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    旅は道連れ アヒル連れやれやれ、と、ビジネスホテルに転がり込んだ木曜の22時。急な助っ人に呼ばれて、適当に荷物を作って飛び出して、合間の時間にスマホを見たら、百音さんが抜かりなく宿泊の手配をしてくれていた。二人とも休みの予定で、どう過ごそうかって話をしていたのを反故にしたのに、こうしてサポートをしてくれること、ほんとに頭が下がる。

    カードキーを入口すぐのスロットに差し込んで部屋の電気をつけ、上着をハンガーにかけて、大した量も入っていないキャリーケースをバゲージラックにのせて。ホテルの部屋を利用するルーティンをこなして部屋を見れば、こじんまりとしているけど、掃除の行き届いた部屋で、さすが百音さんの手配。

    行きしなに買ったペットボトルのお茶を飲むべく小さなデスク前の椅子に座る。消毒済みのビニールのかかったコップを取ろうとして、デスクの上に置かれたカードに目がとまった。よくある清掃やリネン交換に関わる案内は別にあって、水玉の地模様にヒヨコだかアヒルだかの黄色い鳥の絵が描いてある。

    手に取ってみると
    『当ホテルのバスルームでアヒルちゃんがお出迎えしております。大事に育てていただける方はぜひ、連れて帰ってあげてください』
    との文字。

    アヒルちゃんが…お出迎え…?
    頭の中にクエスチョンマーク一杯で、バスルームを見に行かずにはいられない。お茶を飲むのは後回しにして、バスルームのドアを開けると…。いた。

    ユニットバスのバスタブ縁にかけられたバスマットの上に1羽、洗面台の上にもう1羽のラバーダックが、こちらを向いて鎮座している。とりあえず、2羽とも左手に乗せて、居室のデスクに戻る。デスクに並べてやると、部屋の灯にペイントの目がきらきらしているようだ。何となく指でつついて構いつつ、初心に戻ってお茶を飲む。

    2羽を指先で動かして並べてやれば、バスルームでは別々の場所にいたアヒルが仲良く並んで嬉しそう。
    ふと、百音さんの声が聞きたくなる。

    『起きてる?』
    メッセージを送れば、すぐにピコンと返信が来る。
    『起きてますよ』

    かくして電話をかければ、ワンコールで百音さんの声が聞けた。

    「もしもし?チェックインできました?」
    「できました。手配ありがとう。こじんまりしてるけどいいとこです」
    「よかった」

    よかった、と言ったところで、なにか百音さんがソワソワしている気配がする。もしかして、おまえさんたちのこと知ってたのか?とアヒルをつつきながら、百音さんの言葉を待ってみる。

    「せんせ、アヒルちゃん、いました?」
    なんだか半信半疑みたいな言い方がおもしろい。まぁ、普通にビジネスホテルにアヒルサービスってないしな。
    「いましたよ。2羽。バスルームでお出迎えでした」
    「すごーい!ホテル探してたら、口コミでアヒルがいました、って言うのをみて、ほんとにいるか確かめてもらおう!ってそこにしたんです。アヒルちゃんがいたら先生もなごむかな、って」
    「ナルホド」

    じゃあ、とビデオ通話にすると、にこにこの百音さんがうつる。あぁ、早く帰りたいな。
    デスクの上に寄り添ったアヒルを見せると、かわいい!ととっても嬉しそうだ。

    「大事に育ててるならぜひ連れて帰って、って書いてあったけど、どうする?」
    「え、もちろん連れて帰ってあげてください!サメ棚でサメ太朗がきっとお世話しますよ」
    「取って食わない?」
    「サメ太朗はかしこいサメぬいですから」
    「じゃあ、そうしようか」

    ぜひ、と笑う百音さんを画面越しに見て、手元で2羽が寄り添っていると、ふと、今部屋で一人なことが寂しくなる。

    「早く帰って百音さんに会いたい」
    そうこぼすと、百音さんがふわりと笑う。
    「私も」
    ああかわいい。

    「でも、まずはあと二日、助っ人お仕事ちゃんと済ませて来てください。お部屋でアヒルちゃんたちが待ってますよ」
    そういう容赦がないところも、さすが僕の百音さん。

    「はい、そうします」
    「じゃあ、せんせい、おやすみなさい」
    「おやすみなさい」

    電話を切って、アヒルたちの横にスマホを置く。
    とりあえずさっさとシャワー浴びて寝て。
    頑張って仕事して、2羽のアヒルを連れて帰ろう。
    きっと百音さんは、サメ太朗に嬉しそうにアヒルを紹介するんだろうな。

    と思っていたら。翌日、仕事を終えて部屋に戻ったら、バスルームにまた新しいアヒルが2羽いて。
    まさかの毎晩増えるシステムで、結局、チェックアウトする時には、僕のジャケットのポケットには6羽のアヒルが、サメの刺繍のハンカチに包まれて入っていた。なんとなく、キャリーケースにそのまま入れるのは忍びない。

    毎日アヒルが増えたことは、あえて百音さんには伝えてない。
    2羽のアヒルを連れて帰ってくると思っていたら6羽だった時の百音さん、驚くかな、喜ぶかな、と思ったら、また一層早く帰りたい気持ちが強くなる。

    ホテルのロビーから外に出れば、冷たい冬の風が頬を撫でる。勿忘草色の手編みマフラーに鼻までうずめて、ジャケットのポケットをポンポンと叩く。さぁ、アヒルたち、家に帰ろう。

    ねじねじ Link Message Mute
    2023/07/13 20:37:02

    旅は道連れ アヒル連れ

    #sgmn

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