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    いつか来るハッピーエンド


     自分だけがすべてを覚えているのは些か狡いというか、不公平ではないだろうかという気持ちは勿論彼女にもある。だが髭切とて好きで忘れているわけではないのだし、そこを責めるのもやはり、不公平なのだ。
    「主おはようー、ねえ、今日の出陣なんだけど」
    「ぎゃっ」
     背後から掛けられた声に、着替えていて下着一枚だった彼女はカエルが潰れたような声を上げて飛びあがった。すると部隊の編成表を見ていたらしい髭切は視線を上げてこちらを頭のてっぺんからつま先まで見、それからニッコリして襖を閉めた。
    「ごめんね、後にするね」
    「見る前に戻りなさいよ!」
     なんでよりにもよって特売で適当に買った適当な柄物パンツと、ファストファッションの色気ゼロブラトップのときに覗くのだ馬鹿野郎。せめて上下揃ったものときにしろ。
     畑当番で汗に汚れたジャージを洗濯籠に放り込み、彼女は手早く同じような動きやすいものを着直した。男所帯とはいえ何年も一緒に居ればこうなる、いつもいつもお洒落して可愛くいられるものか。下着だってそうだ。見た目より機能性と心地安さ重視である。
     彼女がじっとりとした表情で襖を開けば、廊下の壁に寄り掛かって再び編成表を見ていた髭切が顔を上げる。
    「……何か言うことは」
    「えーと、ごめんね? 手入れ部屋行って忘れてこようか?」
    「そういうこと言ってんじゃないのよ、いきなり開けるな見るなって言ってるの」
     ため息を吐きながら髭切から編成表を受け取る。冗談でも髭切を手入れ部屋送りになどできない。
     なぜなら彼女の本丸の髭切は、手入れ部屋に入ると顕現時からの記憶が綺麗さっぱりなくなってしまうからだ。



     最初に異常に気付いたのは、顕現した後すぐの負傷で初めて髭切が手入れを終えたときだった。
    「ありゃ、えーと」
     まだ練度が低いこともあり十分かそこらで手入れ部屋から出てきた髭切は、審神者である彼女の顔を見て、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。彼女の背後に控えていた膝丸が首を傾げる。
    「どうしたのだ兄者」
    「おお、お前は弟だね、それで、えっと」
     黒い手袋を嵌めた指がおろおろと彼女と膝丸の間を彷徨う。忘れっぽいとは聞いていたけれど、流石に様子がおかしい。最初は手入れに失敗したのかと思ったので、彼女は髭切の腰にぶら下がった刀の方に目をやった。
    「どうしたんですか? 傷、治りませんでしたか?」
    「え、傷? 僕どこか怪我したのかい?」
    「……兄者?」
     たった十分前のことを忘れているはずがあるまい。そこで彼女はこんのすけを呼んだ。自分の手に負えないことはすぐにわかったからだ。
     刀身のレントゲン検査だの、髭切の肉体の検査だの。二週間くらいかけてそうしてとにかく様々に調べた結果、どうもこの髭切は手入れをしてしまうとすべての記憶を失ってしまうらしいということが報告された。所謂バグというやつだった。
    「刀身に問題はないので、顕現時何かしら問題があってそうなってしまったということですねえ」
    「……それって私が悪いってこと?」
     こんのすけの報告に、彼女は険しい表情でそう尋ねた。髭切を顕現させたのは他ならない彼女である。そのときに障害が生じたというのなら、彼女の責任だ。しかしこんのすけはそれにはすぐに首を振った。
    「いえ、審神者様の顕現行為自体に問題があったわけではないと思います。ですが刀剣男士の皆様はいわば、分霊でいらっしゃいます。刀剣男士は付喪神、モノからいずる神です。本来のご神体はたったひとつのモノ、その御本霊様より分かたれるということ自体そもそもあまりあることではありませんから、何が起きても不思議ではなく、また誰に原因があるというものでもございません。もちろん頻発してもいけませんから、調査はいたしますが」
     とはいえ、仮に原因が分かったとしてもどうしたものか。彼女は開け放った執務室の襖から縁側の向こうに見える部屋にいる髭切を見やった。検査から戻った髭切は心配する膝丸にあれやこれや声を掛けられている様子だが、それに穏やかに笑って受け答えしている。刀身に問題がないため、他の刀剣男士達と外見上は何の変りもなく、膝丸と話す分にも支障はなさそうだ。とはいえ、歴史上関わりがあった等理由のない初対面の本丸所属の刀剣男士のことは、顕現後にした自己紹介含めすっかり忘れているようで初期刀の加州はもう一度本丸内を案内して回る羽目になった。
    「どうなさいますか、審神者様」
    「どうするって、言ってもね」
