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    審神者のさあちゃん 今になってやっと不思議に思うのだが、その子の自己紹介が何故だか聞き取れなかったのだ。周囲の誰に聞いても、「……あれ、なんだっけ」と曖昧なことしか言わない。同級生もまさか「名前を聞いてませんでした、教えてくれる?」なんて不躾なことを尋ねることはできなかったのだろう。
     けれど誰か頭のいいクラスメイトが、突破口を開いて彼女に聞いてくれたのだ。
     そう、「なんて呼べばいい?」と。
    「うーん……難しいな。じゃあちょっと恥ずかしいんだけど、さあちゃんって呼んでくれる?」
     照れ臭そうに笑って、彼女は言う。高校生にしては少し子供っぽいような気のする呼び名も、なんだか彼女にはしっくりきた。
     さあちゃんはそういう不思議な子だった。



     なんでも、一か月高校に通わないと高卒の資格が危ういらしい。
    「ちょっと……事情があって、色々別なところで単位取ってたんだけど。どうしても一か月は出席日数がいるって言われて。だから一か月だけなんだけど」
    「へえ……大変なんだね」
     さあちゃんは、私の後ろの席に急遽やってきた転校生だった。外見はいたって普通の、どこにでもいる高校生に見える。ただ、全員揃いで着ている制服は、さあちゃん一人だけ真新しいからかぴかぴかとして見えた。
     人見知りはしないようで、来たその日にはもうその場に馴染んでいた。何故だかクラス全員が彼女のことを「さあちゃん」と呼んだので、親しみやすかったのかもしれない。学校に通えない分、別で単位を補ったと言っていたけれど、勉強は人並み程度にはできていた。古文がとても得意で、英語は少し怪しかった。
     私は前の席に座っていたのもあって、さあちゃんとはよく話す方だった。私が話すドラマや歌番組の話を、さあちゃんはいつも「そうなんだ」と笑って聞いていた。彼女自身はあまり、そういうものに興味があるほうではないようだった。
     それにもう一つ特徴的だったのは、やたらと豪華なお弁当を毎日持って来ていたことだった。
    「さあちゃん、これなあに?」
     さあちゃんが転校してきて三日目の昼、お弁当を包んでいた綺麗な布からひらりと半紙のような薄い紙が落ちて、私はそれを拾い上げたことがあった。紙は薄ピンクで、透かすと花の模様まで浮き上がる美しいものだったけれど、書いてある文字が達筆すぎて読めなかった。しかも筆で書かれたものだったのだ。
    「うわっ」
    「えっ」
     さあちゃんはそれを見るなりぎょっとして、慌てて私の手からそれを取る。私はその薄い紙が破けてしまわないか心配なくらいだった。さあちゃんは上から下までその紙を見て、はあと脱力したように肩の力を抜き、私に謝った。
    「ご、ごめん……びっくりしたよね」
    「う、ううん。手紙? 綺麗な紙だね」
    「う……うん、あの、ほん、家の……家族が。皆で食べなさいって、お弁当にお菓子が入ってるみたいなんだけど」
     はあーと珍しく溜息まで吐きつつ、彼女はお弁当箱を包んでいた布を開く。確かにいつものお弁当より大きな箱だったそれには、中にカップケーキが詰まっていた。甘くていい匂いがふわりと広がる。
    「えっ、す、すごい! 家族の人が作ったの? これ?」
     結構な量だ。作るのも焼くのも、何もかもものすごく時間がかかりそうな。さあちゃんは包んであった布を畳みつつ、うーんと苦笑いする。
    「クラスの人数を聞かれたからまさかと思ったんだけど、全員分焼くとは思わなくて……。あ、よかったら食べちゃって。持って帰るとまたうるさいから」
    「ありがとう、いただきます」
     美味しい。もらったクラスメイトも口々に美味しい、美味しいと言っていた。カップケーキは焼いてから暫く時間が経っているはずだが、そのためかしっとりとしている。ふんわりあまじょっぱい味がして、何かなと考える。さあちゃんに聞けば、「桜かなあ」と教えてくれた。
    「桜?」
    「塩漬けにしたやつ……たまに食事に出るから、それかなって思うけど」
    「……さあちゃんの家ってもしかしてすごいお金持ち?」
     使っているものも、身の回りのものも、さあちゃんのものはとてもいいものに見えた。それに加えて今日はこの大量のカップケーキだ。学校に簡単に行けない事情といい、いいところのお嬢さんなのだろうか。
     そう思って聞いてみたのだが、さあちゃんは首を振りながらぺりぺりとカップケーキの包み紙を剥いていた。
