質問があります!「トニー、これってどんな仕組み?」
アベンジャーズの基地で「タイム泥棒作戦」に向けての準備中、スコットは他の仲間たちの装備品の整備と改造を行うトニーを手伝っていた。今はトニーが造った装備品の手入れをしているのだが、これまでに一度も目にしたことのない構造を前に作業の手を止めて質問した。
スコットとは別の作業台で作業していたトニーが「どれのことだ?」と言いながら振り向いたので、スコットは改めて質問する。
「これ。初めて見る構造なんだ。触っちゃいけない部分があったら教えてくれない?」
「ああ、そいつは──」
トニーはスコットの作業台まで来て部品の一つひとつを指差しながら説明を始めた。難しい理論ではあったが丁寧に説明してもらえたのでスコットにも理解することができた。
スコットは「すごいな」と感嘆の声を漏らしてトニーの顔を見る。
「こんな発想がどこから出てくるんだ?本当にすごいな。難しかったけど、なんとか理解できたよ。ありがとう。」
スコットが笑顔で感謝を告げるとトニーは満更でもない表情で頷いた。それから彼は近くにある装備品の一つを手に取ってスコットの目の前に持ってきた。
「これはさっき説明した理論を応用したものだ。説明しようか?」
「えっ、いいのか?ぜひ聞かせてくれよ!」
スコットが勢い良く首を縦に振るとトニーは楽しそうに微笑む。
「そんなに喜ばれるとは思わなかったな。君さえ良かったら他の装備の説明をしても構わないが、どうする?」
この申し出にスコットは自分がワクワクし始めたことを自覚する。
トニーの発明品は興味深いものばかりだ。それを製作者本人が説明してくれるのだと言う。このチャンスは絶対に逃せない。
「聞きたい!……でも、本当にいいのか?企業秘密じゃないの?」
アベンジャーズの装備品の情報は機密事項だろう。スコットは他の誰にも話すつもりはないが、多くの情報を自分が知っても問題ないのか気になった。
そんなスコットの心配をトニーは明るく笑い飛ばす。
「今更そんなことを気にするのか?仲間相手に企業秘密も何もないさ。」
「仲間」という言葉にスコットは体がムズムズするような心地がした。それは不快なものではない。
スコットとトニーの出会いは良いものではなく、どちらかといえば悪い方だ。ドイツの空港では対立して戦い、ラフト刑務所で再会した時は嫌味をぶつけた。トニーがスコットに対して良い印象を抱いていると考える方がおかしいような状況だった。だからこそトニー本人から仲間だと認めてもらえていることが嬉しかった。
スコットが笑顔で「じゃあ、頼むよ」と言うとトニーは近くの椅子に座った。
「それじゃあ講義を始めよう。ラング君、ここに注目してくれ。」
芝居がかった様子で話し始めたトニーにスコットは思わず笑いたくなったが、我慢して澄ました表情を装う。
「トニー先生」による講義は新たな知識と刺激をスコットに与えてくれた。講義内容は易しいものではなかったが、トニーが理解しやすく噛み砕いて説明してくれたので付いていくことができた。スコット自身も積極的に質問することにより理解を深めるように努めたので、それも良かったのだろう。
「はい、先生!質問!」
「何かな、ラング君。言ってみたまえ。」
教師と生徒になりきってのやり取りにどちらの顔にも笑みが浮かんだ。このように軽妙なやり取りを交わしながらの講義は一時間近く続いた。
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トニーによる即席の講義が終わった時、二人の顔に浮かんだのは満足げな笑みだった。
「自分がすごく賢くなったような気分だ。トニー、ありがとう。本当に勉強になった!」
スコットが感謝を告げるとトニーは「感謝されるようなことじゃない」と言いながら手で己の顔を扇ぐ。講義に熱が入っていたようなので火照っているのだろう。
