愛という言葉の呪い「命を秤に掛けて、選び取ったモノ」
白い腕が伸びる。すらりと、陶器のように白い腕が伸びる。
「願いを込めて、だけども、願いを言葉にせずに」
指先が、首筋に触れた。それは、ぞっとするほどに冷たい。
「ありふれた、愛の言葉で、その口で、囁いて」
冷たい指先が、少しずつ伸び上がり、一本ずつ、喉元に掛かる。
「愛と言うもので」
ソレは真っ赤な唇を歪ませて笑い、そして・・・・・・。
「!!!!!!!!!!」
飛び起きた数秒後に、目覚まし時計が遅れて鳴り響く。ここ最近見る、良く分からない悪夢で起こされる日々。
「あぁあ・・・・・・くそ、汗だくだ」
全速力で走ったかのような息切れ、心臓は激しく脈打つ。首元は妙な違和感があり、吐き気すら催す状態だ。
「本当に、なんなんだ」
「ひっでぇ顔してるな、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるなら、お前、眼科か脳外科行ってこい。・・・・・・ここ二週間まともに寝てないんだ、イライラさせんな」
「あ、わりぃ・・・・・・。けど、二週間も変な悪夢に魘されてるのか? なんか、病院とか行かなくて良いのか? あー気休めだけども、ほら、睡眠薬とか貰うとか」
「・・・・・・貰ったけど、全く眠れないんだ。他の科にも掛かったけどダメだった。むしろ、悪化してるかも知れない」
「せめて、なんか固形物食え。食事すらもままならないんだろ?」
「気持ち悪くなるから、無理だな。・・・・・・悪い、気分も悪いから帰る・・・・・・」
「あ、ああ。お大事に」
友人とそんな事を話しながら、フラフラした足取りで最寄り駅に向かう。ガラスに映った自分自身を見て苦笑してしまう。病的に痩せこけて、目の下は隈が色濃く出ている・・・・死相が出てると言われたら頷けるほどに。
(これから夏本番だっつーのにな)
猛暑では無く、酷暑と呼ぶのに相応しい暑さがやってくる時期に、こんな寝不足と食欲不振による体力低下。ぶっ倒れる事必須だ。だが・・・・・・。
「眠るのが怖いんだ」
「お兄さん。アンタ、だいぶヤバいものを背負ってるね」
気付いた時には、手遅れだったような気もする。駅に向かって歩いてたはずが、いつの間にか路地裏に迷い込んでいた。光も通さない、薄暗い場所に、変な女は居た。
着物を滅茶苦茶に着崩し、キャミソールかなんかを着込み、今時珍しい煙管を吹かしていた。何処かゲームのキャラを彷彿とさせる・・・・・所謂コスプレかと思うような服装。
「・・・・・」
「なんかの勧誘とか思ってるなら、それは違うよ。それに、ここは、そんなチンケな奴らが来れるような場所じゃない」
女は此方に近付く。その様子を馬鹿みたいに見てた。コスプレみたいな格好しているが、違和感を感じさせない。不思議な女だった。
あと一歩というところで、女は急に立ち止まり、いきなり煙を吹きかけてきた。どんだけ吹かしていたんだと思うほどの煙を。
「ゲホ、ゲホ、ゲホッ!!!! な、何するんだ!!!!」
「これで、首周り見てみな」
「え? ・・・・・え?」
女は懐から手鏡を取り出して、首回りを見せてくる。びっしりと首を締めるように、手形がくっきりと付いていた。それも何度も重ねたようで、色濃く残っていた。
「思った以上に、酷い状態だねぇ。よく、今日まで生きていたもんだ」
「な・・・・・え、どうして? こんなの見えてなかったのに」
「人間に見せる為の目印じゃないからね。肉体よりも魂が欲してる訳だ。・・・・・誰にも取られたくない、奪わせたくない、自分の物だと分からせるため。だから、何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・・そうやって重ねてくる訳だ。誰の手垢すら付けさせたくないから」
「・・・・・」
「原因があるはずだ。何故、こんなにも執着されるのか。それを解決しない限り、お兄さん。近いうちに死ぬよ」
「・・・・・!!!! な、な・・・・・なんかのインチキだろ!!! それで、なにか買わせる気だろう!!! ふざけんなよ!!!!」
それだけ叫ぶと、女に背を向けて走り出した。
「あーあ。折角忠告したのに、馬鹿な人ですねー」
「なんだ、居たのか」
「ひっどいなぁー気付いてた癖に。・・・・・で、どーするんです? 助けるんですか?」
「私達が出来る段階を過ぎてる。あんなに執着されてるんだ、逆に私達の方が危ないさ」
「まぁ、そうですね。滅茶苦茶執着してましたしねー愛憎的なレベル? 愛が憎しみに変わって、執着・・・・・うっわ、怖っ」
「本心では無いだろう。それに、一番怖いのは、生きてる人間だろう・・・・・生きてる人間の欲望ほど、恐ろしく禍々しいものなど無い」
「命を秤に掛けて、選び取ったモノ」
白い腕が伸びる。すらりと、陶器のように白い腕が伸びる。
「願いを込めて、だけども、願いを言葉にせずに」
指先が、首筋に触れた。それは、ぞっとするほどに冷たい。
「ありふれた、愛の言葉で、その口で、囁いて」
冷たい指先が、少しずつ伸び上がり、一本ずつ、喉元に掛かる。
「愛と言うもので」
ソレは真っ赤な唇を歪ませて笑い・・・・・。
「どうして?」
初めて、女が困惑した声を出した。今までと違う反応だった。
「・・・・・どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
首に手をかけたまま、女は発狂した様子だった。
「どうして? どうして? ・・・・・裏切ったの? また、私を裏切ったの?」
(裏切った? また?)
