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    8号車 D6とE6のふたり百音が登米にいる菅波の元を訪れて東京に帰るという日。いつもは、家の中にどうしても拭いきれない寂しさが漂うものだが、今回は普段と異なる柔らかい空気に満ちている。というのも、菅波が大学病院に数日顔を出さねばならないことになり、百音の帰京と時間を合わせて同じ新幹線に乗る予定なのである。

    菅波が新幹線で東京に出てくることはあっても、その時はもちろん百音は東京にいるわけで、一緒に新幹線で移動するというのはなかなか機会はない。来し方を振り返ると、実は初めてのことだと気づいた時にはふたりして顔を合わせて、楽しげに笑みを交わしたのだった。

    百音が荷物をまとめる横で、菅波も自分の支度を進めている。移動用のボストンバッグやキャリーケースを広げて、そこに衣類を入れて、洗面道具のポーチを入れて。往路か復路かの違いはあれど、それぞれ同種の作業をしているということが楽しい。荷物をマメに巾着などに入れ分けて荷物を作っていく菅波を、普段、東京の菅波の宿泊先で見る荷物はこうして作られているのか、と百音が興味深く観察する。百音の視線に気づいた菅波が顔を上げてどうしました?と首を傾げ、巾着にどれもサメがついてるなー、って思いました、と百音が笑う。菅波はその指摘にこめかみをかきながら、見つけたら買ってはつけてるんです、と照れ笑いである。

    百音がまだ使っていない巾着を手に取れば、サメのアップリケの周囲が丁寧に縫いつけられている。
    「これ、自分で縫い付けたんですか?」
    「そうですよ」
    「すごく縫い目も揃ってて綺麗ですね」
    「うーん、まぁ、職業柄?」
    すごいなぁ、と百音がためつすがめつしながら、それにしても、と嘆息する。

    「先生、東京にいた時とかすっごく忙しかったのに、よくこれやる時間ありましたね」
    心配半分、好奇心半分で見上げてくる百音に菅波が苦笑する。
    「考え事したいときにちょうどいいんですよね。黙々と手を動かすことで思考がまとまることもあるから」

    そうなんだ、と納得顔の百音の手から、サメ巾着をそっと取り上げた菅波は、最後の衣類をそれに入れて、パッキングを完了させた。すでに完了させていた百音のボストンバッグの隣にそれを置いて、二人の支度が整う。二つの荷物が並んだ様子が、これからもうしばらく一緒にいられる、ということを象徴するようで。

    くりこま高原駅の近くに、サヤカの知人が経営する工務店がある。菅波が数日東京に出る時など必要があれば、敷地内に車を置いていっていい、と言ってくれていて、ありがたく使わせてもらっている。そこに車を停めた菅波が事務所に顔を出して挨拶をする間に、百音が二人の荷物を後部座席から下ろす。普段は駅前の一時駐車スペースに車を停めるので、駅まで徒歩5分の距離を並んで歩くだけで、いつもの別れの場所がそうでないという実感が増す。菅波のキャリーケースに百音のボストンバッグを乗せて曳けば、手もつなげて。

    改札を二人で通って、エスカレータにも二人で乗る。いつもは別れの場所になる改札を二人で通ってホームに向かうだけでも、ふとそれぞれの口元が緩む。
    「先生、うれしそう」
    そう言って菅波の頬を指先でつつく百音に、菅波が目を細める。
    「百音さんも」
    と言われれば、百音もふわりと笑った。

    定刻の便に乗り込めば、車両の座席の埋まり具合は三割といったところ。前後や隣に乗客の姿はなく、それもリラックスの気分になる。菅波がキャリーケースとボストンバッグを棚の上に載せている間に百音が窓側に座り、長身の菅波が難なくふたつの荷物を棚に載せる様子をにこにこと座席から見上げた。荷物を載せ終わって目が合った菅波が照れたように笑うと、百音はぽんぽんと自分の隣の座面を叩いて誘う。

    菅波がその百音の手を取って、そのまま座席に座るとそのタイミングで新幹線が発車した。ふわりと体にかかる加速度を感じながら、二人で座席に収まると、ゆるく繋いだ手で交わす熱が心地よい。ふぅっと菅波が息をついて、百音がお疲れ様です、と首を垂れた。

    「先生と一緒に新幹線に乗ってるの不思議な感じ」
    百音が小首をかしげて菅波を見上げると、菅波も顔を見合わせて笑った。
    「ね。いつもは一人で乗っているから。不思議な感じがします」
    やっと人心地つきますね、と深々と座席にもたれ込む菅波に、上半身を菅波の方に乗り出し気味に百音が顔を寄せた。

