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    モネちゃん 先生になる(後編)『気象データコンサルティングサービスのローカリゼーションと課題』がテーマの百音の講義のメイントピックは、亀島で明日美の両親が営むスーパーマーケットへの気象データサービスである。島が架橋したことで経営環境が劇的に変化する中、手をこまねくことなく、島内のグランピングサイトとの提携や、夏の海水浴客向けのデリバリーサービス、島外にもスコープを拡げたストレージサービス等、意欲的な取り組みをトライアンドエラーしている。その一環で百音に相談があり、気象データを各種サービスに盛り込もうと続けている試みである。

    グランピングサイトや海水浴客は動向が天気に大きく左右されるし、ストレージサービスにおいては気温の変化による消費電力の予測も短期キャッシュフロー予測の重要なインプットである。ウェザーエキスパーツ社が全国展開のスーパーマーケットに提供している気象データコンサルティングサービスをベースに、サービスをカスタマイズし、明日美の両親と百音が一緒に試行錯誤してきた。

    気象データの予測範囲や期間、指標のカスタマイズにとどまらず、提供した情報がどう経営判断に利用されたか/されなかったかと言う振り返りにおいては、実行に効果的なSKUの見直しなど実行性を高める検討も一緒に進めている。気象予報だけでなく小売や流通の知識や理解を身に着ける必要があり、百音にとって手探りの事も多かったが、明日美の両親がモネちゃんのお仕事に今後も役立つだろうから、とあれこれ教えてくれたことはありがたいことだった。しかし、両者にとってビジネスの話であることが大前提のため、それぞれの立場で厳しい局面もあった。

    今回の百音の講義では、気象データコンサルティング業務の業務内容そのものだけでなく、ローカルなビジネスを展開するにあたって不可避な人間関係や人脈と、その良し悪しについても踏み込んでアジェンダに組み込んでいる。それをアドバイスをしたのは菅波である。都会のやり方をそのまま持ちこんでもうまくいかないことや、知り合いとビジネスをする場合の難しさなどは、皆、何となく知っている・分かっている気になっているものだが、改めて当事者になると、壁としてぶち当たりがちなこと。それを当事者の口から実体験として聞くのは勉強になるだろう、とは、登米で揉まれた菅波ならではの実感もこもっている。

    事前の打ち合わせで、本社の協力を仰いだ事例や地域の外からの目線での補足を入れるタイミングで朝岡が口を挟む。それによって、百音と朝岡の掛け合いになるので、聞いている方も単調にならなくて集中が途切れない。この辺りは、朝岡の講義の経験値だろうな、と思いながら、朝岡が百音の気象予報の世界を啓き、今までのキャリアに渡って師匠として導いていることの幸運を、菅波は改めてしみじみと噛み締める。噛み締めつつ、朝岡視点から話を聞くことで、あの時に聞いていた話はそういう経緯もあったのか、といった個人的な気づきもあり、菅波は、おそらく教室内の誰よりも熱心に、百音の講義に耳を傾けるのだった。

    予定の時間を5分超過にとどめて百音は講義を着地させる。
    「それでは、ここで講義を区切って、質問を受け付けたいと思います。何か、質問がある方はいらっしゃいますか?」
    と百音が投げかけると、教室の中からぱらぱらと手が上がった。では、あの左の黒いカーディガンの方、と百音が指名すると、マイクランナーの院生が指名された学生の元にマイクを届ける。

    「貴重なお話ありがとうございました。お話いただいた、気象データコンサルティングをローカライズした点について、ローカライズを通して、逆に本社の全国サービスに反映された観点のようなものはありましたでしょうか」

    学生の質問に、百音はほぼ間を置かずに口を開く。
    「そうですね、いずれは、という話はしていますが、まだ気仙沼と、気仙沼の事例を横展開し始めた陸前高田でのケースしかないので、何か具体的に反映した点はありません。これから、津々浦々事業がエリア拡大するので、そのデータをどういった軸と粒度で集めるか、を整理している段階です。朝岡さんの展望はいかがですか?」

    「ええ。やたらと時間をかけるつもりはありませんが、それでも短絡に取り込むのではなく、複数の検証モデルを回して確度をあげていきたいですね」
    「ウェザーエキスパーツ社には、気象予報士以外のデータアナリストやビジネスコンサルタントといった専門職も多く在籍していますし、知見を持ち寄るのが大事だと実感しています」

    朝岡にバトンを回し、それを受け取った朝岡が端的に情報を付加して、それを百音がまとめる。講義中と同じく息が合ったやりとりに、拠点は東京と宮城県北に分かれていても円滑に仕事をしている実態も非言語情報として表現されており、菅波がそっと聴衆を見回すと、その非言語情報もしっかりと教室内に届いているようだった。

    質問した学生が、ありがとうございました、と礼を述べて着席し、では他の方、と百音が投げかけ、ではあちらの…と次の学生を指名し、質疑が続く。5件の質問に答えたところでほぼ時間一杯となり、百音が、それでは、時間になりましたので、私からの講義は以上といたします、ありがとうございました、と締めくくった。

    学生からの拍手に頭を下げ、マイクを朝岡に渡す。朝岡から、次回の講義予定とそれに向けた準備についての説明があり、続いて教授から教務の連絡事項が通達され、その話が終わったタイミングでチャイムが鳴った。教授が、改めて、本日ご登壇のウェザーエキスパーツ社 永浦さんと朝岡さんに拍手を、と声掛けがあり、百音と朝岡は、頭を下げて教室からの拍手を受けた。