「・・・・・許さない・・・・・許さない・・・・・許さない・・・・・許さない・・・・・許さない・・・・・許さない!!!!!!!! アナタは私のもの!!!!!!!! 私のもの!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
女の絶叫で起こされるとは思わなかった。耳鳴りと頭痛が酷い、寝不足な所にそんな追加ダメージを与えてくるなと怒りが沸いてくる。だが・・・・・・。
「裏切った? 俺が? ・・・・・・どう言うことだ?」
謎が深まる。
「おや? まだ生きていたのか。なかなか、しぶといようだねーお兄さん」
「・・・・・・」
「しかも、また来れるとは。ますます面白い事だ」
「・・・・・・」
あの時、不思議な女と出会った路地裏を探し続けた。どうやって辿り着いたかは分からなかったが、やっと辿り着いた状態だ。その間も、眠れない日々はずっと続いていた・・・・・・体力的にも、精神的にも限界が近い。
「で、聞きたいんだろう? お兄さんに夜な夜な現れるものについて」
「・・・・・・何か、知ってるのか? あの女について」
「詳しくは分からない。何もね」
「おい」
「だが」
女は深く煙管を吸い込み、煙を吐き出す。ゆらりと流れ消えていく様子を見届けて、女は口を開く。
「分かるのは、底なしの恨み。死しても、消えない底なしの深い恨み」
「・・・・・・恨み・・・・・・」
「誰にも奪わせたくない、手垢を付けさせたくないのは」
女がすっ・・・・・・と首を指さす。
「恨みを晴らすために、誰にも奪わせない為。そして、逃がさないため。何も覚えは無いのか? 何かに恨まれる事を。死しても、執着されるような恨みを」
「・・・・・・」
「まぁ、例え理由が分かった所で、もうじき死ぬ」
「・・・・・・は?」
「私と会った事で、手出しされることを恐れたらしい。さっさと自分のテリトリーに落とし込みたいって様子だからな」
「助けて・・・・・・くれるんじゃないのか?」
「私は一言も助けるとは言ってない。何故、執着されてるかを教える事。・・・・・・それにだ、こんなどす黒い恨みを買ってるやつを助けることは不可能だ」
余りの言い分に、目の前が真っ赤に染まった気がした。気付けば女の胸倉を掴み、壁に身体を叩きつけた。弾みで、煙管が落ちたらしく無機質な音が路地裏に響く。女は痛みで顔を歪ませた様子だが、そんなのは関係ない。
「訳も分からないまま、俺は死ぬのか?!」
「おいおい。原因が自分にあると思わないのかい? ここまで、執着されるなんてよっぽどの恨みだ。それなのに、自分は被害者面とはな」
「ふざけるなよ!!!」
「ふざけてはいないさ。ただ、本当に思い至る節は無いのかと聞いてるんだ。原因さえ分かれば、死に至らなくてもなんとかなるはずだ」
「それが分からないから困ってるだろう!!! 本当にふざけるな!!!!!!!」
「ふざけてるのは、お前だよ。その人から手を離せ」
首元にヒヤリとした物が当てられながら、男の声が聞こえた。驚きと共に手を離すと、女を守るように、一人の男が間に入ってきた。
「大丈夫ですかー? 大切な煙管まで落として散々ですね」
「大丈夫だ。用は済んだ・・・・・・行こう」
「ですね~。こんなやつに構ってる時間が、もったいないですしねー」
「あ、おい! 待てよ」
「残りの人生、後悔のように生きることだね~」
男は最後まで女を守るようにしながら、女は此方を一度も振り返らずに去っていた。
「本当に大丈夫ですか~? 結構加減無く叩きつけられたんじゃないですか?」
「大丈夫だ。ただ、私の体より煙管が壊れてないかが心配だ・・・・・・早く戻って確認しないと安心は出来ない」
「身の危険より、煙管が大事なんですかー?」
「そうさ、大事だ。私の命よりもだ・・・・・・それは、君にもあるだろ? 自分の命よりも大切なものが」
「・・・・・・そうでした・・・・・・そうでしたねぇ~」
「くそ! くそ・・・・・・!! なんで俺が! なんで! なんで!! なんで!!! くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ・・・・・・!!!!!!!」
あれから逃げるように自宅に帰り、一人頭を抱えてる。当てにしてた女は訳が分からない事を言うわ、もうじき死ぬだ。ふざけてる、ふざけてる!!
