【7/13新刊】Dear
目が覚めると、人の顔のようにも見える木目の天井を眺めて毎朝考える。自分はどうしてこんなところにいるのだろう。何もかもの環境が変わり、痛みと責任を伴うこの場所に、どうして来てしまったのだろう。
そうしてほんの少し痛み始めた鳩尾を押さえて村雲は起き上がった。なんだかおかしい。首を回して周囲を見渡す、自分の部屋ではない。そこでやっと村雲は今が朝ではないことを思い出した。出陣して、負傷して手入れ部屋に担ぎ込まれた。頭を強打して昏倒しかけたので、記憶があやふやになっている。手を開いたり閉じたりしてみた。身体の傷は治っている。しかし起きてすぐに覚え始めた腹痛はすぐには治まりそうになかった。とはいえこれはいつものこと。村雲は軽く息を吐いた。手入れにどのくらいの時間がかかったかわからない。
けれど布団の上でぼんやりしていると、襖の向こうから微かに声が聞こえてくることに村雲は気づいた。細く高い、小さなそれは男性のものではない。ということはこの場所で唯一の女性である審神者のものだろう。村雲はのろのろと立ち上がり静かに襖を開ける。すると縁側に腰を下ろした彼女の背中が見えた。今手入れ部屋に入っているのは村雲だけのようだ。つまり彼女は村雲の手入れが終わるのを待っていたということになる。近侍でもなく、そこまで彼女と親しいわけでもない村雲は少々それにたじろいた。どう声をかけたらいいかわからなかったのだ。だからただ黙ってじっとして、彼女の小さな声に耳を澄ませた。なにか歌のようだった。
日が傾き、薄紅に染まった空。微かに聞こえる柔らかな歌声。だがそれと対照的に何処か遠くを見つめる彼女の横顔に村雲は目を奪われた。普段彼女と二人で接することはほぼない村雲は、初めてまじまじと彼女の顔を見た。
そんな村雲の視線でこちらに気づいたのか、彼女の瞳が動いてちらりと村雲を見る。息を潜めていた村雲はどきりとしてやや下がった。
「手入れ終わった?」
先程の歌声とは違う、はっきりした調子で彼女は言った。村雲はそれに答えようとして、うまく声が出せずにただ首を縦に振る。すると彼女は「そう」と簡潔に返した。
「もう二度と、無茶な進軍、しちゃだめだよ」
こちらを振り返り、しっかりした声で釘を刺すように告げた彼女は先程と全く違う表情をしている。村雲はコクコクとただ同じように首を動かした。
その間もずっと、彼女の横顔は村雲の頭から離れなかった。いつの間にか鳩尾の痛みは消えている。
「主のことが知りたい?」
「あっ、ちょ、ちょっと声、落として、お願い」
片眉を上げて言った松井に、村雲は慌てて頼んだ。キュッと痛んだ鳩尾を押さえる。昼下がりの江のものの部屋には松井だけが在室していた。あらかたの当番を終えた松井は村雲同様楽な服に着替えており、夕飯までの時間を各々自由に寛いで過ごそうとしていたところだったらしい。手には本を持っている。
「陰でこそこそ聞くのはどうかと僕は思うけど」
松井の至極真っ当な指摘に村雲はウッと言葉を詰まらせた。それはご尤もで、村雲だって可能であればこんなコ風に嗅ぎまわるようなことしたくないのだが、これは仕方がない。
「でも、俺は全然、主と接点ないから……」
