ジンベエザメのお墓参りスガナミが三日間のお休みで気仙沼のおうちに帰ってきてる真ん中の日。いつもより寝坊な二人が起きてきて、のんびり朝ごはん食べて、そんで今日は何しようか、なんてお話してる。スガナミもすっかりこのおうちに慣れたよね~。最初はモネちゃんのひとり暮らし(っていつもスガナミは言うけど、ひとりといっぴき暮らしだっての!フカー!)にしぶしぶだったけど。
「そうそう、ずっと気になっていたのだけど、亀島にジンベエザメの墓があるって、知ってる?」
おもむろにスガナミが言いだして、モネちゃんがこてんって首をかしげてる。
えー、ジンベエザメのお墓?なにそれー!
「いえ、知らない…です。ジンベエザメのお墓なんてあるんですか?」
「どうもあるらしいんですよ」
ジモティのモネちゃんが知らないことを、よくスガナミが知ってるよね。まぁ、僕もスガナミは名誉サメ認定されてもいいとは思ってるけど。
「日本全国にサメに関する供養碑は7カ所あるんですが、その中でも個体のサメを祀ったものは3カ所しかなく、そのうちの一つが気仙沼にあるようなんです」
「そうなんですか?」 そーなんだ?!
モネちゃんと僕の心の声がシンクロしちゃったよ。そんなレアなものが気仙沼に…。ってモネちゃんも全く同じ顔してるー!ねー!
「アンバ様のそばに祀られている、と言う記述があったので安波山周辺を調べてみたのですが、どうもなさそうで。そうしたら、亀島の南に安波が丘という場所がある、と」
「あぁ、ありますね。昔、灯台があったあたりです」
頷くモネちゃんに、スガナミが上目遣いで見上げる。
「探しに…行ってみませんか?」
普段、遠距離婚でなかなか会えないモネちゃんとのお休みの日に、そこにあるかないかわかんないジンベエザメのお墓を探しに行きませんかとか言い出すスガナミ、マジスガナミ。そんで、なんだかんだ楽しそうな顔になってるモネちゃんも、マジモネちゃん。
「面白そうです!先生が亀島に行っても、普段は実家のある島のきたっかわばっかりですもんね。南の端っこまでドライブがてら、行きましょ!」
さっそく支度しなきゃ、とモネちゃんが立ち上がって、スガナミも嬉しそう。
ジンベエザメのお墓かぁ。どんなとこなんだろねー。見つかるといいナー。って思ってたら、支度を終えたモネちゃんが、僕のことを見た。えっ、連れてってくれる?連れてってくれる?! もう心の胸ビレがぱったぱた!
「サメのお墓のことだから、サメ太朗も一緒に行こうね」
ってモネちゃんやっさしー!わーい。僕もいっしょうけんめい探すよ!山道かもだから、こっちにしよっか、って柔らかい手ざわりのエコバッグに入れてくれて、僕も準備万端!スガナミが僕の入った袋を下げて、しゅっぱつ!わーい!
アンバガオカ?までの大体の道はモネちゃんが分かってるから、って今日はモネちゃんが運転手さん。スガナミと僕が助手席で、ぶいーんってホンドのおうちから、亀島に向かう。いいお天気でよかったねーって思ってたら、橋を渡りながらモネちゃんもおんなじこと言う。僕たち気が合うね!スガナミが窓を軽く開けたら気持ちいい風が入ってきた。オジーチャンの牡蠣棚も遠くに見えるのを、スガナミが眺めてる。ねー、いい橋だよね。
島に入って、いつもは左に曲がる道をモネちゃんが直進する。わー、なんかそれだけで知らない場所になるー!スガナミもおんなじ気持ちみたいで、あたりを見渡してる。海沿いの道を走ってたら、いつも行くのじゃない砂浜も見えてきた。あっちの浜は海水浴場なんですよ、なんてモネちゃんがスガナミに説明してる。あのねー、スガナミは海水浴とか多分行かないタイプ。それか、行っても日陰で砂掘ってるタイプ。知らんけど。
しばらく走ってたら、ちょこっと森の中って感じの道になってきた。緑がいっぱいなのも気持ちいいね!
