マイ・オンリー・ユー【web再録】こちらはR15です。
15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
15歳以上の方は、次のページからどうぞ^^
俺は両手に抱えた山ほどの荷物を、よい、ともう一度抱え直した。もうすぐ目的の小屋へ到着するところで、少しだけ気分は高揚していた。
昨日、三か月ぶりに着港したパラディ島の港まで、その愛おしい人は出迎えに来てくれていた。だから再会はもう昨日済ませていたのだが、昨日はそのまま実家に戻ったのでゆっくり過ごすことはできなかった。
俺は両手に山ほどの〝土産〟を抱えて、改めてその人が待つ小屋へ向かっていた。
さくさくと踏みつける芝生の音が爽やかで心地がいい。空を見上げれば突き抜けるように晴れていて、それだけでいい日だなと思える。
すぐに小屋が見えて、少しずつ距離が縮まっていく。玄関のあるほうへ回り込むと、その人――ミカサ――は、玄関前の小さな畑で、野菜の手入れをしていた。
「――おう」
声をかけてやるとその後ろ姿は驚いたように頭を上げて、被っていた麦わら帽を押さえながら急いで俺のほうへ顔を向けた。
「……ジャン!」
そこにあった表情が綻んだように見えて、俺もつられて頬を緩めてしまう。
「昨日は出迎えありがとうな」
「うん。皆にも会えて楽しかった」
軍手をしたままのミカサが、急くように俺の元まで駆け寄ってくる。見上げられる表情がとても穏やかで、柔らかで……ああ、好きだなと心に染み込むように想った。
「……あ、これ土産」
手に持っていた大荷物を思い出し、それらを示すようにちょいと持ち上げてみる。
ミカサはようやくそれに気づいたようで、一歩下がってから、俺の身体にぶら下がる多くの鞄に目を向けた。
「……す、すごい大荷物……」
呆気に取られているようなその反応が期待通りで愉快だった。
「あはは、しばらく大陸には戻れないと思ったらさ、あれもこれもって、止まらなくて」
呆気に取られたままのミカサに、俺も見惚れてしばし沈黙してしまった。それに気づいたのは同時で、ふらりとミカサの視線が持ち上がる。ぴたりと目が合って、あ、とお互い何か腑に落ちたような顔をしてしまったように思う。
「ま、とにかく中に入ろうぜ」
「うん。そうしよう」
ミカサは畑の側に置きっぱなしにしてあったスコップを拾い上げ、軍手を外して丸めながら俺を先導した。バルコニーの脇に置いてある園芸用の棚に立ち寄って、そこに握っていた軍手とスコップを戻してから、改めて玄関のほうへ向かう。扉を開きながらブーツについた土を落とし、それから麦わら帽を外した。
「入って」
俺のことを当たり前のように迎え入れてくれるから、何やら照れてしまう気持ちを隠しながら、俺はミカサの小屋に立ち入る。
実に三か月ぶりのミカサの小屋だが、三か月ではそうそう変化があるわけもなく、俺は荷物を置きながら見回した。それから俺も被っていた帽子を外して、髪の毛を何度か撫でつけて整えた。
俺とミカサが、き、キスを、するようになって、半年が経っていた。
その間、俺が大陸を往復したのは今回を含めて二回で、晴れてパラディ島に連合国大使館が完成したことにより、俺はこれ以降この島にコニーと一緒に常駐することとなった。しかも俺が館長に任命されるという信頼と待遇のあつさだ。
ミカサとはこうやって会う度に、唇に触れるくらいのキスをする程度ではあるが……それはつまり、恋人……という認識でそう遠くないはずだと俺は思っている。それでも一緒に暮らそうと切り出すにはまだまだ時間が必要そうなので、俺は当面の間、母ちゃんたちと暮らすことになりそうだ。
とりあえず俺はぶら下げていた鞄を一通り床に置き、その中から一つを拾い上げてテーブルの上に乗せた。カリンカリンと瓶同士がぶつかり合う音が何度か響き、俺の手元を覗き込もうとするミカサを盗み見る。……その興味津々といった瞳がえらく可愛く見えて、おほん、と思わず咳払いをしてしまった。自分の正気を保つためだ。
「……じゃあまずはこれな」
「うん」
鞄の中から一本の瓶を取り出す。取り出しながらラベルを確認して、
「はい、これはウォトカっていう、北国の酒だ」
ミカサにそれを手渡した。
「ウォトカ」
ミカサもそのラベルを珍しそうに眺めた。ラベルは公用語に作り替えられてはいるが、デザインとしてところどころにその北国の文字が使われていて、それを目で追っていたのだろう。
「そんで、これがマッコリという、東洋の酒」
「マッコリ」
次の瓶をまたミカサに差し出す。ミカサは持っていたウォトカの瓶をテーブルに置き、俺が次に差し出した瓶を受け取った。大陸ですらあまり見かけない真っ白な瓶を見つめて、また素直にそれを見下ろしていた。
俺はそれに満足し、さらに鞄の中に手を突っ込んだ。
「こっちが梅酒だろ、ヒィズルの酒で、」
「梅酒」
「そしてこれがテキーラ。大陸に昔からよくある酒だ。大陸の西のほうから伝わってきたらしい」
「テキーラ」
また次々と酒瓶ばかりをミカサに手渡していった。
ミカサはそれを同じように一本一本受け取り、また並んだラベルを眺めて口をあんぐりとさせている。
「肴もいっぱい買ってきたんだぜ」
ごっそりと一気にいろんなものを鞄から取り出した。それを見たミカサは思わず「ほんとにたくさん」と驚いた声を漏らしていたようだが、それは無理もないだろう。
「あはは、すまん。サーモンの干物、野菜の塩漬け、そしてこれがチョコレートに、こっちがアーモンド」
「なんでも出てくる」
次々にテーブルの上に並べられる酒の肴を見届けたあと、ミカサは楽しそうに俺の顔を覗いてくる。未知のものを見るのが新鮮で高揚するのだろう。その眼差しはとても眩しくて、また、俺の中に想いが溢れた。――唇を奪いたい衝動に駆られたがそれをぐっとこらえて、
「とまあ、ここまでは、俺が勝手にお前と楽しみたいなと思ったもので、」
空になった鞄を反対側の床に置き、
「こっちが土産としては本命だ」
今度はまた別の鞄を机の上に置いた。
今度の鞄は先ほどの鞄の二倍はあろうかという特大級の鞄だったため、ミカサは身体をのけ反りながら「わあ、な、なに、これは」と身構えていた。まったく、いちいち反応がかわいいやつだなと、心の中だけでつっこみを入れておく。
それからその鞄のファスナーを開いていく。
「これはミシンって言ってな」
「……ミシン」
「服や小物を縫うための家庭用の機械だ」
出てきた小型の……とは言っても、かなりでかい機械をテーブルの上に取り出した。細かいパーツも取り出して用済みとなった鞄は、また横のほうへ避けておく。
「……すごい」
「お前、野菜いじるのも好きだし、こういう生産性のあるもの好きかなと思って、ちょっと買ってきてみたんだ」
その筐体を撫でながらミカサに伝えた。肝心のミカサはその筐体と俺とを見比べて、少し不安気な表情を見せた。何か不満だっただろうかと俺まで身構えてしまう。
「……けど、『ちょっと買ってきた』という金額ではなかったのでは?」
なんだ、そんなことかと俺は安堵して、「心配すんな」と一言付け加えた。
取り出したほかのパーツを手に持つ。
「ほかに給料の使い道があるわけでもねえし、お前が気に入るようならこれ以上ありがたいことはねえよ」
「……そう」
その別パーツを本体にケーブルでつなぎ、それをまた床のほうへぶら下げた。
「ほらよ。これで設置完了だ」
一通りそれの完成形を確認してから、俺はまた改めて足元をきょろきょろと見回した。
「素材や指南書もいくつか買ってきたからよ。何か作ってみるといい」
探していたのは、その〝素材〟や〝指南書〟が入った鞄だった。それを見つけて設置したミシンの隣に置き、そこからまたいろんな柄の生地や種類の糸、定規やハサミなどの小道具まで、さまざまなものを取り出して見せてやった。
そこに広がる大掛かりな〝土産〟を見て、やはりミカサは少し不安気だ。おそらくパラディではまだ手に入らないだろうからと張り切ってしまったのだが……、反対にちょっと気合を入れ過ぎただろうかと反省しかけたときに、ミカサが一歩だけ踏み出して、そのミシンの隅に触れながらぼやいた。
「……こんな大層な機械、私に扱えるだろうか……」
それを聞いて、そうか、ミカサは初めて見るこの複雑そうな機械に怯んでいるのかと閃いた。
俺はミカサの肩にぽん、と俺の手のひらを乗せてから、
「ああ、やり方も教わってきたから見せてやるよ」
そう言って一度ミカサに一歩引いてもらった。
そのままミシンの前にあった椅子も引いてそこに立ち、ええと、と言いながら俺は素材の中から必要なものを探した。
「まずは準備でな、これ、」
買っておいたミシン用の糸巻を一つ拾い上げた。
「この上糸っつーのをここにこうやって通して……この針の先端の穴に通すだろ」
「うん」
ミカサにも見えるように、何とか身体の向きを工夫しながらその糸を通していく。通すたびに思うが、どうしてこれはこんなに複雑な設計なのか疑問だ。
次に小さなほうの糸巻を手に持つ。
「そんで今度はこの下糸っつーのをここにはめて……ここに通して、こう」
ミシンの尻のほうについている、手で捻るはずみ車という部位を少し操作して見せた。すると先ほど上糸を通した針が上下に動き、その下糸を引っ張り出してくれた。
「……な」
「……う、うん」
ここまでミカサはついてこれているだろうかと確認するために目配せをしたら、ミカサは恐る恐るというように頷いて見せた。
始めこそは複雑に見えるが、慣れてしまえば大したことはない作業だ。俺にだって覚えられたのだから問題はないだろう。
「これで準備は終わりで、」
俺は解説を続けながら、今度は引いておいた椅子を元の位置に戻して、自分がそこに腰をかけた。
脇に置いておいた生地を適当に一つ手に取り、
「実際縫うときは、ここで押さえを上げて布を挟む」
その布を押さえ板と針板の間に滑り込ませた。
「それから、押さえを下げて……あとは、ここな」
一度ミカサのほうを見上げて注目を煽ってから、俺は足元を指し示した。先ほど設置した別パーツ部分に足を乗せて、
「このペダルを踏むごとに、一針一針進んでいく」
そうして試しにそのペダルをくり返し踏んで見せた。
ミシンが勝手に差し込んだ生地を運んでいき、その部位がどんどん綺麗に縫われていくのを見せてやった。
「ほ、ほんとだ、すごい」
こいつを見せてから初めて、ミカサの弾んだ声が耳に届いた。
また見上げるとミカサは前のめりに俺の手元を覗き込んでいて、
「な? 楽しそうだろ?」
この距離なら頬にキスができるななどとぼんやりと思ってしまった俺をよそに、そのきらきらと輝かせた瞳をこちらに向けた。
「うん。さっそく後でやってみる」
「おう」
俺は自分を咎めるように視線を急いで逸らして、俺のバカ、と内心で罵ってやった。