    「先生は普段、新幹線で何をしてるんです?」
    「え?一人の時?やっぱり論文を読んでることが多いですかね。あぁ、最近は手に入ったタイミングでは市や町の広報誌を読むこともありますね」
    「コーホーシ?」
    「市とか町のいろんなお知らせや人の紹介が載っているので、勉強になるし、訪問先でのちょっとした話題にもなるんですよ」

    あぁ!と納得顔になった百音が、なるほど…とふむふむ頷いているのが菅波にはたまらなくかわいらしい。
    「百音さんは?普段何してるんです?」
    「そうですねぇ。本を読んでるか、スマホで中継のネタ探し、かなぁ。あとは、窓の外を見て、気になったものがあればスマホのマップで調べたり」
    「面白そうです」

    でも、新幹線が早いから、探そうとしている間にわかんなくなっちゃうことも多いんですよねぇ、と百音がしょんぼりしてみせるのに、菅波がありますねぇ、と笑いながら同意する。

    「先生も?」
    「うん。ふと窓の外を見たときに、あれなんだろうって思うことがあって、スマホを取り出すんだけど間に合わなくて。次に乗った時に確認するぞ、って思いつつ、『次』にはすっかり忘れていて」
    「やっぱりあるんですね」

    メモしておくほどのことでもないし、そうなっちゃいますね、という菅波に、やはりうんうん、と頷く百音である。
    「どこかなぁ、福島のあたりで、山頂にだけ桜がたくさん咲いている山があるんです。その季節の行き帰りには、すごいな、って目に留まるんですけど」
    「やっぱりどこか分からない」
    百音がくすくす笑い、菅波も一緒に笑って首を振る。

    「今日見つけられますかね」
    「桜の季節じゃなかったらただの山にしか見えないでしょうしねぇ」
    「そっかぁ」

    百音が取り出したスマホをついっと操作して、マップを菅波に見せる。菅波が顔を寄せてそれを覗き込むと、顔の近さにわずかに頬を染めつつ、百音が仙台のあたりを拡大して仙台駅の南側にある公園とおぼしきエリアを指さす。

    「ここに電波塔があって、それを見るとあぁ、仙台だなぁ、って思うんです」
    「あぁ、ありますね。夜だとライトアップしてる」
    「あれって、翌日の天気によって色が変わるんですよ。オレンジだと『晴れ』で、白だと『曇り』。『雨か雪』は緑」
    「そうだったんですね。何色かあるな、とは思ってましたが」

    感心しながら、菅波が地図上で新幹線の線路を挟んだ反対側の地点を指すので、百音がそこを見ると『旅立ち稲荷』の文字が。政宗公の?と百音が聞くと、菅波が頷く。その神社の向かいにある市立病院に仕事で行った際に同僚に伊達政宗ゆかりの神社だと教わって、それ以来何となく仙台付近だとそこを見てしまうという。それぞれに見てるところがあるものですね、と百音がふむ、という顔になるのが菅波にはまた楽しい。

    「こうやって一緒に新幹線にでも乗らないと、こんな話をわざわざしないですしね」
    菅波が楽しそうに言うので、百音も楽しそうに頷く。
    「ほら、東京に新幹線が近づくと、池袋の高層ビルが見えるじゃないですか」
    「サンシャイン60?」
    「そう。あれ見ると、あぁ先生と水族館デートしたなぁって思い出して、なんだか東京に帰ってきたな、って感じるんですよね」

    屈託なく、先生がシノノメサカタザメでエイとサメの違いを分かりやすく教えてくれたのをよく覚えてます、と言う百音に、自分との想い出が『百音にとっての東京』と不可分に結びついていると知った菅波の口許がゆるむ。自分が登米で百音を思い出すように、百音が普段は離れて暮らす菅波をふと思い出していることがなによりうれしい。

    「んで、今どこですかね、私たち」
    百音がきょろりと窓の外を見るが、田園風景が広がっていて皆目見当もつかない。
    「それこそスマホを見てみたら?」
    地図で現在位置を確認しようとすると、拡大度が高すぎて線路と畑しか見えず、あぁ、やっぱり分からない、と笑いあう。安穏とした時間を過ごす二人を、新幹線が思い出の地から思い出の地へと運んでいくのだった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/03/12 10:37:33

    8号車 D6とE6のふたり

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