モネちゃんが、多分ここを入っていくはず…って呟きながら、大きい道から山に向かう道に向かってく。この思い切りのいい感じ、モネちゃんって感じだよねーって思ってたら、スガナミも全く同じこと思ってる顔してる。そんでデレデレ。もー、ばくはつしろ!
いきなり、山!って感じの道になって、ほんとにダイジョブ?って思うけど、モネちゃんはスピードを落としつつ止まんない。まぁ、モネちゃんにとっては地元オブ地元だしねー。それでもジンベエザメのお墓は知らなかったらしいけど。
「もうそろそろだと思うんだけど…」
ってきょろきょろしながらモネちゃんが運転してると、みぎっかわに『安波が丘自然公園』って手作り感あふれる看板をスガナミが見つけた。森の入り口みたいなとこにぽつんってあって、そこからは細い土の道で草もいっぱい。車を停めた二人は、フーム、って窓からその道を見上げてる。
「まずはここに行ってみるべきですよね」
「多分…。だけど、どこに車停めておきましょうか。ここに路駐するわけにいかないし」
「車であがってみません?ほら、轍ついてるし、行けるんだと思いますよ」
…今ねぇ、僕とスガナミのえぇえ~って顔、多分シンクロしてたと思う!
うん、確かに車の通ったっぽい跡はあるけど、先がどうなってるか分かんないんじゃん?
こーゆーときのモネちゃんのクソ度胸はマジすごい。
まぁ、行ってみましょう!ってモネちゃんはスガナミが止める間もなく、車を発進させちゃう。あわわわ。スガナミはお膝の上の僕をぎゅって抱きしめちゃってるけど、まぁ僕もスガナミに抱きつきたい気分。あぁ、車揺れてる!枝がかすった!あわわわ。だだだ、だいじょぶかなってフカフカハラハラしてたら、急にひらけたとこに出た。モネちゃんちのマンションの駐車場ぐらいの広さのあるくさっぱらで、奥に『安波が丘自然公園駐車場』っていう手作り感満載の看板があった。
駐車場あんのかーい。わぁ、スガナミもほっとした顔してるー。
「よかったー、駐車場ありましたね!」
ってモネちゃんは何でもないみたいに言って、ぐるって車の向きを帰り道に向けて停めた。もー、このモネちゃんの肚の座り方よ。スガナミももう憧れのまなざしじゃん。分かる。すごいよね、モネちゃん。
車を降りたら、なんだか気持ちのいい場所だった。モネちゃんも気持ちよさそうに伸びをしてる。なんか石碑もあるし、色んなお花の木も植えてあって、うん、まぁ、自然公園って言われたらそうだね、って感じ。…だけど、ジンベエザメのお墓があるかって言うと…あるのカナ…。スガナミも心許なげに周りを見渡してる。
「じゃあ、探して見ましょっか!ってどんな形かもわかんないけど」
あたりをぐるっと見渡すモネちゃんに、その横に立ったスガナミがなんかスマホの画面見せてる。なになに、僕にも見せてよー!
「古い書籍に、その墓の写真だけあったんです。場所の詳細は書いてなかったけど」
ってスマホを見せながら、僕をだっこするから、僕にも見えたー。へー。本の写真の写真だー。めっちゃ準備してきてるし。探したかったんだなー。なんか、まるっこい石!てか、そもそもなんでジンベエザメのお墓作ったんだろね。
「飢饉のときに寄りついたジンベエザメを食べて飢えをしのぐことができたことを感謝して骨の一部を埋めたという話だから、それなりにお墓然としたたたずまいではあるみたい」
そうなんだ、って頷きながら、モネちゃんが桜とか山茶花が植わってるあたりにほてほてと歩き始めて、スガナミもそれに続く。短歌が彫ってあるおっきな石はあるけど、まるっこいお墓ないねぇ…。って僕もモネちゃんもスガナミもあたりをきょろきょろして。でもなんか、こうやって探すのおもしろいね!