席をミカサに譲りながら、俺は先ほどそこに並べた素材やらを改めて見せてやり、そこに合わせて置いておいた数冊の厚い大判本を拾い上げた。
「この指南書もすごく手厚くていいって評判でさ、型紙なんかもたくさん付録されてるみたいだから、目を通すだけでも楽しいと思う」
中身をぱらぱらとめくってやり、丁寧に見せてやった。女もののワンピースとか、男女兼用できるTシャツとか、そういうものの型紙がびっしりと連なっている、全編フルカラーの太っ腹書籍だ。
俺がぱらぱらとめくっているその手元を見ていると視線を感じて、思わずその方向へ目を上げていた。
そこにはミカサの綻んだ眼差しがあって、
「……ジャン」
その声は、いつになく穏やかで優しかった。
「お、おう?」
「私のために、ありがとう」
単調なくせに感情たっぷりでそんなことを言うものだから、一気に俺の中でまた気持ちが突沸してカッと顔が熱くなった。
「い、いいってそういうの。俺が、買いたかっただけだから」
たまらず持っていた指南書をその場に置いてしまい、顔を隠したくて自らの額に触れた。ああもう、これでは照れているのがばればれだなと思い、ミカサを盗み見てみたが、
「ふふ、でも、私のこと考えてくれたのは嬉しい」
ミカサは一歩、二歩、と俺のほうへ歩み寄って、さらに近くでその綻びを見せてくれた。ああ、だから、なんでこんなに可愛いのか。そんなに近づくとちゅーすんぞ……とは言えず、「……おう」と小さく捻り出しながらそっぽを向いた。
どくどく、としばらく自らの心臓の鼓動を聞く羽目になって、次になんと言えば気が利いたことが言えるかと慌てて考えた。
「あ、何か飲む?」
けれど先に切り出したのはミカサだ。動揺のせいなのか何も思い浮かばなかったので、大変にありがたかった。
「そうだな。コーヒーでもいただこうかな」
「うん。淹れよう」
そうしてミカサはキッチンへ向けて踵を返した。俺はというと、ようやく息ができたような気になって「ふう」と深呼吸をしてしまった。……ミカサと、こ、恋人、になって……半年は経つというのに、未だに俺の心臓はこの距離感に耐えらていない。ミカサが可愛すぎるのが問題なのはわかっている。そして俺は、いつもいつも張り切り過ぎだ。
この日はこのあと、ミカサとコーヒーを飲みながら大陸の話をして、それからミカサがやりかけだった畑仕事を、二人で分担してやっつけた。
***
その晩、山ほどのお土産を持ってきてくれたジャンを見送った。バルコニーの上をコトコトと優しく歩む足音が聞こえなくなってから、私は家の中で踵を返した。
夕食をいただくのに片づけたほうがいいかと問われたミシンを、私はそのままにしていてとお願いした。一人で食べる分にはスペースは十分あったし、一度片づけてもらったら自分では改めて設置することはできないと踏んでいたからだ。
ジャンはどうやら、家族に私とのことは話していないようだった。……私もそうだ、あえて自分から誰かに伝えたということはない。――だからなのか、ジャンは『今日は母ちゃんが張り切っちまって夕飯準備してるみたいなんだわ』と苦そうに笑って帰っていった。
私はいつもの夕飯の時間までまだ少し余裕があることを確認して、なんとなく引かれるような気持ちでジャンが置いて行ったお土産の山へ近いた。
少しの間、そこに置かれていた機械や道具、素材などを眺めて、思い切って一番重たそうな指南書を拾い上げる。ぱらぱらとめくっていくと、次々と色とりどりの衣服が姿を現す。……パラディ島ではあまり見かけない種類というのか、デザインというのか……本当に様々な衣服があった。
とりあえず試しに何かを作ってみようと好奇心に押され、私はその中の『初級編』とまとめられたページを選ぶ。目次に簡単な分類が載っており、そこからなんとなく、『ワンピース』という項目を選ぶことにして、再びページを何枚かめくった。
初級編の中でもワンピースは数枚紹介されていて、私は普段馴染みのある丈の長さのワンピースを見つけてまじまじとそのページを見てみる。……手順も少なく、簡単そうなそれに一通り目を通して、よしこれにしようと心に決めた。
カラフルなページの上部に『付録番号』という表記があり、それと同じ番号の付録型紙を探し出す。さすがにこの量だと付録だけで高額売買されていそうだなと感心した。
型紙が確保できたら、次は使う生地だ。これに関してもジャンがよりどりみどりの素材を準備してくれていたので、私はなんとなくそこからワインレッドというのかバーガンディというのか、赤みの強い紫のような生地を引っ張り出した。……そう思ったことがどれほど重要なことだったかと心にも留めないまま、私は〝ジャンが好きそう〟なその色を手に取っていたのだ。
生地をよく見てみると無地の生地ではなく、同じ色の、けれど光沢の違う糸で細かく花柄の刺繍が施されていたものだったことに気づく。――この生地だけでもパラディでは高価なものに値するだろう――そう思ったが、地鳴らしによって物質不足になってしまった大陸側でも同じだろうかと考えた。
私よりもこの生地を必要としている人がいるのではないかとも思ったが、いやいやこれはジャンの土産としてここにあるのだから、そんな途方もないことを今考え始めるのはよそうと思考を振り払う。
それから私はその作業に没頭した。今回初対面となるこの『ミシン』という機械を使うまでの裁断などの工程はこれまでにも経験はあったため、思ったよりも手早く作業が進んだ。ミシンの操作自体も、ジャンの言うように慣れればなんてことはなかった。
とにかく、指南書を片手にまだ布のままの生地を拾い上げてから、その生地が私サイズのワンピースに縫い上がるまではあっという間だった。それを着用してひらひらとスカートの丈を翻してみて、私は意外と悪くない出来栄えに満足した。
それから家の中の置時計に目をやると、あっという間と思っていた時間は夜の十時になっていた。その一瞬だけ空腹を思い出したものの、私は机の上に置かれた同じ生地の残りに目をやった。
このワンピースをこれくらいの時間で作ることができるなら、きっと何かもう一つくらい今夜中に作れるだろう。
私は思い立ってからいそいそとできたてのワンピースを寝間着に着替え、改めてミシンの前の椅子に座った。そして勝手に閉じないようにとほかの本を乗せて留めていた指南書を拾い上げ、改めて初級編の目次のページを目で走った。
一度目に目を通したときには気づかなかったが、ワンピースと記載されているよりももっと若い行に、『スーツベスト』と書かれている項目を見つけた。そしてそのとき、いつもの仕事帰りのスーツ姿のジャンが脳裏に浮かぶ。
――ジャケットとは違い、あまり目立たないであろうスーツベスト。それなら少ししか見えないので、素人の私が作ってもそこまで気にならないだろうと考えた。それにこれくらいの生地で作れるなら、先ほど作ったワンピースの残りの生地で作ることができそうだ。そこまで深く考えていたわけではないが、これならお揃いの衣服になるし、せっかくこんな大がかりな土産を準備してくれたのだから、何かを作って贈りたいと思うのは当然のことだと信じて疑わなかった。
私はその指南書が指定している型紙を取り出して、それから先ほどと同じように、その指南書が勝手に閉じないようにと、ほかの本を文鎮代わりに乗せた。
早速そこに畳んでおいてあった残りの生地を拾い上げて、既に裁断の残骸が散らばっている机の空きスペースに移動する。ジャンのサイズ感をイメージしながら、その型紙をあてて同じように生地を裁断していく。
しかし、ジャンのことを思い浮かべている間、ときどきそわ、と居心地が悪くなるときがあった。……そう、私の意識の中にちらついていたのは、もう歳が離れてしまったあのころのままのエレンの顔だ。
生地を裁断している間も、ミシンを走らせている間も、私の意識の中に度々現れるエレン。そわそわと居心地が悪い感じも、時間とともに大きくなってくのが自分でもわかった。
だから私は逸る気持ちに押されるがまま、性急にベストを作り上げていた。そしてそれを広げてジャンが着用している姿を想像する間もなく、私はさらに残ったほんの少しの生地を掴み取った。
――これくらいなら、きっと作れる。
居ても立っても居られないほど何かに急かされていた私は、目測だけでその生地を測り、裁断して、指南書なんてどこにもないのに、あっという間に帽子のような小さな被せ物を作っていた。ガタガタと音を立てて繋がっていくバーガンディの生地。それが形をはっきりさせていくにつれ、私はなぜかそわそわとした気持ちの代わりに、涙を溢れさせていた。どうしてこんな激情が滾ったのかわからない。ただ歪められるがままに視界を潰され、溢れる涙に抗うように頬を拭った。
〝それ〟が完成したとき、なんと時刻はいつの間にか早朝の四時になっていた。
「ミカサー? おーい?」
――私は突如として意識を取り戻した。ジャンの呼ぶ声だとすぐに認識して、コンコンコンと玄関の扉がノックされていた音が続いた。
「あ、はい! 今……!」
寝起き感満載の鼻声で私は応答した。大急ぎでベッドの上に起き上がる。
……どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。時計が早朝の四時を指していることに気づいてから、大急ぎで寝支度をしてベッドに潜り込んだのだが……いやはや、記憶の通り、机の上は私が作業したまま散らかっていた。
そんなことは気にしている暇もなく、私はまだ寝ぼけたままののろい回転の脳みそで『ジャンに作ったワンピースを見せなきゃ』と思い至り、急いで寝間着を昨晩作ったばかりのワンピースに着替えた。
「――お、お待たせ」
ばたばたと駆け足で玄関まで寄り、あまり待たせては申し訳ないと覚束ない手つきで鍵を開けた。その勢いのまま大きく玄関を開けると、
「いや、こちらこそ朝の忙しい時間にごめんね」
思っていたものと違う声とシルエットがそこに立っていた。
「――って、アルミン、」
「え? うん。久しぶり、ミカサ」
先ほど呼ばれたときは確かにジャンの声だった気がしたのだが、混乱して辺りを見回してもジャンはどこにもいない。私を驚かせるためにバルコニーに隠れているのだろうかとも思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。
その混乱した様子の私に、アルミンも重ねて混乱して首を傾げた。
「……どうしたの?」
「あ、いや、……先ほどジャンの声がした気がした」
「ジャン? ううん、僕だけだけど」
そうしてアルミンはにこり、といつもの優しい笑顔を浮かべてみせた。
――なんだ、ジャンではなかったのか。
ふと過った自らの心の声に、私はハッと息を掴まえてしまった。
目の前に立っている家族同然の幼馴染に対して、私は今……?
