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    ぱんぷきん・らぷそでぃ【パンプキン・ラプソディ】
    連続35時間勤務を終えた菅波が、ヨレヨレと帰路についていると、なにやらお化けや魔女などに仮装をした子供たちと、控えめながら同様に仮装をした保護者の集団と何度もすれ違った。あぁ、あれか、ハロウィンか、と菅波は回転を止めた頭でぼんやりとそれを見る。まぁ子供には楽しいイベントだよな、と、見送る。

    登米夢想もハロウィンは大張り切りだったので仮装から逃れるのが大変だった。結局、子供の診察の時にオオカミの耳をつけることで折り合いをつけたが、今年はハロウィンがこちらで良かった、と思わざるを得ない。

    どうしてもハロウィン風となると、蜘蛛の巣やらの装飾で衛生面がなぁ、と、綿を拡げて引きちぎったようなものがエントランスにたなびいてたがあれどうなんだ、など、脈絡なく思考していると家に着く。ざっとシャワーを浴びた菅波は、倒れるようにベッドにもぐりこみ、一気に寝落ちした。

    寝る時は寝る、を習いにしている菅波が起きたのはそれから8時間後。ぼんやりと起き上がると、溜まった洗濯物が目に入る。洗濯行くか…という思考の影に、永浦さんいるかな…と無意識に気にしていることは本人は気づいていない。

    のそのそと着替えを済ませ、ランドリーバッグを手にした菅波はサンダルをつっかけてドアを開けよう…として、ドアが開かないことに気づいた。えっ?と何度かドアをがちゃがちゃとするが、開かない。何かが大きな質量がドアが開くことを阻んでいる。何か…。何が?!

    まったく予期せぬ出来事に、まだ寝ぼけた菅波は静かにパニックに陥っていた。洗濯に行けない。ドアが開かない、より何より、菅波の思考はそこに飛ぶ。洗濯に行かないと、とスマホを取り出した菅波は着信履歴の一番上に電話をかけた。

    「あ、永浦さん、あのですね、いますぐ僕の部屋へ来て欲しい…あ、いや、やましいことではなく非常に緊急的な案件というか、何か正体不明のものが僕の部屋のドアに圧力を…」
    「え、先生、どうしました?ドアが?分かりました。あの、川向うのお醤油屋さんのビルの裏のマンションですよね、行きます」
    菅波の混乱した電話をあっという間に受け止めた百音が、息せき切って菅波のマンションの前にたどり着いたのは10分後だった。ドアの横のすりガラスの窓に人影が見え、菅波がほっとしたのもつかの間、その人影が何か体を折り曲げた様子に、走ってきてどこか痛めたか、と焦ってドアを開けて様子をみたいものの、そもそもドアが開かないというのでなぜか永浦さんに電話したらなぜか永浦さんが走ってきてくれているので、ドアを開けて永浦さんの様子を見ることもできない。

    菅波がまだ脈絡なく混乱していると、手元のスマホが着信をつげる。あぁ、そうだ、電話すればよかったんだ、と、まだ混乱していることをやっと自覚しながら電話に出ると、笑いをこらえきれない百音の声が聞こえてきた。

    「せんせ!あの…」
    「ながうらさん!だいじょうぶですか?」
    「え、ええ?私は大丈夫ですが、あの、せんせ、おうちの前がハロウィーンのパーティ会場みたいになってますよ」
    ちょ、ちょっとまってくださいね、と電話が切れ、スマホで写真を撮った音がする。そのあと、重たいものをずいとずらす音がする。開くかな?とドアを押してみると、30センチほど開いて、またドアが止まる。

    へ?とドアから外を見ると、巨大なパンプキンが鎮座していている。ぐぐっとドアを押してパンプキンをずらして、菅波がつっかけで外に出ると、百音がパンプキンに括りつけられた伝票を見てくすくす笑っている。

    「みよ子さんが送ってくれたみたいですよ」
    どうやら菅波が宅配業者のピンポンに気づかず、置き配されたという顛末だろう。
    「というか、なんで僕にこんなでかいカボチャ送ってきてるんですか、みよ子さんは」
    「とっても立派にできたから先生に見てほしかったとか?」
    「いや、僕、来週また登米なんですけど…」
    「…ですね」
    呆然とパンプキンを眺める菅波を、百音はにこにこと見上げている。
    「とりあえず、汐見湯にもってきますか?」
    是非、お願いします、と菅波はすがるように百音に頭を下げる。

