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    『いつか』の『またね』のその次の夜初秋のある水曜日、退勤後の夕方に百音が向かったのは、菅波が上京の際に定宿にしているホテルだった。普段、菅波が百音に会いに上京してくる場合は、金曜の夜か土曜の朝に移動のパターンが多かったが、今回は、登米専任後の四半期報告や研修などがあるとのことで、水曜から日曜昼まで東京に滞在するという。

    前回、百音が訪登の際に菅波が平日から一緒に泊まらないか、と提案があった。しかし、今までに数回あった菅波の上京で、一緒に泊まるのはいつも、金曜ないしは土曜で仕事のないタイミングだった。翻って、平日となると自分の勤務時間帯の特殊さから、菅波の睡眠への差し障りが気になるところではあり、逡巡はある。即答しかねる百音に菅波はゆっくり考えてくれたらいい、と相変わらずの言葉で。そうします、と百音が悠長に構えていたところ、サメのしりとりに端を発した二人の関係の進展の大枠を聞いた流れから、そのことも聞いた明日美が、絶対に泊まりに行くべき、と力説したのだった。

    「菅波先生は、モネの仕事のことはじゅーぶんに分かってて、それでもやっぱり東京にいるならちょっとでも会いたいんじゃん」
    「うん。だけど、やっぱり、二晩も先生のこと午前二時に起こしちゃうのはどうかなって…。先生、登米でも訪問診療ですっごく遅いこととかあるから、東京に来てるときはゆっくりしてほしいし…」
    「もー!だから、菅波先生は、モネがそばにいて、モネの顔見れて、モネと話できるのが一番『ゆっくり』になるんだって、きっと!それに、モネだって菅波先生が東京にいるならできるだけ会いたいでしょ?」
    「・・・うん、それは、もちろん・・・」

    明日美の剣幕に、頷くばかりの百音だが、もちろん、自分も菅波に会いたい気持ちは十二分にあって、会えるときにはいつだって会いたい。菅波も同じ気持ちでいてくれるなら。しかし、こちらでの仕事の期間にも泊まりに行く、というのはお誘いがあったとしてもわがままにすぎないか、とつい自重が過ぎる百音のことを明日美はよく分かっていて、後押しをするのだった。

    「だいじょぶだって」
    明日美の力強い言葉に、改めて百音も、そうだね、と頷く。
    百音が納得して見せたところで、明日美は少しおどけた口調で続ける。
    「それに、菅波先生はモネの仕事のこともよく理解してくれてるんだし、水曜とか木曜に一緒に泊まっても、翌日足腰立たないなんてことはしないだろし」
    「ちょ、すーちゃん!」

    あえてあけすけに言ってみせる明日美の言葉に、百音は真っ赤である。菅波と、そうなったことはすっかり明日美にはバレているわけだが、そうなってから初めての再会であり逢瀬であり、お泊まりであるという事実に、ほのかな期待めいた気持ちがあることも明日美に見透かされたようで、落ち着かない。百音のその様子に、モネにこんな乙女な顔させるように育てるとか、菅波先生けしからん過ぎるわ、と恋愛軸に生きていない幼馴染がみせる成長度合いにほのかな嫉妬を覚えた。

    というわけで、ひとまず二泊分の荷物を持った百音が、フロントで追加のカードキーを受け取って部屋に向かう。エレベータに乗り込んでカードキーをかざして12階まで。エレベータ内で『もうすぐ着きます!』というメッセージを送れば、間髪入れずに既読になり、菅波が百音の到着を待ちわびていることが透けて、それがまたうれしい。スマホを仕事バッグに仕舞った百音は、到着したエレベータの扉があくのを待つのももどかしく、部屋に向かった。

    一番奥の角部屋のドアを開けると、窓際のデスクに座っていた菅波が笑顔で立ち上がって数歩の距離を迎えに来る。控えめな高さに広げられた腕の中に百音が飛び込むと、ふわりと抱きしめられて緩やかな熱伝導が心地いい。しばらくの抱擁の後、腕の力を緩めた菅波が百音の顔を覗き込む。

    「こんにちは、永浦さん。いらっしゃい」
    菅波の言葉に、百音はこくり、と頷いて、頬を染めながら口を開く。
    「こんにちは、先生。おじゃまします」
    相好をくずした菅波が、はい、と返事をすれば、二人そろって笑いが漏れる。

    逢瀬が3週間ぶりになる事は二人にとってままある事ではあるが、今回の再会はまた一段とくすぐったい。片頬に右手を添えられて、見つめてくる菅波のまなざしのやさしさに、百音は頬を染めながらついっと背伸びをした。百音からのキスをうれしく受け止めた菅波は、つい深くなりそうになるのをこらえてながら、しばらくの時間を無言のコミュニケーションに費やしてめいっぱいその時間を慈しむ。