「あ、えと。ミカサ、おはよう。早くにごめんね」
仕切り直すようにアルミンが再び帽子を持ち上げて挨拶してくれた。私もそれで今の状況に気づくことができ、慌ててアルミンを招き入れるよう身体を傾ける。
「あ、うん、アルミン。いらっしゃい。来てくれて嬉しい」
そう、私はこの訪問者がジャンではなかったとしても、ちゃんと嬉しい。だって、それは久しぶりに会う家族のアルミンだ。嬉しくないわけがない。
招き入れるように身体を傾けたというのに、アルミンはその場から動こうとはせず、そのままで会話を続けた。
「うん。昨日は、その、忙しいかなと思ってさ。今日から仕事だから、その前に顔を見に来たよ」
「そう。会えてよかった」
「うん。……でも、どうしたの? もしかして、泣いてたの? 大丈夫?」
藪から棒に尋ねられたことにまた不意を突かれる。……そういえば、昨晩作業をしながら溢れかえった気持ちに、涙が伴っていたことをここへきて思い出した。
しかし、アルミンに余計な心配をかける必要は微塵もなく、私は慌てて誤魔化そうと目を擦った。
「え、あ、こっ、これは、つい夜更かしをしてしまって……だから、目が少し腫れぼったい……のかも」
頭のいいアルミンのことなのでしっかりと誤魔化せたのかはわからないが、とりあえずアルミンも「……そっか」と納得の言葉を置いてくれた。
「でも、あまり無理はしないでね」
いつでも優しく接してくれるアルミンは、そのいつもの柔らかさのままでさらに添えてくれた。その優しさが伝播したように、私の中にまで柔らかい心地が広がっていく。
「うん。ありがとう。アルミンこそ、無理はしてない?」
尋ねてみると、どうやら聞き返されるのは予想外だったようで、はた、と瞼を瞬かせた。それから少し困ったように眉を垂れさせる。
「あはは、ときどきね」
それから今度は準備していたような流れで、
「……って、あれ。なんだか新しそうなワンピースだね。ミカサにしては珍しい色だ」
私のほうを手で示してみせられる。
示されるままに視線を向ければ、私が昨晩作ったばかりのワンピースを着ていたことを思い出させられた。てっきりジャンが来たと思っていたからわざわざ着替えたのだと思い出して、少し照れくさい気持ちになる。……なるべくそれを顔に出さないように努めた。
「あ、うん。これは自分で作ってみたもの」
「え!? これを自分で作ったの!? ミカサ器用だね! すごいや!」
「……器用、ではない。縫い目はガタガタだし……でも、楽しかった」
「そう、それはよかった。もしかして、これを作ってて夜更かししたの?」
「アルミンにはすぐバレるね」
「やっぱりかあ。でもちゃんと夜は寝なきゃ」
「うん、気をつける」
軽快に続いた会話はそこで一段落つく。
私はアルミンの顔を見て、そういえば前回来たときにアニとの結婚が決まったと言っていたなと思い出した。詳しい日取りは決まったのかと尋ねたかったのだが、なんとなくジャンとのことに触れられるのが気恥ずかしくて、それは切り出せなかった。――おそらく、アルミンのことだから、薄々気づいてはいるのだろうけども。
「……あ、僕、エレンのところに、行こうかな」
どうやら話題を探していたのは私だけではなかったらしい。
しばらく二人で沈黙したあと、アルミンのほうからそう切り出した。そしてバルコニーの上で一歩だけ足を引いた。……そうか、だから招き入れようとしても入って来なかったのだなと理解した。
「そう。それがいい」
「僕一人で行けるから、ミカサは気にせずここにいてよ」
「それもそう……アルミンも、エレンと一対一で話したいことあるだろうしね、ふふ」
「まあ、男同士のあれこれとかね」
そう言って照れくさそうに視線を泳がせた。……アニとのことは、まずエレンに報告するのだろうか。そう思ったら、少し微笑ましかった。相変わらず二人は仲がよくて、私はそれが嬉しくもあった。
「じゃあ、時間が大丈夫なだけ、ゆっくりしてって」
「うん、ありがとう」
そうやって踵を返そうとしたアルミンだったが、
「仕事の前に紅茶を飲んでいく時間はある?」
また私は引き留めてしまった。
するとアルミンは腕につけていた時計を一度覗き込んで、
「ああ、ごめん、それは難しそうだ」
申し訳なさそうに笑った。……まあ、また話す機会はあるだろうし、今はアルミンがエレンに報告したいことに思いを馳せて、私もにこりと笑ってみる。
「そう、わかった。気にしなくていい」
「ううん。お気遣いありがとう。じゃあまた帰るとき声かけるね」
「うん。いってらっしゃい」
そうしてアルミンがバルコニーを降りていく様子を少し眺めて、もう一度手を振り合ってから、私は玄関の扉を閉めた。
マーレの和平交渉大使を務めるようになって、少し疲れた顔をすることも多いアルミンだが、こうやって大事なものを大事なままで生きていてくれることを嬉しく思う。ずっと外の世界を見てみたいと言っていたから、きっと今の生活も充実しているだろう。……アニとのことも。アルミンから結婚が決まったことを報告されたときもたくさん祝ったが、それでも式の日取りが決まったことを知らされるときも、実際の式のときも、これ以上ないくらいお祝いしたいと思う。
とりあえず私は散らかった居間を見回して、そうして未だにワンピースを身に纏っていたことを思い出した。どうせジャンではなかったし、もう脱いでしまうことにした。再び先ほどまで着ていた寝間着に着替える。
自分用に紅茶を淹れてパンを焼いて、そうやってゆっくりしている間にアルミンが「じゃあ帰るね」と声をかけにきた。それを見送ったあと、私は用意したパンを食べ終わり、そして改めてベッドに横になる。早朝の四時まで作業していたのだから、少しくらい寝てもいいかと思ったのだ。
――しかし次に目を覚ましたとき、私はその時刻に愕然とした。
なんと私は、時計の針が今にも午後の三時を指してしまいそうな時間まで熟睡してしまっていたのだ。いくら早朝の四時まで作業をしていたからと言って、これはさすがに寝すぎだ。
私は大急ぎで着替えて、いつものルーティンを短縮バージョンでこなそうと家を駆け出した。――まずは、エレンへの挨拶だ。何せ今日は、特別な手土産もあるのだから、行かないわけにはいかない。
さくさくと音を立てながら、新緑の香りを発する芝生の上を歩いていく。暖かくなってきた初夏の日差しは、すぐに私の身体を汗ばませた。しまった、帽子を被ってくるべきだったと思ったが、もう遅いので諦める。
小高い丘の上にいつもの木が見えてきて、そしてその根元に愛おしいあのひとの墓標が迎えてくれる。墓標の前に立ち、いつもここにいてくれる存在を想った。
――おはよう、エレン。今朝、あなたはアルミンと何を話したの。
私は心の中で問いかけた。
もう返答がないことを実感して泣くことも減った。ようやく、私の中で整理がついてきたのだと思う。
私はその墓標の前に膝をついて屈み、手に持っていたバーガンディの布をその上で広げる。
「エレン、これは私が作った。ジャンが、ミシンって言う機械をお土産でくれたから、作ってみた」
見た感じでは、サイズ感はぴったりな様子だ。そしてそのままそれを、エレンの墓標の上に被せていく。
「エレン、どうかな」
しかし、目測よりも少し窮屈だったことがわかる。
「……す、少し小さかったかも。ごめん」
ぐ、ぐ、と強めにそれを被せきり、
「でも、大丈夫そう」
なんとか被せることができたそれを眺めた。
緑が綺麗な自然の景色の中で、この色はかなり不自然だ……けれど、それでもよかった。私は昨日溢れてきた気持ちを思い出しながら、けれどこれが叶ったことに安堵のような感覚を得ていた。
ふ、と、あのころのあなたならこれをもらったとき、どんな反応をするだろうと浮かんでくる。私の手作りの帽子なんて、嫌がるかな。色が色だし……と考えて、ちょっと照れくさそうに受け取るエレンの顔を想像してしまった。
そうだ、エレンが嫌がる大きいな理由がもう一つあることを思い出す。
「……もしかしたらエレン、嫌がるかもしれないけど、実はジャンとお揃い。……あと、私と。私と、エレンと、ジャンで……お揃い。……やっぱり嫌かな……」
この生地を手に取って作っていたとき、まず先に『ジャンとお揃いのものを作ろう』と思ったことは、言わないでおくことにした。……エレンの希望を汲んだつもりで歩き始めた私ではあるけど、私の中にはまだ後ろめたい気持ちがくすぶっているのを感じている。きっとそれすらも、エレンは払拭されるよう望んでいるのだろうとわかっている。
「……ごめん、エレン……でも私、どうしても、エレンの分も作りたくて。嫌でも、我慢してくれると、うれしい」
……だって、ジャンも、エレンへの気持ちを否定しなくていいって、言ってくれたから。私はエレンをこの心の中の大事なところに、しっかりと留めておきたいのだと思う。私自身が持っているエレンへの気持ちを、偽りたくないから。誰にも、偽りたくないから。
物言わぬ墓標を一撫でして、私はその場で立ち上がった。――それでも、私が歩き出したことも、嘘ではない。誰にも――あなたにも、偽りたくない。
「じゃあ、またくるね。今日は寝坊してしまったから、少ししかいられなくてごめん。また明日、エレン」
そうして私はしばらくエレンのほうを向いたまま、後ずさって歩く。最後にもう一度手を振って、そうして身体を小屋のほうへ向けた。
家に帰ってからは、畑の野菜に水をやったりと日常的な手入れを簡単に済ませる。
陽が傾くまではあっという間で、私は今日も仕事帰りのジャンが立ち寄ってもいいように、夕飯を作っておくことにした。鍋で作る料理なら、例えジャンが来なくても、明日自分で食べればいいだけの話なので、損はない。
今日、家に寄ってねとジャンには言わなかったけど、果たして彼は来てくれるだろうか。今度こそジャンに作ったワンピースを見せられたらいいなと思い、夕飯の支度が終わったあと、私はまたあのバーガンディのワンピースを着用した。
昨日はエレンへの気持ちが突沸して完成したものをちゃんと噛みしめられなかったことを思い出して、ジャンのために作ったスーツベストを広げてみる。……うん、サイズはよさそうだ。刺繍の柄も映える位置にきていることに満足する。――これをプレゼントしたとき、ジャンはどんな風に喜んでくれるだろうと思い浮かべる。例え日常使いしてくれなくても、一度くらいは着ているところを見られたらいいなと思う。
ジャンの照れる顔を想像したとき、私は自分が今抱いている感情が何なのかを、うっすらと自覚した。思えば昨日、畑を手入れしているときに背後からジャンに声をかけられたときも、私のこの心は跳ねて踊るような変化を得ていたことを思い出す。そしてそう、あまり思い出したくはないが、今朝ジャンが来てくれたと思っていたところで、実はアルミンだったとわかったときの心境もだ。
――『そのうちわかるよ』
先日ヒストリアが訪ねてきて、そのとき言われたことを自分の中で反芻した。そしてその言葉の通り、おそらくこれがヒストリアが言いたかったことなんだと合点がいった。
ああ、そうだ、そういえば今日でなくても、少なくとも明日には一度ここに寄ってほしいとジャンに伝えておくべきだったことも合わせて思い出す。
それらはすべて、ヒストリアがくれた助言によるものだった。
先日、唐突に遊びにきてくれたこの国の気さくな女王のことを思い浮かべる。彼女はあらゆる意味で、本当に強く美しい女性だと再確認させられたあの日――
――「ヒストリア? 久しぶり」
丁寧なノックの音に続き玄関を開くと、そこには約半年ぶりに顔を合わせる馴染が立っていた。
どうやら直接ノックをしたのは従者のほうだったようで、身なりの整ったその男性たちの間から、ひょこりと顔を出していた。
「うん、久しぶりだねミカサ! やっとお休み取れたからさ、遊びにきちゃったよ!」
こんなに元気よく挨拶をくれるこの人が、玉座に座る厳粛な女王と同じ人物だと、いったい誰がわかるだろう。にっこりとあのときの若々しい笑顔のまま、ヒストリアは嬉しそうに私に歩み寄った。
