【刀剣】お題を使った短い話まとめ3【典鬼】【赤い糸】 縁側に腰掛け隣で夜風に当たりながら盃を傾ける鬼丸を、ちら、と横目に見やり、大典太は漏れ出そうになった溜息を酒と共に喉奥へと押し戻す。
何度もこうして共に酒を飲むようになってから、軽く一年は過ぎた。
最初の頃はお世辞にもいい雰囲気とは言い難かったが、賑やかな酒の席は性に合わない事もあり、どちらからともなく酒の相手はこいつでいいかと、互いの部屋に酒瓶片手に訪れる回数が増えていったのだ。
それから徐々に心情的にも物理的にも距離は近づいたと思っている。
実際、月光を受けてしっとりとした輝きを放つ鬼丸の髪に、つい手を伸ばしてしまった事があったが、なんだ、と薄く笑われただけで済んだ。
てっきり、虫を払うかのように手を叩かれ、睨まれるかと思ったのだ。
ほろ酔いで気分が良かっただけかも知れないが、最悪な空気にならなかったのは幸いであった。
だが、気のせいで無ければそれ以降、鬼丸からの接触も増えた気がするのだ。
勿論、あからさまな抱擁などは無いが、廊下ですれ違い様に指先同士が触れたり、物を受け渡す際に指先が掠めたりと、他にもささやかな接触は数知れず。
しかし、気のせいや偶然だと言われてしまったら反論できない程度であった。
そして、このじれったい距離感を心地よく感じていたのは過去の話だ。
身も心も全て。鬼丸の全部がほしいのだと、腹の奥で渦巻く欲を自覚してからは、正直、地獄とまではいかないが苦行の日々と言っても過言ではない。
それでも思いを告げるにはまだ踏ん切りがつかず、こうしてずるずると『共に酒を飲むだけの仲』を続けている。
池の鯉を睨むように見据えている大典太の横顔を、ちら、と横目に見やり、鬼丸は続けて膝にある己の左手に目をやった。
小指から伸びている赤い糸は、最短距離で隣の刀に繋がっている。
最初にこれを目にした時は、こういった浪漫チックな事が好きな短刀の悪戯かと思ったのだ。
面妖な、と本体で斬る事も試したが、実体のないそれに効果は無かった。
呪いの類いであれば御神刀連中が気づくだろうと様子を見ていたが、触れてくる者は居なかった。
特に害はなく、実体もない為、日常生活や戦闘に支障を来す事もない。
ただ、繋がった先がいつの間にか酒を共に飲む仲になっていた太刀であったのは、かなり困惑した。
糸が見えているのは自分だけである。
ならば素知らぬふりで過ごせば良いと『共に酒を飲むだけの仲』を続けていたが、大典太の態度が変わりつつある事は肌で感じていた。
何も言わず真剣な面持ちで髪に触れてきた時は、確かに驚いたが不快では無かった。
答えを知っている自分から仕掛けるのは卑怯だろうと思うも、大典太の思いに応えたい気持ちもあるのだ。
さて、どの辺りで種明かしをするべきか。
これを知ったら大典太はどんな顔をするだろうか。
2024.07.26
【言葉足らず】 口数が少ない。
言葉足らず。
これまで少なくない回数、鬼丸が指摘されてきた事だ。
「思考の過程を口にした所で結論は変わらぬのだから、わざわざ言う必要が無い」というのが鬼丸の考え方なのだが、その結論に達した理由や説明も時には必要なのだと、酒を飲みながら諭された。
だからあんたは誤解されやすいのだ、と。
大典太も周りから口数が少ないと言われているが、言葉の意味を取り違えられる事は確かに少ないように思う。
ぐぅ、と喉奥で低く呻き、鬼丸は盃の中身を一気に流し込んだ。
「あんたは褥でも言葉足らずだからな」
「……お前は時折饒舌になるな」
汗ばんだ腹を撫でながら「あんたの事が好きすぎて、溢れるまでここに注ぎたい」と吐息混じりに耳元で熱っぽく囁くなど序の口で、揺さぶられ、快楽に翻弄されている鬼丸が上手に言えない事を承知で、あれこれ聞き出そう、言わせようとするのだこの男は。
思考も呂律も回っていない様がまたいいのだと、あやすように口を吸ってくるのは子供扱いされているようで正直癪だが、心底愛しいと言わんばかりの柔い笑みに鬼丸が絆されているのも事実だ。
ぐずぐずに融かされ譫言のように「見ないでくれ」と懇願しても、自分の手で気持ち良くさせているのが嬉しいのだと大典太は臆面も無く言ってのけ、行為に更に熱が籠もるのだと学習した鬼丸は極力言葉を発しないようになったのだった。
「言葉責めに近いぞあれは」
「黙って腰を振るよりはいいと思うが?」
互いに軽口とわかっているからか、ふは、と小さく笑い、空になった盃に酒を注ぐ。