     選択肢はわざわざ聞かなくてもよかった。刀剣男士は、刀解できる。幸い、と言いたくはないが髭切はまだ顕現して間もない。本丸の主力戦力ではないから、一度刀解して、次がいつになるかはわからないことを彼女が了承さえすれば、次の髭切の顕現を待つことができる。以前と違い、髭切は検非違使の撃破のみが入手手段ではない。鍛刀と通常の合戦場での取得が可能になった今、さほど長く次の髭切の顕現を待つことはないだろう。
     だが僅かな時間とはいえ、いくらか話したりなんだりした刀を刀解するというのもいい気がしない。なんだか都合よく不良品の交換で送り返すような気持ちになる。勿論手入れで逐一記憶がリセットされるというのは不便でしかないのはわかっている。それでも気持ちよくはない。
    「……リセットされちゃうのは、記憶だけで練度は普通に上がるんだよね、こんのすけ」
    「そうですね、まあはい。刀身に問題はないので、戦闘能力も通常の髭切様と変わりないかと」
     それならば、手入れの度に髭切が失うものはここで過ごした記憶だけ。ここに来る以前の記憶、つまり膝丸が髭切の弟刀であることや、交友があった刀のことは覚えているはず。
    「じゃあ……まあ、もう、細かいことは良しとして、いや良くはないけど、不問でいい」
     刀剣男士に手入れが必要になるかどうかは、審神者である彼女の采配次第、全て彼女の責任である。刀解で遺恨を残すことを避けるなら、まるごとの責を自分が負うのが筋だ。手入れ部屋にさえ、いれなければいいのだから。
    「いいのですか?」
    「いい。もし、もしも髭切さんの方の記憶が全部なくなっても、私が覚えてる。記録もつけておくし、不便がないようにできることはする。……せっかく、兄弟再会できたのにこんなことでまた暫くお別れにさせるわけにはいかないよ」
     向こうの部屋を見つめる。まったく兄者はとかなんとか言いながら、髭切と話す膝丸はやはり嬉しそうだ。先に膝丸がやってきた彼女の本丸で、兄弟が対面するには少々時間がかかった。本丸のことを忘れても、髭切は膝丸のことは未来永劫忘れない。それが必要十分だろう。
     そういうわけで、彼女の髭切は手入れ部屋に入ったら最後、負傷したら全てが初期化される綱渡り状態で生活している。勿論本刃にそのことは伝えてあり、負傷するリスクを限界まで下げたい旨も伝えてあった。髭切は自分の抱えた疾患にあまり驚くことなく、「そう」とだけ答えた。
    「どう扱ってくれても構わないよ。僕は君の刀だからね、君が好きなように、僕のことを使えばいい。腕は鈍らないみたいだし、忘れちゃったことはきっと弟が教えてくれるよ」
     いや忘れられたら困るのだがと彼女は困惑したものの、髭切が現状に頓着しないことは少し助かった。どうも髭切はかなりの合理主義者らしく、基本的に刀としての本分が果たせれば他のことはあまり気にしないらしい。
     とはいえ彼女は髭切の出陣には細心の注意を払った。検非違使に会敵されては困るので、練度上げに便利だからと高練度の部隊には絶対に編成しなかった。安全に経験値を入れたかったので遠征には積極的に行ってもらい、政府の特殊補助で戦闘終了や帰城の度に自動回復する演練や催事には最前線部隊に放り込んだ。だから髭切は大阪城の構造は全く知らなかったけれど、秘宝の里なら目を閉じてでも歩けると笑っていた。
     それでも、不便は勿論あった。
    「う、腕を折った?」
    「そう、ごめんね」
     ぶらんと右腕を垂らして髭切が言った。なんでも、手合わせの内番中に熱が入ってポッキリ、相手だった刀が泡を食って彼女を呼びに来た。道場では腕を腫らした髭切が不思議そうに己の患部を見つめている。
    「てい、あ……」
     いつもの調子で手伝い札を渡そうとして彼女は青ざめる。手合わせや、彼女にはできない力仕事を任せていて刀剣男士が怪我をすることはたまにあった。基本的に手入れという行為は刀身に施すものであって、刀剣男士の肉体単独の怪我に関しては刀身には反映されない。しかし不思議なことに、手入れをすると肉体のみの損傷であっても治るのである。だから完治に時間がかかりそうな怪我のときも彼女は手入れ部屋を利用していた。だがこれはどうする。
     髭切は手入れをすると記憶がなくなってしまう。前回異常が発覚したときと違い、そのとき既に髭切は顕現して一年強が経っていた。一年、その分の記憶がまるきりなくなるというのは、些かどころでない躊躇いがある。
     結局、髭切は人間同様の骨折の治療を行うことになった。腕をギブスで固定して三角巾で吊るし……というあれである。幸い再生力が人間より高かったので一か月しないくらいで髭切の骨はくっついたが、あれ以来彼女は髭切の日常生活に少々頭を悩ませることになった。行動を制限するわけにはいかないし、手合わせは刀剣男士達にとってはストレス発散の面もある。
     それでもなんとか、髭切の練度は上がり続け先日めでたくカンストした。
