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    散る散るCHILLOUT!
     今日もロナルド君の目がうるさい。目は口ほどにものを言う、とは成程上手く言ったもので、空を映した青い目は、もの言いたげにチラチラ私を盗み見る。反復横跳びする視線。あれでバレていないつもりなのか。馬鹿め、バレバレ。
     言いたいことがあるならハッキリ言え、と何度も言っているのに、あの馬鹿はずっとうだうだもだもだ。良く喋る目とは反対に、口はぎゅっと結んだまま。昔はこんなじゃなかったはずだが、どうしてこうなった。どうしてこうなった。

     そもそもの始まりは三か月前。何を思ったのかあの馬鹿が「つつつ付き合ってくれ!」なんて真っ赤な顔で迫って来たのが始まりだ。何をどうしてそうなったのかさっぱり意味がわからないが、どうやら彼は本気のようで、うっかり絆され今に至る。
     面白そうだしまあいっか、どうせきっとすぐ飽きる、と思っていたのだが飽きるその日は中々来ずに、ロナルド君はずっと私のことが好き。私も別に、嫌な気はしていない。
     けれど当然不満もある。挙げだしたらきりがないが、一番はそう、ロナルド君の目がうるさい! 元々彼はよく喋る方。考えるより先に言葉が出るタイプで、特に私に対しては顕著だった。開きっぱなしの蛇口みたいに、感情が次々飛び出て飛び散って、私に当たって喧嘩になる。癪には触るが楽しくもあり、なんだかんだまあ、嫌じゃなかった。
     それなのに、だ。付き合いだしてから、最初の数週間は普通だった。これまで通り良く喋り、これまで通り私をボコスカ殺す彼。けれど時間が経つにつれ、ロナルド君の口数は次第に減って行った。何かを言おうと口を開いては言葉を飲み込み苦い顔。どんなに煽り散らしても、その都度彼は顔を赤くし息を吸い込み、吐く息に乗せて感情をぶちまけようとして、堪える。
     そう堪えるのだ。ちょっと煽れば反射でぶん殴って来た頃の彼はもういない。煽りがいがないつまらない。出て行くほどではないけれど、居心地が悪いったらない。
     今もほら、青い目がじっとこちらを見つめている。視線を辿って目を合わせると、ロナルド君はふいと目を逸らす。私が見るのをやめると、ロナルド君はまたこちらをチラチラ気にし出す。その繰り返し。いたちごっこ。ああもう気が散る!

    「言いたいことがあるならハッキリ言え!」
    「なっ……ねえよ!」

     思わず立ち上がって一喝すると、ロナルド君は目を見開いて声をうわずらせた。このチラチラモードに入った彼への対処方法はただ一つ。問いただすこと。質問攻めにすること。何を言いたいのか何がしたいのかを無理やりにでも聞き出すこと。そうしないとこのチラチラは永遠に続く。気が散る! 言いたいことがあるならハッキリ言え!

    「なんだなにか食べたいものでもあるのか?」
    「か、からあげ……?」
    「残念今日の夜食はアジフライだ」
    「じゃあ聞くなよ!」
    「うるさいな気が散るんだよさっきから!」
    「な、なにが……」
    「ちらちらチラチラ、うるさいんだよ目が! 素直に答えたということは食事じゃないな……なんだ? 夜景の綺麗な場所でデートか?」
    「は⁉ ……そ、それはこの前行っただろ!」
    「遊園地でソフトクリームか? 映画館で手を繋ぐ? 動物園? 水族館か?」
    「ど、どれも行ったしやっただろ!」
    「そうだな私の全面協力の下でな! で、今回は何だ?」
    「なにって」
    「あるんだろやりたいこと行きたいところ! この私が付き合ってやると言っているんだ!」