村雲江は、この本丸で取るに足らない刀剣男士である……と村雲自身はそう思っている。国宝や希少な価値を持つ刀剣たちが名を連ねるこの場所で、村雲には特に大きな武勲があるわけでもなく、有名な逸話を持つわけでもなければ、特別秀でた何かがあるわけでもない。だから言ってしまえば、自分は万が一何かあったとしても他にいくらでも代わりのいるような存在なのだ……と村雲は勝手に思い込んでいる。ちなみに本当は全くそんなことはない。少なくとも芸術品的な見地から見ても江の重要文化財は代わりはきかない。村雲からしてみればそう捉えていないというだけだ。
とにもかくにも本丸内に在籍する刀剣は今や百を超え、その中で特段何か役割や能力のあるわけでもない村雲は彼女と親しくなるための理由がない。もちろん顔を合わせれば挨拶くらいする。彼女の方も村雲を避けたりなんだりは当然しない。だが言ってしまえばそれだけだ。夜戦などで彼女と生活の時間帯がすれ違ってしまえば、今は一日も口を利かない日だってある。それはそのくらいこの本丸の戦力や刃員が充実しているということなのだから、良いことには違いないのだが……。
「直接聞けるほど親しくないって言いたいんだね」
小さく肩を竦め、松井は村雲が思っていた通りのことを言う。きまり悪い村雲はやや体を縮めつつそれでも頷いた。
「う、まあ、そう……でもほら、松井は事務方を手伝ってるし、俺よりは早くに顕現してるから」
「そうは言っても主は事務方にしょっちゅう来るわけでもないし、村雲と五十歩百歩だと思うよ。それにどうせ聞くなら僕より適任、いるんじゃないか」
さらに御尤もな松井の言に村雲は閉口した。一応言及しておくと松井は決して村雲に意地悪をしているわけではない。事実として彼女のことを聞くのに一番最適な相手が村雲の身近にはいるからである。
「どうして近侍の豊前に聞かないんだい」
うぐ、と村雲は俯いた。そう言われると思っていた。思っていたが松井に聞いたのだ。
理由は知らないけれど、彼女の近侍は村雲が顕現したとき既に豊前江だった。ちなみに始まりの一振は加州清光で、彼は近侍ではないがいつも何かしらの意見を彼女に求められているところを見る。何も聞かなくても、彼女から加州への信頼が厚いことはよくわかった。だが豊前は……さっぱりわからない。近侍をやれていない、という風ではない。しかし豊前が彼女と反りが合う性格なのかと聞かれたら、それはなんとなく違う気がする。
村雲から見て豊前と彼女は特別親しいという風には見えない。けれどそれなりに長い間近侍を務めて側に控えているのは確かなのだから、なにか関係性や絆みたいなものがあるのだと思う。でもなぜだか村雲はそれを聞いたり見たりするのがなんとなく怖かった。
「ほら、噂をすれば」
「うわっ!」
「ん? どうしたんだよ」
村雲がビャッと肩を跳ね上げて飛びのけば、後ろから白い歯をのぞかせた豊前が笑う。ドッドッドと心臓がすごい音を立てていた。豊前は近侍で、日中この江の共同部屋にいることは殆どないから油断していた。まさかこんなときに顔を出すとは。
しかもどうしてだか豊前は特に何かを探したりする風ではなかった。私室ではない共同部屋に来たのに松井に話しかけるような様子もなく、小首を傾げて村雲を覗き込んだ。
「どうした村雲、すげえ顔だぞ」
「えっ、いっ、いや、なんでも、なくて、うっ」
そこまで言ったところで後ろから松井に背中を小突かれた。やはり自分で聞けということらしい。まあ村雲だってわかっている。松井の言うようにこそこそ陰で聞いたところで、後々彼女にそれがばれてしまったら最終的に困るのは村雲自身だ。とはいえ、直接彼女を訪ねていくような度胸はなく……。
「ご、ご趣味は……?」