    「じゃあ汐見湯に運ぶとして…」
    パンプキンの横に座り込んでいた百音が立ち上がりつつ、菅波が手に持ったままのランドリーバッグに目をとめた。
    「先生、これからお洗濯ですか?」
    「はい。今日を逃すと登米に行くのに洗濯のタイミングがなくて。そう思って出ようとしたらこのありさまです」

    ふーむ、と百音が考えているのを、菅波は邪魔をしないように待っていると、しばらくして、百音が腕まくりをした。え?え?と菅波の思考が追い付く前に、百音がしゃがみこんでパンプキンを持ちあげようとしていて、パンプキンがドラえもんの足裏の半重力機能ほどに持ちあがったところで、いやいやいや!と菅波が本人比大きめの声を出した。

    「無理です、無理ですよ、永浦さん」
    同時に、百音が 無理でした… という顔で菅波を見上げるので思わず笑ってしまう。置き配で菅波がドアを開けられなくなったものを、どうして自分が運べると思ったのか、菅波には謎である。
    「先生はお洗濯物があるから、私が持ってかなきゃかなと思って…」
    と百音が言うが、洗濯物の重さなどたかがしれているわけで。

    うーむ、と考えたところで、百音がポンと手を叩いた。
    「二人でなら運べますよね!」
    「まぁ、多分。とりあえず、僕が持ちあげてみます」
    ランドリーバッグを肩にかけて、しゃがみ込んだ菅波がバランスに気をつけながら持ちあげると、かろうじて持ちあがる。丸くて持ちにくい底を百音がとっさに支えると、意外とバランスが取れた。前も何とか見える、と菅波と百音が顔を見合わせ、じゃあ、行きますか、と出発…しかけたところで、菅波が、ドアを施錠していないことに気づいた。

    「ああ、永浦さん、すみません。一瞬手を離して大丈夫なので、ドアを開けてすぐのところにある家の鍵をとって施錠してくれませんか」
    「わ、わかりました!すぐ、すぐ戻ります」
    百音がばたばたとドアを開けてすぐのシンク脇にあった木のサメのキーホルダーのついた鍵をとって施錠する。
    「あの、この鍵はどうすれば」
    「と、とりあえず持っててください。あの、そろそろこれ…」
    「はいっ!」

    百音がパンプキンを支えると、菅波は安堵の表情で、そろりと歩を進める。普段は使わないエレベータで地階に降り、汐見湯への橋に向かう。大きなパンプキンがえっちらおっちら運ばれているのを見て、外にいた子供たちが、「カボチャだ!」「ぱんぷきんだ!」「おおきい!」と大はしゃぎである。百音は笑ってみせるが、必死に抱えている菅波にその余裕はなく。

    数人、子供がついてくるのも追い払うわけにもいかず、えっちらおっちらと橋を渡る。橋を渡った先でも、ハロウィンをやっていた子供たちが目を輝かせ、気が付けばパンプキンを先頭にプチハーメルンの笛吹きという様相で、なんとか汐見湯の正面玄関までたどり着いた。店先のベンチにとりあえずパンプキンを置いたところで、菅波がその隣にへたり込む。いった…と腰をさする菅波を、パンプキンに群がる子供たちをうまく誘導しつつ、百音が笑って労う。

    表の騒動に気づいた菜津が顔を出して、大きなパンプキンを見て目を丸くする。
    「先生のとこに、登米から送られてきたそうです」
    百音が手短に説明をすると、菅波が持ち込んですみません、とペコリと頭を下げる。
    「もう、これ如何様にしていただいてもいいです」
    菅波の疲れ果てた言葉に、菜津と百音が目を見合わせた。

    「じゃあ、せっかくだから、ジャックオランタンにして、トリックオアトリートしましょう!」
    菜津の言葉に、子供たちがわーい!とはしゃぐ。一度、汐見湯の中に戻った菜津の手には、大ぶりの包丁とお玉とゴミ袋、それに用意していたとおぼしきトリックオアトリート用の菓子が入ったカゴがあった。