「うん。ヒストリア相変わらず忙しそう。だから、会えて嬉しい」
「うふふ」
ヒストリアと最後に会ったのは、エレンの十回忌の直前だった。――女王である彼女が当日に墓参りにくることはあらゆる意味で危険を伴うため、少し早めに一人で訪れていたときに話した。そうだ、エレンの十回忌であるその日は、ヒストリアにとっての宝物である、姫君の十歳の誕生日でもあるため、なおさらだった。
「あ、姫君たちは?」
思考の流れで思い出したので、そのまま疑問を口にした。前回会ったときは下の子は連れていたものの、今回はどちらの姿も見えない。
私の問いを聞くなりヒストリアは、呆れたような顔つきになり、
「えー? もう十歳だよ? ママのおでかけなんかついてきてくれないって」
「そうなの?」
「そうなのー! 思春期ってやつね。下の子はパパと釣りに行ってるよ。とにかく、お邪魔しちゃうね」
「あ、うん。入って入って」
そう言ってヒストリアは私に誘導するように促した。
そこにいた従者たちには一瞥をくれてやり、彼らは従順に小屋の外で待つ体勢に入る。椅子でも出してあげたほうがいいかと以前尋ねたことがあるが、その際に大丈夫だよと言われていたので、今回も気になりはしたが、何も尋ねずにおいた。
「……で、ミカサ、どう?」
紅茶でも淹れようとキッチンに入った私と一緒に、ヒストリアもついて来ながら尋ねた。
「なにが?」
唐突な質問だったので首を傾げながら振り返ると、
「毎日よ。一人で寂しくない?」
心配そうに問いの真相を教えてくれた。……ヒストリアはあの日から、こうやって度々私の家を訪ねては、私を気にかけてくれていた。この島に残る、ほぼ唯一の同期だからか、それとも……私とヒストリアの境遇が似ているからか。
なんとなく後ろめたさが襲ってきて、私は鍋を扱うふりをして顔を背けた。
「うん、エレンがいるから」
そのお鍋に水を入れて、それをコンロに設置しながら答える。――なぜヒストリアに対してこんなに後ろめたい気持ちになっているのかわからない。わからないながらに、きっとヒストリアはいつもいつも同じ言葉を返す私にうんざりしているだろうと思った。……いや、どうだろう、この先に別の言葉が続くことを期待しているだろうか。
「……それに、」
コンロの火をかけながら、前回ヒストリアに会ったときには私の中にいなかった、ある笑顔がちらついた。
「ん?」
言うかどうか迷って言葉を止めた私に、ヒストリアは興味津々といった眼差しで覗き込んでくる。目と目が合って、一気に恥ずかしい気持ちが沸き立った。
……ジャンとのことは、当然ヒストリアは知らないことだ。いや、誰にも明言はしていないのだから、ヒストリアどころの話ではないはずだ。
けれどいつも私のことを気にかけてくれるヒストリアになら、安心させてあげる意味も込めて、伝えてもいいだろうかと過る。
「――……もしかして、ジャン?」
そうやって私が決めきれない間に、ヒストリアから核心を投げつけられた。当然のことだが、私はその的を射た発言に、目玉を落としそうなくらい驚いてしまった。
「えっ、なんで」
「はは、やっぱり? そうじゃないかと思ってたよ。この間会ったジャンがなんか浮かれてたからさ」
ヒストリアは流し台に寄りかかり、いたずらっぽく笑った。きっとそのときのジャンのことを思い出しているのだろう。……いや、しかし……、
「浮かれてたの……?」
私に見せることはないかもしれない、だらしなく頬を緩ませたジャンを思い浮かべてしまった。しかもそれにつられて笑うこともできず、反対にまたひどい羞恥心が私をくすぐった。
ヒストリアはそれでも言い足りないのか、さらに私に身体を寄せて、
「うん、幸せいっぱいです! みたいな顔してた!」
そう嬉しそうに力説したのだ。
私と距離が近づいたことを、ジャンはそんなにも嬉しいと思ってくれているのか。いや、ジャンの気持ちは気づいていて、私もそれを分かった上でのことだったが……目の当たりにしたことがないので、半信半疑だったというべきか……。とにかく、そのことは私にとっても嬉しいことで、緩んでしまいそうな頬を隠すように「そう」と相槌を打ちながらまた顔を背けた。
沸き始めた水を見て、戸棚から茶葉を出そうと手を伸ばす。
「で、二人はどんな感じなの?」
ヒストリアの弾んだ声が届く。またそちらに顔を向けると、未だに楽しそうにヒストリアは笑っている。……ああ、ここから詮索が始まるのかと感知したにも関わらず、私は野暮にも「どんな……とは……?」と聞き返してしまった。
その整えられた可愛らしい眉尻がきゅっと持ち上がった。
「そりゃ進展具合だよ。もうキスはしたの?」
「……ひ、ヒストリア……」
何の恥ずかしげもなく尋ねるものだから、私は咄嗟に考えを逸らした。それはもちろん、そのときのことを思い出させられていたからだ。
「わ、ミカサ真っ赤だよ! ミカサも照れるんだね、かわいい!」
「やめてほしい……」
元気いっぱいのヒストリアに対し、私は弱々しく答えた。もう十年も前に結婚を果たしたヒストリアと違い、私はこういう恋愛に関してはまだまだ初心者という自覚はある。私とヒストリアの差はそこの経験値なのはわかっているが、どうにも耐えられずに顔を手のひらで覆った。
すると隣にあった気配がすっと落ち着いたのを肌で感じた。
先ほどとはまた違った静かな声色でヒストリアの声が聞こえる。
「そっかあ。じゃあ、また話したくなったら話してよ。私は二人を応援してるよ!」
どうやら私の『やめてほしい』という懇願を聞いてくれるようだ。安堵して顔を覆っていた手のひらを下ろし、
「……あ、ありがとう……」
私は改めて茶葉の袋を戸棚から取り出した。
そこに紅茶ポットを用意し、揃いのマグカップも二つ並べた。
「いえいえ。ミカサもそろそろ踏み出してもいい時期じゃないかなって思ってたよ」
それを言われて、私はその〝そろそろ〟が何を指しているのかを理解する。――〝エレンがこの世を去ってから十年〟……それが、ヒストリアが言っている〝そろそろ〟の意味だ。
私の中でぎゅ、と胸が締めつけられた。
何も言葉が出なかったのを誤魔化すため、私は用意したポットにお湯を注いだ。それからポットが温まったところでお湯を捨て、ヒストリアが「……ミカサ?」と問いを被せるのを聞きながら、茶漉しに茶葉を入れた。その上からまたお湯を注ぐ。
一段落したところで、私は心持ち少しだけヒストリアのほうへ身体を傾けた。
「……ご、ごめん……その、」
この、言葉にできない蟠りは……エレンへの未練や罪悪感や、そういういろんなものがごちゃまぜになってできたものだと思う。
「エレンのこと?」
ヒストリアもそれを包み隠さずに触れた。
……十年経ったからと言って、私のエレンへの気持ちが風化したと思われたくなかった。けれど、今の私にはジャンという人がいて、ジャンに対しても不誠実な態度を取りたくない。
その板挟みに遭い、私はまたしても言葉を見失ってしまった。その様子をヒストリアもしばらく静かに見ていた。
しかし沈黙は長く続かず、私の代わりと言わんばかりに、大きな息を吸ったヒストリアが説教をするように腕を組んで胸を張った。
「私が思うに、遺したほうが悪いでしょ! こんなさ、大変な世界で隣にいてくれないんだもん!」
――いつまでも優柔不断にうじうじしている私への説教かと思いきや、そうではなかったことを理解して、ぱちくりと瞬きをしてしまう。
「だから! ……だからさ、」
ふらり、とその視線が足元に落ちていく。
「また、再会できるまでさ、幸せでいてやるんだ」
そしてそのまっすぐで強い意志を持った眼差しが上を向き、ぴたりと私の視線を掴まえる。
「『やっぱり私がいなきゃだめだな』って、笑われたくないもん。『あなたがいなくても私は生きていける。その上で、あなたといたいの』って、言ってやりたいから……、」
ヒストリアが誰のことを思い浮かべているのかは、考えなくてもわかることだ。……そうだ、きっとヒストリアは、そうやって自分を納得させてきたのだろう。
思い出した、ヒストリアも、最愛の人に遺されていたのだと。
「……ヒストリア」
「だからさ、ミカサもエレンに負い目を感じることないよ。エレンにまた会ったときに、『私の生き様どうだった?』って胸を張って聞いてやるくらいでいなきゃ」
そうしてまた、その綺麗に揃った白い歯を見せて、にへらと笑った。ヒストリアは本当に強くて美しい人だなと実感する。……もしかしたら、心の成熟度で言えば、私たちの中の誰よりも強かかもしれない。
私はヒストリアが分けてくれた思考を噛み砕くように思い返す。
「……うん、そうなのかも……しれない……。エレンも、それを望んでいるのかも……」
「そう思うよ。エレンはきっと、自分に執着したままの哀しい人生じゃなく、自分ができなかった分まで幸せになってほしいって、思ってるんじゃないかな……そういうやつだったよ……」
ふ、とまた力が抜けて、不意にヒストリアが視線をさ迷わせた。
「……そういう〝やつら〟だった」
声のトーンが一つと言わず低くなり、私はその落下先で瞼を下ろした。もう何年も前、久々に見たエレンの楽しそうな顔を思い出して、そしてまたじりじりと心が痛む。目頭が熱くなる、うっと視界が歪む。
「うん。そう思う」
しかしそんなときに、私の中にはもう一つの影が過るようになっていた。……ジャンだ。優しく包んでくれるジャンを知った私は、また性懲りもなく抱きしめてほしいと思ってしまったのだ。――エレンを想って泣きそうなこんなときに、無意識にジャンを探してしまうなんて……私はなんて不誠実なのか。
この自らに対する腑に落ちなさを感じ、私はそれすらもヒストリアに共有したくなった。……同じ道を歩んだというのなら、この気持ちに対する術も知っているかもしれない。人一倍他人を思いやることができるヒストリアだから、きっと。
切実だったと思う、私はこの答えを求めて、ヒストリアの注意を引くためにまた口を開いた。
「……そう思うけど、エレンだけじゃなくて、ジャンにも……ひどいことしてないかって、ときどき心配になる……」
「〝ひどいこと?〟」
思い出の中を探索していたヒストリアの視線が、また私のほうへ向けられる。
「うん……その、例えば、ヒストリアが言うように、いつかまたエレンに会えたとして……私は、そんな期待を抱きながら、ジャンにあ、あい、して……もらうのは、ジャンに悪い気が……して……、その……、」
何をどう尋ねたらいいのかがわからなくなり、私の声はみっともなくごにょごにょと小さくなってしまった。果たしてちゃんと伝わったのか確認するためにちらりとヒストリアを覗き見ると、ヒストリアはいつになく真剣な眼差しで私を見ていた。
「……ミカサ。」
そして深い色合いの声がこのキッチンの中に響く。
「なに?」
その改まった声使いに身構えてしまった。
だがそのあと、ヒストリアは突然、あ、と何かを思い出したように表情を明るくした。
「そういえば大使団が次にここに来る日取りが決まったんだって」
何の前触れもなく飛び出してきた情報に、私もつい飛びついてしまった。
「……ほんと?」
――大使団が来るということは、ジャンに会えるということだ。しかも今回からジャンはこの島に駐在することになっているはず。
思わず前のめりに聞き返してしまっていたほどだ。
するとヒストリアはまたにんまりと笑みを浮かべた。
「……ふふ、」
「ヒストリア?」
「今ミカサ、ちょっと嬉しくなったでしょう?」
言われたことを理解して、私は自分を顧みた。……そして驚いていた、ヒストリアの言うように、私は今、大使団がやってくるという情報を聞いて、前のめりになってしまっていたのだ。これが何を表すのか、心の奥では既にわかっていたように思う。
だからだ、唐突にこんなに素直に反応してしまったことに照れくささを覚えてしまい、「……え、あ、その、」と曖昧な返事をしてしまった。
しかもヒストリアはそこで終わらなかった。さらに私の両目を覗き込み、
