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    【00】仮想ミッション的なアレでハムがヒドイ目に遭ってる本「リラクゼーションマシンということか?」
     口に運びかけていた三つ目のクラブハウスサンドを囓る寸前で止め、グラハムは親友の持ちかけてきた話を一言に集約する。
     ガンダムが現れてからというもの、非番などあってないような物だ。その貴重な休みの日に研究室に籠もっていたビリーの様子見も兼ねて、グラハムは道すがら大雑把に選んだ昼食を手にやって来たのだが、このままでは彼の非番も露と消えてしまいそうな流れである。
    「まぁ、正確にはちょっと違うんだけど、心のケアにも有効という点では間違いではないかな」
     ベーグル片手に軽く肩を竦め「いくら屈強なフラッグファイターでも、いざという時に心が折れてしまわないとも限らないだろう?」と戯けた口調ではあるが、ビリーが真剣に考えていることは目を見ればわかる。
    「使用者の情報といくつかの設定を入力すれば、最適なプログラムが自動的に選択されるという仕組みでね。仮想空間で癒しを求めるもストレス発散に冒険活劇を求めるも、本人の自由だよ」
    「なるほど」
     傍らに置かれているパソコンに繋がれた医療用カプセルに酷似した物に目をやり、グラハムは軽く頷く。パルスがどうのといった専門的なことはサッパリだが、体を動かさずとも脳に直接働きかけ、実際には存在しない物をあたかもその身で体験したかのように思わせるのだろうと推察する。
    「確かに聞いただけではわからんな」
    「だろう? だから、まずキミに体験して貰って問題がないようなら、他の面々にも勧めたいんだよ」
     例えそれが得体の知れない物でも隊長自らが試した物となれば、隊員達の不審感もいくらかは軽減されるだろうと踏んでのお願いだ。
    「僕は機械のメンテは出来ても、人のメンテは出来ないからね」
    「カタギリ……」
     そっ、と目を伏せどこか切なげな笑みを浮かべるビリーに、グラハムは手にしていたクラブハウスサンドを安っぽいトレーに戻し、口端に引っかかったパン屑もそのままに親友の手を情熱的に握り締めた。
    「キミがそこまで皆のことを考えてくれているとは思わなかった。正直に言うと中の人のことはどうでもいいのではないのかと思っていた」
     これは認識を改めなければ、と全く持って失礼なことを真顔で言ってのけるグラハムを見るビリーは終始笑顔であったが、眼鏡の奥の細められたその瞳は決して笑ってなどいなかった。だが、幸か不幸かグラハムはソレにはこれっぽっちも気づいていない。
    「わかった。僭越ながら不肖グラハム・エーカー、尽力しようではないか」
     言うが早いか即座に立ち上がりカプセルに寄ったグラハムの背を目で追い、ビリーはベーグル片手にキーボードを叩くとマシンを起動させた。プシュゥ、と微かに空気の抜ける音と共に持ち上がっていく透明度の高い蓋に額をぶつけないよう、一歩下がったグラハムに「じゃあ、早速だけどちょっとやってみようか」と声を掛け、ビリーはその中に横になるよう促す。
    「服は着たままでいいのか?」
    「あぁ、構わないよ。いきなり現実離れした物もアレだし、身近なところからいこうか」
     片手はベーグルに支配されたまま反対の手でデータを入力していると思しきビリーに、カプセルの中に腰を下ろしたグラハムが問うように首を傾げる。
    「どのような内容になるのだ?」
    「それは蓋を開けてからのお楽しみだよ。おっと、この場合は蓋を閉めてからというべきかな」
     はは、と笑って再度、横になるよう促してきたビリーに素直に従いグラハムが少々、窮屈な中に身を横たえれば、それに合わせて蓋がゆっくりと下降していく。何事にも物怖じしないグラハムは期待に目を輝かせており、そんな彼の様子にビリーの心に最後まで引っかかっていた罪悪感の欠片も消え失せた。
    「まだデータ収集中の試作機なんだけどね」
     ぴたり、と蓋の閉じたカプセル内にその声が届くことはなかった。しかも作ったのはビリーではなく外部の企業である。ホーマーから実用に適った物か確かめて欲しいと直々に頼まれ、ビリーの脳裏に真っ先に挙がった候補は、ユニオン屈指のトップガンであり道理を無理でこじ開け阿修羅すら凌駕し、12Gにも耐えうる驚きの頑丈さを持った親友の姿であった。
    ■Scenario 1

