【刀剣】第二回政府主催の出られない部屋【典鬼】 忘れた頃にやって来た政府からの通達に、さすがに今回は参加しないだろうと鬼丸も大典太も思っていたのだ。
あの頃と比べれば資源にも修行道具にもそれなりに余裕はあり、進んで見世物になる理由はないと、本気でそう思っていたのだ。
だが、その希望は見事に打ち砕かれた。
「小判が足りない」
この一言で全てが決まったのだった。
急激に需要の増した小判であるが、入手の機会や手段は限られており、消費とのバランスはお世辞にも釣り合っているとは言い難いのが現状だ。
小判なら大阪城で……、と口にしかけた大典太に、審神者は容赦なく言葉をかぶせてきた。
「博多大先生の瞳から日に日に光が失われていく姿を見てなんとも思わないんですか!? 鬼! ひとでなし!!」
「そも人ではないし鬼でもない」
淡々と訂正する鬼丸であったが、大阪城を阿呆のように周回する理由のひとつである当の刀の発言に、お前が言うなー! と審神者が頭を掻き毟りながら雄叫びを上げる。
「……それはおれに言われてもどうしようもない」
ド正論ではあるがそれで納得するなら、そもそも発狂などしないのだ。
小判……、小判……、と恨めしそうにうつろな目で呻く審神者を前に、鬼丸も大典太もこのままでは埒が明かないと一度首を横に振り、諦めたように互いの顔を見やったのだった。
そして一発目の『指令書』がこちらである。
『「全裸になる」か「社交ダンスをマスターする」』
「……莫迦なのか?」
「……俺に言うな」
窓ひとつ無い白一色の部屋の中央に設置されたテーブルに、ぽつん、と置かれた『指令書』の内容を見た鬼丸の第一声に、大典太は淡々と返すしかない。
前回と同様のやり取りを経て、手っ取り早いのは考えるまでもなく前者であると、言葉を交わすまでもなくふたり揃って本体をテーブルへと置き、装具を外し始める。
ひとりでは着脱の難しい鬼丸の方から片付けようというのか、大典太が背後に回り金具に手を掛ける。
このご時世にいくら刀剣男士とはいえそれは許されるのか? と見ている側は不安半分、興味半分と言った心持ちであるが、上半身だけならば真剣必殺で曝け出している事だし、そも政府が可としたならば良いのだろうと納得するしかない。
天井付近四隅の定点カメラに加え、今回は接写用にひとりカメラマンが入っているらしい。前回の反省点が活かされており、視聴している審神者はご満悦だ。
不意に、ずるり、とベルトが緩み、篭手を外していた鬼丸が反射的にそれを押さえる。どこか咎めるような眼差しを背後に送るも、大典太は全く意に介した素振りもなく、前面に腕を回し器用に金具を外していく。
そのあまりにも手慣れた様子に感心を通り越し、審神者たちが怪訝に思った矢先、接写カメラはあらぬ方向を映し出した。
何事かと固唾を飲んで見守っていれば、カメラは壁を映したままではあるが、かろうじて音声は聞こえてくる。
「……手違い?」
鬼丸が発した確認するかのような言葉に対しはっきりとは聞こえないが、第三者が謝罪をしている事は伝わってきた。
そこで画面が切り替わり、和やかな音楽と共にお花畑が映し出され、テロップが挿入される。
『不適切な条件が提示されました事、深くお詫び申し上げます』
やっぱりダメだったんかーい! と届かないとわかっているが、画面前の審神者たちは一斉にツッコミを入れたのだった。
◇ ◇ ◇
主催側の落ち度と言う事で成功扱いとなったふたりは次の部屋へと足を進めた。
いっその事ここで脱落扱いにしてくれれば、と主催側の配慮を恨めしく思ったのはここだけの話だ。
こうなった以上仕方が無いと諦め、テーブルに置かれた『指令書』を半眼で見やる。
『お互いの共通点を見つける』
随分とあっさりとした内容に二度、三度と瞬きをし、なにか裏があるのではないかと勘ぐった大典太が手にした紙を明かりに透かしたり、裏側も確認したが特に何も無い。
ここは素直に考えるか、と互いに、しげしげ、と頭のてっぺんからつま先まで眺め、うん、と小さく頷いた。
「赤い紐」
