この場所から「メリークリスマス」 街が華やぎを増すクリスマス・イブの夜。多くの者が家族や友人、そして恋人などの親しい相手と共に過ごす日。それはスコットも例外ではない。スコットはキャシーたちからクリスマスパーティーに招待されて、彼女たちの家で楽しい時間を過ごしていた。
年頃になった愛娘・キャシーは五年間の空白を感じさせることなく真っ直ぐに親愛の情を向けてくれる。元妻のマギーとその再婚相手のパクストンもスコットを家族として受け入れてくれるので、四人でクリスマスパーティーを楽しむことができるのだ。「この幸せな時間を守りたい」という気持ちもアントマンとして活動する時の力になる。
スコットがキャシーたちとクリスマスのご馳走を堪能してからボードゲームで盛り上がっていた時、ジーンズのポケットに入れていたスマートフォンが振動した。着信があったことを知らせるそれをポケットから取り出して確認すると、ニューヨークに住むピーターから一件のメッセージが届いていた。
画面をタップしてメッセージの内容を確認したスコットは首を傾げながら瞬きを繰り返す。ピーターからのメッセージの内容は次のようなものだ。
『今、電話しても大丈夫?』
送られてきたメッセージはその一言だけ。緊急というわけではなさそうだが、すぐに連絡した方が良いだろう。
スコットはピーターに電話をかけることに決めて、他の三人に「ちょっと電話してくる」と断りを入れてから上着と共に家を出る。家の外に出ると空気の冷たさに体が震えた。
上着をしっかりと着込んでからピーターに電話をかける。一度目の呼び出しのコールが鳴った。
『はい!ピーターです!』
「早っ!それはいいとして、メッセージを見たから電話してみたんだけど、何かあったのか?」
一度目のコールで電話に出たピーターはスマートフォンを自分の近くに置いて、スコットから連絡が来るのをソワソワしながら待っていたのだろう。着信音が鳴った瞬間にスマートフォンに飛びつく姿が容易に想像できて、スコットは思わず笑みを零した。
スコットが笑みを浮かべていることなど知りもしないピーターは電話の向こうで口籠っている。
『えっと、その──問題があったとかじゃなくて、あなたの声を聞きたいと思って。……そういえば、スコットさんはパーティーの最中だよね。ごめん、今頃になって気づいた。』
「電話してくるって言っておいたから少しくらいは大丈夫だ。そっちはパーティーは終わったのか?今夜はメイおばさんとクリスマスパーティーの予定だったろ?」
『うん、さっき片付けが終わったところ。』
「楽しかったか?」
『うん!プレゼントも喜んでもらえたよ。スコットさんにアドバイスしてもらってよかった。』
「ああ、うん。あれは俺が役に立ったというより、アンケートに答えてくれた女性陣のおかげかなぁ。」
スコットはそのように答えて苦笑する。
ピーターから同居している叔母へのクリスマスプレゼントについての相談を受けたスコットは身近な女性たちにアンケートを行い、その結果をまとめた資料をピーターに贈ったのだ。それを参考に二人で話し合って贈るものを決めたのは一ヶ月ほど前の話になる。
『スコットさんがたくさん項目を作ってくれたから細かいデータが取れて、すっごく参考になったんだよ。もっと胸を張ってもいいと思うけど?』
「うん、ありがとな。とにかく、喜んでもらえたならよかったよ。友だちとはパーティーしないのか?」
『友だちとのパーティーは明日。サンタクロースの格好で集まることになってるんだ。』
「おっ、いいじゃないか。ぜひ写真を撮って送ってくれ。」
『うん、いいよ。スコットさんはクリスマスパーティーは今夜だけなの?』
その質問にスコットは「いや、違う」と答えながら上着のジッパーを思いきり上に上げた。立っているだけだと体が冷えてくる。
「今日はウーとパーティー代わりに昼飯を一緒に食べて、今はキャシーたちとクリスマスパーティーの真っ最中。明日は昼間にホープたちのところへケーキを届けて、夕方からはルイスたちとのクリスマスパーティーだ。大忙しだよ。」
そのように返事をすると「スコットさん、ちょっと待って」と訝しげな声が返ってきた。
『ウーさんって、確かFBI捜査官だったよね?スコットさんが自宅軟禁状態の時に監視しに来たっていう。』
「ああ、そうだ。」
『……何でそんな人と一緒にランチしたの?まさか、まだ監視されてるわけじゃないよね?』
「違う違う!俺のことを気にかけてくれててさ、近況報告も兼ねて時々会ってるんだ。イブも当日も仕事だって嘆いてたから、ランチぐらい楽しんでもいいんじゃないかと思って誘ったんだよ。けっこう仲が良いんだぞ。」