     コツ、と硬質な音を立て地表に降り立ったグラハムはたった今、降りたばかりの機体を見上げつつヘルメットを脱いだ。
    「お疲れ様。どうだったか率直な意見を聞きたいな」
     彼が降りてくるのを待ち構えていたビリーが早速問いを投げれば、僅かに湿った髪を掻き上げつつグラハムは口を開いた。
    「照準を合わせてから射撃までの際、若干のタイムラグが生じるようだ。オートバランサーは申し分ない。だが、逆にそれが不測の事態に直面した際、徒となるやもしれんな」
    「それはキミだけだよ、グラハム」
     フラッグでの空中変形を当たり前の物としている彼らしい言い分に、ビリーは軽く笑いながら肩を竦めてみせる。性能はフラッグの方が格段に勝るとはいえ、配備数の関係でユニオンの主力機は未だリアルドである。
     フラッグには及ばずとも出来うる限りの性能向上をと、ビリーが組み直したプログラムを積んでのテスト飛行であったのだが、パイロットがグラハムでは正直テストにならなかった。
     機体性能以上の成果を上げるパイロットは実戦では重宝されるのだが、今はデータを集めている段階だ。ここは堅実な飛行を見せるハワード・メイスン准尉に頼むべきであったかと、ビリーが内心で後悔していることをグラハムは知る由もない。
     話の最中ではあったが、ふ、とグラハムの新緑の瞳が逸らされ、どうしたのかとビリーも彼と同じ方向へ目をやる。その先にはハンガー内を大股に闊歩する、白のパイロットスーツに大層映える燃えるような赤毛を項辺りで一括りにした男がおり、グラハムはその男を視界に納めたまま怪訝に片眉を上げた。
    「彼は? 見ない顔だが」
    「あぁ、えーと、どこからか転属になった人らしいけど、僕も詳しく聞いてないからなんとも」
     腕はいいらしいよ、と付け加えられたビリーの言葉に、ほぉ、と低く返し、グラハムは真顔で赤毛に視線を注ぎ続ける。
    「ヘルメットを被る際、あの長髪は邪魔にはならないのだろうか」
     真剣な問いであったのだがビリーは冗談に受け取ったらしく「なら本人に聞いてみたらどうだい」と軽く返されるもグラハムは「正論だな」と真面目に頷き、親友が止めるよりも早く踵を鳴らすと名も知らぬ赤毛に足早に近づいていったのだった。
    「失礼。少々、伺いたいことがあるのだが」
    「おや、これは驚いた。エーカー中尉からお声を掛けていただけるとは思いもしませんでしたよ」
     人当たりの良い声音と口調で戯けたように、ひょい、と片眉を上げて見せた赤毛に、グラハムはなにを感じ取ったか僅かに目を眇めるも、即座にいつもの力強い輝きを放つ瞳で相手を真っ直ぐに見やり、くっ、と口角を吊り上げた。
    「まずは名前を伺いたいのだが」
    「ゲイリー・ビアッジ。階級は少尉であります、中尉殿」
     大半の者は好印象を抱くであろう雰囲気を醸してはいるが、どこか軽薄さを感じさせる笑みと共に右手を差し出され、グラハムはグローブに包まれたその掌を一呼吸の間凝視した後、同じグローブを着けた己の右手を、ゆっくり、と上げた。
    「グラハム・エーカー中尉だ。初めましてだなぁ、ビアッジ少尉」
     互いに掌を軽く握り、グラハムの自己紹介が済むのと同時に離れる。
    「それで? 私に聞きたいこととはなんでしょうか?」
    「うむ。そのように髪を伸ばしていて、ヘルメットを被る際、邪魔にはならないのかと思ったのだよ」
     一体なにを聞かれるかと内心、少々構えていた赤毛であったが、グラハムの口から飛び出たなんとも莫迦らしい、もとい、素朴な疑問に隠すことなく軽く噴出してから、更に込み上げる笑みを押し戻すかのように掌で口元を覆った。
    「それは『キスするときに鼻は邪魔にならないのか?』と同レベルの質問ですよ、中尉殿」
    「なんと。例えはアレだが言わんとすることは理解した。そうか、愚問であったか」
     これは失礼した、と大真面目に頭を下げ、引き留めて悪かった、と改めて詫びの言葉を口にしたグラハムはそのまま踵を返そうとしたのだが、素早く伸ばされた手に二の腕を掴まれそれは叶わなかった。
    「なにかな?」
    「こんな機会、早々あるモンじゃないのでね。折角なのでもう少し私にお付き合い頂けないかと思いまして」
     物腰は柔らかいが、隠しても隠しきれない滲み出る威圧感は相当なものである。これはとんだ狸だ、とグラハムは内心で片眉を上げるもおくびに出さず、ゆるり、と頭を巡らせた。
    「カタギリ、少々外すが良いか?」
    「うん? んー、そうだね。一時間休憩にしようか」
     親友が新入りと言葉を交わしている間に先程の飛行データに目を通していたビリーは、携帯端末から顔を上げると、行ってらっしゃい、と言わんばかりに、ひらり、と手を振って見せる。
     それを受け小さく頷くとグラハムはゲイリーに向き直り「コーヒーでも飲むかね?」と軽く首を傾げて見せた。
    「それも大変魅力的ですが、ここはひとつ……」
     すぅ、と目を細めグラハムの腕を解放しつつ、ゲイリーは何かを握る仕草をして見せる。その手付きから相手の要求する物を察したか、グラハムの口角が、くい、と吊り上がった。
    「中尉殿のお手並みを是非に拝見したいですねぇ」
    「それは構わないが、さすがに実機という訳にはいかないな」
     応えつつ端末を取り出し、フライトシミュレーターの稼働状況を確認すると手早く使用申請手続きを行ったかと思いきや、許可が下りるのを確認する前にグラハムはゲイリーを伴って歩き出す。
    「これで先約があったら笑えないんですが?」
     噂に違わぬ落ち着きがなく我慢弱い様に苦笑しつつゲイリーが問えば、グラハムは「心配ない」と自信満々に返してきた。
    「フラッグ仕様のシミュレーターを使う者が、果たしてここに何人居ると思うのかな?」
     見上げてくる瞳は確かな実力に裏打ちされた力強い輝きを放っており、ゲイリーは、降参、と言わんばかりに両手を胸まで引き上げる。
    「ま、シミュレーターでもいいから乗りたいって輩は、たんと居ると思いますがねぇ」
     かくいう私もそのうちのひとりですよ、とゲイリーは冗談のように言葉を継ぎ、低い位置にあるグラハムの肩に、ぽん、と軽く触れた。
    「なら、乗るといい。少尉も相当の手練れだと聞いている」
     ランチのメニューを迷っている者の背を押すのとなんら変わらぬ顔で、しれっ、と口にしたグラハムに、さすがのゲイリーもとっさに言葉が返せない。軽く目を見開き隣で揺れる金髪を凝視していたゲイリーだが、徐々に口角が吊り上がりなにを考えついたか愉快そうに目を細める。
    「中尉殿に手取り足取り御指南頂けると感激なんですがねぇ」
    「アドバイスくらいなら出来ると思うが、実際はそのような必要などないのではないかな?」
     相手の言葉をリップサービスと受け取ったかグラハムは、ゆるり、と首を傾げるようにゲイリーを見上げ、くつり、と喉で笑った。
     そうこうしている間に辿り着いた部屋には他に人影はなく、グラハムは手慣れた様子でシステムを起動させる。フライトシミュレーターのハッチを開きスライドしてきたシートに座るようゲイリーを促してから、グラハムは口を開けたままのハッチの縁に手を掛け、シートに収まった相手を覗き込むような体勢で声を掛けた。
    「基本的な操作はリアルドと大差ないが、何か……ッ!?」
     質問は、と続けられるはずだった言葉は喉奥で詰まり、強く引かれた腕を意識する間もなく一転した視界にグラハムは暫し呆然となる。即座にシートは後方へと滑り、言葉のないグラハムの目の前でハッチは無情にも閉じられた。
    「……これはなんの真似かな、ビアッジ少尉」
     僅かに身を捻り背後にいる男に剣呑な眼差しを送れば、ゲイリーは己の膝に座るグラハムの左手の甲を軽く叩いた。
    「言ったじゃないですか。手取足取り御指南頂きたい、と」
     くく、と喉を鳴らすゲイリーを見るグラハムの眼差しが呆れた物へと代わり、薄く開いた唇から緩く息が吐き出される。
    「冗談も大概にしたまえ」
     一人でもそれほど余裕のない内部に、大の大人が二人では息も詰まるというものだ。すぐにハッチを開こうと僅かに身体を前に倒しつつ伸ばした腕は、思いも掛けず背後から止められてしまった。悪ふざけの過ぎる相手に文句の一つも言ってやろうとグラハムが振り返るよりも早く、背中に密着するように身体を寄せゲイリーは反対の手をも捕らえると、グラハムの耳元で、くつり、と低く笑った。
    「あちこちお留守ですよ、中尉殿。戦場じゃちょっとした油断が命取りになる。そうでしょう?」
     ねっとり、と絡みつくような声を至近距離で吹き込まれ、ふるり、と僅かにグラハムの身が震える。
    「さて、中尉殿のお手並み拝見といきましょうか。確か、左利きでしたね」
     そう言うが早いかグラハムの左手の甲を覆うように上から掴み、そのまま股間に持って行く。
    「なッ!?」
     突然の事態に一瞬、思考が停止したか目を見開いたまま己の股間に伸ばされた手を見下ろし、ややあって我に返りゲイリーの手を振り解こうとするも、覆われた手の甲ごと掌を強く握り込まれ、喉奥で引き攣れた声を上げた。
    「おっと失礼」
     揶揄するような笑いと共に詫びの言葉を口にするも、ゲイリーがこれっぽっちも罪悪感など抱いていないことは明らかである。その証拠に、やわやわ、とグラハムの手の上からではあるが揉み込んでくる動きは止まらない。動かしているのは他人の手であるが、触れているのは自分の手であるという事実にグラハムは倒錯的な快楽を覚え、それを否定するかのように、ふるり、と頭を振った。
    「一体これは、なんの真似、だ」
    「なに、中尉殿のテクニックをご披露頂きたいだけですよ」
     ただし夜のですが、と笑み混じりに囁かれ、再度グラハムの身体が震える。
    「お堅い中尉殿が御自分をどう慰めるのか、大変興味がありましてねぇ」
    「はっ、とんだ、物好き……だ」
     手首を捕らえられたままの右手を強く握り締めつつ悪態を絞り出せば、ゲイリーは愉快そうに目を細め「そりゃどうも」とグラハムの嫌味を、さらり、と受け流し、金の髪の間から覗く耳殻を、ねろり、と舐め上げた。
    「……ッ!」
     漏れ出そうになった声を無理矢理飲み込んだか、僅かに息を詰まらせつつ顎を上げたグラハムの反応に気をよくし、ゲイリーは首筋に唇を当て軽く吸い上げる。ちゅっ、と場の空気にそぐわぬ可愛らしい音が漏れ、それを厭うかのようにグラハムの首が、ゆるゆる、と振られた。
     派手な抵抗がないのは万が一、機器の破損を考えてのことなのだろうが、それこそがゲイリーの思う壺であった。ぴたり、と身を寄せていることにより快楽に震える様が直接伝わり、ひくん、と僅かに跳ねる脚に更に気をよくする。我慢弱い性質はここでも健在であったかと、口角を吊り上げる。
     薄く開いた唇から漏れ出るのは熱を帯びた吐息であり、首を落とし僅かに前屈みではあるが動かされる手はゲイリーに従順だ。
     だからこそ、すっかり油断していたのだ。
     握り締められた右手には力が込められたままであったことを、すっかり失念していたのだ。
    「……ラハム……」
    「うん?」
     グラハムが漏らした呟きを拾い損ねたゲイリーが首を傾げたのと、それはほぼ同時であった。
    「スペシャルッ!!」
     ぐんっ、と勢いよく身を起こしたグラハムの後頭部に、ゲイリーは派手に額を強打されたのだった。


