はじめてのおとまりのひる間に合わせの食器で簡単な朝食を済ませた二人は、昨日の夕食時に話をした、食器や台所道具の買い物に出るべく、買い物リスト作りにダイニングテーブルで額を寄せ合う。
フライパンは菅波が大学に入学して以来買い換えていないというし、菜箸やフライ返しといった消耗品の類も、大して料理をしない独身男の常というべきか、箸先や返しの先が焦げたものを騙しだまし使ってきていて、限界はすでに超えている。
百音が、少なくともこれはいるかな…と台所道具を書き出すのを、菅波が興味深く眺める。そうか、フライパンも定期的に買い替えるものなんですね、とそんなこと考えたことなかった、という顔で、その納得顔が百音には楽しい。もちろん、鉄製とかで長く使えるものもありますけど、テフロン加工だったらハゲてっちゃいますからね、という百音の言葉に、菅波は鉄製のフライパンを維持できる気がまるでしないので、これからは適当に買い替えることにします、とおとなしく頷く。
自分がざっとラインナップしたリストを見返した百音が、菅波を見上げる。
「すり鉢って、先生使いま…す?」
「少なくとも僕一人だったら絶対使わないですが、永浦さんが必要ならぜひ」
「うーん、自分が一人暮らしするんだったら、すり鉢ないって違和感あるんですけど、ほとんど使わないであろうモノを先生のお家に増やすのもなぁ、って思うし…」
ずんだ潰すのにマストアイテムだけど、先生はずんだ潰さないもんな…と、おもむろに真剣に考え込む百音が、菅波にはかわいくてたまらない。
「買いに行った先で、よさそうな大きさのものがあれば考える、でいいんじゃないですか」
という菅波の言葉に、それもそうですね。大きいサイズしかなかったら持て余しちゃうし、と頷いたモネは、リストに 『すり鉢(ちょうどいいのがあれば)』と追記する。
おおよそ、台所道具を書きだしたところで、後は食器ですかね~、と、菅波の家にある食器をリストアップしていく。
「買うものじゃなくて、今あるものをリストアップするんですか?」
という菅波の問いに、百音はうん、と頷く。
「先生のおうちにあるものから、何を増やすか、って考えたらいいかなと思ったんです。お茶碗とか、私の分だけだし」
「なるほど」
ふむふむ、と百音がリストを作り終え、さて、出かける支度をしますか、と寝室に向かう。
「そういえば、買い物する場所ですが、どこに行きましょうか。ドライブがてら仙台方面とかに出てもいいけど」
寝室で菅波はクローゼットからチェックシャツを取り出しつつ、ボストンバッグから着替えを引っ張り出している百音の意向を確認する。まだこの関係が始まってから登米で二人だって外出したことがほぼないことを踏まえ、少し離れたところに行くのが良いのかもしれない、と菅波が気を回していることに、気づいてか気づかずか、ボストンバッグからワンピースを取り出した百音は、菅波を見上げる。
「もし先生がよければ、かぬまのショッピングモールに行きたいです」
百音の言葉に、菅波が戸惑うのは、百音の言う場所は、それなりの規模のショッピングモールで今回の目的のような買い物をするには至極妥当な選択肢の一つである一方、問題はその所在地である。登米市内ど真ん中といって過言でない場所であり、百音が登米で働いていた時にも勿論常用していたモールで、つまり登米夢想に出入りするような人たちも常用していて、行けば誰かしらとすれ違うような場所である。
「久しぶりに登米でお買い物だから、懐かしいとこに先生と行ってみたいなー、って思って。何か変わってるかな、とか」
続く言葉に、菅波は百音の意図を理解し、ぜひその思いは叶えてやりたいと思う一方で、当初菅波が懸念していた点を百音が気づいていないだけの可能性もある。性分として、晴らせる懸念点は全て晴らした上で次の工程に進みたい菅波は、念のため、と口を開いた。
「確かに、いつも使っていた場所ですしね。とはいえ、あそこだと誰かしら知り合いがいると思われますが、その点は大丈夫ですか?」
「みんな使う場所だから、誰かいるのはそうじゃないですか?」
「その、それはそうなんですが、僕と二人で、というとものすごく見られる可能性があります」
菅波がここまで言って、やっと百音は意図を理解しつつ、それでもなぜそれを気にするのだ?という表情である。
「でも、私が先生のところに遊びにきてるのは、登米夢想の人たちは知ってることだし、いいんじゃないですか?」
という百音の言葉に、これは自分の方が意識過剰だったかな、と菅波は我が身を振り返る。
職業柄、自分の行動が地域に広く捕捉されがちなことに負担感を覚える同業の話を聞くことも少なくなく、また、菅波自身も登米に通うようになった当初はそれに戸惑ったものだ。今でこそある程度スルーできるようになったものの、それに百音を巻き込んでは申し訳ない、と思っていたところ、当の百音はそれを気にしていない様子。
これは、育った生活圏における知り合いの密度の差異から来る違いかもな、と、菅波は、一度だけ訪れたことのある港町とその先にあるまだ訪れたことのない島、それに自分が育ったいわゆる都下と呼ばれる地域に一瞬思いを巡らせ、またひとつ新しい発見があった、と、そっと大切に心の中にしまう。当該の状況をマイナスに捉えていないひとに、わざわざマイナスの意味を気づかせて居心地を悪くする必要はない。
「僕が気にしすぎでした。永浦さんにとっては、せっかく登米でゆっくり買い物ができる機会ですし、久しぶりの場所に行くことにしましょう」
菅波の言葉に、百音が嬉しそうに頷く。その嬉しそうな表情に口元がつい緩んでしまうのも現金なものだ、と菅波は自分の顔をつるりと撫で、じゃあ、僕はリビングで着替えるので、永浦さんはここをどうぞ、と自分の着替え一式を持って菅波は寝室の戸を閉める。
めいめいの支度を終えた二人は、作成した買い物リストを百音のリュックに、菅波愛用のエコバッグを菅波のリュックに入れて、では、と顔を合わせる。
「行きますか」
「行きましょう」
玄関ドアを出て、駐車スペースに向けて二人で歩き出したところで、菅波の右手が百音の左手を捉える。ほんの少しの距離なのに、とうれしくはにかむ百音が歩きながら菅波を見上げ、菅波も、目じりを下げて百音と目を合わせる。先生とのお買い物楽しみ、と笑う百音に、僕もです、と返事をした菅波は心中で、『これは、いつかの 『みせつけますか』 だが、いいんだかわるいんだか』と覚悟を決めるのだった。