3月3日【3月3日】
大地震が起こると、目の前の男性が言った。
信じては貰えないだろうが、と続けて、諦めるように目を閉じた。途端に私の脳内に映像がなだれ込んでくる。燃え盛る電車と、その前で呆然と立ち尽くす男性の姿があった。
「信じるよ」
男性が顔を上げる。
「明日の電車に乗らなければいい、そうだね?」
驚いた顔を隠しきれてない男性を見ながら、思考を回す。親戚達と電車に乗ることになっているのだが、それを避けられる手立てはあるだろうか。
「絶対、全員助けるよ」
そう言い切って、背を向けた。家路を急ぐ。既に日は沈んで、街頭が道を照らし始めている。
私の肩を抱いて、宥めるような口調で誰かが言う。
「わざわざ全員助ける必要はないんだよ」
「言ったからにはやりきってやる」
啖呵をきった。意地だった。
私の言葉を聞いて、横でフッと笑うのが聞こえた。見遣ると、その人の目が柔らかく細められた。
「手伝おう」
家はすぐそこだ。腕を引かれる。
「ありがとう」
名前を呼んで、そう言った。腕を握る力が強くなった気がしたが、離してはもらえなかった。
日付けが変わろうとしていた。これといった策も思いつけない。先程の彼と二人でため息を落とした時だった。友人が扉を開けて、一言告げる。
「解決しておきましたよ」
二人して肩を揺らして目を丸くした。一体どうやったんだと尋ねれば、事も無げに彼は言った。
「少し手荒ですが、電車を出られないように細工しておきました。出発できなければ、人が乗ることもないですよね」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。そんなに無茶苦茶なことがまかり通ってたまるか。口を開くより先に視界が白んだ。