    「ううん、そういうんじゃないんだけど……。私が一か月も学校に通うの初めてだから、なんだか家族の方が変に張り切っちゃって」
    「ふうん……でもいいね、家族仲良しなんだ」
     さあちゃんのためにこれだけ張り切ってお菓子を焼くくらいなのだから、そうなのだろう。しかし言われたさあちゃんの方は一瞬だけきょとんとしたが、そのあとすぐにくすぐったそうに笑った。
    「あはは、そうかも。仲良しかあ」
     自分の家族のことなのに、さあちゃんはなんだかもう少し遠い人のような、そんな言い方をした。
    「いいなー、今度遊びに行ってみたい」
     私がそう言うと、さあちゃんは目をぱちくりさせた後におかしそうにくすくす笑う。なんだか嬉しそうだなと思ったのをよく覚えている。
    「えぇー? どうかなちょっと、いやすごく吃驚するかも……」
    「えー、余計気になる。そう言えば兄弟は? いる?」
     さあちゃんがそのとき何と答えてくれたのか、私は実は覚えていない。もしかしたら、答えてくれなかったのかもしれない。
     けれど一番度肝を抜かれたのは、ぴかぴかだったさあちゃんの制服も何となく馴染んで、たった一ヶ月の学校生活が三週目の折り返しに入ったころのことだ。その日朝登校してきて鞄を覗き込んださあちゃんが、「あ」と小さく言った。
    「お弁当忘れてきちゃった」
    「え? 大丈夫?」
    「うん、まあ、普通に買えるから。それでいいよ」
     あの毎日豪華なお弁当を忘れるなんてもったいない。周囲の女友達は皆そう言って、さあちゃんもそうだねなんて笑っていた。
     しかしお昼になったとき、教室の前側のドアをガラリと開けてとんでもない人がさあちゃんの元にやってきたのだ。
    「あー、いたいた。君、お弁当忘れただろう」
     制服じゃない、黒いシャツに白いスラックスの男の人。大学生かそれより少し上くらいの年齢に見えた。首からは「来校者」という赤いストラップのついた名札を引っ掛けているその人は、何でもないように教室に踏み込むと一直線にさあちゃんの席にやってくる。手にはいつもの綺麗な布で包まれたお弁当を持っていた。
     だが何より目を引いたのは、その男の人のふわふわの金色の髪と目である。そしてこちらの度肝を抜くような整った顔立ち。
    「ちゃんと厨に出しておいたのに、うっかり寝坊なんてするから」
    「う、うわーーっ!」
     さあちゃんはあり得ないくらいの大声で叫んで立ち上がったので、私はぎょっとした。たぶんクラス全員が初めて、さあちゃんのそんな大きな声を聞いた。
    「なっなんで」
    「なんでって、君がお弁当忘れたから届けに……」
    「来なくていいよ! 買えば済むんだから!」
    「でもせっかく作ったんだよ。今日は弟がういんなーをたこにしたって」
     弟、つまり家族。まさかこの美形はさあちゃんのカップケーキの家族か! 私があんぐり口を開けてその男の人を見ていると、彼はこちらに気づいてにこりとした。笑っただけで春風が吹きそうな綺麗な人だ。
    「ああ、君が前の席の子かい。毎日お話して、ご飯一緒に食べてくれるって。いつもありがとう」
    「え、ええと、さあちゃん、家族の人?」
     私が動揺してさあちゃんと呼ぶと、彼は小首を傾げた。どうにもピンと来ていない様子だったが、さあちゃんを見て合点がいったように手を打つ。
    「さあちゃん……? ああ、さあちゃん!」
    「えっえっと、い、いいから! お弁当はもらうからもう帰ってってば!」
     さあちゃんがぐいぐいと男の人を押し出そうとする。しかしびくともしない彼は困ったように首を傾げて、さあちゃんの手首を掴む。
    「でもちょっと君に伝えなきゃいけないこともあって。ええと、歌仙君から言付を預かってるんだ。今お昼休みなんだろう? ちょっと時間取れるかい?」
     それを聞いて、さあちゃんはぴたりと動きを止めた。すう、と小さく彼女が息を吸うのがわかる。
     そのとき、なぜか私にはさあちゃんが別な人に見えた。
     机の上に置いてあるのは、白いペンケース。さっきまでの授業で使っていた、英語の辞書とノートと教科書は私と同じもの。三週間ちょっと着ている制服は、やっとパリッとした感じが抜けて柔らかく見える。そっくりそのまま、私と同じ高校生なのだけれど。
    「騒がしくしてごめんね。五限までに戻るから。移動教室一緒に行こうね」
     困ったように笑って、さあちゃんはその「家族」と一緒に出て行った。
     それきり、さあちゃんは次の日から学校に来なかった。