     ばかーんッ! と吹き飛びかねない勢いで内部から跳ね開けられた蓋に、ビリーは呑気に咀嚼していたベーグルを噴出せんばかりに驚き、モニターに向けていた目を何事かとカプセルにやった。
    「グ、グラハム!?」
    「カ~タ~ギ~リ~……」
     むくり、と起き上がったグラハムはそれこそ悪鬼の如き形相で、何故彼がそのような凄まじい表情になっているのか訳のわからないビリーは、パソコンのモニターとグラハムを交互に見やった。
    「プログラムを自力で強制終了させるなんて、ほんとキミはなにをやらかすか予測がつかないねぇ」
    「そんな道理、私の無理でこじ開けたッ! だがそんなことはどうでもいい! アレはなんだカタギリッ!! 悪ふざけにも程があるぞ!!!」
     がーッ! と一気に捲し立ててくるグラハムにビリーは、こてん、と首を傾げ「なんのことだい?」と目を丸くする。
    「お約束のライバル登場ってシチュエーションだったけど、お気に召さなかったかい?」
     モニター上で確認できるのは被験者の脳波や脈拍、心拍といった身体状態のみで、外部の者は体験内容を把握できるわけではないのだ。
    「な、に?」
     確かに導入部分はそのような設定だったと言えないこともなかった。だがしかし、実際の展開は口にするのも憚られる破廉恥極まりないもので、詳しく説明する勇気は正直ない。
     親友が嘘をつく理由も、またそこにメリットもなく、グラハムは困惑気味に眉を寄せ喉奥で低く唸ると、どこか釈然としないままではあったが、ゆるり、と頭を振った。
    「いや、いい」
    「そうかい? ならいいけど。どうする? 続けるかい?」
     正直、御免被る、と言いたいところだが、もう少しデータ欲しいんだよね、と笑顔で告げてくる親友を前にしてしまっては無碍に断ることなど出来ず、グラハムは、これぞ清水の舞台から飛び降りる心境であるか! と内心で叫びつつ、首を縦に振ったのだった。
    「そうそう。ガイドを見てたら複数人が同時ログインも可能ってあってね。おもしろそうだと思わないかい」
    「次はそれを試そうというのか?」
    「いや、さすがに僕がログインするわけにはいかないからね。またの機会にしよう」
     心底、残念そうな顔を見せるビリーに軽く肩を竦めグラハムが、
    「今度は平和なモノを所望する」
     そう言い置いて再びカプセル内に横になれば「合点承知」と応え、ビリーは、ぺちぺち、といくつか設定を打ち込んでいく。
    「平和、平和ねぇ……」
     ふと、キーボードを叩く手を止め、天井を仰ぎつつ、うーん、とひとつ唸ってから途中まで打ち込んだ物を消去し、改めて思いついた設定を手早く入力していく。
    「さて、どんな行動を取るのかな」
     話を聞くのが楽しみだ、とビリーは最後のキーを軽やかに叩いたのだった。
    ■Scenario 2