口にしようがしまいがこの刀には通じているのだから良かろう、と鬼丸はこれまで通り言葉を酒と共に喉の奥、腹の奥まで流し込んだ。
2024.07.28
【自分しか知らない】 朝から本丸内に漂う、そわそわ、と落ち着かない空気に気づかないふりをして、鬼丸は汁椀に口をつける。
修行に出た者が帰ってくる日はいつもこうだ。
しかも今回は修行に出たのが大典太であり、元から強大な霊力を保持している事から戦力増強の面でも期待値が高い。
修行中の土産話を楽しみにしている者も居る。兄弟刀であるソハヤなど特にそうであろう。
空になった食器を重ね席を立つ。
畑の水やりは朝食の前に済ませたので、これから草毟りだ。気温が上がりきる前に出来る所まで進めておかなければならない。
真夏の真っ昼間の作業は人の身には危険であると、審神者から耳にタコが出来るほどに聞かされているからだ。
食器を流しに持って行けば先に皿を洗っていた御手杵が、ん、と手を差し出してきた。
「これから畑だろ? やっといてやるよ」
「そうか。助かる」
断る理由は無いと鬼丸が素直に応じれば、毎日暑くてやんなっちまうよなぁ、と辟易とした様子で御手杵はぼやいてから、ひらり、と手を振る。
「気をつけろよぉ。大典太が戻ってきた時にぶっ倒れてたら大変だからな」
他意はないのだろうが鬼丸は返答に詰まり、誤魔化すように軽く鼻を鳴らして御手杵に背を向けたのだった。
濡れた髪もそのままに畳へと、ごろり、寝そべり、鬼丸は緩やかに息を吐いた。
開け放たれた窓から見える空には雲ひとつ無く、数種類の蝉の声が夏の暑さを更に増す。
畑へ行ったはいいが予定していたよりも早く戻る事となり、正直かなり居心地が悪い思いをしているのが現状だ。
共に当番であった小狐丸に「あとは私がやっておきますので」と有無を言わせぬ笑顔を向けられ、これは反論しても無駄であると瞬時に悟ったのだ。
「身綺麗にして迎えておやりなさい」と思い切り気を遣われ、なんでおれが、と口にしてしまった時点で鬼丸の負けであった。
小狐丸は大典太の名を出していなかったのだから。
大典太との関係を隠してはいないが、これまでこうもあからさまに触れてくる事はなかった。
なんで今日に限って……、と苦虫を噛み潰したような顔で呻くも、それに答える者はここには居ない。
徐々に下がってくる瞼に逆らう事無く、鬼丸は吸い込まれるように眠りに落ちた。
ふっ、と浮上した意識がまず捉えたのは、ざわめく空気であった。
「……帰ってきたのか」
のそり、と身を起こし、三面鏡を覗き込んで髪を軽く整えてから部屋を出る。
廊下を進んでくる大典太の周りには短刀たちがおり、乱が「まるでおとぎ話の王子様みたい」と新たな装いに弾んだ声を上げている。
白を基調とした装束は確かにこれまでと印象が、がらり、と変わっており、鬼丸は慣れない感覚に僅かに眉を寄せた。
「……戻った」
「あぁ」
柔らかな声音。
柔らかな眼差し。
服装以上に印象の変わったそれらは、時折鬼丸にだけ向けられていたものだ。
「もう陰気だなんだと言えなくなったな」
ふは、とひとつ笑って鬼丸は、またあとでな、と踵を返した。
やわり、と唇を食まれ、大典太は覆い被さってくる鬼丸の髪に指を差し入れる。
戯れるように舌先が下唇を擽ったかと思えば、軽く啄むように触れては離れてを繰り返す。
大典太としてはもっとはしたない音を立てる程に激しく貪りたいのだが、自分からは積極的に動けぬまま、ここでいつも目が覚めるのだ。
これで一体何日目だ、と障子を透かして届く朝日に顔を顰めながら身を起こす。
修行から帰ってきた日から一日と欠かさず、同じ夢を見続けている。
正確には細部は違えど鬼丸と接吻のみをする夢だ。
鬼丸と顔を合わせていないわけではない。
だが、夜を共には出来ていない。
遠征だ、出陣だと、とにかく時間が合わないのだ。
こんな事なら帰ってきた日の晩に、多少無理をしてでもふたりの時間を作るべきであったと後悔するも時既に遅し。
ただし、恒例となっている帰還祝いの宴から主役が抜け出すなど、到底不可能であったのだが。
早めに切り上げられるよう気を遣ってくれる者も何振りか居たが、残念ながらその行動が実を結ぶ事は無かった。
今日の鬼丸の予定は長時間の遠征だ。順調に事が進んでも帰還は深夜になると聞いている。
方や大典太は出陣である。
うまくいかないものだな、と漏れ出た声音は寂しさとやるせなさが滲んだものであった。