    「というわけで、おめでとうございます」
     ポンと音を立てて彼女がクラッカーを鳴らした。一応、刀剣男士がカンストした際はいつもこうしているのである。すると髭切は火薬の匂いに少々不思議そうな顔をしたものの、にこりとして答えた。
    「うんうん、ありがとう。君も根気強く頑張ったね」
    「私はこれが仕事だから。髭切さんにも、面倒をかけました。ごめんね。でもおめでとう」
    「いやあ、流石に僕も歯が溶けるかと思ったよ。金平糖をあるだけ食べて」
     あっはっはと髭切は笑ったが、彼女はそれに肩を竦めた。髭切が顕現してからこちら、かなり便利な道具も増えた。食べれば経験値を積める謎の金平糖、放棄された世界で回復に利用できる謎の栗、それらも駆使するだけして彼女は髭切を安全にカンストまで持って行ったのである。それに戦場で回復してくれる白山吉光と経験値を増やしてくれる七星剣が顕現してくれたのもかなり助かった。
     ここが本丸で、曲がりなりにも戦争をしている以上絶対だと言えるものは何もない。最新の注意を払っていてもなお、彼女と髭切は危ない橋を何度も渡った。そうせざるを得なかった。それでもカンスト迄こじつけたのだから、感慨もひとしおである。
    「勿論修行もあるし、少し順番を待ってから髭切さんにも極めてもらうことになるけど。でも区切りは区切りだから。ちょっと安心した」
    「ふふ、そうだね。暫くは僕も、順番を気長に待つことにするよ」
     極めた刀剣男士の育成には時間がかかる。だから彼女の本丸では、一度に修行には行かせずに極刀剣の練度が一定まで上がったら他の刀を修行に行かせるようにしていた。そういう理由もあり、髭切が出発するには少々間がある。だから少しの間髭切には隠居してもらうことになった。期間限定ではあるが、彼女もいくらか気を緩められるというものだ。
    「それで、まあ、他の刀がそうしているのを見てきたと思うけど。うちではね、カンストしたら記念に一つご褒美をあげることにしているの。髭切さんはなにがいい?」
    「褒美? うーん、そうだな。考えてもみなかったよ」
     柔らかく笑いながら髭切は腕を組んだ。髭切は、そこそこ無欲である。
     そこそこというのは、一応ながらしたいことややりたいことはありそうだということで、厳密に言えばその程度しか主張をしないということでもある。あれがほしいこれがほしいというタイプではなく、何か特筆した趣味があるわけでもない。強いて言えばのんびりすることと、何かを食べることは好きなようだった。食事の際は結構な量を食べるのだが、それは髭切にとっては栄養補給にしか過ぎないようで、わざわざ遠出をしてまで食べたいものを食べに行くだとかそういう美食家の面はないらしい。
     だから彼女も褒美に困って本人に聞いてみたのだ。当の髭切は微笑みを浮かべたまま首を傾げているけれど。
    「お給料にお祝いを足してボーナスみたいにしてもいいけど、それじゃ味気ない?」
     下手に何かを渡すより、その方が嬉しい人、もとい刀もいるはず。そう思って彼女が言えば、髭切は首を横に振った。
    「どちらでも構わないよ。給金がある分には困らないし、それこそ世話になったから、弟に何かご馳走してもいい。まあ、弟はそこまで食べる方じゃないけど」
     まあ、その言い分は正しいし言い出しっぺは彼女の方なのだが。彼女は腕を組んで首を捻った。やはりお金を渡してはい終わりというのは微妙な気がしてきた。というかそもそも髭切自身が嬉しそうではない。
    「……まあでも、君が困ってるなら一緒にご飯でも行く?」
     彼女が黙りこくって考えていると、見かねたらしい髭切がこちらを覗き込むようにして言った。しまった、気を使わせてしまった……。彼女は苦い気持ちになったがもうこうなったら髭切の配慮に甘える他ない。思うことがないわけでもなかったが、最終的に彼女は頷いた。
    「じゃあ……そうしよ、っか。いやでも、別途手当とか」
    「あはは、そんなに気にしなくていいよ。じゃあ僕、部屋に戻るね」
     髭切は穏やかに笑うと、スッと立ち上がり白い上着を翻して執務室から出ていった。
     事情が事情なだけに、彼女も髭切とは他の刀剣よりも時間を割いて接してきたつもりであるし、会話も多くしてきたつもりだ。だがどうも、彼女からしてみると髭切は掴みどころがない。打ち解けていないだとか、心を閉ざされているという風ではない。髭切は穏やかで、そして惣領刀らしい聡明さがあった。戦術面では彼女にアドバイスをくれたし、審神者としての判断に対しても然りだ。髭切も彼女を自身の主として重んじてくれていると思う。
     だがいつだって、何を話していたって、髭切はいつもふわふわとしていて、彼女は髭切を理解できたと思えたことがない。勿論髭切は千年生きた刀で、主だといっても彼女が理解できる範疇に無いのだと言われればそうなのかもしれないが。
