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    【完売】俺と主のさまあばけいしょん七月二九日



    「なっ、なんで俺なの」
    「えー、村雲以外に他にいる? っていうか他を選んだらあんたブツブツ言うだろ。あ、その資料取って」
    「えっ、これ? いやそうじゃなくて、なんで俺が主の同伴で現世に行くことになってるの!」
     指示された書類綴じを引き抜きつつ、村雲は加州を問い詰める。しかし加州はそんなのお構いなしで、書棚に備え付けられた梯子に座り、自分もまた別な書類綴じを開いていた。中身を確認してパタンと閉じると、加州はそれを棚には戻さずに図書用の台車に載せる。
    「だから、さっき説明したじゃん。現世の巡回任務。主が現世に一か月いるのに、俺達誰もついて行かないわけにはいかないでしょー。あ、それもこの上載っけといて」
    「そっ、れは、わかってるけど!」
     つい先刻、夕食の際の全体の申し送りで村雲はとんでもないことを言われたばかりだった。
     審神者が現世に一か月の間派遣されることになり、その同伴者に村雲が決まっていたのだ。完全に寝耳に水であったので、村雲はそれを聞いたとき手にしていたそうめんのつゆをひっくり返しかけたほどだ。隣の五月雨が押さえてくれなければ、内番着に滲みを作るところだった。
     驚いて硬直している間に申し送りは終わってしまって、村雲には反論の余地もなぜ自分なのか聞く間も与えられなかったため、夕食後に慌てて加州を探して回り、現在に至る。加州は書庫で資料を引っ張り出しては台車に載せており、なにやら忙しそうにしていた。そんなときに話をするのは申し訳ないが、村雲もかなり切羽詰まっている。
     はあと息を吐きながら、加州は梯子の一段上に登った。
    「っていうかなんでそんなにびっくりするわけ? 現世に派遣の任務が持ち回りであるって前にも説明したよね。それがうちに回ってきただけだから」
    「それは聞いた、気がするけど……」
    「なに、忘れた? じゃあもう一回説明するねー。時間遡行軍っていうのは、どの時代にだって跳べるわけ。俺たちと一緒」
     斯く斯く云々、加州の話をまとめるとこうだ。
     時間遡行軍は所謂過去、つまり戦国や江戸、室町なんかの刀全盛期の時代に跳ぶだけではなく、現代にも現れることがある。理由はよくわかっていない、現代から見て未来の時点での何かを変えようとしているのかもしれないし、他に何か目的があるのかもしれない。だが他の時代と比較すれば、当然出現頻度は低い。それでも襲撃に来る可能性があるのだから、放っておくわけにもいかないのが悩ましく面倒なところだ。
     そういうわけで、政府は現代に関して「積極的に出陣するのではなく、各本丸が持ち回りで刀剣男士を派遣して巡回と警備に当てるのが現状望ましい」と判断した。けれど刀剣男士のみで滞在させてしまうと、不慮の負傷に対応できない。したがって担当地域を区分けし、最低一人、審神者も一緒に任務にあたることになっている。
    「で、今回はうちの本丸が審神者事派遣される当番になったってわけ。刀剣男士のみの派遣だと半年も送らないといけないんだけど、主と一緒だと一カ月なんだよねー。まあその間本丸の日課が多少免除されるって言っても、それ以上こっち空けられても困るし……」
    「無理、無理だよ俺じゃ」
     聞けば聞くほど無理な気がしてきた。村雲はしくしくし始めたお腹を両腕で抱えつつ加州に反論する。加州は手を伸ばして上の方から帳面を抜き出しつつそれに答える。
    「無理って言ったって無理だよ。もう申請の届出してきたし。近侍の俺のハンコ付きで。そういうわけであと二日で準備しといてね」
    「あと二日っ? 一か月行くのにっ?」
     短い上に長い。呆然としてしまいかけて、村雲は慌ててもう一度加州に言った。
    「言っ、言われたことは理解したけど無理、無理だよ、なんで俺なの」
    「えー、なに、俺なりに刃選には気を回したつもりなんだけど。不満なわけ?」
    「気、気って」
     加州はペッと台車の上に帳面を放り、それから村雲の方に向き直って腕を組んだ。どうやら作業をやめて腰を据えて話すつもりらしい。
    「え、はっきり言わなきゃダメ? 主と付き合い始めた村雲がろくすっぽ主との時間を取れないみたいだから、長期遠征にかこつけて主と二人でいられるようにしてあげましたー。はい、なんか文句ある?」
    「うっ、そ、れは、ない、けど」
     というよりも、恐らくそういう事情だろうことは村雲も何となく察していた。それ以外考えられなかった。故に村雲は今赤くなったり青くなったりしている。
     先日、村雲とこの本丸の主である審神者は晴れて思いを通わせて交際を始めた。だが実際のところは、村雲が彼女を「時間をかけて泣き落とした」というのが正しいことは、恐らく本丸の刀剣男士全員が知っている。