    三々五々、学生が教室から退出していき、朝岡と教授が話している間に、あらかた自分のレジュメやノートPCを片付けていた百音も、忘れ物がないかと教壇周りを確認している。菅波も、ひとまず教室を出るか、とレジュメや筆記用具をリュックに仕舞っていると、教壇にちらほらと学生が集まっているのが見えた。さっきの質疑応答の時にあたらなかった学生が質問をしに行くのはよくある事、とスルーしてまとめたリュックを背負おうとすると、百音を囲む学生の数名が、両手を体の横に持ちあげて何かの仕草をしている。あれは気象中継キャスター時代のパペットの話をしているのか、と菅波は小さく眉根を寄せた。

    百音がキャスターをしていたのは、ちょうど学生たちが中学生ぐらいの時で、覚えている者がいても不思議ではない。そのころには握手などを求められることもあったと聞くが…と見ていると、百音はにこやかに学生たちと話をしつつ、片付け中のテイでノートPCやクリアファイルなどを体の前に抱えて持っている。両手はふさがっていて握手に応じられる状態でないことは自明、かつ、持っているもので嫌味なく相手との一線を引いていて、無理なく程よい距離感で話ができるその様子に、菅波は自分の知らなかった百音の仕事の顔を見たようで、ふわりと口許を緩め、リュックを左肩にかけて教室後方のドアに向かうのだった。

    質問や、あさキラッ見てました!という学生との会話に区切りがついた百音は、荷物をまとめて教壇の反対側にいる朝岡と教授の元へと足を向けた。
    「今日は、貴重な機会をいただいてありがとうございました。勉強になりました」
    と百音が挨拶をすると、教授も、こちらこそ、と頭を下げた。

    「私自身、とても面白く拝聴しました。全国区のサービスに接続しながら、エリア独自の取り組みにするというのは、学生にも刺激になったと思います。1回だけなのがもったいないぐらいです」
    「いえ、この1回でも私には本当に身に過ぎるほどで。もう、あとは朝岡が、はい」

    恐縮してみせる百音に、朝岡が、本当にいい講義でした。確かに、後2回ぐらいやってもらってもいいかもしれませんね、などといつものように調子のいいことを言うので、百音は苦笑するしかない。

    「永浦さん、改めて、講義お疲れさまでした。私はこの後、教授と次回以降の打ち合わせがあるので、今日はこのまま上がってください。また、明日本社で」

    朝岡の言葉に、百音は分かりました、と頷く。教授と院生たちに、改めてありがとうございました、と頭を下げて、百音は教壇を降りた。荷物を持って、教室前方の黒板横のドアから廊下に出る。さて、出口はどちらだったか、と首を巡らせたところで目に入ったのは、半ば予想していた景色だった。

    大きな窓が並ぶ採光のよい廊下には、キューブソファやローテーブルが一定の間隔で配されていて、学生が教室以外でも過ごせるようになっている。三々五々、数名の学生が何か話をしていたり、一人で膝にのせたノートPCのキーボードをたたいていたりする。その中に、相変わらずの猫背で足を組み、スマホを片手に、少し窮屈そうにキューブソファに座っているのは、講義に紛れ込んでいた百音の夫である。百音が教室から出てきたのを見止めた菅波がスマホをチノパンに仕舞う間に、百音が菅波の前に立つ。

    とっても何か言いたげな顔をして自分を見下ろしてくる百音を、菅波はいたずらが見つかった子供の顔で見上げ、しばらく二人はそのままで見つめ合っていた。沈黙を破ったのは百音である。

    「せんせい」
    「はい」

    短いそのやりとりの後、また二人の間に沈黙が落ちる。自分を見上げる菅波のなんともいえない表情に、百音の口許がじわじわと緩み、しばらくしてくつくつと笑いが漏れた。

    「今日、お休みだったんですね」
    「終日ではないですが、調整しました。話を聞いて、すぐ」
    「二か月前ですね」
    「二ヶ月前です」
    「もー」

    百音が笑いながら両手を差し出すと、菅波は、はにかみながらその両手をとって立ち上がった。
    周囲を慮り、菅波がすぐ手を離すと、百音もその意図を汲んで半歩後ろに下がり、今度は菅波を見上げる。普段とは違うひと仕事を終えた充足感と安堵の百音の顔に、菅波はふわりと笑う。

    「とても素敵な講義でした」
    その一言に、百音は破顔し、菅波も、さすが百音さん、と、嬉しそうである。

    「今日はもうあがっていい、って朝岡さんが」
    「そっか。じゃあ、珍しい機会だし、ちょっとキャンパスの中うろついてみますか。学食に槇塚キャンパス名物のプリンアラモードありますよ」

    魅力的な菅波の提案に百音がこくこくと頷く。じゃあ、行きましょうか。確か、こっち…と菅波が指し示す方に二人で歩きはじめる。

    「医学部はここのキャンパスじゃないって言ってたけど、来たことあるんです?」
    「高校の同期がここの理学部だったので、学園祭に顔を出したりとかでたまに」
    「学園祭…。文化祭みたいな?」
    「そうそう。キャンパスごとにやるんですよ」
    「へぇ。というか、光太朗さんもそういうのに参加するんですね」
    「あなた、僕のことなんだとおもってるんですか」

    大学院生の同期か同僚の講師かという風情でゆるゆると雑談を交わしながら歩く二人を、廊下の大きな窓からの光がふわりと包んでいるのだった。
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    2024/01/21 12:12:39

    モネちゃん 先生になる(後編)

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