    「場所が変わればうまく話せたりするのかなぁ……」
     一人ぼやいて、彼女は机に頬杖を突いた。手入れをできないハンデがあると言えど、髭切は十分に刀剣男士としての務めを果たしている。本丸内でも打ち解けていて、値年長者らしい面倒見の良さもある。だから本丸で運営する分には何も問題ない。そのはずだ。だから髭切のことをより理解したいというのは彼女自身の希望なのだ。
    「当日どこ行くか考えたほうがいいか……」
     体を起こし、パソコン画面に向き直る。考えても仕方ない。彼女は検索画面で髭切が好きそうな食べ物の店を検索しようとし、それもいまいちピンと来ないことに気づいた。



    「それで、今日は可愛らしいお店なんだね」
    「いや、一応聞いたじゃん、他にガッツリ系のお店も選んであったし……」
     にこにことした髭切の前に置かれているのは、こじんまりとして可愛らしいショートケーキである。一方の彼女はいたたまれない気持ちで小さくなっていた。
     髭切の食の好みがわからなかったのだ。量を食べている印象はあった。好き嫌いしないのも知っている。けれど特別何かを選んで手に取っていた記憶がない。これでもここ数日は髭切の食事風景を注視したのだ。それでもわからなかった。だから仕方なくいくつか店をピックアップして候補として挙げたのだが、髭切がなぜだかこのどちらかと言えば女性向けの喫茶店を選んだのである。
    「髭切さん、この際だから教えてほしいんだけど食べ物の好みってある?」
     彼女が微妙な面持ちで紅茶のカップに手を伸ばしつつ聞くと、髭切はお手拭きが入った薄いビニル袋を開きながら首を振った。
    「ううん、特に。美味しいものは何でも好きだよ」
    「美味しいものって」
    「お店のご飯は何でも美味しいからいいよね。それに本丸のご飯も好き。色んなものが出てきて楽しいよ。いただきます」
     これである。彼女は髭切の穏やか表情をなんとも言えない気持ちで見つめた。特に好みはなくなんでもいいと言われているわけだが、なんでもいいというのは結局、「興味がない」ということではないだろうか。
     食事という行為は、ヒトの、生きている体特有のもの。それに興味がないというのが彼女には少し気がかりだった。それはつまり生きている体に頓着しないということである。
    「……じゃあ他になにか好きなことある?」
     カップの中に砂糖を注ぎ込みながら彼女は尋ねた。別に食事でなくていい。一つでも好きなことややりたいことがあれば、それで十分だと思う。これも結局彼女が安心したいというだけなのだが、それでも聞きたい。
     すると髭切は少々考えたあと、テーブルの上に頬杖を突いた。
    「うーん、顕現してからこちら特に不便はしていないよ。困ってもいないし。だから心配しなくても大丈夫だよ」
     どうも彼女が色々聞くことを、髭切は彼女が自分を気遣って心配していると思ったらしい。彼女は慌てて首を振った。
    「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて……いやちょっと待って、不便はあるでしょ。手入れできないんだから」
    「そうかい? でも出陣はできていたよ」
     きょとんとして髭切は首を傾げ、それから笑った。
    「君も気遣ってくれた。仲間も僕を気にしてくれた。それは申し訳なかったけど……でも僕は戦場で刀としての務めは果たしてきた。だから僕は不便なんかしていないよ」
     いただきますと手を合わせて、髭切はフォークを手に取りショートケーキに手を付ける。しかし彼女には言われていることがよくわからなかった。手入れをできないことで、髭切は他の刀剣男士よりも時間をかけて練度を上げなくてはならなくなった。勿論彼女はそのことに関して非常に注意を払ったし、気を遣った。うっかりで髭切を折るわけには行かないと思ったから。それなのに髭切は不便はなかったと言う。
    「私てっきり……髭切さんも私と同じくらい神経遣ったんじゃないかって思ってたけど」
     戸惑ってそう言えば、髭切は琥珀色の瞳でこちらを見つめた。
    「ああ、徒労だったと思わせちゃったかな。そんなことないよ、僕だって簡単に折れたいわけじゃないから。ただそれでも、僕は十分働けたってことだよ。不便なんかじゃなかった」
    「……でも」
    「それとも君の刀として僕は役不足だったかい?」
     困惑したままだったけれど、彼女は紅茶のカップに口をつけた。髭切はこんな風に遠回しな嫌味を言う質ではない。だから髭切は本当に、心からそう思っているということだ。彼女にとっては不便で気を回さなくてはならないことも、髭切にとってはそうでない。刀として、十分に働いたと言っている。
     彼女はそれ以上考えるのをやめて、首を振ってカップをソーサーに置いた。
