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    枝豆フラクタル菅波が気仙沼で百音や亜哉子の買い出しに同行するような時、折々にカルチャーショックに出くわす。多くは、モウカザメの心臓のように気仙沼地域独自に販売されている品にでくわした時だが、はじめの時に呆気に取られ、いまだにすごいな…と心中で嘆息するのが百音と亜哉子の『詰め放題』である。

    スーパーや道の駅で農作物などの『詰め放題』があると、さて、と腕まくりをして、どれほどに詰められるのかというほどの小さな袋を手に、物理法則を無視したような量を詰め、あまつさえ、袋の上にはみ出してのせていくのである。これはOKなんですか?と初めて見た時に恐る恐る亜哉子に菅波が聞いたところ、レジに持って行ければいいのよ、と涼しい顔で、隣で百音もうんうんと頷いている。

    必要な量を必要な時に必要なだけ買えばいいじゃないか、と『詰め放題』なるものに全く関心を払ってこなかった菅波であるが、配偶者とその母が熱心に取り組んでいる横でそのようなことは口が裂けても言えるものではない。また、亜哉子も百音も料理上手とあって、詰め放題で獲得した食材は、余すところなくその日のお菜や常備菜に料理されて無駄がないところに出くわすと、そこからはなにもいうことはないのであった。

    ある日、出先の道の駅に立ち寄った百音と菅波は、隣県の物産フェアに出くわした。つやつやときれいなキュウリやみずみずしいナスなどが並び、「だし」でもつくりますか、と百音がはなうたまじりに野菜を選ぶのを、カゴを持った菅波が見守る。いくつか野菜を見繕ったところで、菅波がふと目をとめたのが枝豆である。宮城に縁ができてからすっかり身近になったそれに、ふと食指が動き、それを百音が目敏く見つけた。

    「枝豆、食べたいです?」
    「うん。久しぶりに塩ゆででビールとかいいなって」
    「さんせい!買いましょ、買いましょ」

    どうせならどっさりと、と百音が枝豆を2袋カゴに入れ、菅波も楽しみだ、と笑う。じゃあ、さっさと帰りますか、とレジで精算を終えたところで、レジの担当者が百音に小さなビニール袋を1枚渡した。百音が首を傾げ、買ったものをエコバッグに入れていた菅波が怪訝に顔をあげると、レジの担当者が向こう側のコーナーを指さした。

    「フェアの対象商品を3点以上お買い上げいただいたので、枝豆の詰め放題をどうぞ!」

    枝豆がてんこ盛りになったテーブルを見て、百音と菅波は顔を見合わせた。今ちょうどエコバッグに精算した枝豆が入っているところに、さらに枝豆の詰め放題だと。とはいえ、レジの人がにこにこと紹介してくれたことを無下にもできない。まぁ、百音さんがいつも通り頑張るだろう、とテーブルに向かう百音の後を、サメ太朗が入った紙袋とエコバッグを提げて菅波が追う。テーブル横の百音の隣に菅波が並ぶと、百音が菅波を見上げた。

    「たまには先生が詰めてみません?」
    「え、僕が?」
    「うん」

    百音がやるものと思っていた菅波に、百音が袋を差し出す。

    「でも、百音さん上手だし、やりたいでしょう?」
    「今日は、ほら、枝豆もう買ってあるし、いいかなって」

    百音のその言葉に、菅波が眉根を寄せ、チベスナ気味に口を開いた。

    「それ、『枝豆はもう買ってあるから、大して詰められなくてもまぁいいかと思っている』ってことですよね?」

    菅波の洞察に、百音がテヘって音がするような表情になり、やれやれと菅波は百音にサメ太朗が入った紙袋とエコバッグを差し出し、百音が持っていたビニール袋を受け取った。

    「じゃあ、詰めます」

    菅波の言葉に、百音がわーい、と笑ってみせる。受け取った紙袋に入ったサメ太朗に、先生が詰め放題がんばるだって!と話かけるのもなんだか詰め放題の先輩ぶった雰囲気があり、可愛いやらなんだかこにくたらしいやら。ふと、見てろよ、という気になった菅波は、百音と亜哉子の詰め放題での様子を思い返す。

    まずは袋を伸ばそうとするが、それはあまり伸びない素材だったので、無理はしないことにする。あとは、詰めていくにあたり、目指すべき最終形を考えると、袋の上部に出ても積めるだけ詰めていいのだから、土台になる袋の部分にできるだけ密度高く詰まっていることと、上に積んだ時のバランスが維持できる形である事が肝要だろう。詰める対象は枝豆なわけだから、鞘を縦に並べて積んでいくか、とそこまで考えて、菅波は枝豆の山に手を伸ばした。それまであれこれ黙考していた菅波を、百音が楽しそうにサメ太朗と一緒に見まもっている。

    枝豆をひとつかみ取った菅波は、袋の中に鞘の向きをそろえて並べて詰めはじめ、ほどなく1段目とも言うべきほどに枝豆が詰まった。そこから、さっきより少ない量を取って、その1段目の隙間すきまに刺すように鞘を並べ、それを黙々と繰り返していく。粛々と隙間なく詰められていく袋を、百音とサメ太朗はひたすらじっと見守るのみである。