「俺が何したってんだ! なんで俺が!! なんで!! くそ!!!!!!!」
頭をかきむしり、ただひたすらに思い返す。この悪夢のようなのを体験し始める前に。女に言われた「思い当たる節」を。だが、何も思い至らない。
・・・・・・いや、もしかしたら・・・・・・。
「いや・・・・・・いやいやいやいやいやいや・・・・・・嘘だろ? そんな事があるか? この現代、科学も発展してる現代に? そんな事が?? 非現実的じゃないか???」
口に出して否定するも、頭の片隅ではそうだと告げている。あの女が言っていた、心当たり。
それは遡る事、三週間前。
俺の実家は、田舎にある。こんな人や物に溢れ、忙しない時間が流れる都会とは違う。そんな場所に住んでた俺は一時的に実家に帰っていた。
その時に、変な頼み事をされた。昔から奉っている神に挨拶をしにいけと言われたのだ。ただ、そこで手を合わせてくるだけでいいと。理由を聞いても、ただ「手を合わせて帰ってこい」しか言われず、言われるがままに行ってきた事だ。何か不敬をしたり、粗相をした覚えなんて無い。だが、そこで手を合わせていたときに聞こえた声は合った。
「やっと見つけた」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ・・・・・・だって、俺は頼まれただけだ。ただ、手を合わせた・・・・・・」
ぞわり
俺の後ろは、窓を隔ててベランダ。そして、アパート住まいで五階に住んでいる。おいそれと人間が入ってくる事が出来ない、角部屋でもある。入ってくることが出来るにしても、階下や外の人間にバレずに登ることなど可能なのか? 不可能ではないにしても、現実的ではないと思われる。なのに、何故俺の背後に人の気配がする?
「命を秤に掛けて、選び取ったモノ」
白い腕が伸びる。すらりと、陶器のように白い腕が伸びる。
「願いを込めて、だけども、願いを言葉にせずに」
指先が、首筋に触れた。それは、ぞっとするほどに冷たい。
「ありふれた、愛の言葉で、その口で、囁いて」
冷たい指先が、少しずつ伸び上がり、一本ずつ、喉元に掛かる。
「私は」
ゆっくりと指に力が込められる。
「アナタを」
徐々に圧迫される苦しみ、骨が軋む音、不自然な呼吸。
「愛し」
少しずつ目の前が歪んで見えなくなる。意識が途切れる寸前、聞こえた声は。この世のものと思えない恐ろしい声で告げた。
「そして、ユルサナイ」
「引き続きまして、新しいニュースをお伝えします。都内某所のアパートで、遺体が発見されました。都内に通う大学生でー」
殺伐とした部屋に、テレビから流れるニュースを見て、男は“やっぱりな”と顔をした。
「あーあー。あいつ、やっぱり死んだみたいですね。まぁ? 元々手遅れだったし、手に負えないんじゃあ、僕達には関係ないですしね~」
「・・・・・・」
「第一に、なーんで、あんなに恨まれてたんだが。何かやらかしそうなタイプ・・・・・・は見かけにはよらないけども、見えなかったですけどねぇ?」
「選ばれたんだろう」
「? 選ばれた? なんで、また?」
「あれに執着してたのは、一族に呪いを掛けていたものだった。それを押さえ込むために、何十年かに一回、選ばれるものが居たんだろう。それが、彼だったら話だ」
「へぇ? あの感じだと、ここ数十年で出来た感じじゃないから、かなり前からの呪いって事ですか。先祖代々まで祟れた感じかな」
「それに近いかも知れないが、いずれにしろ私達の預かり知らぬ事だ。あの時、どうにか出来たとしても、また誰かが人柱になるだけだからな。この連鎖を断ち切るのは、ほぼほぼ不可能だ。あの淀みの感じでは、まだ続くだろう」
「はは、ほんと生きてる人間が怖いってのは正しいですね」
男は楽しそうに笑うのを、女は黙って煙管の煙を吹かしていた。
「結局は、愛という名の呪いに過ぎないんだ」