    「私、勘違いしてたのかも」
    「勘違い? 何を?」
    「だって、私は髭切さんはこの生活もどかしくて、不便で、嫌なのかなと思ってた」
     そう言うと、髭切はショートケーキを口を運びながら首を傾げた。
    「まあ強くなるのに時間をかけるのがもどかしくないと言ったら嘘になるけど……でも言うほど、悪くはなかったよ」
    「どうして?」
    「刀だもの。僕は君の刀だから、君が良いように使ってくれるなら、それが一番だよ」
     彼女の刀だから彼女の良いように使ってくれるのがいい。刀なのだ。刀だから、髭切にとってよく生きるということは、刀剣男士として戦場で戦うこと。その本分を果たしていることに髭切は満足している。
     そう思えたらやっと、彼女はなんだか頭の中でこんがらがっていた糸がスッとほどけたような気がした。
    「なんだ……じゃあ私が美味しいもの食べたり、好きな映画見たりするのが楽しいのと同じなんだ」
     もしかして、ただそれだけのことだったのか。そう思うとははと少し笑いが漏れた。勝手に複雑に考えすぎていた。
    「どうしたの?」
    「あ、ごめん、やっぱり私の勘違いだったみたい。私はてっきり、髭切さんは好きなことも何も無いのかと」
    「えぇ?」
     髭切はわかっているやらいないやら、クスクスと笑いながらまたショートケーキにフォークを刺す。
     彼女がケーキを食べると嬉しいのと同じように、髭切は戦場を駆けるのが好き。その頻度が少なかったり、ゆっくりだったりすることは関係ない。刀として、その役目を果たすことが髭切の喜びで役目。きっとただそれだけのことなのだ。
    「でも今君とご飯食べてるのは楽しいと思ってるよ?」
    「ふふ、うん、ありがとう、それは嬉しい。面倒かけてるけど、嫌われてないみたいだから」
     やっとスッキリした。美味しくケーキが食べられる。彼女はホッと一息ついて、ケーキを口に運んだ。くどくない甘さで美味しい。彼女は髭切と違って人間だから、こういうこと一つ一つが嬉しい。同じように考える必要はないし、同じように喜んだりする必要もない。それだけだ。
     刀として役目を果たすことが好きなら、そうできる肉体をおざなりにはしないだろうし。
    「んー、ケーキ美味しい。最近食べる機会なかったから嬉しい」
     彼女が安心してケーキを頬張っていると、髭切はその様子をじっと見つめる。それから瞳を細めて微笑んだ。
    「……ふふ、変な主」
     変だと言われるのは心外だが、彼女も大概髭切のことを変だと思っているのでおあいこである。だから素知らぬ振りで彼女はケーキを食べた。いちごを生クリームの上から下ろす。好きなものは最後に食べる主義なのだ。
    「……ああそうか、僕は君の刀として働くのが好きなのかもしれないね」
     しかしなんの前触れもなく、突然髭切がそんなことを言ったので彼女は眉を顰める。髭切は刀剣男士の例に漏れず美丈夫だ。だが人間らしい感情に頓着しない髭切は、自分のその綺麗な顔の威力を知らないらしい。
    「あんまりそういうこと女の人に言わないほうがいいよ」
    「そう? でも僕が接する女の人なんて君くらいだよ。上に乗ってる赤いの好きだろう。僕のもお食べよ」
     髭切がいちごを掬って彼女の皿の上に載せた。彼女はありがとうと一言言って、その日は他に何処かに寄ることもなく、ただ髭切とゆっくりと歩いて話しながら本丸へと帰った。



     どうしてこうなったのだろう。
     耳元で喧しいほど心臓が鳴っていて、周囲の喧騒が遠くに聞こえる。まるで耳に膜が張っているようだ。彼女はせめてゆっくりと呼吸をするように努めたが、自分が混乱していることはわかった。
    「主、ひとまず手入れ部屋に運ぶがいいだろうか」
     言葉こそ落ち着いているが、膝丸もかなり動揺していることは表情からも読み取れた。玄関に膝をついたその顔や白いシャツには髭切の血が付いている。彼女は頷こうかどうしようか迷い、結局縦にも横にも振れずに唇を引き絞ることしかできない。
     修行に出発する前であっても、経験を積むことはできる。政府からも事前に説明のあったことだ。練度に上限はあるものの、経験値を重ねていくこと自体は可能。そうすることによって、修業を終えた際にいくらかのアドバンテージを得ることもできる。極めた刀剣男士は一つ練度を上げることも難しくなる。だからこそ修行出発前に事前準備として経験値を積んでおくことは無駄ではなく、それどころかかなり良いことだった。
     だから髭切からその希望があったとき、彼女も頭ごなしにそれを却下しなかった。刀剣男士として自然な希望だと思ったから。
    「ありがとう。でもゆっくりやるから、安心してね」
     にっこりと笑って、髭切は言った。だから彼女は髭切を送り出した。勿論出陣先は選んだ。刀装も持たせ、馬にも乗せ、できるだけのことはしたつもりだ。
