Web再録本『過去も未来も全て捧ぐ』サンプル【きっともっと好きになる】
店の前の掃き掃除を終え、店内から運び出したイーゼルに本日入荷の商品が書かれた看板を立てかけたところで、鬼丸は欠伸をかみ殺した。
普段は寝付きも悪くないが昨晩はどうにも夢見が悪く、何度も何度も目が覚めてしまい眠った気がしないのだ。こういう時はなにか良くない事が起きると、これまでの経験が語っている。
感情は表に出ない質ではあるが、店内の掃除をしている狐に「ご気分が優れないようですね」と見透かされてしまい、更に憂鬱度が増している状態でもあった。
店番は御手杵に押しつけてしまおうか、などと勝手な事を思っていた矢先、不意に背後から、ぎゅぅ、と肩を掴まれ、鬼丸は反射的にその手を荒々しく払い除けるや、一歩下がりながら振り返った。
背後を取られるなどという常にない失態に舌打ちをひとつ漏らしつつ、目の前に立つ男を見据える。背丈にさほど差は無いが、やや猫背気味のその男は曇天のような重苦しい雰囲気と、宵闇色の前髪から覗く目の下の濃い隈も相まって幽鬼の如き佇まいだ。
「……鬼丸、国綱……だな?」
「……そうだが」
訝しむ鬼丸に向かって、ぬぅ、と手が伸ばされる。目的は不明だが黙って掴まれる気もなく更に一歩下がって避ければ、その手が空を掴んだと同時に男は、どう、と道に倒れ伏した。
「………………」
油断して近づいた所を狙われてはかなわぬと、鬼丸はしばし様子を見るも、相手は完全に気を失っているようで、ぴくり、ともしない。
得体の知れない相手とは言え店先に放置も出来ず、諦観の溜息と共に肩に担ぎ上げたのだった。
ひとまず鬼丸のベッドに寝かされた男を囲み、小狐丸と御手杵が「で?」と同時に鬼丸へと顔を向けた。
「なにがどうなってるんです?」
「知らん」
「知り合いか?」
「覚えがない」
ふたりの問いを一言で斬り捨て、鬼丸は、むすり、と口をへの字に引き結ぶ。
「でも鬼丸の名前知ってたんだよなぁ?」
「まぁ、目立つ容姿ではありますから、どこぞで噂なりなんなりを聞いていたのではありませんか?」
「……噂されるような覚えはないぞ」
胸の前で腕を組み不満げに鼻を鳴らす鬼丸を見やり、御手杵は、いやいや、と否定の意味を込めて軽く手を振る。
「隻眼で片角の鬼人。しかも凄腕ときたら、一部界隈じゃ有名だぜアンタ」
「おもしろがって根も葉もない噂を立てている者に、心当たりがない訳ではありませんし」
「……鶴か」
小狐丸の言葉に鬼丸が苦々しげに漏らせば、そうだ鶴だ……、と聞き慣れぬ声が会話に入ってきた。
三人の目が一斉にベッドに横たわる正体不明の男へと注がれる。うっすらと目を開けた男は、二度三度視線を彷徨わせてから、しかと鬼丸を捉えた。
「お加減はいかがですか?」
鬼丸と男の間に故意に割って入った小狐丸が目を細めれば、柔和さの中に見え隠れする冷徹さを感じ取ったか、男は一旦目を伏せてから改めて小狐丸を見やった。
「……おかげさまで、随分と良くなった」
それはなによりです、と小さく頷いてから小狐丸は一歩下がり、それで? と男を促す。
「鬼丸殿にどういったご用件でしょう?」
「……角が……」
男は身を起こしながら口にするも途中で言い淀んだ。
「おれの角がなんだ」
回りくどい事は好かぬのか鬼丸が言葉を投げれば、男は意を決したか顔を上げるや鬼丸を、ひた、と真っ直ぐに見据える。
「俺の呪いを解くために、あんたの角が必要なんだ!」
頼む、と額を擦り付ける勢いで頭を下げた男を、ぽかん、と見下ろしてから、三人は顔を見合わせた。
「えーと、まずは経緯を聞かせてくんねーかな? あ、その前に名前教えてくれよ」
やんわりと御手杵が切り出せば、恐る恐るといった体で男が顔を上げる。
「あぁ、そうだな。大典太、大典太光世という」
「そっか。俺は御手杵、こっちは小狐丸。鬼丸……は知ってるんだったな」
じゃあ話聞かせてくれよ、と御手杵が促し、大典太は、ぽつぽつ、とこれまでの事を語り出した。
「何日か前に、罠に掛かっていた鶴を助けたんだ」
「……鶴」
この時点で三人はなにか思い当たったか、げんなり、とした表情になっている。
助けた鶴が瞬く間に人となり「助けてくれた礼に驚きを君に進呈しよう」と言うや否や、大典太に『日が落ちると鳥になる』呪いを掛けたのだ。
これを解くにはこれこれこういった容姿の鬼人の角が必要で、ご丁寧に名前と居場所も教えてくれたのだという。
日中は人の姿で移動し、夜は鳥目で身動きが取れないため、人目を避けた森の中や町中では家屋の屋根の上で過ごしたが、鳥の姿では満足に身を守る事も出来ず、いつ他の獣に襲われるとも知れず、おちおち眠る事すら出来ぬ状態であった。