     ぐぐーっ、とソファに身を横たえたまま伸びをし、グラハムは閉じていた瞼を緩慢に持ち上げる。主人が帰ってくるのは陽が暮れてからだが、窓からは既に夕陽が差し込んでいる。
     日がな一日、ごろごろ、し、食べたいときに食べて眠りたいときに眠る。そのような自由奔放……というより自堕落な生活は、人の身では考えられない。
    「一日程度なら骨休めになるが、毎日コレでは飽きてしまうな」
     天井を眺めつつひとりごちる。今のグラハムは『猫』なのだ。
     猫……のハズなのだ。
    「ん?」
     上に伸ばしていた腕を何気なく元の位置へ戻そうと動かした際、視界に入ったのは五本の指がある手で。何事かと身体を見下ろせば、きっちり、とYシャツまで着込んでいるではないか。
    「不具合か?」
     のそり、と上半身を起こすと両の掌を胸の前で、ぐっぱっ、と数度、開閉し、当然のことながら肉球がないことを確認してから、そろり、と床に足を下ろす。シャツは着ているが下は股上の浅いボクサーパンツのみという事実に、グラハムは怪訝に眉を寄せる。
    「一体、誰の趣味だ」
     まさかカタギリか? と即座に友人を疑うも、彼はボクサーではなくトランクス派であったな、と思い直す。
     毛足の長い絨毯を裸足で踏みしめ、ぐるり、室内を見回せば、高価そうな調度品が並んでおり、はて、そういえば主人とは誰であったかな? と首を捻った。それに合わせて、ゆらゆら、と揺れる尻尾にたった今気づいたか、グラハムは僅かに身を捻って肩越しに己の背後に目をやり、絶句した。するしかなかった。
     茶と言うよりも麦の穂のような黄金色に近い獣毛に包まれたそれは、確かにグラハムの意志で自由自在に動かすことが出来る。
    「まさかッ!?」
     頭に、ばっ、と手をやり、同時に壁際の姿見に向かって駆け出せば、案の定。
     髪を掻き分け尻尾と同じ色をした耳が、頭部から、ひょっこり、と生えていた。恐る恐る髪を掻き上げれば、本来人間の耳があるべき場所は、つるん、となにもなく、少々、気味が悪い。
    「あるべき物がないというのは、どうにも奇妙なものだな」
     気味が悪いと思いつつコワイモノ見たさか、まじまじ、と鏡の中の自分を観察していたグラハムの背後で、ゆっくり、と扉が開いていく。それを鏡越しに視認し、姿を現した男の顔を目に留めた瞬間、グラハムは僅かに自分の口元が引き攣ったのを自覚した。
    『アレハンドロ・コーナー!?』
     まさかの国連大使のご登場にどう反応した物かと、グラハムが動きを止めているのを知ってか知らずか、コーナーは微笑を浮かべたまま優雅な足取りで『自分の猫』に近づくと、おもむろに、ぎゅうぎゅう、と背後からグラハムを抱き締めた。
    「マイ・スウィート・エンジェル。ひとりで寂しくはなかったかい」
     柔らかな蜂蜜色の髪に頬擦りをしながら甘やかに囁いてくるコーナーに、グラハムは、ぞぞっ、と背筋を駆け抜けた寒気をなんとかやり過ごすも、尻尾はとても正直で見事な極太になっている。
    「おや、やはり拗ねているのかな。いつものように可愛らしい声で『お帰りなさい』は言ってくれないのかね?」
     いちいち芝居掛かった口調で大仰に嘆いてみせるコーナーだが、グラハムを捕獲した左手はシャツの上からであったが遠慮無く身体をまさぐり、右手は、もにゅもにゅ、と尻を揉みしだいている。
    「それともわざとつれない態度で、私の気を引こうというのかな? まぁ、そのようなところも可愛いのだがね」
     冗談めかしているが言葉の端々に滲み出る本気を嗅ぎ取り、グラハムは、ひぃぁぁぁぁ、と上がりそうになる情けない悲鳴を、ぐっ、と飲み下す。
     その間にもコーナーの手は巧みにシャツの中へと潜り込むとグラハムの肌を刺激し、脇腹を、するり、と撫でられた瞬間、へにゃり、とグラハムの上半身が前に崩れた。
    「声も聞かせてくれないとは、今日はずいぶんと強情だ」
     これは躾し直さなければならないかな? と獣毛に覆われた耳を甘咬みしつつ、低く吹き込んできたコーナーにグラハムは喉を引き攣らせる。
     その言葉に嘘はないと言わんばかりに尻を揉んでいた手が離れ、そのまま下着越しに割れ目の奥に息づく箇所を指先で緩慢に何度も撫でてくる。
    「……んっ」
     ふるっ、と身を震わせたグラハムの背後で、コーナーが満足そうに口角を吊り上げた。それを気配で察したかグラハムは縋るように鏡に頬を押しつけた状態ではあったが、懸命に身を捩ると拘束されていない右腕を勢いよく横に薙いだ。
    「は、はははハムチョップ!」
     狙い違わず手刀はコーナーの首筋に叩き込まれ、突然のことに相手の腕が緩んだのを見逃さずグラハムは身体を反転させると、その勢いのままに振り上げた左腕を垂直に下ろす。
    「もう一発! ハムチョォォォップッッ!! アーンド、ハムキィィィックッ!」
     チョップ、チョップ、キックのコンボを叩き込まれ、哀れアレハンドロ・コーナーは状況を理解する間もなく撃沈したのだった。


     蓋を蹴り開け息も荒く起き上がったグラハムに、ビリーは再度目を丸くした。
    「あ、あれ? また強制終了かい!?」
     ギリギリ、と音がしそうな程に寄せられたグラハムの眉に内心ビクつきながらも、果敢に問いかけてきたビリーに向かってグラハムは半眼を向ける。
    「この機械……というかプログラムには欠陥があるのではないかね?」
     苦々しい表情のまま低い声で、それこそ呪詛のような響きを持った問いに、ビリーは一瞬、彼を実験台にしていることがバレたのかと思ったが、グラハムの性格ならばこのような歪曲な言い方はせず、ズバリ直球で言ってくると考え直す。
    「なにかおかしなことがあったなら、具体的に教えてくれないかな? そうじゃないと僕にはわからないんだよ」
     ね? と穏やかに水を向けてくるビリーにグラハムは、もご、と口ごもる。まさか、国連大使に尻を揉まれました、などとは口が裂けても言えず、ややあって「姿が、中途半端であった」とそれだけを唇に乗せた。
    「耳と尻尾がついただけで、あとは普段と変わりがなかった」
    「そう。情報読み取りのバグかな」
     ふむ、とひとつ頷いてビリーは手近なメモ用紙になにか書き付けていく。それを胡乱に見やりグラハムは深々と息を吐いた。やはり彼に悪意があるとは思えない。純粋なバグなのだろうと己に言い聞かせ、グラハムは、ひらり、と手を振りカプセルに横になった。
    「あとはキミに任せる」
     尽力すると宣言した以上、途中で投げ出すなど矜持に関わることだ。そして友の頼みを無碍にするほど、このグラハム・エーカー落ちぶれてはいない! と密かに拳を固める。
     そんな彼の心境を知る由もないビリーは、グラハムが放置したクラブハウスサンドをつまみつつ、モニターに向き直った。
    「うん。さっきと同じように平和路線でいこうか」
    『そうだな、軍や戦争とは関係のないホームドラマ系でいこう。年齢も変えられるから、シニアハイスクール通いで上にお兄さんが一人いて……』
     うんうん、と一人頷きながらキーボードを叩くビリーの様子はカプセルの中からは窺えず、グラハムは少々の不安を胸に静かに瞼を下ろした。
    ■Scenario 3

