【刀剣】両片思いは面倒くさい【典鬼】 あぁ……まただ、と大典太は演練が終わった後の鬼丸の行動に密かに眉を下げる。
演練後に他本丸の男士と交流を持つのは珍しいことでは無いが、あの鬼丸が進んで他の刀に声を掛けに行くとは、正直思ってもいなかったのだ。
しかも、相手は決まって『大典太光世』であった。
そうそう長く話し込む事はないが、最後は決まって相手が非常に優しい眼差しで鬼丸を見送るのだ。
当の鬼丸は僅かに眉を寄せるもそこに不快さは感じられず、むしろどこか面映ゆい表情を見せる事もあった。
恥ずかしながらこの大典太光世、鬼丸国綱に絶賛片思い中である。
第一印象は残念ながら良いとは言えず、なんだこの失礼な刀は、と憤慨もしたが、距離感を図りかねるもどうにか親睦を深めようとした結果のアレであったと、今ではそう解釈している。
それを兄弟刀に素直に話したところ「あばたもえくぼって奴だな」と快活に笑われた。
あそこの鬼丸国綱は珍しく社交的な個体だぞ、との噂が広まったか、面白半分で演練に大典太光世を編成してくる本丸が増えた事も、現在大典太の頭を悩ませ気持ちを掻き乱している。
そんな事は知らない鬼丸は普通の顔で皆の元へと戻り、普通の顔で本丸へと帰還する。
何を話していたのかと他の者に聞かれても「どうでもいいだろう」の一言で終わらせてしまう。個人的な事を根掘り葉掘り聞くような者はおらず、大典太も口を噤むしか無かった。
庭の片隅で背を丸め、すき、きらい、すき、と、ぶつぶつ、呟きながら花びらを毟る姿を目にした審神者は思わず、うわぁ……、と小さく漏らすも、すぐさま気を取り直して大典太の隣に腰を下ろした。
「花占いとか、付喪神もするんだ」
俺も小学生の時やったなぁ~、と殊更明るい声で審神者が自身の思い出を語る様を、大典太は真顔で、じぃ、と見つめてくる。
「……結果はどうなった?」
「花占いの結果? 身も蓋もない事を言えば花弁が奇数の花だったから『すき』で終わるのは当然だったよ」
さらり、と現実的な話をしてから審神者は、ははは、と笑った。
「○○ちゃん可愛いなぁ~、俺の事好きだといいなぁ~、程度だったから。それでも当時は大はしゃぎしたけどな」
表情には出ていないが明らかに、しゅん、と意気消沈した大典太に気付いた審神者は、花弁が半分に減った花を相手の手から抜き取り、指を擦り合わせるように滑らせ、くるくる、と花の茎を回転させる。
「演練での鬼丸の話は聞いてる。今は『珍しいなぁ』で済んでるが、度が過ぎれば悪い噂も立ってくる。手遅れになる前にどうにかして貰えると助かるんだがな」
具体的な例は出さなかったが、下世話な事を言い出す輩というのはどこにでも居るものだ。
「あそこの鬼丸国綱はあちらこちらの大典太光世に粉を掛けている」などと言われてからでは遅いのだ。
当然、審神者も何の勝算もなしに大典太に全てを丸投げする訳では無い。
だが、ここで種明かしをしてしまうのはダメだろうと、審神者は敢えて口を噤む事を選んだのだ。
突然の大役に大典太が顔色を悪くしているが、すまん、と心の中で詫びるしか今の審神者には出来ないのだった。
ふらふら、と覚束ない足取りで自室へと向かう大典太の表情は、今にも死にそうな程の悲壮感に満ちている。
どうにかしてくれと頼まれたものの、その方法が思いつかないのだ。
否。
素直に「あんたの事が好きだ。他の大典太光世と親密にならないでくれ」と言ってしまえば手っ取り早いのはわかっているのだ。
だが、もしそこで「は?」などと返されでもしたら立ち直れない自信がある。
ならば審神者に頼まれた事を全面に押し出して、自分の気持ちは伝えないのが無難であろうか。
いやこれを逃したら思いを告げる機会は二度と訪れないかも知れない。それどころか他の大典太光世とそのような関係にならないとも言い切れないのだ。
一体どうすれば……、と知らず声に出ていたか、不意に「何がだ」と声があがった。
はっ、と弾かれたように顔を上げれば、怪訝な顔をした鬼丸が目と鼻の先におり、反射的に大典太の背が、ピンッ、と伸びる。
「……顔色が悪いな。どうした」
熱を測ろうというのか、鬼丸から伸ばされた手を大典太は両の手で掴むや、ぎゅう、と強く握り締めた。
「なん……」
「好きだっ!」
突然の事に目を丸くする鬼丸もさることながら、考える前に口から飛び出した言葉に大典太自身も驚いているのか、目を大きく見開いたまま固まっている。
「……は? なん……?」
言われた方も理解が追いつかないのか、辿々しい口調でようよう声を押し出したと言った様子だ。
やってしまった……、と大典太の顔色が更に悪くなるが、一度口にしてしまった以上、もう取り消す事は出来ない。
「俺は……あんたの事が好きだ。だから、その、演練で他の大典太光世と親しくしないでくれると、助かるというか……して欲しくないというか……」
伏し目がちで、もご、と歯切れの悪い物言いではあるが、気持ちの押しつけにならないよう、どうにか言葉を選んだ大典太は、ちら、と鬼丸を窺い見た。
どのような顔で見られていようとも逃げ出す訳にはいかないのだと、腹を括った大典太を待っていたのは、思いも寄らない結果であった。
握られたままの手を鬼丸が振りほどく事もしなかった時点で、答えは出ていたのだ。
ぐっ、と唇を引き結んではいるものの、目元どころか耳から首筋まで赤く染まっており、内番着である為それは隠しようがなかった。
「……そういう事は……早く言えっ」
くそ、との短い悪態と共に大きな掌が赤く染まった顔を隠す。
「……慣れない事はするもんじゃないな」
観念したように肩を落とし、ぽつぽつ、と演練での自身の行動の理由を口にする鬼丸を前に、大典太は驚きと嬉しさと一つまみの不満で胸がいっぱいになる。
鬼丸も最初の会話の持って行き方は良くなかったと、自覚はあったようだ。
そこから好意を持って貰うにはどうすれば良いか? どうしたら振り向いてくれる? と考えた結果、別個体ではあるが根っこの部分が同じならば参考になるだろうと、他の大典太光世に声を掛け情報を集めていたというのだ。
その行動力があるのならば直接告白をすれば良いものを、と他の大典太光世たちは思っていたのだろう。それが最後の非常に優しい眼差しの理由であった。
「あんたからは言ってくれないのか?」
態度で十分わかってはいるが、やはりはっきりと本人の口から聞きたいのだと、大典太がねだるように握ったままの手を指先で撫でれば、鬼丸の肩が微かに揺れる。
ぐぅ、と喉奥で低い呻きをひとつ漏らすも、観念したか鬼丸は顔を隠していた掌を下ろし、まっすぐに大典太を見た。
すぅ、と小さく息を吸い、
「好きだ」
ふわり、と目元を和らげ告げられたそれに、今度は大典太が赤く染まった顔を掌で隠したのだった。
こうして『社交的な鬼丸国綱』は姿を消したが、これまで世話になった大典太光世の元に結果を報告に行く『律儀な鬼丸国綱』が暫く話題になったのだった。
2024.12.24