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    恋言葉

     美しい字を書く人だなと思った。いや、正確には刀であるが。
     その刀のことを、知らなかったわけではない。刀身を見ただけで、顕現した姿を見ただけで、銘はわかった。だが普段どおり、彼女は彼に向かって頭を下げる。他の刀剣にするように、初めましてと。
    「初めまして。私がこの本丸の審神者で、あなたの新しい主です。あなたの、お名前は?」
     すると彼は声を発しようと唇を開き息を吸い、それから「おや」と首を傾げた。喉を押さえて、何度か口をはくはくとさせる。もしかして、話せないのだろうか。これには彼女も慌てざるを得なかった。こんなこと、本丸に就任してから初めてのことだ。
     彼は咳き込んだが、依然として声は出ない。こんのすけに報告、いや、直接連れて行ったほうが早いだろうか? どうしたものかと困って彼女が辺りを見回すと、彼のほうが先にぱっと顔明るくした。それから見つけたらしい細い筆を手に取り墨に浸すと、審神者の手の甲をすっと辿っていく。ほんの少しこそばゆい。
    「み、か、ふふ、つき、むね、ちか」
     元々名は知っていたから、それはわかる。だが手の甲に名前とともに付け足されたもう一言が達筆すぎて読めなかった。さあっと彼女の顔から血の気が引く。何だこの書体、何だこの文字。綺麗は綺麗で見惚れてしまうような文字なのだけれど、読めない。
    「えっ、ん? これは、えっと」
     三日月のほうを見上げると、三日月もまた彼女が自分の筆跡を読めないことは想定外だったらしい。二人してあたふたと何度か周りをきょろきょろとしたが、最終的に三日月は彼女の手を取って自分の唇に触れさせた。
     ゆっくり、ゆっくり三日月は口を開き言葉を紡ぐ。そうしてやっと、彼女は言われていることが理解する。『よろしく頼む』、そう言って、三日月は笑った。



