百音の無鉄砲と菅波の几帳面百音が休みを取って登米の菅波の家を訪った昼下がり。菅波が迎えに行った新幹線の駅から家までの間の道の駅で買った弁当をふたりでつかって、さて午後は何をしましょうかという時に、リビングの隅に置いた持参の荷物から、百音が何やら箱を取り出した。

「この間、中継を岐阜からやった日があったんですけど」
「ありましたね。新緑の山を背景にした永浦さんを見て、ここにいた頃のあなたを思い出しました」
「見なくていいって言ってるのに…。えっと、それで、岐阜のお土産にこれ買ってきたんです！一緒にやったら楽しそうと思って」

にこにこと百音が差し出した箱を見れば、箱の上には小さな点のようなものが無数に円形に並んだ写真があり、側面には［Super-Kamiokande 500］という記載がある。

「えーっと、カミオカンデのジグソーパズル？」
「です！」

噂には聞いた事あるが、これがか…とおののきつつ、百音がわくわくとしていて、一緒にやりたいと言われてNOという選択肢は菅波にはない。まぁ、じゃあやってみましょうか、と大して広くないダイニングテーブルの上で向かい合って箱を開けてみる。

開けた瞬間、菅波がうっと呻き、百音が、わぁと歓声を上げる。
箱の中は同じような色味のピースで埋め尽くされていた。電球にも見える小さな点は、すべてスーパーカミオカンデ内の光電子倍増管である。思わず、菅波が箱を取り上げて完成のサイズを確認する。

「パズルが完成したら53センチかける38センチの大きさになるようです。このテーブルの上でつくりはじめて、夕食までに作り終えられなかったら、にっちもさっちもいかなくなります。少なくとも何か移動させられるような板の上ではじめないと…」
「じゃあ、こないだ森林組合で買った寄木のトレーの上はどうですか？」
「あぁ、いい考えです。そうしましょう」

勝手を覚えた台所からトレーを持ってきた百音が、箱の中のピースを検分している菅波の元に戻る。よいしょと二人でトレーを置いて、では、と取り掛かる。

「まずは、はしっこをみつけてく？」
「ですね。角とはしっこをとりあえず発掘しきりましょう」
二人で黙々と箱の中から端にあたる直線を含んだピースを取り出してはトレーの上にだしていく。それなりの直線ピースがトレーに溜まったところで、百音がそれをつなげはじめ、それの傍らで菅波は引き続き直線ピースを探し続けた。

さらにしばらくして、もう直線ピースはないと思う、と菅波が言い、じゃあ、一緒に外枠作りましょう、と箱の写真とくびっぴきで、じりじりとピースをつなげていく。百音が上辺を作っていき、菅波が下辺をすすめる。

「先生、このピースそっちにありません？」
と百音が写真の一部を指さすが、どのピースも未だ同じに見えるので、菅波は問われても明確な返事ができない。
「うーん、これは直線の位置的にそちらっぽいけど、でもその隣のピースではないと思う‥」
あれかこれかと言いながら、じわじわと続けて、2時間ほどかかって、パズルの外周がすべてつながった。

つながる最後のピースをはめたのは百音で、はめこむ時には「つっながったー！」ｔoお
嬉しそうに歓声を上げる。「あぁ、つながりましたねぇ」と菅波も感慨深くいいつつ、箱の
中にたんまりと残っているピースが、否が応でも目に入る。

「しかし、永浦さん、このジグソーパズルとしては、まだ始まったばかりですよ」
「ですねぇ。一回休憩しません？私、コーヒー淹れてきます！椎の実ブレンドありますよね？」

ひょいと席をたっていった百音がヤカンを火にかける音を背中に聞きながら、菅波は箱の中のピースと写真を見比べて、パーツ分類の戦略を考える。いくつか分類しないとな、と自分のデスクからミスプリントの紙を数枚取り上げ、以前百音に教わった紙の箱を複数つくった。光電子倍増管が比較的大きい手前側、設備点検中のゴムボート、一番暗い部分、など目星がつくパーツをひょいひょいと取り分けていく。無心に取り分けていると、コトリと目の前に芳香をたたえたマグが置かれた。