    百音がかかとを床につけてキスが終わると、菅波の口から「会いたかったです」と言葉がこぼれ、百音も頷く。まだ部屋の入り口にいたことにやっと気づいたように、菅波は百音が床に取り落とした荷物を取り上げて中に誘った。ダブル仕様でもゆとりのある部屋で、窓からの景色もひらけていて、レースカーテン越しに見える夕景が気持ちよい。自分のキャリーケースの傍らに百音のボストンバッグを置いた菅波が、部屋を見渡していた百音が合い、照れたように首に手をやった。

    「あなたの出勤のことを考えると、ツインがいいかなとも思ったのですが、寝床が別なのはやっぱりちょっと寂しいなと思ってしまい…」
    いいですか?というように、猫背から器用に上目遣いで問うまなざしを、百音は笑って受け止めた。
    「私もそう思います」
    百音の言葉にほっとした顔で菅波が笑い、あぁ、そうだ、と自分の腕時計を見た。

    「晩飯食べました?まだだったら、あなたはもう食べておかないと」
    「まだです。先生と一緒に食べたいなと思って」
    「じゃあ、食べに行きますか」
    菅波の言葉に百音はこくこくと頷き、それを受けて菅波はデスク脇に置いていた自分のリュックを取り上げた。百音も、仕事バッグから小ぶりのポーチを取り出した。特に気負ったことのない外出の支度が二人にとって馴染んだものになっているのが、なんだか楽しい。

    ふらりと外に出て、何を食べようかと審議するものの、結局、蕎麦屋に着地する。お出汁の香りには抗えませんね、と、二人で初秋の気配にふうふうと温かい蕎麦をたぐり、追加で頼んだ野菜のかき揚げを半分こして。あったまりましたねぇ、と戻る道すがら、一番温かいのは胃袋よりも繋いだ手である。

    ホテルの部屋に戻れば、もう百音は就寝の準備をしなければならない時間。先にフロどうぞ、という菅波の言葉に、百音は素直に頷く。セパレートタイプの水回りで風呂を使うにも気兼ねがなく、百音も時折遠方からの中継でいわゆるビジネスホテルに泊まることも増えた中、菅波の部屋の手配のこまやかさに改めて気づいている。ほんと、せんせ、そーゆーとこ、と、百音は頬を膨らませながら、ぷくぷくちゃぽんと湯に浸かるのだった。

    髪を乾かし、スキンケアも歯磨きも終えて部屋に戻れば、普段の就寝時間になっている。ほかほかとホテルの部屋着を纏った百音に目じりを緩ませた菅波は、読んでいた論文をデスクに置いて自分の風呂支度を手に取って立ち上がった。風呂上がりの百音の額にキスを落とし、洗い立ての髪をそっと撫でる。

    「僕のことは構わず、先に寝ててくださいね」
    菅波の言葉に、百音は唇を尖らせて見上げる。一緒にいるのにまだ寝たくない気持ちがそこに現れていて、普段は長女然と我儘を言わないこの人のこの表情を見られるのは僕だけだ、と菅波はくすぐったくもうれしい。
    「まだ寝たくない?」
    菅波の言葉に、百音がこくりと頷き、菅波は髪を撫でていた手をそっと頬に滑らせた。親指で頬を撫でつつ、顔を覗き込む。
    「とりあえず、ベッドに入っててくれますか?なるべく早く風呂からあがるから」
    平日に泊りに来たことで百音の仕事に支障をきたしたくない、という菅波の考えも分かる百音は、唇をひっこめてこくり、と頷く。その少し不承不承、という様子がまた菅波にはたまらなくかわいく、頤に指をかけて、その桜唇にキスを落とせば、百音もそれに応えて。

    ほのかな眠たさとキスの心地よさの両方で眼が潤む百音を両腕のなかにすっぽりとおさめた菅波がポンポンと背を撫でてささやく。
    「今日はなにもしませんから、明日の仕事に備えてちゃんと寝ましょう」
    その言葉に身じろぎした百音が菅波を見上げる。
    「今日『は』?」
    助詞の含みをキャプチャしたその言葉に、百音の様子を上目遣いに伺いながら、菅波が頷く。
    「ええ」

    菅波に手をひかれるままにベッド際まで誘われ、捲られた掛け布団に体を滑り込ませれば、きちんとベッドメイクされたシーツの張りが心地いい。はい、とトスピローを渡されて横寝にそれをだっこすれば、寝相の納まりもよく。思わず、あふ、と漏れたあくびに、百音がむむっとした顔になってしまうのと、それをいとおしむ菅波の笑顔が同時で。風呂入ってきます、と、またキスを落とされた額をさすさすとしながら百音が菅波の後姿を見送る。居室を抜けばなに照明を常夜灯に落としていく気配りに、起きてたいのになぁ、と思いながら、平日の習慣になった就寝時間のリズムはそれはそれで抗いがたく、百音の瞼は落ちていく。