     ちりんちりんと涼やかな音がする。それを敏感に聞き取り、彼女は顔を上げて微笑んだ。執務室の入り口で、三日月が笑顔で鈴を鳴らしている。それはちりりんと可愛らしく揺れて音を立てた。
    「三日月さん、いらっしゃい。どうぞ」
     三日月はさらさらと衣擦れの音を立てて執務室の中へ入ってきた。美しい所作で狩衣や袴の裾を払い、正座する。見たものが惚れ惚れするような動きだった。だが一番にしたことは、せっせと硯に墨を擦ることだ。審神者は何度かボールペンや万年筆や、市販の墨汁を差し出したりして見たのだけれど、どうもそれらは落ち着かないらしい。おかげで彼女と三日月が話し始めるには、ちょっと時間がかかる。ごりごりと墨と硯の擦れる音が執務室にはしばらく響いた。
     やっと納得のいく濃さまで擦りあがった墨に筆先を浸し、三日月はさらさらと傍にあった裏紙に文字を書きはじめた。崩し字にならないよう、最近はちょっと気を払ってくれる。
    『やあ主』
    「こんにちは、三日月さん」
    『今日は何をする』
    「そうですね、とりあえずはいつも通りです」
    『あいわかった』
     そこまで読んで、審神者は「あ」と声を上げた。三日月はこてんと小首を傾げる。審神者は三日月の口の端を指差した。
    「三日月さん、今日のおやつ、つまみ食いしましたね」
     ばっと三日月は口元を覆う。それからわたわたと手を動かし、傍にあった紙に言い訳を書きつけはじめた。走り書いているために、やや読みづらい。
    『違うぞ、厨に大福が置いてあってな、あまりのようだったゆえ』
    「えー、でも三日月さんが多く食べちゃったんですか?」
    『独り占めするつもりはないぞ』
     ぱっと三日月は懐から包んだ大福を取り出し、彼女に差し出す。確かに美味しそうなまあるい大福だった。字を書くのがもどかしかったのか、三日月は身振りでうまいぞだのなんだの伝えようとしていた。とりあえず審神者にそれを食べさせるつもりらしい。審神者はそんな三日月をちらりと見て、唇を緩める。
    「さては私を共犯にするつもりですね?」
     ばれたか、と三日月の口が動いた。くすくすと笑い、彼女は差し出されたそれに手を伸ばす。せっかく持ってきてくれたのだから、頂こう。
    「仕方ないですね、いただきます。内緒ですよ」
     彼女がそう言えば、三日月は嬉しそうに目を細め人さし指を唇に持っていった。「秘密」の動作である。ちりりんと再び、三日月が衣服につけている鈴を鳴らす。声の出せない三日月のために、審神者が括り付けたものだ。
     彼女の本丸の三日月宗近は、顕現してからずっと、口を利くことができなかった。
     刀身は問題なし、審神者の霊力も詳しい検査をしない限りは、顕現の際不具合があったかどうかわからない。身体的にも特に問題は見られないが、言葉を発することができないようだ。こんのすけはひとしきり三日月と彼女の検査をしてから首を捻った。もうこれはバグとしかいいようがない。
    「今後影響が出ることを考えて、刀解し本霊にお還り頂くと言うのも手だというのが政府の見解ですがっ! いかがなさいますか主さまあっ!」
     しかし彼女が返事をする前に、三日月がぐいぐいと彼女の服を引っ張って首を振ったのだ。顕現したときに彼女の手の甲に書いた名前を指差し、髪飾りを忙しなく揺らす。どうやら還りたくないと言っているようだった。
     無論彼女とてはいそうですかと刀解するつもりはなかったし、せっかくの御縁だしなあ……と彼女は思う。そういうわけで三日月の意思も尊重し、彼女はとりあえずその三日月を本丸に置くことにした。近侍にして、傍に置いて、困ったときは補佐をすれば問題はあるまい。詳しく検査をすれば、もしかしたら途中で難なく話せるようになるかもしれない。そう伝えると三日月は嬉しそうに今度は首を縦に振って、にこにこと彼女の手を握った。口が利けないと言うのは結構なハンデだが、まあなんとかなるだろう。割と楽観的な彼女はそう思ったのだが、ものの三日で事は起きた。
    「あれ、三日月殿はどうしたんだい?」