するり、と頬を撫でられ、次いで唇に触れた柔い感触に、あぁまたこの夢か、と大典太は掠れた声で零した。
「なんだ、夢だけでいいのか」
ぺちゃ、と濡れた舌が唇を越え口内に侵入して上顎を擽ってきた事に驚き、大典太は、はっ、と目を開けた。
にぃ、と細められた石榴色を前に咄嗟に言葉は出てこず、はく、と唇だけが震える。
「下手を打ったと聞いたが、元気そうでなによりだ」
連続で出陣させてしまった自分の落ち度だ、と審神者から詫びられたが、集中力を欠いて隙を作ってしまったのは大典太自身の落ち度だ。
「……毎日夢に見るほどあんたの事を考えててこのざまだ」
「それは……悪い事をした」
一瞬、目を見開いたかと思いきや、鬼丸は困ったように眉を寄せ、すまなかった、と頭を下げる。
それだけで大典太は合点がいったか、はぁ……、とひとつ溜息を零し、白磁の頬を、ゆるゆる、と撫でた。
「夢だが、夢では無かった、と」
寂しい思いをしていたのは大典太だけではなかったのだ。
夢路を辿って毎晩会いに来ていた鬼丸も、態度には出していなかったが寂しかったのだろう。
「夢以上の事をしてもいいか?」
「好きにしろ」
その応えに大典太は目を細め、口角を吊り上げた。
それを見下ろしていた鬼丸はどこか満足そうに微笑を浮かべる。
欲を露わにしたこの声とこの顔は、自分しか知らないのだ、と。
2024.07.30
【一週間接触禁止】 話がある、と大典太から神妙な面持ちで切り出され、何事かと怪訝に思いつつも鬼丸は真剣に耳を傾けた。
そして、鬼丸から出た第一声が「は?」であった。
わざわざ酒の封を切る手を止めてまで聞いた話がこれか、と思わず悪態を吐いてしまう位には意味のわからないものであった。
『一週間接触禁止』
これが大典太からの話であったのだ。
「……それは、物理的にか? それとも、こうして顔を合わせるのも含まれるのか? そもどういった理由でだ?」
いちいち問いただすのも莫迦らしいと言いたげな鬼丸に、大典太は不満と申し訳なさと情けなさが入り交じった、非常に複雑な表情を見せている。
「具体的には……物理的なアレだ」
その口ぶりから、あぁ夜のアレか、と鬼丸の目が、すぅ、と細くなる。
ただ酒を共に飲む仲からじわじわと進展し、回りが「お前らそれで付き合ってないのかよ!?」とツッコミを入れるくらいの時間が経ってから、ようやっと世間一般的に言う所のお付き合いをしている関係になった訳だ。
そこに行き着くまで長かった事からお察しの通り、ひとつの布団で過ごすに至るまでも、それはそれは時間が掛かった。
未だに片手で足りるほどでしかないが、それでもやることはやっている。
「……仮にだが、それを言い出すとしたらおれの方だと思うんだが」
慣れない体勢で普段使わない筋肉を使った翌日の事を思い出し、苦い顔をする鬼丸に、すまない、とひとつ頭を下げてから大典太は、もぞ、と居心地悪そうに身動ぎをした。
「あんたに非はない。全ては俺の心の……気持ち的な問題だ」
どこか恥じらっているようにも見受けられる大典太の態度に、鬼丸は少々の苛立ちを覚えつつも、それで? と話の先を促す。
暫し視線を右へ左へと彷徨わせていた大典太だが、言いたい事が纏まったか、はたまた腹を括ったか、ゆうるり、と視線を鬼丸へと向けた。
「翌日のあんたの表情というか、纏う空気というか、それが扇情的すぎて……」
思いも寄らぬ告白に鬼丸は、は? と間の抜けた声を上げたが、大典太はそれには一切お構いなしに言葉を続ける。
「これは他の奴に見せていいものなのか、いや俺としては見せたくないんだがそういう訳にもいかない上に、更に俺の劣情が催されてマズいやら、とにかく、こう……感情がぐちゃぐちゃになってだな……正直、自分がなにをしでかすか自信が無い」
これまで大典太なりに考え、葛藤し、そして、もう無理だー! となった結果が今なのだろう。
まさかこいつがこんな事を言い出すとは、と鬼丸は内心で戸惑うも、これが「恋は人を狂わせる」という事か、と妙な納得もしてしまった。
心というものは時に厄介であると、実感もした。
「……わかった。それでお前の気が済むならおれに異論はない」
あからさまに安堵の表情を浮かべた大典太には気の毒であるが、鬼丸には一週間後の顛末が既に見えている。
今の彼は視野狭窄に陥り冷静な判断が出来ない状態だ。
一週間、自分自身にお預けを食らわせた大典太をどう宥め、慰めるか。
妙案が浮かぶ事を願いながら鬼丸は酒瓶の封を切った。
2024.08.01