Web再録本『古城の怪物と迷い人』サンプル【書き下ろし分サンプル】
白いレースのカーテンが、ふわり、と風に揺れる。
日当たりが良く中庭を一望出来るこの部屋は乱のお気に入りだ。
鬼丸の呪いを解くことが叶わないとわかったあの日以降、乱は元より一期も旧城を訪れる回数が目に見えて増えた。
当然の事ながら鬼丸は苦言を呈するもふたりはどこ吹く風で。
三ヶ月が経つ頃にはすっかり諦め顔で迎え入れるようになっていたのだった。
「やっぱり良くないと思うんだよね」
振る舞われたハーブティーで喉を潤した乱は、静かにカップを下ろすやそう言い放った。
「……口に合わなかったか?」
「あっ、ごめんそうじゃなくて! すっごくおいしいよ!!」
ティーコジー片手に、しゅん、としょげてしまった大典太に慌てて詫びてから、乱は気を取り直して円卓についている全員を、ぐるり、見回す。
「ずっとお城に籠もってるの、良くないと思うんだ。鬼丸さん」
突然話を振られ鬼丸は僅かに片眉を上げるも、それ以上の反応は見せず黙ってカップを傾けている。ここで反論しようがしまいが、勝手に話が進んでいくのは目に見えているからだ。
「そうですな。私としても出来れば今の町の様子などを、実際に見て頂きたい気持ちはあります」
焼き菓子を口にしていた一期も弟に同意して見せ、給仕を終えた大典太も頷きながら椅子を引く。
「俺も、あんたと買い物に行ったりしたいしな」
意外な所からの追撃に思わず鬼丸が顔を上げれば、じぃ、と物言わぬまま大典太は真っ直ぐに見つめてくる。
余程の事が無い限り城に籠もって研究をしている大典太から、まさかそのような発言が飛び出すとは、鬼丸だけではなく一期も乱も思っていなかったようだ。
「おっ、なんだ? デートかぁ?」
唯ひとり、御手杵だけが楽しそうに大典太の腕を軽く肘で小突く。
全員の視線を集めたまま大典太が極々普通の顔で、そうだ、と頷けば、ボクも鬼丸さんとお出かけしたーい! と乱が声を上げた。
「でもなぁ、町に行くなら、それ、どうにかしなきゃならないだろ?」
それ、と言いながら無遠慮に御手杵が指さしたのは、鬼丸の頭部から生えている角だ。
帽子で隠すには長さがあり、不自然極まりない見た目になるのは明らかである。
「姿を変える事が出来る魔法道具の話を、以前聞いた事がある」
「確かに。私も聞いた事があります。効果が一回限りの物や複数回使える物など、種類があるようですな」
「ボクが知ってるのは幻惑系だったかなぁ。姿そのものを変えられる訳じゃなくて、違う姿を相手に見せるってやつ」
即座に上がった対処法に御手杵は隠す事なく苦笑いを浮かべる。
「まぁ、うん。確かにそういったアイテムは存在するけど、とんでもない値段だし、そうおいそれと出回る物じゃないな」
そう口にしてから御手杵は己の失言に気付き、血の気の引いた顔で恐る恐る一期を見やった。
「金に糸目はつけませんぞ」
「ですよねー……」
柔和な笑みとは裏腹に、言っている事はかなりエグい。
今現在どこにあるかもわからない物を入手してこいと、そう言っているのだこの王子様は。
はは……、と力なく笑いながら肩を落としてお茶を啜る御手杵を横目に、鬼丸は呆れたようにひとつ息を吐き、おい、と一期に声を掛けた。
「その金はどこから出す気だ。国民から徴収した税をそんな無駄な事に使うんじゃない」
まったく、と独り言のように漏らしてから鬼丸は一度カップを傾け、改めて一期に目をやる。
「突然冷静な判断が出来なくなるのはなんなんだ」
森の外周部への警備団配置に関しては、鬼丸の負担軽減の為とはいえ将来的に町の治安維持へと繋がる。これに予算を割いても理解は得られるだろう。