     燭台切が夕餉の時にそう言ったのがきっかけだった。そういえばと彼女は辺りを見回す。執務室で書類仕事を手伝ってもらって、夕食まで休憩していいですよと別れて。そこから姿を見ていない。
    「部屋で寝てるとか?」
    「いや? 私が部屋の前を通ったときはいなかったよ」
    「まあ何かあればわかるよね……あ」
     いやわかるはずがないとその場にいた全員がはたと気づく。それからさっと顔が青ざめた。何かあったとして、困っていたとして、三日月は声を発することができないのだ。
     そこから審神者はもちろん刀剣男士全員で本丸中を探し回る羽目になった。三日月はと言えば、裏山に設置した野生の獣避けに仕掛けた罠に引っかかってしょんぼりとしていた。豊かすぎる本丸の周辺の環境が仇になっていた。
     それで事を楽観視しすぎたと気付いた審神者は、慌てて対策を考えたのである。何か三日月の声代わりになるモノ、すぐに音の鳴るモノ。そうして三日月には鈴を持たせた。何か言いたいとき、傍に紙や筆のないとき、これを鳴らしてくださいと。はいなら一度、いいえなら二度鳴らしてくださいと。三日月は落とし穴に落っこちたときに作ったのだろう擦り傷のある頬でにこりと笑い、ご機嫌でちりんと一度鈴を鳴らす。三日月は楽しそうであったけれどほんの少し、彼女は申し訳なくなった。
    「あ、忘れてました。三日月さん、今日の分のお薬ですよ」
     大福を食べ終え、彼女は三日月に薬包を一つ差し出す。すると三日月はうっと眉を歪めて首を振りつつ二度鈴を鳴らした。いいえの合図だ。
    「我がまま言わないでください、せっかく政府のほうで特別に調合してくれたお薬なんですから」
     ちりんちりんともう二度三日月は鈴を振った。はあと溜息を吐き、彼女は仕方なしにがっと三日月の頬を手で掴む。いやだいやだと三日月は首を振った。じたばたと動くものだから、ひっきりなしに鈴が鳴る。少々心苦しいが、飲んでもらわなくては。彼女はお口を開けてくださいと言いながら薬包を開ける。
     とりあえず、検査の結果三日月のヒトの器に欠陥は見られなかったのだ。だから気休めかもしれないが、喉やら何やらに聞きそうな薬を調合したものをこんのすけが彼女にくれた。それを毎日三回飲ませなくてはならないのだが、どうも苦いようで三日月はいやいやとしてばかりなのだ。
    「ねえ三日月さんー、お薬飲んでたらいつかは声が出るようになるかもしれませんよ? 今のままでは不便でしょう?」
     そう言って飲ませるために薬を構えたが、三日月はふるふると首を振る。唇を引き絞ったまま動かないものだから、彼女は肩を落として三日月を押さえつけていた手を離した。
    「仕方ないですねえ、もういいです」
     すると三日月はぱあっと顔を明るくする。その瞬間彼女は緩んだ三日月の口の中に薬を突っ込んだ。
    「んぐっ」
    「さ、早く水で流し込んでしまってください。そうじゃないといつまでも苦いままですよ」
    「ん、んん、けほっ」
     噎せつつも、三日月は差し出された水で勢いよく薬を流し込んだようだった。それからぜいぜいと荒い息をして、じっとりとした目で彼女を見上げる。まだ左手で口を押えながら、右手で傍にある紙に字を書きつけた。
    『主は酷い、俺の扱いが雑だ』
    「えー? そんなことありませんよ」
    『これでも天下五剣だぞ』
     むうっと頬を膨らませながらそんなことを書く三日月に、彼女はあははと大きな声で笑った。口直しの飴玉を差し出しながら、いつも三日月がむくれたときおまじないのように繰り返している言葉をかけてやる。
    「いいんですよ、ここにいる三日月さんは私の三日月さんなんですから」
     ぶちぶちと裏紙の隅にぐるぐる線を描いていた三日月は、それを聞いてにへらっと笑った。声が出ずとも、彼女にご縁があって来てくれたのは彼なのだ。だから他には何も、気にならない。問題なんて何もない。
     ふふふと笑う声と、ころころと鈴の鳴る音が重なる。声なんてなくても、言葉なんてなくても大丈夫。審神者はそう、思っていたのだ。