    「先生、一緒にジャックオランタン作りましょ!」
    百音の言葉と、子供たちの期待に満ち満ちたまなざしに、菅波も断ることはできず、分かりました、と包丁を菜津から受け取る。どうやって作るんですか?と百音に聞きながら、パンプキンの上部に包丁を入れた菅波は、小器用に中を刳りだしてゴミ袋に入れていく。
    「これは、刳りだした分はそのまま捨てるんですか?」
    「この種類のカボチャは食用には向かないらしいから」

    菅波の素朴な問いに菜津が答えると、菅波は心中で、なんでそんなもん栽培したんだ、みよ子さんは、とツッコミを入れざるを得ない。子供たちがすっげぇ、と見守る中、30分ほどで中を刳り終えた菅波が、百音を見上げた。
    「顔は永浦さんがやってください」
    「せっかくだし、先生が」
    「いや、僕はことこういうことに関して自分のセンスを信じていないので」
    「分かりました」

    引き受けた百音は、周りにいた子供たちに、どんな顔がいいかな、と話しかけながら、顔のデザインを決めている。その様子を、よっこらせ、と立ち上がって見つめている菅波のまなざしはとても暖かく、そしてそのことに本人は気づいていない。

    「刃物はあぶないからねー、おねえさんがやるよ」
    「さっきのおじさん、じょーずだった!」
    「モネちゃん、ケガしないでね!」

    デザインが決まったところで百音が包丁を菅波から受け取って、真剣そのものの顔で目・鼻・口を切り出すのを、子供たちも真剣に見守る。最後の口が上手く切りだせたところで、かたずをのんでいた子供たちもわっと盛り上がった。

    「できたー!」
    「すげー!ほんもののカボチャのん、俺、初めて見た!」
    「私も!」

    確かに、普段はプラ製品かせいぜい陶器だよな、と菅波がその様子を眺めていると、菜津がにこにこと菅波に菓子のカゴを持たせた。へ?というのもつかの間、菜津が、お菓子あるよ!トリックオアトリート!というと、子供たちがわっと菅波にたむろする。

    トリックオアトリート!の大合唱に囲まれて、アタフタしながら菅波が一人一人に菓子を配る。なんなら、トリートはいらないのでこのカボチャ職人の腕にぶら下がりたいという腕白な子供もいて、菅波はもみくちゃである。百音は、もみくちゃにされながらも、ひとりひとりとちゃんと目を合わせようとする菅波の様子に、登米の最後の頃を思い出してうれしさを隠せない顔で、そのことに本人はやはり気づいていない。

    一通りなんとか配り終えたところで、菅波が、いいですかみなさん、もともとハロウィンというのはですね、古代ケルトのドルイド教に起源があるお祭りで、ランタンも元はカボチャじゃなくてカブで…などと話をしてみるものの、お菓子をもらえた子供たちは全く聞く耳を持たず、ありがとー!おじさん、モネちゃん、なつさん、またねー!とあちこちに散っていく。

    最後の子供を見送って、菅波はやれやれ、とランタンの前で落ちた小さな欠片を拾い終えた百音の横に立った。
    「先生、お疲れさまでした」
    「思わぬハロウィンでした。今年は登米勤務じゃないからよかった、なんて思っていたのに」
    「ありがとうございます、先生。中でお茶でも飲んでってください。あと、カボチャのプリンもありますから」

    菜津の誘いに菅波が頭を下げたところで、百音が、あ、先生、お洗濯!と思い出す。
    あぁ、僕も忘れていました、と、まずはランドリーに洗濯物を放り込み、洗濯が終わるまでの間、汐見湯のリビングでは菅波によるハロウィンミニ講座が披講され、百音がふむふむとそれを聞く様子を、菜津と菜津の祖母が微笑ましく見守ったのだった。

    巨大パンプキンを必死に運んだ菅波の腰痛は、翌日以降の激務で解消されないまま翌週に持ちこされている。
    登米に出勤した菅波が腰をさすっているのを見かけられ、みよ子に送り付けられたパンプキンのせいだ、ということを言おうとして、その話に紛れ込んだ百音の名前を一部の面々が敏感にピックアップし、永浦さんとなにかがあって菅波先生が腰痛らしい、という本人が聞いたらチベスナ必至の噂話が少しで回ったとか、どうとか。
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    2023/11/01 22:08:11

    ぱんぷきん・らぷそでぃ

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