     さあ言え飛び込んで来い私の胸に、そんな勢いで言い放つと、ロナルド君は汗をだらだら流しつつ、うつむき加減に蚊の鳴くような声で呟いた。

    「は、花見がしたい……」

    ***

     恋人と化したゴリラは思いのほかロマンチックゴリラだった。人生で初めて(厳密に言えば二度目らしいが)できた恋人に彼も彼なりにはしゃいでいるらしく、あれがしたい、これをしてみたいと夢いっぱいだ。けれど口にするのが恥ずかしいのか、中々自分から言い出さない。ただただ視線で訴えるのみ。こちらからせっついてやらないと、ロナルド君はチラチラちらちら、ずっと物言いたげな目で訴え続ける。本人に自覚がないから尚のこと質が悪い。
     最初は夜景を見に行った。ロマンチックゴリラは何故か夜景にこだわりがあるようで、テレビのデートスポット特集なんかで夜景の綺麗な場所が映るとその度私をちらちら見て、何か考え込むようなそぶりを見せた。いつ誘って来るかなとちょっと楽しみにしていたりしていなかったりしたのだが、結局その日は来なかった。なので超絶優しい私は「夜景の綺麗な場所にでも連れて行ってくれたまえ」なんて紳士的に彼を誘導誘導。その時のロナルド君の顔と来たら! 春の暖かい陽が差し込むみたいにパアっと彼の周りの空気が変わった。口元が緩むのを隠しきれていなかった。「ま、まあ別にいいけど」なんていつもよりちょっと高い声! 何故こっちから誘ってやらねばならんのだと正直少し不服だったりそうじゃなかったりしたのだが、面白いものが見られたのでまあ良しとした。
     その次は遊園地。一つのソフトクリームを二人と一匹で一緒に食べた。次は映画館。恋愛モノを観ていい感じのシーンで手を繋いだ。そして動物園。水族館。付き合い始めて早三ヶ月。結局彼の方から直接的に誘って来たことは一度もなかった。
     だから今回、こちらからアクションをかけまくった結果とは言え「花見がしたい」と向こうから言わせることが出来たのは大きな進展だ。花見なら毎年してるだろ、と言ったのだが今年は「デートとして」やりたいらしい。いまいち違いが分からないがまあ良いだろう。
     決行は三月末。その日が唯一の休みらしい。例年なら丁度桜も見ごろの時期だ。
    原稿もそれまでに終わらせると意気込む彼。まだ上旬だから結構先だけれど、ロナルド君はカレンダーに丸を付け、緩む口元を隠しもせずに嬉しそう。そこまで楽しみにされると、こちらとしてもまあ悪い気は、しない。
     場所は駅前公園。せっかくだからお弁当も作ろう。皆とやる花見はまた別に設定して、誰も誘わず二人と一匹だけで。
     ジョンに「何を持って行こうか?」と聞いたら「ヌンヌイッチ!」と元気よくお返事。ジョンも楽しみにしているようだった。サンドイッチと、あと若造が好きな唐揚げも作ろう。それからそれから……。
    それからしばらく、事務所の空気は暖かく明るかった。窓から滑り込んで来る風は、冬と違って角が取れていて心地よい。もうすっかり春だった。まだ三月の上旬なのに。

    ***

    「――桜前線は例年にないスピードで北上しており――」

     いつぞやと一転して、絶望的な表情でテレビを見つめるロナルド君。今年の三月は暖かかった。今思えば暖かすぎた。その結果、桜前線はかつてない速度で北上し、この辺りの桜はもう既に満開だ。花見は来週。多少散ってはしまうだろうが、別に桜が見られない訳ではない。けれどロナルド君は、テレビを見つめ硬直したまま。
     原稿は終わったのか? と声をかけると、ハッとしたようにパソコンに向き直り、キーボードをカタカタと叩き始めた。

    ***

    「――関東地方は雨続きで――」

     この世の終わりみたいな表情でテレビを見つめるロナルド君。春の長雨が街を覆った。窓の外からはざあざあと雨が地面を叩く音。生ぬるい空気と雨粒が窓から入り込んで来る。

    「おい、原稿――」

     窓を閉めながら促すと、五歳児はまたハッとしたように息を飲んで、のろのろとキーボードを叩き始めた。花見は四日後。そのうち雨も止むだろう。まあだいぶ散ってはしまうだろうが――と思っていたのだが。
     結局雨はその後も振り続け、花見前日になってやっと上がった。事務所の空気が淀んで重い。

    「……ロナルド君?」
    「……」
    「原稿終わった?」

     果てしない沈黙の後、ロナルド君は錆かけのロボットみたいにゆっくりゆっくりと、キーボードを叩き始めた。何をそんなに落ち込むことがあるんだか。

    ***

    「……さて」

     翌日。満月の綺麗な夜。目が覚めるとロナルド君はいなかった。大方コンビニかどこかへ出かけたのだろう。きっとすぐに帰って来る。

    「さてジョン、準備をするぞ!」
    「ヌー!」

     やることが山積みだ!