     重傷、手入れ、一人だけ負傷した。
     彼女は慌てて手入れ部屋に走る。どうして、どうして。練度は足りていたはずだった。刀装もきちんと持たせた。無理な出陣ではない。現に三日月以外の刀剣男士は皆無傷で帰城している。
     一刻も早く楽にしてやりたくて札を使い、手伝ってくれる妖精たちを総動員して三日月が小康を保ち始めたころ。部隊長をしていた鶴丸国永が、襟足を掻きながらぽつりと呟いた。
    「鈴の紐がな、切れたんだ、出陣途中に」
    「え……?」
    「それでも平気だと言うから、進軍した。そうしたら、助けを呼べなかったんだ」
     結んでいた紐が緩んだのかなんなのか。原因はわからない。とにかく狩衣に結んでいた紐が千切れて、そのとき三日月は鈴をしまいこんでいたらしい。進軍し、敵部隊と交戦。敵味方入り乱れている間に、いくらかの敵が三日月に集中した。
     だが三日月は、助けを呼べなかった。やっと鶴丸が気が付いて助太刀に走ったときには、既に手酷く負傷していたという。
    「鈴の音で、敵に見つかるときもある。だから最近はしまってたんだぜ。それでも意思表示をするのにあれは必要だろう。だから持たせてはいたんだが……」
    「……」
    「なあきみ、このあたりが限界だと思うぜ。俺も可哀想だとは思うが、俺たちは刀なんだ。こういう形で戦場で負傷するのは、俺達の誇りが傷つく。あれは剣の腕や働きの問題じゃないんだ」
     声が出せないのは、戦場でハンデになりすぎる。
     彼女は鶴丸のその進言に何も言えなかった。審神者は戦場にいつもいるわけではないから、実際にその場にいる彼らの意見に反論できるだけの論も何も持っていない。けれど限界が来たとして、どうすればいいというのだ。あの三日月を、一体。
     ぽーんと手入れの終えた音が響き、中からちまちまと汗をぬぐいつつ妖精たちが顔を出した。笑顔で中を指しているところを見ると、本体の手入れは無事に終わったのだろう。ではあとは体が癒えるまで少し休ませればいい。とりあえず一息ついて、彼女は一歩部屋に足を踏み入れた。三日月は布団の上で体を起こし、座っている。
    「三日月さん」
     声をかけると、三日月はパッと顔を上げそれからすぐに視線を逸らした。彼女は後ろ手に襖を閉めて、布団のすぐ傍に腰を下ろす。ちゃんと筆記具は持ち歩く習慣がついていたので、三日月に紙と筆を差し出した。
    「ほら、忘れずにいつも持ってるんですよ。どうぞ」
     すると三日月は首を振った。暫く待ったけれど、受け取ってくれないので彼女はそれを置くしかない。三日月はただ、手の中に握りしめているものを見つめていた。大きな掌から零れる赤い組紐で、彼女にはそれが鈴だとわかる。壊れてしまったのを気にしているのかと聞いても、三日月は動かなかった。
    「いいんですよ、気にしなくて。鈴なんてまた用意できます。紐が残っていれば、それにもう一度結びますよ。貸してください」
     審神者が手を伸ばすと、三日月はやっと顔を上げてもう一度首を振る。それから唇を微かに動かした。何か言っているようだけれど、生憎とわからない。申し訳ないとは思ったが、彼女はもう少し大きく口を開いてくださいとだけ頼んだ。
     ゆっくり、ゆっくりと三日月は七文字言葉を紡ぐ。繰り返し、繰り返し同じようにしてもらってやっと、彼女は三日月の言いたいことが分かった。
    「と、う、か、い……たのむ……?」
     そんな、と彼女は三日月の顔を見た。けれど三日月はどこか悲痛なほど真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている。その目に浮かぶ月は細まり、何かを堪えているようだった。
    「考え直してください、還りたくないって三日月さんが言ったんじゃないですか! それなのに」
     だが三日月はもう一度「刀解」と「頼む」を繰り返す。それからたった一言、「すまん」とだけ唇を動かした。
     わかっている、刀剣男士である以上戦うことが本分。今まで物言わぬ鋼であった彼らが、自分の意志で戦い、己を振るい、戦場に立つことがどれほどの喜びであることか。彼女の三日月もまた、戦場では生き生きとしていた。その表情を通信越しに見るたびに、彼女はこれでよかったのだと思ったのだ。三日月を、この本丸に留めおいてよかったと。
    『迷惑をかける、だから還る。主にもらった鈴を壊してしまった。すまん』
     ゆっくり、ゆっくりと三日月は彼女に向かって唇を動かす。それから、握りしめていたらしい鈴と紐を彼女の掌に返した。ほんのり暖かく、使い込まれて傷の入った鈴。赤い組紐が解れてしまっていた。恐らくそのせいで切れたのだろう。
     ちりんちりんと涼やかな音を立てて、三日月はいつもこれを鳴らしていた。審神者は三日月の声を聴いたことがない。だからこの可愛らしい音が三日月の声の代わり。それをつらいだとか残念だと思ったことは一度だってなかった。達筆な文字が、それでも彼女に読みやすいように丁寧に書かれるのが嬉しくて。彼女に伝わるようにはっきりと唇を動かして、声が出ないのがもったいないほどたくさんのことを話してくれる三日月だったのに。
    『よろしく頼む』
     初めて会った日、彼女の手を唇に当てさせて、三日月はそう言って微笑んだ。それなのに、それなのに。
     手渡された鈴を握りしめる。それからすぐに彼女はそれを放り出した。ちりんちりんと音を立てながら鈴は部屋の隅に転がっていく。三日月が驚いてそれを目で追っている隙に、先程置いた筆を彼女が取る。それから三日月の頬を押えてそこに筆を滑らせた。
    「っ、は、っっ」
    「動かないでください、字がよれちゃうじゃないですかっ、あーもう、漢字はだめだ」
     つらつらと何か書くと、彼女は三日月から離れて鏡を持ってくる。ぱっと三日月の顔全体が写るように向けて、よく見せてやった。
     震える指を頬に当て、三日月はたった今彼女の書いた文字に触れる。三日月が暴れたため、やや歪んだりなんだりしているけれど、ちゃんと読むことはできた。「さにわ」と平仮名で書かれたその文字。
    「三日月さんだって、私の手に名前書いたでしょう。もう名前を書いたので、あなたは私のものですよ。私だけの三日月さんですからね」
     「何故」と美しい唇が動いたのがわかった。大丈夫、ゆっくり話してもらえばわかる。
    「あんな鈴に頼ったのが悪いんです。私が三日月さんの言いたいことを分かれば問題ありません。いちいち墨を擦るのも面倒ですしね。よーく唇を見ていますから、それで分かれば全然。何にも心配いりませんよ」
    『だが』
    「だがもだってもありません。言ったでしょう。ここにいる三日月さんは私の三日月さんなんです」
     薬を飲むのを嫌がって暴れる。悪戯っぽい性格で、おやつをくすねてくる。用がなくてもちりんと鈴を鳴らし、彼女が振り返れば嬉しそうに微笑む。それが彼女の三日月宗近なのだ。今更迷惑をかけるから本霊に還るなんて、させてやるものか。
     ついと美しい瞳から、堪えていた涙が滑り落ちる。審神者が文字を書いた方にも流れそうになり、三日月は慌てて指で目尻を押えた。その動作を見て、彼女はふふふと笑う。
    「楽観的で、前向きなのだけが私の取り得なんです。だから大丈夫ですよ。三日月さんの気持ちすぐにわかるように、これからもたくさんお話しましょうね。私が三日月さんの言葉になります」
     三日月は眦を押えたまま、はくはくと口を動かした。え、と彼女が問い返せば、もう一度はくはくと同じ動きをする。
    「あっ、今馬鹿って言いましたね!」
     ふふと吐息だけで三日月は笑った。彼女の書いた「さにわ」の文字が流れてしまわないように、ずうっと指で涙を押えながら、肩を震わせくつくつと笑っていた。