「はばきの鳩」
ご丁寧に相手の胸元と自分の腰を指さしたのは鬼丸で、互いの本体を指さしたのは大典太だ。
他にも拵や天下五剣である事など、探すまでもなく出てくる共通点の多さに、視聴している審神者から「忖度では?」との声が上がったが、主催側は当然の事ながら否定した。
「他もこれくらいラクに済めばいいんだがな」
「そも、どうしようもない無理難題ならすぐ終わるがな。別の意味で」
悠然とした足取りで扉を潜りながらの大典太のボヤきに、鬼丸は肩を竦めながら応じる。
莫迦正直に成功させず早々に白旗をあげれば良いとわかってはいるのだが、如何せん根が真面目な太刀は文句を言いつつも前向きに取り組んでしまうのだろう。
「さぁ次だ」
ドアノブを捻った鬼丸が大股に部屋へと入り、内部はこれまでと同じ作りであるため、迷い無くテーブルへと向かう。
『「ラジオ体操する」か「『十分間足を絡める」』
これはまた際どいところを攻めてきた、と後者に少々如何わしい物を感じた審神者たちは、ふたりがどちらを選ぶのか固唾を飲んで見守る。
この二択であるなら、音楽に合わせて決まった動作をするだけのラジオ体操一択だろう。
そう思った大典太が口を開きかけたその時、待て、と短い制止の声が掛かった。
「ラジオ体操は第一だけでいいのか?」
鬼丸からの不意の問い掛けであったが、音楽を用意している側ならば即答出来る物だ。
返答は無慈悲な『ブー』という不正解を示すブザー音であった。
「では第二までか?」
こちらにも不正解音が返され、幻の第三までやれという、まさかの引っかけ条件が発覚し、大典太は安易に決めなくて良かったと胸を撫で下ろすも、指摘した当の鬼丸は苦虫を噛み潰した顔をしている。
大方、余計な事を言った、と後悔しているのだろう。
わざわざ確認しなければ普通にラジオ体操を選び、挑戦するも脱落という理想的な形で終わらせる事が出来たのだから。
消去法で決まってしまった条件を達成するべく、思案げに目を伏せていた大典太が顔を上げたのと、眉間に深いしわを刻んだままの鬼丸が動いたのは同時であった。
「そこに寝ろ」
突然の鬼丸からの指示に審神者たちの頭上に?マークが浮かぶ。
この条件ならば向かい合って座り軽く足を絡ませるだけで済むのでは? なぜ寝そべる必要が? と誰しもが思ったのだ。
指示された当の大典太も訳がわからないといった表情を浮かべているが、鬼丸からの無言の圧を感じてかゆっくりと仰向けに寝そべった。
よし、とひとつ頷いた鬼丸が足下に立ったかと思えば、大典太の右脚を持ち上げ膝を外側へと向ける。
ここで勘の良い審神者は「マジかwww」「大典太逃げてーw」と盛大に草を生やすが当然の事ながら届くはずもなく。
流れるような動作で鬼丸の身体が、くるり、と反時計回りをしたと思った時には既に、鮮やかな『足四の字固め』が決まっていたのだった。
突然の暴挙に悲鳴こそ上がらなかったが大典太の顔は苦悶に歪み、喉奥からは耐えるような呻きが漏れ出ている。
だが、大典太とて天下五剣。このままやられっぱなしとはいかず、歯を食いしばりながら身を捩り身体を裏返せば、状況は一転。逆に技を仕掛けた側の鬼丸が窮地に立たされた。
文字通り二転三転する太刀ふたりは、どちらも手を抜く気は全くないようだ。
確かにこれも『足を絡めている』状態ではあるが、ここまでがっちりと技を決める必要は無いのでは? と審神者たちは突如始まったプロレスに動揺を禁じ得ない。
我慢比べの十分間が過ぎ去り部屋の扉が開かれるも、床に転がったまま、ぜーはー、と息を荒げているふたりは立ち上がる気配もない。
「……こ、んな事をしなくても、向かい合わせに座って軽く絡めるだけで、良かったと、思うんだが……」
大典太の指摘に、それはそう、と審神者たちは画面前で大きく頷く。
対して鬼丸がどう答えるのかと見守っていれば、ぐぅ……、とひとつ喉奥で低く唸り、一旦、唇を引き結んだ。
「……悪かった」
吐息混じりに、あっさり、と詫びの言葉だけを口にした鬼丸が身を起こした所で、映像は条件達成を示す開かれた扉へと切り替わったのだった。