    ***

     上手くいかない。何もかも全てが上手くいかない。ドラ公と付き合えた、それだけでもう十分だと思わなければならない、のだが、心は次々色々求める。あれがしたい、これがしたい、けれどそれを伝えて、ドラ公に面倒な男だと思われたくない。初めて出来た恋人(厳密には二人目だが)に童貞がはしゃいでる、あー面白面白、とかって思われたくない。あと嫌われたくない。だから何かをしたいと思っても、ぎゅっと口を噤んでぐっと堪えている、のだが、何故だかいつもドラ公の方から誘って来る。なんだあいつもはしゃいでるんじゃん、なんて心の中で笑って余裕をぶっこいていたのだが全くそんなことはなかった。ドラ公は全て察してくれていたのだ。はずかしい。余裕をかましていた自分がとにかくはずかしい。そう言えばあいつは俺より遥かに年上だったなと、今更ながら実感した。
     言いたいことがあるならハッキリ言え、とあいつはよく言う。そう言えば、夜景の時も映画の時も、帰る道すがら言っていた。言いたいこと? ないないだって、夜景も映画も水族館も、お前が行きたいって言い出したんじゃん。俺は別に、言いたいことなんて――

    「あるんだよなぁ……!」

     あるある言いたいことやりたいこと! わかってた本当は何もかも全て。俺はドラ公の優しさ? に甘えていたのだ。けれどだって言えない! 面倒な男だと思われたくない。童貞がはしゃいでいると思われたくない嫌われたくない。
     そう嫌われたくないのだ。だからあいつを殺すのもやめた。
    きっかけは、付き合い始めて数週間が経ったあの日。ギルドでいつも通りドラ公をボコスカ殺していると、それを見たサテツがぼそっと言った。

    「恋人を殴るんだ……」

     恋人を殴るんだ。恋人を殴るんだ。恋人を殴るんだ。殴られたような衝撃。サテツの何気ない呟きは、俺の中でぐわんぐわんと反響した。
     恋人を殴るんだ。恋人を殴るんだ。恋人を殴るんだ。いやでも、それはあいつが揶揄ってくるからであって――

    「そうだぞ若造! かわいいかわいい恋人を殴るだなんて……実家に帰っちゃってもいいのかな?」

     殴られたような衝撃。にやりと笑うドラ公の台詞に、息が止まった。帰られては、困る。
     気付いたことがある。同居人と恋人では、後者のほうが不安定な関係だ。実家に帰る、の重みが違う。前者はまぁそのうち帰ってくるだろ、という感じだが後者はなんというかこう、取返しがつかない感じがする。永遠に帰ってこない感じがする。加えて恋人になりたいと言い出したのは俺だから、なんというかこう、不利な感じがする。そうだ嫌われたら終わりだ。綱渡り。下手をこいたらあっという間に破局だ。堪えなくては。あれもこれもどれも全部、我慢しなくては――!
     と思っていたのだが何もかも全てが駄々洩れだったらしく、心に秘めた花見に行きたいという思いも引きずりだされ、本日に至る。あれやこれやと色々恥ずかしかったり悔しかったりしたのだが、それはそれとして花見は楽しみだった。例年のそれとは違う、恋人としての、デートとしての花見! 楽しみでない訳がなかった。
     それなのに、だ。桜前線は爆速で北上し、フライングで花は咲き、追い打ちをかける様に雨が降り降り桜を散らせた。
    数日前までは食い入るようにニュース番組を見て、桜の動向をチェックしていたのだがもうやめた。先週が花見のピークだったのは知っている。お花見をするなら今のうち、とアナウンサーがキンキン声で言っていたのも覚えている。もう聞きたくない知りたくない。現実を突きつけないで欲しい。
     テレビの電源を引っこ抜いて、行く当てもなく事務所を出た。ムカつくほどに晴れている。
    ドラ公はまだ寝ている。せっかくの休みなのに、予定はもうない。さあ何をしよう。足の爪は昨日切ったし、原稿も気合で終わらせたし――

