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    すってんころりんレスキュー百音の下宿先のシェアハウスの設備であり、菅波が十年来使い慣れた施設でもあるコインランドリーで、思いがけず二人が再会した夏。こんなに近くにいたのか、とお互い思いつつも、何か約束して会おうということにはならず、たまにコインランドリーで会えば話をする、そんな頃。

    まだまだ夏の暑さが緩まない昼下がり、百音と菅波は日陰を拾いながら並んで歩道を歩いていた。菅波は登米帰りの荷物を引いているが、普通に二人連れで歩いている様相。しかしよく見れば、菅波は荷物を引く左腕を右手でさすっていて、百音は心配そうにその様子を伺っている。

    「先生、本当に大丈夫ですか?」
    「大丈夫です。ちょっとコケましたけど、別段どこかを強く打ったというようなことはないので」
    「だといいんですけど…」

    百音が特段にそれを気にするのは、今まさに菅波が負っているダメージが百音に関連しているからであった。

    まだ、登米から東京に出てきて数ヶ月、ましてや普段の仕事の時間帯が特殊なこともあって、いわゆる『東京」という街に、百音は良くも悪くも慣れていない。街中に溢れている人の中には何かしらの思惑があって話しかけてくることがある、というような警戒心を殊更には持ち合わせないままである。

    その日は、観光地にもなっている市場や寺院に近い大通りの横断歩道で信号が変わるのを待っていた百音は、カジュアルジャケットにジーンズを着た男性に話かけられた。

    「すみません」
    「はい」
    「波除神社というところに行きたいのですが、方角はこちらで合っていますか?」

    いかにも観光客然とした問いに、百音は特に警戒心を持つでもなく受け答えを続ける。

    「そうですね。こっちの方の信号を渡って、まっすぐ行って右側です。近くなると案内も出ていると思いますよ」
    「ありがとうございます」
    「いえ」

    それで百音は会話を打ち切ったつもりが、なぜか男が話を続ける。

    「この辺に住んでるんですか?」
    「え?」
    「詳しいみたいだし」
    「まぁ、このへん…ですかね」
    「平日のこの時間にこの辺にいるってことは、仕事もこの辺?」
    「あ、いや、仕事は別で…」

    百音は、何をどう答えれば?と困惑しながらも、問いかけられると何か話さねば、と考え考え言葉を返してしまう。気づけば、男性に道案内した方の信号が青になっているが、それに構わず話しかけられてていて、百音はあっちの信号は青になりましたよ、と指摘するタイミングも逸している。

    そして、そんな百音は、横断歩道の向こう側に菅波がいることに気づいていなかった。一方、菅波は、幅6車線分の横断歩道の向こう側に百音がいて、何やら本人の意思に反して話しかけられている様子を、2.0の視力でジリジリと見ていた。明らかにナンパか何らかの勧誘であろうのに、振り切らない百音があぶなっかしくて仕方がない。

    隔週の登米移動の予定が普段よりずれ、かつ所用で寄るところがあって、たまたま普段と違うタイミングとルートで帰ってみれば出くわしているのがその光景である。よねまに百音との再会がバレて以来、東京に慣れていない百音をちゃんと守ってやれだのなんだの言われがちで、永浦さんだってもう子供じゃないんだから、とその声を煩わしく思っていたが、こういう場面を見てしまうと、まだまだ危なっかしいと思ってしまう。

    ジリジリと信号が青になるのを待って、青になったとたん、左右の安全は確認しつつも急いた足取りで横断歩道に踏み出す。普段は静かなキャリーケースがガタガタと跳ねて音を立て、その上に置いていた論文や資料の入った製薬会社の丈夫な紙袋がバサバサと跳ねる。30メートルほどの横断歩道を半分進んでも、まだ百音は菅波には気づかず、ジャケットの男の話を聞いている。

    あぁ、全く、ともう一段、足のギアをあげる。あと一車線、というところまで来たところで、百音が菅波に気づくのと、背後で暴れたキャリーケースと紙袋が、それを曳いていた左腕をひねり、それに気を取られて足がもつれた菅波が数歩進みつつコケるのが同時。

    そして、横断歩道の信号が赤になるのと、コケた菅波がジャケットの男とぶつかるのも同時だった。ジャケットの男もそこそこの上背だったが、自動販売機と同じ嵩の成人男性がぶつかってくると、影響なしとはならない。ジャケットの男が数歩よろめき、菅波はジャケットの男を緩衝材に勢いを殺しつつももつれた足でキャリーケースの上に倒れ込んだ。

    聞こえるか聞こえないかの声で、いって…と言いながらも、菅波が顔をあげると、慌てた百音が「え、あ、え…大丈夫ですか?」と声をかけてくる。「えぇ、はい、大丈夫です」と菅波が答えながら、よろけたままのジャケットの男をぎろっと見上げれば、ジャケットの男は何やら知り合いの男が現れ、状況が唐突に崩れたことに動揺しつつ、「あ、じゃあ、僕はこっちに行きますので!」と、青になった”行くべき”方向の信号を指さして、足早に去っていく。