     だが戦場に絶対はない。
    「手、入れ、するしかない」
     頭でわかっていることをあえて口に出した。希望的観測は意味がない。どう否定しても、それ以外なかった。以前の骨折とは話が違う。肉体だけの負傷ではないのだ。髭切は刀身が傷ついている。それは手入れでしか直すことができない。髭切の本体は刀だ。
     壊れたモノを直す。ごく普通の、当たり前のこと。彼女だって、髭切以外には日常的にしていることだ。それが審神者である彼女の務めでもある。
    「ねえ……主、悪いんだけど」
     膝丸に肩を貸されていた髭切が、荒い息を吐いて顔を上げた。ふわふわの金の髪が血で固まっている。だが琥珀色の瞳は濁っていなかった。
    「白山君と話、させてもらえないかな」
    「白山? どうして」
    「白山君が許してくれるなら、二人で……函館に行かせておくれよ。お守り、使わずに済んだんだ」
     懐を探り、髭切は指に何かを引っ掛けてぶらんと揺らす。土埃に汚れたお守りだった。確かに未使用のそれは、あと一回髭切を破壊から守ってくれる。念には念を入れて髭切にはいつも持たせていた。念には念を入れて、保険をかけて、いつもそうしていたのに。
     確かに白山吉光の神技を使えば、髭切の負傷を治療することはできる。それは審神者の間でも共有されている情報だった。あくまで資材が限界まで困窮していた際にのみ推奨されるとされていたが、手入れが必要な刀剣と白山吉光を一緒に出陣させ、神技で回復させるという方法。それならば正式な手入れの手順を踏む必要はない。本来なら連隊戦など連戦が前提とされる催事で用いる神技。彼女とて今までそれが念頭になかったわけではなく、髭切と白山は同じ部隊に編成していることが多かった。だがそれはあくまでお守り同様に保険だ。実際にその手法で髭切を回復させたことはなく、ましてや治療目的で出陣したことなど髭切だけでなく他の刀剣男士相手でさえない。
     しかし、その方法ならば手入れする必要はない。髭切が記憶を失わなくて済む。それは確かにそうなのだ。
    「だ、だめ、白山は呼べない」
     けれどそれをわかっていても、彼女は首を振った。先程よりずっと確かに、すんなりとそうできた。
    「一度それで治療したら、これからもずっと、白山に治療してもらうのが選択肢の一つになる。それは、それはできないよ」
     なぜならそれを許してしまったら、彼女と髭切の間にあった大切な何かが粉々になってしまう気がした。それが何なのか確かな言葉で言い表すことはできない。それでも積み重ねてきた「何か」が徹底的に壊れる。それだけはわかった。
    「……僕がそうして欲しいと言ってもかい」
     今までと変わらない穏やかな目でこちらを見つめたまま髭切は言った。キュッと喉のあたりに力が入って息が苦しくなる。
     手入れをして失うものは、髭切の持つもののほうが多い。これまで積み重ねてきた月日が無に帰すのは髭切だけ。彼女ではない。髭切の提案を断ることは、髭切にすべてを投げ捨てろと言っているのと同じだ。
     だがそれでも、彼女はもう一度首を振った。
    「それでもできない。ごめんなさい、……それはできない」
     素足で玄関に降りて、彼女は真っ直ぐ髭切を見つめる。
    「全部忘れても、髭切さんが折れるよりずっといい。それに髭切さんが忘れても私が全部覚えてる。だからそれでいい、それでいいの。それでいいって言って」
     だってそれが、髭切にとってのよく生きることなのだ。
     出陣し、役目を果たそうとして負傷した。それは刀として自然なこと。役割を怠ったのは負傷するような指示をした彼女の方。戒めや罰は彼女が受ける。だから髭切は忘れていい。
    「私が覚えてる。髭切さんに怪我させたことも、手入れすることになったのも、私が覚えてる。だから刀の役目を果たせるように、折れないでいてほしい。白山の神技は、治療に確実な方法とは言えない。だからそれは、できない」
     最後は声を出すのも辛かった。だがそれは、務めを果たせなかった彼女が負わなくてはならない責だ。
    「こんなことになって、本当にごめんなさい……手入れをさせて」
     頭を下げる。彼女にはそれしかできない。頭を下げ、髭切に手入れ部屋に行ってもらうことしか。
     小さく髭切が息を吸って、そして吐くのが聞こえた。
    「……わかったよ。弟、悪いけど、肩を貸して」
    「あ、ああ。すぐに連れて行く」
     膝丸ほどの力もなく、背丈もない彼女は髭切が歩くのに手を貸すこともできない。
     結局、彼女にできることは安全なところから指示を出すことだけなのだ。その結果傷つくのは彼女ではない。刀剣男士たちだ。こんなに無力なことはない。
    「書き、忘れた……」
    「え、何? 何が?」
