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    しあわせの形・希望の形日は短くなってきたのに、残暑の気配がまだ濃いな、と手元が暗くなってふと思考が途切れたのは、永浦さんとの勉強会で1時間ほど過ぎた頃だった。最近の勉強会のリズムは、最初に30分ほど講義というか僕の解説、後30分ほど問題を解いて、永浦さんの自己採点後に不明点を一緒に考えるのに最大60分というのがおおよそのパターンになってきた。

    何から何まで説明して、それで理解度3割といった状況だったころから考えるとかなりの進歩だし、こうなるまでに思っていたよりも時間がかからなかったな、というのが正直な感想だ。本人は勉強が苦手とよく言うけど、これは、今まで勉強の仕方を知らなかったパターンなようだ。あ、そろそろ解き終わるかな。この様子は、まぁまぁてこずった系だな。

    「終わりましたか」
    声をかけると、眉根をハの字に寄せた永浦さんが顔をあげる。
    「おわりました…」
    はぁあ、と息をつきながら、テーブルの上に上体を傾けるので、早々に事実と向き合うように声をかける。

    「そのようですが、まずはすぐに答え合わせをしてください。終わったら、一息入れて確認しましょう」
    うぅう、もう結果は見えてるのに…と唇を尖らせながらも、赤ペンを取り上げた永浦さんは、自分で答え合わせをしながら、あぁ、と納得するように頷いたり、そっかー!と小さく呟いたりしていて、機械的な丸つけになっていない様子が見え隠れしている。

    「採点終わりましたー!あー、OLRの偏差、やっぱり苦手ですー」
    「永浦さん、エルニーニョ/ラニーニャ現象の相関にてこずりましたからね。じゃあ、確認していきますか」
    読んでいた論文をテーブルに置いて、立ち上がろうとすると、しんなりしていた永浦さんが、あ!と声をあげた。あぁ、これはおやつタイムに入るパターンだな、と思うと、思った通りに永浦さんが言う。

    「今日、アイス買ってたんでした!食べていいですか?」
    「もちろん、どうぞ」
    「はーい」

    少し足取りも軽く、椎の実の冷蔵庫に向かう後姿を見送って、また論文に目を落とす。勉強会を始めた頃、永浦さんが気をつかって、毎回、僕にも自分と同じものを用意してくれていたけど、見返りが欲しくて勉強会をしているわけじゃないし、新卒の永浦さんに金銭的負担をかけたいわけではないから、くれぐれも気にしなくていい、と伝え、数回の押し問答の末に、いただきものが重複しない限り、僕の分は用意しなくていい、に落ち着いている。その代わりじゃないけど、珈琲豆は椎の実から折半で買うことにして、休憩時間の過ごし方が着地している。今日はコーヒーは勉強会はじめに淹れたから、永浦さんがアイスでリフレッシュすれば採点結果の確認にすすめるだろう。

    いそいそと自席に戻った永浦さんが、なにやら箱をあけて、あ!と今度は楽し気に華やいだ声をあげた。
    「先生、せんせい!」
    なんだ、と顔をあげると、永浦さんが箱の中をこちらに向けている。チョコレートでコーティングされた一口サイズのアイスが6個入った定番商品で、特に珍しいものではない。意図を掴みかねている自分を見て、永浦さんが添付のピックを使ってひとつを取り出す。

    「ハート形です!」
    「ああ、ほんとだ。そういうのもあるんですね」
    一生に一度とは言わず一定の確率で遭遇するものなのだろうが、遭遇すればうれしいという気持ちは分かる。まぁ、これで気分が上がればそれに越したことはなく…と思っていると、席を立った永浦さんが、ハートのそれがささったピックをテーブル越しに僕に差し出している。

    「先生、あげます!このハート型のは『幸せのピノ』って言われてるんですよ!」
    「いや、僕は別に。せっかくでたものですから、永浦さんが食べてください」
    普段なら、こういえば二度勧めることはない永浦さんなのに、今回はピックをひっこめない。

    「先生にも幸せお届けしたいので!」
    幸せの定義とは、と思いつつ、こうなると押し問答になることも分かってきているので、じゃあ、もらいます、と、指先でピックの先のアイスをつまんで取ると、永浦さんが笑顔でうんうん、とこちらを見守っていて、こりゃ口に入れるまでこのままだな、と口に放り込む。

    冷たくて甘いものが口中を満たすと、晩夏の暑さが残る体に心地いい。どうやらそれが顔に出ていたようで、僕の顔を見た永浦さんが、ほっとした顔になって自分の席に戻り、ひとつを口にいれてうんうん、と頷いている。さて、食べ終わったら採点結果の確認だな、と、手元に予報士試験のテキストを引き寄せるのだった。

    +++++

    それが目に留まったのは偶然だったろうか。病院から132時間ぶりに退勤する途上、家に何もないな、と立ち寄ったコンビニで適当に弁当と牛乳を手に取ってレジに向かう途中に、冷蔵品を陳列しているケースの横を通った時に、普段は気にしないアイスが視界に入る。

    そういえば、これ、時々百音さんが食べてたな、と、白い箱に手が伸びる。覆いのないアイスケースからそれを取り出すと、すぐに周囲のフィルムがうっすらと結露する。

    雨、だな。

    親指で結露を拭うと、凝固した水分が指先に集まって水滴になる。消毒を重ねてかさついた指にその水分が心地いい。弁当の後に食うか、と買い物のひとつに加えて、精算を終わらせてコンビニを出る。とりあえず飯食ったら泥のように寝よう…。