結局、村雲はおずおずと豊前に尋ねた。松井が顔をしかめたのがわかる。一方の豊前は相変わらず爽やかな表情のまま首を傾げた。
「俺か? やっぱり走ることだなー」
「違うだろう……」
はあとため息を付き、顔に手をやった松井が左右に首を振る。きゅっと村雲の鳩尾が痛んだ。
「豊前、村雲は君のじゃなくて、主の趣味が知りたいんだ」
「主の? なんで俺に聞くんだ?」
悪意のない純粋な豊前の問いにますます村雲の胃がキリキリする。その通りなのがなお辛い。
だが豊前はそんなの気にもせず「まあいいか」とすぐにその話題に興味をなくしたようだった。
「よくわかんねーけど、主の趣味が気になるなら自分で聞くといーぜ。ちょうど今村雲のこと呼んでこいって言われたからさ、行ってこいよ」
「えっ、俺っ、なんで」
ヒュッと喉が変な音を立て、顔から血の気が引いたのがわかった。どうして今。何故自分。先程に増して泡を食った様子の村雲を余所に、豊前はなんでもない調子で笑って続ける。
「この間お前が無理したからだろ? 主そーいうのしっかり叱るからな、まあ説教だろ。けどずるずるぐちぐち言うのも好きじゃねーからすぐ終わるって。あんま気にせず行ってこいよ」
な、と背中のど真ん中を叩かれる。パンパンと乾いた音は軽やかだったけれど、村雲の気持ちはどんどん下を向いて行った。怒られるのも嫌だし、そんなことで呼び出されるのも気が進まないが、それ以上に豊前の彼女の考えをきちんと理解している言葉が村雲の気分を下降させた。豊前には他意がなく、ただ村雲を落ち着かせようとしていることはわかっていたけれど。
「まあ、良い機会だよ。村雲もわかってる通り主は忙しいし、ここは刀剣男士も多いから僕ら一振一振にかけられる時間は限られてる。せっかくだからお説教をもらうついでに普通に話してきたらいい。話したいって相手を無碍にする人じゃないと思うよ、主は」
村雲が思い詰めているのがわかったのか、松井もそう言って励ましてくれる。だが、村雲は曖昧に頷くことしかできなかった。
待たせて余計に叱られるのは避けたい。気が進まないながらも村雲は立ち上がり、とぼとぼと部屋を出る。特に場所を指定されなかったので、村雲は足を執務室に向けた。本丸の母屋は今殆ど刀剣男士の居住空間になっている。口数が増え始めた時点で増改築は繰り返したと聞いたが、それでも刀剣男士だけで百振を超えているのが現状。個室だけではなく各刀派や馴染みの刀で集まれる部屋など場所を取った結果、彼女の私的な空間は離れに移動することになった。だから彼女は今離れで寝起きして、日中は執務室にいることが多い。
摺り足で廊下を進むと、執務室は襖がすっかり開け放ってある。大抵はそうなので、今日が普段と違うというわけではないのだが村雲は緊張してその場で深呼吸した。襖から顔を出す前に、一声かけようと口を開く。
「あの……」
「入って」
たった一言だったけれど、彼女のてきぱきとした物言いに村雲は怯んだ。怒られるのだと思うとやはり体が委縮してしまう。
しかし村雲がそうして立ち止まってしまってすぐ、軽い足音と共に彼女のほうが廊下に顔を出した。村雲よりも小柄な体躯、そして黒い瞳がこちらを見上げている。村雲は少しどきりとした。
「麦茶、冷たくていい? 温かい方が良い?」
「え、ぅ、温かい、ほう……」
そう答えると、彼女は微かに唇を緩めた。
「わかった。温めるから座って待ってて。今日は他に当番なかったよね」