     手入れ用の道具を準備していると、ぼそりと髭切が背後で呟いた。帰城して玄関にいたときはかなり無理していたらしい。手入れ部屋に寝かされると髭切はかなりぐったりとして目を閉じていた。慌てて彼女が傍に寄って耳を澄ませると、荒い呼吸の隙間で小さく何か言っている。
    「なんだか、変な模様の、下着……ふふ、色気なんて、何にもなくて……」
    「……は?」
     下着がどうとか言わなかったか今。急に思っても見なかった単語が出てきたことに彼女が顔を顰めていると、髭切は微かに笑うような吐息を漏らして続けた。
    「それから、人差し指の先に、ちょっと、ささくれがあって……なんだっけ、加州君に、貰おうと思ってたのに」
    「待って、髭切さん、何の話? ひげき」
     意識を失いそうになっている髭切に声をかけようとその肩に手をかけて、そこでやっと自分の人差し指にささくれがあることに気づいた。このことを言っているのだろうか。 
    「ごめんね、僕、きっと、ううん、絶対君のこと全部忘れちゃうから……手に塗るの、後で加州君に自分でもらってね」
     ぽんぽんと 髭切がゆっくりと彼女の手を叩いた。それから長く時間をかけて息を吐く。
    「惜しいことしたなあ……」
     自然と唇を噛み締めていた。彼女に泣く資格はない。彼女の行動の責任を、髭切が代わりに取ってくれているのだ。悔いることは許されても、嘆くことはできない。
     眠ったらしい髭切の手の下から自分の手を引き抜いて、必要な資材を並べる。髭切の本体に処置を施して、あとは鍛刀同様に妖精に任せた。髭切は太刀だ。手入れ完了に時間がかかる。手伝い札を使うことは簡単だったが、それはできなかった。今は髭切にどう挨拶をしたらいいかわからない。記憶をすべて失って、彼女とは再び「初対面」になってしまう髭切に。
     手入れ部屋を出ると、彼女はそのまま髭切が膝丸と共同で使っている部屋に向かった。襖の向こうから声をかければ、膝丸がそこを開けてくれる。血で汚れたシャツは着替え、顔も拭いて清められていた。
    「主、すまなかった。俺が共に出陣していたにも関わらずこの体たらく」
    「いい、いいの。謝らないで。膝丸さんが悪いんじゃないから」
     シビアなことを言うのであれば、いつか必ずこういう日は訪れたと思う。ずっと、一度も傷つかないでいることなんて不可能だ。彼女だってわかっていた。だがそれをできるだけ遠ざけることができなかったのは、彼女の落ち度なのだ。膝丸は何か物言いたげだったが、それ以上何かを言うことはなかった。
    「……何か、書き忘れたって、髭切さんが。心当たり、ある?」
     そう尋ねれば、膝丸は一呼吸の間瞳を伏せた。しかし息を吸って体を起こすと、襖を大きく開いて彼女に入室を促す。大体同じものが二つ揃っている兄弟の部屋。几帳面に全ての筆記具が並んだ膝丸の文机の隣、上に何も置かれていない、恐らく髭切の机の引き出しを膝丸が引いた。
    「意外……案外、片付けてあるんだね、髭切さん」
     ぼそりとそう呟けば、膝丸はふっと視線を緩めた。
    「……大雑把ではあるが、兄者は合理主義だからな。物は大抵、使ったら決まったところにすぐにしまってしまう。そのほうが便利だろう? それで……忘れたというのは、恐らく、これのことだと思うが」
     厚めの帳面を膝丸は彼女に差し出した。表紙に特に何か書いてあるわけではないそれは、髭切が私用で使っているものなのだろう。
    「私が見ても、いいの」
     念のため、彼女は尋ねた。膝丸は僅かに躊躇したものの首を振る。
    「兄者は、見せたがらぬであろうが……君は知るべきだろう。叱責は俺が受ける」
     書き込まれていくらか膨らんでいる帳面を、受け取ることはいくらか緊張した。両手で持つと、見た目より重い。部屋を出て行った膝丸の代わりに文机の前に座って、彼女はその帳面を開いた。すでに何度もめくられたらしい表紙は癖が付いている。
    「……清光?」
     表紙をめくってすぐのページに貼られていたのは清光の写真だった。厨かどこかで指示を出している様子らしい清光は、どこかに人差し指を向けている姿。その横には髭切のおおらかで柔らかい筆致で細かくメモが取られている。
    「この本丸の初めての刀、身なりを整えるのが好き……何かあったら彼に聞くこと」
     ハッとしてパラパラと帳面を捲った。どのページにも、写真が貼られ、名前と他の細々とした覚書が綴られている。
     髭切の記憶は、手入れをされるたびに顕現されたときに戻ってしまうと言われた。つまりこれまでの歴史の中で接点のなかった刀剣男士とはその都度「初めまして」になってしまう。だからきっと、髭切はこんな帳面を作ったのだ。各刀剣の来歴だけではない。趣味嗜好や自身との思い出できるだけを書き留めて。万が一のときに振り返ることができるように。