「君が熱心な生徒だから熱が入ってしまったよ。楽しかった。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。水を取ってくるからちょっと待ってて。」
スコットはそう言って椅子から立ち上がると厨房に行き、冷蔵庫から小さめのペットボトルを二本取り出した。スコット自身も喉が渇いているからだ。
スコットは二本のペットボトルを持って作業部屋に戻り、椅子に座ったままのトニーに手渡す。
「はい、お待たせ。」
「ありがとう。よく冷えててありがたいな。」
ペットボトルを開封して水を飲み始めたトニーと同じように、スコットも自分の椅子に腰を下ろしてから水を飲み始める。冷えた水が喉を滑り落ちていく感覚が気持ち良い。全身に水が染み込んでいくような感覚により、スコットは自分が思っていた以上に水分を欲していたのだと気づいた。
スコットが水を一気に飲み干して空になったペットボトルを机に置いた時、トニーの視線を感じた。そちらに顔を顔を向けると彼は真っ直ぐにこちらを見ている。
「ん?何?」
スコットが首を傾げたのを見てトニーは苦笑いを浮かべた。
「すまない、君は勉強熱心なところがあると感心していたんだ。」
「そうか?」
「ああ、僕はそう思う。僕の家に来た時に量子力学の知識がかなりあることに驚いたんだ。ハンク・ピムから教わっていたんだろう?」
「うん、研究や開発を手伝ってたからね。」
「ハンク・ピムは天才だ。そして、かなり気難しい人物だと聞いてる。その彼と一緒にやれているんだから大したものだよ。」
トニーの言葉が本心だとわかるのでスコットは恥ずかしくなってきた。キャシーやルイス以外の相手から褒められると妙に照れてしまう。
スコットは照れ臭い気持ちを誤魔化すように人差し指で頬を掻いた。
「そんなにも褒めてもらえるようなことじゃないさ。一緒に活動してるハンクの娘のホープや奥さんのジャネットは研究者として一流で、俺は三人の足元にも及ばない。だから俺は少しでも三人に近づこうとしてるだけだ。」
そのように話してから、努力する動力源になっている理由が他にもあることを思い出す。
スコットは「トニーになら話してもいいな」と考えながら窓の方に顔を向けた。そして、窓の向こう側に広がる青空を見つめたまま努力を続ける理由を語る。
「三人に近づきたいって気持ちもあるけど、友だちを助けたいってのが一番の理由かな。」
「友だち?」
「前に話した量子トンネルの事故に巻き込まれた女の子──エイヴァっていう名前なんだけど、俺は彼女を助けたいんだ。助けると言ってもハンクたちの力が必要だけどね。」
エイヴァが巻き込まれた事故や状態については今回の作戦にも関わる可能性があるということでトニーに話はしてあったが、彼女の名前までは伝えていなかった。
ジャネットの力のおかげで細胞が分離するという症状は落ち着いているものの、エイヴァの体は完全に治ったわけではない。再び状態が悪化する可能性がないとは言い切れず、もし悪化すれば今度こそ彼女は消滅してしまうだろう。エイヴァの体を治すにはハンクたちと共に研究を続けていかなければならないのだ。
スコットはハンクたちと最後に顔を合わせた時と同じような青空を見つめながら言葉を紡ぐ。
「エイヴァが五年の間にどうなってしまったのかわからないけど……絶対に彼女の体を治したい。そのためにはハンクたちの力が必要で、俺自身も知識を増やしていかなきゃ。だって知識が増えれば俺にだって良い考えが浮かぶかもしれないだろ?だから、たくさん勉強したい。」
そこまで言い終わるとスコットは視線をトニーの方に戻した。トニーは真剣な表情でこちらを見ている。
スコットはトニーと視線を交わらせながら微笑んだ。
「今は俺にとって知識を増やすチャンスなんだよ。いろんな知識を持った人間が集まってるんだから質問しないのは損だろ?だから、これからもたくさん質問すると思うけど──もう少しの間だけ付き合ってくれる?」