    気づけば、袋の際いっぱいに枝豆が詰まり、菅波が百音を見た。

    「ここで切り上げたらダメなんですよね?」
    「ダメですね」

    百音が重々しく頷くと、菅波は分かりました、とまた枝豆の山に向き合う。これからはバランスと支点に注意が必要なんだよな…とつぶやきながら、鞘ごとの隙間に、鞘を刺していく。大きく広がるように、鞘の薄い方を下向きに刺して一定の角度をつけてならべていくと、ぐるりと袋の縁に枝豆のリングが出来上がる。

    百音がサメ太朗を紙袋から出して、ひとりといっぴきで興味深々に手元を見ていると、そのリングに沿うように中央を埋めていき、まるで花弁のように枝豆が並んでいく。その段のさらに外側に広がるように枝豆を並べて、さらにその次の段も。その次の段からは縮小気味に。ひたすら枝豆を同じ手順で淡々と積む菅波が、ふと、独り言を漏らした。

    「フラクタルみたいだな」
    「フラクタル?」

    それに百音が首をかしげると、菅波は手は止めず、目は手元から話さずに、口を開く。

    「おおざっぱにいうと、同じような図形が繰り返し現れる図形の事で、自然界だとひまわりの花の種の並びとかパイナップルのうろこの渦巻模様とかが有名ですね。積乱雲でもフラクタル構造は観測されるはずですよ。あと、人体でも肺や血管や腸の内壁なんかはフラクタルになっていて、限られた体積で最大の効果を出せるようになっています。肺は成人でおよそ縦30センチ、横13センチ程度ですが、4億個の肺胞を全部広げれば80平方メートルあると言われています。それだけの面積がないと必要量の酸素が交換できないわけで…っと」

    と言いながら、出来上がってきたのは袋の上に大きく突き出した球体のようなオブジェである。上に半円球のように丸く広げた枝豆に、さらにバランスをとって収斂していくような形に収まっている。

    「これが構造的に限界かなと思いますが、どうでしょう」

    菅波が百音に見せると、百音がおぉー!と感心の声をあげ、サメ太朗の胸ビレを持ってぱちぱちと拍手をしてみせた。他に枝豆の詰め放題に来た客も目を丸くしている。

    「光太朗さん、スゴイ!」

    百音の驚きの表情に、菅波もまんざらでなく自慢顔である。

    「まぁ、詰める対象が枝豆だったのでなんとかなったとは思いますが」
    「いやいや、それでもすごいですよ、うん」

    うんうん、と頷く百音に、菅波がどうも、と笑う。

    「じゃあ、これをそこの受付に持って行けばいいんですよね」
    と菅波が顔をあげたときに、百音がすっと菅波を制した。

    「これ、私が持ってきます。光太朗さんは動かないで」
    言い放った百音が、サメ太朗をテーブルに置き、菅波の手からそっと袋を抜き取ると、そろりそろりと歩いて受付に向かう。菅波はサメ太朗を小脇に百音を追った。百音が受付にたどり着くと、担当者は目を丸くしてそれを迎えた。

    「すごいですね!」
    「夫ががんばりました!」
    「いや、マジすごいですね!」

    担当者が、写真撮っていいですか、といい、百音が菅波をふりあおぐが、特に菅波に否はないので頷くと、いやぁ、これはすごい、と担当者がその山盛りのようすをスマホで写真に収めた。

    「えっと、この袋にあけていただいていいです、どうぞ」
    と担当者が広げたレジ袋に百音が枝豆の塊を入れると、担当者がそれを傍らのスケールに乗せる。数字を確認した担当者の感嘆の声に、カウンターの他の店員もわらわらと寄ってくる。

    「1.1キロ!新記録です!」
    その数字に周囲がどよめき、百音が笑って小さく拍手をし、菅波は面食らった顔である。
    「あの、平均はどれぐらいなんですか?」
    百音が聞くと、担当者が、大体300グラムですね、と答えた。

    すごいすごい!と百音が楽しそうなので、まぁ、いいか、と、サメ太朗を小脇に抱えたままの菅波は、周囲の賞賛のまなざしのいたたまれなさを緩和するのであった。

    道の駅を出た二人は、ずっしりと持ち重りのする枝豆の袋をエコバッグに加えて提げている。サメ太朗をだっこして、えだまめたのしみだな~と笑う百音に、菅波はところで、と声をかけた

    「さっき、受付に百音さんが持っていたのって、僕がコケると思ってたでしょう」
    「バレました?」
    「…否定しませんね。語るに落ちるというかなんというか」
    「でも、先生、つまづいちゃうかもでしょ?」
    「つまづきませんよ、あそこから受付までフラットだったし」
    「でもそこでコケちゃうのが先生だと思う」

    百音に力強く言い切られると、なんだか、そうなんだろう、と菅波には否定しにくく、降参、と苦笑するしかない。そんな菅波をへへっと見上げた百音が、たっぷりと入った枝豆を指さす。

    「これ、全部塩茹でして食べます?」
    「うーん、これだけでお腹いっぱいになるよね」
    「たまにはそんな日があってもいいと思うけど」
    「枝豆とビールだけ?」
    「そう」
    「それは自堕落だ」
    「でもこれだけ茹でる労力を考えたら、決して自堕落では」
    「確かに」

    先生にも下ごしらえ手伝ってもらいますよ、と笑う百音に、もちろんやりますとも、と菅波が即答で頷く。明日も休みで良かった、と二人は笑いながら、傾きかけた日差しの中をほてほてと車に向かうのだった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/08/24 23:48:29

    枝豆フラクタル

    #sgmn

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