しかし、今回は明らかに鬼丸個人に対する話だ。
「申し訳ありません」
叱責はもっともであると一期は己の軽率な発言を恥じ、謝罪と共に頭を下げた。
「……どうしても探したいというなら、ここの宝物庫にある物を売った金でやれ」
止めても無駄なんだろう? と言わんばかりに鬼丸は大仰な溜息をつく。
打算や下心からの発言であれば容赦はしないのだが、一期のこれは単なる善意の空回りだ。それがわかっているだけに頭ごなしに押さえ付けるのも少々気が引けるのだ。
「俺が持っていても仕方ないからお前達にくれてやると言ってるのに、一向に持って行かないからな」
「当たり前です! この城の宝物は鬼丸殿の物です!!」
「そうだよ、だってずっと鬼丸さんが守ってきた物じゃない! ボクたちそんな大事な物貰えないよ!!」
今にも立ち上がらんばかりの勢いで声を張るふたりに驚いたか、鬼丸は口に運びかけていた焼き菓子を囓る事もせず、目を丸くしている。
「いざという時の為に、このまま鬼丸殿が持っていてください」
何も無いに越した事は無いが、万が一と言う事もある。
平穏は前触れ無く終わりを告げる。
百年前に此所で起こった出来事は教訓となっているのだろう。
「もしかしなくても、それ売りに行くの、俺……だよな?」
「他にどなたが居ると?」
多少は空気を読んでか、おずおず、と問いかけてきた御手杵に、一期は当たり前の顔で頷いて見せる。
「王族が所有してる宝物なんて、とんでもねぇ代物に決まってるじゃねぇか! しかも軽く百年は前の代物だろ!? 盗品だと疑われたらどうすんだよぉ」
「何を仰いますか。その為の『王族との取引証明の札』でしょう? 存分に活用してください」
王族が『この人物は信用出来ますよ』と太鼓判を押しているのだ。商売をする上でこれ以上はない後ろ盾である。
「あーくそ、そういう事か。そりゃ俺だって下手なとこには持って行かないけど、面倒事は出来れば避けたいというかなんというか」
うへぇ、と心底げんなりした声を上げた御手杵は、半ば諦めた顔で鬼丸を見た。
「なんかこう、いい感じに庶民っぽいモンないか?」
「どうだろうな。棚ごとに目録はあるが、恐らく役には立たないだろうよ」
目録という単語に御手杵は目を輝かせたが、続いた言葉に隠す事無く落胆する。
「なんでだよ~」
「誰が何を持ち出したかなどわからん。あの時はそれどころじゃなかったからな」
言葉足らずな説明であったが、この城が落ちた日の事を言っているのだと、全員が瞬時に理解した。
「いくら同盟国とはいえ、無償で復興に力を貸したりはしないだろう。ならば対価を払ったと考えるのが妥当だ」
「真っ先に持ち出すとなれば、貨幣ではなく宝石類、装飾品類でしょうか」
国を跨いでも宝石や金銀は価値が変動しにくい。希少な鉱石や金属を加工した装飾品類も高値がつく。
「それ以外だと魔法付与されている物が優先されただろうな」
大荷物を抱えて逃げるほど愚かではなかったはずだ、と鬼丸は遠い目をしたがそれは瞬きひとつの間のことで、直ぐさま常と変わらぬ感情の読みにくい表情に戻る。
「いい機会だ。何が残っているか後で確認しておく」
所有者の一言でこの話題は終了となったのだった。
一期と乱が転移門の向こうへ消えるのを見送り、三人は茶会の開かれていた部屋へと一旦戻ってきた。
真っ先に腰を下ろし卓に突っ伏した御手杵は、あー……、と低く呻いており、心底疲れ切っているようだ。
食器類を片付けようと思っていた大典太は鬼丸も着席した為、彼に倣って自分も椅子を引く。
「……宝物庫内の確認、手伝った方がいいか? 俺も大典太も鑑定眼持ちだし、三人でやれば早く終わるぜ」
卓に懐いたまま御手杵が鬼丸を見上げながら問えば、いや、と即座に首が横に振られた。
