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    東京の小さなハサミのお話登米から百音に会いに上京してきた菅波が、汐見湯のリビングに顔をだすと、テーブルの上が色の洪水になっていて、その周辺で百音と明日美と菜津がせっせと手を動かしていた。菅波の来訪に気づいた百音が、ぱっと明るい表情で持っていたハサミを置いて菅波の元に駆け寄る。

    「せんせい、こんにちは」
    「永浦さん、こんにちは」

    にこにこと見つめ合う二人を、菜津はほほえましく見守り、明日美はまだそんな挨拶かい、という顔である。

    「モネちゃん、これは気にしないで菅波先生とお出かけしてきてね」
    菜津の言葉に、菅波が、いえ、僕が早く来たので…と安定の2時間前行動に首筋をかきながら、百音に、何をしていたんですか?と聞いた。

    「七夕かざりを作っていたんです。町内会で笹を出すので、そこに提げる飾りを色紙で」

    あぁ、なるほど、と再来週に迫った乞巧節に菅波が頷く。

    「結構な量のようですし、区切りのいいところまでは永浦さん、続けてもらっても。僕が早く来ただけなので…」
    その言葉に、真面目か、という顔で明日美が口を開く。
    「菅波先生が来るまで、って言ってたんだし、いいんじゃない?」

    と、百音が、ぽんと手を叩いた。
    「先生も手伝ってください!」

    出かけないんかい、という明日美の内心のツッコミをよそに、百音がいいアイデアだ、と言う顔をしていると、菅波も、わかりました、と頷いて、手伝うんかい、と明日美はツッコミにいとまがない。

    じゃあ、私の部屋からハサミとってきますね!と百音が裏に引っ込み、菅波は菜津の誘いで百音の隣になる椅子に腰を下ろした。いいんですか?という明日美の言葉に、永浦さんがそうしたいのであれば、と菅波がぼそぼそと言えば、もうごちそうさまです、としか言いようがない。

    トタトタと百音が戻り、菅波の隣に座って、さて、じゃあやりますか、と作業再会である。菅波は、菜津から天の川ともあみかざりとも呼ばれる飾りの作り方を聞いて、折り紙に丁寧に折り、百音から受け取ったハサミで切り込みを入れていく。百音も同じにあみかざりを切っていて、その様子を見た明日美が、あっと声をあげた。

    百音と菅波がシンクロした動きで顔をあげると、明日美が菅波の手許を指さす。

    「先生とモネのハサミの持ち方、おんなじじゃない?さっき、モネの持ち方、不思議だなーって思ってたけど」

    言われて、菅波が百音の、百音が菅波の手許を見れば、確かに二人とも、ハサミの輪っかに親指と薬指を入れる持ち方をしている。それに気づいて、二人は顔を見合わせた。見合わせた後、百音が首をひねってしばし、そう!と何かを思い出した。

    「登米にいたころ、先生にこのハサミの持ち方を教わったんです。覚えてますか?」
    「え?僕が?登米で?」
    「切り絵のワークショップしてる時に、お昼食べにきた先生にも作ってもらって、その時に」
    「あぁ、確かにそんなこともありましたね」

    ふむ、と百音がハサミを持った自分の手を見て、数回、ハサミを閉じたり開いたりする。

    「最初は変な持ち方だなぁ、って思ってたんですけど、その後、何回かやってみたら確かに安定感あるなぁ、って気が付いたら癖になってました」

    ナルホド、と菅波が頷き、明日美がよく分からん、という顔になる。百音にどゆこと?と聞くと、百音が菅波を見上げ、それを受けた菅波が、簡潔に、外科医がよくハサミをこうやって持つんです、と説明する。それを聞いて、明日美が百音に身を乗り出した。

    「え、菅波先生に、登米にいたときにハサミの持ち方教えてもらって、それからずっとその持ち方してたの?」
    「うん。便利だったから」
    「ハサミの持ち方教えてもらうってことは、やっぱり手取り足取り的な?」
    「ううん、それぞれの指の位置を説明してもらっただけだよ」
    「それだけで、そうやってハサミの持ち方が変わるんだ…」
    「…便利だったし…?」

    どこまでも妙にかみ合わない会話を、菜津はにこにこと見守り、菅波は戸惑いつつ、いらぬ口ははさむまい、と静観の構えである。

    「そんな頃から、モネの中には菅波先生のカケラがずっとあったんだねぇ」

    明日美のしみじみした言葉に、百音が、そうだね、と衒いなく笑うと、その様に菅波は左手で口許をおおう。

    「もー、ほんと、登米の頃の話をきくにつれ、東京であんっなにモダモダしてたのが信じられない!」

    明日美の言葉に、菜津がまぁまぁ、と合いの手を入れた。

    「ね、すーちゃん、それはモネちゃんと先生のことだから、ね」

    少なくとも褒められている気配ではないな、と思いながら、菅波は粛々と手元の紙に向き合う。さくさくと極めて均等に切れ目を入れて、ハサミを置いてぱらりとそれを拡げると、紙の重みであみかざりがふわりと広がった。

    「すっごくきれいです!」

    百音が歓声をあげ、菜津と明日美もその作業の精緻さに、確かに、と頷く。私もやらなきゃ、と腕まくりの百音が同じに作業をして、拡げてみると、あみかざりと言うには十分ながら、菅波の作業ほどの精緻さはなく、やっぱり先生のは違うなぁ、と嘆息する。

    「どうやったらもっときれいになるんでしょう」
    「そうですねぇ。さっきの永浦さんの作業を見てましたが、ハサミと紙をそれぞれ両方動かしていました。そうするとそれぞれの動きで幅や長さがブレる要素が多くなるので、動かすのはハサミか紙のどちらかに固定した方がいいと思います。動きが多い方はハサミなので、ハサミの位置は固定した上で紙をスライドさせるのがいいのではないかと」

    百音が問えば、菅波が考察を示し、それに百音がやってみます、と頷いて、次に取り掛かり、それを菅波が見守る。

    おもむろに二人の世界なんだけど…と明日美が呆れるのもなんのそので、百音が満足し、菅波のアドバイスが出尽くすまで、あみかざり作りは続く。明日美と菜津は、登米の頃の二人はどんなだったのか、とその片鱗を伺いながら、あみかざり以外の飾り作りに精を出すことにしたのだった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/08/03 21:53:02

    東京の小さなハサミのお話

    #sgmn

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