     コンコン、と軽く扉の叩かれる音が遠くから届き、グラハムは、ゆるり、と意識を浮上させる。
     朝か、と思いつつ身を起こそうとするも意に反して身体は鉛のように重く、瞼を持ち上げるのですら重労働だ。
    「グラハム? 遅刻するぞ」
     応えのないことを訝るように声をかけながら扉から覗いたのは、栗色の髪と翡翠の瞳であった。大股にベッドに寄り、グラハムが起きていることを確認した男の眉が僅かに寄る。
    「具合悪いのか?」
    「どうやら、そのようだ」
     頭の芯が重く視界もどことなくぼんやりと焦点が合わず、グラハムは兄に向かって苦笑して見せた。どれ? と額に伸ばされる手を甘受し、グラハムは前髪を掻き上げ静かに触れてくる心地よい感触に、ゆるり、と息を吐く。
    「あー、こりゃだいぶあるな。ちょっと待ってろ。氷嚢作ってくるから」
    「いや、それには及ばん。私のことはいいから。ニールがカレッジに遅刻してしまう」
     兄と呼んでいるが、ニールとグラハムに血の繋がりはない。親は再婚同士で彼らは互いの連れ子であったのだ。だが、そのようなことは関係なしに、ニールはとても面倒見が良く優しい。
     現在は親元を離れ二人で暮らしているが、ニールは正に理想的としか言いようのない申し分のない兄であった。
    「ばーか。病人が気ぃ遣うなって。こんな時くらい素直に甘えろっての」
     額に当てていた手でそのまま頭を数度柔らかく撫で、その手つきにふさわしい笑みを見せるニールにグラハムは眉尻を下げ、すまない、と小さく詫びた。
    「またそうやって。ホント、お前は生真面目というか、融通が利かないというか、隙がないというか」
     他人行儀でお兄ちゃん寂しい、とわざとらしく顔を両の掌で覆って泣き真似をして見せるニールに、グラハムは困ったように目を泳がせる。
    「そんなつもりはないのだが、すまない。その、そういうことに縁がなかったので、どうしていいのかわからないのだよ」
     いくら仮想現実で設定に沿って配役を割り振られようとも、性格や考え方、行動パターンまでは変えることが出来ない。結局のところ姿形を変えようとも、中身は二十七歳のグラハム・エーカーでしかないのだ。
     心底、申し訳なさそうに目を伏せるグラハムにニールは、ふっ、と柔らかく笑み、相手の瞼に軽く触れるだけのキスを落とす。
    「こっちこそ悪かったよ。困らせるつもりはなかったんだ」
     おとなしくしてろよ、と言い置いて出ていったニールの背を、ぼんやり、と見送り、グラハムは、はー……、と深く息を吐いた。
    「カタギリめ……」
     恨みがましく友人の名を口にし、掌を顔の前に翳す。現実よりも柔らかなそれは、豆を潰した痕一つ無く綺麗なものだ。
    「確かに現実では寝込んでいる暇もないが、だからといってこれはなかろう」
     なにが悲しくて、わざわざ病人ごっこをしなければならないのか。
     溜め息と共に翳した掌をそのまま下ろし、顔を覆う。ここまで甲斐甲斐しく世話を焼かれた経験などなく、正直、どうしていいのかわからないのだ。
     現実ではないのだから少しばかり羽目を外したところで、迷惑を被る者は居ないのだと頭ではわかっているのだが、行動に移すとなると話はまた別である。
    「しかし、このシナリオはどうすれば終わるのだ……?」
     先に体験した物は気合いで終了させてしまった為、どうすればミッションコンプリートになるのか、皆目見当が付かないのであった。


     その頃、ベーグルをすっかり胃に収め食事の〆にコーヒーを啜っていたビリーは、あることに気づき僅かに青ざめていた。
     試作機のためシナリオプログラムや登場人物などは、制作元であるCyclone Blade社のデータベースから引っ張ってきているのだが、その接続先を、うっかり、間違えていたのだ。
     これなら先程のグラハムの反応も納得がいくと理由が判明したはいいが、何の解決にもなっていないことに思わず頭を抱える。
     今頃、彼がどのような目に遭っているか考えるのも恐ろしいが、戻ってきた彼の反応がそれ以上に恐ろしい。
     これはシラを切り通すしかない、とビリーはカプセルに向かって「ごめん」と手を合わせた。