こっち、と彼女は村雲の手首を握ると入室を促す。もちろん村雲は動揺したが、引っ張られるままに執務室に足を踏み入れた。既に置かれていた座布団を「そこ座ってね」と示され、彼女は用意していたらしい器を電子レンジに入れる。村雲はそろそろと音を立てないように座布団の上に正座した。
執務室の中はすっかり整理整頓……というわけでもないが、雑然とは言えない程度に片付いていた。壁にはいくつか表彰状やら何やらが飾られている。彼女が審神者の中でも優秀なほうに入るというのは村雲も聞いていたが、あれらがその証らしい。彼女が使用しているらしい文机には松井もよく部屋で使用している薄型のパソコンや書籍、筆記具がすっきりと並べられていたが、その隣にある机はやや散らかっていたので豊前が主に使っている方なのだろう。そちらには今日誌が閉じた状態で置かれている。村雲は豊前の近侍の仕事ぶりはよく知らないのだが、見る限りその仕事場は「きちんと」していた。
電子レンジから音がして、彼女が中から器を取り出す。湯気が立ちのぼるそれを彼女は座りながら村雲の手前、豊前の机の上に置いた。
「はい、どうぞ。少し冷ましてね」
「ありがとう……」
「お菓子は? 食べてもお腹は平気?」
「あ、うん、平気」
棚を探り、彼女は木皿に盛られた個包装の菓子も村雲に差し出した。はきはきとした物言いや身動きは全体的に手早い。村雲は彼女が全体に連絡事項を通達するときくらいしかその話し方や身のこなしをじっくり見たことはないが、普段からそうなのだろうなと思った。
自分のほうは冷たいものにしたらしい彼女は、村雲に差し出したのと色違いの器で麦茶を飲んだ。村雲もそっと温かいほうのそれに手を伸ばす。今日はいくらか暖かい日よりで、麦茶を飲めば暑くなるに違いない。それでもいくらか温度のあるそれのおかげで、村雲の胃のあたりはやや落ち着いた。彼女は個包装にされていた焼き菓子に手を伸ばし、一つを村雲の前に置くと自分も一つ封を切った。
「それで、なんで呼ばれたか、わかる?」
彼女の声音は怒っている風ではなかったけれど、それでもふざけたり別の話をすることは許してくれそうにない強さがあった。一言一言が重い。村雲は委縮しつつ答えた。
「え、えっと、この間の、こと」
「そう。無理な判断した自覚ある?」
「う、でも」
「私は全振無事に帰城するように言った。そうだよね」
けれどあのとき、踵を返すのが一瞬遅れた刀を庇わなければ、その刀は村雲よりももっと酷い怪我をしていたはずだ。村雲にはまだ刀を振りかぶるだけの余裕があった。だから応戦した。しかし結果として、村雲はそれなりの負傷はしたけれど。
「仲間を庇ってくれた気持ちは嬉しい。でもそれで村雲のほうが酷い傷を負ったんじゃ意味がない。戦場での判断ミスは命取りになる。あの場では応戦するんじゃなくて、一太刀交わした後は逃げる方を優先するべきだった。ああいう切羽詰まった状況でいつも正解を選ぶのは難しいと思うけど、意識してより安全な選択肢を取る練習をして」
「はい……ごめんなさい……」
しゅんと俯いて村雲は謝罪した。そもそも今はお説教をされに来ているのだ。素直に謝るほかない。そう思って村雲は頭を下げた。
だがもう少しお小言をもらうつもりでいた村雲を他所に、彼女はすんなりと「うん」と返事した。
「もうしないで」
「え、えっ、はい」
「うん、お菓子食べて」
先程置いた焼き菓子に加えてもう一つ、彼女は村雲の前に別なお菓子を積んだ。本当にお説教は今ので終わりなのだろうか。確かに豊前は「ずるずるぐちぐち言うのは好きではない」と言っていたけれど、あれだけ?
