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    煮干しとバレンタインの話晩ご飯の準備を大体終わらせて、ダイニングテーブルで手仕事をしてたら、玄関に先生の気配。おかえりなさい、って飛んでいきたくて、作業の手を軽くはたいただけで玄関に行くと、いつも通りちょっとヘロヘロだけど、私の顔を見てほっとしてる光太朗さんがいる。おかえりなさい、ってハグしたら、ただいま、ってハグを返してくれる。やっぱりいつも通り、ちょっと充電、みたいに私によりかかって。だけど、今日は私をハグしたところでくすん、と鼻をならした。

    「この匂いは…?」
    「あ、多分、にぼし…」
    「煮干し?」

    怪訝な顔の先生に、ちょいちょいってリビングに手招きしたら目を丸くして。うん、びっくりするよね。山盛りのカタクチイワシの煮干し。とっても大きくて、1匹10センチぐらいはある。焼津で津々浦々事業をやってる同僚が送ってきてくれたの、って話に、すごいね、って感心顔。先生が、手洗いうがいで部屋着に着替える間も、せっせとさっきやってた手仕事 ー頭と内臓をあらかじめ取っておいて、雑味のない煮干しだしをとるためのしたごしらえー をする。やってると段々無心になるから、こういう作業は結構好き。

    着替え終わった先生が、私の向かい側に座って煮干しを手に取る。私がやってる作業を見て、頭と内臓をとればいいんだね、って一緒にやろうとしてくれる。あ、っていうか、ご飯…って私が立ち上がろうとしたら、一回片付けるのも面倒だし、これ終わらせちゃおう、って優しい。お昼遅かったし、っていうけど、センセ、それ、いつもそうですよね?なんて。

    しばらく無言で二人黙々と煮干しの頭と内臓を毟る。ふと煮干しの山に伸ばした手が先生の手とぶつかって、そしたら笑って私におっきい方の煮干しを渡してきて。なんだかくすぐったい。そしてまた無心に作業に没頭してしまう。先生が一回台所に行って、戻ってきたのが視界の端に見えたけど、気にしないで毟ってむしって。だいぶ山が小さくなって、さてあと少し、って顔をあげたら。

    先生の前には私の半分ぐらいの大きさのむしった煮干しがあって、その手前で、先生は1匹のとびきり大きな煮干しを背開きにして。唇が少しあいた、いつもの熱中してる時の顔で、つまようじを使って内臓をちまちま取り出して、並べてる。

    「…せんせ?」
    ってそっと声を掛けたら、はっと気づいた顔で。
    「あの、なにしてるん…です?」
    至極全うだと思う私のその質問に、はにかみつつ嬉しそうに内臓の一つをそっとつまんで出しだす。
    私のてのひらにのせられたこれは…何…?

    何?って私の顔に気づいて、ふにゃりと笑って言う。
    「エラと食道と胃です。すごくきれいにつながって取れた」
    …へぇ…。
    というか、煮干しの内臓が識別できるかも、なんて私ちっとも考えてなかったんですけど。
    ほんと先生は面白いなぁ。

    あ、でもほんとだ、いわれればエラと食道と胃って感じだし、魚だからまっすぐにつながってるんだなって分かる形で残ってるんだ。
    へぇえ。

    しげしげ見てたら、先生がなんだか嬉しそうに、他のも手にのせてくれる。
    「これが多分心臓で、これが腎臓」
    うーん、全然かたちわかんないな…。

    はい、って先生に全部かえしたら、3匹目でやっときれいにとれました、って満足気。
    え、3匹分やったの?
    ってまぁ、先生が楽しかったなら全然いいんだけど。

    「あと、とっておきがこれ!」
    ものすごくうれしそーに、テーブルの上の1ミリぐらいの白い米粒みたいなのを指さしてる。乗り出して見てみても、なんのことだかさっぱり。
    「それは?」
    「耳の石って書いて、耳石、です。成長と共に大きくなるので、これをスライスすると魚の年齢を知ることができるんですよ。これはきれいに取れた、うん」
    いやもう、ほんとに満足気だから、なんだかこっちまで楽しくなっちゃう。

    テーブルを回って、椅子に座ってる先生のお膝に座ってみたら、後ろから左腕が腰に回されて、先生が私の右肩に顎をのせて。耳石、をそっと取り上げて私の掌に置く。
    「ほら、端っこが薄くて、よく見たら筋のようなものが見えるでしょ」
    「確かに…」
    「イワシだったらあるんじゃないかなと思って」

    うむ見当通りだった、と納得してるのを見ると疑問が湧いてくる。
    「サメにはないの?」
    「軟骨魚類にはないんですよ。サメにもエイにも」
    「どうして?」
    「耳石がいらない進化ルートをとったから、ですかね。側線系っていう別の感覚器官で平衡を保つんですよ」
    「じゃあサメは年齢が分からないの?」
    「脊椎骨が同様に輪紋を形成するのでそれで分かる」
    「せきつい…せぼね?」
    「そう、背骨」

    って先生が私の背骨をつつーってなぞるからなんだかくすぐったい。
    もー!って体をよじったら、ごめんごめん、って笑ってる。
    しょーがないなぁ。

    さて、そろそろご飯にしましょ、って先生のお膝から立ち上がったら、ちょっと名残惜しそうに、でも、うんって頷いて。
    ご飯作ってくるまでに、残りの煮干し仕事お願いします!って言ったら、分かりました、ってまるで、さっきまで解剖遊びなんてしてませんでしたよってすまし顔で言ってくる。

    ちなみに、今日はデザートがあります、って言ったら、何だろってにこにこしてる。
    明日は何月何日ですか?って聞いたら、2月14日。って。
    何の日ですか?って聞いたら、明日から出張の日。って。

    相変わらず、季節行事を気にしない人だなぁってなんだかおもしろくなっちゃって、そうですね、って返事しながら台所に行く。
    明日から出張でいないから、って一日前倒しで焼いたチョコレートケーキをみたら気づくかな?
    ホホジロザメのお砂糖ステンシルしてみたけど、煮干しシルエットでもよかったのかも?なんて。

    煮干しでとった出汁で準備してたラーメンを仕上げながらふとリビングを見ると、ものすごーく真面目に煮干し仕事をしてる先生が見える。さっきの、子供みたいに解剖してる先生も、真面目に煮干し仕事してる先生も、どっちもいいな、って思ったら、向こうのサメ棚でサメ太朗がしょーがないなぁ!って顔してるみたいで目が合っちゃった。ね、先生、かわいいね。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/02/15 20:51:19

    煮干しとバレンタインの話

    #sgmn

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