【刀剣】お題を使った短い話まとめ4【典鬼】【何事も程々に】 さて、こいつは困ったぞ。
御手杵の頭に真っ先に浮かんだのはこの言葉だった。
だが、当の本人は全く動じた様子もなく、周りから説明を受けている最中も終始無言で、全てを聞き終わった時に出てきた言葉が、
「そうか」
というたった一言であったのだ。
これは審神者に報告せねばと、鬼丸の部屋を出て行く複数の背中を見送り、御手杵は湯飲みに口をつけている鬼丸に、なぁ、と声を掛ける。
「なんでそんなに落ち着いてるんだ」
「……慌てたら事態は変わるのか?」
至極もっともな返しに、ぐぅ、と言葉も無い御手杵の様子に、鬼丸は一瞬目を細めてから湯飲みを卓に戻した。
「おれから大典太の姿が見えないだけだ。皆に迷惑は掛からんだろう?」
姿が見えないだけではなく、声も聞こえず霊力も感じられず、大典太の存在がないに等しいことになっているのだが、この刀はそれを「そうか」の一言で済ませた挙げ句、支障は無いと言い切ったのだ。
最初に異変に気づいたのは短刀たちであった。
朝の挨拶をしてきた大典太に対して鬼丸は目も合わせず、そのまま素通りしたのだ。
共に食堂へと向かっていた短刀たちは、ふたりは喧嘩でもしているのだろうとそこまで深刻に考えていなかった。
だが、一日経っても二日経っても鬼丸の態度は変わらず、何度も何度も話しかけては無視をされている大典太の姿があちらこちらで目撃された。
さすがに仲裁に入るべきかと近しい者が話をしに行けば、鬼丸は喧嘩などしていないと言うではないか。
それどころか「姿を見ていないが、遠征か?」と返される始末。
そこで初めて鬼丸に異常が出ている事が発覚し、現状を説明した結果の「そうか」だ。
「……仮にもあんたたち、そういう仲なんだろ」
いいのかよ、と御手杵が遠慮がちに口を開けば、菓子鉢に伸ばしかけていた手を止め、鬼丸は殊更ゆっくりと背筋を伸ばした。
「いいもなにも、どうしようもないだろう。何をどう言ったところで現状が変わる訳じゃ無い」
「いや、もっとこう、言い方ってもんがだな……」
ちら、と気まずい顔で見てくる御手杵の視線が僅かにずれている事に気づいている鬼丸は、敢えてそれを指摘する事はせず、くっ、と口端を持ち上げる。
「寂しいとでも言えば満足か?」
「だから言い方……」
困ったように眉尻を下げる御手杵の視線の先に誰が居るかなど、わかりきった事だ。
「見えていないからと言って、後ろから組み付くのはやめろ大典太」
静かに持ち上げた腕で自分の腹の辺りを、ぽん、と一叩きした鬼丸に驚いたのは御手杵だけではない。
「触覚と嗅覚はイカれていないようだ」
話している最中、ずっと鬼丸の後ろから腹に腕を回し、ぎゅうぎゅう、と抱き締めている大典太を目にしていた御手杵は、なんだよもー、とちゃぶ台に突っ伏した。
「それならそうと早く言えよなぁ」
これまでの鬼丸の発言に対して顔を曇らせていく大典太を前に、一体どんな気持ちでいたと思ってるんだ、と御手杵が文句のひとつでも言ってやろうと身を起こしたその時。
声が聞かれる事は無いにも関わらず、大典太は黙って襖を指さしたのだ。
その動作と表情から、あっ、と瞬時に察した御手杵は、じゃあ俺もう行くわ、と腰を上げ、不自然にならないよう精一杯気を張りつつ最速で退室したのだった。
触覚が有効と言う事は、つまりはそういう事だ。
どこから伸びてくるかわからない手に一方的に好き勝手されるという、目隠しいらずの目隠しプレイがこれから繰り広げられる訳だ。
「まぁある意味、自業自得だよな」
触らぬ神に祟りなし。
君子危うきに近寄らず。
三十六計逃げるにしかず。
とにかく厄介事は御免だ、と御手杵は心の中で鬼丸に手を合わせたのだった。
2024.09.06
【終わり方を知らない】 指先が触れた瞬間、ばっ、と顔を上げ、気まずさと気恥ずかしさをない交ぜにした表情を互いに晒し、すっ、とどちらからともなく目を逸らした。
だが、触れ合った指先はそのまま――否。辿々しくも更に触れる面積を増やし、ゆるゆる、と撫であいながら指同士が絡み、きゅっ、と握り込まれる。
風呂で火照った身体を冷やすべく、縁側に並んで涼んでいただけのはずだった。
宵闇色の髪は雑に結い上げられており、普段は隠されているうなじが露わになっている様を物珍しさから眺めていれば、なんだ、と問われ、別に、と返した。
今度は逆に向こうが無遠慮に見てきたものだから、お前こそなんだ、と問えば、前髪を全て上げているのを初めて見たと思ってな、と返された。
図らずも互いに初めて見る姿だと告白しあった形となり、妙な据わりの悪さから池の鯉を見る振りをして顔を逸らした。
そして何気なく床板に手をついた瞬間、指先が触れ合ったのだ。
偶然にも同じ動きをしたのだということは、相手の反応からも明らかであった。
目を逸らしたまま互いの距離が狭まり、伸ばされた手が眼帯の紐に沿うように額を撫でていく。
こちらは相手の首に腕を回し、僅かに湿った後れ毛を指先で、くるくる、と弄ぶ。
頑なに互いを見ないまま指先だけは耳を擽り、頬を撫で、形を確かめるように鼻筋をなぞる。
