Web再録本『善性と欲』サンプル【善性と欲】
気づけばこの本丸も百振りを超える大所帯となっており、食事の時間も自ずとバラバラになっていた事も発覚が遅れた一因であった。
鬼丸国綱は食事をしていないのでは無いか。
そう疑念を持ったのは同派の短刀であった。
食事どころか水すらも口にしていないのでは無いかと、様子を窺っていれば案の定。
他の本丸の鬼丸国綱は酒を大層好んでいると聞き及んでいたが、その酒すら飲んでいる気配が欠片もなかったのだ。
審神者が政府へ報告後、煩雑な手続きを経て検査を行った結果――
「内臓が、ない……?」
「正確には外見は人型だけど人としての機能が一切ないというか……粘土で捏ねた人形みたいな感じかな」
相談があると呼ばれた大典太は審神者の話に僅かに目を眇め、それで? と先を促す。
「検査機関の見解では、中身は徐々に形成されていくだろうとの事だけど、顕現してしまった以上、こちらの法則に縛られる訳で……」
「……つまりは?」
「食事という栄養補給手段が使えないので、鬼丸自身の霊力のみでの顕現維持は不可能。このままでは肉体が朽ちる方が早い、と」
先日の大阪城大捜索からまだ数日しか経っていない為、今のところは目に見える問題は生じていないが、この先も何事も無いという保証は一切無い状態だ。
「同派の霊力の方が馴染みがいいのはわかっているけれど、他者に分けられるほど潤沢な霊力を持っている者が居るかと言うと、正直厳しい」
「白山が居るだろう」
もっともな意見に審神者は、うーん、と困ったように眉を下げる。
「彼の能力はあくまで他者の霊力を活性化させて肉体を回復させるものだから、白山自身の霊力量が多い訳じゃないんだ」
ここまで言われれば大典太も審神者の言わんとする事を察し、緩く息を吐いた。
「四六時中一緒に居ろ、などとは言わないよな?」
「勿論。鬼丸には俺から説明しておくから、頻度やらなんやらはふたりで様子を見ながらやってくれて構わない」
頼んだよ、と今世の主である審神者直々に頭を下げられては、了承する以外の選択肢は大典太にはなかった。
時間帯が合った者たちと共に夕飯を済ませ、その流れで飲まないかと誘われたが、用があるから、と大典太は丁重に断り目的の部屋へと足を向けた。
ぼすぼす、と襖を叩いてから「今いいか?」と声を掛ければ、一瞬の間があったが「構わん」と返ってきた。
遠慮無く室内へと踏み込めば、内番着姿の鬼丸は布団の上で胡座をかいており、手中の本を脇へと置いたところであった。
「審神者から話は聞いた。おれなんかの為にわざわざすまんな」
他意はないのだろうが息をするように己を卑下する物言いに、大典太は僅かに眉根を寄せる。だが、敢えてそれには触れず、どかり、と畳に腰を下ろし、目の前の鬼丸を、じぃ、とつぶさに観察する。
外見からは特に異常は見当たらず、なるほど気付くのが遅れた訳だ、と内心で漏らす。
「状態を確認したいんだが、横になって貰えるか?」
「あぁ」
鷹揚に頷いた鬼丸は言われるがままに布団に身を横たえ、これでいいか、と言わんばかりに一つ目が大典太を真っ直ぐに見上げる。
室内の明かりを受け、ちかり、と光った鬼丸の眼球に違和感を覚え、大典太は光源を遮らないよう気をつけながら顔を近づけた。
本来ならば潤いを持ったそれは、艶やかではあるもののまるでガラス玉のように乾いている。
すっ、と顔の下半分に掌をかざし、そのまま胸へと下ろす。
呼吸はなく、なだらかな曲線を描く胸は微動だにしない。
体温もなく、審神者が口にした「人形」という例えは言い得て妙であった。
「感覚はあるのか?」
「……よくわからんな。お前が触れているのも、手が触れていると言うより霊力を感じると言う方が正しい」
「そうか」
自分の意思で身体を動かす事は可能だが、物理的な接触や気温の変化などといった外部からの刺激は一切感じないという事なのだろう。
「長丁場だな」
「面倒になったらいつでもやめていいぞ」
のそり、と身を起こした鬼丸の発言に大典太は反射的に声を上げそうになるも、これも先と同様になんの含みもなく本心からの言葉なのだろう。
「……食事と同様、朝昼晩の三回。量は特に決めずにその時々で変えるで構わないか?」
「あぁ、おれはどうこう言える立場じゃないからな。任せる」
消極的ではないが積極的でもない。彼が良く口にする「どうでもいい」が出ないだけマシなのかも知れない。
「こう言ってはなんだが、随分と素直に受け入れるんだな」
大典太自身、他者をどうこう言える性格ではないが、鬼丸も癖のある刀故に、最終的に頷くにしてももう少し渋るか、難色を示すかと思っていたのだ。
「……おれひとりでどうにか出来るならもちろん断ったさ」
吐き捨てるとまではいかないが、鬼丸は苦々しい表情を隠しもしない。
借りを作りたくないのか、単純に他の刀と関わる気が無いのか判断がつかず、大典太はただ、そうか、としか返せなかった。
「吉光の奴らもうるさかったしな」
だが、続けられた鬼丸の言葉に、おや? と大典太は顔には出さず内心で目を丸くする。
どこで聞き囓ったのやら「ひとりひとりの霊力は弱くとも粟田口みんなで分ければ」と大真面目に進言してきたのだと、鬼丸は眉間にしわを寄せた険しい顔で経緯を口にした。
「そんな事をして任務に支障が出たら目も当てられん」
だから仕方なくだ、とでも言いたげに顔を背ける鬼丸を前に、大典太は改めて責任重大だと思ったのだった。
【収録タイトル】
・連隊戦出陣前の話
・赤い糸
・言葉足らず
・自分しか知らない
・一週間接触禁止
・何事も程々に
・終わり方を知らない
・明日はきっと元通り
・不器用でいじらしいところ
・両片思いは面倒くさい
・キスしないと出られない部屋
・ほくろの数を当てないと出られない部屋
・○○を落とさないと出られない部屋
・第二回政府主催の出られない部屋
・まだ知らない事ばかり
・二度目の片思い
・近くて遠い
・善性と欲