ん?あれ?さっき二人が通り過ぎたけど、そのあしもと!!なんか、まるっこい石が立ってるの、あれそうじゃない?!ねぇねぇ!!全力で心の胸ビレと背ビレと尾ビレを振ってたら、ふとスガナミが足を止めた。気づいてー!!
振り返ったスガナミが、あ、って気づいた。
「百音さん、もしかしてこれかも」
ズボンのポッケからまたスマホを取り出して、ポッケのうらっかわが出てるのもお構いなしで写真を見比べてる。二人でスマホを覗き込んで、石を見て。
「「これだ!!」」
あー、あったあった!って二人が大はしゃぎ。ねー、見つかってよかったね!てか、最初に見つけたの僕だからね!エヘン!
お墓の前に二人と一匹でしゃがんだら、なんか字が書いてあるのが見えた。えーっと、ってスガナミが読んでる。
「明治二十九年三月二十四日 奉条恵部大神…。戒名みたいなものかな」
「奉、はたてまつる、で大神は祀る感じだから、条恵部が名前ですかね。読み方分かんないけど、ジンベエ感あります」
うんうん、ってモネちゃんも頷きながら、二人でお墓をじっと見てる。
「っていうか、三月二十四日って今日じゃないです?!」
「あ、ほんとだ。すごいめぐり合わせですね」
二人が顔を見合わせて、二人とも目がまん丸なのが面白い。
しばらくそうしてたら、あ、ってスガナミが気がついて、僕をしゃがんだお膝にのせてくれる。わー、昔のジンベエザメさんのお墓かぁ~。思わず、心の胸ビレを合わせちゃうよね。サメサメなむなむ。
モネちゃんとスガナミもそっと手を合わせてる。
ねー、命をつなぐために、このジンベエさんは体をくれたんだもんね。ありがとう、ってしたいよね!
しばらくそうしてた二人が、よいしょって立ち上がると、なんだかスガナミが晴れ晴れとした表情になってる。
「ずっと気になってたので、やっと来れて見つけてよかったです」
うん、ってなんだか満足気にお墓と周りを見渡してる。
「そんなに?」
モネちゃんは笑うけど、うん、スガナミには大事なことだったんだよ、きっと。
「個体を祀った残り二か所は、静岡と茨城で場所も明確だし行ったことあったんですが、気仙沼のここは一番古いし情報もなくて」
って、他は行ったんかーい。
「他はもう行ったんですね」
「それが、気仙沼の、しかも百音さんの島にあって、それを一緒に探せて。本当によかった」
スガナミがくしゃって笑う。
もー、ほらー、そんなスガナミがかわいいってモネちゃんがそんな顔してるー。フカー!
ちょっと周りもお散歩しましょっか、って二人が手を繋いで、ほてほて歩いて、おっきな短歌の石の前まで。スガナミがそれを読んでくれた。
「『眼つむればつねに海鳴りがきこえきて清き勇気をきよき勇気を』 あぁ、いい歌ですね」
「うん」
ね。こうやって、海が見える場所にジンベエザメのお墓があって、昔はトーダイがあって、タイヘイヨーがそこなんだもんね。亀島の海はすぐそこで、どうしたって海と生きる場所、なんだもんね。キヨキユーキ!僕も持たなくちゃ!サメのプライドってなもん!
二人は、そっと手を繋いだまま、風が髪や頬を撫でるのを楽しんでるみたい。
昔のジンベエザメさんが、僕たちをここに連れて来てくれたんだな、って思うと、歴史って感じ!
あ、そーだ。今度、スガナミのとこのサメ棚に行ったら、ジンベエくんにこのこと報告しなくっちゃ!
びっくりするだろーなー!
ふと後ろを振り返ったスガナミが、またあの道を車で下るんですね、ってトホホな顔してるけど、しっかりしろー!
そんなスガナミにくすくす笑うモネちゃんは、ほんとカッコイイ。
あ、モネちゃんが背伸びしてスガナミにちゅーした!あーもー!
今はお墓参りでしょ!フカカー!!