    家で弁当を食いながら、百音さんにメッセージを送る。帰り道はまだ思考が病院の中に残ってたけど、家で飯を食ったらスイッチが切り替わった気がする。勤務中、2回ぐらいしか返信もできなかったのに、既読スルーが溜まっているのに、既読がついたら十分です、って言ってくれる百音さんに、甘えすぎちゃだめだよな、と反省しか出てこない。

    『久しぶりに帰宅して、弁当食べてます』
    他愛ない報告だけど、実際これ以上何も話題も見つからない。送ったらすぐに既読がついた。百音さんが寝る前に間に合ったな、と思っていると、すぐに返信が来た。
    『おかえりなさい』
    簡潔な言葉に続いて、おかえり!と手を振るコサメちゃんのスタンプが送られてきた。ただいま、と傘イルカくんが飛び跳ねているスタンプを送るとそれにもすぐ既読がついて、ペコンとメッセージが表示される。

    『今、電話かけていいですか?』
    嬉しい申し出に、もちろん否はなくて、せっかくだから僕の方から発信すると、すぐに百音さんの声が聞こえた。あぁ、何日ぶりだろう。

    「先生!」
    「こんばんは、百音さん」
    「こんばんは。あ、先生、ご飯中だったんですよね?ごめんなさい、つい、うれしくて」
    「ううん、僕も声聞きたかったから」
    「じゃあ、スマホ置いて、ビデオ通話にしませんか?そしたら先生ご飯食べれるでしょ」
    「あぁ、そうしようかな」

    スマホをグラスに立てかけて、カメラをONにすると、百音さんの顔が見えた。風呂上がり、寝支度も整えてリラックスした雰囲気で、あぁ、やっぱり顔見るのいいな、とそれだけで5日間の緊張がほぐれるみたいだ。百音さんの近況を聞きながら食べる弁当はさっきまでの何倍もうまい気がする。

    食べ終わって、弁当ガラを袋に入れようとしたところで買ってたアイスに気づく。
    「そういえば、今日、これを買ったんです」
    とパッケージを見せると、百音さんが、あ!と笑う。
    「うん、見かけて、なんだか懐かしいなと思って」

    ですね、と笑う百音さんが、ふと思いついた顔になる。
    「どうしたの?」
    「昨日、ちょうど同じの買ってて、冷蔵庫に入れてあるんです。とってきて、先生と一緒に食べようかな」
    「うん」
    距離は離れてるけど、一緒に同じことをする。それだけでもとっても贅沢なことで、そうしようって百音さんが思ってくれることが本当にうれしい。ちょっと待ってて、と百音さんが部屋を出て行って、でもすぐにお待たせしました!って軽く息を弾ませて画面に戻ってくる。

    わくわくしてる顔がまたとってもかわいくて、会いたいなぁ、という思いが沸き上がる。そりゃ、会いたいだろ、ともう一人の自分がつっこみを入れてくるのもいつものこと。百音さんが嬉しそうに、僕の手許にあるのと同じパッケージをみせてくるので、僕も同じように見せるととてもくすぐったい。

    「歯磨きしちゃったけど、もう一回歯磨きしたらいい、ってことにしました!」
    「それでいいと思います」

    じゃあ、と同時にペリペリとフィルムをはがして蓋を開けると、思いがけず、画面の向こう側とこちらと、同時に声が出た。

    「あ、星!」
    「あ、ハート!」

    ん?と画面をみると、百音さんが、ハートの入った中身を見せてくれてる。僕は僕で、星が入った中身を見せると、百音さんがすごーい!と声を弾ませた。

    「二人ともだなんてすごいですね!」
    「ほんとに」

    百音さんがハートのアイスにピックを刺してこちらに見せてくる。
    「覚えてますか?勉強会の時、先生にこれお裾分けしたの」
    「もちろん。夏の終わりで、冷たくておいしかった」
    「先生に幸せがきますように、って、思って」

    百音さんの声が少し潤んだようで、でも、僕には声をかけることしかできない。あぁ、もどかしい。でも、声を届けることはできる。

    「幸せをもらってます、いつも」
    力強く言いきれば、百音さんも僕の意図を汲んで、うん、と頷いてくれる。
    「きっと、先生と一緒に食べるから、ここにハートが入ってたんですね」
    「そうかも」

    僕の手許の星の形のアイスにピックを刺して、画面に写す。
    「この形にも、何か意味があるんですか?」
    「それは、『希望のピノ』って言われてます」
    「きぼう」

    それは、僕に、今の僕に切実に必要なもので、もう、なんならそれだけがギリギリ、僕や他の医療者を支えてきたようなもので。それを象徴するかたちが、百音さんと話してる時に出てくるなんて、出来過ぎな出来事だけど、こと、百音さんとのことに関しては、すべてが奇跡なようなものだから、だから、あきらめなくていい、って思える。

    じゃあ、せーので食べましょ、って百音さんが言うので、せーの、って食べたら、あの登米の日と同じで、あの登米の日より甘い味がする。おいし、と目を細める百音さんが、あの登米の日と同じくかわいくて、あの登米の日よりもいとおしい。

    うん、時間も距離も、僕らの幸せと希望の前にはきっと些細な事。
    甘いね、と言えば甘いねと、答える人が生きてるんだから。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/12/24 1:56:58

    しあわせの形・希望の形

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