    ***

    「……ただいま」

     事務所の重い扉を開ける。応答はない。居住スペースの方から楽し気な笑い声が聞こえてくる。一体何をしているんだか。
     買い物袋からタバコとライターを取り出し、窓を開けて火をつける。春風が頬を撫でる。煙が肺を満たす。けれど気分は下り坂のまま。一体何をしているんだか。
     上手くいかない。何もかも全てが上手くいかない。本当は、告白するつもりなんかなかった。けれどつい、蛇口を捻ったみたいに感情が溢れてしまって、気づいた時にはあいつの手を握って情けない姿で思いを告げていた。上手くいかない。本当はあれもそれも、ちゃんと俺から誘いたかった。上手くいかない。とりあえず殺すのはやめたが、あいつをどうやって大事にすればいいのかわからない。上手くいかない。桜は散った!
     二本目のタバコに火をつける。もはや自分が何に悩んでいるのか、何で落ち込んでいるのかもよくわからなかった。このところずっとそうだ。あいつと付き合いだしてから、感情はずっとぐちゃぐちゃになって、散らばったまま。

    「ロナルド君?」
    「……んだよ」
    「うわタバコ臭っ!」

     居住スペースの扉が開き、ドラ公が顔を出したと思ったらすぐに死んだ。そう言えばタバコは苦手なんだっけか。
     灰を落として向き直ると、再生したドラ公は何故かエプロン姿だった。

    「……何か作ってたのか?」
    「そりゃそうだろ。ほら出かけるぞ。準備をしろ」
    「は? 出かける?」
    「君が言い出したんだろ! 花見がしたいって」
    「いや花見って、どうせもう散ってるし」
    「わからないだろそんなの! ほらさっさと着替えたまえ」
    「いやでも……」
    「でもなんだ?」
    「思い知らされてるみたいじゃん……」
    「は?」

     ドラ公が怪訝な顔をした。

    「いや、花見だっつってんのに桜散ってるって、なんかお前は駄目な奴だって、思い知らされてるみたいじゃん……」
    「いや意味がわからん!」
    「ヌヌヌヌヌヌー?」
    「あーすまないジョン。ほらジョンが弁当包んでくれたぞ! ありがとうジョン。水筒にお茶は入れた? よしよし」
    「弁当? 作ったのか?」
    「何を今さら! いつもそうしてるだろ。ほらさっさと支度しろ!」
    「いや、でもだって、」
    「あーもう! やかましいわ! イヤイヤ期か! さっさと着替え、あ、お手伝いちまちょうか? 保育園間に合わないもんね? ほらばんざーい」
    「殺ッ……………………さない!」
    「いや殺せや! そこは殺せや! とか言ってるとなんか私が度を超えたドMみたいだな……ああもう! ほらジョンが待ってる! さっさとしろ!」

     言うや否や、ドラ公は俺の手を取って居住スペースに向かった。クローゼットを開け服を取り出し、ファッションセンスが終わってる、どれがいいんださっさと選べなんて言って服を着せ、夜は冷えるからとカーディガンを羽織らせた。
     片手に重箱を持たされ、もう片方の手はドラ公に握られ、二人と一匹で事務所を出る。ドラ公はいつもより早足で、俺の手を握ったままぐいぐい先を歩いた。
    春の夜風を切って進む。適度に暖かく適度にひやりとした春の空気が心地よい。繋いだ手のひらは少し熱い。何がそんなに楽しいのか、ドラ公は少し早足、少しスキップ。ドラ公の頭上で、ジョンはヌーヌーと歌う。合わせてドラ公も下手くそな歌を歌う。何がそんなに楽しいのやら。
     向かう先は駅前公園。事務所から歩いて十分足らずの川沿いにある。
    さんかく橋を渡り、VRCを背に真っすぐ歩く。真っすぐ続く桜並木。頭上を覆う、緑色と桜色。まだ、散り切っていなかった。