     枕を背にベッドヘッドに凭れるよう上体を起こし、ちゃぷん、と水音を立てる氷嚢を額に宛がい、グラハムはサイドテーブルに置かれたスープ皿を横目に緩く息を吐く。
    「食欲ないか?」
     替えのパジャマとタオルを手に傍らに立ったニールを見上げ、軽く肩を竦める仕草をして見せれば、それらをベッドの端に置きニールは静かに膝を折った。
    「一口でもいいから食っとけ」
     スプーンを取り上げると、くるり、と皿の中を一混ぜし「ほれ、あーん」と片手を添えたスプーンをグラハムの口元へと運んでくる。まさかそのような行動に出られるとは予想だにしていなかったか、グラハムは否とも応とも言えず、差し出されたスプーンを凝視するばかりだ。
    「あーん」
     根気強く促してくるニールに負けたか、はたまたこれ以上彼の手を煩わせることに気が咎めたか、グラハムは諦めたように薄く唇を開いた。静かに流し込まれたスープの味は正直わからなかったが、満足そうに頷くニールの顔を見たらそのようなことはどうでも良くなった。
     二度、三度、とスプーンを往復させていたニールが壁の時計を見上げ、あ、と小さく声を上げる。
    「往診頼んどいたから、今のうちに着替えとくか」
     着替えを差し出して来る兄に首を傾げて見せれば、ニールはグラハムの膝に着替えを置き手早くパジャマのボタンを、ぷちぷち、と外しながら「隣の開業医だよ。病院開ける前に来てくれって、さっき頼んできた。態度と口は悪いが、まぁ腕はいいからな、あの赤毛」と苦笑混じりに説明する。
    「……赤毛?」
     ぴくり、と僅かにグラハムは口元を引き攣らせるも、いやいやまさかそんな、と己の考えを即座に打ち消した。そんな彼の心境など知る由もないニールは手際よくグラハムの身体を拭き、新しいパジャマに袖を通すよう促してくる。
    「ニール、そろそろ行かないと本当に遅刻してしまう」
    「そうだな。出来るだけ早く帰ってくるから、おとなしく寝てろよ」
     再びベッドに横になったグラハムの掛け布団を整え、仕上げに軽く、ぽん、と胸の辺りを叩いてからニールは皿やタオルなどを手に退室していった。その後ややあってから軽やかな玄関チャイムが響き、途切れ途切れに届く会話から察するに、先程ニールが言っていた医者のご到着らしい。
    「おー、来てやったぞ、クソガキ」
     挨拶とは思いたくもない挨拶と共にやって来た男を目にした瞬間、グラハムは氷嚢が吹っ飛ぶのもお構いなしにバネ仕掛けのおもちゃのように勢いよく跳ね起きると、「げっゲイリー・ビアッジ!? 何故 貴様が出てくるッ!!」と狼狽も露わに裏返った声を上げた。
     だが、失礼にも、びしり、と突きつけられた指先を眇めた目で見やった赤毛は、はー、と呆れの溜め息を漏らしつつグラハムに寄ると無造作に額を鷲掴み、問答無用でそのまま力任せに、ぼすん! とベッドに沈める。
    「誰だソイツぁ。熱で脳みそ蕩けちまったか? アリー・アル・サーシェスだ。越してきて一週間経ってんだ。隣人の名前くらいさっさと覚えやがれ」
     脇に転がった氷嚢を拾い上げ、ほらよ、と額に置いてやり、サーシェスはパソコンデスクに収まっていたキャスター付きの椅子を引き寄せると、どっか、と腰を下ろした。
    「口開けろ」
    『アリー・アル・サーシェス……?』
     とりあえず言われるがままに口を開き、告げられた名を頭で反芻しつつグラハムは自分の口内を覗き込んでいる赤毛を、まじまじ、と観察する。髪は伸びるに任せたままで顎には髭をたくわえており、確かにゲイリー・ビアッジとは異なっている。
     だが、その声と目つきには覚えがあり、湧き上がる警戒心はどうすることも出来ないでいた。
    「で? 熱は測ったのか?」
    「あ、いや。まだだ」
     問いかけに、はっ、と意識を引き戻しグラハムが言葉短く答えれば、サーシェスは、そうか、と言うが早いか、べろん、と布団を捲り上げグラハムの身体を横向きに転がすや否や、ずるり、とパジャマのズボンと下着を一緒くたに引き下ろした。
    「んなッ!?」
     慌てて身を捩ろうとするも、がっちり、と肩を押さえられては首を巡らせることしか出来ず、グラハムは声を上げるしかない。
    「なにをするかッ!?」
    「あー? なにって熱測るんだよ。力抜いてろ」
     淡々と告げられグラハムは、ぐぅ、と低く喉奥で呻く。確かに直腸検温はもっとも正確な体腔温度が測定出来ると知識としては持っているが、なにもそこまでせずともと言いかけ口を噤む。仮にも相手は医者である。素人が口を出すことではないと自分に言い聞かせ、ぐっ、と耐える。
     相手に抵抗の意志がないことを十二分に確認してから、サーシェスは押さえつけていたグラハムの肩から手を離し機械的に作業を進めていく。つぷり、と差し込まれた冷たい硝子の感触に、ふるり、とグラハムの背が震える様を、僅かに口角を上げ細めた瞳で見下ろす。
     相手は医者だ相手は医者だ相手は医者だ、と呪文のように内心で繰り返しているグラハムを知ってか知らずか、つるん、と抜き取った体温計の目盛りを確認し、サーシェスは傍らの医療バッグを、ごそり、と漁った。
    「注射の一本でも打っちゃすぐ治んだろうが、めんどくせぇからこっちな」
    「めんどくさいとはなんだ、めんどくさいとは!?」
     医者にあるまじき言い草にグラハムは反射的に身を起こしつつツッコミを入れるも、するり、と尻を撫でられ、ひっ、と声にならない悲鳴と共に身体が一瞬、動きを止める。
    「おとなしくしてろっての」
     メディカルグローブを装着した指で双丘奥の窄まりを、くにくに、と押され、グラハムは身を震わせながら、ぼすり、とベッドに沈む。ぞわぞわ、と広がるむず痒いような感覚に肌を粟立たせるグラハムの背後で、ぽそり、と「さすがにキツイな」と誰に聞かせるでもない呟きが漏らされた。
     一体なにをされるのかとグラハムが身構えるよりも早く、ぬるり、と濡れた指先が円を描くように再度、窄まりを刺激してくる。
    「やめ……」
     くっ、となにか小さな物を押し込まれただけでも腰が引けるというのに、それを更に奥に入れようというのか続けて侵入してきたものがサーシェスの指であるとわかった瞬間、グラハムは息を飲み無意識にそれを締め付ける。
    「おっと、力抜けって」
     ローションに濡れた指をじりじりと奥へ進めつつ、サーシェスは聞き分けのない子供をあやすかのようにグラハムの耳元で甘く低く囁いた。
    「一体なに、を……」
    「座薬だよ。解熱にはこれが一番だろ」
     ゆるゆる、といたずらに内壁を撫でられグラハムは腹の奥底から湧き上がる圧迫感と、身体の内側に触れられる得も言われぬ未知の感触に力無く頭を振る。
    「熱いな」
     内部の状態を確かめるように指を滑らせるサーシェスの声をどこか遠くで聞きつつ、グラハムは更に熱が上がったか意識に霞が掛かっていくのを止めることが出来ない。
     本調子ならば一発と言わず二、三発ぶん殴ってやるものをと内心で歯噛みしつつも、いっそこのまま意識を手放してしまえばラクになれるのではないかと、そう思った刹那、それを見透かしたかのようにサーシェスの指先が強く一部分を押し上げた。
    「ッひぅ! な、ぁあっそ、こ……やっ」
    「なんだ、思ったより可愛く啼くじゃねぇか」
     くつくつ、と喉奥で愉快そうに笑うサーシェスの言葉に憤慨したか、グラハムは肩越しに振り返り、ギッ、と険しい目つきで相手を見据えるもその瞳には水の膜が張っており、発熱で上気した頬と相まって今にも泣き出しそうな表情にしか見えない。
    「ゆっ指まで入れる必要はなかろう……ッ!」
     言外に早く抜けと言っているグラハムにサーシェスは片眉を、ひょい、と上げ、わかってねぇなぁ、と言わんばかりに大仰に溜め息をつく。
    「んな腹に力入れたら出てきちまうだろうが。あー、じゃあ指がイヤだってんならコイツで……」
     再度、空いている手をバッグに突っ込んだサーシェスが引っ張り出した物を目に留めた瞬間、グラハムは、ぶふッ! と噴出した。
    「だから、力むなっての」
     取っ手と思しき丸くなったツルに指を掛け、これ見よがしに揺らして見せるサーシェスは一見すると真顔に思えるが、その目は明らかにグラハムの反応を楽しんでいる。
     彼が手にしているのは、泌尿器医によって開発された前立腺マッサージの為の器具であった。ただ現在は本来の目的とは異なった方面で用い、愛用している者が多い器具ではあるが。
    「そっそんなモノ、辞退する! 断固辞退するッ!!」
    「そんなモノとは失礼だな。こいつぁ、れっきとした医療器具だぜ? しかも振動機能付きの優れ物だ」
    「そのような機能が付いている時点で医療器具であるワケがなかろうッ!」
     それはどこをどう見てもアダルトグッズに分類される物であり、何故そんな物がバッグに入っていたのか激しくツッコミたいところであったが、間違いなく「聞く耳持たんッ!」と叫びたくなる恐ろしい答えが返ってくると、根拠はなくともグラハムはそう確信していた。
    「なんだよ、コレもイヤだってのか。まったく我が儘なガキだな」
    「そう言う問題ではない! 根本的に間違ってるとは思わないのかッ!?」
     裏拳の一発でもかましてやろうか、とグラハムは拳を固めるも、未だ挿入されたままの指が気になって、思い切った行動を取ることが出来ないでいる。
    「仕方ねぇな」
     その言葉と共に意外にも、あっさり、と引き抜かれた指に安堵の息を漏らし、持ち上げていた頭をようよう枕へと戻したグラハムであったが、ジジジ、と間髪入れず耳に届いたジッパーの下ろされる音で、枕に半ば埋もれるように押しつけていた顔から一気に血の気が引いた。
    「もっと太いのをご所望ってことだな」
    「そんなワケあるかぁッッ!」
     全くよろしくない方向で期待を裏切らない男、アリー・アル・サーシェス。だが大方、予想が付いていたからか、熱で揺れる頭もなんのその。グラハムは振り向き様、まさしく阿修羅すら凌駕する裏拳を赤毛の鳩尾に無慈悲なまでに豪快に叩き込む。
     うぐ、と低い呻きを漏らし崩れ落ちたサーシェスを見下ろし、額の汗を一拭いするとグラハムは下げられたままであった下着とズボンを引き上げた。
    「これが、フラッグファイターの実力だ」