    「同窓会かー」
     案内の往復はがきを見つめながら、私はあの不思議な同級生のことを思い出している。たった三週間と少し、同じクラスだった女の子のさあちゃん。
    「成績が優秀だったので、もう条件を満たしたそうです」
     担任の先生がそう言って、私はさあちゃんはもう学校に来ないことを告げられた。クラスの何人かは急なことに驚いて、何人かは少し寂しがって、何人かはごく普通にそれを聞き流したと思う。この同窓会に行って、何人がさあちゃんのことを覚えているだろう。
     ……いや、きっと誰も覚えていないはずだ。
     本当は、あの日五限の前に私は彼女を探しに行った。
    「……一カ月って約束だったのにな」
    「ごめんね」
    「ううん、仕方ないよ」
     予鈴が鳴っても彼女は教室に戻ってこなかったので、私は音楽の教科書を手に彼女を探した。そうしているうちに、人のいない階段で密やかな声を聴いた。
    「楽しかったかい、高校生活は」
    「……うん、とても。これでぎりぎり高卒にはなるし。皆にはちょっと迷惑かけちゃったけど。髭切さんもごめんね」
    「いいんだよ。君が楽しいのが一番だって他の刀も言っただろう?」
     刀? 刀って何。
     話の内容はさっぱりわからなかったけれど、聞いてはいけないのだろうことは理解できた。だから私の足は張り付いたように動かなくなって、ただその言葉に耳をそばだてることしかできなかった。
    「楽しかったよ。色んな人と話したし、授業も受けたし。……少しは友達っぽいこともできたし。本丸に遊びに来たいって言ってる子もいたよ」
    「……そう。それは、とても楽しかったね」
    「……もう少しここにいたかったなあ」
     涙で濁った声のあと、一つ二つ鼻を啜る音。それからするすると服の擦れる音が響く。
     何も知らない。私は何も知らないのに。胸が締め付けられて痛かった。
    「いい子、君はいい子だね」
    「ん……もう行こうか。歌仙も待ってるし。お弁当は帰ったら食べるね」
    「本当に、お別れはしなくていいの?」
    「うん。……友達がね、私の家族は仲良しでいいねって。仲良しだって。だから帰ろう、髭切さん」
     あははと晴れやかに笑う声。私が足を止めた階段の中腹の上、上履きの立てる足音が軽やかに歩いて行ってしまう。私の位置からは彼女の姿はもう見えなかったけれど、やっと顔を上げたとき、上からあの彼女の「家族」がこちらを見下ろしているのがわかった。
     ふっと微笑んで、彼は人差し指を口元に持っていく。そうして彼も階段の向こうに踵を返した。
    「ねえ、さあちゃんって呼び方可愛いね。僕も本丸に帰ったらさあちゃんって呼んでもいい?」
    「やめてよもう、政府からそう言えって言われたんだから……」
    「ふふふ、さあちゃんね。さーあちゃん」
    「やめてってば」
     ふふ、と私は思い出につられて笑った。
     「審神者」の「さあちゃん」なんて、よく考えたものだ。大人になってから、私は本当の彼女のことを知った。名前も名乗れず、学校に通えず、記録も記憶も残せなかった彼女のこと。道理で誰も名前を聞き取れず、顔も覚えていないはず。
     たった三週間と少ししかいなかった、卒業アルバムにも載っていない彼女のことを思い出し、私は同窓会の案内の出席に丸を付けた。内緒だと「家族」の彼に約束したので、友達のさあちゃんのことは私だけの秘密なのである。
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    2022/06/21 18:30:00

    審神者のさあちゃん

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    3週間だけ同級生だった不思議な子の話。
    2021年5月に発行した短編集の書き下ろしから再録です。お手にとってくださった皆様、まことにありがとうございました。


    #刀剣乱夢
    #モブ
    #髭さに
    #女審神者

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