のろのろ、と立ち上がったふたりはスタッフ誘導の元、待機部屋へと向かう。他者の目がなくなった所で大典太は改めて鬼丸を見やった。
「あんた、照れ隠しにも程があるぞ」
共寝をした時、鬼丸が足を絡めてくるのはお誘いの合図だ。
さすがに顔には出ていなかったが夜の事を思い出してしまい、それを誤魔化す為にこのような暴挙に出たのだろう。
図星であったか反論はなく、鬼丸は黙ってそっぽを向いてしまった。
◇ ◇ ◇
『どちらかが相手に正直な気持ちを伝え、もう一人が歌を歌う』
先のダメージが抜けきらぬまま次の条件を確認した鬼丸は、大典太に迷惑を掛けた自覚があるからか自ら歌う方を選び、その美声を部屋中に響かせた。
画面向こうの審神者を何人も悶絶させている事など知るよしもなく、鬼丸が一曲歌い上げたと同時に大典太の口から零れ落ちた「うまいな……」との感嘆の言葉によって、意識せぬままに条件達成と相成ったのだった。
平和に終わって一安心の上、あの鬼丸の歌声を聞く事が出来て審神者たちもご満悦である。
前回のこのふたりのクリア方法がかなり裏技的だった事もあり、ここまで正攻法で進んでいる今回は運営側が条件を相当吟味したと見受けられた。
少々物足りなさを感じている審神者も若干数居るようだが、毎度毎度してやられては運営側のメンツが立たないのだ。
特に見所のない物をいくつか経て、ふたりはうんざりとした顔を隠しもしなくなったが、自本丸の審神者が『小判足りない妖怪』と化している為、行けるところまで行くしかないのだった。
次はなんだ、と『指令書』を見下ろせばただ一言。
『告白する』
これを見て真っ先に思い浮かぶのは『愛の告白』だろう。
だがしかし。
このふたりにそのようなセオリーが通用しないのは十二分にわかっていたハズであった。
案の定。
「あんたが仕舞い込んでいた山﨑の五十年物だが、うまかった」
「お前が仕舞い込んでいた白州百周年記念蒸溜所ラベルのあれ、うまかったぞ」
互いに、しれっ、と口にしてから、何を言われたのか理解するまでに数秒かかり、同時に「は?」と険悪な声が漏れ出た。
酒飲みの審神者たちは「うそだろ……」「マジかこいつら」「プレミアついてるヤツだろ?」「そもそもふたり揃ってどこで手に入れたんだよ」と唖然としており、とてもではないが茶化せる空気ではない。
「……いつ開けた」
「……三ヶ月前だ」
一触即発の中、大典太の短い問いに鬼丸が簡潔に答える。
すわ殺傷沙汰か? と思いきや、ふたり揃って肩の力を抜き、そうか……、と溜息交じりに呟いた。
「お互い様というやつか」
どこか気まずそうに目を逸らした大典太と逆の方向へ目を向けながら、鬼丸も言いにくそうに言葉を続ける。
「元々……お前にくれてやるつもりだったやつだ」
「俺もだ」
ふたりにしかわからない会話ではあるが条件は達成された為、扉は開いたのだった。
当然の事ながら消化不良な審神者たちは「kwsk!」「待て待て説明しろ!」と喧々囂々となったが、これが最後の部屋であり無情にもふたりの姿が画面に戻ってくる事はなかった。
運営からの報酬も届き、前回同様、自本丸分の動画も渡されたが、今回は特にこれといった事もなく無難にこなした為、他本丸の審神者から「あの部分だけ動画くれ」などと言われる事はないだろうと思っていたのだ。
確かに「動画くれ」はなかった。
しかし「最後の部屋のやり取りの詳細を教えろ」メッセージが山ほど来たのだ。
それに関しては審神者自身もふたりに聞いてはみたが「個人的な事だ」とぴしゃりと撥ね除けられてしまい、それ以上は触れられなかったのだった。
極一部の男士たち曰く、
「三ヶ月前にあのふたりが喧嘩した」
との事だが、怒鳴り合うような派手なものではなかった為、いつ勃発し、いつ鎮火したのかはっきりした事は誰も知らないのだ。
互いが酒に手をつけた件は、単純に腹いせであったのだろう。
下手に首を突っ込んで馬に蹴られたくないしなぁ、との槍の言葉が全てを物語っていた。
2025.04.22