     ウトウト、と微睡んでいたグラハムは左頬に何かが触れた感触に、ふ、と瞼を持ち上げる。ぼんやり、となかなか焦点の合わない目が真っ先に捉えたのは、真っ直ぐに見下ろしてくる翡翠の瞳であった。
    「悪い、起こしたか」
    「……ニール? いや、半分起きていたようなものだから、気にしないでいい。それよりもどうして……」
     カーテン越しに届く光は昼のそれを示しており、グラハムが怪訝さを隠しもせずニールに問いかければ、彼は僅かに眉尻を下げ目を細める。
    「ん、やっぱ心配でさ。どうだ? 少しはラクになったか?」
     ゆるゆる、とグラハムの頬を掌全体で包むように撫でながら、ニールは僅かに首を傾げた。その問いにグラハムは赤毛との一戦を思い出し一瞬、眉を寄せるも、心配そうに見つめてくるニールを真っ直ぐに見据え、頬に触れたままの兄の手に、そっ、と自分の手を重ねる。
    「あぁ、大分よくなった」
    「そっかそっか。でも辛かったら言えよ。な?」
     ちゅっちゅっ、と眦や鼻先に唇を落としてくるニールに、くすぐったい、と笑いながら訴えれば、彼は戯けたように唇を軽く啄んでから身を起こした。
     現実世界では親兄弟のないグラハムだが、兄とはいえこれはさすがに仲の良い兄弟では収まらない、いき過ぎた行為なのではないかと、内心で眉を寄せる。
    「随分と汗かいてるな。着替えるか」
     放っておいたらあれやこれやと世話を焼きかねないニールに、グラハムは嫌味にならない程度の苦笑を浮かべて見せ、ゆるゆる、と首を横に振った。
    「私は大丈夫だから、ニールはカレッジに……」
     戻ってくれ、と続けたかったのだが彼の手に握られている物に気づき、思わずグラハムの言葉が途中で止まる。
    「つかぬ事を聞くが、ソレは一体?」
    「ん? あぁ、熱を下げるにはネギがいいって教えてもらってな」
     にこり、と悪意の欠片もない笑顔を見せられ、グラハムはニールの優しさに、うっかり、涙が滲みそうになるも、兄の手にあるのは何の変哲もない長ネギ丸々一本であることに嫌な予感を覚える。
    「それで、そのネギをどうするのか、な……?」
     嫌な予感は最高潮で、グラハムの声もひっくり返ろうという物だ。だが、不審感丸出しの弟の様子などこれっぽっちも気にならないのか、ニールは相も変わらずいい笑顔のまま手中のネギを器用に、くるん、とまるでバトントワラーのように回して見せた。
    「ケツに突っ込むんだよ。だーいじょうぶだって、痛くないようにしてやるから」
    「やはりそういうオチかぁぁぁぁぁッ!」

     ピー、とアラートが鳴りカプセルの蓋が、ゆっくり、と上がっていく。平常心、平常心、とビリーは己に言い聞かせつつ、シナリオを完遂させた友人を迎えるために笑顔を作る。
    「お疲れ様、今度はどうだった?」
    「……だ」
    「え? なに?」
    「最悪だ。最悪だと言ったッ!」
     のそり、と起き上がったグラハムは項垂れていた頭を勢いよく上げたかと思いきや、その口からは間髪入れずに怒声が迸った。
    「あの赤毛がまた出ただけでも憤懣やるかたないというのに、よりにもよってネギ、長ネギだぞ! 私の自尊心はズタズタだ!! わかるかカタギリ!?」
    「え、あ、うーん、キミがナニか大興奮するようなシナリオだったことだけはわかった、かな」
     僅かに目を逸らしつつ応えるビリーを眇めた目で見やり、グラハムはたった今まで激昂していた人間とは思えない静かな声音で親友の名を呼んだ。
    「カタギリ、なにを隠している?」
    「な、なにも?」
     じっ、と胸の奥の奥まで見透かし射抜くような強い眼差しを向けてくるグラハムから視線を外し、ビリーは、はは、とどこか上擦った笑い声を押し出す。
    「そうか」
     だが、全身から隠し事してますオーラを発しているビリーに対し、グラハムは意外にも、あっさり、頷いて見せた。正直、面食らったビリーであったが、ここで不用意なことを口にするほど愚かではない。しかし、そうは問屋が卸さないとばかりに、グラハムが間髪入れずに口を開いた。
    「なら今度はキミが試すといい」
    「……え?」
    「ガイドがあるのだろう? ならば私にも操作は出来る。出来ると言った。さぁ、遠慮することはない」
     素早くカプセルから脱出するやビリーの腕を取り強く引きつつ、それだけでは飽き足らず猫の子を捕まえるかのように襟首を、がっちり、と掴むと、相手の抵抗などお構いなしに、ぐいぐい、とカプセルへ押し込めていく。
     縦にひょろ長いだけの技術屋が現役パイロットに敵うはずもなく、ビリーは早々に白旗を揚げた。
    「わーっわーっ! ごめんごめんごめんっ!! 洗いざらい全っ部キレイサッパリなんでも白状するからカンベンしてぇぇッ!!!」
    「うむ。では聞かせて貰おうか」
     パッ、と手を離し、グラハムは今までビリーが腰を下ろしていた椅子に座ると、カプセル内にしゃがみ込んだままずり下がった眼鏡を直しているビリーを見下ろす。
    「キミにはかなわないなぁ……」
     いろいろな意味で、と苦笑を漏らしてからビリーは重い口を開き、ホーマーに頼まれたことを含め文字通り洗いざらい全てを暴露したのだった。
    「で、うっかり、間違えた接続先が所謂アダルト専用であった、と」
     一通り説明を聞き終えたグラハムが苦い顔で繰り返し、はー、と深く深く息を吐く。通りでどれもこれも展開が安っぽいAVのようなものであったワケだ、とこめかみを指で揉み解しながら瞼を下ろし、再度、はー、と溜め息を漏らした。
    「言いたいことは多々あるが、既に済んでしまったことを改めてとやかく言うのは建設的ではないと熟知している。だから、ひとつだけ言わせて貰うぞカタギリ」
     すぅ、と静かに開かれていく瞼の下から現れた瞳は凜とした輝きを放っており、その得も言われぬ威圧感にビリーは蛇に睨まれた蛙のような心持ちで相手の言葉を待つ。
    「私がその機械を叩き壊す前に送り返すことを強くお奨めする」
     悪気のない不幸な人為的ミスだったとはいえ、ナニをアレされたグラハムは相当ご立腹のようだ。ここは下手なことは言わず素直に頷いておくに限る、とビリーは即座に首を縦に振ったのだった。