     とはいえ、「そうは言ったってずるしたわけじゃねえし、要は村雲の粘り勝ちだろ?」……というのは豊前の言。村雲とて、周囲にかなり手伝ってもらったのは確かだが、卑怯なことをしたつもりはない。けれど「泣き落とした」というのもまたある種事実である。
     そしてそれが事実である自覚があるので、村雲はまだ何となく本当に彼女と気持ちが通ったという実感がない。村雲が頑張って、かなり頑張って彼女に「好きだ」と言えば、彼女も「好きだよ」と返してはくれる。だがどうしても、自分があまりにも情けないから、彼女が同情して付き合ってくれているのでは……というかそうなんだろうな……という気がしてならないのだ。
     いけない、胃がキリキリしてきた。村雲はやや鳩尾の辺りを押さえる。すると見かねたらしい加州がペシッと軽く村雲の肩を叩いた。
    「もー、いーじゃん。諸手あげて行ってきなって、主と二人きりなんてここいたら滅多にないんだし。俺も一回だけ派遣されたけど、殆どすることないからほぼ休暇みたいなものだったし。主と二人暮らし楽しんできなって」
     二人暮らしだって? その言葉にぎょっとして村雲は激しく首を横に振る。
    「ふっ、二人暮らしっ? 無理無理、絶対無理!」
    「なに、じゃあ他の刀に行かせてもよかったわけ?」
     加州が自分の膝に頬杖をついて、じっとりと赤い瞳でこちらを覗き込んだので、村雲の喉は情けなくきゅうと音を立てる。
    「そ、れは、嫌だ……」
     誰か他の刀が一か月も主と二人で暮らすなんて、考えただけで腹痛を通り越して吐き戻しそうだ。二束三文の自分が誰かに嫉妬するだなんて失笑ものだが、それでも。
     ね、と言いながら加州が梯子から降りる。それから図書用の台車を掴んで移動させて、再び書類綴じを引っこ抜いた。あれは編成表を綴じたものだ。
    「俺は主の最初の刀だから、留守居をしないといけないし、それは俺しかできないし? 主がいない間、俺はしっかりここ守んなきゃいけないわけ。だから村雲、俺としても今回はあんたに行ってほしいんだけど」
    「……」
     村雲は黙りこくって視線を伏せた。加州の言う通り、彼女の留守中代わりに本丸を運営できるのなんて加州をおいて他にいない。だが、だからと言って村雲が選ばれるというのもまた、なんだか心許ない。それに戦闘力で村雲の上を行く刀なんて、本丸にたくさんいる。
     ……彼女にふさわしい刀だって。
    「で、現世に行ってる間村雲にお願いがあるんだけどいい?」
     カラカラと車輪が回る音がして、村雲はなんとなく首をもたげた。資料を揃えたらしい加州は、台車に凭れ掛かって神妙な顔で口を開く。
    「向こうにいる間は絶対主に食事任せないで」
    「え……えっ?」
     想定外のことを言われ、村雲は一歩後ずさる。だが加州の方は真剣そのものの面持ちで続けた。
    「夏で暑いからさー、食べるの面倒くさくなるのか食事抜こうとするんだよあの人。絶対適当なもので済ませようとするから、何が何でも一日三食食べさせて」
    「え、でも俺」
     まだ行くとは言っていない。だがその瞬間、じとっと加州の目が据わる。元々加州の目元は鋭いので、こうして見つめられると怖い。
    「帰って来たときちょっとでも主の体重が減ってたら、……わかってるだろうな」
    「き、気を付けます!」
     勢いに押されて村雲は返事をする。それを聞いて、ふっと加州は表情を緩めた。
    「……ま、楽しんできなって。夏休みだと思ってさ」
     そんな簡単な話ではない……。
     結局、ぐるぐるするお腹を抱えて村雲は書庫を出た。こうなってしまうとあと二日で、一カ月間現世に滞在する荷造りをしなければいけない。とはいえ一体何を持っていけばいいのかさっぱりわからなかった。とぼとぼと廊下を歩きながら考える。ひとまず松井、篭手切あたりに相談して、二日でなんとかなるのか……。
    「あっ、雲さん、いたいた」
    「ぅわっ」
     考え事をしていたところに、ポンと後ろから背中を叩かれて村雲は飛び上がる。勢いよく振り返れば、そこには帳面を持った審神者が立っていた。
    「あ、るじ」
    「ごめん、驚かせたみたいで」
     彼女が申し訳なさそうにしたので、村雲は慌てて首を振った。
    「ううん、なに?」
    「準備、困ってるんじゃないかなと思って。いるもの書いた紙持ってきた。良かったら使って」
     そう言って紙切れを一枚、彼女は村雲に差し出す。衣服の枚数やら何やらが箇条書きにされたものを見て、今まさに困っていた村雲は涙目になりながらそれを受け取った。
    「ありがとう」
    「ううん。むしろごめんね、いきなり長期遠征お願いしちゃって。どの本丸が当番になるか遡行軍に知られるとまずいから、政府もギリギリで情報回してるみたいで。私も一昨日知ったばっかり。びっくりした」
