【始春】雨の日も素敵 ぱらぱらと雨が降る。
薄暗い空は朝から光も差さない。
窓越しにベランダを眺めていた春がカーテンを閉める。
振り返った春とソファに座っている始の目が合った。
「雨なのに機嫌がいいんだな」
始の薄めだが形の美しい唇から控えめな笑いがこぼれる。
「久しぶりの雨だから植物にとっては恵みの雨だし。それに……」
「それに?」
隣に腰掛けながら始の顔を覗き込む。
呼吸をひとつ、飲み込んだ。
「最近気づいたんだけど」
思わせぶりな春の足を始が軽く蹴る。
音もしない程度の蹴りに春は降参とばかりに両手を挙げた。
「はいはい、言います言います。あのね、怒らないでね?」
「前置きが長い」
片脚を持ち上げる始に春はもう一度両手を挙げる。
それでも春の顔は始から遠ざからない。
あのね、と春が目を細めた。
「雨になると始がいつもよりちょーっぴり優しくなるのが嬉しくって」
それだけ言って、春は始の肩へ頭を乗せた。
「俺が雨の日は憂鬱になるって始は知っていて、今日みたいに時間に余裕があるときは俺の近くにいてくれる。それって俺のことを気にかけてくれているってことだし、気にかけてもらえるくらい俺は始にとって大事な存在なんだってことだし、そういうのが嬉しいんだ」
「……いまさらだろ」
始の眉間にうっすらとしわが寄る。
「そうだねえ。いまさらなのかも。ただ、俺たちがこうやって寮で一緒に生活していなかったらわからなかったことだし、学生のころだったらきっとわからなかったと思うんだ。俺も始のこと、ちっともわかっていなかったと思う」
「そうでもないと思うがな」
雨が降っているわりにはよく回る口だと始が苦笑する。
それでも始は肩を動かさなかった。
「観察って言ったら怒るかもしれないけれど、俺のことをよく見続けてくれているからこそでしょう? だから最近は、雨の日で、始が朝からお仕事じゃない日だったら、一緒にいられる時間が増えるなあって嬉しくなるんです」
身体を震わせる春の髪を始の左手がかきまぜる。
髪と手の触れ合う音と、雨音が混ざっていく。
「雨の日が憂鬱じゃなくなったのは始のおかげだね」
満足そうな吐息を春が漏らす。その髪をかきまぜていた始の手が静かに下降し、指先で眼鏡のブリッジをつまむ。
「春」
眼鏡が外されると同時に春が顔を持ち上げながら目を閉じる。
ぱらぱらと降る雨に唇の重なる音がした。