困惑しつつ薦めてもらったものをそのままにするのも良くない気がして、村雲は袋に手を伸ばした。差し出されたのは万屋なんかで簡単に買える菓子だが、これは彼女の好みで買い置いているものなのだろうか。少なくとも豊前の好みではない。村雲は彼女が甘いものが好きなのかそうではないのかも知らない。
そんなことを考えつつ村雲が黙って菓子を食べていると、彼女が不意に口を開いた。
「雲さん」
「えっ」
彼女にそんな風に呼ばれたことは当然だが今まで一度もない。だから余計に村雲は面食らって硬直し、慌てて顔を上げる。しかし彼女の視線が真っ直ぐとこちらに向けられていることに気づき、再び視線を逸らした。だが彼女はそれに気分を悪くしたような様子は見せず、微笑んで続けた。
「そう呼ばれたほうが力抜けるかな。五月雨と仲が良いって聞いたけど」
「う、うん。……雨さんといると落ち着くんだ」
そう、と彼女は穏やかに相槌を打った。
「同じ刀工の刀、少しだけ一緒にいた時期もあるね」
「うん……。よく知ってるね」
「皆の主だからね」
小さく笑って、彼女は瞳を細めた。ちょっと得意げな、悪戯っぽい口調に村雲もいくらか体の緊張が解れる。
「他には? 江のみんなとうまくやってる? 顕現してからあんまり、様子を見たり聞いたり、できなかったけど。ごめんね」
こちらを覗き込みながら彼女がそう言ったので、村雲は慌てて首を振った。
「いや、だって、主忙しいから」
確かに彼女の言うように、村雲は顕現以来こんな風に彼女と面と向かって落ち着いて話をするような機会はなかった。とはいえそれは仕方のないことだ。刀剣男士百数振に対して、審神者の彼女はたった一人しかいない。彼女の時間を細切れにして全員と接したとて限度はあるし、二四時間ずっと刀の相手をしているわけにもいくまい。
したがって彼女と話せない現状について村雲は十分理解していたけれど、それでも彼女は落ち着いて答えた。
「忙しくても、私は雲さんの主だよ」
簡潔に一言、それだけ。それなのにどうしてだか村雲は心が落ち着いていくのを感じた。軽く息を吐いて、村雲は頷く。
「うん……でも俺は雨さんと一緒にいられればそれでいいんだ」
そう、多くは望まない。高望みはしない。
期待をすることや、反対にされることが楽しいばかりでないことを村雲は知っている。どちらかと言えば苦しいことが多いことも。何事も、身の丈に合っている方がいい。
だから二束三文の自分にちょうどいい生活を、村雲は望んでいる。心が波立つことがなく、善にも悪にも左右されない、そんな生活。
彼女はそんな風に静かに答えた村雲の様子を見つめていた。彼女の瞳は村雲をただ観察しているようだった。何を考えているのか、村雲の心を感じ取ろうとするようなそんな視線。村雲にとってそれは少々緊張するものではあったけれど、不思議と嫌ではなかった。彼女の目には悪意やそれ以外の嫌なものはなく、ただ村雲を知ろうとしているように思えたからだ。だから村雲も同じように黙ってそのままでいた。
暫く彼女はそうしてじっと村雲を見つめていたけれど、そのうち飲み物に口をつけ、一息吐いてから言った。
「そっか……じゃあ、この間の罰として、雲さんには暫く、私の手伝いをしてもらおうかな」
罰、手伝い。思いもよらない単語が出てきたため、村雲は焦って繰り返す。
「て、手伝い?」
「そう。やっぱりペナルティは必要かなと思って」
「ぺ、なにって?」
「お仕置きってこと」
急に話の流れが変わったので村雲はぎょっとした。ぐちぐち言うのが嫌いというのは間違っていなかったようだが、仕置きの件は聞いていないし豊前だってそんなこと言っていなかった。そんな村雲の焦りを余所に、彼女は真剣な表情で淡々と告げた。
「とはいえいきなり近侍をやらせるのは可哀想だし、近侍の豊前の手伝いをしてもらおうかな。豊前なら見知った顔だから、雲さんも緊張せずに色々聞いたりできるよね」
「そ、それはそう、だけど」
「別に専門的なことをやらせるつもりはないし、難しいことはないから安心して。明日からお願いね」
彼女は全く有無を言わせない調子でそう言い切って話を締めくくった。村雲はぽかんと口を開けてしまう。
いや、彼女を手伝うのが嫌だとかそういうわけではない。今まで一日に全く接点のなかったことを考えれば状況は好転したと言えるはずだが、あまりに目まぐるしくてよくわからないというのが本当のところだ。しかし元々お説教という名目で来た手前、何も反論できずに村雲は執務室を後にした。その日の夜近侍の仕事から戻った豊前がこれまた爽やかな顔で「でーしょーぶだよ」と背中を叩いてくれたが、それもまた昼同様ただ痛いばかりだった。