳で殴打する近接格闘タイプだ。
「それに明日は授業で模擬戦をするんでしょう? 体力温存も大事よ」
万全の体調でボッコボコにしてやんなさい、と本気か冗談か笑顔で拳を握る芹弥に、蒼斗は大真面目に「頑張ります」と応えたのだった。
◇ ◇ ◇
「いいですか? パーティを組むと言うことは連携が大事なんですよ」
珍しくも厳しい声音で淡々と話す康人の前では、こちらも珍しいことに、しゅん、と落ち込んだ様子の蒼斗がいる。
授業で行った模擬戦の反省会をしていると聞いていた了太郎は、結果を知りたかった事もあり、また後輩たちを労おうと放課後の教室を覗いたところ、上記の光景に出くわしたのだった。
「どうした? なにかあったのか?」
「あぁ、樹先輩。丁度いいところに」
くるり、と振り返った康人の言葉に、了太郎は怪訝な顔で首を傾げる。
「聞いてくださいよ。彼、相手が魔法詠唱始めてるのに突っ込んだんですよ。ここは防御魔法展開して、一撃を凌いでから反撃するところだと思うんですけど?」
「いや、あの距離なら殴った方が早かったですし……」
「あれ普通に魔法で対処する距離ですよ?」
了太郎を挟んで意見を言い合うふたりを困ったように見下ろし、まぁ落ち着け、と一声掛ける。
「俺は実際には見ていないから、どちらの意見が理にかなっているかはわからないが、他の皆はどうだ?」
隆良、いづる、桜晴の顔を、ぐるり、順番に見回せば、桜晴は「イケたんだからいいんじゃね」と結果を重視し、いづるは「あ、その……やっぱり、危ないかな、て……思います」と最悪の事態を想定し、隆良は「連携ももちろん大事だけど、何事も想定通りにいくわけじゃないし、臨機応変にやるのも大事かなって」と考え考え口にする。
「そうだな。正解がある訳じゃないから難しいな。でもどの考え方も間違いでは無いと、俺は思うよ」
繋げた机を囲むように座っていた後輩たちの前に、了太郎は手にしていたバスケットを、とん、と置いた。
「一息入れて、それからまた話し合うといい」
お疲れ様、と笑む了太郎を後輩全員が見上げてから、バスケットの中身に視線を移す。さほど大きくは無いバスケットには、クッキーやマドレーヌと言った焼き菓子が溢れんばかりに盛られている。
うまそー! と真っ先に声を上げた桜晴がクッキーをひとつ口に放り込んでから、慌てて「ありがとうございます!」と輝かんばかりの笑顔で了太郎に礼を言ったことを皮切りに、後輩たちの口から次々と感謝の言葉が飛び出した。
「わざわざ焼いてくれたんですか?」
「あぁ、疲れたときは甘い物って言うだろう」
ぽり、とクッキーを一囓りした康人が、そっ、と窺うように蒼斗を見てから静かに立ち上がり、窓辺へと了太郎を促す。なにか聞かれたくないことでもあるのかと、了太郎は黙って康人の隣に並んだ。
「今回のことは樹先輩にも原因があるんですよ」
唐突に切り出された内容は寝耳に水であり、了太郎の目が隠すこと無く丸くなる。
「授業なんで装備アイテムの制限はありますけど、望月のあれは装備可と認められたんですよね」
あれとは了太郎が作った速度+5のブローチのことだろう。
「望月ひとりが突出しても僕たちはフォロー出来ないんで、ちょっと困っちゃうんですよ」
「それはすまなかった」
「やはりこう、バランスは大事だと思いませんか?」
にこり、と康人の元から細い目が笑んだことによって更に細くなる。
「……お前には何を作ればいい?」
なるほどそういうことか、と遠回しなおねだりに了太郎が笑いながら問えば、話が早くて助かります、と康人は悪びれた様子も無く頷いてから、皆の分もお願いします、と頭を下げたのだった。
2022.09.24
2022.09.25
2022.09.28
2022.10.02