    その場には、呆然とその背中を見送る百音と、地面にしゃがみ込んでキャリーケースにもたれている菅波が残されていた。やれやれ、と息をついた菅波が立ち上がると、百音が菅波を見上げる。

    「先生、ほんとに大丈夫ですか?」
    「大丈夫です。少し、キャリーケースのコントロールを間違えました」

    負けず嫌いにあくまでキャリーケースが原因であると言い張りつつ、菅波が眉根を寄せる。

    「というか永浦さん、あの方は誰ですか」
    「えっと、波除神社に行きたい方、でしょうか。あっちの方向です、って教えてました」
    「その割にはあれこれ話しかけられていませんでしたか?」
    「多分、信号を待っている間の雑談だったと思うんですけど…」
    「例えば?」

    さらに菅波の眉根が寄ったことをいぶかしがりながら、百音が体の前で指折る。

    「この辺に住んでるのか、とかなんの仕事をしてるのか、とか。あの人は、港区?に住んでて、投資セミナー?をなりわいにされてるとかとか」

    その答えに、菅波はやれやれとため息をつく。

    「自分のことは話していないですよね?」
    「特には…。住んでるところも仕事のことも具体的なことは何も」
    「ならまだよいのですが」

    菅波のその言葉に百音が首をかしげる。

    「あれが、ナンパか勧誘です。相手にしてはいけない」

    菅波のその言葉に、おぉ、と百音が両手を合わせた。

    「初めて見ました!」

    動物園でウォンバットを見たような百音のリアクションに、『危機感とは』と内心ツッコミを入れつつ、菅波が言葉を重ねる。

    「東京で見知らぬ人が長々と話しかけてきたら、何かあると思わないといけません。もちろん、手短に道案内をするようなことまで警戒するのは過剰ですが、それでも、分かりにくそうだからついてきてほしい、など言われたらそれは断らないと」
    「おぉ、それ、言われました!標識を見落とすといけないから、って」
    「典型的な…。何て返事したんです?」
    「それは用事があるのでできません、って」

    それでいいですが、次はそういった話が出た時点で、その人から離れるようにしてください、と菅波が声色に切実な心配を込めて言うと、百音もそれを理解したようでこくりと頷いた。

    「とりあえず、汐見湯まで送ります」
    「え、一人で帰れますよ」
    「さっきの男がまた話しかけてくるかもしれないでしょう」

    菅波がキャリーケースを曳きながらさっさと歩きはじめるので、百音がそれを追いかけ、そこから数ブロック進んだところで冒頭に戻る。あれがナンパか勧誘かというものなんですね、気をつけないと、と何やら納得したようにうなずきつつ、少し表情が曇っているように見える隣の百音を見て、菅波が声をかける。

    「東京って怖いなと思いましたか?」
    その問いに、百音はうーん、と首を傾げた。
    「そんな人もいるんだって思うとちょっとだけ怖いけど、優しい人もたくさんいるし」
    「そうですか」
    一定の危機感は持ってほしいものの、萎縮してほしくはない菅波はその答えに安堵する。

    「それに」
    と百音が言葉を続けるので、菅波がそれに耳を傾け続ける。
    「何より先生がいるから大丈夫です、怖くない」
    自分を見上げてきっぱり言い切る百音に、思わず菅波が足を止めると、そこはちょうど汐見湯の前だった。

    つい先日再会したばかりの自分にそうして信頼を寄せてくれることに、えも言えぬ感情を覚えつつ、菅波は「だとしたらよかった」と言葉を絞り出すのが精いっぱいである。

    「はい!」
    と頷いた百音が、そういえば、と菅波のキャリーケースに目をとめた。
    「先生、今日お洗濯します?」

    「え、あ、ああ。いや、この後、大学病院で研修があって」
    「そうなんですね。え、大学病院行く予定あったのに送ってもらって大丈夫でした?」
    「それは大丈夫です」
    「あぁ、よかった」

    百音は胸をなでおろしつつ、では、とキャリーケースを曳きながら去っていく菅波を見送る。じゃあ先生はいつ洗濯に来るのかな、とは無意識下の思考で、本人は全く気付いていない。

    盛大にコケた菅波の左腕にはそれなりの大きさの痣ができていて、その週の大学病院勤務中、色んな人にそれどうしたのと言われつつ、なんでもありません、となんでもないわけない回答をして、女性がらみか?いやしかしあの菅波先生が?、と周囲の憶測を余計に広げることになったとかどうとか。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/05/25 0:39:18

    すってんころりんレスキュー

    #sgmn

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