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    山にいる海の子のちいさなお話勤務先の一つである『よねま診療所』に出勤した菅波が見たのは、施設併設の『カフェ椎の実』でエプロン・三角巾の面々があれこれと何か仕込みをしている様子だった。まぁ、なにかあるんだろうと準備室のドアを鍵を開けた菅波が振り返ると、エプロン・三角巾の面々の中に百音の姿も見えた。

    森林組合職員ながら、ちょくちょくカフェを手伝っている百音のこと、そんな日もあるかと思いつつ、そういえば伝えておきたいことがあった、と持っていた荷物を準備室に放り込んでカフェに足を向ける。開いていた掃き出し窓から一歩カフェに入った菅波は我が目を疑った。

    カフェの真ん中のテーブルに、大きな鮭が5匹横たわっている。その横には腕まくりをして出刃包丁を握っている百音。里乃がその横で数々のボウルやバットをスタンバイさせている。

    「あ、先生!おはようございます!」
    包丁を持った百音が、入ってきた菅波を見て元気よく挨拶をする。
    「お、おはようございます。…これは…何を?」
    「サヤカさんのお知り合いから、はしりの鮭が届いたんです。それで、今日のメニューは『はらこ飯』にしようかって。私、鮭を捌くの得意なので、お手伝いです」
    「え、永浦さん、鮭捌けるんですか」
    「鮭でもカツオでもどんとこいですよ」

    見ててください!と鼻息も荒く、1匹目に取り掛かると、確かに自分で言う通り、とても手際がよい。
    肛門に包丁を入れ、腹を切り開いて筋子をバットに取り出し、エラと胃袋も切り離す。腹の中から中骨に添って包丁で切れ目を入れてメフンと呼ばれる腎臓をスプーンで掻き出せば、キッチンペーパーで中を清めて。頭をダン!と切り落とせば、中骨の上に包丁を入れる。大きな魚があっという間に三枚おろしの身になった。

    里乃も他の面々も、その手際の良さにどよめく。
    「モネちゃん、さすが海の子だねぇ」
    「だねぇ。こんなにさくさくさばいちゃうんだもん」
    「ねぇ、先生もすごいと思うよねぇ」

    百音の手際に言葉なくそれに見入っていた菅波が、話しかけられて我に返る。
    「え、ええ。びっくりしました」

    普段見ることがない菅波のあっけにとられた様子に、百音は得意顔である。
    「魚と牡蠣は任せてください。あ、先生は牡蠣食べられないですけども」
    付け加えられた一言に、菅波が頭をかく。

    「んで、先生、どしたんです?」
    百音が2匹目を手に取りながら菅波を見上げる。
    「ああ、そうでした。今日、夕方から石巻の病院に行くことになりまして」
    「分かりました!自習しておきます。地衡風の計算の演習で合ってますよね」
    「合ってます。では」

    必要な連絡事項を告げた菅波がその場を離れようとすると、2匹目の腹から引きずりだした筋子を両手に載せた百音が笑顔で言う。
    「今日の『はらこ飯』楽しみにしててくださいね!」
    「分かりました」
    にこにこの百音に、菅波がぺこりと頭を下げて中庭から準備室に戻る。

    準備室で白衣を羽織って支度をしながら、菅波は先ほど見た鮭の解体作業を思い返す。
    自身も外科医として日々、血や臓器は見慣れているわけだが、脊椎動物丸ごとの解体となるとまた一味違ったスプラッタ味があったな、と百音の豪快な刃物捌きと卵黄膜に包まれた取り出したての筋子の迫力が脳裡に刻み込まれている。内臓を臆さずに取り出して血を拭う様子も堂に入ったものだった。

    そうか、永浦さんは根っからの海で育った人なんだな、と、この時菅波は初めてそのことを知ったような気になったのであった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2022/10/08 22:19:21

    山にいる海の子のちいさなお話

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