「なら、ミカサは今のジャンのこと、どう思う?」
「……どうって?」
「ほら、この間会いに来たジャンのこと思い出して!」
「……えっと、」
私が自分の中で想いを巡らせている様子を、この両方の眼を通して観察している。
前回ジャンが会いにきてくれたときは、一緒に並んで食事を作ったりした。二人で街に買い物に行ったりもしたのだ。隣で並んで歩いて、ジャンが持ち出してくれる話題は楽しくて心地よかった。……そして、別れ際に……優しいキスも……。
そのとき触れた唇の感触が蘇り、私は自分の顔が紅潮していくのをしっかりと実感してしまった。きっと今はりんごみたいになってしまっているに違いない。私は意味などほとんどないとわかっていながら、慌てて顔を横に向けた。
「……ジャンは、その、優しくて、あ、暖かくて、楽しい人……、だと思う」
そう、ジャンは、ふとしたときに、私を愛おしそうに見守ってくれている人だ。
「――ほらね!」
「え?」
わ、と飛び上がるようにヒストリアの声が跳ね上がり、私は肩を震わせてしまった。
それでもヒストリアはとても嬉しそうにはしゃいでいて、
「今のミカサ見てればすぐにわかるよ! ミカサとジャンは大丈夫! たぶん、どっちも傷ついたりしないよ。そりゃあ、ときどきは荒波はあるかもしれないけど。でも、うん。ミカサ、ジャンは幸せ者だよ」
そうやって私の背中を叩いた。しっかりしろと言いたいのか、安心してと言いたいのか、よくわからない。
「……そ、そうかな」
「うん、そのうちわかるよ」
そして飛びっきりの笑顔を見せてくれた。……ああ、この国はこの笑顔に守られているんだなと、感慨深くなった。本当にヒストリアは強い。
「……う、うん……わかった」
私はほかにどう返していいか決めきれず、わからないふりをして返した。だが、先ほど考えたように、もうこのときには心の底ではわかっていたような気もする。
「……えへへ、ミカサ、がんばろうね」
「……うん」
ヒストリアがまたとんとんと背中を叩いてくれたので、私も彼女に倣って笑顔を浮かべてみた。上手く笑えていたらいいなと思い……思ったところで、大事なことを思い出した。――紅茶だ。
こんなに蒸らしてしまったら、渋くなってしまう! と二人で慌ててマグカップに注ぎ、そして改めて居間のテーブルのほうへ移動した。
その間、私は少し気になっていたことがあったのを思い出していて、この際だから〝先輩〟であるヒストリアに意見を煽ろうと思っていた。
「……それでその、ヒストリア。本当は少し、気になっていたこともある」
「うん、なになに?」
「その……実は……――、」
――そのとき、ヒストリアに尋ねたことを思い出して、私は一人で羞恥心に悶えてしまった。慌てて首を振ったのは、それを払拭するためだ。
……しかし、今となってはあのときヒストリアが言っていたことがはっきりとわかるようになっている自分にも、照れ臭さが生じているように思う。昨日、私が畑仕事をしていたときにジャンにかけられた声。それを聞いたときに私の心には、飛び上がるような気持ちが……そこに確かにあったのだ。
――と、と、と。
想いに耽っていたところで、バルコニーを歩く足音が聞こえた。それにより我に戻ると、直後に今度はコンコンコンと玄関の扉をノックする音が続く。
「あ、はい」
「俺だ、ジャンだ」
扉の向こうから響き込んだ声を聞き、私はまた柄にもなく軽やかに玄関まで歩み寄っていた。慌てて扉を開けると、期待通りの人が、期待通りの厳かなスーツ姿で立っていた。
私を見るなり紳士的な仕草で帽子を外し、それを胸元に抱えて「こんばんは」と笑った。
昨晩また会いに来てと誘ったわけでもないのに、ジャンはちゃんと仕事帰りに会いにきてくれたのだ。
招き入れたあと、私は早速と自分で作ったワンピースを見せて、ジャンにも用意してあったベストをプレゼントした。ジャンは頬を真っ赤にして喜んでくれて、それがまた何とも言えずくすぐったい気持ちにさせた。
私が準備していた夕食を一緒に平らげ、それからこの三ヶ月間に大陸で遭遇したできごとなどの話をしてくれた。視野の広いジャンならではの、ちょっと変わった視点がいつも面白いのだ。
夕食を食べ終わった流れで、私はジャンに次はいつ来られるかと尋ねた。そう、先ほど一人で思い出していたが、できれば明日、ジャンにはまたここに来てほしい動機があるからだ。……というのも、実はヒストリアに煽った助言によって、新調したものがあり、それが明日この家に届くというもの。
ジャンにもその旨は伝えた。ジャンが帰ってくるからと張り切って買ってしまったものがあるという旨だ。……けれど、それが届いたとき、私が実はさらに一歩を踏み出そうとしていたことまでは、悟られないように努めたつもりだった。
***
退勤前、廊下ですれ違ったアルミンに呼び止められ、何やらやたらと嬉しそうにしているなと思ったら、「そのベスト、よく似合ってるよ」と声をかけられた。……もちろんこれは、昨日ミカサからもらった〝ミカサの手作りベスト〟だ。
それを知ってか知らずか、何故か嬉しそうに褒めてくれるアルミンを前に、俺はなんとなく後ろめたい気持ちになってしまった。なんてことはないように「おう、ミカサが作ってくれた」と言ってしまってもよかったのかもしれないが、そこまでの勇気はまだ持てなかった。……小心者だと笑ってくれ。
とにかく、そんなことを経て退勤した俺は、昨日ミカサに言われたように今日も同じ場所を目指していた。
ミカサ曰く、俺が大陸からこちらに移ってくるからと新調したものがあるそうで、それが今日届くから見せたいということだ。俺はそれはいったい何だろうと期待に胸を膨らませて、ミカサの家までの道のりを突き進んだ。
揃いの生地で衣服を作ってくれるくらいだ、もしかしたら、揃いのマグカップとか、揃いの部屋着とか……そういうものかもしれない。鼻の穴が大きくなるのを抑えられず、俺は非常にだらしのない顔をしていたと思う。ミカサの家が辺鄙なところに建っているお陰で、すれ違う人がいなくて助かった。
そうしてようやくミカサの家にたどり着くと、俺は部屋の中に大きな存在感を醸し出す〝新調されたそれ〟に驚いてしまった。
「わ、ミカサ……!?」
「ふふ、今日届いた」
上着を脱ぐのも途中で止めてしまった俺の目の前にあったのは、少し大きめの――おそらく三人がけくらいの立派なソファだった。ベージュのカバーがこの部屋のインテリアとしてよく馴染んではいたが、その存在感の大きさはどうしたって否めない。
「……もしかして、俺が来るから買ったってのは、これか?」
ソファから目を放せずに、そろそろと顔だけをミカサのほうへ向けて尋ねた。
ミカサは少し身体を俺へ寄せて、「うん、そう」といつになく楽しげに答える。ちらりとその表情を盗み見てやると、声色に違わず嬉しそうだったので俺まで少し頬が緩んだ。
「二人で並んで座れるの、ベッドしかなくて不便だったから、ソファ買ってみた」
「また思い切ったなあ」
この大きさなら俺がここに泊っても別々に寝られるじゃねえかとか、そんな疚しいことは考えちゃいない。……考えていないぞ、これからここにお泊まりできるなんて。
「座り心地もとてもいい。あとで一緒に座ってみよう」
「おう」
そう言いながら、俺が脱ぐのを途中でやめてしまった上着にミカサが手を伸ばし、それにより俺も雑念を払いのけて動作を再開することを思い出した。ミカサがその上着をハンガーにかけてくれるので「サンキュ」と小さく声をかけたのだが、それから少しの間俺のことを眺めて「……ふふ、よく似合ってる」とご満悦そうに笑むばかりで、俺の感謝の言葉は届かなかったようだ。……なんなんだ、かわいいやつめ。
今日も今日とて、ミカサが準備してくれていた質素だが心が満たされる夕飯を平らげた。俺のリクエストで、土産に持ち込んだ酒も少し嗜む。
その最中にミカサが、頼んだソファはヒストリアに相談して決めたという旨を教えてくれた。どうやら少し前にヒストリアが遊びに来たらしく、ミカサの話を聞いているとわりとしょっちゅうお忍びで会いにきてくれているようだ。……暇なのか?
二人で後片づけをしたあと、ミカサに誘われるがままに例の新調されたソファに並んで腰を下ろした。
身体を沈めてみると、思ったよりも深く沈んで二人で驚くままに笑い合った。……いやはや、やはり座り心地はいい。さすが、この国の女王が推薦するだけのことはあるなと感心した。
そこに並んで座って、始めは少し緊張感とそれに応じた距離があったのだか、話している内にだんだんそれらは気にならなくなった。今日の仕事のことをミカサに尋ねられ、お調子者の俺はそれをミカサにしっかりと話して聞かせた。
そこで会話が一段落したころだ。……唐突にミカサが俺の肩に持たれかかってきて、何やら機嫌がよさそうに鼻歌を歌うような笑みを零した。
ミカサの温もりが身体に密着したことで少し緊張してしまった俺は、それを悟られないように「おい、なんだよ」と、ミカサに子どもじみたちょっかいをかけた。
「いや、その、最近気づいたことがある」
「おう?」
俺のちょっかいを笑い流したあと、ミカサは呼吸を深くするように切り出した。いったいどんな話をされるのだろうと耳を傾けた俺に、ミカサは歌うような調子のまま続けた。
「――ジャンを見ると、嬉しい気持ちになる」
その言葉を頭で理解した途端、不意を突かれて喜びに飛び上がりたい気持ちと、反対に水を差されたような、少し冷静で寂しい気持ちが俺の中でぶつかった。
自分が抱いた感情を整理できなかったせいで相槌一つも打てなかったのだが、ミカサはそれには気づいていないようにさらに続ける。
「……これは、エレンといたときには感じなかった気持ち」
「……おう」
ようやく声が発せられる。――おそらく俺は、ミカサにそんな風に言ってもらえることが嬉しかった半面、『これはミカサの気遣いではないのか』という疑問が拭えなかったのだと思う。
何せ、ミカサがどれほどエレンを想っていたかなんて、俺が一番よく知っている。……そのミカサがこんな風に言ってくれるなんて、きっと『俺に気を遣っている』からなのだろうと考えてしまったのだ。
――だって、そんなことがあり得るのか? エレンがいたときに感じなかったことを、俺といて感じることがあるのか。ミカサに無理をさせているのではないか、やはり俺がミカサの側にいるのは、ミカサにとって負担になっているのではないか。そんなことがいっぺんに頭の中をごちゃつかせた。
「時代とか、状況とか。エレンといたときは、いつもはらはらしていて、こんな緊張感のない気持ちになることがなかった。エレンを見ると、嬉しいより、安心……のような。だから」
その気持ちの中身を、ミカサは詳細に教えてくれた。ここまで言ってくれるのだから、嘘ではないのだろうと少しは思えた。……それでも、やはりミカサにとって俺といることは、彼女の歩みを急かしているのではないかと焦燥させた。
「……そうか」
「……うん」
けれど、どう考えてもミカサは俺がこんな気持ちになるためにこんなことを言ったわけではないのは明らかだ。だとするなら、俺はミカサの気遣いをちゃんと汲んでやらないと意味がないと結論が出る。
俺はわざと声を大きくして、ふんぞり返るような仕草で腕を組んで見せた。
「まあ、俺にだって一つや二つ、何かそういうことがあってもいいよなあ。エレンばっかりずりぃよ」
「ははは」
ミカサは俺のおどけに笑ってくれて、その笑顔を見たら、どうやら俺の読みは間違っていないことがわかって安堵した。例えミカサがこれを気を遣って言ってくれたにせよ、それはミカサの思いやりからくるものだということは間違いない。真意なんてどうでもいい、俺を喜ばせたいと思ってくれたことに、今は俺も喜ぶべきなのだろう。
ちら、と視線を向ければ、そこでミカサは笑っていて、そしてすぐに目が合った。俺にとって、それは未だに奇跡のようなものだ。
「……でもなんか、未だに信じらんねえんだよな」