    「ほら、まだ咲いてるぞ!」
    「……葉桜じゃん」
    「贅沢だな。君には十分だ」
    「どういう意味だよ」

     鼻歌交じりにスキップスキップ。ひらひらと降る花の雨。さわさわと風の音。鼻をくすぐる春の匂い。何がそんなに楽しいのやら。何がそんなに楽しいのやら。

     暫く歩いて、ここらで良いかと大きな桜の木の下にレジャーシートを広げた。とっくに見ごろは過ぎているから、花見客は殆どいなかった。

    「静かで良いな」
    「……そうかよ」

     ドラ公が重箱の蓋を開ける。一段目には、正方形に切られた色とりどりのサンドイッチ。二段目には、鮭やわかめ、紫蘇の三角おにぎり。三段目には唐揚げや卵焼きなどがぎっしり。

    「あ、まだ開けるなよ。四段目はお楽しみだ」
    「……お前、これ俺がコンビニに行ってる間に作ったの?」
    「んな訳あるか。前日からちょっとずつ準備していたんだ感謝しろ」
    「……」
    「おい、なんで黙るんだ」
    「……いや」

     ああ、まただ。感情がぐずぐずになる。何かがこう、胸の奥からせり上がってくる感じがする。あいつにうっかり告白した時みたいに、蛇口が勝手に緩みそうになる。けれどこれ以上下手を打つ訳にはいかないから、ぐっと堪える。ぐっと。

    ***

     今日も今日とてロナルド君の目がうるさい。感情の籠った目で私の作った弁当をじっと見つめ、何やらずっと思案顔。

    「……腹でも痛いのか?」
    「ばっ、ちげーよ! あっいや、違う。違います……」

     何を考えているのやら。らちが明かないので「食べないのか?」と促してやると、蚊の鳴くような声で「いただきます」と言って箸を手に取った。

    「しかし、あれだな。葉桜も悪くないじゃないか」

     思っていたより全然散っていなかった。緑が目立つが、桜色もまだちらちら。夜桜特有の幻想的な感じはあまりないが、街灯に照らされた葉桜は物静かで美しい。

    「ヌンヌイッチ! ヌイシー!」
    「よかったよかった。ほらあんまり一度に食べると喉を詰まらせるぞ」
    「ヌグァッ!」
    「ほら言わんこっちゃない……」

     コップにお茶を注いで手渡し、背中をとんとん叩いてやる。ロナルド君がちらりと私を見た。

    「なんだ」
    「……なんでもねえ」
    「背中とんとんしてあげようか?」
    「いらねーわ! ……なんでもないっつってんだろ」

     そう言ってまた視線を落としたロナルド君。ああもう。
     ため息を一つ吐くと、ロナルド君は叱られる直前の子供みたいにびくっと身体を震わせた。

    「……君、感じ悪いぞ」
    「え、は、何?」
    「さっきからずーっとぶすっと黙り込んで! なんだ飯が不味いのか⁉」
    「そ、それは違、」
    「違うのは知ってる!」
    「知ってるなら聞くなよ!」
    「うるさいな! 何なんださっきから、っていうかこのところずっと! 言いたいことがあるならハッキリ言え!」
    「な……な……」
    「ないことはないだろ! ……君が何を考えているのか、私にはさっぱりわからないよ」
    「……」
    「なんか君、我慢? してるよな? 君らしくもない。いや君らしいと言えば君らしいのだが、私に対してはもっと雑だっただろ? ボコスカ殺してたし」
    「そ、れは! そうだけど……」
    「……飽きた?」
    「……は?」
    「いや、だから私に飽きた? もうやめる?」
    「やめるって何を」
    「付き合うの」
    「なっ――」

