【刀剣】キスをしないと出られない部屋【典鬼】 非常事態ですので、と落ち着き払った声音で促され、鬼丸と大典太は何か言い返そうとするも、この場に居る面々を目だけで確認し、深々と息を吐いた。
――折角の桜の季節、花見をしないのは勿体ないと、任務に支障が出ないよう組み分けをし、順番に休暇が与えられたのだ。
ただし休暇を辞退した者も複数おり、その中には当然のように鬼丸が居た。
そしていざ当日、弁当や菓子を持って出掛けようとする同派の者たちを律儀に見送りに来た鬼丸の腕を取り「やっぱり鬼丸さんも一緒に行こうよ!」と乱が言い出したのだ。
無理を言うな、内番がある、と鬼丸が理由をつけて断るも、現時点で顕現している粟田口が勢揃いしている中、ひとりだけ留守番というのは口には出さずとも皆が不満に思っていたようだ。
でも、だって、と口々に言いながら鬼丸を囲む短刀たちを一期が窘めているところに、内番の相方である大典太が呼びに来た――
ところで一瞬、全員の意識が途切れ、気付けば不可思議な部屋に居たという訳である。
扉の上に『キスをしないと出られない部屋』とでかでかと掲げられたパネル。
注釈として『閉じこめられたうちのどの二人がキスしてもよいものとする』とあり、それを受けて一期が冒頭の台詞を発したのだ。
宣言はしていないが大典太と鬼丸がそういった仲であるのは周知の事実で。
今更照れる事もないでしょう、と柔和な笑顔でとんでもない爆弾を投下してきた一期に、やはり返す言葉もなくふたり揃ってだんまりを決め込んでいれば、長兄と目の前の太刀ふたりの顔を交互に見上げていた乱が軽く手を打ち合わせた。
「あっじゃあ、鬼丸さんボクとする?」
んー、と目を瞑り可愛らしく顎を、つん、と持ち上げた乱に、ぎょっ、となったのは一期と大典太で、当の本人である鬼丸は表情ひとつ変えず、所謂『キス待ち顔』の乱を見下ろしている。
「……お前がいいなら……」
暫し考えた後、鬼丸は身を屈めるも、ぐい、と背後から腕を引かれ僅かに体勢を崩す。
「俺は良くない」
どこか不機嫌な大典太の一言が耳に届くと同時に頬を両側から押さえられ、間髪入れずに薄く開いた唇が塞がれた。
当然のことながら唇を合わせるだけで終わるはずがなく、我が物顔で侵入してきた舌が上顎を撫で、歯茎をなぞり、舌の表面同士を擦り合わせる。
鬼丸が喉奥で抗議の呻きを上げるも聞こえていないのか、それとも聞こえないふりをしているのか、大典太は頬を押さえている手の位置をずらし耳を塞いできた。
口内での唾液の混ざる音が生々しく大きく頭に響き渡り、瞬時に鬼丸の体温が、かっ、と上がる。
だが、ここで流される訳にはいかないのだと、力の抜けかけた己の足を叱咤しどうにか踏みとどまる。
鳩尾に一発くれてやってもいいが、今の体勢や状況では威力は半減どころではないだろう。
ならば、と腕を持ち上げ、きゅっ、と大典太の鼻を摘まんだ。
目の前の攻防を見守りながら一期は、こら、と乱を窘める。
「いくらキスをする場所の指定がないからといって、煽るのはやめなさい」
「はーい、ごめんなさーい」
大方、鬼丸は額に軽く触れるだけのつもりだったのだろう。そうでなければ考えるまでもなく、即座に断りの言葉を口にしていたはずだ。
「扉開いたよー」
鯰尾の声に応じ一期は乱を伴って扉へと足を向ける。
「おふたりも早くいらしてくださいね」
己の膝に手をつき、ぜーぜー、と肩で息をするふたりに一期の声が聞こえているかは定かではなかった。
ちなみに謎の部屋へ飛ばされた原因は『転移座標の設定ミス』との事であったが、実際の所は闇の中である。
2025.03.26