     分厚い帳面を傷めないように、ゆっくりと丁寧にページを捲る。最後のページに近づくにつれて指先が緊張で冷たく、白くなっていた。丁寧に丁寧に書き綴られた髭切の記憶。ああもしも、もしも彼女の予想が正しいなら。
    「……もっと、マシな写真にしてほしかったな」
     誰もいない部屋で声がぽつりと響いて消えた。震える指で写真をなぞる。一体いつ撮ったやら、彼女にも覚えがない。写真に映る首のあたりが緩く伸びたその部屋着は彼女がよく着ているもので、本当に日常的な服装なのだ。だから誰かと話して笑っている彼女の姿は本丸の何気ないいつもの風景。髭切が忘れてしまうありふれた毎日。
     きっと万に一つの奇跡は起きやしない。そんなもの合理主義の髭切は信じない。けれどそれでもいいように、奇跡なんてなくてももう一度彼女に呼びかけられるように。分厚くて重い道しるべ。
    「僕の主、だって……」
     あは、と小さく笑い帳面を置く。帳面は残り数ページあった。写真の貼ってあるページの裏になにか文字が書いてあるのは透けて見えていた。だがそれを読むことはせず、彼女は帳面を机の引き出しの中に戻した。ほんの少し俯く。畳の目が滲む、だがまだだめだ。鼻を啜り、立ち上がって部屋を出る。廊下では膝丸が待っていてくれた。
    「ありがとう膝丸さん、帳面は戻したから」
    「ああ。……最後まで読んだのか?」
     ゆっくりと彼女は首を振った。そんな勿体ないことできない。
    「ううん、読んだら髭切さんになんて挨拶したらいいかわからなくなっちゃうから。私が見たの、内緒にして」
     明るくそう言うと、膝丸は髭切と同じ琥珀の瞳でこちらをじっと見たあと静かに微笑んで「わかった」と答えた。それじゃあ、と別れ彼女は再び手入れ部屋の前に戻る。まだ手入れ完了まで十時間と少し。それだけの間、彼女には髭切に何と声をかけたらいいか考える時間があった。
    「……初めまして、じゃないか。じゃあ、えっと」
     ああ、本当に、惜しいことをした。
     歯を食いしばっても鼻の奥がツンとする。だがこうして痛む心さえ彼女は髭切から奪ってしまった。だからこの痛みは彼女だけのものだ。誰とも共有できない、しない。したくないと不思議と思った。髭切は一人であの帳面を綴ったから。だから彼女も一人で泣きたい。
     今まで気にもなっていなかった人差し指のささくれに、涙はひどく沁みた。



    「手入れお疲れ様。私はあなたの今の主です、髭切さん」
     髭切が手入れ部屋から出ると、女の子が一人そう言って髭切に手を差し伸べた。隣に立っている新緑の色をした髪の男性はなんとなく覚えがあった。自分と似ている……気はしないが、弟だろう。自分も弟もヒトの身を得るなんて初めてのはずだが、顔を見て誰だかすぐにわかるなんて妙な気分だ。
    「えーと、そっちは弟だね。それで君が、僕の主」
    「ああ、そうだ兄者」
    「はい。それで、早速で申し訳ないんだけど……実は斯々然々で」
     彼女が言うには自分は手入れを行うたびに記憶がなくなってしまうらしく、今もそういう状態らしい。ふうん、なるほど、言われてみればと髭切は思った。初めてのはずなのに、どうしてだか身体が馴染んでいる。だからそう説明を受けると納得できた。
    「ごめんなさい、だから少し、髭切さんには不便をかけると思うけど」
    「ううん。そんなことないよ、僕は君の刀なんだろう? 君の良いように、僕を使ってね」
     そう答えると、彼女はほんの少しだけ目を見開き、それから「はい」と笑った。彼女とはそこで別れて、弟が今まで使っていた部屋に案内してくれるという。見覚えがああるようなないような、そういうごく一般的な日本家屋の廊下を髭切は進んだ。
    「まあとにかく、不便があれば当面は俺か主に言ってくれ」
    「ねえ弟」
    「どうした、兄者」
     足を止めて、髭切は来た道を振り返る。先ほど別れたばかりなのに、名残惜しく思うなにか。どうしてだか懐かしく思う気持ち。
    「ううん、……随分可愛い主だね」
     ああ、と穏やかな声で弟が言った。記憶をなくしたというのなら、きっと彼女との思い出もたくさんあるに違いない。瞳を緩めて髭切は笑う。後できっと、彼女に聞いてみよう。髭切は部屋に戻ると、使っていたという机の引き出しに手をかけた。
    micm1ckey Link Message Mute
    2025/03/16 17:40:35

    いつか来るハッピーエンド

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    #髭さに #女審神者 #刀剣乱夢
    手入れをするたびに記憶がリセットされる髭切の話。

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