イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    勉強会のとある寄り道の話 ver0.01成り行きで始まった「なぜ雨は降るのか」の勉強会が、気づけば百音の気象予報士試験合格に向けた勉強会になってしばし。菅波がよねま診療所に勤務の週は、百音と菅波の二人の就業後に椎の実で勉強をすることがすっかり定例になっている。

    菅波がカルテ整理で遅くなることもあれば、百音が山に行って戻りが遅くなることもあるが、基本的には大幅に時間が異なるということもなく、何か遅くなるようであれば連絡なり伝言が入るのが常である。

    その日、菅波が椎の実に足を運んでも百音の姿はなかった。掃き出し窓から中庭越しに森林組合の方を見れば、まだあかりがついている。何か残作業を片付けているのだろう、と菅波は特に気にせず、定席に腰を下ろして手持ちの論文を開いた。待っていればじきに来るだろう、と論文に没頭する。

    診療所で今日診た疾患に関する論文を普段より少し時間をかけて読み切った菅波が、集中を解いて顔を上げると、椎の実に来た頃にはまだ暮れ前の気配だった空は、軒端の端にかろうじて陽がかかろうかというほどになっている。菅波が森林組合の方に目をやれば、まだあかりがついたままで。ポケットに入れていたスマホを取り出してみるが、やはり特に連絡は入っていない。様子をみてみるか、と菅波は広げていた論文をまとめて立ち上がり、森林組合に足を向けた。

    森林組合のガラス戸の前に行けば、自分のデスクで何やらパソコン作業をしている百音の姿が見えた。やはり仕事をしていたか、と菅波は一瞬ドアを開けるかためらう。業務が最優先なことは自明なので椎の実に来なかったことをあれこれ言う意図は一切ない。しかし、もし今日は勉強会の時間がないのだとしたら、それはそれで菅波も時間の使い方を再考する必要がある。しばらく稼働が高いのならば、勉強会の進度も考えなければならないし、様子は聞くか、と軽くドアをノックする。

    答えは待たずにドアを開けると、ウームと眉間にシワを寄せながら作業をしていた百音がぱっと振り返るところだった。
    「あ、先生!…ん?あ!時間!すみません!」
    わたわたと慌てる百音に、菅波は両手をあげて、どうどう、と動作で落ち着かせる。
    「いえ、残業でしょう。仕事が最優先ですから、それは気にしないでください。ただ、今日の見込みと明日以降もし残業が続くようなら時間をどうしようかと思って。邪魔してすみません」

    菅波がそういうと、百音がぺこりと頭を下げる。
    「ありがとうございます。ちょっと伝票の処理とかデータ入力とか検算とかが積もっちゃいまして。今日中に終わらせて明日以降は普通に戻ると思うんですが…」
    百音のデスクの上には、大きさも様々な紙が広がり、電卓が転がり、パソコンには表計算ソフトが表示されている。

    「なるほど、大変ですね」
    菅波は理解を示しつつ、百音の発言にわずかな引っ掛かりを覚えた。
    「ところで、先ほど検算って言いました?」
    「はい」
    「その検算というのは、電卓を使って…?」
    「はい」
    「確認の対象は?」
    「この表計算の結果です」

    百音は、菅波の質問の真意は分からないまま、表計算の画面を指さす。

    まさか、嘘だろ…と菅波は内心で頭を抱えた。話には聞いたことがある。表計算ソフトでの計算結果を電卓で検算することを求める世界がある、と。都市伝説だろうと思っていたが、まさかここで見ることになるとは。一瞬絶句の後、菅波は心を決めて一歩踏み出した。

    「すみません、今扱っている情報は僕が見ても差し支えないものですか?業務上機密でしたら控えますが」
    「あ、いえ、これは大丈夫です」
    「分かりました。ちょっと見せてください」
    「はい」

    百音が椅子を譲ろうとするのを制してデスクに歩み寄ると、百音は椅子のキャスターを転がしてパソコンの前を菅波に譲った。菅波はマウスを手にして表計算ソフトをざっとスクロールしていくつかのセルにカーソルを合わせ、別タブに移って印刷設定を確認し、大きなため息をついた。百音はきょとんと菅波を座ったまま見上げている。

    菅波は眉間に軽く皺を寄せ、何をどこからどこまで…と高速で頭を回転させる。医者のITリテラシーも人によってピンキリだが、意外と菅波は表計算ソフトを使いこなす方で、医局でも研究データの整理などで相談を受けたりしている。その菅波にとって、目の前の表計算ソフトの使い方は目も当てられないという表現がぴったり当てはまった。