「下手に呪物に触れられても困るからな」
思いも寄らぬ返答に、ぶふっ、と御手杵が吹き出す。
「そんなんまであるのかよ。おっかねぇなぁ」
「区画分けされてはいるが……」
そこで一旦言葉を濁した鬼丸の様子から何か察したか、御手杵は緩慢に身を起こすとだらしなく頬杖をつき、はぁー、と深く息を吐いた。
「さてはあんた、本来なら入れないようになってたのを、こじ開けたかなんかしたんだろ?」
図星であったか鬼丸は、ぐぅ、と喉奥で低く呻き、気まずさからか顰めっ面になる。
「……強力な武器が必要だった。仕方ないだろう」
曰く付きの武器や防具は絶大な攻撃力や防御力、特殊効果を備えている物が多い。
だが、使用するにあたり対価が必要であったり、心身共に影響が出たり、条件が定められていたりするのが常だ。
最もわかりやすい例を挙げれば『呪われる』のだ。
「今もそれらを使っているのか……?」
驚愕に目を瞠りながら大典太が問えば、鬼丸はこれにも即座に首を横に振った。
「とうの昔に壊れた」
凄まじい破壊力を有しているが、使用者の魔力を際限なく吸い上げる魔剣。
通常時の数倍の能力を発揮するが、正気を失い恐れも痛みも感じなくなり狂戦士と化す戦斧。
他にも様々な弊害を及ぼす物品があったが、常人ならば耐えられぬこれらも、人ではなくなった身と、正気のまま狂気の域を超えひとりで魔物を屠り続けてきた鬼丸には、ほぼ無意味であったのだ。
「呪いの武器を遣い潰すってどんだけ……」
さらり、と何でも無いことのように言われたが、耐久値が高くそうおいそれと破損しないのが特徴でもある。どのような使い方をすれば破壊にまで至るのか、正直想像もつかないほどだ。
「もうそんな無茶はしないでくれ」
ぎゅう、と眉根を寄せ切実な声音で訴えてくる大典太を、ちら、と見てから、鬼丸は鼻を鳴らす。
「……わかっている」
昔とは違い、今は己の行動ひとつで一喜一憂する相手が居るのだと、理解している。
当然の事ながら悲しませたい訳では無い。
出来ることならば穏やかに笑んでいて欲しいとも、思っているのだ。
「お前も、おれが城から出ないのは、良くないと思うか……?」
突然の問いに大典太は虚を突かれたか咄嗟に言葉が出ない。御手杵は蒸し返されたその話題に、げんなり、とした表情を見せるも、敢えて口を出す気は無いらしい。
「出たくないのなら無理強いはしないが、俺はあんたと並んで町を歩きたい。店を冷やかしたり、食事をしたり、皆が当たり前にやっていることをしたい。ただそれだけなんだ」
その『ただそれだけ』がどれほど難しい事なのかは、痛いくらいにわかっている。だからこそ、可能性があるのならば諦めたくないと、大典太の目が真っ直ぐに告げてくる。
「そうか」
噛み締めるようにゆっくりと零れ落ちた声音は柔く、僅かにではあるが鬼丸の口角は上がっていた。
だがそれも見間違いかと思うくらい一瞬の事で、鬼丸から目を離さなかった大典太だけが気付いたのだった。
「少し外す」
音も無く立ち上がり、ふい、と部屋を出て行った鬼丸の背中を見送り、残されたふたりは顔を見合わせたまま首を傾げた。
暫くおとなしく座っていた大典太だが、いつ戻るかもわからぬ鬼丸をただ待っているだけというのも落ち着かず、全員が使用した食器類を手早くトレイに集め始めたその時、微かな軋みと共に扉が開いた。
思ったよりも早く戻ってきた鬼丸に声を掛けようと、顔を上げたふたりの動きが揃って、ピタリ、と止まる。
大典太の手から滑り落ちたティーポッドが、ごとり、と鈍い音を立てて白いテーブルクロスに転がった。
何か言いたいが言葉が出ないのか、御手杵は鬼丸を凝視したまま口をパクパクさせている。