心身共にもう限界というところでようやっと目的の人物に辿り着き、張り詰めていた気が、ふつり、と切れてしまった結果が今の大典太である。
「それは、うん、大変だったな」
ぽん、と労うように御手杵が大典太の肩に手を置き、あーその、となにか言いにくそうに、天井を見たり床を見たりを繰り返す。
「非常に申し上げにくいのですが……」
小狐丸も目を伏せ言い淀む。
「からかわれただけだな」
鬼丸の包み隠さぬその言葉に、大典太は何を言われたのか理解出来なかったか、ぽかん、と鬼人を見上げた。
「あれの質の悪いところは、本当に悪気がないところだ。そのくせ頭は回るから、大体何日でお前がここに辿り着くか計算して、その頃に術が解けるようにしてあるはずだ」
「……術、だと?」
「そうだ。呪いなんかじゃなく、ただの変化の術だ」
災難だったな、と鬼丸も大典太の肩に、ぽん、と手を置けば、すぅ、と表情を無くした大典太は、ぱたり、と後ろに倒れ込むや、そのまま意識を手放したのだった。
◇ ◇ ◇
はた迷惑な事をしでかした鶴丸は後ほど締め上げるとして、心身共に疲弊しボロボロな大典太をどうするか三人で話し合った結果、術が解けるまでは居て貰おうと言う事で落ち着いた。
鬼丸は態度こそぶっきらぼうではあったが、拾った責任を感じてか、はたまたいいように遊ばれた男に同情してか、大典太を何かと気に掛け面倒を見ていた。
一方、大典太は必死にここまで来たが徒労に終わった事で少なからず失望していたが、邪険にされる事無く、むしろ優しくされた事で鬼丸に好意を抱き始めている。
十分な休息と食事により一週間と経たずに回復した大典太は、三人が営む雑貨屋の店番や掃除を手伝う平和な日々を送っている。
元は御手杵が日用品などを売っていた一般向けの店であったが、ひょんな事から店内の一角で別の物も売り始めたのだ。
仕入れと称して鬼丸がたまに迷宮探索へ行き、入手した物品を小狐丸が鑑定する。
ただの装飾品やアミュレット、タリスマンといった小型の物は店先に並び、武具の類いは余所で買い取って貰っている。
鬼丸が一部界隈では有名な理由はこれであった。
いくつものパーティから勧誘されるも全て断り、思い出したように、ふらり、と現れてはひとりで黙々と探索をして戦利品を持ち帰るのである。
たまに顔見知りに声を掛けられパーティを組む事はあるが、極稀な事には違いなかった。
その極稀な相手のひとりが鶴丸なのだが。
◇ ◇ ◇
「待て! 大典太落ち着け!?」
日の出と同時に部屋に飛び込んできた大典太に上半身を布団の上から縫い止められ、鬼丸はかろうじて動かせる足をばたつかせ抵抗を試みる。
「あれから一ヶ月経ったが、一向に術が解ける気配がないんだが?」
いくら平和で穏やかな日々を送れているとは言え、それとこれとは話が別であった。
日が落ちた途端、会話も出来なくなるのは不便極まりない。
「だからと言っておれのところに来てもどうにもならんだろうが!」
「いや、もしかしたら本当にあんたの角が必要なのかもしれないだろう?」
ぐっ、と顔を寄せてくる大典太から懸命に距離を取ろうと鬼丸は首をそらすが、それはほとんど意味をなしていない。
むしろ急所をさらけ出す事となり、ねろり、と喉仏を舐められ、ひゅっ、と掠れた音が漏れ出た。
「おれのっ、角をどう使うと、いうんだ」
いいからどけ、と藻掻く鬼丸を更に押さえつけ、大典太は鼻先で銀糸を掻き分けるや、角の根元に柔く歯を立てた。
刹那、びくん、と鬼丸の身体が大きく跳ねる。
「そうだな、俺には飴玉のように舐めしゃぶるくらいしか思いつかんな」
すっかりとおとなしくなってしまった鬼丸を見下ろし大典太が、にぃ、と目を細めれば、鬼丸は、ぎり、と奥歯を噛み締めてから相手を睨め付ける。
「……おれで憂さ晴らしするな」
こっちも被害者だぞ、と文句を口にすれば、そういえばそうだったな、と空惚けた答えが返され、鬼丸は思い切り大典太の尻を蹴り上げたのだった。
◇ ◇ ◇
どさり、と卓へ革袋を置いてから、鬼丸は苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「悪い報せだ」
迷宮で偶然鉢合わせた鶴丸に大典太の現状を説明したところ「そいつは驚きだ」と素で目を丸くした挙げ句「俺じゃどうにも出来そうにないから鶯丸のところにでも行ってくれ」と丸投げしてきたのだ。
「甘く見てましたねぇ」
革袋の中身を検分しながら溜息をつく小狐丸に頷き返し、鬼丸は全員分のお茶を順に置いている大典太に顔を向けた。
「面倒な事になったな」
「……そうだな」
だが、口ではそう言いながらも大典太は先日思った不便さはどこへやら。これが解決するまでは鬼丸と共に居る事が出来るのだと、喜びの方が僅かに勝ったのだった。
2021.07.18
2025.11.15 加筆修正