「何が?」
「こうしてミカサの隣に座って、二人きりの時間を持てたりすること」
「……そう?」
「おう」
俺の長い長い片想い生活の実情を知らないミカサには、あまりピンとは来なかったようだ。それくらい、ミカサにとって今は、俺が隣にいることが違和感のないことになっているのは、やはり純粋に嬉しい。
「……ミカサ、手を握ってもいいか?」
非常に唐突ではあったが、俺はあっという間に舞い上がって、ミカサに触れたくなった。
「うん。もちろんいい。ジャンの好きなときに、握ってくれていい」
「……そうか」
ミカサが握りやすくするために出してくれた左手に、俺の右手を被せる。それからしっかりと握ると、ミカサもそれを握り返してくれた。それから「ジャンの手はやはり大きい」とか言って笑うから、ああもうなんだよかわいいな、と頭の中で暴れたい衝動を必死に押し留める。
「……なあ、ミカサ。キスしても、いいか?」
触れたい衝動は止まってくれない。……こんなに近くにいるのだから、触れたくもなってしまうのは仕方がないだろう。
「……うん。もちろんいい。ジャンのこと、信頼しているから」
ミカサはそう言って、少し照れくさそうに視線を泳がせた。
しかし俺はというと、またその『信頼』という言葉を詮索してしまい、すっと舞い上がっていた気持ちが着席した。
「……そうか」
――『信頼』とは嬉しい言葉のはずだが、やはりミカサの中で俺とのキスを許容できる理由が『好き』ではなく『信頼』であることに引っかかってしまったのだと思う。こんなこと、揚げ足取りのようなものだし、言葉の文なのかもしれないとも思う。なまじ頭が回ってしまうばかりに、余計なことまで深読みしている可能性は大きい。
とりあえず俺は今考えたことを忘れたふりをして、ミカサが瞼を閉じて待ってくれているその気持ちに応えた。
ちゅ、と可愛らしい愛着音を鳴らして、ミカサのその綺麗な肌が覗く額にキスをくれてやった。
俺が重心を元に戻すのと同時に瞼を開いたミカサは、何か不意を突かれたような顔をして、それからそれを柔らかく緩めた。
「……ふふ、口にしてくれてもいいのに」
ぱちぱち、と今度は俺が不意を突かれて瞬きをしてしまった。なんと、その言葉は上手く深読みができなかったからだ。
「そ、うか」
本当にそう思ってないと出ない言葉ではないかと自問している間に、俺は我慢ならずに今度はミカサと唇を重ねていた。啄むだけの、小さくて控えめなキスに留めたことに関しては、俺の理性を褒めてほしい。
柔らかさを放してまたミカサを見やり、そこに嫌悪感のようなものがないことに気づいた。……いや、別に今までもキスのあとにそういうものを見ていたわけではないが、それでもやはり、『口にしてくれてもいい』という言葉に、偽りはなかったのだと確信を得てしまった。俺はその事実に、純粋に驚いていた。……そしてやはり、性懲りもなく、舞い上がってしまいそうだった。嬉しい、嬉しい。緩む頬を抑えるために、必死に奥歯を食いしばった。
するとミカサが俺の注意を引くように、少しだけ重心を俺に寄せて顔を覗き込んでくる。
「その、ジャンはいつも、口に触るだけのキスをする」
「……あ、ああ……」
あんまりにもまじまじと瞳孔を覗き込まれ、そわそわと気持ちが落ち着かない。
それからミカサは、予想だにしていなかったことを口走った。
「ジャンは、私の身体に触りたいと、思わないの?」
ドッと心臓が破裂しそうなほどの血液が一度に流れ込んできたような、それほどまでに負荷の大きい衝撃が俺の芯を貫いた。
「……は!? はあ!?」
「えっ、びっくりした……」
思わず大きな声で聞き返してしまうと、ミカサは少し身体を引いて、ついでに気持ちも引いてしまったようだ。だが、俺にはそれどころではない。ミカサが投げかけた質問のせいで、一気に身体が熱を帯びて頭が燃え上がるように滾っていく。
「そっ、そんなのお前っ、だって、そりゃあ俺だって男だぞ!? そんなの、だって……っ」
言われて意識してしまったせいで、ミカサの胸部へ視線を向けてしまいそうな邪念と必死に戦っているなんて、純粋天使なミカサはこれっぽっちも気づいていないだろう。だから俺は、そのあとも必死で戦い続けた。試練だ、これは試練だジャン、耐えろ。
「……慌てるジャン珍しい」
そう言ってミカサはまた楽しそうに笑むから、やはりことの重大さをわかっていないことを理解する。……男にそんな質問を投げかけたらどうなるのか、ミカサは知っておくべきだと思うが、そんな純真無垢なミカサのままでいてほしい気持ちもある。
決死の決闘の結果、
「……か、からかうなよ」
俺の中での〝純真無垢なミカサちゃん〟支持派が勝利を収めた。手のひらで顔の半分を覆い隠しながら、ミカサに懇願するのが精いっぱいだ。
「からかっているつもりはない。純粋な疑問だった」
「……そうかよ……」
純粋な疑問でそんな破壊力のあることを言われてしまうと、この先俺は自分を保てるのか不安になってしまう。……俺だって男だ、いくらミカサが傷心中とは言え、求められてしまえば自分を制御できるかは未知数だ。
そんなことを頭の中で騒ぎ立てていると、
「ジャンは優しいから……」
ミカサが自信もなげに肩を縮こまらせて口を開いた。
「私のために、我慢、しているのかもしれないと思って……」
深刻そうにそれを告げたあと、ミカサの様子につられて視線を向けていた俺に、少し難しそうに微笑みかけた。……ミカサもこんな顔をするんだなと思ったと同時に、そんなことを気にしてくれていたなんてかわいすぎる、と俺の中でまた感情がぐつぐつと沸き立ち始めた。
だがそれと同時にミカサのそんな悩みを知って、少し情けない気持ちも覗いていた。
「お前のためだけじゃ、ねえよ……」
そうだ、ミカサが傷心しているから今はまだ手を出すべきではないと思う俺も確かにいるが、それ以上に、俺自身がまだ、決心がついていない。その一線を越えてしまえば、これまでのすべてが変わってしまうかもしれないのだから、俺自身、チキンだったというだけのこと。
ミカサが沈黙してしまったので改めて表情を確認すると、何のことを言っているのかわからないというような間の抜けた顔をしていた。ああ完全に理解されていないやつだとわかる。
「あ、あのなあ。俺にだって心の準備が必要なんだよ」
「ジャンにも? 心の準備が必要なの?」
きらきらと純真さが瞬く瞳で見つめてくるミカサ。自分の思考が汚く思えてしまい、目があちこちに泳いでしまう。
「そ、そんな曇りなき眼で見つめてくるのやめろよな……俺、仮にもお前のことす、好きなんだぞ……」
今俺に言える最大限を伝えて再びミカサを見やると、ミカサは先ほどよりは腑に落ちた顔をしていて、それから少し肩の力を抜くように重心をソファの背もたれに置いた。
「……悪かった」
「いや、まあ、いいけどよ」
その仕草がちょっとだけ落胆にも見えて、俺はまたいらない深読みをしてしまいそうになった。……ミカサが俺と触れ合うことを期待していたとか……そんなわけ、あるはずがない。
そう頭ではわかっているのに、考え始めたらもうそのことで頭がいっぱいだった。ミカサに触れていいのか。ミカサは触れてほしいのか。ミカサに触れたい。そんなことがぐるぐるぐるぐると。
本人に確認できるのならそれが早かったのだが、そんな勇気も持てるはずがない。
少し気まずい沈黙に間を仕切られた。
俺は今日はこの辺りが潮時かと結論づけて、ソファから立ち上がろうとした。ついでにミカサに「今日はこの辺で」と伝えるために顔を向けると、そこにあるミカサの瞳が何か心配そうに揺れていることに気づいた。――口を開こうとしたところなのに止まってしまい、その瞳をじっと見返してしまう。
どういうわけか、その心配そうな眼差しが「帰るの?」と引き留めているように感じて、一気に俺の中の期待がかき集められ、そして鼓舞するようにざわざわと俺を掻き立てる。
……もしかして、ここか。ここで俺はスマートにミカサをエスコートするべきではないのか。そういう流れなのではないか。ジャン、男を見せるときが来たのではないか。
「……ミカサ、キスをしてもいいか」
言おうとしていた言葉を変えた。俺にしてはかなり思い切った方向転換だ。ただ、もう既にミカサに触れたい気持ちが大変盛り上がってしまっていた。
ミカサもミカサで俺のことを見つめたまま、
「聞かなくていいと言った。……今回も、触るだけのキス?」
見せつけるようにゆっくりと瞼を下ろすから、
「……俺、煽られてる?」
俺も惹かれるように唇を寄せた。それが触れる直前、ミカサの吐息が聞こえて、
「わからない。煽ってるつもりはないけど、……覚悟はできてる」
その想いを教えてくれた。
ここしかないだろ、ジャン・キルシュタイン!
俺はあれやこれやといらないことまで考えてしまう自分をかなぐり捨てて、その場でミカサの唇に食みついてやった。ん、とミカサの喉が鳴る。触れたあともミカサの気配が離れていかないのを確認して、俺はそのままミカサの柔らかい唇を食み続けた。
「……ん、ん」
初めてキスをしたとき以来の、舌を絡めてのキスにもつれ込む。どんどんミカサの奥を知りたくなって、俺はソファの上でミカサに覆いかぶさっていた。もはやどこで止めたらいいのかわからない。頭がくらくらして、変な物質が頭の中で噴出して、全身を廻っているのがわかる。
ミカサの手のひらが俺の背中に触れたのが伝わり、しがみつくように応えてくれている。
「んっ、ミカサ……ッ」
「っは、ジャンっ、ん」
その甘ったるい声のせいで、俺の中の欲求がみるみる内に膨れ上がっていく。声を聞くに、おそらくミカサも嫌がってはいないだろう。心臓の鼓動が速く激しくなり、全身を廻っている物質も明らかに濃厚になっていく。酸素が足りない気もするが、この息苦しさが何より心地よかった。
――触れたい。もっと触れたい。もっとミカサが悦ぶところに、触れてやりたい。
身体が熱くなることに比例して、思考もだんだんふやかっていく。ミカサはいったいどんな気持ちだろう。……心地いいと思ってくれているのか。このままでは脳みそが溶けて、正常な判断ができなくなってしまいそうだ。身体が熱い、まずい、これはまずい。
「……ミカサ」
「ん、」
なけなしの理性を総動員して、俺はゆっくりと繋がっていた二人の唇を分けた。見下ろすと俺に組み敷かれているミカサはすっかり紅潮していて、その視線をとろけさせていた。……だめだ、かわいすぎる。
だからこそ、俺は寄せ集めた理性をさらに絞り出して、ミカサの頬に触れた。
「今日はこの辺でやめといたほうがいいと、俺は思う」
そしてその熱を持った眼差しを見つめる。どんな反応をするだろうかと見極めるためだ。
しかしミカサは俺の背中に回した腕にきゅ、と力を入れて、
「……私は、このまま続けるべき、と思う」
はっきりとそう意見した。
「次にまたこのような気持ちに持っていくのは、大変かもしれないので……進められるところまで、進めておきたい……」
それがどういう意味なのか、今の熱のこもった頭ではよく考えられなかった。けれど、先ほどまでのミカサを見ていて思うに、言葉以上のことを考える必要はないのかもしれないと思い返す。――純粋に、その言葉のままなのだろう。俺だってここで一回やめて、次にまた『今だ!』と思えるかということすら確信が持てないのだから。
「……そうか?」
「うん。ジャン、できれば続けてほしい……」
そう懇願して、今度はミカサが垂れ下がった俺の前髪をかき上げてくれた。そして愛おしそうに目を細めてくれるから、俺はこれは夢かもしれないと思いながら、
「……わかったよ」
再びミカサの唇に自分のを乗せた。先ほどと同じようにミカサの吐息が漏れて、それを皮切りにまたしても貪るような深い口づけに発展していく。
舌先でミカサの口の中の柔らかい場所を撫でて、ん、と喉で鳴る心地よさそうな声を聞いて。ミカサも俺の舌を追いかけるようにざらつきを絡めて、ときどき負けじと追いかけられる。
「……み、かさ……ッは、」