スコットの言葉にトニーは目を瞠ったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて首を縦に振ってくれた。快く頼みを受け入れてくれたことが嬉しくてスコットは目を細めて笑いながら「ありがとう」と感謝を伝えた。
トニーは少し考える素振りを見せた後、何かを思案するように宙を見つめたまま口を開く。
「スコット、夕食後に時間を取れないか?エイヴァという子の症状と、彼女の治療のために何をしていたのか詳しく聞きたい。」
そう言われたもののトニーの意図が読めず、スコットはキョトンとした。それを拒否と受け取ったのか、トニーが拗ねたように唇を尖らせる。
「別に命令じゃないぞ。詳しい話を聞けば良い案が浮かぶかもしれないと思っただけだ。」
それを聞き、スコットは慌てて椅子ごとトニーに近づく。
今のトニーの言葉は、つまり──
「エイヴァの治療を手伝ってくれるのか⁉」
驚きを隠さずに尋ねるとトニーは小さく頷いた。
「そのつもりだが、余計なお世話なら──」
「そんなことあるわけないだろ!すごく助かる!」
トニーが手伝ってくれるならば大きな戦力になる。知恵を出す者が一人でも多い方が良いのは明白であり、それがトニー・スタークであれば言うことなしだ。
これでエイヴァの治療が大きく前進するかもしれない、と興奮したスコットは更に椅子ごと移動してトニーに近づく。
「トニー、本当にありがとう!今更だけど、あんたって良い奴だよね!」
スコットが前のめりで話すとトニーは「近すぎるぞ」と渋い顔で体を少し後ろに引いた。
そして改まったように「まず始めに」と話し出す。
「タイム泥棒作戦を成功させて消滅した人たちを取り戻さないとな。ハンク・ピムもサノスのせいで消えてしまったから。」
「うん、もちろん。」
「それからハンク・ピムを説得して僕も研究に参加できるようにする。それが一番の難問だぞ、スコット。」
「うん、わかってる。」
「……本当にわかってるのか?顔が緩んでるぞ。」
トニーから呆れ混じりに指摘されて、スコットは思わず自分の顔を撫で回した。そんなにも緩んでいただろうか?
スコットは自身に苦笑しつつ「ごめん」と謝る。
「あんたと話してたらいろんなことが前に進んでいくような気がして嬉しくなったんだ。適当にやろうとか、全部任せようなんて全然思ってないから安心して。」
もう一度「ごめんな」と謝ったが、トニーは呆れたように溜め息を吐いた。その次には額に手を当てて上を向く。
「あー、本当に君って奴は……」
上を向いたまま呻くように呟くトニーにスコットは不安になった。
「トニー?大丈夫か?」
その問いは無視され、トニーはブツブツと呟き続けている。声が小さいのでスコットには何を呟いているのかわからない。
「おーい、トニー?」
もう一度呼びかけてみると、今度は「何だ?」と返事があった。
「どうしたの?俺、変なこと言った?」
その問いに返ってきたのは大きくて長い溜め息。
トニーは溜め息を吐き終わると顔を正面に戻した。その顔はどことなく拗ねたように見える。
そんなに変なことを言っただろうか、とスコットが首を傾げたところでトニーが口を開く。
「君の周りには君の世話を焼きたがる人間が多そうだと思ったんだ。」
「え、どうして?」
「放っておけないというか、構いたくなるというか……ああ、もういい。何でもない。作業に戻ってくれ。」
そう言ってトニーは自分の作業台に戻ってしまった。作業台に向かうトニーの背中に「話しかけるな」と書いてあるような気がしたので、スコットはこれ以上話しかけるのを諦めることにした。
自分の作業台に向き直り、まだ整備していない装備品を見下ろす。説明を受ける前はどこを触ったら良いのかわからなかったが、今は自信を持って作業を進められる。
スコットは装備品に触れてみたくなって掌を這わせた。金属などで造られたそれは冷たいはずなのに不思議と温かく感じられる。
スコットは目の前にある装備品に笑いかけながら「やるぞ!」と気合を入れた。
END