    いつも百音に烏の行水と揶揄される菅波が、風呂からあがり、そっと居室を覗くと、すうすうと微かな寝息が聞こえてきた。普段より少し遅いぐらいの就寝で、少しだまし討ちのようだったものの、やはり寝られてよかった、と菅波は口許を緩める。まだ寝たくない、と我儘がこぼれる百音がかわいくも、その寝たくない、はどこまでの意味かな、とは、先日の訪登の夜を思い出せば心は揺れる。とはいえ、まだ慣れない百音を平日の夜に誘うには逡巡の方が勝つのも、また、百音のためというよりは自己保身が強いような。

    ホントにこの人には僕はどれだけ弱いんだ、と、自嘲しつつ、そういう自分が嫌いじゃないな、とも思いながら、ベッド脇に寄れば、掛け布団に埋もれた百音のくつろいだ寝顔が半分ほど見える。数条の髪が乱れて顔にかかっているのを、そっと指でよけると、ん、と身じろぎをする。あぁ、ついやってしまった、と反省しつつ、まだ眠りが浅いかもな、とベッドに入るのは自重することにする。さっき途中になった論文でも読むか、とデスクライトを点けた菅波は、百音の静かな寝息を片耳に愛でながら読み物に没頭するのだった。

    ピピッという耳慣れたアラーム音で目を開けた百音は、一瞬自分がいる場所が分からず、天井を見て、あぁ、先生のとこに泊りに来てたんだ、と覚醒する。と同時に、傍らにあるかと思った温もりがなく、手を伸ばしてもひんやりとしたシーツの手ざわりが返ってくる。あれ?と起き上がると、部屋の反対側のデスクでなにやら紙束に書付をしている菅波が目に入った。

    「せんせ?」
    と百音が目をこすりながら声をかけると、顔をあげた菅波が、おはよう、とふわりと笑う。つられて、おはよございます、と、ぺこりとしながら、百音は菅波がこの時間まで起きていたことに気づいた。
    「寝てなかったんですか?」
    もぞもぞとベッドから這い出しながら百音が問うと、菅波は目許に手をやりながら、頷く。
    「寝入りばなを起こしちゃいそうだな、と思ったのと、途中だったこれを片付けたくて…」
    椅子に座ったままの菅波の横に百音が立てば、菅波がいたずらを見つかった子供のように見上げてくるので、百音も起き抜けの頭で何かを言えるでなく、菅波のくせっ毛の頭をそのままかき抱き、菅波もそれに応えて百音の腰に腕を回す。むぎゅっと最後に抱擁を強めた後、百音が腕を解いて菅波の顔を覗き込む。

    「起きた時」
    「はい」
    「隣にせんせがいなくて寂しかったです」

    百音のそのストレートな言葉に、菅波は口許をほころばせる。
    「はい、ごめんなさい」
    「明日は一緒に寝てください」
    「はい」
    「一回起こしちゃうけど」
    「はい」

    菅波の素直な返事に、百音はやっと菅波から一歩離れて、ボストンバッグから仕事着を取り出して出勤の支度にとりかかった。出勤のためのタクシーはフロントに手配済みで、その到着時間にめがけて出勤の支度はよどみなく。出勤後に改めてメイクをするので、必要最低限の薄化粧を終えた百音が、さて、と出勤用のバッグを手に取ったところで、ドアまで見送りに、とデスク脇の椅子から立ち上がった菅波を見上げた。

    「先生、私が出たらすぐ寝てくださいね?」
    菅波が、うん、と頷くのに、百音はデスクに目をやる。紙ととタブレットとペンと、なにやらの書籍が雑多なその机上に、むぅ、と唇を尖らせた百音が、菅波の手を取る。疑問顔の菅波の手をひいて、ベッド際まで数歩進んだ百音は、数時間前の裏返しのように掛け布団をまくってみせた。
    「ベッドからお見送りしてください」
    百音のその言葉に、菅波はきちんと寝てほしい、という百音の思いをくみ取り、ここは素直に聞くべきか、と頷く。もぞもぞとベッドにもぐりこめば、奥の方に残った百音のぬくもりが心地よい。

    肩までしっかり掛け布団をかけられて、菅波が百音を見上げると、出勤前の凛々しさと相まって、なんだかとても頼もし気な様子で、またその姿が菅波にはいとおしい。いってきます、と百音が菅波の額にキスを落とし、菅波が、いってらっしゃい、と、布団から右腕を伸ばして頬に手をあてれば、その手のひらにもキスをして、百音は、ちゃんと寝てくださいね、とデスクライトも消灯して、行ってきます、ともう一度言いながら出勤していく。

    ぱたん、と閉じるドアの音を聞きながら、菅波は、自分をベッド脇から寝かしつけてきた百音の様子や、寝起きばなに隣にいなくて寂しかった、と訴えた百音の様子を反芻して、口許が緩むのを止められない。さっきまでやっていた作業に未練はありつつ、こうして寝かしつけてくれた百音の思いを無下にすることもできない、と、零れるあくびを噛み殺すこともせず、ゆるりと歩み寄る睡魔に身をゆだねることにする。布団に残った百音のぬくもりに誘われ、菅波は瞼をゆっくりと閉じるのだった。
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    2023/11/25 13:49:12

    『いつか』の『またね』のその次の夜

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