    「三日月さんお薬、お薬の時間ですっ! 口を開けてください口を」
    『嫌だ、苦い』
    「子どもみたいなこと言わない! 苦くないです!」
     わあわあと審神者と三日月が騒いでいる。まあ一方的に審神者が喋っているだけなのだけれど。三日月のほうは顔を押さえつけられた状態で、手をわたわたと動かして必死の抵抗を続けていた。対して審神者は薬包を手にしたまま、口をこじ開けようとしている。
     そんな様子を見た本丸の刀剣たちは、笑いながら開け放っている執務室の前を歩いて行った。今日も本丸は賑やかだ。
    『主は酷い、薬は苦い』
    「文句言わずに飲んでください。これで声が出るようになればめっけものでしょう」
    『酷いものは酷いぞ』
     三日月がはくはくと口を動かせば、彼女も八割くらいは理解ができるようになった。最近は表情を見ただけでなんとなしに言いたいことはわかる。ちなみに今のこれは、『菓子をくれるまでは傍を離れずに不貞腐れているからな』の顔である。
    「ほーら、不貞腐れない! むくれたって無駄ですよ、自分は天下五剣だって言ったって無駄ですからね。三日月さんは三日月さんです。私の三日月さんなので、好きにさせていただきます。お薬はやめません」
     「私の三日月さん」と言えば若干ながら、三日月は唇を緩めた。それを見て取り彼女も微笑む。難しい話をするときは、今も紙と筆を使うけれど。出来る限り唇だけで話をしましょうと二人は決めた。それこそ以心伝心となるために。彼女が三日月の言葉になればいい。
     苦い薬の後は、口直しと決まっている。菓子を持ってくるために彼女は立ち上がった。執務室を後にしようとして、振り返る。なんだかあの、涼やかな音が聞こえた気がした。
    「三日月さん、今私のこと呼びました?」
     そう聞くと三日月はにこりと微笑む。あれは言いたいことを当ててみろの顔だ。
     真っ直ぐと彼女の方に向けられた瞳。真昼でもその月はきらきらと輝いていた。ついと手を伸ばし、三日月はそっと彼女の手を握る。それは初めて会ったとき、彼が自分の銘を書いた方の手だった。
    「あ、お菓子のリクエストですか? 駄目ですよ、今日はもうプリンって光忠が決めていましたから」
     彼女の答えに、三日月はくつくつと肩を震わせた。
    『違うぞ』
    「えー? 今の顔はそうだと思ったんですが。あっ、今馬鹿って思いましたね! それはわかりましたよ!」
    micm1ckey Link Message Mute
    2023/02/16 16:21:12

    恋言葉

    人気作品アーカイブ入り (2023/02/16)

    #みかさに #刀剣乱夢 #女審神者
    口の利けない三日月宗近と審神者の話。

    2016年にpixivにて公開した作品の再録です。

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