ありがとうございます、と菅波が礼を言い、二人でコーヒーを飲みながらパズルを眺める。
「先生、これ、分類用？」
「そう。せめて分けられそうなものは、と思って」
「この人、ここで何してんでしょね」
「箱には点検中だって書いてるね。ここの所長さんみたいですよ」
「ふーん」

しばし沈黙の中コーヒーを飲みつつ、百音がぽつりと言う。
「これ、どれぐらいかかりますかね」
「さぁ…。まぁ、やってればいつかは終わるけど…」
「ですけどね…」

コーヒーを飲み干した菅波が、またピースの選り分けに取り掛かると、百音が自分のマグと共に菅波のマグを持って台所に行き、マグを洗って食器かごに伏せて戻る。菅波が選り分けたピースの、ゴムボートの分を手にとって、「これ、くみたてはじめてもいいです？」と聞き、菅波が「お願いします」という。ぽちぽちと百音がゴムボートを組み立てつつ、菅波がいくつかの端っこのピースをはめてみて、選り分け方に大きな方向違いがなさそうなことを確認する。

そうして、また小一時間がすぎて、ふと菅波が顔をあげると、ゴムボート部分をくみ上げた百音が、その組みあがったパーツをまるで枠の中を泳がせるようにぷかぷかと右に左にと動かしている。

「…もしかしなくても、永浦さん、飽きましたね？」
菅波が図星をつくと、百音がうっと言葉に詰まる。目を泳がせて見せるその様子に、菅波は今日はここまでにしましょう、と笑い、手を伸ばしてテーブルごしに百音の頭をくしゃりと撫でた。えへへ、と撫でられた頭を両手で触る百音に、菅波の目じりはゆるみっぱなしである。

結局、百音の2泊3日の滞在中、じわりとだけ進捗したジグソーパズルは、登米の菅波の家に、完成には程遠い様子で残された。次来た時も一緒にやりましょうね、と百音は言いおいて東京に戻っていったが、部屋の片隅に置かれっぱなしのジグソーパズルが、菅波には気になって仕方がない。大学病院勤務の頃に比べればそれなりの規則正しさで過ごせる登米専従生活で、日々の合間、5分や10分、ふと立ち寄ってはぽつぽつとパーツをはめていく。

だんだんとパーツにも目が慣れて、光電子倍増管のわずかな大きさの違いも見分けるようになってきたし、写真のピントの合い度合いで、パズル上での大まかな位置関係も目星がつくようになる。ある日、ジグソーパズルというのは、縦列の裁断をいれて、それに横列の裁断を交差させているのか、とパーツのつながりから製造方法の見当がついて、あぁ、なるほど、と小さな独り言がでた。

百音がパズルを持ってきたのは初夏の頃。盛夏から初秋にかけては気象予報士の百音が東京を離れづらい時間が続き、菅波が東京に出ることが多く、次に百音が来登したのは一枚羽織ものをリュックに忍ばせる頃合いだった。登米夢想での大歓迎を受けた後、やっとたどりついた菅波の家で百音が見たのは、ほぼ完成したジグソーパズルである。

「わぁ！先生、ほとんど完成してる！」
「百音さんがすぐ飽きちゃっておいていったあと、じわじわ進めました」
「うぅう。その節はご迷惑を…」
手を合わせて頭を下げてみせる百音に、菅波は笑ってぽんぽんと肩を叩く。

「あとちょっとなんで、後で一緒に完成させてください」
「…もしかして、私がくるまでおいといてくれました？」
「さぁ、どうでしょう」

改めて近況を話し合う、椎の実からのおもたせたっぷりの夕食後、寄木のトレーをダイニングテーブルに乗せて、ジグソーパズルの残りを二人でぱちりぱちりとはめる。

夏越しに完成したジグソーパズルがみせるスーパーカミオカンデの図柄に、百音は、やっぱり目がちかちかしますねぇ、と呑気な感想を漏らし、菅波はもうすっかり見おぼえてしまいました…と遠い眼をする。やっぱり先生すごいです！ときらきらと自分をみあげてくる百音に菅波もまんざらではなく、作ってて気づいたんですけどね、と、パズルを指さしながら、製造方法の推論を話したりするのだった。