    「……そうだったんだ」
     荷造り手伝うよ、と彼女は村雲と一緒に廊下を歩き始める。村雲は現在江のもの全員と同室で、誰かいたら気まずいなと思っていたが幸い皆どこかに行っているようだった。先程もらった紙切れを示しつつ、彼女はあれこれ教えてくれる。
    「服はそんなに要らないと思う、部屋着が多めの方がいいかな。それから寝巻と、足りなければ向こうで買えばいいよ。洗濯もできるし。夏物は買おうね」
    「俺なんかにわざわざ買わなくても、内番着じゃだめ?」
    「だめ。現世の夏舐めてたら死ぬから」
     死ぬ、そんなに。村雲は思わずごくりと唾をのんだが、彼女の表情が真剣だったのでそれ以上は何も言わなかった。だが内番着はあって困らないとのことなので、鞄に入れる。
    「戦装束は?」
    「んー、一応持って行って。向こうだと目立つから、念のため程度だけど」
     そうして彼女が必要なものを教えてくれたおかげで、想像していたよりもすぐに荷物はまとめ終わった。それでもいくらか買わなければならないものがあったので、あとは残り二日で準備してねと彼女が言う。それから最後に、彼女は手にしていた帳面を村雲に差し出した。
    「あとこれ、向こうでの日誌」
    「日誌? こっちで使ってるのと、違う気がするけど」
     本丸で普段記入している日誌は、枠線が引かれて細かく欄が分かれている。だが今彼女が渡してくれたものはいたって普通の帳面で、文字を書く用に罫線が引かれているだけだ。
    「さっき万屋で買ってきた普通のノートだから」
    「買ってきたの?」
    「うん。現世にいる間、雲さんが書いて。そしたら私が返事書くから」
     だが、これには日誌にある項目欄がない。本丸のそれは、内番やら出陣やらそれぞれ事前に書くべきことを決めてくれている。だから多少悩んだとしても、最終的には何とかすべて埋められていたのだが。
    「ページは全部埋めなくていいよ。その日したこととか書いて。一カ月も二人で暮らすんだし、気になることは我慢するよりは教えてほしいから。これに書いてくれたら、私にもわかるでしょ。私もそうするよ」
     二人で暮らす、という単語に一気に耳が熱くなる。現世に行ったら、彼女と二人きりになるのだ。どうしよう、お腹が痛くなってきた。彼女と二人で生活するなんて、どうしたらいい。緊張で何もできない気がしてきた。
     ……たとえば何かして、幻滅でもされたら。
    「雲さん」
    「なっ、なに?」
     思わずビクッとして返事をしてしまう。彼女はこちらを見て何度か瞬きを繰り返したが、いつもと変わらない調子で言った。
    「任務は任務だけど、日課みたいなのはないし。向こうはたぶん、本丸にいるよりずっとゆったりした生活になると思うんだよね」
    「そ、う……?」
    「うん。だから私も、夏休みだと思ってのんびりするつもりだし……一緒に色々遊ぼうね」
     一緒に、色々。
     色々、いろいろ?
    「じゃあまた明日ね」
     しかし村雲がそれを問いただす前に、彼女はひらりと手を振って出て行ってしまう。あとに残された村雲はただその後姿を見る他なかった。
    「色々って何……?」
     部屋で一振、ぼやいたが当然誰も答えてくれない。そうこうしている間にお風呂から部屋に戻ってきた松井と篭手切に明日から準備したほうがいいものと予算を列挙されたが、村雲の頭には何も入ってこなかった。
     二日後から一体どうしたらいい。部屋の明かりを消されても村雲は眠れない。そのうち日付は代わって七月三〇日になっていた。

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    2023/01/20 17:52:14

    【完売】俺と主のさまあばけいしょん

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    #雲さに #刀剣乱夢 #女審神者 #閃華の刻42 #紅一点16
    任務で一か月間現世で二人暮らしする村雲江と審神者の話。
    ATTENTION!
    ・オリジナルの女審神者がいます。
    ・独自の設定、解釈を含みます。
    ご注意ください。

    1/29開催閃華の刻にて頒布予定の新刊サンプルです。
    A5判/表紙箔押し小口染め/176P
    表紙イラストカットはななど様に頂戴しました。ありがとうございます。
    8月の間Twitterで連載していたものに、修正と加筆の他、後日談『9月1日』を加えました。
    通販→ https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031044597/

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