首筋を降り、喉仏を掠め、鎖骨に辿り着く。
浴衣の胸元から滑り込んだ掌が肩を掴むように撫でる。
熱の引きかけていた身体に火照りが戻り、じわり、と汗ばんでくる。
誰が通るともしれぬ場所で一体なにをしているのか。
だが困った事におれもお前も終わり方を知らない。
2024.09.24
【明日はきっと元通り】 恋って偉大だな……、と漏らした大典太を見下ろし、鬼丸は反射的に、はぁ? と呆れを多分に含んだ声を上げてしまった。
遠征先でやらかしてしまい、本丸に戻るなり蔵へ籠もろうとする大典太を間一髪の所で捕獲し、半ば引き摺るように自室へと連れ込んだのだ。
聞けば不運に不運が重なった、ある意味大典太も被害者であると言わざるを得ない状況であったというではないか。
共に遠征へ赴いていた者たちは気の毒そうに、だから気にしなくていいのだと、そう鬼丸に説明してくれたのだ。
ヘコみにヘコみまくっている大典太を慰め、励ますべく、とっておきの酒を出そうとしたが、飲みたい気分では無い、と首を横に振られてしまった。
酒が使えないのでは正直打つ手が無い。
さてどうしたものか、と鬼丸が表情には出さずとも内心で困り果てていれば、俯いていた大典太が、のろり、と顔を上げ、頼みがある、と言ってきた。
そして今に至る。
膝枕を所望されたはずが、気がつけば胴に腕を回され、腹に鼻先を押し当てられている。
引き剥がせない事も無いが、見るからに消沈している相手を無下にするのは気が引けてしまい、鬼丸は黙って大典太の好きにさせている。
あんたの傍に居て、あんたに触れて、あんたに優しくされると、嫌な事も薄らいでいく。
言葉を惜しむこと無く今の気持ちを吐露する大典太を、じぃ、と見つめてから、鬼丸は、そうか、と小さく零し、少々ぎこちない手つきで宵闇色の髪を柔く撫で付けた。
ここまでしておいてアレだが、ふたりは『共に酒を飲むだけ』の仲だ。
鬼丸は大典太から告白らしき物を受けはしたが、よくわからん、と悪気無く一蹴し、大典太を大層ヘコませたのだが、お前と酒を飲むのは悪くない、と続いたおかげでかろうじて関係の破綻は回避したのだった。
おれなんかのどこがいいのか、と一度口にした事があったが、それを聞いた大典太の悲しそうな顔を目の当たりにした時の胸の痛みを、鬼丸は未だに理解出来ずにいる。
共に居るだけでいいのなら、居てやろう。
一晩経てば大典太も立ち直るだろう。
明日はきっと元通りだ。
2024.09.27
【不器用でいじらしいところ】 己の腕を枕にし、畳に寝そべってうたた寝をしている鬼丸を見下ろし、大典太は呆れたように緩く息を吐いた。
「……髪くらい乾かせ」
風邪をひいたらどうする、との続きは口内にとどめ、自分の首に掛けていた手拭いでミルク色の髪を、わしわし、と無造作に掻き回す。
雑な扱いに文句のひとつでも投げてくるかと思えば、一度持ち上がった瞼の下の瞳は確かに大典太を捉えたというのに、とろり、と気怠げな紅玉はそのまま隠されてしまった。
相当眠いのか、それともただ単に面倒臭がっているのか。
起きないのならばどちらでも大差はないと嘆息しつつ、無防備な首筋に歯形のひとつでも刻んでやろうかなどと不埒なことを考える。
つ……、と軽くうなじに指先を滑らせるも、若干身じろぐだけで全く気にした様子もない。
こうまで反応が薄いとなるともう半分以上眠っているのだと判断し、意味もなく眠りを妨げてはいらぬ恨みを買いそうだと、大典太は掻き乱してしまった髪を整えるように指を梳き入れる。
常ならば奔放に跳ねている髪はしっとりと、若干の重さを伴って幾筋かが頬に張り付くように落ちている。
指の間を流れる湿った髪の感触は褥での行為を彷彿とさせ、知らず知らずのうちに親指の腹で角の根元を撫でさすっていた。
柔さと硬さの境は曖昧で、上に行くにつれ硬度は増し、温度は下がる。
ほんのり柔く、ほんのり温かい部分に触れるのが心地良い。
以前、どの辺りから触覚が無くなるのかふと興味を持ったことを思い出し、執拗に触っていれば、
「……そのいやらしい触り方をやめろ」
おちおち寝てもいられないじゃないか、と悪態混じりに大典太を半眼で見上げてきた鬼丸だが、赤く染まった耳が丸見えだ。
おや、と微かな違和感に内心で首を傾げるも、払われなかった手が答えであると気付く。
「俺には無い部位なんでな。気になって仕方が無い」
触れている手はそのままに顔を寄せ、あんたの事なら何でも知りたいんだ、と耳元で息を吹き込むように囁けば、一瞬強張った身体は直ぐさま弛緩し、物好きな奴め、とどこか笑みを含んだ柔い声が返ってきた。
「その物好きの気を引きたいあんたも、相当だぞ」
やや潔癖の嫌いがある鬼丸が身なりを整えることもせず、濡れた髪をそのままにごろ寝をするなど、他の者に話しても恐らく信じないだろう。
共に畑当番を終え風呂も共にしたが、鬼丸は大典太を待つこと無くさっさと上がってしまったのだ。
そして部屋へと戻れば緩みきった無防備な姿をさらしていたという訳だ。
構ってもいい理由を作らなければ甘えられない、そんな不器用でいじらしいところも好ましいと、大典太は胸中で思っているのだ。
2024.10.04