     運命の女神はいつ誰に微笑むかわからない物である。
     わざわざCyclone Blade社などという架空会社をでっち上げ、機械一式を送り込んできたソレスタルビーイングの策略を未然に防いだことなど、彼らは知る由もなかった。
     ちなみにお堅いガンダムマイスターのひとりは「こんなことの為にヴェーダのデータベースを開放するなんて!」と大層憤慨したが、戦術予報士に「情報は使ってこそ活きるのよ」と尤もらしいことを返され、尚且つ畳み掛けるようにマイスター最年長者に宥められては、渋々ではあったが口を閉ざすしかなかった。
     その最年長者も自分のデータが使われたことを知れば反応は違ったのであろうが、彼がそのことを知る術はなく、運命の女神はやはり気まぐれで残酷である。


    「ヒドイ目に遭った……」
     ゆるゆる、と頭を振りつつ、グラハムは基地内の廊下を大股に進む。このような時はフラッグで空を駆ければすぐにでも気は晴れるのだが、生憎と非番の身である上、訓練でもないのにモビルスーツに乗るわけにもいかない。
    「……シミュレーターの使用許可ならおりるだろうか」
     ダメで元々だ、と端末を操作し申請すれば、意外にも即座に許可が出たことにグラハムは喜んで良いものか、少々、複雑な心境になる。
     現在の状況が状況なだけに、トップガンの自主練習はむしろ大歓迎と言うことらしい。
    「ガンダム、か。どうせなら先の仮想空間でガンダムとワルツのひとつでも踊りたかったものだ」
     グラハムがひとりでアレコレ喋るのは日常茶飯事であるが、それに慣れていない者は大概、ぎょっ、とした顔をする。例に漏れずシミュレーションルームに居た者は、盛大な独り言と共に入ってきたグラハムに、ぎょっ、とした顔を向けている。
    「な……」
     だが、室内にいた者を目に留めた瞬間、グラハムも驚愕に彩られた表情のままその場に立ち尽くしてしまった。
     互いに言葉無く見つめ合いどことなく緊迫した空気が流れる中、慎重に確かめるような声音でグラハムはひとつの名を口にした。
    「ゲ……イリー・ビアッジ?」
     ユニオン軍の白いパイロットスーツを身に纏い、燃えるような赤毛をひとつに括っているその姿は数時間前に目にしたものと寸分違わず、グラハムは夢なら覚めろと己の頬を抓りたい気分だ。
    「おやおや、これは。まさかエーカー中尉が私のことを知っていてくださるとは、夢にも思いませんでしたよ」
     光栄ですねぇ、と笑みと共に棒のように突っ立っているグラハムに歩み寄り、ゲイリーはその腕を取ると、ぐい、と強引に握手を交わす。
    「では改めて。ゲイリー・ビアッジ少尉であります。よろしくお願いしますよ、中尉殿」
     人当たりの良い声音と笑みも仮想空間で目にした物と寸分違わず、グラハムは引き攣った笑いを浮かべそうになる表情筋を全力で制御する。
    『アレはシナリオのせい、シナリオのせいだ。うん』
     現実的に考えて、会って数分のしかも初対面の他人にあのようなことをする莫迦はいない、と自分を納得させ、グラハムは気を取り直すと相手の掌を軽く握り返した。
    「グラハム・エーカー中尉だ。して、少尉。キミはここでなにを?」
    「あー、いえ。実機は無理でもシミュレーターならOKかと、試しに使用申請を出したら通りましてね」
     はは、と陽気に笑うゲイリーに「それはなによりではないか」とグラハムは軽く頷き返し、自分の使用するシミュレーター機に足を向け掛けるも、なにか思いついた表情で振り返った。
    「キミの実力を見るいい機会だ。お手並み拝見といかせて貰おうか」
     自信に満ちた現役フラッグファイターの眼差しで強く見つめられ、ゲイリーは軽く肩を竦めて見せるもその表情はまったく物怖じした様子はない。
    「なんせ初めてですからね、お手柔らかに頼みますよ」
     コンソールを淀みなく叩き、スライドしてきたシートに軽やかに身を収めたゲイリーに、グラハムは、現実の彼もとんだ狸である、と内心で眉を顰めた。
    「あー、エーカー中尉。ちょっといいですか」
     シートに収まったはいいがその先に進まないゲイリーから、どこか困惑の響きを滲ませた声で呼ばれ、グラハムは怪訝に片眉を上げながらハッチ前へと移動する。
    「どうかしたか?」
     ハッチの縁に手を掛け、内部を覗き込むように僅かに身を屈めたグラハムの前には、してやったり、といった笑みを口元に貼り付けたゲイリーがおり、グラハムの脳が警告を発するよりも早く伸ばされた腕によって内部へと引きずり込まれた。
    『この展開は……』
     いやいやまさかそんな、と懸命に否定しようとするグラハムを知ってか知らずか、ゲイリーは己の膝に座る相手を捕獲するように後ろから抱き竦めると、耳裏に唇を押し当て、くつり、と低い笑いをひとつ漏らす。
    「お望み通り、たっぷりと披露して差し上げますよ。中尉殿」
    「いやいやいや待ちたまえッ! 一体なにを披露しようというのだッッ!!」
     有り得ん、有り得んぞ! それとも私はまだ仮想空間の中に居るのか!? と混乱の極みにありつつも、どうにか抜け出そうと身を捩るグラハムをより一層強く抱き、ゲイリーは実に楽しげな声を上げた。
    「まぁ、言うならば、天にも昇るテクってやつですか。遠慮せずに堪能してくださいよ」
     ここにきてグラハムは理解した。あのシナリオだったからあの行動ではなく、この性格であったからこそあのシナリオに適任であったのだと。
    「辞退するッ! 断固辞退すると言ったッッ!!」
     だが、グラハムの抗議の声も虚しくシートは後方へと滑り、悲痛な叫びを飲み込んでハッチは無情にも閉じられたのだった。

    ::::::::::

    2010.03.22
    茶田智吉 Link Message Mute
    2018/06/29 23:32:23

    【00】仮想ミッション的なアレでハムがヒドイ目に遭ってる本

    #グラハム・エーカー #アリー・アル・サーシェス #ニール・ディランディ #ビリー・カタギリ #アリハム #腐向け ##OO ##同人誌再録
    ・同人誌再録。
    (約2万字)

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