     どうせきっとすぐ飽きる、と思っていた。飽きるその日は中々来ずに、もうそろそろ四カ月。よくもったな、と思う。

    「嫌になったのならハッキリとそう言いたまえ。確かに君から言い出したことだが、別に無理して続ける必要は――」
    「違う!」

     ロナルド君がまた、私を見た。空を映した青い目で。告白してきたあの日のような、熱の籠った青い目で。

    ***

     何を言い出すんだこの馬鹿は、と思ったが違う違う馬鹿は自分だ。
     誤解させてしまった。自分の言葉が足りないせいで。飽きた? そんな訳がない。想いに気付いたあの日から、俺はずっと、毎日あいつのことばかり。けれど上手く言えない。言葉が喉に引っ掛かる。ドラ公は怪訝そうな顔で俺をみる。ああもう。

    「飽きる! とか、そんなんじゃねえし、付き合うのも、やめない……!」
    「……」
    「……」
    「言って」
    「……なに」
    「言いたいこと、全部言え。聞いてやるから」
    「そ! れは、その」
    「じゃないと私、実家に帰るぞ」
    「ッあ――」

     ドラ公が真っすぐ俺を見る。その顔は、少しも笑っていなかった。
     言いたいことは無限にある。好きだ。大好きだ愛してる。嫌われたくない。面倒な奴だと思われたくない。出て行って欲しくないずっと一緒に居て欲しい。誘ってくれて嬉しかった。誘えなくて悔しかった。あれもそれもどれもこれも。お前と花見がしたかった。桜が満開の時に来たかった。それからそれから――

    「っ好き、だ」
    「うん」
    「好きなんだ、お前のこと」
    「うん」

     ぐずぐずになって、散らばった言葉を一つ一つ拾って、形にする。

    「あっ、愛して、るんだ」
    「うん」

     それらはどれも、酷くいびつで不格好で。

    「き、嫌われたくなくて」
    「……うん」

     けれどお前は、静かにそれを、受け取ってくれる。

    「カッコ悪いとか、はしゃいでるとか、思われたくなくて、だから全部、言わないようにしようって」
    「……」
    「お前のこと、どうやって大事にしたらいいのか、わからねえ……!」

     振り絞る様にそう言うと、ドラ公は目を丸くして、それからちょっと笑って言った。

    「馬鹿だなぁ、ロナルド君は」
    「なっ……人が真剣に!」
    「分かってるよ真剣なのは。君、よく考えすぎだって言われない?」
    「言われ……る!」
    「だろうな!」

     そう言ってからからと笑うドラ公の姿に、なんだか身体の力が抜けた。

    「いいか若造、私は面白い奴が好きだ」
    「んだよ突然」
    「ちょっと揶揄えば反射でぶん殴ってくる男と、嫌われるのを恐れてじっと黙り込んでる男、どっちが面白い?」
    「究極の二択すぎねえ?」
    「やかましい! 答えは前者だ。今の君はつまらん!」
    「えっ何殴られてえの?」
    「そうは言ってないだろ! ……なあ、今の君はつまらんよ。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ。言ってくれなきゃわからない。そう簡単に嫌いになったりしないから」
    「……ほんとに?」
    「本当だとも」
    「なんで?」
    「……は?」
    「なんで嫌いにならねえの?」
    「なんでって……そりゃ私の心が激広だからだ」
    「あっ今誤魔化しただろ!」
    「何でそういう所だけ鋭いんだ!」
    「なあ正直に言えよ! 俺だってそうしたんだから、なあ、なあってば」
    「ええい情けない声を出すな! ……だからそのアレだ。簡単に嫌うってことは、そもそもそんなに好きじゃないってことだろ」
    「……おう」
    「だから、簡単に嫌いにならないって言うのは、あーもう! わかるだろ!」
    「わかんねえ!」
    「嘘つけわかってるだろ!」
    「ずりーよお前ばっか! 言いたい事があるならハッキリ言えって、お前が言い出したんだろ!」

    ***

    「なっ、私は別に……」

     思わず言葉に詰まってしまった。何を言い出すんだこの馬鹿は。いや、馬鹿は私か。
     この男の自己肯定感の低さを舐めていた。恋人としてはまだ数か月だが、出会ってからは早数年。好き好んで隣に居続け早数年。そう簡単に嫌うはずがない、と少し考えればわかるだろうに、いやそれはあくまで私の感覚か。

    「……言ってくれなきゃわかんねえよ」

     思えば、彼から告白してきたのを良いことに、こちらから好意を伝えたことはほとんどなかった。水族館も映画館も付き合ってやってるんだから、私が彼を憎からず思っていることは伝わっているだろうと思っていた。言いたい事があるならハッキリ言え、言ってくれなきゃわからない。なら私は?