    かろうじてSUM関数程度は使われているが、セルの参照に一貫性がなく思い付いたところに場当たりに入れていることは明白。製品情報など繰り返し同じテキストが使われる列には、入力規則やマスタシート参照がなく適当なコピーか手入力をしているので、ぱっと見同じ内容に見えるが表記ゆれがある箇所がある。

    単価情報も都度手入力のようで、あまつさえ全角と半角が混ざっている。その箇所の計算結果にカーソルをあてれば、そこだけ関数が消されて数値を手入力した跡があった。別シートでは、印刷すれば複数ページになるであろう表に、謎のヘッダが繰り返し表の中に挿入されていて、もしやと印刷設定を見れば、印刷範囲が設定されておらず、印刷タイトルの行指定もされていない。ということは、まさかまさかだが…とセルの幅を試しに変えてみると、改行ではなくスペースで改行の見た目を調整していて文字のレイアウトが崩れる。それをみた百音がああっと声をあげるので、やはり…と

    これは森林組合の仕事の仕方の話で、登米夢想に併設とはいえ診療所の勤務医である自分が本来首を突っ込む範疇ではない。しかし、この表計算ソフトの使い方では、仕事の効率があまりに悪すぎるしミスも避けられない。ただでさえ働きながら資格勉強をするには時間の確保が問題なのに、このままでは永浦さんの仕事は増えこそすれ、減らせる見込みは全くない。

    意を決した菅波は、あの、とオフィスチェアに座って自分を見上げていた百音に向き直った。
    「森林組合の仕事は門外漢の自分がこう言うのは口幅ったいですが、あまりに表計算ソフトの使い方が本来の機能を活用できていないですし、効率や正確性が低すぎるように見受けます」

    菅波の言葉に、百音が『漢字が多い…』という顔をして首をかしげる。

    「つまり、今のままだと、気象予報士試験に差し障るということです」
    菅波が思い切った要約をすると、それは百音に伝わったようで、首をかしげながらこくりと頷いた。
    「働きながら資格勉強をするときの一番のハードルが、時間の確保です。勤務時間外の仕事が増えたら、それだけ勉強する時間が減るということを意識して、効率よく仕事をしないと」

    ちなみに、残り作業はどれだけですか?と聞くと、伝票作成が5件だという。

    「分かりました。そうしたら、今日の作業はもうそのままやり切ってください。そして、明日から金曜まで、今週は表計算ソフトの使い方と仕事への取り込みを集中してやりましょう。そうしないとこれからの勉強時間を確保できない。今週分の勉強スケジュールの全体への組直しはやっておきます」
    菅波に言いきられ、まずは今日の仕事を終わらせるのだな、と百音はまたこくりと頷く。

    今日は仕事終わったら椎の実に寄らなくてよいです、では、と菅波が去っていくのを、おつかれさまです…と百音は見送り、先生に申し訳ないことしたなと思いつつ、確かにまずは仕事を終わらせなきゃと、目の前の作業に戻った。

    翌日、菅波は午前と午後の診察の合間に佐々木と話をつけ、百音の業務用パソコンと業務資料の椎の実への持ち出せるようにした。百音の今日の業務は森林パトロールなどの外作業が主で、書類仕事は明日の予定だという。『佐々木課長の許可を得たので、今日の勉強会の時間には、明日の仕事の書類とパソコンを持ってきてください』という菅波からのメッセージを山中で見た百音は、首を傾げつつ『分かりました』と返信を送った。

    終業後にパソコンと資料を抱えて百音が椎の実に入ると、菅波は先に来ていて、何やら自分のパソコンに加えて、別のモニターもテーブルの上に鎮座していた。

    「先生、こんばんは」
    「こんばんは」
    「あの、このなんかテレビみたいなのはなんですか?」
    「テレビではなくモニターです。自分がこちらで使っているサブモニターを持ってきました」

    ひとつの画面をふたりで見るのは効率が悪いですからね、という菅波の言葉に、百音は特にそれ以上の意味は見出さずにこくりと頷く。

    「あの、先生から連絡があった通り、パソコンと資料と持ってきました。佐々木課長も、なんかよくわかんないけどパソコンの使い方教えてくれるならそれはそれでいいんじゃない、パソコンのこと教えてもらっといでって言ってくれました」

    佐々木のその言い方が、いかにもアナログな雰囲気で、菅波は説明した趣旨の内伝わったのは半分程度だな、と改めて目算が正しかったことを悟る。では、はじめましょう、と菅波はホワイトボード前に立ってマーカーを手に取るのだった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/08/11 21:29:27

    勉強会のとある寄り道の話 ver0.01

    #sgmn

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品