ピーターに余計な心配をかけてしまったと思ったスコットは、ウーとは友好的な関係であることを強調した。
しかし、返ってきたのは深々とした溜め息だ。
『スコットさんの誰とでも打ち解けられるところは魅力的だと思ってるけど、彼氏としてはちょっと妬いちゃうな。』
「え。」
『スコットさんの人たらしの才能は相手を選ばないってことがよーくわかった。うん、僕も頑張る。』
ピーターは何やら決意を固めているようだ。年齢差の大きい恋人を持つと些細なことで不安になってしまうものなのかもしれない。
スコットは軽く咳払いをしてから「なあ、ピーター」と電話の向こう側に呼びかけた。
「やっぱり、クリスマスに会うようにした方がよかったか?クリスマスに会えないと不安になる?」
『ううん、そんなことないよ。それにさ、家族や身近にいる仲間と過ごすクリスマスを大事にしたいっていうのは僕たち共通の思いだったでしょ?何も問題ないよ。』
「……うん、そうだったな。」
ピーターから告げられた言葉にスコットは穏やかに微笑む。
今年のクリスマスはスコットとピーターが両想いになってから初めてのクリスマスだったのだが、二人とも「身近にいる人たちと過ごすクリスマスを大切にしたい」と思っていたため、クリスマスはそれぞれの家族や仲間と過ごすことに決めたのだ。その代わりにプレゼント交換をすると決めて、クリスマス当日に相手の家にプレゼントが届くように手配してある。もちろん、プレゼントの内容は秘密だ。
恋人への愛情は薄れても揺らいでもいない。それでも「普段から自分を支えてくれる人たちとの時間を大切にしたい」という気持ちをスコットとピーターは共有していた。それをスコットは誇らしく思う。
「なあ、ピーター。クリスマス・イブは楽しかったか?」
『うん、楽しかった。』
「明日のクリスマスも楽しくなりそう?」
『もちろん。絶対に楽しいクリスマスになるよ。スコットさんもでしょ?』
「ああ、俺も同じ。」
スコットはそのように答えて力強く頷いた。
家族や仲間と過ごすクリスマスは楽しくて素晴らしい時間だ。そちらを選んだことに対する後悔は少しもないが、ピーターの声を聞いていると会いたい気持ちが滲み出てくる。
スコットはピーターに会いたいと思う気持ちを噛みしめながら言葉を紡ぐ。
「いつか……いつかさ、お互いの家族とか友だちも交えてクリスマスを一緒に過ごそう。タイミングの合う時がなかなかないかもしれないけど。どう?」
スコットが胸をドキドキさせながら提案したことに対して、ピーターから勢い良く「そうしよう!」という返事が来た。
『僕がそっちへ行くよ!メイおばさんだったら喜んで一緒に来てくれると思うし、ネッドも付いて来たがると思うんだ!絶対にそうしよう!その時はお土産をたくさん持っていくからね!期待していいよ!』
興奮したように話し続けるピーターが愛しくて、スコットは自分の顔がニヤけているのを自覚した。自分の提案に恋人が大喜びしてくれたのだからニヤけずにいられない。
スコットは「楽しみにしてる」と返そうとしたが、その瞬間に背筋を寒気が這うと同時にくしゃみが飛び出した。予定していたよりも話し込んだため、体が冷えてしまったらしい。
スコットが鼻をすすると電話口でピーターが心配そうな声を出す。
『大丈夫?もしかして外に出て電話してる?』
「うん、そう。悪い、そろそろ家の中に戻るよ。」
『その方がいいよ。パーティーを抜けさせてごめんなさい。でも、声が聞けて嬉しかった。ありがとう、スコットさん。』
「俺もお前の声が聞けて嬉しかったよ。じゃあ、もう切るな。」
そこまで言った時、スコットは大切な言葉をピーターに告げていないことに気づく。とても大切な、祝福の言葉を。これを告げないまま電話を切ることはできない。
「ピーター、言い忘れてたことがある。──メリークリスマス。良い夜を。」
『メリークリスマス、スコットさん。楽しい時間を過ごしてね。それと、大好きだよ。』
ピーターは言い逃げのように最後の一言を付け加えてから電話を切ってしまった。言い逃げされた方のスコットは思わず頬が熱くなってしまう。
スコットはジーンズのポケットにスマートフォンをしまってから頬に掌を押し当ててみた。
「……熱い。」
そのように呟いたスコットの顔に浮かぶ笑みは幸福に満ちたもの。最後にピーターからもたらされた熱を愛しく思う。
スコットは頬に宿った熱を堪能して、それから家の中に戻った。
楽しいクリスマスの時間は、まだまだ続く。
END