「ん、ん、ジャンっん、」
俺の背中を撫でるミカサの手がらんらんと機嫌よさそうにしているから、俺ももう触れたくて限界に近づいている衝動を少しずつ解放することにした。
まずミカサのシャツの中に手を滑り込ませ、初めて触れるその柔らかさに指先が痺れるように感じる。兵士時代のミカサは腹筋がきれいに割れていたが、戦わなくなって十年も経った今、その痕跡はすっかり消えてしまっているようだ。そこにあるのはふわふわとした柔肌だけだ、そんなことにまで激しく興奮してしまう。
それを堪能していると、ミカサが唐突に合図を送ってキスをやめてしまった。驚いてどうしたのかと注目すると、なんとミカサはシャツを思い切り脱ぎ始めたではないか。
さらに驚いてしまった俺は、咄嗟に「ちょ、タンマ!」とその手を止めてしまった。当然ミカサはそんな俺を不思議そうに見返していたが、俺は自分の中で沸き上がった感情をようやく捉えるに至っていた。
「む、無理だ、直視できる気がしねえ。頼むから服は着ててくれ……」
何とも情けないことに、俺はミカサの裸体に自ら耐えられる気がしなかったのだ。もうどれほど妄想し続けてきたかわからない、それが今現実となって目の前に転がってしまったら、俺はきっと正気を保っていられない。しかしそんな失態を晒すわけにはいかないのだ。……特に初めてとなる、〝今回〟は。
ミカサが深く考えてしまわないように、俺はまた口づけを再開した。一度中断されたとはいえ、既にキスとしては最高潮に盛り上がっていた行為だ。
観念してくれたミカサも再び腕を俺の背中に回す。俺は先ほど触り始めたミカサの肌に手のひらを這わせて、その腰のラインを上っていった。
するとミカサはときどき、ん、ん、という吐息とともに、身体を跳ねさせるようになる。その仕草があまりにも可愛くて、そして魅惑的で、俺はもうこんな回りくどいことに耐えられなくなってしまった。
一度唇を放して、「触るぞ」とそれだけをミカサに確認した。ミカサはそれに対して「うん、」と相槌なのか吐息なのかわからない声で応えて、それから俺のシャツの中にも手を入れてくる。
ミカサの俺より少し体温の低い手のひらが背中を撫でて、甘さがびりびりと背筋を走るのを感じた。……なるほど、ミカサが身を捩っていたのはこの感覚のせいかと妙に納得していた。
しかし俺にはそんなことよりも重大なものが待っている。……ミカサの胸だ。俺は初めて触れるその感触に恐る恐る触れて、そしてその控えめな膨らみを手のひらで覆った。
「は、じゃんっ……ふンッ、ん」
「ミカサ……っ」
その柔らかさは感動的だった。まるで今まで盲目だった視界が開かれたように、そこには新しい世界が広がっていた。
ガキのころに『二の腕の柔らかさはおっぱいと同じ』とかなんとか、下らない与太話が流行った時期があったがとんでもない。……女の胸の膨らみは――いや、〝好きな女〟の胸の膨らみは、こんなにも幸福を詰め込んでいるのかと感じ入ってしまった。
「ぁ、はぅ、ジャンっじゃんんッ」
「ミカサ……いいか? ここ、イイ、か……?」
「ンっ、ん、」
胸の頂点にある、そのひと際可愛らしい突起に触れてみると、ミカサがキスもできなくなるほど甘く声を上げる。その内、声を上げるのが気になったのか、自分の手のひらで口を覆ってしまった。これではキスができないから、俺はミカサのその手のひらを自分のと絡め、それをソファの生地に縫いつけてやった。露になったその紅潮した眼差しが、強い困惑を浮かべて俺を捉えている。ぞくぞくと背筋に甘い痺れが走る。
は、はあ、と俺の視線を窺うような表情で嬌声を漏らすミカサを見て、その跳ねる身体を見て、俺の中の欲求も衝動も愛おしさも底から沸き立ち、どうしようもなく溢れて出てくるのがわかる。それを逃すようにまたミカサにキスをして、好きだ好きだと何度も何度も連呼した。
そうしているうちに、気づけば二人とも汗だくになっている。さすがに俺も熱くなりすぎて、一度身体を上げて自分のシャツを脱ぎ捨てた。
「あちぃ……!」
そう漏らしながら、今度はそのさらに下の肌着に手をかけたところで、
「ジャン……!」
ミカサの指先が俺の腕にそっと触れた。どうやら俺の動作を止めたかったのだとわかり、ミカサに真意を尋ねようと視線をやると、
「待って、ジャン。……その、ふ、服は着ててって言ったジャンの気持ち、少しわかった……」
この期に及んで可愛らしくはにかんで見せられるので、俺は内心で『このやろ~~』と叫び、また奥歯を噛みしめてしまった。くそ、そんなかわいい顔しやがって……!
だがミカサの言ったように、その気持ちはわかるので、俺はミカサの希望通り、肌着はそのままでまたミカサに覆いかぶさった。
ミカサも俺の背中にまた腕を回して、身体を引くようにぐっと力を入れる。その強さがちょうどよくて心地がいい負荷になっていた。俺が唇に食みつけば、ミカサも積極的に俺を追い求めてくれる。こんなにミカサが行為中に積極的だとは想定外で、俺は新たな一面を知ってしまったなとキスを続けながら感慨深く思っていた。
だが、そこで一抹の綻びが忍び込む。――ミカサがこんなに積極的なのは、相手が俺だから、なのかもしれない。そう思ってしまったのだ。こんなに積極的になってくれているのは、これがミカサの中で『歩み始めること』の一貫だからなのかもしれない。
――もし、今ミカサに覆いかぶさっていたのが俺でなくて、エレンだったら。
綻びが次第に形を大きくしていく。絶対に今考えていいことではないとも気づかず、俺はうっすらと瞼を上げて、必死に俺に縋ってくれるミカサを視界に入れた。やはりミカサは一生懸命に俺に口づけを返してくれていて、その光景が心に突き刺さるほどに愛おしかった。ミカサが好きだ。ミカサが好きだ。……だけど、今もしここにいるのが俺でなく、エレンだったら……きっと、ミカサの表情はまた違っていたのだろう。それもこれも、全部あいつのせいなのだ。
……それでも俺は、再び瞼を閉じた。開くときにゆっくりと口づけを放して、手も止める。そうすると俺の真下にいるのは、どこか物足りなさそうにしている、熱が滾り切った瞳をこちらに向けるミカサだけだ。――そう、俺はエレンではないが、それでもミカサは今、それを分かった上で身体を明け渡してくれている。こんなにいじらしくて愛おしい。俺がいつまでもうじうじしているわけにはいかない。
じっと自分のことを見つめている俺に対して、ミカサはその眼差しで何かあったのかと問いかけていた。その仕草すらもとても可愛い。激しくなって落ち着かない吐息も、長い髪を湿らすその汗も……すべてがこんなにも愛おしい。
俺は思わず、ミカサを見つめたまま頬を緩めてしまった。こんなに愛おしい人だ、例えミカサが傷心していても、俺がその傷を包み込んでやれたらこの上ない幸福だ。
「……ッ」
「ミカサ?」
すると何とも突然のことだ。ずっと眺めていたミカサの瞳が歪み、突沸したようにその眼から涙が溢れてくる。驚いたのは俺だけではなかったようだが、ミカサは慌てて瞼を隠し、それに対して俺は「大丈夫か?」と声をかけてやることしかできなかった。
「うっ、う、ン、ごめんッなさい……っ」
ミカサが涙ぐんだ声で辛そうに絞り出した。それを静かに見守っている俺も、おそらくミカサは〝最愛の人〟のことを思い出してしまったのだろうとすぐに分かった。……そんなミカサを誰も責められないだろう。俺だって責めやしない。
ぐ、ぐっと喉の奥を鳴らしながら、ミカサは乱暴に流れる涙を拭った。
「さっきまでは、本当に、まったく大丈夫だった……ッ」
「おう、信じるぜ」
「ジャンが、笑ってくれてっ、そしたら本当に一瞬だけ、エレンのこと、考えてしまって……ッ。そしたら、気持ちが、」
言いながら感情が肥大化していったのか、最後はもう泣き叫ぶような声になっていた。そんなミカサを見て胸がひどく軋む。幸せでいてほしい、幸せにしてやりたいと、こんなにも願う人が目の前で泣いている。今の俺にできることは、一つしかない。
「……大丈夫だって、ミカサ。ほら、落ち着け?」
そうして自分を痛めつけるように雑に目元を拭う手を止めてやった。代わりにミカサの涙を拭いてやって、ミカサを涙ごと包み込むように抱きしめた。
「ごめんなさい、ジャン。わたし、」
「……ミカサ。お前がエレンを思い出すのは、俺がエレンじゃないってわかってるからだ」
ミカサが抱えているものは、おそらく罪悪感なのだろうとわかっている。俺に対する罪悪感もあるだろうし、エレンに対するそれもあるのだろう。……だから俺は、それを払拭できる言葉を自分の中で探した。
「つまりそれはさ、お前がちゃんと俺を俺だと認識してくれてるってことだろ? だから、大丈夫だ」
それを伝えて、まっすぐにミカサのきらめく瞳を捉えてやった。まるで幼い子どもをあやすように頭を、頬を撫でてやると、ミカサは我慢できないと言わんばかりに力強く、俺に抱き着いてきた。
「うっ、ジャン〜……!」
その行動に俺は内心驚いていたのだが……だって、罪悪感を抱いている相手にこんな風に縋るのは容易ではないはずだ。……だから俺は、今さら自分で言った言葉を実感していた。……俺はきっと、確実にミカサの信頼を得られているのだろう。素直に縋ってくれることに、安堵すら感じて、それはさらなる驚きとなっていた。
だから俺は、思い切ってもう少し踏み込んだことを話そうと思った。ミカサがもっともっと安心できるよう、俺は手を尽くしたい。
密着している身体を少しだけ離して、改めてミカサの眼差しをしっかりと捉えた。
「俺だってなあ、今、お前と同じこと考えてたんだぞ?」
そう言うと、ミカサは大層驚いたように目玉をまん丸とした。
まさかとは思うが誤解をされていないだろうかと不安になり、
「勘違いすんなよ? 相手がエレンだったらなんて俺は考えちゃいねえよ」
それを慌てて付け加える。そしてそのまま、滔々と言葉を続けた。
「俺が考えてたのは……――俺は。もし、俺がエレンだったらって……」
先ほどとは少し違った意味で、その瞳が揺れたのがわかった。
「もしさ、俺がエレンだったら、今ごろお前はどんな顔してたのかなとか、……そりゃ、考えちまうよ」
……そうだ、エレンの馬鹿のことを思い出して感傷に浸ってしまったのは、何もミカサだけではなかったのだ。悔しいが、やはりミカサの〝最愛の人〟があいつであり続ける限り、ミカサだけでなく俺も、あいつの陰に悩まされるのだろう。
「……ジャン、」
「もしこんなことしてるお前の相手がエレンだったらさ、お前もっとされるがままで、すべてを委ねるような感じだったのかもな、とかさ」
ミカサの心配そうな呼びかけにも応じずに、俺はそれを言い進めていく。ミカサも思い当たる節でもあったのか、ここへ来てまたその目元を歪ませた。……辛いのは仕方がない、だってあいつはミカサの〝最愛の人〟だったから。俺はそんなミカサのやりきれない気持ちごと、全部受け止めてやるって決めたのだ。あいつを想う、一途なミカサがずっと好きだったから。
「……いいんだよ。そんなの今さらだろ。考えちまったこと、否定しなくていい。俺が考えちまったくらいなんだから」
言い終えると、ミカサはその瞳を伏せて、またきらりと大粒の涙を瞬きとともにソファに落とした。
「……うん。ご、ごめんなさい……」
「いいって」
俺はそれから、できるだけミカサの負担にならないようにと考えて、彼女の額にまたキスを一つだけ落としてやった。……そんな風に取り乱すミカサでも、変わらず側にいるぞという意思表示でもあった。
「……ん、」
ミカサがそれを期にもう一度その目元を乱暴に拭う。
こうなってしまっては先に進むどころの話ではないのは明らかなので、俺は思いっきり身体に力を入れて、ミカサの上に覆いかぶさっていたこの身体を持ち上げた。しっかりとソファの背もたれに重心をくれてやると、ミカサも俺の隣でのそのそと起き上がった。
きっとミカサは行為を中断させてしまったことを気に病んでいるだろうなと考えた俺は、その矛先を別のところに向けてやることにした。恨み言の一つや二つ言わせてもらってもいいだろう。今この状況は、すべてあいつのせいなのだから。
