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    バイクに貴女が乗るのなら椎の実で昼食をとりおえた菅波が診療所に戻ろうと、掃き出し窓から中庭に出ると、何やらにぎやかな声が裏庭の方から聞こえてきた。時間と気持ちに余裕があるタイミングだったことと、白露の頃にさしかかり秋の空気が気持ちよかったこともあって、ふと裏庭に足が向かった。

    果たして、その裏庭では、森林組合の川久保に佐々木、木村とサヤカがいて、その視線の先にはいわゆる原付にノーヘルで乗る百音の姿があった。おっかなびっくりという様子で裏庭兼職員用駐車場で原付を走らせている。

    「あら、先生。こんにちは」
    菅波の姿を見とめて挨拶をしてきたサヤカに一礼して、菅波はその隣に並ぶ。
    「あの、何してるんですか?」
    「川久保さんとこのお孫さんが高校卒業して乗らなくなった原付があるからって持ってきてね、モネが乗ってみたいっていうから」
    「そうですか…」

    この夏に普通自動車運転免許を取得しているので、原動機付自転車も資格としては運転できるわけだが、と百音の運転の様子を見ていれば、初めて原付に乗ると見えて、おっかなびっくりといった様子である。裏庭をぐるっと一周して森林組合の面々のところに戻ってきた百音が、あ、先生、とサヤカの隣の姿を見て声をかける。

    「先生、原付とかバイクとか乗ったことありますか?」
    「ありませんねぇ。自動二輪の免許は持っていませんし」
    「これ川久保さんのお孫さんのだったんですって!先生も乗ってみませんか?」
    「いえ、僕は結構です」

    百音はたのしげに原付から降りて菅波にも試乗をすすめるが、さっそく菅波に話しかける百音の様子をほほえましく見守る面々をよそに、菅波はすげなく断る。

    「おもしろかったですよ。川久保さんが私の通勤に使うか、って言ってくださってて」
    「おもしろいのはよいですし、ここは私有地での試乗ですからノーヘルなのも、まぁよいですが、実際に公道で乗るつもりなのだとしたら、ヘルメットは必須ですし、服装も気を付けないといけませんよ。それに、原付の交通法規はきちんと頭に入っていますか?」
    「コーツーホーキ…」

    淡々と事実を指摘し質問を投げかける菅波に、百音はふむ?と首をかしげている様子に、サヤカや木村たちは笑いをかみ殺していた。

    その日の晩の勉強会で、椎の実に来た菅波に百音が口火を切った。
    「先生、お昼に原付の交通法規の話してたじゃないですか」
    「はい、しましたね」
    「私、確認しましたよ!」

    なにやら鼻息荒い様子に、菅波の口許が緩む。
    「そうですか。気を付けないといけないことは分かりましたか?」
    「はい!法定速度は時速30km、『第一通行帯通行義務』、二段階右折です!」
    「なるほど。その『第一通行帯通行義務』というのは具体的に言うと?」
    「えーっと、片側二車線以上の道路は一番左側の車線の左側を通らないといけない、です!」
    「正解です。で、乗るんですか、原付」

    そのやりとりに、百音がうーんと首をかしげてみせる。
    「どうしようかなぁと思ってるんです」
    昼間見たときは乗り気なようだったのにな、と思いつつ、菅波が口を開く。
    「そうですねぇ。サヤカさんのお宅からここまでは、トラック通りが多い道もありますしね。もし乗るなら、ヘルメットはもちろん、夏でも長袖長ズボンにグローブで、できれば派手な色合いの物を身に着けてほしいですね。生身で運転するバイクや原付での交通事故は本当に厳しいので…」
    「そうですよねぇ。もうすぐ冬ですし、そしたら雪道を原付とはいえバイク乗るの怖いかなぁとか思っちゃって」

    うんうん、と頷く百音に、「それなら」と菅波が言葉を続ける。
    「無理に乗らなくてもいいんじゃないですか。今も自転車で通勤していて不便はないわけですし」
    「そうですねぇ。え、そのバイクとか原付での交通事故が厳しいって、先生見たことあるんですか」
    「ありますよ。いろいろありますけど、あれみると、まぁ、自動二輪に積極的に乗ろうとは思えませんね。痛い話ですけど、聞きたいです?」
    本当に顔をしかめて見せる菅波の言葉に、「いい、いいです」と百音は真剣に顔の前で手を振る。

    内心、百音が原付に乗らないという選択をしたことに胸をなでおろしつつ、菅波は「ほんとに聞かなくていいですか?」と少し意地悪に質問をかさね、それに百音はさらに首を横に振って見せる。
    「じゃあ、今日のとこ、やりますか」
    と菅波が話の流れを切り替えれば、はい、と百音は素直にテキストを開いた。

    翌々週、登米夢想に出勤した菅波がまた裏庭で見たのは、オート三輪に乗ってみている百音の姿だった。菅波が我が目を疑っていると、目の前にそれを停めた百音が「川久保さんちの倉庫にあったそうです!」と元気よく言う。いやもう、川久保さんが持ってきた乗り物にほいほい乗るのやめましょうよ、と頽れつつも、先生、これは乗ってみます?という百音の誘いには、少し心が動く菅波であった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2022/08/19 23:16:53

    バイクに貴女が乗るのなら

    #sgmn

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