    「……だから、」
    「……」
    「私は君を、その」
    「……」
    「あーもう! そう簡単に嫌いにならないくらい、好きって事だよわかれボケカス‼」
    「なっ、ボケカスはねえだろ! あれ好き? いま好きって言った?」
    「いっ」
    「言ったよな! なんだよ! 俺ばっか好きなのかってずっと、」
    「あーやかましいやかましい! ほら黙って弁当食え! お前の好きな唐揚げだぞほら!」
    「もしかして、俺のこと好きだから俺の好きなもの作ってくれ、」
    「あー‼ うるせー‼」
    「ヌヌヌウヌヌ」
    「えっジョンもういいの? もっとお食べよほら卵焼きもあるよ」
    「ヌヌヌウヌヌ」
    「ジョ、ジョン?」
    「ヌンヌッヌヌンヌヌヌヌヌヌ」
    「え、まって一人にしないで」
    「俺がいるだろ! なあドラ公、ちゃんと話し合おう。俺のこと滅茶苦茶好きだよな?」
    「うるせー! うるせー!」
    「言いたい事があるならハッキリ言うべきだと思うんだ」
    「うるせーっつってんだろ!」

    ***

     それから私たちは、たくさんたくさん話をした。ロナルド君の口からは、数か月分の言葉が蛇口を捻ったみたいに飛び出した。次々出てきて飛び散って、私に当たって腹が立ったり面白かったり。
     やりたい事もたくさん聞いた。夏になったら花火がしたい。お祭りで浴衣を着て手を繋ぎたい。花火が上がった瞬間にキスしたい。秋になったら紅葉を見に行って、冬になったらイルミネーションを見に行って、春になったらまた花見。よしよしやろう。全部全部やろう。はしゃいでるなーとは正直思ったが別に嫌いになったりしない。嫌いになる訳がないだろう! だって私は、いやもう何度も言うまい。

    「あーでも、やっぱり満開の時に来たかったな」
    「まだ言うか。葉桜も悪くないじゃないか」
    「まーそうだけど。でも花がないから花見じゃないって言うか」
    「全く無い訳じゃないだろ。それにほら、私がいる」
    「……お前それ滅茶苦茶恥ずかしいこと言ってるって自覚ある?」
    「なーにも恥ずかしくないわ! 何故なら私は完璧な存在だからな。……よし、すっかり忘れていたがそんな完璧な存在の私からプレゼントがある。重箱の四段目を開けてみたまえ」
    「あ? そういや何入って……アギャギャヴォエアアセロリィィイ‼」
    「ブエ―! 数カ月ぶりに殴られた! ……ふは、ふふふ」
    「おま、ほんとふざけ……え、まってそれ何笑い?」
    「あ、いや、ふふ」
    「え、なに? 殴られて喜んでる? マジ?」
    「ちが……いやこの場合は違わないかな」
    「は? ドMなの? オッケー殺すわ」
    「まてまてまて違う! やっぱり違う!」
    「ごめんな気付いてやれなくて……やっぱ話し合いって大事だな」
    「あー違う! やめろ殺すな! 話を聞け! あっジョン! 見ていないで助けてくれ!」
    「ヌヌヌウヌヌ」
    「なんて⁉」
    「愛してるぜドラ公‼」
    「アー‼」



    END!
    みりん Link Message Mute
    2023/04/22 20:05:42

    散る散るCHILLOUT!

    花見失敗するロナドラ

    表紙はらこぺ様からお借りしました
    https://www.pixiv.net/artworks/89216451
    #ロナドラ

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