「――はあ。地獄に行ったらさ、二人でエレンのやつ、ボコボコにしてやろうぜ」
「……え?」
「だってそうだろ。俺とお前にさ、こんな状況だけ残しやがって」
あいつの身勝手な思いやりのせいで、俺たちは確かにのうのうと生きていく人生を手に入れられた。しかしその人生は果たして、あいつがいないにも関わらず、のうのうと生きていくだけの価値があるものだっただろうか。……俺はともかくとして、ミカサにとってはどうか。
ミカサは相槌も打たずに、ただじっとその手元を見ていた。
「……あいつはお前を幸せにしなきゃいけなかったのによ。とっととくたばりやがって。お陰でお前はあいつがいないってのに、幸せにならなくちゃいけなくなって。俺は、諦めるしかなかったのに、その選択肢まで持っていきやがって」
あいつに対する恨み言が止めどなくこの口から流れ出てくる。きっとミカサも心のどこかで思ったことがあるだろう、なぜ私を置いて行ったのと、泣き明かした夜があっただろうと、それは想像に容易い。
「あいつ以外に俺がお前を託せる相手なんて見つけられるわけがねえってのに」
納得のいかなさや、けれど恨み切れない心地の悪いわだかまりの中で、俺の苛立ちが最高潮に達しかけていた。そんなときに初めてミカサは「……ジャン」と俺をたしなめるように声を発した。
もちろんミカサが何を思っているのかだって想像くらいはついている。
「わかってるよ。あいつが一番、ボコボコにしてほしいって思ってんだろうな。……あいつが一番、自分の選択が堪えてるよな……」
「……うん……」
あいつにとっても〝この未来〟は、究極の選択の上に成り立っているのだろう。何せ身を投げ打ってまで死守したかった〝最愛のミカサちゃん〟だ。離れなければいけなかったこと……あいつが一番恨めしく思っている。化けて出てこないのが不思議なくらいだ。――例え幽霊だったとしても、一度くらいはミカサに会いにきてやってもいいってのに。
俺の中に込み上げてきたあいつの思い出が、今度は俺の目の奥を熱くした。
思い出せばあいつの隣には必ずミカサがいて、ミカサの隣にもあいつがいた。俺はそんなミカサが……そんな二人がずっと、羨ましくて、大好き、だった。
すう、と深い呼吸で肩の力を抜く。俺は思い切って口を開いた。
「でもいつかさ、またあいつと顔を合わせることになったらさ、……やっぱミカサはエレンといろよな」
悔しいが、あいつにしか引き出せないミカサの眼差しがある。ミカサの表情が、仕草が、ある。
「……え?」
「勘違いすんなよ。俺だってお前を手放すなんてしたくねえよ。だって、ずっと好きだったんだぞ……けどさ、やっぱ、あいつの元にいるお前の、あいつにしか引き出せねえ幸せそうな顔を、俺も見ていたいんだよな」
自分で言っているくせに、こんなに胸が痛んでいる。この気持ちは嘘ではない。実際にエレンが生きていたなら、俺は二人を遠くから見守って、ときどきちょっかいを出して、一生一人寂しく生きていくつもりだったのだから。……だから、今この状況は俺にとってできすぎている。俺にとってミカサは、宝の持ち腐れというやつだ。
そ、と俺の手のひらに温かさが触れた。
それを認識して意識を向けると、俺の手のひらを包んでいたのはミカサの端正な指先だった。女のものにしては少しごつごつとした、戦士だったことを証明する強かな指先だ。
「……ジャン。大丈夫」
「うん?」
「エレンとあなたは違う。あなたにしか見つけられない私がいるはず」
ミカサの芯の通った声に、俺は不意を突かれてしまった。ミカサの美しく力強い眼差しが、しっかりと俺の心許ない視線を捉えて離そうとしない。
「……ミ、カサ……?」
強い意志を持って俺を掴んでいた眼差しが、少しだけ揺れて、
「……私も、もし、エレンに会えたら……『やっとあなたといられる』って、言ってしまうかもしれない……けれど、」
その眼差しはまた、真摯に何かを伝えようと俺の眼球の奥まで、意識の隅まで、しっかりと届けられた。
「今の私も、本当だから。ジャンのような素敵な人に、あ、愛して、もらえて……幸せだから。私にしか見つけられないジャンを、見つけたから」
ぽろり、と大粒の涙がまた、ソファに落ちていった。……先ほどと同じく、何とも透き通っていて綺麗で、すべてを浄化してしまいそうなほどの、純真な涙だった。
それを追いかけて瞳を伏せたミカサが、「ジャンと離れたくないって、思ってしまう……から」ととても小さな声で泣いていた。俺の手のひらを包んでくれたミカサの指先にぎゅっと力が入り、言葉通りに離したくないという意志が伝わってくる。
今まで見てきていたミカサのこの涙が、今は俺のために流されているのかと思うと、何とも言えない気持ちになった。――エレンのために流す涙を、俺は止めたことはなかった。それはもう、どうしようもできない気持ちの発散だったからだ。……けれどその涙が流れる理由が俺だったなら。
俺は俯いて鼻を啜るミカサの頬を包み、ゆっくりと持ち上げながら涙を拭った。
「……泣くなよ」
俺のために流す涙は、なくていい。
ずず、とミカサはまた不格好な音を立てて鼻を啜った。
「だから……もしまたエレンに会うことができたなら……私は、――二人に分裂してしまうかもしれない」
……ん?
俺はミカサが思い切って繋いだ言葉に、完全に無防備なところを突かれてしまった。
――『二人に分裂』? なんて??
「ッぐふ、なんだそれ」
思わず失笑してしまった。……だって、何だよ。二人に分裂してしまうって。それをあまりにも真剣に言ったものだから、さらに面白く思ってしまった。
なのにミカサはそんな俺の腕をぽこぽこと叩いて、
「笑わないでほしい。割と本気」
必死にそう訴えた。……いやいや、ミカサが『割と本気』だったからなおさら面白いのではないか。いやはや、なんだ、『二人に分裂』って。俺用のミカサと、エレン用のミカサか?
「あっはは、お前の言語力、ほんとなあっ」
抑えきれずにさらに笑い声を上げると、ミカサの涙はすっかり止まってしまったようで、ぷくりと頬を膨らませた。
「……、ジャンはエレンより、いじわる」
「あははっ、悪いって」
けれど、ミカサがそう思ってくれているのは、純粋に嬉しかった。俺という人間に気づいてくれて、〝最愛の人〟だったはずのエレンと、並ばせてくれているのだ。こんなに光栄なことはない。
未だに納得がいかないのか唇を尖らせてそっぽを向いているミカサを盗み見て、こんなに可愛い人はほかに存在しないと確信した。世界一、いや、銀河一……いやいや、すべての宇宙一可愛くて愛おしい人。
「……ありがとうミカサ。どうやら俺は、自分で思っているより幸せ者らしい」
そういうとミカサはようやくこちらへ顔を向け直してくれた。それでもまだ口は閉ざしている。自分で言ってしまったことが恥ずかしくなったのかもしれない。……これからはあまり笑わないようにしないとな、と心に誓う。
何はともあれ。
「わかったよミカサ。じゃあ、分裂する練習しといてくれ」
「……う、うん」
その尖ったままの唇に、一つ印を与えるようにキスをした。
「ミカサ、愛してる」
「う、うん……面と向かって言われると、恥ずかしい……」
「おう、だろうな」
そんな〝宇宙一可愛くて愛おしいミカサちゃん〟を放っておけるはずもなく、俺は再びミカサをそのソファの上に押し倒して……そしてその上に覆いかぶさった。今度こそ、男を見せるときだぞ、ジャン・キルシュタイン。
***
私は初めて、誰かと愛し合うことを経験した。
大きなジャンもしっかりと受け止められる大きなソファに二人で並んで横になる。ようやく心臓の鼓動が落ち着いてきたころ、二人でこの満たされた空気で肺をいっぱいにしていた。
「……ジャン。この家で暮らす気はない?」
私をその大きな腕の中にすっぽりと収めてくれていたジャンに、私は声をかけた。……この経験を経て、私は確信してしまったことがある。……それは、私は今、ジャンとともに過ごしたいと思っていること。
「……は? この家で? お前と?」
とても訝し気に問い返されるので、私はもぞもぞと顔を上げて、目の前のつんつんとした髭に向かって「うん」と肯定を飛ばした。
「ジャンと、一緒に暮らすのはどうかと……思って」
「……またお前は。突拍子もないな」
「そう?」
「おう」
もしかしてジャンは、まだそこまで私のことを受け入れられていないのだろうかと頭を過り、この提案が時期尚早だったのかもしれないと考えてしまった。――それでも私は、今のジャンと離れたくない、と思ってしまっているのは本当で……。
「でも私は、ジャンを、信頼している……」
この気持ちを上手く言葉に変換できなくて、私は使い慣れたその言葉に置き換えた。……本当はこれよりも適切な言葉があることに薄々気づいてはいるのだけど……ちょっとまだ、その言葉を使うことに照れが生じてしまっている。
しかしジャンはそんなことは気にも留めず、
「あのなあ。男はみんな狼なんだぞ?」
呆れたように私を見下ろした。まるで私の正気を確かめているようだ。
――『男は狼』なんてよく聞く言い回しだけど、私の知っている〝狼〟はこんなに穏やかで優しくはないから。
「……ジャンも? ジャンも、狼?」
何と答えるのだろうと気になって尋ねてみると、ジャンは少しも考える素振りも見せず、「そりゃそうだろ。今まさに、」と切り返してきた。
そうか、ジャンのような人も『狼』というのか。そう思ったとき私は、ふかふかの温かい毛に包まれて守られているような、そんな安寧のような気持ちを抱いた。
「……こんなに穏やかで優しい狼なら、私は別に構わない」
だから思ったままを口にして、改めてジャンの腕の中に顔を埋めた。
「……はあ。お前なあ……どこまでわかって言ってんだか。俺も期待されたもんだ」
「……だめ?」
未だに不満げな声だったため、念を押すように顔を上げると、
「ン゛っ、前向きに考えさせていただきます」
ジャンは苦しそうに喉を詰まらせたあと、突然紳士的な言葉遣いになり、それから私を閉じ込めるようにぎゅう、とその腕に力を入れた。
温かくて、ふわふわして、少し汗臭くて、でもそれが心地よくて。――エレン、ジャンは私のことを、本当に大事にしてくれてるよ。私も今は、ジャンが大事だと思えている。思えていることがとても嬉しい。
じんわりと目元を濡らした涙は、罪悪感などではないとすぐにわかった。こんな優しい気持ちで涙が出たのは、エレンを失ってから初めてかもしれない。
ジャンとの生活が早く実現するといいな、と考えながら、私はそのふわふわとした安堵感の中に吸い込まれていった。
おしまい
「マイ・オンリー・ユー」あとがき
わあ~! やっと書けました~~! 皆さん、大変お待たせいたしました……! なんとなんと、前回ジャンミカちゃんを書いてから、二年ですよ! なんとこの作品、書きかけの段階で、二年間も寝かされていました……!
まあ、と言うのも、初めはこのお話は「優しい狼」というタイトルでして、ただ単純に彼らの〝初めて〟が書きたいなという動機から始まったものでして……初めての行為中にエレンのことを思い出して泣いちゃうミカサちゃんと、それに対するジャンくんの反応を書こうと思っていたんですね……でも自分的にすごく納得がいかなかったのです……!
それで、今回ね、ジャンミカちゃんのウェブオンリーを開催していただけるということで、満を持してこの作品と向き合って見た次第です!
でも今は、二年前に無理に完成させなくて本当によかったなと心から思っています。
だって、ジャンくんのことをちゃんと大切に思えていることに気づくミカサちゃんが書けたんだもの。そしてそんなミカサちゃんの気持ちは、ちゃんとジャンくんにも届いていて。
エレンと一緒に二人のことを全力で見守りたい、そんな気持ちは今も変わっていません。
皆さんにもこの温もりが伝わっていると幸いです。
2023.06.23 飴広