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    すのーだっく・らぷそでぃ仕事のお遣いで近所のスーパーから戻る車中。百音は思いがけない収穫になんだか楽しい気持ちでハンドルを握っていた。たまたま引いた福引で、5等賞を当てたのだ。この手のものは大体、参加賞でティッシュをもらうのがせいぜい、と言うのがお決まりなので、一番下の賞であれ、うれしい気持ちになろうというものだ。

    しかも、商品でもらったものは、登米夢想周辺で初めて積雪があった今日にまさにうってつけというもの。まだ慣れない雪道運転を気をつけながらも、百音は楽しい気持ちで曇天の下、森林組合の軽四駆を運転するのだった。

    椎の実のランチタイムを手伝った後の遅い昼休み、百音はいそいそと福引の景品を持って外に出た。百音の右手で颯爽と輝くのは、黄色いプラスチックでできた柄のハサミ状のものである。駐車場の隅で、両手で柄を持ち、その先端でぎゅっと雪を挟んで開いてみると、そこにはアヒルのシルエットになった雪玉がちょこんと鎮座していた。

    雪合戦の雪玉を作るツールが元になっていて、それをアヒルの形で作ることができるという遊び道具で、実に他愛ないが、その他愛なさがシンプルに楽しい。2匹、3匹と作ったところで手近な雪が尽きて、百音は他に雪はないものか、と周りを見渡した。

    周囲の手すりなどもすでに雪がどけられているし、が駐車場の車も、ほとんどが出入りがあったものと見えて雪は積もっていない。唯一、まだ雪が残っているのが、菅波の車だった。正確には、よねま診療所の訪問診療用の車なのだが、導入後、当番医の通勤にも使って良いことになっており、今週は菅波が当番に当たるので、菅波の車と言って語弊はない。

    そっか、今日は先生の訪問診療午後からだ、と百音が菅波のスケジュールを把握しているのも、勉強会の都合調整で菅波から連絡が入っているからである。最近は、サヤカや他の登米夢想の関係者は菅波の予定は百音に聞けば良いと思っているフシがあり、そのことを知った菅波が、『永浦さん、その状況には少し疑問を持ちましょう』と指摘をしたものの、百音としては菅波の貴重な時間を割いてもらっているという認識から予定を把握していないと迷惑がかかるし、と、結局何に疑問を持つべきなのか分からずじまいだったりしているのだが。

    よし、と百音は立ち上がり、菅波の車の前に移動する。ボンネットの上の雪を前方中央だけ残してあらかた落とした後、ついでに屋根の雪下ろしもして、それが終わったところで、ボンネットに残した雪を丁寧にアヒルに形どる。そっと型を外すと、綺麗にアヒルの形を抜くことができた。いわゆるボンネットマスコットのようにアヒルが燦然とボンネットの上に鎮座して、なかなかの風格を醸し出しているように見える。

    先生は雪かきしちゃうだろうけど、一瞬でも笑ってくれたらいいな、と、冬を迎えて体調を崩しがちな地域住民のケアに奔走する菅波のリアクションに思いを馳せつつ、百音はアヒルの雪バサミをかちゃかちゃとしながら森林組合の事務所に戻るのだった。

    数十分後、訪問診療の準備を整え、大きなバッグを持った菅波が、現地で合流予定の看護師と電話をしながら登米夢想の駐車場に姿を見せた。隠れ結露の地面に転ばないように、建物の境界で電話を切って、念入りにスマホをジャケットの胸ポケットに仕舞う。慎重に歩を進め、駐車場の隅の車にたどり着いたところで想定外のものに眉を寄せた。

    朝方にひと降りした雪を車から下ろさねばならないだろうと思っていたのに、すっかり雪下ろしがされていて、その代わりにマスコットよろしく、ボンネットの前方中央に艶々と雪のアヒルが鎮座している。

    事態を飲み込むのに一瞬の時間を要したが、すぐにある程度確度の高い推論が成立する。おそらくは、登米夢想勤務としては同期ながら、実年齢では医学部6年生と1年生よりもまだ開きがある米麻森林組合の職員の仕業だろう。まさかこのアヒルの型が森林組合の備品じゃあるまいな、と思いながら、菅波は助手席のドアを開け、提げていた診療バッグを載せる。運転席に乗り込もうと車の前を回りながら、改めてボンネットマスコットづらした雪のアヒルが目に入る。

    このまま走れば落ちるだろうし、特にそれで永浦さんが何か自分を咎めるようなこともないだろう。型があればいくらでも作れるものだし、今日が雪最後の日というならいざ知らず、むしろ初積雪でこれからはアヒルも作り放題というもの。まぁ、いいか、と思いつつ、雪の塊とはいえど、生き物の形をしたものを無下にするのもなんだか気が引ける。

    やれやれ、と、菅波はひとつ首を振って、そっとボンネットから雪のアヒルを外し、左手にのせて周囲を見渡し、目に付いたのは「よねま診療所はこちら」という案内板だった。奥行も十分にあるその上に乗せると、まるであつらえたかのように雪のアヒルが落ち着いた。

    これでいいか、と思いつつ、ふとポケットからボールペンを取り出す。カチ、と芯をだして、アヒルの目の位置に見当をつけて小さく穴をあける。目を得たアヒルは、それだけで命を吹き込まれたような。

    さて、帰ってくるころまで残ってるかどうか、と菅波は曇天を見上げ、いかん、看護師との待ち合わせに遅れる、と車に急ぎ、危うく凍結した地面にすってんころりんするところを、かろうじて運転席のドアにとりついて事なきを得たのだった。

    菅波が訪問診療に出た入れ違いに、森林パトロールに出ていた木村の車が帰ってくる。その気配に気づいた百音が手伝いに駐車場に出て、菅波の車がないことに気づく。先生、アヒルどうしたかな、と地面を見て、それらしき雪片が見当たらない。そのまま運転してっちゃったのかな、と思ったところで、案内板の上に乗せられたアヒルが目に入った。

    先生、アヒルちゃん助けてくれたんだ、と百音は心の中でくすりと笑う。みれば、小さく目が穿たれている。そのアヒルみが増した様子が、菅波の仕業と分かると、無性に面白い。さすがお医者さんだなぁ、と百音は少し溶け始めている雪アヒルの頭をちょんとつついて、器用な足取りで木村の車に向かうのだった。
    ねじねじ Link Message Mute
    2023/12/24 22:49:17

    すのーだっく・らぷそでぃ

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